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キャロル・キングのことを考えていたら、今朝、こんな映像がアップされているのを知りました。
キャロル・キングが先日、ケネディ・センター名誉賞を受賞して(小澤征爾も受賞していて、キャロル・キングと小澤征爾が一緒に写った写真を見たときはびっくりでした)、その受賞を称えるために行なわれたパフォーマンスが一昨日ぐらいに放映されて、その映像がアップされたようです。はっきり言って、泣けます。
アレサ・フランクリンの歌う「ナチュラル・ウーマン」も感動しますが、キャロル・キングの数ある曲の中でも最も好きな曲のひとつである「アップ・オン・ザ・ルーフ」をジェームス・テイラーが”屋根の上で”ギター1本で歌っている映像にはやられました。
それから会場で流された映像の中に、若き日(おそらく1960年代初頭)の”動く”キャロル・キングとジェリー・ゴフィンの姿を見ることができたのもうれしかったです。
改めて、今の時代に、キャロル・キングの曲がアメリカという社会の中でしっかりと生きているのを確認できました。

さて、昨日、少しだけ触れたキャロル・キングが歌ったボビー・ヴィーのために作ったもう1曲のデモの話。
それは「ゴー!ゴー!ナイアガラ」の第1回目の放送の最後にかかったこの「It Might As Well Rain Until September」という曲。もともとデモだったんですが、いろんないきさつからシングルとして発売されたんですね。で、彼女が歌ったものとしては初ヒットとなります。
大瀧さんは曲をかける前に「実に名曲で彼女のベスト3に入る曲だと僕は思います」と言っていましたが、僕も最近では彼女の曲の中で一番好きな曲になっています。



曲は「Take Good Care Of My Baby」の路線で作られていることは確か。ただ「Take Good Care Of My Baby」からは1年くらい経っているので、曲としては一段も二段も成長しているように思います。 そしてこれ以上ないくらいにスナッフ・ギャレットのリバティ・サウンドしています。

では、なぜ彼女のデモがシングルになったのか。
1962年の夏の初め、キャロル・キングとジェリー・ゴフィンはボビー・ヴィーのために4つの曲を作りました。「What About Me」「Tears Wash Her Away」「If She Were My Girl」そして「It Might As Well Rain Until September」。ボビー・ヴィーはこれらの曲を6月20日に録音。
ところが、当時、キャロル・キングとジェリー・ゴフィンがかいた「Sharing You」がヒット中だったこともあって、スナッフ・ギャレットは録音した4曲をシングルで発売することを見送ります。あわてなくてもいずれ適当な時期に使えばいいと考えたんでしょうね。結局はそれらの曲はシングルとして発売せずに翌年に出たアルバムに収録されることになるのですが。

キャロル・キングとジェリー・ゴフィンは4曲のうちで「It Might As Well Rain Until September」は当然シングルとして使われるだろうと期待していました。詞も9月になる前までの夏に聴かれるべき内容だったので、すぐに発売されないことを残念がっていたところ、彼らが所属していたアルドン出版の社長のドン・カーシュナーがキャロル・キングの歌ったデモに多少いくつかの楽器をオーバーダヴィングして発売することを決めます。さすが”黄金の耳を持つ男”と言われるだけありますね。シングルは7月末に発売されて8月の末にチャートイン。プロモーションをほとんどしていないにもかかわらず、最高位22位のヒットとなります。

ところで翌年出たアルバムに収録されたボビー・ヴィーのバージョンがこれ。



正直、あまりよくないですね。やはりこれは作った本人によって、そして男性ではなく女性に歌われるべき曲だったように思います。ボビー・ヴィーが仮にシングルとして出していてもそれほどにはヒットしなかったような気がします。スナッフ・ギャレットもそれを見抜いていたのかもしれません。

曲の運命というのはわからないものです。
と、ふと気がついたんですが、こんな背景もなんだか「君は天然色」に重なっていますね。
『ロング・バケーション』の1曲目に収録された「君は天然色」はもともとは女性の須藤薫さんのために書かれた曲。でも、須藤さんのプロデューサーが曲が女性向きではないというのでボツにしたために、大瀧さんのところに”戻って”きたんですね。

ところで、先程も少し触れましたが「It Might As Well Rain Until September」はタイトルに9月がついていますが、夏の曲。せっかくなので歌詞を貼っておきます。最初のヴァースの部分の歌詞は、僕の大瀧さんへの気持ちそのままです(ネットで歌詞を検索したら最初のバースの部分が「What shall I write」となっているものばかりでしたが、その意味も含めてどう聴いても「What should I write」と歌っているので調べたら「What should I write」となっている歌詞もありました)。

What should I write?
What can I say?
How can I tell you how much I miss you?

