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今日で8月も終わり。大瀧さんが生きていれば、この夏、まだアメリカン・ポップス伝を聴くことができたのかなとか、いや、アメリカン・ポップス伝にかわってブリティッシュ・ポップス伝がはじまっていたのかなとか、やはり考えてしまいます。

その大瀧さんの郷里は岩手県ですが、台風の被害が心配です。まだ震災の復興が不十分どころか手つかずのままの場所があちこちにあるはずなのに東京のオリンピックのために金も人もそちらにつぎこんで...。大瀧さんが目には見えない形でいろんな支援をされていたことを考えるとなんだか怒りすら覚えてしまいます。

ところで岩手県といえば宮沢賢治の郷里でもありますが、その宮沢賢治の誕生日が4日前の8月27日でした。生きていれば120歳。ということでいろんなイベントが各地で行われているようですが、賢治の郷里で大瀧さんの生まれた場所にも近い花巻の宮沢賢治童話村でも「宮沢賢治生誕120年イーハトーブフェスティバル2016」というイベントが開催されていました。賢治の誕生日当日には最も好きな映画監督の一人である岩井俊二さんと、一時期ピチカート・ファイヴに入っていたミュージシャンの田島貴男さんがゲストで参加されていたとのこと。そこで上映された岩井さんの「打ち上げ花火、下から見るか?横から見るか?」と「少年たちは花火を横から見たかった」は宮沢賢治の『銀河鉄道の夜』が入り込んでいるんですね。「打ち上げ花火、下から見るか?横から見るか?」は夏に一度必ず見る映画です。
田島さんは賢治と何か縁があるんでしょうか。生まれは東京都大田区とのことですが。

さて、その宮沢賢治との関係が深いこともわかった岡山の熊山出身の詩人、永瀬清子さんは賢治の10年後に生まれたので今年生誕110年。永瀬さんと賢治のつながりでいえば、賢治が亡くなった翌年にあの「雨ニモマケズ」を記した手帳が発見される場に永瀬さんが同席されていたんですね。
で、うれしいことに今週の金曜日から熊山で「宮沢賢治のほとりで-永瀬清子が貰った「雨ニモマケズ」」と題された展示会が開かれることを知りました。講演会の日にもぜひ参加しようと考えています。

その永瀬清子さんの『短章集』には先日紹介した「日輪の山」以外にも宮沢賢治に触れる話がいくつも出てきますが、それとともに熊山近辺の、よく知った風景が出てきて楽しませてもらっています。
数日前に読んだ「地の人の声」にはいきなり「Uバス」が登場します。これは僕も何度か乗ったことのある宇野バスのこと。ただ、今は宇野バスは熊山まで走っていないようですね。いい話だったので長いですが全文引用しておきます。「市内」というのは岡山市のこと。

 Uバスは市内から遠い田舎の方へいくバスなので、座席のうしろの方などで大きな声でしゃべっている人が時々ある。
 顔も見えず姿も見えないのに、声だけきこえてバスの中の人がみんなくすくす笑ったりするのは、いかにも地の人の声と云った感じ。
 今日は野太いおじさんの声で
「むかいの××屋のおばあがとうとう死んでなあ」と云う。となりの人はぼそぼそと何か答えている。
「わしを呼びつけ(敬称なしの意)で小さい時からがみがみ叱りやがって、口やかましいばあさんじゃった。この間から湯水が通らんようになって、もうあかんと思うてからに、あばあの耳もとで
『おばあ、何か云い置くことはねえか』とわしが云うたとみんさい。おばあは小せえ声でひとこと、
『わしゃさんにょう(算用・計算の意)がちごうた』
と云やがった」。
 バスの中の人々がにやりとし、かすかな声でなにか笑ったような感じ。
 でもその笑いは会心の笑みと云うのでもなく、ただおかしいと云うのでもなく、何となく同類相あわれむようなほんの声なく笑いをみなその頬にうかべたような感じだったのだ。
 田舎の家へ着いてから私は隣のおばさんや向いの人に逢ったので、今のバスの中でのことを話したら、みんな同じように
「ほおん、そりゃほんまの事じゃ」とか「よう云うたのう」とか「かわいやのう」とか、みんなその見ず知らずのおばあさんに共感の意を表わした。
 人生の終りにあたって、自分の一生を省みれば、きっとしまいには楽になるだろうとの心づもりで、苦にみちた道程を働きつづけ、さて何の報いられる事もなく、苦闘の終らぬまに人生は済んでしまうのだ。
 それ位ならもうすこししたい事もするように望んだらよかった。楽しい事を知りたかった。人をゆるせばよかった……とさまざまの感慨が、単純なその言葉になって思わずほとばしったのだろう。
 意識も失せるまぎわなのに(自分はそろばんの計算をまちがえた)とさりげなくユーモラスに、具体的に、その痛切な内容を表現したおばあさんに田舎の人は誰も彼も信愛の情をそそいだのだ。
 所が私は又都会へ帰ってその話をした時にふしぎにも意味はちっとも相手に伝わらず、蓮の葉の上を露がころげるように、このことばはしみこまないのだ。
「へえ、何の算用をまちがえたの」とか、「なぜまちがえたんだね」とか、それが人生のすべてのもくろみ、予定、希望の意味だったことがさっぱり受けとれない。又その計算は、モータルである人間にはどうしてもまちがわずにいられない事なのがわからない。
 都会の人が人生をすべて計算通りすすめ得るとは限らないものを、その頭のわるさにはあきれるほかなかった。田舎の人なら身に引きくらべて、どんな人でも「なぜ」などときく人はいないのに。
 都会人というものがいきで敏感で、田舎者は勘がにぶく物わかりがわるいという通り相場は、私には到底信じられない嘘っぱちなのだ。

