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幻戯書房から待望の新刊、木山捷平の未刊行作品集『行列の尻っ尾』『暢気な電報』が発売されました。そして、結局映画館で観ることのできなかったブライアン・ウィルソンの自伝的映画『ラブ&マーシー 終わらないメロディー』のDVDも発売。それぞれ、また改めて感想などを書きたいと思います。

今日とりあげるのは昨年暮れに発売された(実際に発売されたのは11月始め。でも自宅に届いたのは12月半ば)ビーチ・ボーイズの『BEACH BOYS’ PARTY! UNCOVERD AND UNPLUGED』という2枚組のCDのこと。1965年の暮れに発売された『パーティ!』の50周年盤ですね。僕の「2015年の3枚」に入ったはずの1枚です。
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『パーティー!』は1965年の8月と9月にロサンゼルスのウェスタン・レコーダーズのスタジオで疑似パーティのようなものを開いて、ほとんど即興で演奏したものを収録したアルバム。今回発売されたCDには『パーティ!』には収録されなかった曲や別テイク、あるいは会話などをどっさりと収録しています。
『パーティ!』というアルバムをはじめて聞いたときには何ともイージーな感じがして、あまり好きではなかったというのが正直な話。でも、ある頃からじわじわと好きになってきました。次作である『ペットサウンズ』が緊張感みなぎっているのに対して、『パーティ!』はメンバーのみんなが心から楽しんでいるのが伝わってきて、そのくつろいだ雰囲気というのが何ともいいんですね。だからといっていい加減にやっているかというと、そこは最高の時期のビーチ・ボーイズ。即興でも見事なハーモニーを聴かせてくれます。特にブライアンとマイク・ラブによるエヴァリー・ブラザーズの「Devoted To You」のカバーは最高に素晴らしい。



今回、未発表音源をいろいろ聴いてみて改めてビーチ・ボーイズというグループやブライアン・ウィルソンという人のすごさを知るとともに、ますますビーチ・ボーイズのことが好きになってしまいました。ってことで、僕のCDのターンテーブルにはずっとこのCDが載ったまま。
ところで、村上春樹も以前何かでこの『パーティー!』がとても好きだと書いていたことがあったので、今頃はこの『BEACH BOYS’ PARTY! UNCOVERD AND UNPLUGED』の未発表音源を聴きつつ、木山捷平の未刊行作品集を読んでにこにこしているところかもしれません。こういうことをやっているのは村上さんと僕くらいだろうなと秘かに考えています。

さて、このCD、収録されている曲のほとんどはカバー。ビートルズの曲が4曲、ボブ・ディランの曲が3曲もカバーされていることが注目されるのかもしれませんが、今回、一番驚いたのはリーバー&ストーラーの曲が4曲もカバーされていたこと。ドリフターズやディオンに歌われた「Ruby Baby」、コースターズの前身のロビンズに歌われた「Riot In Cell Block No. 9」と「Smokey Joe's Café」、そしてコースターズの「One Kiss Led To Another」。いずれも正式な『パーティ!』には収録されていない曲ばかり。
プロデューサーであるブライアンはやはりリーバー&ストーラーが相当お気に入りだったようです。ここ数年、僕自身の中でもリーバー&ストーラーに対する評価がどんどん高まっていたので、これは本当にうれしい発見でした。

でも、今回のアルバムで一番のお気に入りはdisc 2の19曲目、CDでは「Dialog: Tune It Like This」と題されているものでした。もちろん未発表音源。
ブライアンのカールあるいはアルに対してのギター・コードの指示から始まります。
「BフラットからGマイナーに行って...」

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by hinaseno | 2016-01-31 15:34 | 音楽 | Comments(0)

Reconsidering The Parade (3)


「ゴー!ゴー!ナイアガラ」でかかったロジャー・ニコルズ&スモール・サークル・オブ・フレンズの曲は2曲。いずれも「さわやかサウンド特集」でかかっています。1つは先日紹介した「Kinda Wasted Without You」、パレードの3人が作った曲ですね。そしてもう1つが「I Can See Only You」。
ロジャー・ニコルズといえばポール・ウィリアムズとのコンビが有名ですが『ロジャー・ニコルズ&スモール・サークル・オブ・フレンズ』のアルバムには彼らのコンビの曲は1曲もありません。アルバムは全部で12曲収録されていて、このうちロジャー・ニコルズが曲を書いたのは5曲。うち4曲はあの『ペット・サウンズ』でブライアン・ウィルソンの曲に詞をつけたトニー・アッシャーとの共作。唯一の例外が「I Can See Only You」で、その共作者がパレードのスモーキー・ロバーズと第4のパレードであるスチュアート・マーゴリン。
つまり大瀧さんが「ゴー!ゴー!ナイアガラ」でかけたロジャー・ニコルズ&スモール・サークル・オブ・フレンズの曲はいずれもパレードと関係の深い曲ばかりでした。

