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Talks About Music, Books, Cinema ... and Niagara


by hinaseno
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カバーを外せば…


珈琲をめぐる話でずっと息抜きをしている気分でいますが、ここでちょっと別の話。一昨日に立ち寄った中古レコード屋さんでの話を。

中古レコード屋に行くのはかなり久しぶり。なんかいいものがあるかなと思って店内を見ていたら『ゴー!ゴー!ナイアガラ』のレコードが立てかけてあっておっと思う。『ゴー!ゴー!ナイアガラ』のレコード、持ってたっけ? とか考えながら、その前の箱を見たら大瀧さんと達郎さんのレコードが何枚か並んでいました。

そこで目に飛び込んできたのがこれ。

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『Complete EACH TIME』のアナログ盤。しかも初回プレスのみのヴィニール・パッケージつき。おおっ!!!!! でした。値段も全然高くなかったので即、購入。


僕は『Complete EACH TIME』はCDで買いましたが、2001年版の『All About Niagara』を見てアナログ盤が同時に出ていたことを知りました。

『Complete EACH TIME』は、『EACH TIME』の後に発売されたシングル「バチェラー・ガール」と「フィヨルドの少女」を付け加えたもの。でも、その2曲も曲順もいろいろと違和感がいっぱいあって正直あまり聴きませんでした。CDのパッケージもなんだか安っぽかったし。

ところがアナログ盤が出ていたことを知って、しかも収録された音源がCDとは違っていることもわかり、ぜひ手に入れたいと。でも、値段が結構高かったんですね。ヴィニール・パッケージつきのものはさらに高くって。


というわけで長年の夢が叶って、最近はいいことが続いているなとほくほくして家に帰りました。ただ、その日はそのあといろんな用事が入ったのでレコードはそのままにして夕食の後、パッケージから取り出したら、おやっ!?と。

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大瀧さん直筆の「Complete」の文字がない。これ、普通の『EACH TIME』じゃん。愕然としてすぐに店に電話したけど、すでに閉店。がっくり。いいことってそうは続かない。

ただ、よく思い出したら、このレコードの手前にもう一枚『EACH TIME』があって、そこには「Complete」の文字が記載されていたような気がしてきました。もしかしたら店の人が同じ人から買って盤質をチェックしたときに入れ間違えたんじゃないかと。それが売れていなければと祈るように眠りにつき、翌朝の開店時間を待つことにしました。


で、翌朝、改めて間違って入っていた『EACH TIME』のレコードを見るとこれが素晴らしいコンディション。レコード盤のヴィニールに貼られていたステッカーはそのまま。

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中も全然開いた形跡が感じられず、レコードの入った袋も歌詞カードも全くシワがない。

さらにはこんなものも入っていました。

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「大瀧詠一クイズ」のついた応募はがきと、『EACH TIMES』のVol.4。はがきはもちろん出したので今、手元には当然ありません(全問正解しなかったはず。今ですらわからない問題がいくつかあります。全問正解者は何もらったんだろう)。

『EACH TIMES』のVol.4は持っていますが、僕のは穴を開けて紐で通されていたものをちぎったものなので上の方には穴と破れがあるんですが、こちらは穴もなく変色もしていない。

そしてレコードに傷一つないことは言うまでもありません。新品のピッカピカ。一度でも針を下ろしたんだろうかと思うくらいのもの。僕の持っているものよりはるかにいい。眺めているうちになんだか手放すのが惜しくなってきました。これは絶対に持っておくべきだなと。


で、店に開店直後に電話したら、やはり同じ箱に『Complete EACH TIME』が置かれていることがわかりました。予想した通りお店の人の入れ間違いだったようです。店の人からは申し訳ないので交換するときにいくらか返金しますと言われたのですが、交換でなく『Complete EACH TIME』も購入させてもらいますと言ったら恐縮されて、なんとそちらは無料でいいですと。

ということで結果的には素敵な贈り物をいただく形になりました。そしてこちらも『EACH TIME』同様、ほぼ新品。ヴィニールに貼られたバクダン・ステッカーもそのまま。大瀧さんが書いた「Complete」の文字もはっきりと。いやあ、うれしいなあ。いいこと続くなあ。

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レコードをただでいただくだけではなんだか申し訳ないというか”うしろめたい”ので、レコード2枚買いました。いずれも前日買おうと思ったけどお金がなかったので結局買わなかったものでした。そのレコードについてはまた改めて。


お金がなかったというのはレコード屋に立ち寄る前にその前に本屋でこんな本を買ったためでした。

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『アート・オブ・サウンド 図鑑 音響技術の歴史』。何かで紹介されているのを読んだわけでもなく書店でばったりと出会った本です。

ものすごく分厚い本で値段も相当高いので、本当は中身を確認してから買いたかったのですが、置かれていた本にはすべてヴィニールのカバーが付けられていて中を見れない。でも、これは絶対に素晴らしい本であることは間違いなかったので、えいっ、と思って買いました。


家に帰って見て、買って正解でした。蓄音機の時代から最新のデジタル技術のものに至るまで貴重な写真満載。やっぱり古いほうがいいですね。

音響技術の歴史の中で重要な人物としてマルチ・レコーディングを始めたレス・ポール(大瀧さんの『アメリカン・ポップス伝』でも紹介されていました)、そして大瀧さんのナイアガラ・サウンドに多大な影響を与えた2人のプロデューサー、フィル・スペクターとジョー・ミークも数ページにわたって紹介。読むのが楽しみです。これ、きっとアゲインの石川さんが見たら、たまらないでしょうね。


カバーを外すといえば、ここ最近ずっと読んでいて、昨夜ようやく読み終えたのが山崎ナオコーラさんの『かわいい夫』。夏葉社の本ではありますが、この本だけ遠ざけていたんですね。男が読むような本じゃなさそうだなと。でも、ようやく先月、おひさまゆうびん舎で開かれていた夏葉社フェアの最終日前日に立ち寄って買いました。

実はその時に夏葉社の島田さんがこのおひさまゆうびん舎でのフェアのために描いた絵をブックカバーにしたものをつけてもらったんですが、読み終えるまでずっと付けたままで、昨夜ようやくカバーを外したら。

