Nearest Faraway Place nearestfar.exblog.jp

好きなリンク先を入れてください

Talks About Music, Books, Cinema ... and Niagara


by hinaseno
プロフィールを見る
画像一覧

<   2017年 04月 ( 19 )   > この月の画像一覧



四列穴門を見た後、城島くんはいよいよここへ。

a0285828_14292933.jpg

あの2本の煙突のある工場。正面にその1本がありますね。

小津の『早春』のこのシーンでは奥側に見える煙突です。

a0285828_14294472.png

ちなみにこの工場の入り口あたりは1月22日の放送でも映りました。
a0285828_14300466.jpg

この日の放送ではまず望遠で煙の出ている煙突の先端を捕えた後、カメラを次第に下へパンしていました。

ところで、僕が初めてここを訪れたときに一番気になったのは右に見える事務所の建物。戦前に建てられたはずですが、とても雰囲気のある建物なんですね。これが入り口のある側。

a0285828_14302038.jpg

そしてこちらが川から見た眺め。

a0285828_14303698.jpg

ちなみにこの建物の前を流れている小さな川は関川といいます。この川は兵庫県との県境の船坂峠の方から流れてきていて、四列穴門のすぐ近くで金剛川に合流しています。

実は木山捷平も戦前にこの関川沿いを歩いているんですね。それは昭和18年の5月。その日の日記を。


五月十一日、火、晴。
 三石下車。船坂峠の方を歩く。関川を見る。小魚がいる、うぐいす鳴く。

三石耐火煉瓦株式会社の創立は明治25年とのことなので、木山さんが通ったときには工場はあったはずですが、工場とか煙突のことには触れていないですね。


ところで工場の入り口のすぐそばにある事務所の建物。最初に見たときには小津の『早春』の三石のこのシーンに出てくる事務所ではないかと思いました。

a0285828_14310144.jpg

でも、中に入って話をいろいろと伺ったときに見た感じはちょっと違っていました。映画のシーンの事務所はセットだったんですね。ちょっと残念でしたが、そういうのが次第にわかってくるという過程というのもそれはそれで楽しいものです。


[PR]
by hinaseno | 2017-04-12 14:31 | 映画 | Comments(0)

今日は武蔵小山のアゲインで10周年を記念してのイベントの中でもメインのイベント、内田・平川・石川鼎談が行われる日。飛んで行きたい気分です。内田樹先生と平川克美さんと石川茂樹さんが公の場で(別に公私が問題になる方々ではありませんが)対談されるのはいつ以来のことなんでしょうか。

そういえば昔、アゲインの何周年かの記念のイベントで行われたこの3人の鼎談がインターネット上でライブで放送されたことがありました。いや、あれは興奮しました。

さて、今回はどんな話が飛び出すんでしょうか。3人の方々はその場にきっと大瀧さんの存在(それが「うなぎ」のような状態なのかあるいは「騎士団長」の姿を借りているのかはわからないけど)を意識しながら話をされることになると思うので、必ず大瀧さんに関する秘話のようなものが語られるだろうと思います。ああ、行きたい。お近くにお住いの人はぜひ行ってみてください。


さて、今年の1月8日に放送された『!鉄腕DASH!!』。Youtubeにその日の放送の映像がアップされていました。




三石にやってきた城島くんがまず最初に向かったのがここ。

a0285828_12212223.jpg

例のレンガでできた四列穴門と呼ばれるアーチ橋ですね。レンガの町三石を象徴するような建造物です。たぶん初めてこの町を訪れた人はここを紹介されることになるんだろうと思います。

で、もちろんあの小津安二郎もこの場所に来ています。その証拠写真がこれ。

a0285828_12242329.jpg

『小津安二郎 新発見』(講談社)に「『早春』ロケ・ハン」という言葉だけを添えられたこの写真を発見した時もびっくりでした。ただ、小津は映画ではこの場所を使いませんでした。


