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大好きな詩人である小池昌代さんが永瀬清子という岡山の旧熊山町出身の詩人の「あけがたにくる人よ」という詩を紹介しているのを知ったことがきっかけで、少しずつ永瀬清子に関するの本や詩集を読みはじめました。

そして先日熊山の彼女の生家にも行ってきました。ちなみにこのときに聴いていたのは世田谷ピンポンズさんの『僕は持て余した大きなそれを、』の特別盤。この特別盤のことについてはまた後日。
これが生家に向かう道。
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このあたりを通るのは初めて。山沿いに集落があるほかは水田が広がっています。永瀬清子が生まれ育ち、戦後何年も過ごした熊山という町は、おそらく永瀬さんが過ごしていた当時とほとんど変わらない風景が残っているはず。
これが彼女の生家。
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かなり荒れた状態になっていたようですが、今は保存会の努力によって少しずつ修復が進められているようです。

ところで初めて訪れた日には、生家の中にたくさんの人。テレビカメラまで入っていていったいなんだろうと思ったら、この日は第一回永瀬清子現代詩賞の授賞式が行なわれていたんですね。授賞式のあとは普通は入ることのできない家の中と、少し離れた山の中にある墓の案内していただけたのでとてもラッキーでした。

これは台所。このあたりはまだ手つかずの状態のようです。
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そしてこれが二階。雨戸がないんですね。
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どの窓からも山を望むことができました。
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こちらは小さな窓がひとつあるだけの隠れ部屋。
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永瀬さんの生家の目と鼻の先には和気清麻呂の分骨が埋められているという(ということが伝えられている)墓がありました。和気に限らず熊山にも和気清麻呂関係の遺跡はたくさんあるようです。
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すぐそばには立派な土塀。ここには永瀬清子の母親の家があったそうです。
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で、墓のある山に入る道へ。
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「あけがたにくる人よ」の「ててっぽっぽうの声のする方」というのは、もしかしたらこの道の奥のことではないかと想像しながら入っていきました。

そして永瀬さんの墓。
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墓から永瀬さんの家に戻るときの風景。遠く向こうに見える山が熊山です。
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この日、もうひとつラッキーだったのは、永瀬清子が熊山に暮らしていたときの風景を描いた作品を集めた『詩人永瀬清子作品集 ――熊山橋を渡る――』という本をいただけたこと。熊山町永瀬清子の里づくり推進委員会が平成9年に発行したもので、一般の書店には売られていないもの。この中に先日紹介した「日輪と山」という作品が収められていました。
実はその「日輪と山」を引用したときに、気になる言葉があったんですね。

ある朝太陽が熊山をはなれるのを待って東の窓に立っていた

あるいはもうひとつ、

毎朝のように東の窓には熊山はあり、


東の窓に熊山? 
熊山は永瀬さんの家からは南の方角にあるはずなのに。
ちょっと気になったので、改めてもう一度永瀬清子の生家に行ってきました。
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by hinaseno | 2016-07-31 13:06 | 文学 | Comments(0)

自宅のプレイヤーにはジミー・クラントンの「ビーナス・イン・ブルー・ジーンズ」が載っかったままで何度もリピート。ときどきはクリフ・リチャードの「ネクスト・タイム」に置き換えてやはり同様に。どちらも何度聴いても聴き飽きないですね。

何度聴いても聴き飽きないといえば、今、カーステ(死語?)に入れっぱなしにして聴き続けているのがマイクロスター(microstar)の先日出たばかりのニュー・アルバム『She Got The Blues』。もうたぶん50回以上は繰り返して聴いているはず。
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マイクロスターという大好きなグループについては、このブログでは一度も書いたことがありませんでした。海外に同じ名前のグループがあるみたいですが、こちらは佐藤清喜さんと飯泉裕子さんのユニット。お二人は夫婦。佐藤清喜さんが作曲とすべての楽器の演奏、飯泉裕子さんが作詞とボーカルを担当しています。

マイクロスターの音楽を初めて耳にしたのは8年前の2008年に出たファーストアルバム『microstar album』。これがとにかく素晴らしかった。
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特に1曲目の「feelin'!」と2曲目の「Sweet Song」は、超を10個くらい並べてもいいくらいの名曲。大瀧さんや達郎さんをきっかけにして聴くようになった音楽(ポップスというべき音楽)にをこれほど見事によみがえらせた曲に出会えるなんて奇跡としかいいようがありませんでした。
もちろんそれっぽい曲はたくさんあったし、今もあることは知っていて、まめにチェックしています。でも、それらほとんどの曲は残念ながら何かに不満を覚えてしまう。メロディやサウンドはよくても歌詞やボーカルの声が気に入らないとか。あるいは1曲よくてもほかはだめとか。
でも、マイクロスターの音楽には不満を覚えることが全くありませんでした。なにもかもが完璧。怖いくらいに。

ただ気になっていたのは、これほど完璧なものを作り上げてしまったら、果たして次があるんだろうかとということ。
実際、ファーストアルバムをリリースしたあと、マイクロスターとしての活動は見えにくい状態になっていました。

そんなある日、突然2枚の45回転のシングル盤が発売されます。
「夜間飛行」と「夕暮れガール」。発売されたのは2011年。
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3年前のアルバムとはサウンドの方向性が少し変わっていたものの、でも、文句なしの極上のポップス。特に「夕暮れガール」は詞も曲も何から何まで最高の曲。死ぬほど好きです。