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by hinaseno | 2016-08-31 11:37 | 文学 | Comments(0)

先日クリフ・リチャードの「バチェラー・ボーイ/ネクスト・タイム」を見つけた中古レコード屋さんにひと月ぶりくらいに行ってきました。前回見れなかったコーナーを漁りに。
すると、またまた、おっと思うものを発見。
「快盗ルビイ」のシングル盤のレコード。こんなの出てたんですね。発売されたのは1988年なのでCDと同時発売。すでに音楽業界は移行期的混乱を過ぎCDの時代に入っていたので(といっても便利とノイズが入らないという利点だけだったけど)、当然僕は8㎝のCDシングルを買いました。アナログで発売されていたとは思いもよりませんでした。
CDシングルと聴きくらべてみたら音のレベルが違いすぎますね。CDの時代に入ったとはいえ、CDのほうはまだまだ技術的に問題のあった頃なので音はかなりしょぼくて、違いは歴然。キョンキョンの声も格段によく聴こえます。ラッキーでした。
和田誠さんのジャケットも、CDシングルとはデザインがちょっと違っていて、しかも大きいし。
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ところで、最近、小泉今日子さんのことを考える日々を送っています。正直言えば、小泉さんに関しては後にも先にも「快盗ルビイ」だけ。それ以前の活動も、その後の活動にもほとんど目を向けることはなく、例の『あまちゃん』が小泉さんとの久しぶりの再会でした。
ただ、正確にいえば、『あまちゃん』の少し前に書店で小泉さんの『小雨日記』という本が目にとまって手に取った記憶があります。装幀がよくて、調べてみたらやはり! だったんですね。クラフトエヴィング商會。クラフトエヴィング商會の装幀された本に夢中になっていた時期でした。なかなか素敵なエッセイを書かれているなと。
それからしばらくして小泉さんが読売新聞の書評をしていることを知りました。たぶん僕の好きなだれかの本(小川洋子だったかな)の素敵な書評を書かれているのを何かのきっかけで知って、それからときどきネットのサイトで小泉さんの書評を読むようになりました。

最近出た『黄色いマンション 黒い猫』も手に取ってぱらぱらと眺めました。ときどき買っている『SWITCH』という雑誌に連載されていたもので、いくつかは読んでいました。
その『黄色いマンション 黒い猫』、装幀がいいんですね。これです。
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もちろん和田誠さんの絵。和田さんが小泉さんを描かれるのは「快盗ルビイ」以来? このイラストを見ただけで欲しくなりますね。買おうかどうしようか悩んでいます。
ところで和田誠さんといえば何度も書いたように僕と夏葉社とのつながりをつくってくれた人。和田さんが装幀したバーナード・マラマッドの『レンブラントの帽子』のイラストに目がいかなければ今頃は...。
その和田さんが装幀された夏葉社のもう一冊の本の『冬の本』を最近読み返していました。読み返すたびに新たな発見があります。こんな人が書いていたんだとか、こんな本が紹介ていたんだとか。
そういえば昨年だったか、一昨年だったか、浜田真理子さんというミュージシャンに関心をもったときにたまたま『冬の本』を読み返していたら浜田真理子さんの名前があってびっくり。
で、今年の5月に、その浜田さんと小泉今日子さんが出演されたイベント(浜田真理子さんがピアノと歌、小泉今日子さんが朗読)が催されたことを知って、これまたびっくり。確か、浜田さんと親交のある平川克美さんが行かれていたと思います。
このライブイベント『「マイ・ラスト・ソング2016」~歌謡曲が街を照らした時代~』に至る背景を記したこちらのコラムを先日発見して読んでいたら深く感動。小泉今日子さんという人に改めて惹かれてしまいました。

話は変わって、先日、ちょっとひさしぶりにおひさまゆうびん舎に行って、現在、益田ミリさんの『ほしいものはなんですか?』(ミシマ社)の原画展が開かれていてそれを見てきました。
で、益田さんのイラスト付きのサイン入りの本を買おうと思って手に取ったら、帯になんと小泉今日子さんの名前が。思わず「おおっ!」と言ってしまいました。
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小泉さんが読売新聞の書評でこの本を取り上げていたんですね。
帯にはその書評の一部が載っていますが、これがその全文。素晴らしいです。