このアーチ橋の上をJRの電車が走っているんですね。電車から見るとちょうどこの下にアーチ橋があります。

a0285828_12221884.jpg

流れているのは金剛川。写真を見ればわかるように、例の煙突のある工場からそんなには離れていません。


電車が上を通ってもビクともしない姿を見て、例によって城島くんのこんなダジャレが出ます。

a0285828_12224165.jpg

番組ではこの場所が岡山県備前市の三石だと紹介されるのはこの後。

a0285828_12231498.jpg

それから、古い写真を映しながら三石の歴史を短く紹介。その時に映ったのがこの写真。

a0285828_12232717.jpg

まさにレンガ作り全盛の頃の三石の姿ですが、実はこの写真、『早春』の三石のシーンのこのカットとそっくりです。

a0285828_12235896.jpg

ほぼ同じ場所から撮っていますね。背後に見える煙突もそのまま。同じ時期に撮影されたのは間違いありません。


[PR]
by hinaseno | 2017-04-10 12:24 | 雑記 | Comments(0)

TOKIOというグループが出演する『!鉄腕DASH!!』は、その企画に共感を覚えるものが多くて、深夜に放送されていた頃からずっと見ていました。最近はテレビはほとんど見なくなってるけど、この『!鉄腕DASH!!』と『ブラタモリ』だけは毎週楽しみにしています。

その『!鉄腕DASH!!』の昨年の暮れの放送で、番組の最後に予告としてちらっと岡山の工場で耐火煉瓦を作る場面がほんの一瞬映ったんですね。すぐにそれが三石だとわかりました。

放送を楽しみにしていたら、年が明けて今年の1月8日に、ついに放送されました。場所はまさにあの煙突のある工場。小津安二郎の映画『早春』の舞台となっていることがわかって以来、僕にとっては最も大切な場所の一つになっている工場が、日本で最も人気のある番組に登場するとは、とにかく興奮しました。


!鉄腕DASH!!』でいちばん好きな企画はなんといってもDASH村でした。村づくりのひとつひとつがどれも本当に興味深いものばかりだったので、あの原発事故で企画が(おそらく永遠に)中断してしまった時には悲しい思いでいっぱいでした。

そのDASH村の企画を引き継いだのがDASH島の開拓ですね。DASH村の放送がなくなってからはしばらく『!鉄腕DASH!!』を見なくなっていたこともあったんですが、DASH島の企画が始まってからはまた欠かさず見るようになっていました。

で、そのDASH島に製鉄をするための反射炉を作るというプロジェクトが始まって、その反射炉を作るためには高温でも壊れない耐火煉瓦が必要ということで白羽の矢が立ったのが三石のあの工場だったんですね。日テレもこの番組には優れたスタッフが集まっていることがわかります(笑)。

あのDASH島に三石の耐火煉瓦を使った反射炉がつくられるなんてたまらないですね。さらに目が離せなくなってきました。


さて、耐火煉瓦を作りに三石にやってきたのはTOKIOのリーダー城島くん。

三石耐火煉瓦株式会社のFacebookを見ると来たのはどうやら昨年の11月18日。これがその日のFacebook。

a0285828_14183289.png

「今日は午前中TV取材で、朝からたくさんのクルーの方々が出入りされていました。

なんと三石耐火煉瓦(株)工場にジャニーズアイドルが来られました。たくさん工場内の映像が使われてるといいなと思います」


と書かれていますね。

ちなみにこれは放送のちょうどひと月後の12月18日にJRの電車内から撮った工場の風景。このときにはこの場所でひと月前に!鉄腕DASH!!』の撮影が行われていたなんて想像すらできませんでした。

a0285828_16002768.jpg

で、これが放送翌日のFacebook

a0285828_14185371.png

三石耐火煉瓦株式会社の工場は1月22日の放送でも少し映ったので、反響はかなり大きかったようで、1月26日のFacebookにはこんなことが。

a0285828_14191810.png


どうやらレンガの注文が殺到したようです。なんだか自分のことのようにうれしいですね。三石の工場では耐火煉瓦に限らず、アンティークなものからかわいらしいものまでいろんな種類のレンガが売られていて、実は先月のおひさまでの6周年のイベントの時にここに立ち寄って、遠くから来ている方へのお土産にと考えたんですが、でも、やはり荷物になりそうだったので結局やめました。重いし、かさばるし。