The weather here has been as nice as it can be
Although it doesn't really matter much to me
For all the fun I'll have while you're so far away
It Might As Well Rain Until September

I don't need sunny skies for things I have to do
'Cause I stay home the whole day long and think of you
As far as I'm concerned each day's a rainy day
So It Might As Well Rain Until September

It doesn't matter whether skies are gray or' blue
It's raining in my heart 'cause I can't be with you
I'm only livin' for the day you're home to stay
So It Might As Well Rain Until September

My friends look forward to their picnics on the beach
Yes, ev'rybody loves the summertime
But you know, darling, while your arms are out of reach
The summer isn't any friend of mine

The weather here has been as nice as it can be
Although it doesn't really matter much to me
For all the fun I'll have while you're so far away

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by hinaseno | 2015-12-31 15:52 | ナイアガラ | Comments(0)

今日は大瀧さんの命日。早いものでもう2年の歳月が流れてしまいました。今日はいろんなところで、いろんな形で大瀧さんを追悼するイベントが開かれているでしょうけど、僕はひとりささやかに追悼しています。
ナイアガラーの聖地である武蔵小山のアゲインでは「ナイアガラ・カフェ」と題したイベントが今日行なわれるようです。「ゴー!ゴー!ナイアガラ」の特集の中から店主の石川さんがベスト5を選んでそれについて話をされるとのこと。石川さんはいったいどれを選んでいるんでしょうか。きっとデイヴ・クラーク・ファイヴ特集とフレディ・キャノン特集は選ばれる気がしますが、はたして...。

ちなみに僕がベスト5を選ぶならこうなります。
第1回   キャロル・キング特集(パート1)
第2回   キャロル・キング特集(パート2)
第7回   大瀧詠一特集
第38回  レスリー・ゴーア特集
第108回 スナッフ・ギャレットのリバティ・サウンド特集

最近、話題にしている特集が3つ入っていますね。今年始めに亡くなったレスリー・ゴーアの特集も何度聴いたかわかりません。そして未発表曲がいっぱいの第7回の大瀧詠一特集はマスト。石川さんも絶対に選ばれているはず。

さて、「スナッフ・ギャレットのサウンドにキャロル・キングが多大な影響を与えた」という40年前の大瀧さんの発言。近年出て来た資料によって裏付けることができるんですね。
一番の資料といえば、今から20年前の1995年にBrill Tone Recordsという怪しいレーベルから出た『Carole King: Complete Recordings 1958-1966』というCD。「Brill buildind Legends」というシリーズの一環で出たものですね。このシリーズは今まで聴いたこともないようなデモ音源を大量に詰め込んでいて本当にびっくりしたものです。
このキャロル・キングのCDにはボビー・ヴィーに提供した「How Many Tears」「Take Good Care Of My Baby」「Walkin' With My Angel」「In My Baby's Eyes」の4曲のデモが収録されています(厳密にいえばもう1曲あるのですが、それについては後ほど)。
このうちボビー・ヴィーが歌った「How Many Tears」「Take Good Care Of My Baby」「Walkin' With My Angel」の3曲は「ゴー!ゴー!ナイアガラ」の第1回めの放送「キャロル・キング特集(パート1)」でかかっています。この3曲こそまさにスナッフ・ギャレットのリバティ・サウンドを決定づけた曲と断言していいように思います。