 今あなたがほしいものはなんですか?と質問されたら、私はなんて答えるだろう? 労働の楽しみも、一人の時間の心地良さも、気の置けない女友達も、とりあえず今を生きるために必要なものを十分に手に入れてしまった私にはほしいものなんてないのかもしれない。でも、心のどこかで自分の人生には確かになにか足りない、とも感じてしまう日々でもある。

 可愛らしいキャラクターと肩の力の抜けた優しい画風に油断していたら何度も痛いところを突かれてしまった。小学生のリナちゃんはいつも心の中でなにかを考えている。ときどき胸に湧いた疑問を大人達に投げ掛ける。「ママ、40歳は嫌なの?」。専業主婦のミナ子さんは夫と子供とそれなりに幸せに暮らしているけれど、このまましぼんでいくのかしら?と、40歳の誕生日を素直に喜ぶことが出来ないでいる。ほしいものは「存在感」。「タエちゃんは、なりたいものになれなかったの?」。子供の頃の夢が一つも叶っていない叔母、35歳独身OLのタエ子さんは、地道に働いてローンでマンションを買ったものの、お嫁さんになる夢は叶ってもいいんだけど……と呟いている。ほしいものは「保証」。どちらの気持ちも痛いほどわかる。

 子育てをしている友達と会っている時、お互いに少し気を使って会話を選ぶ瞬間がある。ないものねだりと分かっていながら、それぞれの環境を羨ましいと思ってしまうこの感覚、男の人には一生分からないんだろうなと思う。アラサーとか、アラフォーとか元気な言葉の響きで自分たちを盛り上げているけれど、それなりの悩みがあるのだ。男の人にも是非読んで頂きたい。で、女心をもう一度研究して頂きたい。評・小泉今日子(女優) (2010年5月17日 読売新聞)

「男の人にも是非読んで頂きたい。で、女心をもう一度研究して頂きたい」とのこと。ぜひ、男の人もこの『ほしいものはなんですか?』を手に取ってみてください。いろいろ勉強になります。おひさまはもう品切れかな? 原画展も今月いっぱい。

そういえばミシマ社からは評判の「コーヒーと一冊」シリーズで益田ミリさんの脚本版「ほしいものはなんですか?」が出たばかり。お願いしていた僕の名前入りのサイン本をいただいてきました。

さて、「快盗ルビイ」のシングル盤のレコードを聴きながら、今、「ほしいものはなんですか?」について考えてみましたが、ほしいものはありすぎます。でも、とりあえず小泉今日子さんの『黄色いマンション 黒い猫』がほしいです。
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by hinaseno | 2016-08-29 14:22 | Comments(0)

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こちらのページで、作曲者の佐藤さんが「My Baby」にまつわる曲としてあげていたのがブロッサム・ディアリーの『1975』というアルバムに収められた「Hey John」。大好きな曲です。



佐藤さんのコメント。

ブロッサム・ディアリーの作品の中でも特に好きなアルバムなんですが、「My Baby」のアレンジを考える際になんとなくこのアルバムのイメージがありました。スウィングしたリズムにキラキラしたローズが乗っかる感じ。

これは「制作時にイメージした曲、アレンジの参考に聴いていた曲、出来上がったあとに想起した曲」という分類では「アレンジの参考に聴いていた曲」ということになるでしょうか。ブロッサム・ディアリーは僕の最も好きな女性ジャズ・シンガーのひとりで、この『1975』というアルバムは大の愛聴盤。やはりレコードで持っています。
へえ〜、と思いながらコメントを読んでいたら最後にこんな言葉が。

間奏以降出て来るホーンはパイザノ&ラフの『Under The Blanket』のイメージ。

パイザノ&ラフの『Under The Blanket』!
これを読んで、僕が「My Baby」を一回聴いただけで引きつけられた理由がわかりました。そうか、そうだったんだと。
佐藤さんはここでは、アレンジを参考にしたことだけを指摘していますが、パイザノ&ラフの『Under The Blanket』といえばだれがなんといっても「ドリフター」。間違いなく佐藤さんがそれを「制作時にイメージした」はず。

ところでパイザノ&ラフの「ドリフター」はいくつかあるバージョンでも独特のものがあります。
オリジナル(といっていいのかどうかはわかりませんが)のロジャー・ニコルズ&ザ・スモール・サークル・オブ・フレンズの「ドリフター」の曲の構成はこうなっています。

前奏→Aメロ→Bメロ→サビ→間奏→Aメロ→Bメロ→サビ→サビ

で、パイザノ&ラフのバージョンはというと、

前奏→サビ→Aメロ→Bメロ→サビ→サビ→間奏→サビ→サビ→サビ

というわけで、例の”Cause there's places”からはじまるサビだらけなんですね。しかもAメロは基本的にパイザノさんのギターだけ、Bメロはラフさんのフレンチホーンだけの演奏で、歌わるのはサビの部分だけ。つまりオリジナルを知らないと一度だけ出てくるAメロ→Bメロは間奏に聞こえてしまいます。
サビの歌はスキャットだけのときと、ひとりで歌うのと、子供たちと一緒に歌うのと3パターンあるんですね。サビを歌っているのはクレジットを見るとラフさんのようです。