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帯にこんな言葉が。


「寝る前に、一、二編」

まさにそうでした。ときどきは朝起きて珈琲を飲みながら一、二編。

山崎ナオコーラさんに関してはこの本や他の本のタイトルも含めてなんとなく抵抗感があったためか、おひさまさんで買ってもしばらくは読まないままでいました。でも、不思議なもので、縁というのはあるんですね。

きっかけは例の「数学的媚薬」。

少し前に日本版のナショナル・ストーリー・プロジェクトというものを内田樹先生と高橋源一郎さんがやったことを書きましたが、そのときに平川克美さんが応募されていたことがわかったので文庫本を2冊買ってきてチェックしたんですが見当たらなかったんですね。平川さん、ペンネームで書いたんでしょうか。

で、ぱらぱらと目次を眺めていたら2冊目の最後に「巻末特別寄稿」というのがあって、何人かの著名人の話を載せていたのですが、その最後に山崎ナオコーラさんの話が載っていたんですね。それがなかなか面白かったので、それをきっかけにして『かわいい夫』を読みました。

正直、大変面白く読みました。共感するところもいっぱい。例えばこんな言葉。


私は、「自己責任」という言葉も嫌いだ。(中略)責任の所在がどうであろうと、私は迷惑をかけたりかけられたりしながら作る社会を肯定をしたい。

全くその通り。「自己責任」とか声だかに言っているやつに限って、無責任なやつが多いんだ…っていうのはおいといて、この本、ぜひ続編を出してもらいたいと思いました。それからいつか山崎さんのご主人にも会ってみたい…、いや、やっぱり想像の中に留めていたほうがいいか(そういえばおひさまゆうびん舎関係の人たちは世田谷ピンポンズさんのライブのために東京に行ったときに会われたんじゃなかったかな)。


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by hinaseno | 2017-11-20 14:47 | 雑記 | Comments(0)

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唐突ですが、太田裕美さんの「振り向けばイエスタディ / 海が泣いている」のシングルが手に入りました。

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さすがにこのあたりのものを探し求めている人はそんなにはいないようで、楽に、珈琲一杯分くらいの値段で手に入れることができました。

そしてジャケットの裏側。

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一枚の歌詞カードに「透き間」という言葉が並んでいます。これが見たかった。塩屋という縁がなければきっとこのレコードを手に入れようなんて思わなかった。きっとこれから先、ずっとこのシングルを手にするたびに塩屋を思い出すことになるんでしょうね。

ってことでB面の「海が泣いている」をリピートしながらこれを書いています。


塩屋に行こうと思うきっかけとなった森本アリさんの『旧グッゲンハイム邸物語』のこと。話がそこで止まっていましたね。本が出版されたのは今年の3月16日。松村圭一郎さんがツイッターで紹介してこの本のことを知ったのが3月21日。僕はたぶん3月23日に書店で買ったはず。で、4月16日から読み始めて2日間で読み終えていました。こんな一気読みは本当にめずらしいこと。

そもそもは青葉市子さん経由で知った旧グッゲンハイム邸という建物への関心がきっかけだったわけですが、俄然面白くなってきたのは第三章の「塩屋というまち」を読んでからでした。旧グッゲンハイム邸以上に塩屋という町に強く惹かれることになったんですね。

特に目を留めたのが第四章「これからの暮らし」に書かれていたこの言葉でした。


 塩屋の町のことを説明するときに、「人間サイズの町」というキーワードを長年使っています。そもそも「ヒューマン・スケール」(=人間が活動するのにふさわしい空間スケール)という言葉自体はありますが、僕の中での元ネタは、塚本晋也監督の映画『普通サイズの怪人』から来ています(笑)。「ヒューマン・スケール」という言い方よりもしっくりくると思い「人間サイズ」というキーワードを使い続けていますが、特に大きな意味はありません。ただ、やはり塩屋というコンパクトな街を説明するときに、それは非常にイメージしやすい言葉なのではないかと感じます。

これを読んですぐに思い出したのが平川克美さんの『小商いのすすめ』(2012年 ミシマ社、装幀はクラフト・エヴィング商會)の第一章の最初の言葉でした。章のタイトルは「ヒューマン・スケールの復興」。


 本書には、「小商い」という言葉が何度か登場することになります。すでに、「まえがき」で述べたように、それは限定的なマイクロビジネスという意味ではありません。もちろん、そういった意味もまったく含まれていないわけではありませんが、わたしはこの言葉にもっと含みのある、大きな意味を与えたいと思っています。
 それをひとことで言ってしまえば「ヒューマン・スケールの復興」ということです。別に横文字を使う必要もないのですが、ヒューマン・スケールに該当するうまい日本語が思いつかないだけです。「身の丈」とか「身の程」と言ってしまうと、なんだか卑下したようなイメージがあってちょっと違うかなということで、ヒューマン・スケールという言葉を使います。文字通り、人間寸法ということです。まあ、人間寸法っていうのもおかしな言葉ですが。

森本さんの本に描かれていたのはまさにここに平川さんが書いている「ヒューマン・スケールの復興」の物語でした。そしてそんな町が僕にとっては身近な所にあったことに驚きました。すぐにでも行きたいと思いました。


でも、行かなかったんですね。

なぜならこの時期、それ以上に関心を持つ場所のことを考えていたから。日記を見たら『旧グッゲンハイム邸物語』を読み始める4日前の4月12日にこんなことを書いていました。


「東京行きをきめる」

そう、この日にBREEZEのライブを見に東京にいくことを決めたんですね。この日から僕はずっと東京のことを考え続け、戻ってからも2ヶ月くらいは東京のことをこのブログに書き続けました。

