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Talks About Music, Books, Cinema ... and Niagara


by hinaseno
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<   2017年 08月 ( 9 )   > この月の画像一覧



先日、病院の待合室で岡山のタウン情報誌をパラパラとめくっていたら牛窓に汐まちカフェという名前のお店がオープンしていたことを知りました。場所は牛窓の古い町並みが残っているしおまち唐琴通り。ここは牛窓に行けば必ずと言っていいくらい歩く通りなので、オープンしてからも店の前を歩いたはずだけど気づきませんでした。元々あった歯科病院を改装したとのこと。今度牛窓に行ったら、ぜひ立ち寄ってみようと思います。夏が終わるまでには行けるかな。


ところで、しおまち唐琴通りにあるということから来ているのかもしれませんが、汐まちカフェという名前はとてもいいですね。雑誌をパラパラとめくっていて目に飛び込んできたのはやはり「汐まち」という名前が見えたから。

牛窓は古くから風待ち、潮待ちの港として栄えた町ということなので「汐まち」の「まち」には「待ち」というとこばと「町」という言葉がかかっているはず。

そういえば僕が車で牛窓に行くようになった頃には「風街」という名の喫茶店があって必ず立ち寄っていました。店主がはっぴいえんどのファンであったことは間違いのないはず。店内にははっぴいえんどや大瀧さんのレコードが並んでいました。

当時牛窓はリゾートブームの中、日本のエーゲ海として一躍脚光を浴びていた頃。海沿いにはエーゲ海にうかぶ島をまねて真っ白い、おしゃれな建物が次々に作られていました。「風街」のあった建物は今もそのまま残っているけど、やはり真っ白い建物(今の目から見ればちっともおしゃれでないけど)。

牛窓はまさに白い港になっていたんですね。僕は大瀧さんの曲や松田聖子の曲の歌詞(ほとんど松本隆さんが書いたもの)の風景が、ちょっとしょぼかったけど、確かにそこにありました。

でも、ある時期からしばらく牛窓にも行かなくなって、ある日、牛窓にちょっといい感じの絵本屋さんができたということを知って牛窓に行ったんですね。このときにはすっかりリゾート感も失われて、寂れた感じが漂い始めていました。でも、牛窓本来の風景に戻りつつあったというか、古民家を利用した店が出来始めていたのもその頃。その絵本屋さんも古民家を利用していました。

それから、さらに10年くらい経って、川本三郎さんが牛窓に行かれていたこと、そこを住んでみたい町だとエッセイに書いていたことを知って久しぶりに訪ねて、それ以来、何度も行くようになって現在に至っています。


さて、「シロ」に会った日とは別の日のことですが、先月、牛窓に行った時には久しぶりにここのヨットハーバーに行きました。

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ここにやってくると大瀧さんの「白い港」のこのフレーズが流れてきて、


〽︎セイルを下ろした無数の帆柱が怖いほど綺麗だよ

松田聖子の『Silhouette シルエット』のA面3曲目の「Sailing」のこのフレーズが流れてきて、


〽︎ヨットパーカー そして白いデッキシューズ
〽︎ヨットハーバー 赤く染めるサンセット

で、やはり松田聖子の『Silhouette シルエット』のA面2曲目の「白い貝のブローチ」をちょっと口ずさみます。


いろんな時代の、いろいろな人たちとの、いろいろな出来事を思い出しながら。


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by hinaseno | 2017-08-19 11:48 | 雑記 | Comments(0)

久しぶりに想田和弘の『観察する男』(ミシマ社)を読み返しています。それにしてもミシマ社は僕にとってうれしくなるような本をいっぱい出してくれていますね。


想田さんが初めて牛窓にやって来たのは2012年の夏。奥さんの母親が牛窓出身という縁で、たまたま空き家となった牛窓の海岸近くの家を借りてその夏を過ごされたんですね。で、牛窓に興味を持った想田さんは翌年2013年の夏休みも牛窓で過ごすことにします。

想田さんに興味を持ち始めてツイッターなどで想田さんをチェックするようになったのがその少し前のことだったので、想田さんが牛窓にいるというツイートを読んだときにはびっくりでした。でも、まさかそこで映画を撮影するなんて思いもよりませんでした。


牛窓で過ごしていたある日、想田さんは「やっぱり、ここで映画を撮っておいたほうがいいんじゃないかな」と漠然と思うんですね。で、その年の秋に再び牛窓にやって来て撮影を開始します。