マイクロスターの「My Baby」はまさにこの「ドリフター」のサビの部分だけが繰り返されるような曲になっているんですね。いいと思わないはずがありません。でも佐藤さんのコメントを読むまでは気がつきませんでした。

で、このパイザノ&ラフの不思議な空気感に包まれた曲をイメージして作られた曲に、飯泉さんの『空気人形』をモチーフにした浮遊感溢れる歌詞がぴったりすぎるくらいはまっているんですね。見事というほかありません。

ところで、パイザノ&ラフのパイザノさんことジョン・パイザノは『Under The Blanket』のプロディーサー&アレンジャーでもあるハーブ・アルパートのティファナ・ブラスの奏者のひとりでしたが、もともとラフさんことウィリー・ラフさんもジャズ畑の人で、彼らがサイドメンとして参加した作品を見ていたらなかなか興味深いものがありました。
とりわけ驚いたのはウィリー・ラフがマイルス・デイヴィスの『Miles Ahead』に参加していたこと。
このアルバム、小西康陽さんが『無人島レコード』に選んだものですね。
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『Under The Blanket』のジャケットの表はかわいらしいイラストですが、裏はジャズの雰囲気がたっぷり。上がジョン・パイザノ、下がウィリー・ラフ。
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というわけで、マイクロスターの新しいアルバムの2曲だけを取り上げましたが、佐藤さんが優れたメロディ・メイカーであることを再認識すたと同時に、飯泉さんの作詞家としての魅力をいくつも知ることができました。
それから久しぶりにマイクロスターのファーストアルバムを取り出して聴いてみたら、飯泉さんがボーカリストとして格段に進歩していることもよくわかりました。

で、来月、なんとアゲインにマイクロスターのお二人とデザイナーの高瀬さんが来られての『She Got The Blues』発売記念イベントがあるんですね。行きたくて仕方がありません。来場した人へのおみあげも超(!)気になります。「My Baby」のインスト・バージョンだったら死ぬほど欲しいです。
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by hinaseno | 2016-08-25 12:52 | 音楽 | Comments(0)

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3年ほど前に書いたこの日のブログで、こんなことを書きました。

死ぬほど好きな曲というのがいくつかあります。「大好き」よりも、さらに好きの度合が強い。特に数えたことはありませんが、たぶん10曲くらい。
ぱっと頭に浮ぶもので言えば、ディーン・マーティンとリッキー・ネルソンの「ライフルと愛馬」、同じくリッキー・ネルソンの「ロンサム・タウン」、キャロル・キングの「アップ・オン・ザ・ルーフ」、ジミー・ウェッブの「アディオス」、ロジャー・ニコルズ&ザ・スモール・サークル・オブ・フレンズの「ドリフター」...、そしてランディ・ニューマンの「デイトン、オハイオ1903」。

その日のブログでは最後に挙げたランディ・ニューマンの「デイトン、オハイオ1903」の話をしましたが、今日はその前の ロジャー・ニコルズ&ザ・スモール・サークル・オブ・フレンズの「ドリフター(The Drifter)」の話。
この曲です。



曲を書いたのはロジャー・ニコルズ、作詞はポール・ウィリアムズ。ロジャー・ニコルズのことを知ったのはピチカート・ファイヴの小西康陽さんの影響。とにかくどっぷりとはまってしまいました。
先日、紹介したルーマーの『Seasons of My Soul』のA面1曲目の「Am I Forgiven」も、最初のイントロが流れてきた瞬間に「おっ、ロジャー・ニコルズ!」と思ったものでした。



ルーマーはバカラック同様にロジャー・ニコルズを好きであることは間違いなく、『Boys Don't Cry』というアルバムでも彼の作った「Travelin' Boy」をカバーしています。そういえばマイクロスターのファーストアルバムの最後に収録された「モーターサイクルボーイ」なんかはもろロジャー・ニコルズ(あるいはピチカート・ファイヴの『カップルズ』に収録された「そして今でも」)ですね。

そのロジャー・ニコルズ&ザ・スモール・サークル・オブ・フレンズの「ドリフター」。どこが好きかっていえば、詞も含めて好きなところだらけなのですが、とりわけ好きなのがこのサビの部分。

Cause there's places
That I've never been to
Sunsets to be ridden into
Not a lot I can do
But give in to the drifter
There's a drifter in me

特に2番でこのサビを歌った後、もう一度このサビが繰り返されるところ(上の音源の2:00あたり)は何度聴いても鳥肌が立ちます。

さて、この「ドリフター」はいろんなアーティストよってカバーされています。
一番有名なのはこのハーパース・ビザールのバージョンでしょうか。



このバージョン、びっくりするのはロジャー・ニコルズ&ザ・スモール・サークル・オブ・フレンズのバージョンとは違ってBメロがないんですね。Aメロからいきなりサビにいっています。
で、ドイツのハイジ・ブリュール(Heidi Brühl)という女性のバージョンもBメロがないもの。