ということで「塩屋」のことは僕の中ですっかり遠くになっていました。余白珈琲の彼らがそこで珈琲のイベントを開くということを知るまで。


ところで、これは後で聞いたことですが、余白珈琲の彼/彼女は大阪に住んでいるのですが、彼らが塩屋との縁ができたのも今年のことだったようです。でも、『旧グッゲンハイム邸物語』を読んで興味を持ったわけではなかったんですね。今年の1月の彼の誕生日に2人でどこかへ行こうと考えて、で、いろいろと調べて行ったのが先日イベントをしたカフェ。塩屋はこのときが初めてだったようです。

店の人に今日が誕生日であることを告げたら店の人は彼らにこう言ったそうです。「何も誕生日にこんな町に来なくても」と。

でも彼らはすでに塩屋という小さな海街の魅力にすっかりはまっていたんですね。本を読まなくてもそこが「人間サイズの町」であることを体で感じ取ったんですね。で、その店で珈琲のイベントを開くようになったと。今回がその2回目。


さて、話はスロウな本屋での松村圭一郎さんのイベントの最後に起こったサプライズのことに。いったいそれがどう塩屋につながっていったのか。


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by hinaseno | 2017-11-18 14:01 | 雑記 | Comments(0)

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今、聴いているのは太田裕美さんの歌った「かくれんぼ」。塩屋に行く前日に作ったプレイリストの最後に入れていていたものの、結局塩屋では聴かなかった曲です。

「かくれんぼ」は大瀧さんがはっぴいえんど時代に作った曲で、ファーストアルバム(通称「ゆでめん」)のA面2曲目に収録されています。どちらかといえば地味な曲ですが、最近すごく気に入っています。太田裕美さんのカバーもすばらしい。


太田裕美さんが「かくれんぼ」をカバーしていたことは『太田裕美白書』を読んで初めて知りました。1999年に発売されたミニアルバム『Candy』に収録。このアルバムは松本隆さんが作詞家活動30周年を迎えたのでそのお祝いということで急遽作られることになったようで、松本さんが作詞した曲を3曲収録。「かくれんぼ」はそのうちのひとつ。

ちなみにこのアルバムの1曲目に収録されているのは細野晴臣さん作曲の「風をあつめて」。やはりはっぴいえんど時代に作られた曲ですね。こちらは2枚目のアルバム『風街ろまん』のA面3曲目に収録。文句なしにはっぴいえんどの一番の代表曲で、はっぴいえんどは知らなくてもきっと多くの人が聴いたことがあるはず。

「かくれんぼ」と「風をあつめて」にはいずれも「珈琲」という言葉が出てきます。調べたらはっぴいえんどの曲で「珈琲」が出てくるのはこの2曲だけ。ただし「かくれんぼ」で「私」が飲んでいるのは珈琲ではなくお茶ですが。


ところで昨日『風街茶房 松本隆対談集』の2巻目の「2005 - 2015」を一気に読み終えました。興味深い話がいっぱいで、それについて書き出したらきりがないけど、前回少し紹介した松本さんと細野さんと鈴木茂さんの鼎談でもう一つ紹介しておきたい話があったのでそちらを紹介しておきます。僕はこういう話が大好きなので。


細野:しかし、はっぴいえんども、何がどう転んでああなったのか。本当は小坂忠が入ってるはずだったし。
松本:歴史の「IF」ってどうなんだろう。もしも小坂忠がはっぴいえんどにいたならば。
細野:全然違うバンドになってたよ。
松本:すると、大滝さんとは一緒にやってなかったわけだから。それだとはっぴいえんどじゃないもんね。
細野:結局、自分の思うこととは違うことをやらされているんだ、ずっと。
松本:いつもそうだよ。見えない力が加わって、計算通りにはならないものなんだ、人生は。
細野:大滝くんが言ってた。「はっぴいえんどは自分の中では特殊な時期だった」って。彼はもともとポップス好きだから。彼がはっぴいえんどに参加していたのは特殊なことだったんだ。
松本:でも、自分のやりたいことをやるとうまくいかず、自分の意志とは違うことを、誰かにやらされるほうが意外とうまくいく。大滝さんに限らず。
細野:そういうものなんだよね。

この話、ちょっとだけ説明がいりますね。もともと細野さんと松本さんははっぴいえんどの前にエイプリル・フールというバンドに入っていました。ただしそのバンドはブルースやかなりハードなロックをやっていたので、細野さんの好みではありませんでした。細野さんはバッファロー・スプリングフィールドのような曲をやりたかったんですね。というわけでエイプリル・フールはアルバムを1枚出しただけで解散。

で、細野さんはバッファロー・スプリングフィールドのような曲をやる新しいバンドを作ろうとして、まず最初に決めたのがバンドのリードボーカル。それは同じエイプリル・フールにいた小坂忠さんでした。ところがバンド結成という直前に小坂忠さんがロックミュージカル『HAIR』への出演が決まって細野さんが作ろうとしたバンドへの参加を断念するんですね。

そんなときにエイプリル・フール以前に細野さんと勉強会のようなことをやっていた大瀧さんがたまたま細野さんの視界に入ってくることになるんですね。その勉強会で主に聴いたり演奏していたのは現在ソフトロックと呼ばれるジャンルの曲。細野さんは大瀧さんがポップス好きであることは知っていて、バッファロー・スプリングフィールドのような音楽をやる人間でないことはわかっていました。ただ、細野さんはちょこちょことはバッファロー・スプリングフィールドの曲を聴かせていたようです。でも、やはりその音楽は大瀧さんの好みのものではなかったようで、どちらかといえばずっと遠ざけていた。

ところがある日、小坂忠さんがバンドへの参加を断ったまもない時に大瀧さんが細野さんの前に現れてこう言ったんですね。

「バッファローがわかった」

と。

その言葉を聞いた細野さんはすぐに大瀧さんにバンドへの参加を要請、大瀧さんはその場で了承します。はっぴいえんどはここからスタートしました。1969年9月6日のこと。

松本さんが語った歴史の「IF」とはまさに縁のこと。不思議というかなんというか。


話はころっと変わって、『風街茶房 松本隆対談集』の最後には対談とは別に松本さんのエッセイのような話がいくつか掲載されていました。そのうちのひとつ「タイムマシンはいらない」というエッセイにこんな言葉が出てきて、おっと。エッセイが書かれたのは2007年5月7日。