撮影を開始したのが2013年11月4日。その日のツイッターに「今日から早速撮影を始めました~。」と書き込んでいます。

翌11月5日にはこうツイートしています。


僕の映画は常に「とりあえず撮っておこう」で始まります。

そう、想田さんの観察映画はこういうものを撮ろうという計画がないところから始めるんですね。

その後、こんなツイートが続きます。


2013年11月7日
今日は朝から晩までカメラをまわしっぱなし。さすがに死んだ。
2013年11月11日
牛窓での新作撮影、続行中です。映画の輪郭もおぼろげながらみえてきました。でもそれが何なのか今は言えない。

で、撮影が終了したのが11月20日。合計17日間の撮影。


ところで『観察する男』によると、想田さんは「観察映画の十戒」というものを持っているんですね。非常に興味深いのでここに列挙しておきます。


①被写体や題材に関するリサーチは行わない。
②被写体との撮影内容に関する打ち合わせは、(待ち合わせの時間と場所など以外は)原則行わない。
③台本は書かない。作品のテーマや落としどころも、撮影前やその最中に設定しない。行き当たりばったりでカメラを回し、予定調和を求めない。
④機動性を高め臨機応変に状況に即応するため、カメラは原則僕が一人で回し、録音も自分で行う。
⑤必要ないかも? と思っても、カメラはなるべく長時間、あらゆる場面で回す。
⑥撮影は、「広く浅く」ではなく、「狭く深く」を心がける。「多角的な取材をしている」という幻想を演出するだけのアリバイ的な取材は慎む。
⑦編集作業でも、あらかじめテーマを設定しない。
⑧ナレーション、説明テロップ、音楽を原則として使わない。
⑨観客が十分に映像や音を観察できるよう、カットは長めに編集し、余白を残す。その場に居合わせたかのような臨場感や、時間の流れを大切にする。
⑩制作費は基本的に自社で出す。作品の内容に干渉を受けない助成金を受けるのはアリ。

③の「行き当たりばったり」というのがいいですね。「行き当たりばったり」というのは大瀧さんの好きな言葉でもあります。

『観察する男』にはこんな言葉もありました。


観察映画の場合、「行ったらたまたまそうだった」というだけのこと。状況をファインドアウトしただけですからね。僕がアレンジしたわけでも、探していたわけでもない。そこにあったものをそのまま撮っただけ。

そういう形で2週間あまり牛窓を取り続けたわけですが、それを編集しているときに想田さんはあることを考え始めるんですね。撮影から1年近く経った2014年10月5日にしたツイートにこんなことを書いています。


牛窓で撮影したドキュメンタリー映画を編集している。まだ分かんないけど、もしかしたら撮った素材から1本ではなく2本の映画ができるかも? なんとなくそんな予感。


ということでたくさん撮影した中から「牡蠣工場」の素材だけ集めて作ったのが『牡蠣工場』。つまり『牡蠣工場』には、牛窓に暮らす人々の生活の風景や、牛窓の街並みがほぼすべてカットされたんですね。

『観察する男』でこの話を読んだときにはまだ『牡蠣工場』を観ていなかったけど、『牡蠣工場』以上にもう一つの牛窓の物語を観たくなってしまったんですね。

で、なんと今、どうやら想田さんはそのもうひとつの牛窓の物語の編集を進めているみたいです。いや~、楽しみですね。「シロ」はきっと、そのもう一つの牛窓の物語にも登場しているはず。

ああ、また「シロ」に会いに行きたくなりました。

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by hinaseno | 2017-08-16 14:13 | 雑記 | Comments(0)

想田和弘さんの『牡蠣工場』が日本で上映されてから1年以上が経ちましたね。ストーリーも忘れかけているので、そろそろDVDを発売してもらえないかな。

ところで映画のパンフレットの「STORY」はこんな書き出しになっています。


瀬戸内海にある小さな町・岡山県瀬戸内市牛窓。
一匹の白い飼い猫が、浜でのんびりと寝そべっている。本当の名前は「ミルク」だが、地元の人には「シロ」と呼ばれている。カメラを持った見慣れぬ来訪者に興味津々のシロは、想田らが滞在している家に侵入する機会を虎視眈々と伺っている。

想田さんが『牡蠣工場』を撮影したのは2013年11月。僕が映画や写真で見ていたのは3年半も前の「シロ」なので、海沿いで見つけた白い猫が本当にあの「シロ」なのか確信は持てませんでした。

