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Talks About Music, Books, Cinema ... and Niagara


by hinaseno
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相変わらず「数学的媚薬」の余波は続いているようで、このブログへのいつもとは違う量のアクセスが続いています。今朝「数学的媚薬」をGoogleで検索してみたら前回書いた話がトップに上がっていました。やはりあの物語、かなりのインパクトがあったようです。

「数学的媚薬」を読み直して(テレビを見て)思ったことですが、贈与という行為にはどんなささやかなことであってもいいから物語が入り込んだほうが素敵だな、と。贈与したものの価値とは別に。

それから「縁」があるというのは友愛数のような関係なのかなと考えたりもしました。いや、でもよく考えたら意外に友愛数は公約数が少ないなとか(たとえば220と284であれば公約数は1と2と4のたった3つ)、いや、それでも公約数の数だけの問題ではないかとか、相変わらず縁というものの不思議さのことを思ってしまいました。


それはさておき「数学的媚薬」で検索して前回書いた僕の文章にアクセスした人のうちで、そのあとに書かれた「ポプラ社」から出版された宮治淳一さんの『MY LITTLE TOWN 茅ヶ崎音楽物語』と高橋和枝さんの『コーヒータイム』の話まで読んでくれた人がどれだけいるでしょうか。アクセスした人の10分の1くらいのひとでもいいから最後まで読んでくれて、そのうちの数人でも『MY LITTLE HOMETOWN 茅ヶ崎音楽物語』や『コーヒータイム』に興味を持って、そして一人でもいいから本を手に取ってくれたらうれしいんだけど。あっ、ただ、高橋さんの『コーヒータイム』は今、絶版になっていますね。「ポプラ社」の方、ぜひ再版してください。ぜひぜひ。


ところで昨日は休みだったので宮治淳一さんの『MY LITTLE HOMETOWN 茅ヶ崎音楽物語』をかなり読み進めました。宮治さんの同級生である桑田佳祐さんの話は最後の10章だけではなく7章から登場。このブログにはもしかしたら全く書いていないかもしれないけど、僕はかなり熱心なサザンのファンだったので、やっぱり桑田さんの話が出てくるとワクワクします。茅ヶ崎という地名を知ったのも最後の章のタイトルにもなっている「茅ヶ崎に背を向けて」という曲がきっかけでした。烏帽子岩を知ったのもやはりサザン。いや、江ノ電も、鎌倉も…。

そんなサザンの桑田さんと宮治さんが、間に一人おいていっしょに写っている中3のときのクラス写真にはちょっと興奮しました。桑田さん、今とちっとも変わっていない。ぜひ本を手に取って見てください。


ところで昨日読んだ部分で、あっと驚くようなことが書かれていて腰が抜けそうになりました。以前、小津の日記を読んでいたときにひっかかって、いろいろと調べたけど結局手がかりがつかめなかったものがこんなところに、しかも驚くような形で書かれていたとは。

その驚きのことが書かれていたのは第六章の尾崎紀世彦の章。

尾崎紀世彦が茅ヶ崎と関わりが深い人であることは知りませんでした。「加山がデビュー当時から海の町・茅ヶ崎出身というイメージを前面に押し出していたことに比べて、尾崎紀世彦からは茅ヶ崎の匂いがまるでしなかった」と宮治さんが書いている通り、あの野生的なイメージから茅ヶ崎にむすびつくものは一切感じられません。その尾崎紀世彦が「また逢う日まで」でレコード大賞を受賞する話のところに”それ”が書かれていました。

ちなみに僕が「レコード大賞」というものを初めて意識して見たのがこの尾崎紀世彦のとき。「また逢う日まで」はレコードを持っていたので、尾崎紀世彦が絶対にレコード大賞を取ると思ってテレビを見ていました。で、決まったときには「やったー!」と叫んだ記憶があります。後にも先にもレコード大賞で興奮したのはあのときだけ。