それからこれはサンド・パイパースのバージョン。こちらはBメロがきちんと入っています。ただし、サビのメロディがちょっとちがっています。



で、これはスティーヴ・ローレンスのバージョン。これはロジャー・ニコルズ&ザ・スモール・サークル・オブ・フレンズのバージョンとほぼ同じ。



と、いくつかのバージョンを紹介しましたが、やはり一番いいのはロジャー・ニコルズ&ザ・スモール・サークル・オブ・フレンズのバージョン。他のバージョンとはくらべものにならない。

でも「ドリフター」のカバーで一つだけ素晴らしいのがあるんですね。それがパイザノ&ラフというグループのバージョン。個人的には脱力系「ドリフター」と呼んでいますが、ロジャー・ニコルズ&ザ・スモール・サークル・オブ・フレンズのバージョンと同じくらいに大好き。近年ではこちらの方をよく聴いています。
この曲が収録されたアルバムがこれ。もちろんLPで持っています。
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アルバムのタイトルは『Under The Blanket』。かわいいイラストのジャケットも最高で、僕の超愛聴盤。「ドリフター」はこのアルバムのB面の1曲目に収録。
ってことで、そのバージョンを貼っておきます。次回はこのパイザノ&ラフの「ドリフター」の話。


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by hinaseno | 2016-08-24 13:55 | 音楽 | Comments(0)

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今日は佐藤さんが作られた曲の話に行く予定でしたが、もう少し飯泉さんが詞のモチーフにされたという『空気人形』の話を。
実は今、例のミシマ社から今年の6月に出版された是枝裕和著『映画を撮りながら考えたこと』を少しずつ読んでいます。
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400ページを超える本でしたが、おそらく今日明日くらいに読了の予定。読みごたえ十分でした。よく知っている映画に関して新たな発見がいくつもあったりと、これからさらに是枝裕和さんの映画にはまっていく気がします。いや、素晴らしい監督です。

で、昨夜、『空気人形』の章を読み返して、おっと思える部分があったのでそれを紹介しておきます。
『空気人形』は業田良家さんの漫画が原作ということですが、それをそのまま映画化したのではなく、いろんなモチーフが入っているんですね。たとえばアンデルセン童話の『人魚姫』、それから映画『オズの魔法使』。
そしてもうひとつが吉野弘さんのこの「生命は」という詩。


 生命は

 自分自身だけでは完結できないように

 つくられているらしい

 花も

 めしべとおしべが揃っているだけでは

 不充分で

 虫や風が訪れて

 めしべとおしべを仲立ちする

 生命は

 そのなかに欠如を抱き

 それを他者から満たしてもらうのだ

 世界は多分

 他者の総和

 しかし

 互いに

 欠如を満たすなどとは

 知りもせず

 知らされもせず

 ばらまかれている者同士

 無関心でいられる間柄

 ときに

 うとましく思うことさえも許されている間柄

 そのように

 世界がゆるやかに構成されているのは

 なぜ?

 花が咲いている

 すぐ近くまで

 虻の姿をした他者が

 光をまとって飛んできている

 私も あるとき

 誰かのための虻だったろう

 あなたも あるとき

 私のための風だったかもしれない


是枝さんはある人からこの詩を送ってもらい、その一節「生命は
/そのなかに欠如を抱き/
それを他者から満たしてもらうのだ」の部分がまさに”空気人形”だなと思って、吉野さんに連絡して、詩をそのまま映画で使わせてもらうようにお願いしたそうです。

それがこのシーン。



このシーンの会話と、そのあとの吉野さんの詩が、きっと飯泉さんの詞の一番のモチーフになったんでしょうね。
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by hinaseno | 2016-08-23 11:35 | 音楽 | Comments(0)

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ちょっと話がそれてしまいますが、僕が是枝裕和という映画監督のことを意識するようになったのはこの雑誌がきっかけでした。
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『東京人』2009年11月号。
そう、大瀧詠一さんと川本三郎さんが成瀬巳喜男の映画について話をするという夢のような対談が実現したときのもの。僕の運命を変えた一冊といってもいいかもしれません。何度読み返したことやら。
実はその号にもうひとつ興味深い対談が掲載されていました。これです。
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はっぴいえんど時代のメンバーの一人で、『ロング・バケーション』や『EACH TIME』などで作詞を担当された松本隆さんと是枝裕和監督との対談。是枝裕和という人の名前は評判になった『誰も知らない』で知りましたが、写真で顔を見たのはこれがはじめて。この対談の話題の中心になったのが、当時公開中だった『空気人形』でした。

松本さんと是枝さんが対談されるのはこれが初めてではなく、以前にも何度か話される機会を持っていたらしく、お二人はかなり親しい関係になっているようでした。松本さんは主演のペ・ドゥナに関心を持っていたようなので、是枝監督が撮影のときに松本さんを呼ばれたとのこと。その日撮影していたのはペ・ドゥナがレンタルビデオ店で働くときのシーンだったそうなので、もしかしたら彼女の空気が抜けて、そのあと空気を吹き込まれるシーンだったかもしれません。