「I Can See Only You」はCapo1でコードを確認してみましたが、イントロで繰り返されるFmaj7とCmaj7の繰り返しはたまらないですね。で、曲が始まる直前での転調も素晴らしすぎます。
曲が始まってからもメジャー・セブンス・コードを多用していることから、まちがいなく曲を書いたのはロジャー・ニコルズですね。スモーキー・ロバーズとスチュアート・マーゴリンが詞を書いたことは間違いがありません。
ロジャー・ニコルズとスモーキー・ロバーズは一時期、共同生活をしながら曲を書いていたようで、例えばヴォーグスの「Just What I've Been Looking For」、あるいはマリアン・ラヴや後に再結成されたロジャー・ニコルズ&スモール・サークル・オブ・フレンズによっても歌われた「Watching you」はこのコンビの曲。いすれも素晴らしい曲ですね。特に「Watching you」は数あるロジャー・ニコルズが書いた曲で5本の指には入る大好きな曲。

パレードの「I Can See Love」という曲で詞を書いたのはスモーキー・ロバーツのはず。つまり彼はほぼ同時期に2つの「I Can See...」というタイトルの曲の詞を書いていたわけです。しかも曲中での歌詞は「Now I Can See...」。このあたり、偶然なのか、あるいは何らかの意図があったのか。

ところでスモーキー・ロバーズはフレディ・アレンという名でカーペンターズで有名な「We've Only Just Begun」を歌っていました。こちらがオリジナルなんですね。曲はロジャー・ニコルズとポール・ウィリアムズのコンビ。
この声やジェリー・リオペルの声を聞くと、パレードのあの爽やかな声の中心にいたのはマレイ・マクレオドなんだなと改めて思います(ジェリー・リオペル作曲の「A.C./D.C.」や「Laughin' Lady」はたぶんジェリー・リオペルがリード・ボーカルのはず)。ロジャー・ニコルズ&スモール・サークル・オブ・フレンズもやはりマクレオド兄妹のあの声があってこそですね。

ということで、今回、パレードの曲を聞き返して、マレイ・マクレオドという人の作曲能力とボーカリストとしての素晴らしさに気づかせれることになりました。
最後におそらくはそのマレイ・マクレオドが作曲したはずの「How Can I Thank You」という曲を。歌っているのはゲイリー・ルイス&プレイボーイズ。歌詞はやはりスモーキー・ロバーツが中心に書いたはず。「Now I Can...」ではなく「How Can I…」。彼は大瀧さんと同じく「ア」行の響きが好きだったのかもしれません。「Sunshine Girl」も「ア」行で始まるフレーズが多いですね。


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by hinaseno | 2016-01-29 12:57 | 音楽 | Comments(0)

Reconsidering The Parade (2)


パレードとロジャー・ニコルズ&スモール・サークル・オブ・フレンズ。
つながりのあるこの二つのグループの曲で、今ずっと聴き続けているのが、パレードの「I Can See Love」とロジャー・ニコルズ&スモール・サークル・オブ・フレンズの「I Can See Only You」。





いずれも1968年の初頭にA&Mというレーベルからシングルが発売された曲。タイトルも「I Can See」までが共通しています。ちなみに3万曲くらい入っている僕のiTunesの曲で「I Can See...」とタイトルがつくのはこの2曲だけ。
この2曲は「ゴー!ゴー!ナイアガラ」でもかかっていて、パレードの「I Can See Love」は2度かかっています。
1度目は1976年2月10日放送されたはじめての「御葉書特集」。でも前にも紹介したようにこの日は実質的には最初の「さわやかサウンド特集」。2度目は同じ年の8月23日に放送された正式な「さわやかサウンド特集」の1回目。
ちなみに実質的な「さわやかサウンド特集」は全部で4回あって、4回とも曲がかかっているのはパレードとアソシエーションだけ。大瀧さんがいかにパレード好きだったかがわかります。とりわけ「I Can See Love」という曲を。

パレードのメンバーはジェリー・リオペルとマレイ・マクレオドとスモーキー・ロバーズの3人。昨日紹介した写真に写っている3人ですね。「Sunshine Girl」はこの3人の共作。そのB面の「This Old Melody」はこの3人にスチュアート・マーゴリンという人が加わっています。このスチュアート・マーゴリンは4人めのパレードというべき人。
「Sunshine Girl」の続編的な2枚目のシングル「Welcome, You're In Love」(いい曲です)はジェリー・リオペルとマレイ・マクレオドとスチュアート・マーゴリンの3人の共作。
そして「Sunshine Girl」とともにパレードの代表曲のひとつで、「ゴー!ゴー!ナイアガラ」でかかった「The Radio Song」も同じ3人の共作。