でも、レンガっていいですよ。僕がいちばん最初に好きになった絵本である「3びきの子豚」も狼に襲われなかったのはレンガで作った家でしたからね。


[PR]
by hinaseno | 2017-04-09 14:20 | 雑記 | Comments(0)

ちょっと前のことですが。

久しぶりにギター(クラシックギター)を弾いていたら、弦が切れてしまったので楽器店に持って行って弦を全部張り替えてもらいました。クラシックギターの弦の張り替えはちょっと難しいので、多少お金がかかるけどいつもそうしてもらっています。ついでにネックの部分も綺麗に掃除してもらってびっくりするくらいに綺麗になりました。

で、そのギターを背中に担いで、近くで開催中だった古書店に立ち寄って一時間ほど。ギターを担いで古本を眺めるというのは世田谷ピンポンズさん的な風景だなと思いながら古本を漁っていました。収穫ゼロだったけど。

リニューアルしたギターでいちばんよく弾いているのはやはり世田谷ピンポンズさんの「早春」。前に紹介したのはキーがGでしたが、今はCDと同じFのキーにしたもので演奏。でも、ジャンジャン弾くのではなく、あくまでポロンポロン。歌もジョアン・ジルベルトのように(?)つぶやくような歌い方。

a0285828_14413620.jpg

それからときどき気分転換に弾いているのがブライアン・ウィルソン作曲の「サーファー・ムーン」とジャック・ケラー作曲の「Don't Ask Me To Be Friends」。今、いちばんはまっている2曲。この2曲についてはまた改めて書こうと思っています。


さて、「早春」といえば小津安二郎の『早春』。小津の『早春』といえば三石。

先日もおひさまゆうびん舎での世田谷ピンポンズさんのライブの後は三石を通って三石駅の近くに車をとめて早春の三石の風景を眺めました。もちろんピンポンズさんの「早春」を口ずさみながら。

まずはこちらの風景。

a0285828_14421723.jpg

まだ、固いつぼみのついた桜の木の向こうに見える白い煙突は、『早春』のラストシーンで映ったこの煙突。

a0285828_14430970.png

淡島千景が「行くわ、汽車」と見送るシーンですね。でも、実際にはこの汽車は三石駅から出て行くのではなく、三石駅に入るところ。ちなみにこの写真はまさに三石駅に入る寸前の上りの電車から眺めた風景。向こうに見えている煙突が上のシーンに写っている煙突です。

a0285828_14433330.jpg


それから、駅の近くから撮ったもう一枚がこの写真。

a0285828_14434588.jpg

ちょっと白黒にしてみました。

a0285828_14435485.jpg

ここから見える2本の煙突が、まさに『早春』のこのシーンで池部良の後ろに見えている煙突なんですね。

a0285828_14442386.png

今も残っているなんて何度も言いますが奇跡。なくならないうちに是非

と思っていたら、なんと1月8日に放送された『!鉄腕DASH!!』で、まさにこの煙突と、この煙突のある工場が写ったんですね。それだけでなく…。

詳しい話はまた次回に。


[PR]
by hinaseno | 2017-04-07 14:45 | 雑記 | Comments(0)