『東京人』には『空気人形』のワンシーンをとらえたこんな写真が掲載されていました。
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隅田川沿いの塀の上を歩くペ・ドゥナの姿。向こう岸にはビルが建ち並んでいます。「My Baby」のこの部分の詞につながる風景ですね。

風が揺らしてる白いワンピース
ビルとビルの間に海を見てる

この対談で松本さんがこんなことを語られていました。

「はっぴいえんど」ので活動していたときは、「心が空っぽ」というのがテーマになっていました。「空気人形のように」と言えばわかりやすいでしょうか。そんな点にも、今回の映画との共通点が感じられて、面白いなぁと思いました。

「空っぽ」といえばこの「Velvet Motel」に「空っぽ」という言葉が使われていますね。


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by hinaseno | 2016-08-22 13:12 | 音楽 | Comments(0)

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最初にマイクロスターの『She Got The Blues』について書いたときに、「My Baby」という曲についてこんなことを書いていました。

「My Baby」は初めて聴いた曲の中で最初に好きになった曲。3分を切っていて、収録された曲の中では最も短い。小品好きにはたまらない1曲になっています。夏っぽくて、ちょっと切ない詞も素晴らしいです。

今、アルバムの中では「She Got The Blues」が最も好きな曲になっていますが、この「My Baby」も何度もリピートして聴いています。佐藤さんや飯泉さんがこの曲について語られている言葉を読んで、さらに曲の魅力がわかってきました。一聴して好きになった理由も。

とにかくこの曲と「She Got The Blues」がカップリングされたシングルが発売されたら最高です。
ちなみにこれが高瀬さんがデザインされたジャケット。
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できれば夏が終わらないうちに、って感じの素晴らしいジャケットです。

さて、「My Baby」について。この曲についてもいろいろ書いてみたいことがありますが、「She Got The Blues」のときとは逆に詞の話から。作詞をされたのはもちろん飯泉裕子さん。こんな歌詞です。

My Baby 雨上がり傘を閉じた
My Baby 部屋の花そっと開いた
わたし空っぽだって君は言ったけど
My Baby 同じだよってそう答えた

息を吹き込んだなら 膨らんだ満ちていった
だからただ驚いて 君の事ぎゅっとつかまえたんだ

My Baby 空っぽだからよく響く
青いラムネの瓶を振って空にかざし
きらきらと光る

風が揺らしてる白いワンピース
ビルとビルの間に海を見てる

愛を吹き込んだなら 膨らんだ満ちていった
だからただうれしくて 君の事ぎゅっと抱きしめたんだ

My Baby 誰にも似てない君が
My Baby 好きだよって
朝が来て目が覚めたら
そっと打ち明けようか

この曲についてペットサウンズ・レコードの特典のリーフレットに飯泉さんのこんな言葉が載っていてびっくり。
「歌詞のモチーフ 映画『空気人形』」

なるほど、そうだったんだ! でした。

息を吹き込んだなら 膨らんだ満ちていった
だからただ驚いて 君の事ぎゅっとつかまえたんだ

とか

愛を吹き込んだなら 膨らんだ満ちていった
だからただうれしくて 君の事ぎゅっと抱きしめたんだ

というのはまさに映画のあのシーン。
あるいは

風が揺らしてる白いワンピース
ビルとビルの間に海を見てる

も思い浮かぶシーンがあります。
何度か歌詞に出てくる「空っぽ」という言葉はまさにこの映画のキーワードといえそうです。

『空気人形』の監督は、あの是枝裕和監督。空気人形を演じているのは韓国の女優ペ・ドゥナ。彼女の演技が本当に素晴らしいんですね。そしてそのしゃべる声も。
飯泉さんはツイッターでこんなことをつぶやかれていました。

アルバムshe got the bluesの中で1番控えめな曲「My baby」はわたし内では映画「空気人形」のぺ デュナに捧げた。可愛くて可哀相で、どうにもならないので幸せな歌詞を書かなきゃと思って。


「空気人形」でのペ デュナは、「シザーハンズ」のジョニー デップみたい。更に、外国人だから日本語のセリフがたどたどしく、生まれたばかりの子供のような人形の役柄、その無垢さが本物に見える。


というわけで、「My Baby」は男性から女性に愛を告げる内容の詞。最初はちょっと気がつかないけど男言葉になっているんですね。
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by hinaseno | 2016-08-21 13:33 | 音楽 | Comments(0)

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佐藤さんが作り上げた曲に飯泉さんがつけたのはこんな詞。これがいまたいい詞なんですね。