ところで、今、ネットでチェックしたらこの2枚のシングル、すごい値がついているんですね。びっくりしました。
それはさておき、この2枚のシングルが出たことで、いよいよニュー・アルバムという期待が高まったんですが、再び何年もの歳月が流れることに。
マイクロスターの8年ぶりの新作がこの7月に発売されるという情報が入ってきたときには狂喜乱舞。すぐにアマゾンで予約注文(でも、そのあとペットサウンズの特典を知って死ぬほど後悔)。

で、ようやく手に入った新しいアルバム。
全部で10曲。
タイトルに「ブルース」という言葉が入っていますが、ポップス全開です。どうしてこれほどに僕のツボを知っているんだろうかと思うような曲ばかり。すべての曲がシングルになってもいいようなクオリティ。

そういえば、アートデザインを手がけられた高瀬康一さんは、まさにそれがシングルを集めたものであることを示すように1曲ごとの歌詞の横に”ジャケット”を描かれています。これがまた本当に素晴らしいんですね。曲を音の細部まで聴き込んで、歌詞を言葉の行間まで読み込んで感じとった風景を絵にしています。既発の「夜間飛行」、「夕暮れガール」、「Tiny Spark」以外もすべて45回転のシングル・レコードとして発売してほしい。

まず最初に出すとしたら、やはりこのアルバムのタイトルソングである「She Got The Blues」と「My Baby」をカップリングしたもの。できれば両A面で。

「My Baby」は初めて聴いた曲の中で最初に好きになった曲。3分を切っていて、収録された曲の中では最も短い。小品好きにはたまらない1曲になっています。夏っぽくて、ちょっと切ない詞も素晴らしいです。たとえば

空っぽだからよく響く
青いラムネの瓶を振って空にかざし
きらきらと光る

なんて歌詞には心ときめかずにはいられません。
高瀬さんが描いたジャケットはこの部分の歌詞からイメージを膨らませたものですね。
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それから「She Got The Blues」はアルバムを何度も聴いているうちにいちばん好きになった曲。 アルバムのタイトルにもなっているように、間違いなくこのアルバムを代表する曲。 最高にロマンチックでセンチメンタルな曲です。『A LONG VACATION』でいえば「恋するカレン」のような曲といえるでしょうか。そういえば、もしこのアルバムをLPのように5曲ずつA面とB面に振り分けたなら、この曲は「恋するカレン」と同じくB面の3曲目ということになります。『EACH TIME』でいえば「ペパーミント・ブルー」が置かれた場所。
曲の高揚感を考えると、これが3分33秒の曲とはとても信じられません。

曲は3拍子のワルツ。サビでこんな歌詞が出てきます。

信号待ちの風景を三拍子に合わせて
眼差しをゆっくりPanする

この部分は何度聴いても涙ぐみそうになってしまいます。
で、これが高瀬さんの描いた”ジャケット”。こちらも本当に素晴らしい。
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そしてその次のシングルは「月のパレス」と「友達になろう」のカップリング。
なんて書いていると切りがないのでやめておきます。あとはぜひ聴いてみてください。
「友達になろう」は僕がユーミンのアルバムで一番よく聴いた「Pearl Pierce」、あるいはユーミンが松田聖子に書いた「小麦色のマーメイド」の雰囲気があって大好きです。

ああ、でもペットサウンズで買えばよかった…。

これが新しいアルバムのダイジェスト。曲ごとに高瀬さんの描いたジャケットが出てきます。


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by hinaseno | 2016-07-30 12:04 | 音楽 | Comments(0)

今日は、わが大瀧詠一さんの誕生日。
というわけで、当然大瀧さんがらみの話。

先日、 クリフ・リチャードの「ネクスト・タイム」のシングルを見つけたときに「4日早い大瀧さんの誕生日プレゼントなのかもしれません」、なんて書きましたが、そんなものではありませんでした。
その2日後、つまり2日前、こちらは年に何度か行っている中古レコード屋さんに立ち寄って、やはりオールディーズ関係のシングルレコードの箱をチャックしていたら、僕が世界で一番ほしいと思っていたレコードがそこにありました。
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ジミー・クラントンの「ヴィーナス・イン・ブルー・ジーンズ(Venus In Blue Jeans)」の日本盤。
ネットから画像をとったと思われては困るので、こちらが証人、というか証クマ付きの写真です。
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夏らしい、さわやかなブルーをあしらった素晴らしいジャケット。これだけで心ときめきます。ちなみにオリジナル盤にはピクチャースリーヴはついていないんですね。

このレコードもときどきネットオークションで見ていましたが、コンディションのいいものはコーヒー10杯分くらいの値段がついています。でも、これは少しキズがありと書かれていたもののコーヒー2杯分にも満たない値段。キズも聴くには全然気になりませんでした。ピクチャースリーヴの状態もまずまず。

ジミー・クラントンの「ヴィーナス・イン・ブルー・ジーンズ」のことは、もちろん松田聖子の「風立ちぬ」の元ネタとして使われているということで知りましたが、初めて聴いたときの感動はいまだに忘れません。最高のアメリカンポップスといってもいい曲ですね。大瀧さんは「ゴー!ゴー!ナイアガラ」の「ジャック・ケラー特集」のときに「僕が言おうとしているところのアルドン/スクリーンジェムズの曲の典型」だと言っていました。
言うまでもありませんが大瀧さんもこの曲が大好きなんですね。
「ゴー!ゴー!ナイアガラ」で、この曲をかけたときの大瀧さんのうれしそうな感じといったらないですね。はじめてかけたときのこの言葉は何度聴いても最高。

「そして、この62年8月、この曲です! ジミー・クラントン! ナインティーン・シックスティ・トゥ、『ヴィーナス・イン・ブルージーンズ』」

そう、ジミー・クラントンの「ヴィーナス・イン・ブルー・ジーンズ」は1962年の7月にリリースされて8月にチャートインしているんですね。まさに、夏の曲。
大瀧さんはこの曲があるから、ジェック・ケラーを特集したと言っていました。