今日は他のことを書く予定でしたが、急遽別の話を。

今日(実際には昨日の深夜)アップされたアゲインの石川茂樹さんのブログ。読んでびっくりだったのでそれをリンクしておきます。

石川さんのブログはたった1日で消えるので(どこかのお役所がやっているような証拠隠滅ではありません)、見ることができるのは今日の深夜まで。

消えた後のために簡単にその話を。

昨日、どうやら高橋和枝さんが武蔵小山のアゲインを訪ねられたようです。高橋さんが石川さんと会われるのは、昨年のクリスマスの、武蔵新田のティールグリーンでのあの奇跡の出会い以来ですね。それだけでもうれしいことなのに、そこについ先日かなり大きな手術をされたばかりの平川克美さん(隣町珈琲の店主ですね。最近の話題で言えばミシマガジンで「隣町探偵団」を連載されていた人です)がいらっしゃったと。なんともはや。そのときの様子を想像するだけでわくわくします。

高橋さん、あの階段を降りてお店に入られるときは、少し、いや、かなりの勇気がいったでしょうね。




[PR]
by hinaseno | 2017-04-06 13:45 | 雑記 | Comments(0)

4月20日に発売される益田ミリさんの『今日の人生』についてもう少し。みんなのミシマガジンでは『今日の人生』特設ページというのが作られて、『今日の人生』に関する興味深い話がちょっとずつ明かされています。

かつて大瀧さんの『EACH TIME』が出るときに、その発売の数ヶ月前から「EACH TIMES」という新聞が出て少しずつ内容を明かしていたことを思い出しました。こういうのって、ただ発売される日を待つだけとは違う楽しみを味わうことができますね。


昨日アップされた空白のセリフ(スピーチ・バルーンですね)が描かれた少しだけ未来の「今日の人生」も面白くて、しばらく考えていました。

「今日の人生」は基本的に話の最後は「…だと思った今日の人生」という形で終わるので、その形にしようと思うのだけどなかなか難しい。でも、本が発売されて手に入るまでには一つくらいは考えておきたいですね。


一昨日にアップされているのは予約特典の写真のこと。

ミリさんは写真もいいんですね。たとえばこれは『47都道府県 女ひとりで行ってみよう』の中に収録された「思い出アルバム」。

a0285828_12151154.jpg

エッセイを読んだあとで、写真を見ると結構面白いです。兵庫県は「たんば黒豆入りくずもち ふと見かけて、買ってすぐ食べた」と。

ミリさんが兵庫県に来たのは2005年7月中旬。場所は姫路! 

ミリさんは新幹線で姫路にやって来て姫路駅から姫路城に向かいます。ということなので、おひさまゆうびん舎の前を通っていますね。ただし12年前なのでおひさまゆうびん舎はまだできていないけど。今のおひさまの場所にあったツリーハウスはできていたんでしょうか(窪田さんは働いていたのかな?)。

お城を見た後に行ったのが県立歴史博物館と姫路市立動物園。なんと、あの動物園に行ってるんですね。ただし残念ながら動物園の感想はありません。

僕はこの動物園のすぐ近くに住んでいたことがあるので、平日に、客の全くいない動物園にもちょこちょこ行っていました。あるいはそばの美術館の庭のベンチに腰掛けて本を読んだりCDウォークマンで音楽を聴いたりしていました。なぜかハリー・ニルソンとクローバーズを聴いていたことだけよく覚えています。ああ、なつかしい。

ミリさんはこの後商店街を歩いて「果物屋の2階のフルーツパーラー」に入ってフルーツサンドを食べ、デパ地下に行って惣菜を買ったりしたようですが「たんば黒豆入りくずもち」の話はどこにもなし。どこで買ったんだろう。


ということで、『今日の人生』の特典の写真もとても楽しみ。収録されているマンガと関係のある写真なのかどうかも気になります。

で、ミシマガジンにはこんなことが書かれていました。


この限定365部を運良くゲットされた方はぜひ、「今日の写真」をTwitter、Facebook、instagramなどSNSにアップして、共有してもらえるとうれしいです。
 いったいどんな365枚なんでしょう? 1年分をまとめて見てみたいですね!
 どの写真がどの方の手にわたったのか...こっそり、益田ミリさんが覗いているかもしれません。
 さてSNSでの共有のときですが
 #今日の人生
 とハッシュタグをつけてもらえると、よりわかりやすくてうれしいです。ミシマ社メンバー、かならずコメントいたしますよ!(えっ、いらないですか?)