さて、そのときの場面を宮治さんはこう書いています。


…尾崎紀世彦がステージに上がると、水原弘、松尾和子、フランク永井ら歴代の大賞受賞者が拍手で迎えた。
そこにサプライズ・ゲストで尾崎の母親が現れ、高橋圭三が「残念ながらお父さんは一年ほど前に亡くなりここには来られません……」と述べ、花束を抱えていた男性の姿がアップで映った。そのとき、それまで黙って見ていた私の母親が驚きの声を上げた。
「あれ? 肉屋のオジさんだ!」
 尾崎が中学時代にアルバイトで手伝っていた肉屋の店主が、亡父に代わってお祝いに駆けつけた、という構図だった。
 尾崎が茅ヶ崎育ちだということはその年の春「また逢う日まで」が流行り出したころからは知っていたが、この肉屋のオジさんの登場で確信に変わった。父と母は結婚してから数年間、肉屋のすぐそばにあった岡村書店の離れを間借りしていて、その店でよく肉を買っていたのだった。

驚いたのはここに出てくる「岡村書店」。「岡村書店」についてはこの日この日のブログにかなり書いています。小津がちょうど『早春』の脚本の執筆を始めた頃の日記に岡村書店が何度も登場してくるんですね。最初はおそらく映画がらみの本の相談をしていたようですが、いつのまにか一緒に食事をしたり酒を飲んだりする関係になっているんですね。昭和30年(1955)の5月から6月にかけてはほぼ毎日会っています。ただ、小津のお目当はどうやらその店主と一緒に来ていた山下左登子という名の女性だったよう。でも、岡村書店についても山下左登子という女性のことも調べても何も出てきませんでした。


その岡村書店が茅ヶ崎にあって、そこの離れに宮治さんのご両親が結婚してから数年間住んでいたとは。

ちなみに宮治さんが生まれたのはまさに小津が岡村書店に何度もやってきていた昭和30年。宮治さんが生まれたときにはご両親は別の場所に移られていたのかもしれませんが、でも偶然にしてはすごすぎますね。

ご両親のアルバムの中に岡村書店の写真があるのかな。もしかしたら山下左登子という女性のこともご存知かもしれません。


こんなふうにしてある日、思いもよらぬ形で「南畝町228」の謎を知る機会がやってくるのかもしれません。


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by hinaseno | 2017-10-31 14:02 | 雑記 | Comments(0)

この日のブログ、一昨日の夜から昨日にかけてかなりの数のアクセスが続いていました。今日もまだ続いているかな。

先日紹介した「数学的媚薬」が朗読される『この声をきみに』が一昨日の夜に放送されたんですね。放送後、「数学的媚薬」のことがSNSでかなり評判になって、ドラマを見ていない人がそれを調べようとして僕のブログにたどり着いたようです。一時はGoogleで「数学的媚薬」を検索したら2番目くらいに僕のブログが入っていました。


それはさておき、やはり気になったのでそのドラマを見ました。主演は竹野内豊さん。朗読だけかと思ったら、途中からドラマ仕立てになっていました。

実はあの話は男性同士の同性愛を扱ったものなんですが、読み始めたときにはそれに気づかないんですね。「愛」でまとめられた物語に入っているので、まあやっぱり男女の恋愛と思い込んで読みますよね。でも、途中から、なんだかおかしな感じになって(例えば交際相手の「ジョン」がセーターを編んでいて、語り手が自分を「僕」と呼んでいる)、ようやく同性愛の話と気づく。でも、ドラマだと始めから男同士が登場しているので、ちょっと面白みに欠けるかな。本とテレビの大きな違いですね。


僕が「数学的媚薬」に惹かれたのはなんといっても小川洋子さんの『博士の愛した数式』で知った友愛数(親和数)を使った素敵な物語だったから。ドラマを見ていておっと思ったのは、物語には書かれていない「220」と「284」の友愛数(親和数)が説明されていたこのシーン。

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220と284といえばこの日書いた文章。タイトルは「228と288」。とはいっても228と288は友愛数ではありません。228と288の、その数を除いた約数の合計はそれぞれ332と531です。

228と288というのは木山捷平が姫路にいたときに、いくつかの資料に残されていた南畝町の番地ですね。この2つの番地の謎を解明しようと思った大きな理由は、それが僕の大好きな友愛数の組み合わせ220と284にとてもよく似た数字だったということもあるんですね。僕という人間はそういうささいなことで縁を感じて動かされてしまいます。