で、そのB面の曲が「I Can See Love」でした(といいつつ、ネットで調べたらこちらがA面という記載もありました。どうなんでしょう。でも、大瀧さんは「The Radio Song」のB面と紹介していました。「The Radio Song」の方がA面っぽいですね)。「I Can See Love」という曲を書いたのはマレイ・マクレオドとスモーキー・ロバーズともうひとりヘンリー・キャップスという人。この3人は「She Sleeps Alone」という曲も共作しています。
興味深いのは「I Can See Love」のアレンジャー。フィル・スペクターだけでなくスナッフ・ギャレットのリバティ・サウンドの音作りには欠かせないレオン・ラッセルなんでした。パレードの曲でアレンジャーが記載されているのはこの曲だけ。

パレードというグループ、メンバーの中心はいうまでもなくジェリー・リオペル。パレードの曲はすべて彼のプロデュースでした。ジェリー・リオペルはあのフィル・スペクターのもとで弟子のような仕事をしていました。ということで、例のレッキング・クルーの人たちともつながりを持っていたのでレオン・ラッセルにアレンジを頼むことができたんだろうと思います。
こういうつながりも大瀧さんにとっては重要な意味を持っていました。
2008年にNow Soundsというレーベルから出たパレードのCDの解説を読むと、パレードの曲は基本的にはマレイ・マクレオドとジェリー・リオペルが作曲を担当してスモーキー・ロバーズが作詞を担当していたようです。ただ、ジェリー・リオペルとスモーキー・ロバーズが共作した曲とマレイ・マクレオドとスモーキー・ロバーズが共作した曲とを聴き比べると、明らかに後者の方がポップでメロディック。
実はこの2人はパレードの前から曲作りをいっしょにしていて、たとえばモンキーズに入る前のデイヴィ・ジョーンズにも書いていました。
この「This Bouquet」はいかにもパレードっぽいポップな曲ですね。



ジェリー・リオペルとマレイ・マクレオドとスモーキー・ロバーズの3人が共作した「Sunshine Girl」も、作曲のかなりの部分はマレイ・マクレオドの手によるものではないかという気がします。

マレイ・マクレオドはパレードの後、俳優として活躍しているのですが(スモーキー・ロバーズとスチュアート・マーゴリンも。特にスモーキー・ロバーズはあの『猿の惑星』で猿を演じています)、彼が出演した番組でなんとギターを演奏しているシーンがYouTubeにありました。



向かって右側がマレイ・マクレオド。どうやらパレードやロジャ・ニコ直後くらいの映像。顔もヘアー・スタイルもパレードやロジャ・ニコのジャケットに映っているのと変わりありません。
それにしても、かなり難しいギターコードを難なく弾きこなしていますね。左で弾いている人との差は歴然。マレイ・マクレオドが優れたミュージシャンであったことがよくわかりますね。
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by hinaseno | 2016-01-26 21:17 | 音楽 | Comments(0)

Reconsidering The Parade (1)


パレードというグループのことを考える日々。
ロジャー・ニコルズ&スモール・サークル・オブ・フレンズのファン(信者)であるならばパレードというグループを知らないはずがないだろうと思います。ロジャー・ニコルズ&スモール・サークル・オブ・フレンズのメンバーの一人であるマレイ・マクレオドが在籍していたグループ。といってもライブなどは一度もしたことがない、実態があるようなないようなグループですね。一応、3人の写真は撮られていますが。
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左からジェリー・リオペル、マレイ・マクレオド、そしてスモーキー・ロバーズ。
ちなみにロジャー・ニコルズ&スモール・サークル・オブ・フレンズというのはロジャー・ニコルズとマレイ・マクレオド、そしてマレイの妹の3人からなるグループでした。
彼らのアルバムが日本で世界初CD化され奇跡のように騒がれて、ロジャー・ニコルズは渋谷系のシンボルのようになって、ロジャー・ニコルズのかいた曲を血眼になって探す人々があちこちに登場したわけです。もちろん僕もそれなりに。でも、今、ウィキペディアで「ロジャー・ニコルズ」を見るとなんともあっさりしたもの。まあ、「一部」の人たちが熱狂していただけだったということ。
で、その「一部」の人たちの盛り上がりの中で、企画はされたけれども実現はしなかったパレードというグループのアルバムがやはり世界初でCD化されたんですね。解説を書かれていたのは長門芳郎さん。その解説の中には大瀧さんのことが書かれていました。でも、その後、未発表曲をいっぱい収めたCDを買ったためにそのCDを手放してしまった...ってことは昔書きましたね。
解説で長門さんはたぶんこんなことを書かれていたはず。
「パレードという素晴らしいグループの曲を僕の耳に届けてくれたのは大瀧詠一さんの『ゴー!ゴー!ナイアガラ』だった」と。

「ゴー!ゴー!ナイアガラ」でロジャー・ニコルズ&スモール・サークル・オブ・フレンズの曲のかかった日の放送を聴いてわかったのは、大瀧さんはロジャー・ニコルズよりもパレードの方が好きだったということ。一般的(ごく一部の人たちですが)にはパレードはロジャー・ニコルズ&スモール・サークル・オブ・フレンズのメンバーのひとりがいたグループということになりますが、大瀧さんにとっては逆。ロジャー・ニコルズ&スモール・サークル・オブ・フレンズはパレードにいたメンバーが入っていて、パレードのメンバーが作った曲を歌ったグループという位置づけなんですね。