実は僕が白い猫を発見したとき、その猫の近くに年配の女性と幼い男の子(おそらくお孫さん)がいたんですね。女性はその白い猫を飼っている家の人でした。で、女性に訊いたらその白い猫はやはり想田さんの映画に出た「シロ」に間違いありませんでした。ただ、本当の名前は「ミルク」ではなくて別の名前だったような気がするけど忘れてしまいました。


映画でのシロはかなりやんちゃな感じがしましたが、映画から3年半となると人間の年齢では14歳くらいは年を重ねているので、すっかり心優しい大人の猫になっていました。


そんな情景がこれ。

幼い子が猫に近寄って手を差し出します。ちょっとだけヒヤヒヤしながら眺めていたら…

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シロは子供に抵抗するそぶりを一切見せることなく、子供を脅かさないようにゆっくりと堤防の上に逃げちゃったんですね。

うれしいことに、そこは写真を撮るには絶好の場所。牛窓の海と民家と島(前島)をバックにいいポーズを取ってくれました。

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それから、恐る恐る手を伸ばしたら逃げることなくこっちを向いてくれました。めんどくせ〜な〜って顔だけど。

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by hinaseno | 2017-08-15 12:37 | 雑記 | Comments(0)

海岸の堤防に沿った道に出たとき、遠くに真っ白い猫を発見。もしやあれは、と、どきどきしながらゆっくりと近づく。白い猫は僕が近づいても逃げようともせず、眠そうに目を閉じたまま。

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で、ようやく目を開ける。

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間違いない。あの「シロ」。


   *      *     *


昨日のブログの最後に、川本三郎さんにどこかでお会いできないかなと書いて、あえて「牛窓」という言葉を付け足したのは今日のブログの話につなげるためでした。でも、実はこれから書く話は2か月以上も前にあったことで、書こう書こうと思いながらなかなか書けなくてようやく。


さて、牛窓に行ったときは、いつも心のどこかで川本三郎さんのことと、亡くなられた奥さんのことを考えています。奥さんが住んでみたい町だと言ってたんですね。川本さん夫婦が実際に牛窓に住んでいたらどれだけ素敵だっただろう。

その話を知って以来、いつか川本さんがひょっこり牛窓を訪ねて来られて、そのときにばったりとお会いできたらと思い続けています。


で、去年から、もう一人、というか、もう一匹、会いたいと思うものができたんですね。それが白い猫。

昨年、日本で公開された牛窓を舞台にした映画『牡蠣工場』(監督 想田和弘)の、主役と言ってもいい存在が「シロ」と呼ばれる白い猫でした。映画館で『牡蠣工場』を見ていたとき、おそらく牛窓に住んでいらっしゃるはずの年配の男性が、シロがスクリーンに映るたびにうれしそうな笑い声を発せられているのがとても印象的でした。

それ以来、シロに会いたくて、牛窓に行くたびに白い猫を探していました。想田さんの『観察する男』(ミシマ社)や『牡蠣工場』のパンフレットにたくさん映っているシロの写真を持って。

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ちなみにこれは想田さんがツイッターのアイコンに現在使っている写真。想田さんがカメラを向けているのがシロですね。

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実は今日気がついたことですが、僕がシロに出会ったのは、まさに想田さんとシロが写っている場所でした。


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by hinaseno | 2017-08-14 12:12 | 雑記 | Comments(0)

寺尾聡がアゲインに!


一昨日誕生日を迎えられたアゲインの石川さんですが、なんとその日にあの寺尾聡さんがアゲインに来られたんですね。すごい。石川さんが寺尾さんの肩に手をかけている写真にもびっくりでした。


寺尾聡といえばやはり「ルビーの指輪」。この曲が大ヒットしていたとき、僕の周りにいた人たち(男も女も)がみんなレコードを買って、寺尾聡っていいね、最高だねって言ってました。僕は結局レコードは買わなかったけど、歌だけでなく、喋り方、佇まい、何から何までかっこいいなと思っていました。


あとで思ったことですが、僕の音楽ヒストリー的にはこの「ルビーの指輪」はかなり重要な曲でした。

曲が発売されたのは1981年2月。3月30日付のオリコンチャートで1位を獲得。同時期に「ザ・ベストテン」でも12週連続1位と1981年の春は「ルビーの指輪」を聴かない日はないような状態が続いていました。で、同じ頃、「ザ・ベストテン」の上位に登場した松田聖子の「夏の扉」が気に入って彼女のファンになって5月に出たアルバム『Silhouette』ですっかり彼女の魅力にはまってしまったんですね。アルバムに収録された曲でいちばん気に入ったのが「白い貝のブローチ」。作詞は松本隆さん。で、「ルビーの指輪」の作詞も松本隆さんだと知るんですね。