ただ、この文章を書いたときには、まだどちらの番地のことも解明できていなくて、あの近辺をぶらぶらと歩き回っていた頃でした。

ああ、なつかしい。

そういえば288は解明できたけど228については大きな壁にぶち当たったままです。「壁」のことについては言えないけど。


ところで「縁」といえば宮治淳一さんの『MY LITTLE TOWN 茅ヶ崎音楽物語』はアッと驚く話ばかり。いや、とにかくすごい。一番気になるのは最終章の桑田佳祐に関する話なんですが、それ以前にも興味深い話だらけ。


昨日読んだのは第3章の喜多嶋修さんの話。喜多嶋修さんは加山雄三さんの従兄弟で、加山さんのバックバンドであるランチャーズの主要メンバーだったようですが、僕はこの人のことを知りませんでした。なんとこの人、僕が子供の頃にちょっとあこがれていた内藤洋子(『ひよっこ』に彼女のことが出てきたらしいですね)と結婚した人だったとは。彼女が突然結婚して引退したのは子供心にびっくりした記憶があります。


その喜多嶋修さんの話の中に吉野金次さんが登場してきた時には、思わず、おおっ、となってしまいました。吉野金次さんといえばエンジニアとして有名な人で、大瀧さんともはっぴいえんど時代から関わっていて、佐野元春さんの初期のアルバムのエンジニアもしていました。その吉野さんが「うら若き見習いのエンジニア」として登場するんですね。本では大瀧さんは出てこないけど細野晴臣さんが出てきます。へえ~、という話ばかり。

なんだかしばらくこの本の話をしてしまいそうです。


そういえば前回書き忘れたんですが、その宮治さんの『MY LITTLE HOMETOWN 茅ヶ崎音楽物語』の出版社はなんとポプラ社。ちょっと驚き。

ポプラ社といえばなんといっても高橋和枝さんの『くまくまちゃん』シリーズを出している出版社。どちらかといえば絵本や子供向けの本を出版している会社だと思っていたんですが、そうではなかったんですね。

高橋さんはそのポプラ社から『コーヒータイム』という素敵な本も出されています。こちらは大人の絵本ですね。この本に絡めてコーヒーの話もしたいんだけど、思い通りに書けない状態が続いています。

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by hinaseno | 2017-10-29 12:40 | 雑記 | Comments(0)

10月23日のブログに書いた、ちょっと驚きの内緒の話、わかった人がいたようです。わかるとしたらあの人たちだろうなと思っていましたが。


ところで、急にいろんな用事が入ってきたりして思うようにブログが書けない日々が続いていますが、これも昨日書こうと思っていた話。

一昨日、ビヴァリー・ケニーの『Sings For Playboys』を車で聴きながら向かったのは市内にある大きな本屋。そこで3冊の本を買ってきたんですね。『柴田元幸翻訳叢書 ジャック・ロンドン 犬物語』、鷲田清一・山極寿一著『都市と野生の思考』、そして宮治淳一著『MY LITTLE TOWN 茅ヶ崎音楽物語』。

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夜、その前に読んでいた本(ミシマ社の『ちゃぶ台3』)を読み終えて、寝るまでにそんなに時間はないけれど、次に読む本のことを考えました。本当は『ちゃぶ台3』と同時に買っていた吉田篤弘さんの『京都で考えた』(ミシマ社)を読むつもりでいたのですが、ちょっと考えて手に取ったのは宮治淳一さんの『MY LITTLE HOMETOWN 茅ヶ崎音楽物語』でした。

この本、つい先日ペットサウンズ・レコードのホームページで紹介されていて、これは絶対に買わなければと思ったんですね。実は少し前にアゲインの石川さんから宮治さんが出演している映画『茅ヶ崎物語~MY LITTLE TOWN~』のチラシを送ってもらっていてそれもびっくりしたんですが、まさか本まで出されるとは思いもよりませんでした。