ということですが、やっぱり実物を見せ合いたいですね。

おひさまゆうびん舎で買った人だったらそれが可能だと思うので、ぜひぜひおひさまで300冊くらい注文して、みんなで写真を見せ合いましょう。「『今日の人生』を語り合う会」というのをやってもいいかもしれないですね。あの空白のセルフをそれぞれが自分なりに考えてきて披露し合うとか。


といういろんな楽しみを考えていた今日の人生。


[PR]
by hinaseno | 2017-04-05 12:19 | 文学 | Comments(0)

『NIAGARA 45RPM VOX(ナイアガラ 45 ヴォックス)』に合わせるように発売された『大滝詠一読本 完全保存版 2017 EDITION』。大瀧さんのインタビューなどが載っているわけではないのでどうしようかと思っていましたが、立ち読みでいくつか読んでいたらおもしろそうだったので結局買ってしまいました。

a0285828_14433759.jpg

巻頭の特集は「周辺アーティスト&スタッフ最新インタビュー」。大瀧さんの”書生”というか”丁稚”をしていた湯浅学さんが大瀧さんの身近にいた5人の方々にインタビューをされています。5人の中には名前だけ見ただけでは誰だろうという人も。もちろんよく知っている人もいますが、大瀧さんが亡くなって以後いろいろ出た本の中では、たぶんそれほど大きく取り上げられることがなかった人たちばかり。松村邦男、駒沢裕城、後藤博、吉田保、中村欣嗣、子安次郎。

村松さんと駒沢さんはナイアガラ・サウンドを支えた重要なミュージシャン。村松さんはエレキ・ギター、駒沢さんはペダルスティールを演奏。ちなみに『多羅尾伴内楽團』の『Vol.1』は駒沢さん、『Vol.2』は村松さんをフィーチャーしています。

吉田保さんは『ロンバケ』以降のエンジニア。あのナイアガラサウンドに欠かせない人。後藤さんはそのロンバケの一つ前の『レッツ・オンド・アゲン』のエンジニアをされていたんですね。知りませんでした。しかも『レッツ・オンド・アゲン』に収録された「ピンク・レディー」という曲を歌っていたようです。グループ名はモンスターですが、『レッツ・オンド・アゲン』の解説(書いたのは大瀧さん)には「正式には『後藤博とモンスター』といい、メンバーは後藤(32才)を中心に全5人で平均20才のグループ。全員がピンクレディーの大ファンで、さるアマチュア・コンテストで、ピンクレディーの曲を歌い、その熱狂ぶりがプロデューサー大瀧の目にとまり、大瀧は一週間眼科へ通うはめになった。…」と書かれていますね。まあ、遊んでいるというかなんというか。これがあの『ロンバケ』の一つ前のアルバムなんですから。

子安さんは湯浅さんと同じく大瀧さんの”書生”だった人。のちにディレクターとなってウルフルズを担当されていたようで、ウルフルズがらみの興味深い話がいっぱい。

中村欣嗣さんはオーディオショップのスタッフとして大瀧さんの家のオーディオ・システムを長く見てきた人とのことですが、実はこの中村さんのインタビューが一番面白かった。大瀧さんの”人となり”がよく出ているエピソードの連続。「(大滝さんは)”良い音”の一歩手前がお好きなんです」という言葉には、ひざを10回くらい打ってしまいました。


さて、最後に一番いい話を。それは駒沢さんのインタビューの中の言葉。駒沢さんは先ほどの『レッツ・オンド・アゲン』でも「ピンク・レディー」という曲をはじめとしてほとんどの曲でペダル・スティールを弾いているんですが、実は駒沢さんはこの後、しばらくミュージシャンとしての活動から離れられるんですね。