木立の透き間に白い屋根が飛び去るのが見えた。

前回紹介した太田裕美さんの「振り向けばイエスタディ」と「海が泣いている」に出てきたフレーズにそっくりな言葉。2つの曲の詞が書かれたときからは30年くらいの月日が流れているのに同じ表現を使っているんですね。「透き間」という漢字を当てているのも同じ。きっと「透き間」というのは松本さんのキーワードにもなっているんでしょうね。「透き間」がなければ風が通らない。


ふと思いついたことですが、大瀧さんの「縁は尻尾だ」「縁は縁側だ」という言葉になぞらえて言えば「縁は透き間だ」と言えるのかもしれません。いや、まさしくそうですね。縁は透き間。

改めて考えてみると「透き間」というのはただ単純に物理的な空間を表している「隙間」とは違って、心を通して見た風景のような気がします。透明な心でしか見えないような空間。

水のように透明な心ならいいのに。


これは塩屋で見つけた透き間。これについてはまた後日。

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by hinaseno | 2017-11-17 11:57 | 雑記 | Comments(0)

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塩屋に行く日の少し前に『太田裕美白書』を読み、塩屋に行く電車の中で太田裕美さんの曲を聴きながら『風街茶房 松本隆対談集』の太田裕美さんと松本さんの対談を読んでいたために、僕の中では塩屋と太田裕美さんが完全に結びついた形になってしまいました。

とりわけ塩屋とぴったりと重なったのがこの「海が泣いている」という曲でした。




全部で30曲入りの太田裕美さんのプレイリスト(全て作詞は松本隆さん)の25曲目の曲だったので、曲が流れてきたのは明石で普通電車に乗り換えてちょうど舞子海岸が見えてきた頃だったように思います。で、あまりにも素晴らしくてそれからはずっとこの曲をリピートし続けました。残りの5曲は聴かないまま。ちなみに残りの5曲は吉田拓郎作曲の「失恋魔術師」と大瀧さん作曲の「さらばシベリア鉄道」「恋のハーフ・ムーン」「ブルー・ベイビー・ブルー」、そして「かくれんぼ」。


「海が泣いている」は同名のタイトルのアルバム『海が泣いている』のB面1曲目に収録された曲。LPで持っているのですが、正直今まであまり聴いていませんでした。

『太田裕美白書』を読んでいたとき、松本隆さんのインタビューや太田裕美さんの話の中でこの曲のことが何度か語られていてちょっと気になったので久しぶりにLPに針を下ろしました。聴き覚えはあったもののこれまでほとんど意識して聴いたことはなかったので、再認識どころか初めて出会ったような新鮮な驚きがありました。ということでiTunes Storeでこの曲をダウンロード。


ところでこの「海が泣いている」について、余白珈琲の彼とのちょっとした縁がありました。彼とはいくつもの縁があって、双方に気づいている縁もあれば、僕の側だけが気づいている縁もあって、そんな話の一つ。

数日前、僕がこのブログに太田裕美さんのことを書いたことに反応してか、彼のInstagramにこんなコメントが載ったんですね。


「振り向けばイエスタディ」を聴きながら、コーヒーを飲む。

「振り向けばイエスタディ」は太田裕美さんの曲。でも、彼は「太田裕美さんの」という言葉を入れずに曲のタイトルだけを書いたんですね。ちなみに僕はこれまでブログであれ何であれ「振り向けばイエスタディ」という曲について触れたことはありません。でも、まさに「振り向けばイエスタディ」という曲のことを意識した日に彼はこんなコメントを書いたんですね。


僕が「海が泣いている」という曲に興味をもって、iTunes Storeでダウンロードしたとき、実は同じアルバムに収録された「振り向けばイエスタディ」もダウンロードしようかと少し悩みました。でも、結局しなかった。

「振り向けばイエスタディ」と「海が泣いている」という2曲は太田裕美さんの『海が泣いている』というアルバムに収録されているんですが、実はこの2曲、シングルのA面とB面の曲だったんですね。A面が「振り向けばイエスタディ」で、B面が「海が泣いている」。そしてこのシングルは作詞松本隆、作曲筒美京平、歌太田裕美というゴールデンコンビの最後の作品でした。

僕はこのシングルは買ってはいませんでしたが、『太田裕美白書』を読んでこのシングルがこの形で発売されるまでに紆余曲折があったことを知りました。松本さんも京平さんも「海が泣いている」という曲をすごく気に入っていて、それをA面にするように主張したとか、もともとは「雪待夜」という別の曲がA面として用意されていたとか。

まあ、アナログのシングル盤というものがあって、それにA面とB面があった時代には、こんな話は山ほどあったんだろうと思います。両A面にしたり、A面とB面の曲を逆にしてリリースし直したり。あるいはどっちがA面でどっちがB面かわからないようになっているシングルもあります。

僕としては「海が泣いている」にも「振り向けばイエスタディ」にも同時に縁ができてしまったので、このシングルはぜひ手に入れなくてはと考えています。


ところで今日、これを書くために気づいたことがひとつありました。LPの歌詞カードの「振り向けばイエスタディ」の歌詞を読んでいたらこんなフレーズが出てきて、おっと。


 ノートの透き間に朝が見えたね

実は「海が泣いている」にこんなフレーズが出てくるんですね。


 そっぽを向いた腕の透き間に
 そっぽを向いた小鳥が飛び立つ

そう、「透き間」つながり。結果的にシングルのA面とB面に収録されることになったこの2曲の詞の中に、今回の話のキーワードである「スキマ」という言葉が入っていたとはびっくりでした。「隙間」ではなく「透き間」という漢字を当てているのが松本さんらしいですね。


さて、話はころっと変わって相変わらず脱線が続くのですが『風街茶房 松本隆対談集』のこと。この本は2巻あって、塩屋に持って行ったのは「1971 - 2004」の方。それを読み終えたので昨日から2巻目の「2005 - 2015」を読み始めました。