ちなみにその松本隆さんが1曲を除いて全ての曲の作詞を手がけていた大瀧さんの『ロング・バケイション』もこの1981年3月の発売。『ロンバケ』と出会うのはもう少し先ですが、1981年の春は僕の中で大瀧さんとの出会いに向けての素地がいろんな形で作られていた時期でした。


ところで寺尾聡といえば僕にとっては後にも先にも「ルビーの指輪」だけだったんですが、数年前に思わぬ形で再会したんですね。それが寅さんでした。

Yさんを通じて縁ができて大好きになった町、龍野を舞台にした1976年の映画『男はつらいよ 寅次郎夕焼け小焼け』に寺尾聡が出てたんですね。あの寺尾聡が龍野のよく知った場所を! とかなり興奮しました。渥美清だけではあんまり興奮しません。


これは龍野の町外れ(揖西町佐江とのこと)を寅さんが歩いていた時にタクシーに乗った寺尾聡と宇野重吉が出会うシーン。

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そしてこれは揖保川に架かる龍野橋の東詰で、町のシンボルである鶏籠山を大アクビをしながら眺めているシーン。

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ところで『男はつらいよ』をまともにみたのはこれが初めて。以来ちょこちょこと録画しては見るようになりました。どこかのチャンネルで必ず再放送やってるんですね。

先日出た川本三郎さんの『「男はつらいよ」を旅する』でも、『寅次郎夕焼け小焼け』は一つの章を設けて龍野の町をかなり詳しく紹介しています。これを書く時にも川本さんは龍野の町を訪ねられているんですがもう3度目とのこと。

いつか龍野の町でバッタリと川本さんに会えないかな。いや、龍野じゃなくても牛窓でもいいけど。


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by hinaseno | 2017-08-13 15:01 | 雑記 | Comments(0)

今日8月11日は


今日8月11日は山の日ということで祝日。でも、なんだかピンとこないですね。『ナイアガラ・カレンダー’78』のジャケットのカレンダーももちろん赤字にはなっていません。

ただし、山の日といえば、僕にとってはアゲインの石川さんの誕生日、ということになっています。この場を借りて、石川さん、誕生日のお祝い申し上げます。


で、石川さんの誕生日といえば、古関裕而の誕生日と同じ。

山の日にぴったりな古関裕而の曲といえばやはりこの「高原列車は行く」ですね。




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by hinaseno | 2017-08-11 12:48 | 雑記 | Comments(0)

相変わらずパソコンの前でゆっくりとする時間が取れない状況が続いています。正直、ちょっとバテ気味。書きたいこともたまっています。

前回、岡崎武志さんの新刊『人生散歩術』のことを紹介しましたが大事なことを書き忘れていました。


その前に、岡崎さんのブログは先日紹介した温度計のこともそうですが、いろいろと影響を受けています。今日のブログに書かれていた『ひょっこ』のこともそう。

主演は『あまちゃん』で小泉今日子さんの少女時代の役を演じた有村架純さん。この日のブログでちょこっと触れていましたが、そのドラマが始まっていたのを知ったのは岡崎さんのブログでした。で、ときどきは見たりしてるけど途中からだったのでストーリーがさっぱりわからない。また、再放送された時にまとめて録画して見るつもりです。

まとめて見ているといえばその小泉今日子さん主演の『最後から二番目の恋』(脚本は『ひよっこ』と同じ岡田惠和)が先日再放送されたので録画して今見ているところ。昨年再放送されて正月に見たんですが、そのときは特に最初の方は早送りしながら見たりと、実はきちんと見ていなかったんですね。で、見たらすぐに消去。見ているうちにだんだん面白くなってきて、もう一度改めてきちんと見てみたいと思っていました。

そういえばつい先日、『快盗ルビイ』も再放送されたので超久しぶりに見ました。このころのキョンキョンの可愛いこと。

その小泉さん、以前紹介した『黄色いマンション 黒い猫』が先日エッセイ賞をとりましたね。素晴らしいです。


さて、『人生散歩術』で紹介しそびれたこと。

実はこの本に、なんと大瀧さんの話が出てくるんですね。

大瀧さんの話が出てくるのは高田渡の章。大瀧さんが登場する話には「大瀧詠一を驚かせたもの」というタイトルがつけられています。以前このブログでも紹介したこの対談の話です。