ちなみにロジャー・ニコルズ&スモール・サークル・オブ・フレンズの曲がかかったのは2回。最初が1977年8月15日に放送された「さわやかサウンド特集」。
ここでかかったのが前回紹介した「Kinda Wasted Without You」。



この曲を書いたのはロジャー・ニコルズではなくてパレードの3人。ジェリー・リオペル、マレイ・マクレオド、スモーキー・ロバーズ。もともとはパレードによって録音されていた曲でした。



この日の放送ではこの次に同じ3人によって書かれたパレードの「Sunshine Girl」がかかります。



この「Sunshine Girl」を下敷きにして大瀧さんは1979年のサイダーのCM用に曲を書きます。「透明ガール」といわれるものですね。この曲を『Niagara CM Special Vol.1 3rd Issue』で初めて聴いたときには本当にびっくりでした。
でも、この「透明ガール」はボツに。でも(が続きますが)、そこで作り上げたサウンドが「君は天然色」につながっていくんですね。「透明ガール」が「天然色の少女(カラーガール)」になって。
パレードの「Sunshine Girl」がなければ『ロンバケ』は生まれなかったわけです。
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by hinaseno | 2016-01-23 13:15 | 音楽 | Comments(0)

先日、2015年の「今年の3枚」の話をしたときに、こんなことを書きました。

聴いたのは新春になったけど、最後の最後にずっと楽しみにしていた”あのアルバム”が4年ぶりに出ました。年始はこればっかり聴いていました。

そのアルバムというのはこのCDのこと。
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『これからの人生。 選曲・小西康陽』。
ハイファイ・レコードの年末恒例のプレゼントである『これからの人生。』はここ3年はハイファイ・レコードのスタッフが選曲したものになっていましましたが、4年ぶりに小西さん選曲(もちろんナレーションも)のものが出たんですね。これに気がついたのはちょうどハイファイが年末最後の営業日の夜。ということで聴くことができたのは2016年の新春ということになりました。その間、どのレコードにしようかとあれこれ考える日々が続きました。手に入れたレコードについてはまた後日。

さて、ひさしぶりに聴く小西さん選曲の『これからの人生。』は、今まで通り、バカラックやロジャー・ニコルズやレノン=マッカートニーの作品のめずらしいカバーがいくつも聴くことができました。
いちばんびっくりしたのはバリー・マンの自作自演の曲。これは秘密にしておきます。まさかあの曲を自分で歌っていたとは、でした。
いちばんよかったのはリンダ・カーという女性シンガーが歌った「If You Must Leave My Life」。



作曲はジミー・ウェブ。オリジナルはたぶんリチャード・ハリスが歌ったものだと思いますが、リンダ・カバーのカバーは素晴らしいの一語。この曲の魅力を新たに発見しました。
てことで、この曲の聴き比べをいくつかしているとき、YouTubeでリンダ・カーの音源を探していたらRoslyn Kindという女性シンガーが歌ったものを見つけました。
声量がないのが気になりますが、これもなかなかいいです。



「If You Must Leave My Life」というとこのAl Martinoというシンガーも『Wake Up To Me Gentle』というアルバムでカバーしています。このアルバムはいい曲をカバーしていて僕もレコードを持っていますが、その中のこの「I Can See Only You」もかかりました。



『ロジャー・ニコルズ&スモール・サークル・オブ・フレンズ』に収められた本当に美しい曲。Al Martinoが歌ったものよりも、やっぱりこちらの方がいいですね。



この曲、「ゴー!ゴー!ナイアガラ」でもかかっています。ロジャー・ニコルズのアルバムの中ではかなり地味な曲なのでちょっと意外でした。きっと大瀧さん、この曲好きなんでしょうね。

そういえば小西さんがロジャー・ニコルズのことを知ったのも「ゴー!ゴー!ナイアガラ」。1977年8月15日の放送でかかった「Kinda Wasted Without You」がきっかけだったようです。その頃小西さんは浪人していたときだったかな。浪人という暗い日々を「ゴー!ゴー!ナイアガラ」が助けていたわけです。
そういえば「ゴー!ゴー!ナイアガラ」のリスナーには浪人生が多くて、”ナイアガラ浪人サークル”なんてものが結成されていたようです。会長もいたんですね。

『ロジャー・ニコルズ&スモール・サークル・オブ・フレンズ』が日本ではじめて(世界初でもあったはず)CD化されたときに、その解説を書かれていたのが小西さん。冒頭でこんなことを書いていました。