キャロル・キングのデモは基本的にはピアノとキャロル・キング自身のボーカルのみで作られています。ただし、ピアノもボーカルも多重録音しているのがほとんどで、コーラス部分も含めてきちんとアレンジがなされているんですね。つまりメロディだけでなく曲の細かい部分までデモの段階で作り上げられていたわけです。アレンジャー(クレジットはされていませんがおそらくアーニー・フリーマン)はそれをなぞっていろんな楽器を使って色付けするだけ。デモの段階ですでにスナッフ・ギャレットのリバティ・サウンドに特徴的な”あの感じ”をキャロル・キングが作り上げていたわけです。で、スナッフ・ギャレットはアレンジャーにそれを学ばせて、キャロル・キングの曲ではないものでも、”あの感じ”のアレンジをさせたわけです。

ということでキャロル・キングのデモとボビー・ヴィーが歌ったものを並べて貼っておきます。残念ながら「How Many Tears」のキャロル・キングのデモはYouTubeになかったので、まずは「Take Good Care Of My Baby」を。
これがキャロル・キングのデモ。



で、ボビー・ヴィー。



次は「Walkin' With My Angel」のキャロル・キングのデモを。



そしてボビー・ヴィー。イントロからそのまんまです。



1975年当時、大瀧さんはこんなデモ音源を聴くことなんて絶対にできなかったはず。それでもちゃんと見抜いていたんですね。すごいとしか言いようがありません。僕なんか「ゴー!ゴー!ナイアガラ」を聴くずっと前からキャロル・キングのデモを聴いていたのに気づきませんでした。
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by hinaseno | 2015-12-30 13:49 | ナイアガラ | Comments(0)

2015年はスナッフ・ギャレットの話で暮れていきそうです。
改めて思うのは、日本で、というのは間違いなく、世界でもっともスナッフ・ギャレットのサウンドを理解していたのは大瀧さんだったんだなということ。

今年は「ゴー!ゴー!ナイアガラ」の第1回目の放送から172回目の最終回までを聴き通して、その後にスナッフ・ギャレットが亡くなったので108回目の「スナッフ・ギャレットのリバティ・サウンド特集」を聴いていたら、改めて第1回目のキャロル・キング特集パート1を聴き返したくなりました。「振り出しに戻るナイアガラ」です。

実はスナッフ・ギャレットの名前はすでに第一回目の放送ではっきりと語られているんですね。ある日突然始まった番組で、そこまでの名前をとらえることのできた人はどれだけいるんでしょうか。

この日の放送で興味深いのは、後々予定している特集について語っていたこと。
一つ目が「シレルズ特集」、二つ目が「リード・シンガー別のドリフターズ特集」、そして三つ目が「(スナッフ・ギャレットの)リバティ・サウンド特集」。
結局実現したのは「リバティ・サウンド特集」だけでした。

第1回目の放送ではボビー・ヴィーの曲が4曲もかかっています。「How Many Tears」「Take Good Care Of My Baby」「Walkin' With My Angel」「Sharing You」。そのアーティストの特集でもないのにひとりのアーティストの曲が4曲もかかるのは本当にめずらしいこと。もちろんこの日の最多。
ちなみに第2回目のキャロル・キング特集パート2で最も多くかかったのはスティーヴ・ローレンスで、やはり4曲。クッキーズのリード・シンガーであるアール・ジーン名義の曲をクッキーズの曲のひとつと考えるならばクッキーズも4曲。
この3つのアーティストに提供した曲のパターンが大瀧さんにとってのキャロル・キングの3つの柱になっていて、それを『ロング・バケーション』の1曲目から3曲目にもってきたというのが僕の揺るぎない説です。つまり(第2回目の1曲目にかかったジーン・マクダニエルズの「Point Of No Return」と2曲目にかかったゲイリー・ルイス&プレイボーイズの「Sure Gonna Miss Her」を含めた)ボビー・ヴィーに代表されるスナッフ・ギャレットのリバティ・サウンドが「君は天然色」に、クッキーズに見られるジェリー・ゴフィンがプロデュースした曲調のものが「Velvet Motel」に、そしてスティーヴ・ローレンスに歌われた曲調のものが「カナリア諸島にて」になったと。

前にも触れたことですが、第1回目のキャロル・キング特集パート1を聴いたときに最も驚いたのは大瀧さんのこの発言でした。

リバティ・レコードの看板のボビー・ヴィー、そのリバティ・サウンドのプロデューサーといえばスナッフ・ギャレット。ジャン&ディーン、ゲイリー・ルイスなどを育てましたが、そのスナッフ・ギャレットのサウンドにキャロル・キングが多大な影響を与えたと考えられます。