宮治淳一さんはこのブログでも何度も紹介している音楽評論家。現在茅ヶ崎でブランディンという音楽カフェも経営されていて(いつか行ってみたい)、アゲインで定期的に出張ブランディンというイベントをされています。例の「2017年は JK(ジャック・ケラー)の時代」という歴史に残る(?)発言をされたのもこのイベントでした。


さて、寝る前に序章だけ読んでみようと読み始めたんですが、いや、すばらしい。完全に僕のツボにはまってしまいました。

ご自身の生まれた茅ヶ崎という海辺の小さな町で、なぜ多くの優れた音楽家(代表的なのは加山雄三とサザンの桑田佳祐ですね)を輩出したかというテーマももちろんツボですが、なによりもそのテーマに向かう過程の描かれ方が素晴らしい。


 私の前に長いこと立ちはだかっていた謎について、明確な答えが得られぬまま筆を執ることになった。
 しかし私は思っていた。きっと書いていくうちに分かってくることもある。

僕はこういう姿勢で書かれたものが好きなんですね。さらに言えばその語り口。宮路さんの実際の語りはいろんなメディアで見聞きしていましたが、それとはかなり違う。こんな言葉も書かれていました。


 人生の終盤、レコードでいえばB面の3曲目あたりにさしかかり、そこに自分が生まれ育ってきたことの意味のようなものを、なにか自分が納得できる形で確認したい、残したいという気持ちが生まれてくることも、珍しくはないのかもしれない。

宮路さんがB面の3曲目あたりならば、僕はB面の1曲目の終わりくらい、『ロング・バケーション』で言えば「雨のウェンズデイ」のエンディングのピアノの独奏あたりになるんでしょうか。


ということで、文句なしに面白い本であることを確信して本を閉じて、で、寝る前に(たいてい12時過ぎ)にいつもそうしているようにアゲインのサイトを開きました。その時間に新しいものが更新されていることもあれば、そうでないこともありますが、その日は更新されていました。

驚いたことに、そこにはまさにその宮治淳一さんの『MY LITTLE HOMETOWN 茅ヶ崎音楽物語』を紹介した文章がかかれていました。にっこり×4。でも、読まずに寝ました。


翌日(昨日ですね)3章まで読んで、石川さんのブログを読みました。そこで石川さんが紹介していた文章は僕も心に強く響いて線を引いた言葉。


 偶然のなせる業全てを「縁」という実に便利な日本語ですまそうとする。だが日々の生活で計画された以外の事象は全て偶然に過ぎない。偶然と「縁」とは次元が違う。
 私たちは偶然の世界に生きている。だが偶然がいつしか必然と思えるとき、それは「縁」に昇華する。


ここ、僕のような人間が反応しないはずはありません。

で、今日更新されたブログで石川さんはさらに詳しく本の紹介をされていましたが、それはコピーしておくことにして、本を読み終えてから読ませていただくことにします。


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by hinaseno | 2017-10-27 15:16 | 音楽 | Comments(0)

秋になると聴きたくなるものはいくつもありますが、ビヴァリー・ケニーのこの『Sings For Playboys』もそんなアルバムの一つ。

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ビヴァリー・ケニーは女性のジャズ・ボーカリストの中では一番好き。

何よりもとびっきりの美人。幸か不幸か若くして亡くなっているので、若いときの写真しか残っていないこともありますが、どの写真も美しいものばかり。

それから歌っている曲がいい曲ばかり。彼女が歌うとよく聴こえるのかもしれないけど、でもやはり選曲の素晴らしさには感心してしまいます。


でも、何よりも最高に魅力的なのが彼女の声であることはいうまでもありません。で、その声の魅力について今朝からずっと考えていたんですが、ひとつ気づいたことがありました。それは彼女は地声も裏声もどちらも魅力的なこと。こういうシンガーはなかなかいないんですね。

ということで彼女は地声で歌えるところを裏声で歌ったりして、地声と裏声が何度もひっくり返るんですね。とにかく見事という他ないくらいにひっくり返しをしています。


地声と裏声のひっくり返しといえば大瀧さんですが、大瀧さんはお母さんがよく聴いていた平野愛子さんの歌でそのひっくり返しの魅力に気がついたそうですが、ビヴァリー・ケニーのひっくり返しは平野愛子さんどころではありません。彼女自身も、あるいは彼女のレコードを作っていたスタッフもその魅力をよく知っていたんですね。

というわけで『Sings For Playboys』に収録されたこの曲を貼っておきます。




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by hinaseno | 2017-10-25 15:01 | 音楽 | Comments(0)

Happy Birthday, Celia!