最初に読んだのは最後に収録された2015年に行われた対談、というか3人なので鼎談。3人というのは松本隆さんと細野晴臣さんと鈴木茂さん。そう、はっぴいえんどの大瀧さんを除いたメンバー。

鼎談は2年前の2015年8月に行われた『風街レジェンド2015』のひと月前にされたようです。当然ながら不在者である大瀧さんの話がぽつぽつと。どれも泣けるんですね。

こんな話も。


細野:こうやって(『風街レジェンド2015』で歌われる曲のリストを)見ていると、やっぱり大滝詠一がぼくのライバルだった。大瀧くんはA面タイプで、ぼくはB面タイプだからね。……というのは大瀧くんが言いそうな感じ。
松本・鈴木:あはははは。
松本:大瀧さんはA面B面にこだわるよね。だから「A面で恋をして」。
細野:そうそう。

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by hinaseno | 2017-11-15 13:52 | 雑記 | Comments(0)

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塩屋への行き帰りの電車の中で聴こうと思っていたけれど、太田裕美さんの曲をずっと聴いていたので結局電車の中では聴くことができなかったのが細野晴臣さんの発売されたばかりのアルバム『Vu Jà Dé』。

大瀧さんや松本さんと同じはっぴいえんどのメンバー(というか一番の年長者なので実質的なリーダー)だった細野さんは今年70歳。音楽的にますます余白が多くなってきました。


余白、といえば、このアルバムにはうれしいことにあの大好きな「悲しみのラッキースター」の青葉市子さんとのデュエット・バージョンが収録。「Vu Jà Dé version」という言葉が添えられていますが、何年か前にNHK-FMで放送されて『ラヂヲ』というアルバムに入っているのと同じもののはず。解説では2012年2月に細野さんの番組デイジーホリデーに出演したときのこの演奏をレタッチしたと書いているけど。




それにしてもこのときの演奏は衝撃でした。「悲しみのラッキースター」という曲をこれほど魅力的なものにしたのは間違いなく青葉さんのおかげだったと思います。きっと細野さんもよくわかっているはず。


青葉さんの音楽は本当に余白が多い。聴く側もこれだけ余白が多いと戸惑うかもしれません。もちろん歌う側の立場で考えても相当に大変。彼女の曲はたぶんだれもカバーできないと思います。


実はその青葉市子さんが昨日岡山でライブだったんですね。残念ながらまたしても行けませんでした。どうも彼女とは縁がなくなっているのかな。

前日まで北海道でツアーをやっていて、で、岡山まで飛んできたので、体調大丈夫だったんでしょうか。ああ、行きたかった。


さて、相変わらず話が脱線していますが、僕が塩屋の街を意識するきっかけとなったのが実は青葉市子さんでした。

2012年の4月に僕は姫路で青葉さんのライブを見たのですが、その直前にライブが行われたのが”神戸の”旧グッゲンハイム邸でした。神戸のどこだろうと思って調べたら神戸の西のはずれの塩屋だったんですね。

ということで塩屋は神戸よりもこちら寄り。でも快速電車が止まらないので証で乗り換えをしないといけないので、行くのはちょっと面倒くさい。

というわけで塩屋というのはいつも気づかないうちに通過する駅。車で神戸に行ったときも通り過ぎるだけの町でした。

ただ青葉さんのライブで知って以来、電車で塩屋を通り過ぎるときには旧グッゲンハイム邸を意識して探すようになりました。とはいうものの、いつしか旧グッゲンハイム邸も塩屋も自分の中から遠のき、電車であの辺りを通るときもたいてい海側の席に座って海を眺めるようになっていました。


で、僕の中ではすっかり忘れかけていた旧グッゲンハイム邸のことを思い出させてくれたのが、実は松村圭一郎さんでした。

考えてみると松村さんに初めてお目にかかった旧内山下小学校でのイベントへの参加を決めたのも、ひとつにはその少し前に青葉市子さんが旧内山下小学校でライブをされたので(これも行けなかった)、そのときに旧内山下小学校のことを調べてその建物の素晴らしさを知り、ぜひ一度行ってみたいと思っていたからでした。

考えたら禁酒会館も青葉さんがライブをしたことで知った場所。彼女のライブには5年以上も行けていないけど彼女は僕にとって縁の架け橋のような存在になっていますね。縁をつないでくれる妖精なのかもしれないな。本当に妖精のような人なので。


旧内山下小学校でのイベントの後、僕は松村さんがネットで発信されるものをいろいろとチェックするようになったのですが、ある日、松村さんがツイッターで紹介されていたのがこの本でした。

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森本アリさんの『旧グッゲンハイム邸物語』。

目を留めたのはもちろん「旧グッゲンハイム邸」という言葉でしたが、それと同時におっと思ったのが副題や帯に書かれている言葉でした。

副題には「未来に生きる建築と、小さな町の豊かな暮らし」。そして帯には「神戸の西にある小さな町『塩屋』」。

「小さな町」をこよなく愛する人間としては読まずにはいられない本でした。


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by hinaseno | 2017-11-14 14:43 | 雑記 | Comments(0)

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昨日書いた「イエロー・サブマリン音頭」のこと、たまたまその場で生まれた他愛のない会話のことを書いて、で、タモリさんまで登場させて随分脱線してしまったわけですが、改めて考えてみたら「イエロー・サブマリン音頭」にまつわる話ほど今回の塩屋行きを象徴するものはないことに気づいて正直驚いています。


僕が「縁」というものを強く意識するようになったのはまちがいなく大瀧さんの影響。大瀧さんは「縁は縁側だ」とか「縁は尻尾だ」とか、他の人が思いもよらないような縁に関する印象的な言葉をいくつも残しています。

縁について考え続けてきた人。もしかしたら縁のことしか考えてこなかったのではないかと思うくらい。だから縁でしか動かない。


そんな縁に関するいくつもの話の中で最高にわくわくするのが『ナイアガラ・トライアングル Vol.2』の30周年記念盤が出たときの、杉真理さんと佐野元春さんを交えて行われたロング・インタビューでした(『レコード・コレクターズ 増刊 大滝詠一 Talks About Niagara』所収)。