今から40年前の大瀧さんのこの発言がいかに卓見であったかを次回に論証してみようと思います。
 
ところで、話はかわりますがこの写真。
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1998年に出たボビー・ヴィーのCDのブックレットに載っていたもの。帽子を被った白い髯のおじさんがスナッフ・ギャレット、その隣にいるのがボビー・ヴィー。写真は1997年に撮られています。このコンビがいなければ...ですね。
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by hinaseno | 2015-12-29 14:45 | ナイアガラ | Comments(0)

スナッフ・ギャレットのリバティ・サウンドを代表するアーティストといえば何といってもボビー・ヴィーとゲイリー・ルイス&プレイボーイズ。
アレンジャーを見るとボビー・ヴィーは基本的にアーニー・フリーマン、そしてゲイリー・ルイス&プレイボーイズはレオン・ラッセル。プロデューサーであるスナッフ・ギャレットの嗜好というものがはっきりと表れていて両方に共通するものがありながら、きらびやかさの表現の仕方においてそれぞれに個性があるように思います。
昔はどちらかといえばレオン・ラッセルがアレンジした方を好んでいましたが、最近はアーニー・フリーマンの方に惹かれるようになっています。元々ジャズ畑にいた人なので、どこかジャジーな感じがありますね。

スナッフ・ギャレットがプロデュースしてアーニー・フリーマンがアレンジしたもので、ぜひ紹介したいのがジュリー・ロンドンのこのアルバム。
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『The Wonderful World of Julie London』。発売は1963年。
このアルバムの1曲目に収められているのが「I'm Coming Back To You」という曲。ボビー・ヴィーのサウンドを少しだけソフトにした感じですが、いかにもスナッフ・ギャレットという曲。途中の3連が最高です。



作曲者はスキーター・デイヴィスの大ヒット曲の作者であるアーサー・ケント。この人、そんなに作品は多く残していないみたいですがいい曲を書きます。で、この曲はシングルカットされていてそのB面に収録されているのがこの「When Snow Flakes Fall In The Summer」。バリー・マンとシンシア・ワイルの曲です。



CDの解説を見ると、作詞バリー・マン、作曲シンシア・ワイルとなっていて、おいおい、って感じですが、解説を書かれている高田敬三さんはジャズの方の専門家なのでポップスの方には詳しくないようですね。

このアルバム、コール・ポーターのスタンダードを2曲カバーしている一方で、エルヴィスにヒット曲を提供していたドク・ポーマス=モート・シューマンの曲を2曲も収めていて、新しいファン層をつかもうとしているのがよくわかります。

最後にこのアルバムには収録されていない2枚のシングル曲を。いずれもスナッフ・ギャレット・プロデュース、アーニー・フリーマンのアレンジ。
まずは「I Want to Find Out for Myself」。「I'm Coming Back To You」の次のシングルですね。曲は「I'm Coming Back To You」と同じアーサー・ケント。これも。いかにもという曲。



で、同じ1964年に出たのが、ジャック・ケラー作曲のこの素晴らしい「We Proved Them Wrong」。



達郎さんの「サンデー・ソングブック」のジャック・ケラー特集でかかった曲ですね。この曲が収められたCDを特典としてもらうためにジュリー・ロンドンのCDを大人買いしました。
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by hinaseno | 2015-12-27 12:24 | 音楽 | Comments(1)

「スナッフ・ギャレットのリバティ・サウンドのクリスマス」と題した昨日のブログ、大事なレコードを紹介し忘れていました。
僕の最も好きな西部劇である『リオ・ブラボー』に出ているウォルター・ブレナンの『‘Twas The Night Before Christmas』というアルバム。
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大好きなウォルター・ブレナンがレコードを出していることを知って、『Old Rivers』というアルバムといっしょにこれを手に入れたら裏に名前があったんですね。
スナッフ・ギャレット。ちなみにアレンジはアーニー・フリーマン。
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内容はというとアーニー・フリーマンのアレンジしたコーラス入りのクリスマス・ソングをバックにウォルター・ブレナンが延々としゃべり続けているというもの。しゃべっている内容は歌詞にからめた物語。ときどき彼独特の笑い「ウヒッヒ」が入ります。彼の声のファンなので、これは素晴らしい企画。
YouTubeでは全曲聴けるみたいですね。これはシングルカットされた「Henry Had A Merry Christmas」。たぶんオリジナルソングのはず。



ネットに歌詞があったので貼っておきます。訳してみたいけどちょっと大変。でも、楽しそうな話。

My dad used to raise turkeys for Christmas
And about a week before he'd take them into town
He always kept ther biggest one 'specially for us
And mom'd cook it till it was golden brown.