ところでこれは1963年のアルドン出版社の関係者が集まった写真。
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腰を下ろしている前列左からバリー・マン、シンシア・ウェル、ジェリー・ゴフィン、キャロル・キング、ニール・セダカ。そして後列の左端の眼鏡をかけた銀行員みたいな人が「ヴィーナス・イン・ブルー・ジーンズ」の作曲をしたジャック・ケラーで、右端が作詞をしたハワード・グリーンフィールド。すごい人たちですね。後列の真ん中には取締役社長のアルさんとドンさんがいます。

ところで日本盤のシングル、よくみたら興味深いことがいろいろとあります。

まず、いちばん上にはこんな文字。
「ニール・セダカが作品したニュー・シングルを青春歌手、ジミー・クラントンが歌って大ヒット!」

もちろんこれはレコード盤にニール・セダカと間違ってクレジットされているためですね。このシングルが発売されたときには日本でニール・セダカは超がつくほどの人気者になっていたはずなので、この言葉を入れたんだろうとは思いますが、間違いに気がついた人がどれだけいたんでしょう。

ところで、「ヴィーナス・イン・ブルー・ジーンズ」を最初に録音したのはジミー・クラントンだとずっと思っていましたが(ウィキペディアにもそう記載されています)、実はジミー・クラントンがリリースする2ヵ月前にこちらのBruce Brunoというシンガーが録音していました。ただしこちらは全くヒットしていません。



なんだかしょぼい感じがしますね。ただ、よく見たらこちらのレーベルにはきちんとジャック・ケラーとクレジットされています。なんでジミー・クラントンのときに間違えたんでしょうか。

それから日本盤の邦題がなんだか笑えます。
「ブルー・ジーン・ビーナス」

ジーンズではなくジーンなんですね。
これだと二股に分かれていないジーンズをはいている(?)ビーナス、あるいはデニム製のビーナスということになっちゃいますね。英語のタイトル通りか、または「ブルージーンズをはいたビーナス」にすればよかったのに。といいつつ、ジーンズということばが当時はまだ一般的ではなかったのかもしれません。
裏ジャケに載っている歌詞カードの対訳には「彼女は青いジーパンをはいたビーナスだ」との言葉。タイトルが「青いジーパンをはいたビーナス」となるといくらなんでもダサいですね。まだ「ブルー・ジーン・ビーナス」のほうがましです。

ところで歌詞カードを見てちょっと驚いたことがありました。
実はこの歌詞、ジミー・クラントンが歌っているものと2か所ほど違っているのがわかったんですね。
オリジナルには歌詞カードがないので、では、聴き取りかというと、明らかに聴き取り間違いとは違う単語が置かれているんですね。
で、先程のBruce Brunoというシンガーが歌ったものを聴いたらジミー・クラントンが歌ったものと全く同じであることがわかりました。

ちなみにネットで調べたら(ネットの歌詞もいい加減なのが結構ありますが)ジミー・クラントンが歌ったものと同じ。
これがジミー・クラントンが歌っている歌詞。

She's Venus in blue jeans
Mona Lisa with a ponytail
She's a walkin' talkin' work of art
She's the girl who stole my heart

My Venus in blue jeans
Is the Cinderella I adore
She's my very special angel too
A fairy tale come true

They say there's seven wonders in the world
But what they say is out of date
There's more than seven wonders in the world
I just met number eight

My Venus in blue jeans
Is ev'rything I hoped she'd be
A teenage goddess from above
And she belongs to me

僕が手に入れた歌詞カードに載っている歌詞と異なるのは赤字の部分。
「I adore」の部分が「of my heart」、「more than」の部分が「no more」となっています。
そういえばと思って、例のバリー・マンが歌ったデモ・バージョンを聴いてみたら、これが驚いたことに歌詞カードに記載されているものと全く同じ。
これですね。



推測してみるに、日本でシングルを出す際に、歌詞を送ってもらえないかと頼んだら、デモ用に書いていたものがあったので、そちらが送られてきたんでしょうね。聴き取りで書いたと思われるものに比べて歌詞がとても正確なのはそのためだろうと思います。

ということで、いろんな発見があった「ヴィーナス・イン・ブルー・ジーンズ」。一応歌詞の対訳を載せておきます。歌詞カードの対訳はかなりいいかげんだったので、ジミー・クラントンが歌ったバージョンの歌詞を訳しました。

彼女はブルージーンズをはいたヴィーナス
ポニーテイルをしたモナリザ
歩いたり話したりする芸術作品
彼女は僕の心を盗んだ少女

ブルージーンズをはいたヴィーナスは
僕のあこがれのシンデレラ
彼女は僕の特別な天使
おとぎ話が本当になったんだ

世界には7つの不思議があると言われているけれど
どれも時代遅れのものばかり
世界には7つよりも多く不思議が存在している
僕は8番目の不思議にまさに出会ったんだ

ブルージーンズをはいたヴィーナスは
僕が願っていた通りの
天からやって来た十代の女神
そして彼女は僕のもの

そして最後にジミー・クラントンの「ヴィーナス・イン・ブルー・ジーンズ」を。


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by hinaseno | 2016-07-28 14:23 | ナイアガラ | Comments(0)

クリフ・リチャードの「バチェラー・ボーイ(Bachelor Boy) / ネクスト・タイム(The Next Time)」の日本盤のシングルを手に入れて気になったこと。
「ネクスト・タイム」はずっとB面の曲だと理解していましたが、どうやらそうではなさそう。