 人ごみの中でイヤフォン
 ロマンティックな曲を聴く
 それだけで生きてる それだけで

 信号待ちの風景を三拍子に合わせて
 眼差しをゆっくりPanする

 家路へと帰るステップ
 ロマンティックな曲を聴く
 そのひとときが好き それだけで

 ずっと息を吸って吐いてただここに居る
 ずっと私センチメンタルでいる

 信号待ちの風景を三拍子に合わせて
 眼差しをゆっくりPanする

ルーマーの「Come To Me High」を下敷きにしたはずのサビの部分のメロディに添えられたのがこの歌詞。

 信号待ちの風景を三拍子に合わせて
 眼差しをゆっくりPanする

最高のメロディに最高の歌詞。この夏、このフレーズを何度繰り返し口ずさんだことだろう。

この詞の中にはきっと飯泉さんがルーマーの「Aretha」を聴きながら激しく涙を流したときの記憶が入り込んでいるはず。飯泉さんと同様に、この詞の主人公の女性も人生が変わるくらいの底知れぬ深い悲しみを経験したはずですが、気持ちをストレートに表現するような言葉はここにはありません。でも、というか、だからこそというか、普通に生きていくことの尊さが浮かび上がってきて、これ以上ないほどに愛に溢れた詞になっています。
佐藤さんがこの曲が出来上がってバカラックの「What The World Needs Now Is Love」を想起したのは、飯泉さんが書かれた詞の影響も大きかったのかもしれません。

ところで、歌詞の中に「ロマンティックな曲を聴く」という言葉が出てくるということで、インタビューでは、お二人にとってのロマンティックな曲を教えてくださいという質問がなされていて、これに対する答えも興味深いものがありました。
まず、佐藤さんが挙げられたのはテディ・ランダッツォがプロデュースしたロイヤレッツやリトル・アンソニー&インペリアルズの曲。なるほど! です。

そして飯泉さん。私もということでテディ・ランダッツォ、それからバート・バカラック。で、その次に挙げられたのがなんとマリ・ペルセンの「Sweetheart」! 趣味合います。



ということでマイクロスターの「She Got The Blues」という曲について長々と書いてしまいました。間違いなくこの曲はここ数年聴いた曲の中では最高の一曲だと思っています。前にも書いたように高瀬康一さんが作られたこのジャケットを使ってぜひ45回転のシングルレコードを作ってもらえたらと思います。
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せっかくなので、次回は勝手にそのB面に予定している「My Baby」の話をしたいと思います。これも本当にいい曲なんです。
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by hinaseno | 2016-08-19 14:28 | 音楽 | Comments(0)

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「『She Got The Blues』にまつわる10曲」と題されたこちらのページは、アルバムを買って一週間くらい経ってから気がついたのですが、興味深い話がいっぱいでした。作曲者で選曲者の佐藤清喜さんがポップスに大変くわしいこと、なによりもポップスをこよなく愛されていることがよくわかります。ファーストアルバムからわかっていたことですが。

佐藤さんは『She Got The Blues』の収録した曲ごとに、それにまつわる曲を1曲選び、その曲についてのコメントをされているのですが、はじめにこんな説明をされています。

アルバム『She Got The Blues』にまつわる楽曲ということで、各曲の制作時にイメージした曲、アレンジの参考に聴いていた曲、出来上がったあとに想起した曲などをピックアップしてみました。やっている曲が王道のポップスなのでおのずと選んだ曲もヒット曲中心のセレクトになっています。

で、佐藤さんが「She Got The Blues」にまつわる曲として選ばれていたのがジャッキー・デシャノンの「What The World Needs Now Is Love」。



こんなコメント。

アルバム・タイトル曲の「She Got The Blues」は当初、3連のソウル・バラードというイメージで作りはじめたんですが、作っていくうちになんとなく自分の中でバカラックやバリー・マンなどのバラード曲に寄っていった感じです。バカラックにはたくさんの名曲がありますが、この曲は初めて聴いた時よりも今の時代に聴く方が胸に刺さります。自分が歳をとったせいなのかこの時代の空気感のせいなのかわかりませんが、聴けば聴くほど沁みてくる大名曲。

「She Got The Blues」はルーマーの「Come To Me High」を下敷きにしたはずだと考えていたので、最初に呼んだときには、あれ? でしたが、すぐに、なるほど! に変わりました。深いな、と。もちろん単純に「Come To Me High」をなぞるように作ったなんてさらさら思っていたわけではありませんが。ちなみにペット・サウンズ・レコードの独占インタビューのリーフレットにもルーマーの「Come To Me High」には触れられていませんでした。

勝手な推測ですが「She Got The Blues」という曲については、ルーマーのあのアルバム(のA面)へのオマージュとして作ろうという気持ちがお二人に共有されていたんだろうと。で、佐藤さんが最初に考えたのは「Come To Me High」のような曲。3拍子のスロー・バラードですね(実はルーマーの『Seasons of My Soul』のA面の4曲目の「Take Me As I Am」も3拍子のバラードです)。
おそらくこの「Come To Me High」のイントロの部分を曲のサビに使おうというアイデアから始まったんではないかと思います。
で、そこから曲作りを進めているうちに「What The World Needs Now Is Love」のような曲になっていったんですね。
佐藤さんが選曲したものは「各曲の制作時にイメージした曲」と「アレンジの参考に聴いていた曲」と「出来上がったあとに想起した曲」の3つがあるようですが、おそらく「What The World Needs Now Is Love」は「出来上がったあとに想起した曲」だろうと思います。似たようなフレーズがどこかにあるわけではないけれども、できあがって聴いてみたら似たものを感じさせたんでしょうね。
興味深いのはこの曲の作曲者がバカラックだということ。考えてみればルーマーはバカラックの影響を大きく受けているので(バカラックもルーマーの才能を高く評価しています)、「Come To Me High」の背景に「What The World Needs Now Is Love」があった可能性も十分考えられます。
ちなみに「She Got The Blues」のイントロの雰囲気はジャッキー・デシャンノンのバージョンよりもバカラック自身によるこちらのバージョンに近いような気がしました。