『人生散歩術』は一昨日読了しました。ウェブで連載されていたときにはちゃんと読んでいなかった田村隆一の章も面白く読みました。

岡崎さんによれば、田村隆一といえばまず「酒」と「女」のようですが、興味深かったのは「銭湯を知らない子供たち」というタイトルから始まる「銭湯」に関する話。田村隆一は銭湯を偏愛していたそうです。

「銭湯」といえばミシマ社から『「消費」をやめる:銭湯経済のすすめ』という本も出されている平川克美さん。隣町珈琲に立ち寄った時に、平川さんが作業をされていた椅子のそばにはタオルと下着が置いてあって、作業が済んだら近くの銭湯に行くとのことでした。

その平川さんが「路の記憶」という連載をしている『望星』の6月号で岡崎さんの『人生散歩術』の田村隆一のことを紹介しているんですね。もちろん銭湯のこと。岡崎さん、気づかれたでしょうか。最後はこんな言葉で終わっています。


右肩下がりの時代に、ひょっとしたら、銭湯は、新しい可能性を持った場になるのかもしれない。そう思うと、またうれしくなる。

ところで『人生散歩術』で、岡崎さんはこんなことを書いていました。


もう少し暖かくなったら、田村隆一『ぼくの憂き世風呂』を片手に東京散歩を再開し、銭湯へも入ろうと思う。東京では大田区、江戸川区には五十軒近く銭湯が残っている。とくに大田区は、普通の銭湯料金で、真っ黒い湯の温泉を使った銭湯がいくつかあっておすすめ。

もしかしたら平川さんの家からも遠くない大田区のどこかの銭湯で平川さんと岡崎さんがばったりと出会うことになるかもしれませんね。


でも、確か最近、平川さんが何度か通っていた銭湯がなくなっていたって書かれていたような。はたして「新しい可能性を持った場」として生き延びていくんでしょうか。


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by hinaseno | 2017-08-09 13:48 | 雑記 | Comments(0)

いろいろとバタバタしている中でも、常に「ガンバラナイ生き方」を考えているので適当に息抜きはしていました。基本的にはちょこっとでも本屋に立ち寄ることが多いですが、先日は久しぶりに無印良品に行きました。

アイリッシュ系の音楽がかかっているのは昔のまま。アイリッシュ系の音楽ってやっぱりいいですね。昔、無印が編集したCDを買ったんだけど、どこにいったんだろう。


ちょっと驚いたのは本をたくさん置いていたこと。無印が出した本もあれば、そうでない本も。いろんなジャンルの本がありましたが、基本的にはいろんな生活スタイルを提示しているんでしょうね。でも、そんな中に関口良雄さんの『昔日の客』(夏葉社)があったのにはびっくり。本を選んだ人、エラい! 島田さん、営業に来たのかな。

そんな本の中で見つけたのが無印が「人と物」シリーズとして出している『小津安二郎』。正直、あんまり期待せずに中をめくってみたんですが、これがなかなかいいんですね。

小津のいろいろな言葉とともに初めて見るような写真も掲載されています。佐田啓二の長女の、つまり中井貴一の姉の中井貴惠宛てのはがきの写真にはびっくり。宛名は「なかいきえさま」とひらがなで書いています。で、はがきの下半分には何人かの人の絵が描かれてあって(小津が描いたんだろうか)、右下に描かれた男の子のそばには「きいちくん」との文字。


さて、無印で買ったもう一つのものが温度計。実はこれを探していたんですね。最近、岡崎武志さんのブログで室温と湿度を書いている日が続いていたので、自分も持っておきたくなったんです。影響受けやすい。

デジタル表示にしようかと思ったけど、アナログ人間なので針で読み取ることにしました。ブナ材でつくられた外枠もいい感じだったので。

ちなみに現在12時ごろの室温は32℃、湿度62%。写真は前日撮ったものです。

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岡崎さんといえば、待望の『人生散歩術』が単行本になりました。ウェブ上で連載されていて、このブログでも確か紹介したはず。

「こんなガンバラナイ生き方もある」という副題のもと、井伏鱒二、高田渡、吉田健一、木山捷平、田村隆一、古今亭志ん生、そして佐野洋子を取り上げています。佐野洋子は単行本化するにあたってひとりくらいは女性をということで追加したようです。

久しぶりに読みながら、かなり加筆訂正されている気がしたのでウェブ上にあったものと比べてみようと思ったら、ほぼ全部削除されていました。プリントアウトしておけばよかった。