ネットでオリジナル盤を調べてみたらA面が「The Next Time」と書かれているのをいくつも発見。ピクチャースリーブには日本盤とは逆に「The Next Time」が「Bachelor Boy」の上に記載されています。
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他の国で出ているものも同じ。
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これは横並びに記載されていますが、先に記されているのはやはり「The Next Time」。
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日本盤だけが逆になっているんですね。ただしレコード盤を見ると、そこにはA面とかB面を表す文字はどこにもありません。

どうやらこのシングルはもともと両A面のシングルとして出たようです。だから、「The Next Time」の文字も「Bachelor Boy」の文字も同じサイズで記載されているんですね。でも、便宜上「The Next Time」をA面扱いしていた。
で、日本盤はそれを逆にして「Bachelor Boy」のほうをA面扱いに。文字のサイズは同じにしていますね。

ただ、たぶん当時の人は両A面なんて知らないので、上に書かれているのをA面、下に書かれているのをB面と考えても仕方ないですね。

僕も両A面のレコードというのを初めて見たときには驚いたことがあります。そういえば、昨日紹介した大瀧さんの最後のアナログ・シングル「フィヨルドの少女 / バチェラー・ガール」は両A面と理解していましたが、レコード盤を見たら「フィヨルドの少女」がSIDE 1、「バチェラー・ガール」がSIDE 2となっていました。
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by hinaseno | 2016-07-27 10:31 | 音楽 | Comments(0)

クリフ・リチャードの「ネクスト・タイム(The Next Time)」の”A面”は「バチェラー・ボーイ(Bachelor Boy)」。実は聴くのは初めて。クリフとブルース・ウェルチが共作したなかなか軽快な曲。でも、曲としては”B面”のほうがはるかに優れています。



クリフ・リチャードの「バチェラー・ボーイ」の存在を知ったのは、大瀧さんの(稲垣潤一も歌った)「バチェラー・ガール(Bachelor Girl)」がらみの話。
最初「バチェラー・ボーイ」って変なタイトル、と思ってしまったのですが、実は言葉として不自然だったのは「バチェラー・ガール」の方。作詞家の松本隆さんが用意したその言葉に大瀧さんは戸惑います。もちろん大瀧さんはその言葉がクリフの曲のタイトルをもじったものであることはわかったはずですが、その言葉の不自然さに引っかかってしまったんですね。
大瀧さんはよく完全主義者だといわれますが、それは作品作りだけに限ったことではなく、できあがった作品でも何か引っかかることが生じてしまうと、それは出すべきではないと判断することがあって、「バチェラー・ガール」もあやうくお蔵入りしてしまうところでした。

「バチェラー・ガール」は『EACH TIME』のための曲として3曲目に作られた曲でした。ちなみに1曲目は「夏のペーパー・バック」。2曲目は例の渋谷陽一さんの番組でだけかかった曲(オケは完璧に出来たものの、歌を入れるメロディができなかったためにお蔵入り)。そして3曲目が「バチェラー・ガール」。



『EACH TIME』の30周年記念盤など、1曲目が「夏のペーパー・バック」、2曲目が「バチェラー・ガール」となっているのは単純に作った順番なんですね。でも、最初に出たLPでは「バチェラー・ガール」は収録されておらず、この日紹介した僕自身のための”秘密の”『EACH TIME』にも収録していません。

「バチェラー・ガール」に関しては、『レコード・コレクターズ』の2004年4月号に掲載されたインタビューで、大瀧さんはこんなことを語っていました。

(渋谷さんの番組でかけた曲に)続いて6日おいて「バチェラー・ガール」。シングル切るんならこれだなと思った。これ3曲目。でも、これが松本もシングルだから気を入れるってことで、なかなか詞が出来てこなかったんだけど、出来てきたら「バチェラー・ガール」という、クリフ・リチャードの「バチェラー・ボーイ」を比喩的に変えたんだろうけど、そういう言い方を聞いたことがないんだよ。それで外国人に訊いて回ったの。そしたら”バチェラー”は男性につく言葉だ、変だって皆に言われたわけ。譬えだからいいじゃない、という思いもあったけど今までの作品でここまで引っかかったもので出したのはないの。「バチェラー・ガール」はタイトルだからね。どっかにお墨付きがないと出せなかったの。84年3月の時点で出来上がってはいたんだけど、入れなかった。だからますます目玉のないアルバムになってしまった(笑)。2曲目でつまずいて、3曲目でもつまずいているんだよ。

で、「バチェラー・ガール」を収録することなく『EACH TIME』を発売。大瀧さんのインタビューはこう続きます。

『EACH TIME』が出てからも「バチェラー・ガール」を調べてた。それで4月くらいかな、40年代のハリウッド映画を調べていたら『バチェラー・マザー』というのが出てきた。30年代の映画。バチェラーって男性をあらわす言葉にしかつかないって言われてたけれど。これなら、比喩として「バチェラー・ガール」としてつけたって言い返せると。これは大丈夫だと思ったわけよ。それでようやく晴れて自分の中のラインナップに「バチェラー・ガール」が入ってきて。それでそのころ中央高速を「バチェラー・ガール」を聴きながら走っていたら突然、稲垣潤一の声で聞こえてきたのよ。これは稲垣にいいだろうと思って、車から出版社に電話した。親近感持っていたしね、彼には。

もちろん当時、こんな裏話を知るわけはありません。稲垣潤一の曲が出たときには当然、稲垣潤一のために大瀧さんが新曲を書き下ろしたものと思っていました。この前にはラッツ&スターのために「Tシャツに口紅」を、この後には小林旭のために「熱き心に」をかいています。
ちなみに大瀧さんが稲垣潤一に対して「親近感持っていた」というのは、彼が東北出身であること、そして鼻音を使って歌うことが理由だったはず。