できるなら朝妻一郎氏か長門芳郎氏、あるいはあの幻の名番組『ゴー・ゴー・ナイアガラ』でこの素晴らしいグループをはじめてぼくの耳に届けて下さった大瀧詠一氏のように、ポップスの全てを知り尽くした大先輩による「スモール・サークル・オブ・フレンズ物語」を読ませていただく側にまわりたいほどですが、今回はとりあえずぼくの覚え書きを付録として、このアメリカン・ポップスの知られざる大傑作をお楽しみください。

この解説を読んでいた頃、まさかその”幻の”「ゴー!ゴー!ナイアガラ」のロジャー・ニコルズの曲がかかった日の放送が聴けるようになるとは思ってもみませんでした。
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by hinaseno | 2016-01-20 14:31 | 音楽 | Comments(0)

ノーブレス・オブリッジ


シャーリー・テンプルの出演しているジョン・フォードの『アパッチ砦』を少し観ました。数ヶ月前に観たばかりでしたが、シャーリー・テンプルという人と思いがけない形で出会ったあとでは、映画が以前よりも新鮮に思えてしまうから不思議なものです。
映画の冒頭、出演者のクレジットでは、ジョン・ウェイン、ヘンリー・フォンダに続いて彼女の名前が出てきました。こんなところにも彼女の存在の大きさがわかります。
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で、映画が始まって間もなく、彼女とヴィクター・マクラグレンが言葉を交わすシーンが出てきてきました。
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ヴィクター・マクラグレンさん、相変わらずいい役柄を演じています。軍律に厳しいはずの騎兵隊に、あえて彼のような役柄の人物を入れたというのがジョン・フォードの素晴らしいところ。

ところでウィキペディアを見るとシャーリー・テンプルに関する話はどれも興味深いものばかりですね。とりわけへえ〜っと思ったのはこれ。
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ビーチ・ボーイズの『ペット・サウンズ』とともにロック史上最高のアルバムといわれるビートルズの『サージェント・ペパーズ・ロンリー・ハーツ・クラブ・バンド』のジャケット。
この中にシャーリー・テンプルが映っているんですね。しかも2カ所。同一人物が2つも映っているのはビートルズのメンバーと彼女だけ。
まずは左のスーツ姿のビートルズのメンバーの後にちょこっと彼女の顔がのぞいています。
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もう一枚は右の方。2人の大人の女優(マレーネ・ディートリッヒとダイアナ・ドース)の間に子役時代の彼女が映っています。2か所も映っているというのはもちろん特別な理由があるんでしょうね。
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それから大好きな女優であるシャーリー・マクレーンのシャーリーはシャーリー・テンプルにちなんで名づけられたとか。1930年代に生まれた女の子にシャーリーと名づけるのが流行ったようです。

シャーリー・テンプルについては『Child Star: An Autobiography』という自伝が出ていて日本でも翻訳されています。で、うれしいことに川本三郎さんの『本のちょっとの話』に収められた「ノーブレス・オブリッジ」と題されたエッセイに、このシャーリー・テンプルの自伝についての話が書かれているのがわかりました。その部分を引用しておきます。

 アメリカは厳しい競争社会だからアメリカ人は自己主張が激しく、隙あらばライバルを蹴落そうとする。ついそういう風に考えがちだが、実は物静かで控え目なアメリカ人もまたたくさんいる。
 以前、30年代のアメリカの名子役シャーリー・テンプルの伝記を読んでいたらこんなエピソードにぶつかった。
 小学校の父兄参観日に子どもたちは椅子取りゲームをした。シャーリーは誰よりも素早く椅子を取り、ゲームに勝った。終った後当然、母親に賞めてもらえると思った。
 ところが母親はシャーリーにこういったという。
「お母さん、恥ずかしかったわ。あなたが人を押しのけてまで勝とうとするんだもの」
 なるほどこういうアメリカ人もいるのかと新鮮な思いがした。

シャーリー・テンプルの自伝の上巻の帯にはこう書かれています。
「大恐慌下、貧困にあえぎアメリカ国民に、ひとり勇気と希望をあたえた小さな大女優〈テンプルちゃん〉のつづった自伝」

その大恐慌下で作られた映画の中で彼女が歌っていた曲の多くをあのハリー・レヴェルが作っていたわけです。
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by hinaseno | 2016-01-17 12:02 | 雑記 | Comments(0)

シャーリー・テンプル!


いつもながら思いもよらぬものがつながるのは愉しいこと。

昨年の一番の本であるグレン・フランクル著の『捜索者』を読んで以来、ジョン・フォードの映画を見る日々が続いていました。そのときに探していた本が正月に片付けをしていたときにようやく見つかりました。それほど貴重な本ではないので、もしかしたら処分してしまったかと思っていました。
探していたのはジョン・フォードの主だった映画の簡単な解説と写真が収められた『西部劇の神様 ジョン・フォードを読む』という本。写真は結構豊富です。
これをパラパラとめくっていたら、こんな写真が出てきてびっくり。びっくりしたのはその名前。
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シャーリー・テンプル!
まさかあのシャーリー・テンプル? で、そのまさかでした。
暮れから正月にかけてシャーリー・テンプルのことを”別のことで”チェックしていたところだったので、ちょっとしたシンクロニシティでした。
写真は彼女が『アパッチ砦』(1948年)に出演していたときのもの。ヘンリー・フォンダ演じるヨーク大尉の娘として、かわいさいっぱいの役柄を演じています。たとえばこのシーンとか。