あるいは3拍子ではないけど、やはりバカラックが曲をかいたカーペンターズの「(They Long To Be) Close To You」にも似ているかなと。



佐藤さんのコメントでもうひとつ興味深かったのはバカラックとともにバリー・マンの名をあげていたこと。
アルバムを手に入れてから10日くらいたったときに書いたこの日のブログで「(「She Got The Blues」は)『A LONG VACATION』でいえば「恋するカレン」のような曲といえるでしょうか」と書きましたが、僕が感じた印象はまちがっていなかったようです。
この日のブログでも書いている通り「恋するカレン」は大瀧さんがバリー・マン的なものを意図的に取り入れた曲。”不本意”ながら、曲が大きくなった原因となったのがバリー・マンだったんですね。

ちなみにルーマーの「Come To Me High」は『Seasons of My Soul』のA面の2曲めに置かれた曲。いかにもA面2曲目といった感じで、それほど派手さはありません。曲もアルバムの中では最も短くて3分を切っています。小品ですね。
この小品をもとにして「She Got The Blues」という曲を作っていく中でバリー・マン的なものが入って来たというのが面白いですね。具体的にバリー・マンのどの曲を、というのではないのですが、「You've Lost That Lovin' Feelin'」や「Rock And Roll Lullaby」に見られるような高揚感があります。にもかかわらず3分30秒という短い曲になっているのが見事と言うほかありません。
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by hinaseno | 2016-08-18 14:50 | 音楽 | Comments(0)

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少し前に、武蔵小山のペットサウンズ・レコードでマイクロスターの『She Got The Blues』を購入しました。もちろん通販で。
お目当ては特典。「She Got The Blues」のインストバージョンを収録したCDとマイクロスターの佐藤清喜さんと飯泉裕子さんの独占インタビューが載ったリーフレット。
作曲を担当した佐藤清喜さんの話はここで読んでいたものといくらかは重なっていたので、興味深かったのは作詞を担当した飯泉裕子さんの話。
飯泉さんは歌詞を書くときのモチーフになった小説や映画をいくつか挙げているのですが、面白いことに僕の好きな小説、好きな映画が並んでいたんですね。
例えば「Tiny Spark」ではポール・オースターの『偶然の音楽』。これはポール・オースターの中でいちばん好きな小説かも知れません。それから「月のパレス」でもやはりポール・オースターの『ムーン・パレス』(考えたらタイトルがそのままでした)とShe&Himのズーイー・デシャネル主演の映画『(500)日のサマー』。第一印象でいちばん気に入った「My Baby」は、あの『海街diary』の監督でもある是枝裕和の『空気人形』。曲を作った佐藤さんの話も含めて「My Baby」は好きになるはずだなとおもいました。

ところで「She Got The Blues」についてはモチーフとなったものは挙げられていはいませんでしたが、『She Got The Blues』というアルバム・タイトルについて飯泉さんはこんなことを語っていました。

「ある日、私はルーマーの「Aretha」という曲をひとりで何回も聴いて、ダーダーと涙を流していて、ひとしきりダーダーし終わった頃、お父さん(佐藤さんのこと)がやって来て、「アルバムのタイトルに”blues”という言葉を入れるのはどうか?」と。彼が選びそうな言葉ではなかったのですごく意外だったけれど、「Aretha」の中には”I got the blues”という歌詞があり、パズルがバシッとはまったようだったので、もうそれしか考えられない感じがしました」

やはり、でした。
「ルーマーの「Aretha」という曲をひとりで何回も聴いて、ダーダーと涙を流していて」と書かれていることから、おそらく飯泉さんがそれを聴いていたのは僕と同じように東日本大震災が起こった頃だったのではないかと思います。もちろん曲そのものに心を打たれたんだろうとは思いますが。

新しいアルバムのタイトルを『She Got The Blues』と決めたのもその頃だったんでしょうね。佐藤さんの話によればアルバムのタイトル曲である「She Got The Blues」という曲を作ったのはアルバム制作の最後の方とのこと。それからマイクロスターの曲に関しては100%曲先とのこと。
佐藤さんはもちろん「She Got The Blues」という言葉がルーマーの「Aretha」からとられていることは知っていただろうとは思いますが、曲の下敷きにしたのは「Aretha」ではなくルーマーの別の曲でした。でも、やはりそれは「Aretha」と同じく『Seasons of My Soul』のA面に収められていた曲。この「Come To Me High」という曲でした。


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by hinaseno | 2016-08-16 13:31 | 音楽 | Comments(0)