『EACH TIME』が発売されてから1年半を過ぎた1985年11月に「バチェラー・ガール」が「フィヨルドの少女」のB面に入ったシングルが発売されます。もちろん発売されてすぐに買いました。
僕がリアルタイムで買った最初で最後の大瀧さんのシングルですね。このときにはようやく大瀧さんの新曲をリアルタイムで聴けるんだと大喜びでした。ただし、B面はセルフカバーなんだなと少し考えました。実際には新曲でもセルフカバーでもなかったのですが、そんなことは知る由もありません。
このあたりのことについて大瀧さんはこんなコメント。

「熱き心に」の直前に「フィヨルドの少女」と「バチェラー・ガール」のシングルを出した。なぜかというとアナログ・シングルがなくなると聞かされまして。FUSSA45スタジオの男が、ファイナルだと言われたときに何かは出さざるを得ない。セルフカヴァーはしないことにしているんですが、「バチェラー・ガール」は稲垣で出てるけど実際にはカヴァーでなく先に録音されたオリジナルだし、B面だし、まあ許してもらえるだろうと。これがファイナル・アナログ・シングルだということで意図的にやったと。

そして翌年の夏に発売された『Complete EACH TIME』から「バチェラー・ガール」が基本的に「夏のペーパー・バック」のあとの2曲目の曲として入り続けることになります。

ということでクリフの「バチェラー・ボーイ」をようやく聴けたので、改めて大瀧さんの「バチェラー・ガール」という曲をめぐる数奇な運命をたどってみました。

ところで、「バチェラー・ガール」という言葉についてですが、ネットで調べてみると「バチェラー・ガール」のシングルを発売した3年後の1988年にオーストラリアで『Bachelor Girl』というテレビ映画が作られていることがわかりました。そして1990年にはカナダのジョージ・フォックスというカントリー歌手が「Bachelor Girl」という曲を歌ったほか、何人かのアーティストが「Bachelor Girl」というタイトルの曲を歌っています。もちろん大瀧さんの曲のカバーでもなく、どれも全部違った歌。さらに、1992年にはオーストラリアの男女のデュオがBachelor Girlという名のグループを結成して何枚かのアルバムを出しています。
これを見ると「バチェラー・ガール」という言葉は大瀧さんの曲が先鞭をつけた形になっていますね。
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by hinaseno | 2016-07-26 11:27 | ナイアガラ | Comments(0)

ひと夏をほぼ1曲、あるいは1枚のアルバムで過ごすことがあります。
今年もそういうことがあるかなと思っていたところ、昨日ちょっとした出来事が。

岡山市内の町を歩いたときのこと。
ふと気が向いて、めったに通らない道を歩いていたら、一軒の中古レコード店を発見。
といってもそこは昔、よく通っていた中古レコード店があった場所。もう何年も前にその店はなくなってしまって、そこを通ることもなくなってしまっていましたが、同じ場所に店の名前は違っているのに作りは昔のままの店があって驚いてしまう。
店内に入ってみたらカウンターの場所もそのまま。カウンターに座っていた人はもちろん知らない。たぶん。
よく通ってい頃に発売された、今はもうほとんどが廃盤になっているCDが未開封のままずらりと並んでいる。なんだか20年くらい前にタイムスリップした気持ちになってしまう。
レコードは昔ほど多くないけど、でも結構な量がある。レコード店に入ると必ずそうするように、まずジャズの棚をチェック。ずっと探していたトミー・フラナガンのLPがあって、ちょっとにっこり。値段も安い。
そして次にオールディーズの棚へ。あまり食指が動くものはないなと思っていたら、LPサイズのケースにシングル盤を入れたものが数枚置かれているのに気づく。
あまり期待はぜずに一枚ずつ確認。すると突然、見覚えのあるピクチャー・スリーブが眼に飛び込んでくる。日本盤のジャケットはよく知っていました。

クリフ・リチャードの「バチェラー・ボーイ/ネクスト・タイム」。

このシングルはネットのオークションサイトではよく見かけていたので、何度かポチしようかと思いながらやめていたのですが、まさかこんな形で出会うとは。4日早い大瀧さんの誕生日プレゼントなのかもしれません。こちらがもらうのもおかしいけど。ちなみに昨日は谷崎潤一郎の誕生日でもあります。

海をバックにした夏っぽい水色のピクチャースリーブの状態もレコードの盤質(赤盤ですね)も抜群。
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早速”B面”の「ネクスト・タイム」に針を落としました。すぐに3年前の夏の日々がよみがえってきます。もう二度と戻ってくることのない夏の風景が目の前に現われてきて、たまらなく切ない気持ちになってしまう。



このB面の「ネクスト・タイム」はここでも書いているように、3年前の夏に聴き続けた曲でした。最後にこう書いています。

僕にとってはクリフの「Next Time」は2013年の夏の思い出として(それを車の中で聴きながら目にした風景も含めて)記憶され続けることになるだろうと思います。

というわけで、そのシングルをずっとリピートしてこれを書いているのですが、「ネクスト・タイム」の動画を貼ろうとチェックしていたら、こんなリハーサル・テイクがあるのを発見。これが素晴らしすぎて腰が抜けそうになる。個人的にはこっちの方が好き。



iTunes Storeにこのバージョンがあったのでダウンロード。昨日買ったレコードはストップして今はこっちばかり聴いています。
この夏の1曲は、この「ネクスト・タイム」のリハーサル・テイクになるかもしれません。
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by hinaseno | 2016-07-25 12:28 | 音楽 | Comments(0)