この時彼女はちょうど20歳くらい。『アパッチ砦』は村上春樹の小説にも登場する作品でもちろん何度も観ているので、シャーリー・テンプルの名前も何度かはチェックしていたはず。

シャーリー・テンプルのことはこの日のブログに書いたことから始まります。

興味深いのはShirley Templeという女の子が出演したいくつかのミュージカル映画の曲をマック・ゴードンとハリー・レヴェルが作っていたようで、どれもとってもかわいいです。

リンダ・スコットの歌った「Never In A Million Years」という曲の作曲者であるハリー・レヴェルという人のことを調べていたときに彼女の名前を見つけたんですね。画像もいくつか貼っています。この子がジョン・フォードの『アパッチ砦』に出ていた女の子と同一人物だったんですね。ほぼ10年後の姿。

シャーリー・テンプルのことはブログに紹介したものの何も調べずにいたのですが、年末に、あるレコードショップのカタログを眺めていたらちょっと素敵なジャケットを発見。それがシャーリー・テンプルのレコードでした。
左には大人の女性になった彼女の写真が大きく映っていますが、右の方には子役時代の彼女の写真が並んでいて、収録されている曲はすべて子役時代に出演した映画からの音源。
このレコードを買おうかどうしようかと悩んでいたときに見つけたのがジョン・フォードの写真集に映っていた彼女の写真でした。こういうのって運命的、とすぐ考えてしまうのでもちろんレコードは購入。
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レコードに収録されているのは全部で19曲。このうちハリー・レヴェルが作曲した曲が6曲。もちろん最多。

それにしてもウィキペディアなんかを見ると、彼女の子役時代は超が5つくらいつけてもいいくらいのスーパーアイドルだったようです。しかも何度もリヴァイバル・ブームが起きているようで、僕の買ったレコード(1959年)もそんなブームのときに発売されたもののようです。
彼女は『アパッチ砦』に出演した2年後に結婚して映画界を引退したようですが、その後の経歴も含めて非常に興味深いものがあります。紹介したいことはいくつもありますが、長くなったので続きは次回にということで。

ところで彼女は子役時代にもジョン・フォードの映画に出演していました。『テンプルの軍使』(Wee Willie Winkie)という作品。『アパッチ砦』のほぼ10年前、彼女が9歳のときのものですね。
主演はもちろんシャーリー・テンプル。そしてもう一人の主演があのヴィクター・マクラグレン!
こんな写真がありました。
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これは映画のワンシーン。



シャーリー・テンプルとヴィクター・マクラグレンは『アパッチ砦』でも共演しています。残念ながら一緒に写っているシーンはそんなにありませんでした。
このダンスシーンで先頭の一番左にいるシャーリー・テンプルの後に見えるのがヴィクター・マクラグレン。
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シャーリー・テンプルはこのあとパーティーの感情を出てちょっとしたラブシーンがあります。一方ヴィクター・マクラグレンは例によって酒を飲んで酔いつぶれてしまい...。
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by hinaseno | 2016-01-15 12:50 | 雑記 | Comments(0)

去年の暮頃、ちまたでは例年通り「今年の3冊」や「今年の3枚」というのが選ばれて、そういうのを見ながら自分でもいつも考えるのですが、落としたものに申し訳なくて、結局、候補だけ考えて終わっています。

「今年の3枚」のアルバムの中に絶対に入るのは『BEACH BOYS PARTY! UNCOVERED AND UNPLIGGGED』。このアルバムについては改めて。
あとはブライアンの新作とこのブログでも何度か紹介したワーナー・ガール・グループ・ナゲッツ、それからもちろん大瀧さんの『ナイアガラ・ムーン 40周年盤』。ACEからでたアルバムもどれも捨て難い。
そう、聴いたのは新春になったけど、最後の最後にずっと楽しみにしていた”あのアルバム”が4年ぶりに出ました。年始はこればっかり聴いていました。これもまた改めて。