杉さんや佐野さんがいるとはいえ、ほとんど語り続けているのは大瀧さん。そして語られたことはすべて縁の話。「縁は尻尾だ」というのはこのときに出た言葉。

そして驚くような数々の不思議な縁の話の最後に語られたのがまさに「イエロー・サブマリン音頭」にまつわる話でした。「イエロー・サブマリン音頭」がもう少し早くできていれば『ナイアガラ・トライアングル Vol.2』の最後に収録していたかもしれないとまで。

というわけで、縁の集大成ということで「イエロー・サブマリン音頭」には大瀧さんと縁のあった人、佐野さん、杉さん、銀次さん、そしてあの川原伸司さんの声が入っているんですね。クレジットは「潜水艦 voice」(達郎さんの声が入らなかったのはちょうど竹内まりやさんと…)。

インタビューは大瀧さんのこんな言葉で締めくくられています。


「ナイアガラ音頭」で三味線を弾いていた人の弟子(金沢明子さんのこと)が「イエロー・サブマリン音頭」を歌ってるんだから。締まってるんだよ。登場人物はみんな縁があるんだから。まさに大河。大河ドラマだね。

今回、塩屋で会った彼との”縁の尻尾”はずいぶん前につかんでいましたが、いくつもの驚くような縁がつないでくれてようやく出会うことのできたその先に予期せぬ形で「イエロー・サブマリン音頭」が待っていたわけですから、個人的にはまさに大河ドラマ。締めとしてはこれ以上のものはないですね。

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by hinaseno | 2017-11-13 15:34 | Comments(0)

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海に近い駅から坂をかなり上ったところにあるカフェの窓際に座って、彼らが淹れた珈琲を飲む。窓から見える山間の谷は風の通り道になっている。ここは小さな海街だけど風街でもあることがわかる。

街の名は塩屋。

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手元には今年の初めに買ったまま読んでいなかった『風待茶房 松本隆対談集 1971-2004』。松本隆さんは言わずと知れた風街の人。

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食事が終わって彼らが珈琲を淹れている部屋に行く。窓は閉まっているけど心地よい風が珈琲の香りを運んでくれている。風を感じさせてくれていたのは正面にかけられたこの暖簾。

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暖簾には潜水艦になった珈琲豆のロゴ。いいデザイン。


目の前で彼が珈琲を淹れている。

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ふと気がつくと彼の着ている服の左胸にはビートルズの4人のイラスト。

「潜水艦といえばビートルズの『イエロー・サブマリン』なので」と。「『イエロー・サブマリン音頭』じゃないんだね」と言うとにっこりと笑う。年の差があっても通じている。


  *    *    *


ここで話はちょっと脱線。

大瀧さんがプロデュースして金沢明子が歌った「イエロー・サブマリン音頭」の作詞は松本隆さん。クレジットでは訳詞となっているけど、訳とは程遠い内容。冗談音楽をやるときには大瀧さんは自分で詞を書くのですが、このときはあえて松本さんに頼んだんですね。松本さんの笑いのセンスを買って。


そういえば昨年放送された『ブラタモリ』の横須賀編で、潜水艦を目の前にしたタモリさんが突然ビートルズの「イエロー・サブマリン」ではなく金沢明子の「イエロー・サブマリン音頭」を歌ったのにはびっくりでした。


♫イエロー・サブマリン 潜水艦♫

と。

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隣で近江アナは笑っていますが、彼女はこの歌を知らないようでした(もしかしたら元歌であるビートルズの「イエロー・サブマリン」も知らないかもしれない)。「イエロー・サブマリン音頭」は1982年の曲なので、近江さんはまだ生まれていなかったはず。


ところで『風待茶房 松本隆対談集 1971-2004』の対談相手は1人目の谷川俊太郎から17人目の高田渡までいろんなジャンルの人がずらり。その中にははっぴいえんどのメンバーだった細野さんや大瀧さんも。この2人との対談はネットで公開されていた時に何度も読んでいました。大瀧さんのはもちろん印刷して持っています(対談の様子を写した写真は今となっては貴重)。


実は塩屋に到着するまでの約2時間、電車の中でずっと聴いていたのは太田裕美さんの曲でした。本当は細野さんの新作を聴こうかと思っていましたが、朝の気分でやはり太田裕美かなと。太田裕美さんに書いた松本さんの詞を改めてじっくりと聴いてみたい気持ちもありました。

で、ふとこの本に載っている太田裕美さんとの対談が急に読みたくなって(ネットでは読んだことがあったけど)、出かける寸前にかばんに入れました。何かをねらっていたわけではありません。


そういえば家に戻って大瀧さんとの対談を久しぶりに読んだら「イエロー・サブマリン音頭」に関する話も出てきていました。大瀧さん、こんなことを言っています。


「イエロー・サブマリン音頭」って松本隆の最高傑作じゃん。あれを松本・大滝作品の一番にしたいんだけど、作曲者がおれじゃないもんなあ。それがすごく悔しい。

これを最高傑作と呼ぶのはいくらなんでも…。


それはさておき話がとんだついでに『風待茶房』をぱらぱらと帰りの電車で眺めていたら16人目の対談相手は『海街diary』の是枝裕和監督でした。

おお、海街つながり!