下北沢で「ブルース」


今日はピンポンズさんは下北沢でライブ。
そのライブ特典としてもらえるのがこの3曲入りのCD。
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欲しい!
収録曲は1曲目が「みいはあのブルース」、2曲目が「五月」、3曲目が「二階の歌」。

このうち知っているのは先日のライブで披露された「五月」だけ。ピンポンズさんの誕生月である5月をテーマにした、吉田拓郎の「ペニーレインでバーボン」タイプのなかなかかっこいい曲です。サビの部分で確か「僕のターン!」と、やや照れくさそうにシャウトしていました。この特典CDのタイトルとして使われている「私のターン」というのは、そこからとられているんでしょうね。

他の2曲のうち、特に気になるのは1曲目の「みいはあのブルース」。このCDのジャケットにも70年代の吉田拓郎へのリスペクトが表れているように、「フォーク」をカムバックさせる試みをされているピンポンズさんがブルース!? 

ライブをする「下北沢」で「ブルース」というとぴんとくる話がひとつあります。それは又吉直樹さんの『東京百景』の2つめに収録された「下北沢駅前の喧噪」というエッセイ。『東京百景』は僕が最初に読んだ又吉さんの本ですが、つかみとしてはこれ以上ない話でした。

ある夜、「僕」は下北沢の駅前である人と待ち合わせをしていたら、突然妙な中年男性に肩を組まれてこう言われる。
「一緒だな……同志」
戸惑った「僕」が「えっ」と声を出すと男はさらにこう言う。
「見りゃ解るよ……お前もやってんだろ!」
「僕」は当然「薬物」のことを考える。でも、それはやっていない。で、男に「何をですか?」と訊ねる。すると男は突然叫ぶ。
「ブルース!」

怖いですね。
このあと男としばらくの間ブルースをめぐる話が続く。
ようやく待ち合わせをしていた人がやってきたので、男から離れて商店街の方に歩みを進める。しばらく歩いてから後ろを振り返ると雑沓の切れ目に小さく男の姿が見える。
次の瞬間、男は真っ直ぐな眼で「僕」をとらえて大声で叫ぶ。
「ブルース!」

このブルースのおじさんは実在しているようで、ピンポンズさんもこの男に話しかけられたことがあるそうです。
このおじさん、話しかける相手を選んでいるんでしょうか?
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by hinaseno | 2016-07-23 10:30 | 音楽 | Comments(0)

昨日はブログをアップしようとしたものの、ブログのサイトにアクセスできない状態が続いたために(ときどきあるけど昨日はひどかったな)、結局アップできなかったので、今日は2日分のやや長い話を。

昨夜は東京で世田谷ピンポンズさんとピースの又吉直樹さんとのトーク&ライブイベントがあったんですね。会場にはすごい数の人が来ていたのではないかと思います。やはり若い女性が多かったのかな。
新しいアルバムから「早春」とか「鳴るは風鈴」とか歌ったんでしょうか。歌うときにはきっと小山清や木山捷平の話もしたはず。イベントに参加した彼ら、彼女たちのうちのひとりでもふたりでも、ピンポンズさんの音楽とともに、小山清や木山捷平に関心をもってくれればと思います。

ところで又吉さんはピンポンズさんの新しいアルバム『僕は持て余した大きなそれを、』にこんな素晴らしいコメントを寄せられています。

すべてが、いつまでもそこにあるとは限らない現実のなかで、僕達はいつでも世界に放り出されながら拠り所を探している。
『僕は持て余した大きなそれを、』には、やるせなさと優しさが混在していて、いつまでも聴いていたくなる。
喪失と共に、欠落と共に生きていく覚悟が見せてくれる風景があって、その風景に救われる人がいる。
僕も、そんな風景を心の支えにしている一人です。
誰かが、持て余した大きなそれは、たとえば、何かに取り残された、その誰か自身なのかもしれません。
又吉直樹(ピース)


「喪失と共に、欠落と共に生きていく覚悟が見せてくれる風景があって、その風景に救われる人がいる。僕も、そんな風景を心の支えにしている一人です」と書いていますが、僕ももちろんそんな人間の一人。
こんな風景を描いた作品といえるのが「鳴るは風鈴」といえるかもしれません。

その「鳴るは風鈴」の話の前に、ちょっと別の話を。

世田谷ピンポンズさんの新作がおひさまゆうびん舎に入荷したときに、店主の窪田さんから大興奮の言葉とともに写真付きのメールが送られてきたんですが、その興奮ぶりが半端ではなく、特に歌詞カードのことで何か言いたがっていたので、とりあえずは内緒にと願いをしました。

その歌詞カード。
店で開封しようかと思いながら、結局店を出て車にCDをセットして4曲くらい聴いたあたりで立ち寄ったカフェで開封。歌詞カードを取り出したらだれもがはっとしただろうと思います。
まず目が合ったのは赤い髪をした女の子。女の子と言ったのは彼女がセーラー服を着ているから。何かを訴えかけるような瞳。
そしてその下にはもう一枚の絵。そこに描かれていたのは青い髪をした”女の子”。もちろん女の子と判断するのは彼女もセーラー服を着ているから。彼女は赤い髪の女の子とはちがって横を向き、そして少しだけうつむいています。
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この日のブログで僕は青い髪をしたのは男の子と書きましたが、どういうことなんだろう。もちろん歌詞カードの二人の女の子がジャケットの絵と同一人物とは限らないけど。
いったいこの二人はどんな関係なんだろうとか、いろんなことを考えさせられてしまいます。でも、本当に素敵な絵。輪佳さんらしい抒情あふれた絵です。特に赤い髪をした女の子の方は半折にした状態の絵がそのままジャケットに使えそうです。