いろいろと思うことのある今日10月23日ですが、さっき、あるサイトをのぞいたら、わおっ!となってしまいました。いや、びっくり。

でも内緒にしておきます。だれか気づく人がいるでしょうか。


それはさておき、今日はわれらがシリア・ポール70歳のバースデイ。現在外国で暮らしているとのことですが、お元気でいるでしょうか。何にも贈ることはできないけど、贈り物の輪がつながって何らかの形で僕の思いが伝わればと思います。

ということで何はともあれ今日はこの曲です。





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by hinaseno | 2017-10-23 12:50 | 雑記 | Comments(0)

ここでまたコーヒーブレイク。

そうだ、コーヒーのことで書きたい話もあるけど、それは次のコーヒーブレイクの日に。


ついに10月22日がやってきましたね。ずいぶん先だと思っていたけど。

10月22日のことを考えたのはもちろん益田ミリさんの『今日の人生』。おひさまゆうびん舎で開かれた『今日の人生』について語り合うイベントのために10月22日のことをいろいろと考えたんだけど、ちっとも浮かばなくてその日は何も用意しないまま参加するということをしてしまって、ずっと”うしろめたい”気持ちを抱くことになってしまいました。

その後、翌日の10月23日がシリア・ポールさんの70歳の誕生日だとわかって、それについて書いたんですね。それからつい最近、未発表ですがもうひとつ別の話を作りました。今日が選挙という大切な1日になったことと、コーヒーにまつわるちょっとしたエピソードがもとになった話。

さて、ミリさんはどんな話を書かれるんでしょうか。


ところで一昨日くらいから、この日に書いた記事のアクセスがやたらと多くなって何だろうと思ったら、その中で紹介した「数学的媚薬」という話が来週金曜日に放送される『この声をきみに』というドラマで朗読されるということがわかったということで、誰かが僕の書いたものをリンクして広まったようです。人気のある俳優とか出演しているんでしょうか。


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by hinaseno | 2017-10-22 14:08 | 雑記 | Comments(0)

『ロング・バケイション』プロジェクトを開始して、まず決めたのが作詞家をはっぴいえんど時代の盟友である松本隆さんにしたこと。以前紹介した朝妻一郎さんの話によれば朝妻さんの提案で決まったような感じになっていましたが、もちろん大瀧さんの意向があったことはいうまでもありません。

作詞家が松本さんに決まったことで、大瀧さんは松本さんにいくつかの曲のデモを送ります。ほとんどは他人へ提供したけどボツになった曲だったはず。

その中で松本さんが最初に詞を書いたのが「カナリア諸島にて」。大瀧さんとしては今回のプロジェクトのきっかけとなった一番重要な曲だったので、その曲に松本さんが反応して一番最初に詞をつけてくれたことにことのほか感動したようです。もちろん詞も素晴らしいものでした(ただし、最終的にレコーディングした形の詞になるまではかなり時間がかかったようですが)。

松本さんから送られてきた曲のタイトルは「カナリア諸島にて」。そのタイトルを頭の中で何度も反芻してあることを思いつきます。

「カナリア」「カナリア」「…リア」…、そういえばロイ・オービソンに「リア」という曲があったな、と。

ロイ・オービソンの「Only The Lonely」タイプの曲を下敷きにして作ったJ.D.サウザーの「ユー・アー・オンリー・ロンリー」みたいな作品を作りたいと思ってプロジェクトを始めた大瀧さんにとって、ロイ・オービソン的なものをどのように取り入れるかを考えていたときに「カナリア」つながりで「リア」という曲に興味を持ちます。これを何らかの形で「カナリア諸島にて」に取り入れることはできないかと…。