ただし対談が行われたのは『海街diary』が作られる10年前の2004年。原作の吉田秋生さんの漫画の連載も始まっていません。

あの映画の舞台は鎌倉ですが、今回訪ねた塩屋も鎌倉と同じように山に囲まれた町。ただ塩屋は平野部が本当に少なくて坂ばかり。その意味ではタモリさん好みですね。


ところでその松本隆さん、ひと月ほど前に出演されたテレビのインタビューでこんなことを語っていました。

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余白がいっぱいあるほうが美しい詞ができる

実は今回僕が書く珈琲をめぐる話のキーワードは「余白」。余白という言葉は、松村圭一郎さんの『うしろめたさの人類学』のキーワードである「スキマ」にも通じています。

カフェでいただいた小さな冊子(タイトルは「余白通信」)にはこんな言葉が書かれていました。


 ハンドドリップには、「中挽き~粗挽き」がちょうどいい。細かく挽くと、少し窮屈になりがちだ。粉のスキマは、お湯の通り道。空いていると、自分でスピードを調節できるが、渋滞中はそうはいかない。

そう、美味しい珈琲を淹れるためにも、美しい詞を書くためにも「スキマ=余白」が必要。

ということで、つい説明しすぎて余白を無くしてしまう癖があるので、心して書いていこうと思います。といいながらいきなり脱線ばかりしてしまいました。


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by hinaseno | 2017-11-12 14:02 | 雑記 | Comments(0)

珈琲をめぐる不思議な縁は、この本がきっかけでした。


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ミシマ社から先月出版された松村圭一郎さんの『うしろめたさの人類学』。不思議な縁は、実際にはこの本に出会うずっと前から始まっているのですが、でも、ブログにこの話を書いてみようと思ったきっかけになったのはやはりこの本でした。

というわけでこの本の話から書き始めようと思っていたら、なんと今朝、このブログでも何度も紹介している朝日新聞の鷲田清一先生の「折々のことば」で、この本からのことばが取り上げられているのを発見。なんというタイミング。

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鷲田先生が紹介していたのは本の中のこの言葉でした。


国家と密着するのが「あたりまえ」になると、自由に息を吸うことがどんな感覚だったのかさえ忘れてしまう。

考えてみると、僕がどんなに忙しくても朝起きて一杯、それから昼食後に一杯の珈琲を必ず飲むことを習慣にしているのも、「自由に息を吸うことがどんな感覚だった」かを日々確認する営みといえるのかもしれません。

そういえば松村圭一郎さんの『うしろめたさの人類学』には「うしろめたさ」という言葉とともにいくつかの大切なキーワードがあって、そのうちの一つが「スキマ」。自由に息を吸うためにはスキマがなくてはだめですね。


ところで、まずは松村さんとの縁のことから。

松村さんは現在、岡山大学文学部准教授をされています。専門は文化人類学で、主にフィールドワークをされていきたのはエチオピア。出身は熊本ですが、一昨年の2015年から岡山で暮らしているんですね。

松村圭一郎さんのことを知ったのは、例の「みんなのミシマガジン」でした。わが瀬戸内海をテーマにした「セトウチを行く」というのを連載されて興味を持つようになりました。

「セトウチを行く」の連載が始まったのは松村さんが岡山で暮らすようになった半年後の2015年9月からなのですが、実は松村さんはそれ以前からミシマガジンで「<構築>人類学入門」と「月刊 越尾比屋人」という2つの連載をされているんですね。今回の本の元になった「<構築>人類学入門」は2009年から。なんと内田樹先生の「凱風館日乗」や平川克美さんの「隣町探偵団」よりも古いんですね。


で、松村さんという方に興味を持つようになったときに行われたのが、建築家の光嶋裕介さんと松村圭一郎さんとミシマ社代表の三島邦弘さんによるトークイベントでした。昨年の11月なのでちょうど1年前ですね。場所は岡山城に近い旧内山下小学校の体育館。これがそのときの写真。

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向かっていちばん右にいるのが松村圭一郎さん。エチオピアでフィールドワークをされているとは思えないような、とてもさわやかな方でした。

この日のイベントはミシマ社から発刊されたばかりの『ちゃぶ台Vol.2』と光嶋さんの『これからの建築』を記念してのものだったので、基本的には司会をされた三島さんと光嶋さんのトークが中心になっていて、松村さんが語られたのはほんのわずか。でも、見た目同様に、大変いい印象を持つことができました。とりわけそのソフトな語り口が印象的でした。


さて、このときにこの会場に来られていたのが2015年に開店したスロウな本屋の店主の小倉さんでした。で、どうやらイベントの後に三島さんと松村さんはいっしょにスロウな本屋に行かれたようです。

ここでスロウな本屋とミシマ社と松村さんとのつながりができて、確か今年の初めぐらいにこの3人でトークイベントを岡大でされたんですね。そのときは残念ながら時間の関係で行けませんでした。


そして先月。松村圭一郎さんの本がミシマ社から出ることがわかって、やはりせっかくなのでスロウな本屋で購入しようと思ってサイトを見たら、なんと松村さんのトークイベントがスロウな本屋で行われることがわかって本の注文と同時にイベントへの参加を申し込みました。


そういえば最初に『うしろめたさの人類学』のキーワードが「スキマ」だと書きましたが、松村さんと小倉さんとのトークの中で「スロウな本屋はスキマだ」と松村さんが言われて小倉さんが感激されていたのが印象的でした。そう、この息苦しい時代を変えていく手がかりになるのは「スキマ」なんですね。


キーワードといえば、実は『うしろめたさの人類学』の本のタイトルに関して著者の松村さんはもともとは違うアイデアを持っていたんですね。ところがそれを最初に読んだミシマ社の人が本の中の「うしろめたさ」というキーワードに着目して、結局それを本のタイトルにしたということだったようです。


で、この本にはもう一つ大切なキーワードがありました。

それが「贈与」。

ただ、イベントも終わりの時間が近づいてきたものの、この「贈与」に関する話が出ないままだったんですね。司会をされた小倉さんから「最後になりますが、どなたか、何かありますか」という言葉が出て、だれも挙手されそうになかったので、勇気を振り絞って手を挙げて、その「贈与」のことについての質問(にもならなかったけど)をしました。

驚いたことにその後、まさにその「贈与」の話がつながる出来事が起きたんですね。

サプライズとして用意されていたのはなんとも素敵な贈与。それが珈琲豆でした。


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by hinaseno | 2017-11-10 15:17 | 雑記 | Comments(0)

今日は久しぶりの雨。雨の水曜日、雨のウェンズデイですね。

こんな日はコーヒーがひときわ美味しく感じられて、さあコーヒーをめぐる話を、と思いましたが、それはもう少し後にして、書きかけのままになっているこちらの話を。


ロイ・オービソンの「Only The Lonely」タイプの曲を下敷きにしたJ.D.サウザーの「ユー・アー・オンリー・ロンリー」みたいな作品を作りたいと考えて始まった『ロング・バケイション』プロジェクトで、いちばんのポイントになるのは他人に提供してボツになった曲ではない2つの曲「カナリア諸島にて」と「雨のウェンズデイ」であることは前に指摘しました。