One year he brought the usual batch home
Just hatched with a lot of growing to do
There was one awful skinny like he put in my care
He never figured he'd pull through.

I named him Henry and with a young boys touch
I finally got him to grow
Now I knowed what'd happen if he'd growed to much
I remember, I used to tell him so.

Henry you're growing a-way to fast
Dad's got his eye on you
And Christmas day is goin' to be you last
Eating the way you do.

Course I never thought about the one dad sold
How they'd end up in the oven too
But I'd seen what happened when the ones he'd chose
And what him and that axe could do.

Early one morning dad took 'em to town
And sure enough Henry was left
And by Christmas eve the way I moped around
They all knew how bad I felt.

After supper dad left the house
And everything was quiet exceptn' the old hall clock
It was a long, long wait (tic tock, tic tock,. tic tock, tic tock, tic)
Then we jumped straight up when the axe hit that choppin' block.

We shot out the back door to where dad was
All of us a-runnin' around
And dad just stood there grinnin' at us
Then we heared a goblin sound.

No, we didn't have turkey that Christmas day
But that was alright with us
And there weren't a one of us
Who didn't want ot that way.

And you know Henry had a Merry Christmas...


ところでウォルター・ブレナンの『‘Twas The Night Before Christmas』(アルバム番号はLRP-3257)が発売されたのは1962年。先日紹介したボビー・ヴィーのクリスマス・アルバム(アルバム番号はLRP-3267)も1962年の発売。1962年のクリスマス・シーズンにはスナッフ・ギャレットがプロデュースした2枚のクリスマス・アルバムがどこかの家で流れていたわけです。アレンジはいずれもアーニー・フリーマンですね。

この2枚のアルバムには同じ曲が2曲収録されています。1曲は例の「White Christmas」。で、もう1曲が「(There's No Place Like) Home for the Holidays」。ボビー・ヴィーのアルバムではB面の最後、ウォルター・ブレナンのアルバムではA面の最後に収録。もしかしたらスナッフ・ギャレットのお気に入りだったのかもしれません。
興味深いのはアーニー・フリーマンのアレンジ。コーラスも含めて結構似ています。同じプロデューサーのもとで同じ頃に、たぶん同じミュージシャンを使って録音しているので当たり前といえば当たり前。でも、聴きくらべすると面白いものがあります。
まずはウォルター・ブレナンの「(There's No Place Like) Home for the Holidays」。



それからボビー・ヴィーの「「(There's No Place Like) Home for the Holidays」」。



最後に『リオ・ブラボー』のいちばん好きなシーンの写真を貼っておきます。右からジョン・ウェイン、リッキー・ネルソン、ディーン・マーチン、そしてウォルター・ブレナン。すごいメンバーですね。この場面でウォルター・ブレナンはハーモニカを吹いています。本当に吹いていたのかどうかはわかりませんが。
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by hinaseno | 2015-12-26 12:29 | 音楽 | Comments(0)

今日はクリスマスということなので、例年通り(?)クリスマスソングの話を。
今年は結局、クリスマスのレコードを何も買いませんでした、と書きかけて、そういえば、夏に古本屋の隅におかれた段ボール箱の中で見つけたパット・ブーンのこのレコードを買っていたことを思い出したので、それを聴きながらそれを書いています。ちなみに僕が買ったのは日本盤の10インチのレコード。オリジナルは1959年に出ているようです。
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クリスマスのアルバムを集め始めた最初の頃に買ったものと言えば、やはりライノから発売されたオムニバス。
『Rockin’ Christmas THE 50s』(LP)
『Rockin’ Christmas THE 60s』(LP)
『Christmas Classics』(CD)
『Doo Wop Christmas』(CD)
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LPもCDも、どれも本当に良かったです。何度聴いたことやら、ですね。これらのアルバムでロックン・ロールのクリスマスの名曲を覚えました。