というのはもちろんこじつけの話。当たっていたらおもしろいけど。


前にも言いましたが、ロイ・オービソンの「リア(Leah)」という曲はこれまであまり心に留めることなくスルーしてきた曲でした。いや、スルーというよりも遠ざけていたといってもいいのかもしれません。あの、いきなりの裏声で始まるサビになんともいえない違和感を覚えていたので。

でも、『ブラック&ホワイト・ナイト 30周年記念盤』で1曲目の「Only The Lonely」に続いて歌われたこの映像を見て、おっと思ったんですね。




おっと思ったのは、これまでずっと違和感を覚えていた、まさにその冒頭のサビ。

♪リ~(リ)ア、リア~♪のフレーズが2度繰り返されますが、その「リア~」の部分。「リ」が地声で「ア」が裏声になっています。その地声から裏声にひっくり返る部分が「カナリア諸島にて」で使われているんですね。

どこかというと1番の「不思議だ」の「ぎ」から「だ」、2番の「失くした」の「し」から「た」、「それだけ」の「だ」から「け」にいく部分。とりわけ1番と2番はいずれも「リア」と同じくイ音からア音になっていて(偶然なのか、大瀧さんの指示があったのか)、そこだけ聞くとそっくり。

ちなみに「カナリア諸島にて」のまだ詞がつく前のデモの段階の音源を聞くと(なんでそんなものが聞けるのかはおいといて)、大瀧さんはその部分を裏声にひっくり返すことなく地声で歌っているんですね。詞がついたあと、地声で歌えるところをあえて裏声にしている。ここは明らかにロイ・オービソンを意識したはず。


こじつけでしょうか?


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by hinaseno | 2017-10-21 15:19 | ナイアガラ | Comments(0)

さて、ようやく朝妻一郎さんが語られたこの話に戻ることになります。


80年代に入ってからかな、当時、六本木にあったうちの会社に大滝君が現れて、「ちょっとまたアルバムを作りたいんだけど」と切り出した。そのときにJ.D.サウザーの「ユー・アー・オンリー・ロンリー」をかけて、「こういうのがやりたいんだ」って彼は言った。僕は「最高。これいいよ!」って答えて、そこから『ロンバケ』の制作が始まっていく。

大瀧さんがここで「こういうのがやりたいんだ」と言ったのは、ただ単にJ.D.サウザーの「ユー・アー・オンリー・ロンリー」のような曲を作るというのではなくて、J.D.サウザーが「ユー・アー・オンリー・ロンリー」でやった過去の名曲を取り上げ方と同じようなことを自分もやろうということだったんですね。

というわけで大瀧さんは『ロンバケ』でフィル・スペクターをはじめとして、キャロル・キング、バリー・マン、エリー・グリニッチらの名曲を下敷きにして、下敷きにした以上の名曲を作り出します。それは見事という他ないわけですが、アルバムが発売されてまもなく40年が経つというのに、全国に数多くいるナイアガラーをしても気がつかないままでいることがまだまだちりばめられているはず。


ではまさにJ.D.サウザーの「ユー・アー・オンリー・ロンリー」が下敷きにしたロイ・オービソンの要素について考えてみると、曲作りとか歌い方に関しては無意識のレベルで入り込んでいるような気がしますが、あえて『ロンバケ』の制作を開始して以後に意図的に取り入れたと思われるロイ・オービソン的な要素を考えてみます。

それがはっきりとみられるのはやはり「カナリア諸島にて」と、他人に提供したボツ曲ではなく、『ロンバケ』の制作を開始した以後に作ったはずの「雨のウェンズデイ」の2曲。


まずは「カナリア諸島にて」。

以前から書いてきたようにこの曲(のメロディ)は『ロンバケ』の制作を開始する前に作られています。というかこの曲がきっかけとなって『ロンバケ』の制作が事実上始まるんですね。

この一連の話を書き始めて「カナリア諸島にて」を何度も何度も聞いているんですが、この「カナリア諸島にて」はやはり永遠の1曲とよぶべきものがなと再認識しました。この曲がなければ「風立ちぬ」も「ペパーミント・ブルー」も生まれなかったことは間違いありません。

とにかくこの曲の中には大瀧さんのいくつもの大好きな曲が自然な形で入り込んでいるんですね。肌触りとして一番近いのは、やはり「ゴー・アウィ・リトル・ガール」のような気がしますが、もちろんロイ・オービソンも入り込んでいます。だからこそ大瀧さんはJ.D.サウザーの「ユー・アー・オンリー・ロンリー」に激しく反応したんですね。


さて、レコーディングを始めて、すでにメロディの出来上がっていた「カナリア諸島にて」に、改めてちょっと意識的にロイ・オービソン的なものを取り入れていきます。それについて考えていたときにはっと思ったのがこの「Leah」だったんですね。何か気づけます?