この2つの曲に共通する特徴はなんといってもピアノ。いずれの曲にもピアノのソロの印象的なフレーズが出てきます。エンディングもピアノのやや長めのソロ。演奏しているのは松任谷正隆さん。ユーミンの旦那さんですね。

とりわけ「雨のウェンズデイ」のピアノの使われ方はJ.D.サウザーの「ユー・アー・オンリー・ロンリー」とかなり似ています。基本的には松任谷正隆さんのアドリブによる演奏が多そうな気がしますが、「ユー・アー・オンリー・ロンリー」を意識していることは明らか。

でも、もちろん大瀧さんなりの遊びが入っていて、♫Wow Wow Wednesday♫の後に出てくるピアノのフレーズはバート・バカラックの「Walk On By」。これの0:34あたりに出てくるフレーズですね。これは大瀧さんの指示。




ピアノのソロといえば最も気になるのは「カナリア諸島にて」のエンディングですね。大瀧さんの曲はほとんどが一発録りなんですが、このエンディングのピアノはあとでダビングで追加されたそうです。

その部分のメロディについてはこれまで長い間考えていて、やはり松任谷さんのアドリブなんだろうと思いつつも、大瀧さんの何らかの”指示(「こんな感じでやって」、という程度の)”があったはずだと思っているのですが、明確にこれだっというものは見つかっていませんでした。


でも、もしかしたら、ってことで、かなりこじつけ気味で考えたのは、ロイ・オービソンのこの「Come Back To Me (My Love)」のエンディングを参考にしたのではないかと。




「Come Back To Me (My Love)」は日本で全く評価されていなかったロイ・オービソンを何とか日本の人に広めようとして、日本独自にシングルが発売されてヒットした曲。大瀧さんもこの曲をとても愛していたんですね。その証拠に大瀧さんが亡くなった時に残されていたジュークボックスにロイ・オービソンの曲で唯一この曲が入っていました。

で、この曲の日本でのヒットに尽力した人の中心にいたのが朝妻一郎さんでした。大瀧さんがJ.D.サウザーの「ユー・アー・オンリー・ロンリー」みたいな作品を作ろうと考えたときに、その下敷きになったロイ・オービソンの「Only The Lonely」タイプの曲のひとつである「Come Back To Me (My Love)」を、朝妻さんへの贈り物として、そっと、わかる人にはわかるという形で入れたのではないかと。


こじつけと言われればそれまでですが。


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by hinaseno | 2017-11-08 16:00 | ナイアガラ | Comments(0)

コーヒーをめぐる話を書くつもりでいましたが、時間があんまりないので別の話を(でも、少しだけかすっています)。


昨日は『太田裕美白書』を読みながら太田裕美さんのアルバムを何枚か聴いていました。『心が風邪をひいた日』を何度か聴いたあとは『ELEGANCE』。もちろん聴いたのはLP。これは手放していませんでした。曲は1曲を除いて全て作詞松本隆、作曲筒美京平の黄金コンビ。

A面の2曲目に大好きな「ピッツア・ハウス22時」。太田裕美さんの曲の中では5本の指に入るくらいに好きな曲。詞を書いた松本さんもお気に入りのようです。


そしてB面。2曲目に素晴らしい曲が流れてくる。この「煉瓦荘」という曲(このYouTube映像には最初にちょっと余計な音楽が入っています)。




この曲のことはすっかり忘れていました。もちろん「ピッツア・ハウス22時」と同じくらい大好きだった曲。

京平さんの曲も素晴らしいけど、松本さんの詞がたまらなくいいですね。最初の数行でその世界に引き込まれてしまいます。


 あれからは詩を書き続けた

 哀しみにペン先ひたして

 想い出で余白をつぶした

 君の名で心を埋めた


 井の頭まで行ったついでに

 煉瓦荘まで足をのばした

 …

東京のはずれの小さな町での「売れない詩人とデザイナーの卵」のささやかな物語。都会的と言われる松本隆さんの歌詞も太田裕美さんに関しては地方色が感じられるのもが多いですね。この曲の詞の舞台は東京ですが、登場人物(のどちらか)はおそらく(「木綿のハンカチーフ」の主人公と同じく)地方出身。

そういえばこの曲を昔聞いていたときには全く知らなかった「井の頭」も川本三郎さんのエッセイによく出てくるので今では身近に感じられる場所になっています。川本さん、井の頭公園はよく散歩されているんですね。夏葉社からも近いので島田さん、息子さん連れて散歩してるかな。


それはさておき、やはりA2(A面2曲目)とB2(B面2曲目)にはいい曲が多いですね。A2理論とB2理論を証明するような作品です。これをCDや、あるいはダウンロードした音源で聴いたのでは「煉瓦荘」という曲の魅力に気づかないかもしれません。


話は変わりますが、昨日の「姫路サウンドトポロジー2017」での世田谷ピンポンズさんのライブ、どうやら新曲が2曲歌われていたようです。そのうちの一つはなんと姫路にある喫茶店がタイトルに。

「喫茶 大陸」

大陸はおひさまゆうびん舎の近くにある喫茶店ですね。『世田谷ピンポンズの世界』に写っている手帳にも「大陸(姫路)」という記載がありました。僕は店の前を通ったことは何度もありますが一度も入ったことがありません。せっかくなので今度行ってみよう。一人で入るのにはちょっと勇気がいりそうだけど。


「喫茶 大陸」はどうやらそのあとおひさまゆうびん舎でこっそりと開かれたシークレット・ライブでも歌われたようです。おひさまゆうびん舎さんのツイートでちらっとその曲が聴けましたが、とってもチャーミングな曲。きちんと聴いてみたい。


それにしてもピンポンズさん、いつもながらいい場所見つけます。


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by hinaseno | 2017-11-06 13:01 | 音楽 | Comments(0)