で、昨日気がついたことですが、この2枚のCDにはそれぞれ1曲ずつスナッフ・ギャレットがプロデュースしたクリスマスソングが収められていました。
まずは『Christmas Classics』。このCDに収められていたのはスナッフ・ギャレットのリバティ・サウンドを代表するボビー・ヴィーの「A Not So Merry Christmas」。



ボビー・ヴィーの大ヒット曲「Run To Him」っぽいアレンジですね。ちなみにアレンジはアーニー・フリーマン。アーニー・フリーマンはボビー・ヴィーの曲のほとんどのアレンジをしています。

さて、クリスマスの名曲といえば何といっても「White Christmas」。本当にいろんな人が歌っています(パット・ブーンのレコードのアルバム・タイトルも「White Christmas」)。いろんなアーティストの歌う「White Christmas」を収めたコンピレーションを作って聴き比べをしていたこともあります。そのアーティストの個性を活かしたアレンジがなされていたりするのが何とも楽しいです。
で、ボビー・ヴィーも先程の「A Not So Merry Christmas」を収めたクリスマス・アルバム『Merry Christmas From Bobby Vee』で、この「White Christmas」をカバーしています。いかにもボビー・ヴィーらしいアレンジ。プロデュースはもちろんスナッフ・ギャレット、アレンジはアーニー・フリーマン。



「White Christmas」といえば、ビング・クロスビー、ではなくて何といってもドリフターズ。このブログでも何度も取り上げてきました。ドリフターズの「White Christmas」は『Christmas Classics』と『Doo Wop Christmas』の両方に収録。これがロックン・ロール史上の名唱であることはまちがいありません。
で、『Doo Wop Christmas』のほうにはもう1曲別のグループが歌う「White Christmas」が収録されていて、これがすごくいいんですね。初めて聴いたときから大好きになりました。



歌っているのはThe Statuesというグループ。このブループのことは謎だったんですが、ボビー・ラッセルのことを調べていたときに買ったバズ・ケイソンの自伝『LIVING THE ROCK’n’ROLL DREAM: THE ADVENTURE OF BUZZ CASON』を読んでいたときにわかったんですね。The Statuesというのはバズ・ケイソンが作ったホワイト・ドゥーワップのグループ。彼らはリバティでプロデューサーとしての仕事を始めたばかりのスナッフ・ギャレットにプロデュースを依頼します。その中の1枚がこの「White Christmas」だったんですね。いいはずです。

これはバズ・ケイソンの自伝に載っていたThe Statuesのレコーディング風景の写真。
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真ん中がスナッフ・ギャレット、一番左がバズ・ケイソン。
ちなみに一番右はエルヴィスやリッキー・ネルソンのバックコーラスをしていたジョーダネアーズにいたヒュー・ジャレット。

興味深いのはバズ・ケイソンとスナッフ・ギャレットの間にいる女性。実はこの人はあのロニー&デイトナスのロニーこと”バッキー”・ウィルキンの母親。名前はMarijohn Wilkin。彼女はソングライターでもありましたが音楽業界でかなり影響力のあった人のようです。

スナッフ・ギャレットにボビー・ラッセルを紹介したのはおそらくバズ・ケイソン。ボビー・ラッセルは”バッキー”・ウィルキンと、この素敵な曲をロニー&デイトナスのために書きます。



で、これをもとにして大瀧さんが松田聖子のために書いたのがこの「一千一秒物語」。スペクター・サウンドとリバティ・サウンドが合体した最高にロマンチックなクリスマスソングです。



ということでThe Statuesの「White Christmas」にはエルヴィスから大瀧さんまでいろんなことがつながっています。
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by hinaseno | 2015-12-25 14:06 | 音楽 | Comments(0)