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by hinaseno | 2017-10-19 13:07 | ナイアガラ | Comments(0)

いろいろと…


アゲインの店主石川さんによる新企画「マスターの自由自在」、昨夜最後まで見ました。最後によびこまれたのは関口直人さん。

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関口さん、いらっしゃってたんですね。

話は関口さんが曲を書かれたモコ・ビーバー・オリーブの「海の底でうたう唄」のことから。東京でお会いしたときに聴いた”秘話”のごく一部が語られていました。公の場で全部語るのはちょっと問題がありそうかな。

”秘話”といえば、このときに関口さんの口から、あのシリア・ポールに関する驚くべき話が飛び出しました。これにはびっくり。でも、その話はあまり公にはしないほうがいいような気もするのでここではあえて書きません。今月の22日に70歳を迎えるシリアをめぐって何らかの動きがあるのかもしれません。


そういえば今月22日といえば益田ミリさんの『今日の人生』の最後に残ったこれですね。

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2017年10月22日の今日の人生。かなり先のことだと思っていたのに時の経つのはなんと早い。

僕が作ったのはこの女性をシリア・ポールさんに設定した話。さて、ミリさんはいったいどんな話を書くんだろう(なんで未来の1日として10月22日を設定したんでしょうか。それもわかるのかな)。


これはさておき、益田ミリさんの『今日の人生』を出版したミシマ社が先日の10月14日に11周年を迎えられて、「10周年」記念のイベントを東京や京都でされています。

まさにその10月14日、先週の土曜日に、今月のはじめにミシマ社から出版された『うしろめたさの人類学』の著者である松村圭一郎さんのトークイベントに参加してきました。場所は岡山駅からちょっと北の路地にあるスロウな本屋さん。松村さんはミシマガジンで「セトウチを行く」という連載をされていて興味を持ったのですが、『うしろめたさの人類学』が出版されることを知って、スロウな本屋さんに注文しようと思ったらそこでトークイベントがあることを知ったので申し込みました。

松村さんは岡大の先生で、スロウな本屋にもちょくちょく来られているんですね。お気に入りの本屋のようで、『うしろめたさの人類学』もスロウな本屋をイメージして書いたところがあるそうです。

参加者は全部で20数名。スペースいっぱいに人が入っていました。女子率が非常に高かったんですが、おひさまでのイベントでそういうのには慣れてしまいました。

松村先生には昨年暮れの旧内山下小学校でのトークイベントのときにお会いしていたので、僕のことも覚えてくれていました。そのときのトークイベントのメインは光嶋さんだったので、松村さんは少ししか語られなかったのですが今回はたっぷり。でも、もうちょっと時間があればよかったなと。

松村先生の話は尊敬する平川克美さんや内田樹先生が常々おっしゃられていることと重なることも多く、まだお若いのでこれからこれからすごく期待しています。


一番印象に残っているのはイベントが終了したあとのこと。

松村さんにサインをしてもらうために並んでいたんですが、サインをもらう一人一人が松村さんに熱心に話しかけ、それに対して松村さんが誠実に、ユーモアを交えながら言葉を返されていたんですね。お一人に対する時間がかなり長かったので一旦その場を離れて、しばらくして再び戻ったら4歳くらいの女の子を連れた若い夫婦がサインをもらっているところでした。

見るとご主人はこういってはあれですが絶対に本屋に立ち寄ることはないだろうと思えるような風貌の人。きっと奥さんに連れられてきたんだろうなと思って見ていたんですが、奥さんが話し終わったら松村さんにいろいろと話し始めたんですね。松村さんの本は読んでいないけど、その日の松村さんの話に強く心を動かされて、松村さんのいくつもの言葉に共感を覚えたようでした。松村さん独特の表現方法や、押し付けがましいところが一切ないソフトな語り口で語られた話がきちんと届いていたんですね。そういうのが見れただけでもよかったです。松村さんもこれが一番嬉しかったんじゃないかな。