昨日までに木山捷平の章まで読みましたが、やはり木山捷平がいちばん面白いですね。

このシリーズの裏テーマが「脱力文学の系譜」ということだったようで、「脱力」でいちばん最初にうかんだのが木山さんだったんですね。

ということで木山さんのところは何度も笑わせてもらいました。木山さんの章もかなり加筆されているように思いますが、最後はウェブ上にあったものと同じ。

話は木山さんの作品を国語教材として使うことができるかということ。岡崎さんに言わせれば「目的地」のない木山作品を十代に教えることは非常に難しいというか、教材として教えようがない内容のものだろうと。まあ、僕もそう思います。

でもこのあとの最後のオチがいいんですね。


だからこそ木山捷平はいいのだ、という点については解説不要であろう。怒りのために上げたこぶしを、力なく下ろすためには、木山捷平を読むことだ。


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by hinaseno | 2017-08-06 12:50 | 木山捷平 | Comments(0)

Put Your Head On My Shoulder


ほぼ1週間ブログが空いてしまいましたね。いろいろとあって、ゆっくりとパソコンの前に座ることができない日々が続いていました。

今、聴いているのは先月の初めに発売されたビーチボーイズの『1967: Sunshine Tomorrow』。未発表音源満載のアルバムですね。いちばんのお気に入りはDisc 2の「Smiley Smile Sessions」と題された未発表音源の一つ「Wind Chimes [Alternate Tag Section]」。1分足らずのとても美しくてチャーミングなアカペラ。こればっかりリピートしています。


さて、家にいないときにはずっと車で移動していたわけですが、そこで聴き続けていたのがこの2枚。

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1枚は佐野元春の新作『MANIJU』のDisc 3「元春レイディオ・ショー特別盤」。

「元春レイディオ・ショー」というのは佐野さんがずっとDJをやっていたラジオ番組のこと。僕がリアルタイムで最も楽しんでいたのは佐野さんがDJをやっていたものでした。当時の番組タイトルは「サウンドストリート」。

その「元春レイディオ・ショー」のスタイルで新作を紹介したのが「元春レイディオ・ショー特別盤」。オリジナル曲を収録したDisc 1よりもこっちの方を多く聴きました。これ、実際にラジオでオン・エアーされたのかな。


それにしてもDJ番組というのは不思議です。曲の前に、あるいは曲の後にちょっと言葉が入るだけで、それまでただ音楽だけを耳にしていたときとはぜんぜん違う響き方をするんですから。聞き流していた曲が驚くほど魅力的な曲に変化するんですね。


まあ、こういうDJは僕にとっては佐野さんと大瀧さんだけ。

というわけで「元春レイディオ・ショー特別盤」に少し飽きてから聴いたのはもちろん大瀧さんの「ゴー!ゴー!ナイアガラ」の数年前に作った編集盤。波の音をバックにバラードをかけた特集を2つつなげたものですが毎年夏になると何度も聴いています。

一応内容を紹介すると(以前紹介したような気がするけど)まずはじめに1978年8月28日に放送された「バラード」特集。かかるのはドゥーワップのバラードばかり。

で、次が1977年8月29日に放送された女性シンガー特集。これもかかるのはすべてバラードばかり。大瀧さんも言っている通り、波の音にバラードがとても合っているんですね。この日の特集でかかった曲はどれもとにかくすばらしくてこのブログでも何度も書いていますが、とりわけ今回特に気に入ったのがナンシー・シナトラの「Put Your Head On My Shoulder」。




曲がかかる前に大瀧さんのこんな言葉が入ります。


「男性歌手の曲を女の人がカバーした曲というのを次にかけてみようと思うんですけどね。その男性歌手はポール・アンカなんです。とすると、ふふふ(笑)、アネットだとお思いでしょうが、残念ながら、ちょと違います」

もし達郎さんがDJであれば、きっとレターメンがカバーしたものがかかって、竹内まりやさんとの結婚式のときに使いましたと紹介するんでしょうね。ちなみにこちらがレターメンが歌ったもの。




僕もずっとレターメンのバージョンで親しんできましたが、今はナンシー・シナトラのほうがお気に入り。

ナンシー・シナトラの「Put Your Head On My Shoulder」は「肩にもたれて」という邦題で日本盤のシングルが出ていたんですね。ただしB面。A面は例の「フルーツカラーのお月さま(I See The Moon)」。ますますこのシングルが欲しくなりました。


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by hinaseno | 2017-08-05 12:41 | ナイアガラ | Comments(0)