「今年の3冊」の本では、この日のブログで予告した通り、グレン・フランクル著『捜索者』が一番でした。それから『大瀧詠一Writing & Talking』も絶対ですね。でも、あと1冊が困ります。本当に。
年末に川本三郎さんの『東京叙情』と『ひとり居の記』が出ましたが、『東京叙情』を読み終えたのは新年になってから。『ひとり居の記』は今、半分くらい読んだところ。川本さんのこういう本を読むのは本当に幸せ。
村上春樹さんの2冊もよかったし、岩阪恵子さんの『わたしの木下杢太郎』も素晴らしかった。斎藤充正さんの『フランキー・ヴァリ&ザ・フォー・シーズンズのすべて』も大変な労作。
うん、でも決めました。3冊めは平川克美さんの『路地裏人生論』。朝日新聞で連載されているときからこのブログでも何度も紹介していて、いつか本になるのが楽しみですと言っていたものだったので。
静かなトーンで語られる言葉の一つ一つが心に沁みます。それぞれの文章で取り上げられた「隣町」(隣りの町という意味ではありません。住んでいる町のすぐ近所でも隣町になることもあるし、隣りの隣りの町も隣町になります)の「路地裏」のある場所を地図で確認しながら読んでみると、愉しさが一層増します。
表紙の写真は猫。路地裏の主人公ですね。「路地裏のしきたり」という文章はこんな言葉で始まります。

路地裏には、路地裏のしきたりがある。
それがどんなものであるのかについて、路地の外部から来たものは知ることができない。
そのしきたりを熟知しているのは、陋巷に住む名前のない猫である。
猫の許可がなければ、わたしたちは路地裏の表面はなぞることができても、その細部にまでは侵入が許されない。

ところで、『路地裏人生論』には「Y字路が分けたもの」という文章があるのですが、Y字路って探せば結構あるんですね。最近はY字路にとりわけ心惹かれるようになりました。
で、わが小さな町の「隣町」にもY字路がいくつかあります。
特に好きなY字路はここ。
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右側の道は、昔は駅から続く商店街があったのですが、今、残っている店は10軒足らず。で、この右側の道をもう少し進むとふたたびY字路にぶつかります。
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商店街は右側の道にありました(左側にも小さな道がありましたが、となりにあったはずの家がつぶされて今は駐車場になっていました)。僕が本を始めて買った本屋もこの通りにありました。昔はアーケードもあり、とてもにぎわっていましたが、今は人通りはほとんどありません。
何度も何度も復活を試みた結果の今の姿です。

この商店街があった通りは今は新しい家やマンションが建ち並んでいますが、ところどころ昭和初期に建てられたはずのかなり貴重な建造物が今も残っています。
一番素晴らしいのはこの写真館。
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「PHOTO AND RADIO」ということはラジオも売られてたんですね。子供の頃、ここで写真を撮った記憶はあります。
それからこのすぐとなりにあるのがこの理髪店。
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写真館と同じく浮き彫りにした看板がいいですね。同じ人が作ったのかもしれません。
この二つの店、今はどちらも営業していません。つぶされないよう、何かに再利用できないのかな。

さて、路地裏といえば猫。今朝、ちょこっと歩いてきたら、新しくできた家の日当りのいい場所で日向ぼっこをしている親子の猫に出会いました。でも、子猫は臆病で僕が近づくと逃げてしまいました。ってことで親猫だけ。初めて出会ったので相当警戒しています。
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この二匹の猫には名前がありそうです。
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by hinaseno | 2016-01-13 12:47 | 雑記 | Comments(0)

Train Runs In The Moonlight


『月夜とめがね』展で買った箱の話をもう少し。
あの箱を見たときには、これは自分のために作られたものだと思ってしまいました。
何よりもあの銀河鉄道を思わせる汽車。窓の所には何か反射する素材が貼り付けられていて、光をあてるときらきらと反射して、なんともきれいなんです。
それから、色がまた素晴らしいんですね。
ペパーミント・ブルー系の色。
でも、なんともいえない味わいのある色です。これはこの色だけではなく、絵本のあらゆる場所に使われた色にも言えること。

で、箱にはこんな言葉が添えられています。

月の光は、
うす青く、
この世界を
照らして
いました。


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これは汽車の絵が描かれたページの最初にかかれている言葉。
「月の光」といえば、ドビュッシーの「月の光」。大好きなこの曲にまつわる話はこのブログでもいろいろ書いてきました。
そういえば最近、もうひとつこの曲にまつわる話が増えました。
数年前から注目している想田和弘さんという若い映画監督(撮られているのは主に観察映画と呼ばれるもの)の新作がようやく公開されることになりました。
タイトルは『牡蠣工場』。舞台はなんと牛窓!
想田さんが2年程前の夏に牛窓にかなり長期間滞在されて、いろんなものを撮影されていたことは知っていましたが、それがようやく作品という形で発表されたんですね。すでに海外の有名な映画祭で上映され高い評価を得ているようです。
その映画『牡蠣工場』の予告編で使われていたのがドビュッシーの「月の光」でした。



早く観たいです。
先日、牛窓に行ったときに、その牡蠣工場のある場所も見てきました。
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さて、月の光といえば、もう一曲大好きな曲があります。ビリー・ヒルという人が書いた「In the Chapel in the Moonlight」。この日のブログから3日間続けてこの曲を取り上げています。
で、この日のブログで紹介したキティ・カレンというシンガーが、おひさまゆうびん舎で箱を買った翌日に亡くなられました。正直、まだご存命だったということに驚いてしまいました。95歳。そういえば原節子さんが亡くなられたのも95歳でした。
というわけで、改めて彼女の歌う「In the Chapel in the Moonlight」を貼っておきます。