駒沢:(大滝さんは『レッツ・オンド・アゲン』で)やり尽くした感じがあったんでしょうね。でも、今から思えば大滝さんがコロンビアでナイアガラを閉めたタイミングと、僕が足を洗ったタイミングはほぼ同じ。どこか運命的なものを感じますね。
湯浅:どうして足を洗おうと思ったんですか?
駒沢:業界の俗っぽい感じとか、いろんなことに嫌気がさしてしまったんです。その間は農地を開墾したり無農薬の野菜を育てて売ったりしていました。7年ぐらいそんな生活をして、85年の12月にまた戻ってきたんですけど。湯浅:復帰後、大滝さんとも再会したんですか?
駒沢:それがね、またしても運命を感じないではいられなかったんだけど、音楽をやめていた後、最初に電話してきてくれたのが大滝さんだったんですよ。「頼みたいことがある」と。
湯浅:復帰のきっかけが大滝さんだったんですね。
駒沢:具体的にどんな仕事だったかは忘れてしまったけど、誰かへの提供曲のレコーディングだったのかな。とにかくそれが復帰後最初の仕事。だから僕のキャリアの節目には、必ず大滝詠一という人がいるんです。
湯浅:そういう時に閃くんですよね、大滝さん。関わりの深い人の節目、節目に出てくる。
駒沢:つい先日、武蔵小山のAgainで安宅浩司くんとダブル・ペダル・スティールのライブをやったんです。そのアンコールで「空いろのくれよん」を演奏してね。いろんなことを思い出しました。大滝さんのことは、亡くなってからずいぶん考える時間が増えた気がします。僕は村松くんのように近年まで一緒にやっていたわけではないけど、あれほど濃密な時間を過ごした人は他にいません。
湯浅:コロムビア時代には、左チャンネルから駒沢さんのペダル・スティールが聴こえる曲が本当に多いですね。いつも駒沢さん用のトラックを空けて待っていた。大滝さんにとっては、自分の中にある得も言われぬ感覚を音にしてくれる要人だったんだと思います。
駒沢:そう思ってくれていたなら嬉しいけど。

音楽を離れていた時に、農業をされていたという話に驚きました。川上哲治みたいですね。

そして駒沢さんの話の最後にはアゲインのこともちらっと。以前、そのアゲインの石川さんから駒沢さんの『私のモーツァルト』という素晴らしいアルバムを録音したものを送っていただきましたが、他のアルバムも聴いてみたくなりました。


[PR]
by hinaseno | 2017-04-03 14:44 | ナイアガラ | Comments(0)

前にも書きましたが、設立当初から応援している出版社の一つであるミシマ社がウェブ上で毎日更新しているミシマガジンは、始まった当初からほぼ毎朝のぞいています。当初はなんといっても内田樹先生の「凱風館日乗」と平川克美さんの「隣町探偵団」が更新されるのを楽しみにしていましたが、このサイトを通じて何人もの人を知っていきました。

なかでもとりわけ好きになったのが、毎月、月末に更新される益田ミリさんの「今日の人生」。益田ミリさんというマンガ家のこともこれで知りました。今では大ファン。


つい先日、3月30日に更新されたのがこれ

ここで、「今日の人生」が単行本になって4月20日に発売されることが書かれていたんですね。わおっ、でした。

それだけでなく、ミリさんが撮った写真を365部限定で発売記念の特典として付けるというようなことが書かれていて。これは絶対にほしいと。

a0285828_15422163.png

↑ということなので、待っていたら昨日ミシマ社から告知。ここでまたさらに驚き。

予約できる店が全国で16書店限定ということで店のリストをみていたら、大書店や超有名書店がずらりと並ぶ中に、なんと! 姫路のおひさまゆうびん舎の名前が。兵庫県でただ一つ。岡山には一つもなし。