さて、しばらく話がそれましたが次は本題に戻ります。


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by hinaseno | 2017-10-16 15:21 | 雑記 | Comments(0)

ロイ・オービソンを聴いていると、いや、そうでなくても秋になると、なぜかペトゥラ・クラークを聴きたくなってしまう……。


ロイ・オービソンの曲を初めて聴いたのは1986年1月9日に放送された新春放談でした。かかったのは名曲「Crying(ライブ・バージョン)」。この曲の素晴らしさに感動して僕のロイ・オービソン・ストーリーが始まりました。

実はこの日の放送の「Crying」の前にかかったのがペトゥラ・クラークのこの「You'd Better Come Home」でした。ペトゥラ・クラークの曲を聴いたのもこのときが初めて。




この日の放送はまさにテープが擦り切れるくらいに聴いたので、この2曲の流れが自分に刷り込まれてしまっているんですね。曲のタイプも似ていて、当時、大瀧さんの「雨のウェンズデイ」の雰囲気に似ているなと思ったものでした。その感覚は間違えてはいなかったわけですが。


面白いと思ったのは、数年前に「ゴー!ゴー!ナイアガラ」を順番に聴いていたら、ロイ・オービソン特集の3週後にペトゥラ・クラーク特集をやっていたんですね。女性の単独のアーティストとしての特集はペトゥラ・クラークが最初。大瀧さんの中でもロイ・オービソンとペトゥラ・クラークは無意識につながっているのがわかってうれしくなりました。


そのペトゥラ・クラーク特集が放送されたのは1975年11月10日。まさに秋ですね。

昨日久しぶりに1986年1月9日放送の新春放談を聴いたら大瀧さん、ペトゥラ・クラークは「秋口に、のんびりしているときに聴くと合うんですね」と言っていました。まさにそうなんです。ペトゥラ・クラークは秋になると聴きたくなってしまうんです。


で、「秋」といえば木山捷平。

ということで忘れられないのは今から4年前、木山捷平の姫路での「たったひとりの友」を探して曽根の町を歩いたときにずっと聴いていたのがペトゥラ・クラークでした。

最初に行ったのが山の中の古い墓地で、そこで上田秋成の『雨月物語』のあの恐ろしい場面を思い出して背筋が凍りつくような恐怖感に襲われてしまったこととか、結果的には奇跡的とも思えるような形で「たったひとりの友」につながる人に出会うことができたこととか、忘れられないことがいっぱいあるんですが、それらもすべてペトゥラ・クラークにつながっているんですね。ペトゥラ・クラークを聴くと、あの曽根の風景を思い出してしまう。


というわけで改めてペトゥラ・クラークをいろいろと聴いていたら、当時とはちょっと好みが変わっているのに気がつきました。これはやっぱり「ゴー!ゴー!ナイアガラ」のペトゥラ・クラーク特集を聴いた影響でしょうね。

今のいちばんのお気に入りはこの「Crying Through A Sleepless Night」。




この曲はトニー・ハッチがマーク・アンソニー名義で書いた曲。大瀧さんはトニー・ハッチ名義で書いた曲とマーク・アンソニー名義で書いた曲の違いを説明していてマーク・アンソニー名義で書いた曲がいいんだと言っていて当時かなりの目から鱗だったんでしが、その影響をたっぷり受けてしまったようです。

で、何度も「Crying Through A Sleepless Night」を聴いていたら、この曲、ロイ・オービソンの「Only The Lonely」を始めとするあの一連の曲のリズムが使われていることに気がつきました。あのリズムはやっぱりたまらないですね。

というわけで例によって2017版のペトゥラ・クラークのベストCDを作りました。個人的には「Crying Through A Sleepless Night」がメインに考えているので、そのシングル盤のジャケットを借りました。

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by hinaseno | 2017-10-14 12:31 | 音楽 | Comments(0)