こんなふうにあの箱には僕の好きな要素がいくつもちりばめられているのですが、それ以上にこの箱に惹かれるのは、そこに祈りのようなものを感じるからなのかもしれません。
高橋和枝さんの絵には、きっといろんなスタイルがあるんだろうとは思いますが、この『月夜とめがね』に関して言えば、高橋さんは一枚一枚の絵を祈りながら描かれていたような気がします。それが原画展を見て感じたことでした。
とりわけ汽車の絵の描かれた箱にはそれを感じました。

これからもときどきこの箱を開けてみようと思います。ある日、びっっくりするようなものを見つけることができるような気もします。
そのときにはまた、そんな小さな箱の物語を書いてみたいと思います。もしかしたらそれは「小さな箱を手渡す物語」になるかもしれません。
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by hinaseno | 2016-01-11 12:19 | 雑記 | Comments(0)

おひさまゆうびん舎では先月「小さな町」という企画展が開かれていました。小さな店の中に、小さな町ができあがって、その町の中にいくつもの小さな店が作られていたようです。
残念ながらこれを見に来ることはできませんでしたが、店のあちこちには小さな店の名残りがあって、企画展は終わっても、おひさまゆうびん舎は小さな町でありつづけていました。きっとこれからも。

で、今、開かれているのが『月夜とめがね』展。高橋和枝さんが絵を描かれた小川未明の『月夜とめがね』という絵本の原画を展示しています。
高橋和枝さんのことは夏葉社の『さよならのあとで』の絵を書かれていたことで知りました。僕の手元にある『さよならのあとで』には、おひさまゆうびん舎、夏葉社つながりで高橋さんのサインと絵をかいていただきました。
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原画とともに、というか原画以上に見てみたいと思っていたのが、おひさまゆうびん舎と高橋さんのブログでもアップされていた高橋さん手製の箱。いくつか作られていた箱の中でひとつどうしても欲しい物がありました。箱はすでにいくつか売れていたみたいだったので、それが残っていない可能性もあったのですが、縁があればきっと残っているだろうと。
で、それは残っていました。小さな箱の中では一番大きな箱。といっても一辺が10センチ足らずの小さな箱です。
絵は蓋だけでなく箱の底にも描かれていました。どういう素材で作られたのかはわかりませんが、キラキラした小さな粒がちりばめられています。
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表紙に描かれていたのは汽車。
どこか幻想的。この絵を見てぱっと思い浮かべたのは以前このブログで紹介した岩手軽便鉄道のこの写真。宮沢賢治の「銀河鉄道」のもとになったといわれる汽車ですね。
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実は絵本ではもう少し車輛が描かれています。
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で、先程の絵葉書の写真に写っている車輛を反転させて色を変えたら結構似た感じがしますね。
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高橋さんが汽車の絵を描かれるときに、ふと(無意識にせよ)宮沢賢治の銀河鉄道をイメージされてこんな絵が出てきたとするならばなんとも素敵なこと。

ところで小川未明の『月夜とめがね』もやはり小さな町が舞台なのですが、この物語の中では、実は汽車は登場しません。ただこんな言葉が出てくるだけ。
汽車のゆく音のような、かすかなとどろきが聞こえてくるばかりであります。

だから本当は汽車が走っていたかどうかもわからないんですね。でも、高橋さんはあえてこの汽車の絵を描かれたわけです。存在しなかったかもしれないものが描いたんですね。

存在しなかったかもしれないものを描いたといえばもう一つ。主人公のおばあさんの家をある日の夜遅くに訪ねて来たひとりの少女が働いているという「香水製造場」の絵。実は彼女は「こちょう」。本当は花の蜜を集めていただけだったのかもしれないけれど、この場面を高橋さんはこう描いているんですね。窓の向こうにはちょうが飛んでいます。絵本の中ではこの場面がいちばん好きです。この場面の原画も飾られていました。
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話はころっと変わりますが、今、川本三郎さんの新刊『ひとり居の記』を毎晩読んでいます。昨日読んだところに岩手県の花巻と釜石を結ぶ釜石線に乗った話が出てきました。
釜石線の前身は岩手軽便鉄道。このあたりは宮沢賢治の童話の原風景でもあり、同時に大瀧さんが子供の頃に過ごしていた場所でもあります。
川本さんが書かれていた文章の中にこんな話が出てきました。

そう、来る時、釜石線の車両でいい光景を見た。一両だけの汽動車で、客は私を入れて五人ほど。ほとんど老人だが、一人だけ女学生が乗っていて、この子が静かにレースの編物をしていた。なんだか宮沢賢治の童話から出てきたような女の子だった。

川本さんが見たのはもしかしたら「こちょう」だったのかもしれません。
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by hinaseno | 2016-01-09 13:03 | 雑記 | Comments(0)