こんなことを言ってはあれですが、おひさまはミシマ社の本を常時扱っているわけではないし、ミシマ社の本を常設している店でもリストには載っていないのに…。

ミシマ社の人はよくわかっているんですね。なんだか自分のことのように嬉しくなりました。

ということで、みなさん、ぜひ、おひさまゆうびん舎に予約しましょう。素晴らしい本であることは僕が保証します。

店ごとの予約数の振り分けは特にないみたいなので、全国でいちばん予約の数が集まる店になったらいいですね。


[PR]
by hinaseno | 2017-04-02 15:44 | 文学 | Comments(0)

陽春四月が来ると、…


4月になりましたね。ただ、陽春というにはまだ肌寒い日が続いています。

いろんなことがあった3月も、今振り返るとあっという間に過ぎ去ったように思います。でも、きっとこの3月にあったいくつもの出来事の記憶はずっと僕の心を温め続けてくれるだろうと思います。


ところで3月で、一つ大事なことを忘れていました。

姫路のおひさまゆうびん舎で3月16日に行われたおひさまふふふフェスティバルの翌日は高橋和枝さんの誕生日だったことは前にも書きましたが、3月25日に行われた世田谷ピンポンズさんのライブの翌日の3月26日も、僕にとっては大事な人の誕生日でした。

われらが木山捷平。

木山さんの誕生日のことをすっかり忘れてしまっていましたが、でも前日のライブでピンポンズさんが「船場川」と「鳴るは風鈴」を歌ってくれたので、僕に変わってピンポンズさんがお祝いをしてくれた感じです。


木山捷平の第一詩集『野』の最後に収められた「跋」と題されたあとがきで木山さんはこんなことを書いています。姫路、播磨のこともちょっと出てきます。「跋」が書かれたのは昭和4年1月。このとき木山さんはまだ姫路に住んでいました。


 私は明治三十七年三月二十六日、岡山県小田郡新山村に生れた。この日は、当時の報道によれば、広瀬中佐が旅順港外でズドンと煙にまった日であったという。すなわち、私の父は捷平と名づけてくれた。
 私が幼い時分、私たちの村は中国一の桃の村と称された。陽春四月が来ると、村は桃の花で埋まった。岩目山、坊山、長尾山、天神山と、村の田圃をめぐった山とは名ばかりの丘は、ことごとく桃の花で包まれた。丘から丘へ、腰にひょうたんをぶら提げた花見客がつづいた、青い目をした異人がやって来た。私たちは珍しそうに、洟をたらしたまま藁草履をひっかけて、のっぽの異人の尻についてまわった。
(中略)
 私に学歴、そんなものがあるとするならばそれだけだ。姫路及び東都の学舎に暫くいたこともあるが、語るべきもない。それに反して、転変流転波瀾重畳ーーそう言った風な日々が続いていた。姫路、但馬、東京、播磨、と野良犬のように移り歩いて、一所不在の苦しい日々を送って来た。ある時は明日のパンに窮して都の路次をさまよったり、ある時は絶望のどん底に落ちこんだ上病にとりつかれ、ある時は村に帰って土を耕し猫車を押した。
 私は十七の年に初めて詩を書いたが、ここに拾い集めたものは、最近四五年間のものである。詩作十年、そっと内証のようにふりかえって、兎に角にも処女詩集とする。
 私の修業はこれからだ。
(中略)
 私の詩は小さく弱い。私はそのことをよく知っている。それは何よりも、私の体質がおのずからそうさせてしまった。
 しかし、私だって大きくなりたいと思う。強くなりたいと思う。正しく燃える野心も持ちたいと思う。時に際しては青竹を尖らせて立ちたいと思う。

新山の村には今、桃が咲いているんでしょうか。


[PR]
by hinaseno | 2017-04-01 15:05 | 木山捷平 | Comments(0)