この2枚の絵の裏には歌詞が記されています。赤い髪をした女の子の裏には1曲目から4曲目までの歌詞、そして青い髪をした女の子の裏には5曲目から8曲目までの歌詞。これを1枚にするのではなく2枚にしたということで、気持ち的にはA面とB面のようなレコード世代に育った人間にとっては大切な分かれ目ができました。

というわけで「鳴るは風鈴」はB面の1曲目。このアルバムで(今のところ)いちばん好きなのはやはりA面1曲目の「早春」、そして2番目に好きなのがこの「鳴るは風鈴」。曲もいいですが、夏の風景を描いた詞も素晴らしいです。特に最後の部分。

風が吹く ふいに鳴るは風鈴
夜が明けて静かな町
あなたがいた小さな町
あなたが生きた小さな町
あなたが生き抜いた生き抜いた小さな町に
私ひとり

この曲は前回のライブで歌われたときに紹介された通り、亡くなったお祖父さんのことを歌ったもの。でも、この「あなた」は聴く人にとっては失った愛するだれかと置き換えることもできそうです。

ところで、何度も書いているように「鳴るは風鈴」というタイトルは木山捷平の短篇小説のタイトルからとられています。現在出ている講談社文芸文庫の「木山捷平ユーモア小説選」のタイトルにもなっています。
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ただタイトルは同じでも物語の中身は全く違います。
ピンポンズさんの曲の風鈴を鳴らすのは「風」。このアルバムのキーワードですね。
でも、木山捷平の小説の方の風鈴を鳴らすのは風ではありません。はっきり言って下ネタです。ただし木山さんらしい、ユーモアと優しさと愛に溢れた下ネタです。

話がもうひとつ脱線しますが、ときどき聴いている小川洋子さんの「メロディアス ライブラリー」という番組で数年前に木山さんの「鳴るは風鈴」という作品が取り上げられたことがあるのですが、そのときにかかった音楽が何だっけと調べてみたら、星野源の曲でした。
ああ、星野源!

小川さんの番組でかかったのはこの「くだらないの中に」という曲。いい曲ですね。



当時僕はこの曲のことも星野源というミュージシャンのことも全く知らなかったのですが、最近のはっぴいえんどや細野さん関係の番組で必ずこの人が出てきて興味を持つようになりました。
それからもうひとつ、例の平川克美さんの『言葉が鍛えられる場所』がきっかけで、ときどきチェックするようになったアマゾンの「は行の著者の売れ行きランキング」に、星野道夫の『旅をする木』と平川克美さんの『言葉が鍛えられる場所』とともに星野源の『そして生活はつづく』という本が並んでいたんですね。
ああ、エッセイも書く人なんだと思いました。星野という名前もいいですしね。

タワーレコード渋谷店では星野源の写真の横にピンポンズさんの『僕は持て余した大きなそれを、』を並べているという報告もピンポンズさんがしていました。これはピンポンズさんがツイートしていた写真。
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というわけで、次に小川洋子(木山と同じく岡山出身の作家)さんが木山捷平の作品を取り上げたときには、ぜひピンポンズさんの曲をかけてほしいです。小川さん、気がついてくれるかな。
考えたら小川洋子さんについて書こうと思っている話もお蔵入りしかけています。
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by hinaseno | 2016-07-22 11:59 | 音楽 | Comments(0)

おひさまゆうびん舎の店内に入ると、当然のように世田谷ピンポンズさんの曲が流れていました。もちろんニューアルバム『僕は持て余した大きなそれを、』。

実は僕は新しいアルバムを買いにレコード(CD)ショップに行ったときに、それが店で流れているのがわかるとすぐに店を出て、かかり終わった頃をみはからって再び店に行ってお目当てのレコード(CD)を買うということをしていました。家できちんと1曲目から聴きたいため。
でも、おひさまではそういうことはしません。仮に店を出て戻ってきてもやっぱりピンポンズさんのそのアルバムがかかり続けていることはわかっていましたし、ピンポンズさんの曲を聴く場所としてはおひさまほどふさわしいところはないと思っているので。
こんなことを言ってはあれですが、おひさまでかかっているのを聴いていいなと思って家に帰って聴いてみたら「あれっ?」って思った人はたくさんいるだろうと思います。

というわけでピンポンズさんの曲を半分耳に入れつつ、店主の窪田さんといろいろと話。途中で常連さんがいらっしゃったのですが、この方が星野道夫のファンで、なんと昔、講演を聴きにいって星野道夫と握手をしたというのを聞いてびっくり仰天。その方はkomikiという名前でガラス製品などを作られているということなので、たまたまその日おひさまに納品されたくじらの絵の入ったガラスコップをいただいてきました。彼女は星野道夫の言葉を思い浮かべながらそれを作られているとのこと。うれしい出会いでした。

その常連さんや窪田さんと話していたときに、4、5歳くらいのかわいらしい姉妹がやってきて、僕の側の椅子に二人並んで熱心に絵本を読みはじめました。店内にはピンポンズさんの音楽。熱心に絵本を読む幼い姉妹。いかにもおひさまゆうびん舎らしい素敵な風景です。彼女たちにとって、ピンポンズさんの音楽はちっともじゃまにはなっていないようでした。

おひさまゆうびん舎で話をしながらもずっと耳に入れていたピンポンズさんの曲で、ちょっと、おっと思った曲があったのでタイトルを聴いたら「歌子ちゃん」という曲でした。

ところで、そのおひさまゆうびん舎で今日から始まっているのが益田ミリさんの原画展。益田ミリさんはこの日のブログなど何度か紹介したミシマ社のミシマガジン(今は中断していますが内田樹先生や平川克美さんも連載されていました)で「今日の人生」というのを連載されているのを読んで以来ファンになって、毎月月末にアップされるのを楽しみにしている日々が続いています。

彼女のこと、一度紹介しようと思いながら、結局できないままでいたのですが、お蔵入りになった話の一つに彼女の『47都道府県 女ひとりで行ってみよう』というエッセイ集のことがありました。
彼女は岡山のどこにいっているんだろうかと開いてみたら、まず行ったのは倉敷。益田さん、ここでオジサンにナンパされかけています。次に岡山駅周辺。電車ですぐのところに住んでいる知人の家に行ったと書いているのできっと路面電車に乗ったんでしょうね。

で、3日目に行ったのが備前焼のふる里の伊部。
ところが、ミリさん、備前焼の店に入る勇気を持つことができなくて、情けない気持ちをかかえたまま近くにある書店に入ります。

「伊部の書店でわたしの『オンナの妄想人生』という本が2冊も並んでいて笑顔が戻る。売り上げに貢献したくなり、やまだないとさんのマンガを1冊買った」

これを読んで、すぐにこの書店に行って(2年くらい前だったっけ)、店の人に、この店のことが書かれていますよと言おうかと思ったけど、その勇気が持てなくて、でも、僕も売り上げに貢献しようと本を1冊買いました。買ったのは確か内田樹先生のインタビューが載っていた『TURNS』という雑誌。
当時ブログで益田ミリさんとこの書店のことを書くつもりでこの書店の写真も撮っていたのですが残念ながら見当たりません。また改めて。

ところでこの日のブログを書いていたときに窪田さんからビッグニュースが。
とってもうれしい話。でも、今はまだ書けません。
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by hinaseno | 2016-07-20 13:06 | 雑記 | Comments(0)

「答えは風の中」


世田谷ピンポンズさんのニューアルバム『僕は持て余した大きなそれを、』に収められた「カム・バック」という曲の話。

その前に、今日書くことも「ネタバレ」のようなことになるので、もしアルバムをまだ聴いていなくてこれから聴いてみようと思う人は、できたら何度かそれを聴いてみて自分なりの感想を持たれてからこれを読んでもらえたらと思います。
もちろんこれを読んで、「よし、では聴いてみよう」と思ってくれる方がいれば、それはそれでうれしいことだけど。

「カム・バック」はたった40秒の小品。アルバムの最後に収録されています。
もともと僕は小品好きで、「Small Songs About 1 minute」というタイトルを付けたプレイリストを作っているくらい。どれも愛すべき曲なんですね。
こういう曲はたいていアルバムの最初(例えばビーチ・ボーイズの「Meant For You」、あるいは大瀧さんの「おもい」)か最後(例えばビーチ・ボーイズの「And Your Dream Comes True」や大瀧さんの「愛餓を」、あるいはちょっとだけ長いけど佐野元春の「サンチャイルドは僕の友達」)に置かれています。
「カム・バック」は一聴してとてもきれいなメロディをもった曲だなと思いました。
ただ、アルバムを2回ほど通して聴いて、この曲に辿り着いたときに、あることが気になったんですね。

それは歌詞。ちょっと歌詞が聴き取れない部分があったんです。
ピンポンズさんの曲は基本的に歌詞はとても聴き取りやすい。テンポの速い字余りの曲であっても大抵は聴き取れます。でも、これは字余りでもないミディアム・テンポの曲なのに言葉が入ってこない部分がある。
じゃあ、歌詞カードを、と、でも、ちょっと待てよ、です。

聴き取れない歌詞をすぐに歌詞カードを見て確認してはいけない。

というのは大瀧さんから学んだこと。何度も何度も繰り返して耳で聴き取ることが大切で、かりに間違って聴き取ったとしても、そちらの方が大切だと。事実よりも真実ということですね。
というわけで、大瀧さんはあえて聴き取りにくいような歌詞を入れたり、意味の取りにくい語順に変えたり、あるいは単語の途中で譜割りをしたりして、あえて聴き取りづらくして、曲を何度も聴いてもらおうとしていました。歌詞カードをつけなかったアルバムまであります。

さて、「カム・バック」。

あの頃の君が帰ってきたね
あの頃の君はどうだろう

カム・バック
カム・バック

この後によく聴き取れない歌詞が出てきます(僕だけなんでしょうか?)。

最初の「ポトリと」と最後の「笑え」は聴き取れたけれど、その間がよくわからない。何度リピートして聴いても、意味につながる言葉が頭の中に浮かび上がってこない(最初は「コロッケ」って言葉があるのかと思いました)。
ということで、たった40秒の曲を何度も何度もリピート。でも、結局わからないまま家に辿り着いて歌詞カードを見ました。

ポトリと転げた箸で笑え

箸が転げても笑う、という言葉を言い換えていたんですね。聴き取れなかったのはくやしいけど、この言葉はすごくツボにはまりました。詩人ですね、ピンポンズさん。

このあと、「カム・バック カム・バック」と繰り返されたあと、こんな言葉で終わります。

答えは風の中だとしても

これはもちろんフォークの神様であるボブ・ディランの「風に吹かれて」の一節”The answer is blowin' in the wind”から来ているはず。

「答えは風の中」。
そういえば、このアルバムのキーワードは「風」といっていいのかもしれません。たぶん、このアルバムを聴いただれもが、あの瞬間の「風」という言葉に耳を留めただろうと思います。
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by hinaseno | 2016-07-19 12:16 | 音楽 | Comments(0)