1977年の7月4日に放送された「ゴー!ゴー!ナイアガラ」は「スナッフ・ギャレットのリバティ・サウンド特集」でした。
その日の放送で大瀧さんは「曲を持ってくる才能というのはプロデューサーには不可欠の要素」だと語っていました。スナッフ・ギャレットはその才能がすごかったんですね。余り知られていない作家でもいい曲であれば採用する。たとえば前回紹介した「3000 Miles」の作者はアーティ・ウェイン(Artie Wayne)という人。知らない作家ですが、いくつか調べたらいい曲を書く人であることがわかりました。
さて、その「3000 Miles」の次にもってきたのはさらに魅力のある曲。曲を書いたのはあのボビー・ラッセル。このブログでも「魅惑のボビー・ラッセル」と題してかなり長々と特集した人です。
同じ1966年の春、スナッフ・ギャレットは当時まだそんなに名前が知られていなかったはずのボビー・ラッセルが書いた曲を大ヒットを連発していたゲイリー・ルイス&プレイボーイズのシングル曲としてリリースします。タイトルは「Sure Gonna Miss Her」。全米9位の大ヒット。



で、その数ヶ月後、ブライアン・ハイランドの新曲としてスナッフ・ギャレットがもってきたのがそのボビー・ラッセルがかいた曲が「The Joker Went Wild」。これが全米20位の大ヒットとなります。



「ゴー!ゴー!ナイアガラ」の「スナッフ・ギャレットのリバティ・サウンド特集」でも、「Sure Gonna Miss Her」と「The Joker Went Wild」の2曲は続けてかかっています。で、「The Joker Went Wild」がかかるとき、大瀧さんはこんなことを語っています。

さて、ブライアン・ハイランド、「ビキニスタイルのお嬢さん」などでいろいろヒットしましたが、それ以降ちょっとはやらなかったんですけどね、わざわざ(スナッフ・ギャレットを)呼んできまして、プロデュースしまして、ヒットさせましたよ、実に。


で、曲の後にボビー・ラッセルのことを簡単に紹介して、冒頭に引用した「曲を持ってくる才能というのはプロデューサーには不可欠の要素」という言葉が語られます。

ちなみにゲイリー・ルイス&プレイボーイズの「Sure Gonna Miss Her」は「ゴー!ゴー!ナイアガラ」の第2回目の放送、つまりキャロル・キング特集でもちらっとかかっています。「キャロル・キングの曲がスナッフ・ギャレットのリバティ・サウンドに与えた影響」という話の中で曲をかけられたんですね。この視点には本当に驚かされました。

ところで最近見つけたボビー・ラッセルの曲を。Vic Danaというシンガーの「Heart, Hand And Teardrop」という曲。ボビー・ラッセルがまだ無名だった1963年の曲ですが、いかにもボビー・ラッセルらしい曲です。お得意のクリシェを使っていますね。このYouTubeの音源は20秒ほど関係ない音楽が流れます。


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by hinaseno | 2015-12-23 12:09 | 音楽 | Comments(0)

音楽プロデューサーのスナッフ・ギャレットが先日12月17日に亡くなったとの情報が入りました。スナッフ・ギャレットのことはこのブログで何度書いてきたかわかりません。とにかく彼が作り上げたサウンド(リバティ・サウンドと言われるものですね)の大ファンでした。プロデューサーの中ではフィル・スペクター以上に好きでした。

実はつい最近、こんなCDを手に入れたところでした。待ちに待った1枚。
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『Brian Hyland the philips years and more 1964-1968』。
ブライアン・ハイランドがPhilips時代に発表した曲を集めたもの。最後に5曲だけDot時代のシングルが入っています。

ブライアン・ハイランドといえばオールディーズ・ファン的には「ビキニスタイルのお嬢さん」や「ベイビー・フェイス」が有名。でも、僕が彼に関心を持ったのは優れたソングライターが彼に曲を書いていたことでした。
何よりもピーター・アデル&ゲイリー・ゲルド(Peter Udell=Gary Geld)という大好きなコンビが彼に数多くの素晴らしい曲を書いているんですね。例えば彼らが書いた「Save Your Heart For Me」という曲は「ゴー!ゴー!ナイアガラ」でも2度かかっています。
山下達郎の「サンデー・ソングブック」では、2008年に2週にわたってアデル&ゲルドの特集がされましたが(世界広しといえどもこんな特集をするのは達郎さんくらい)、このときにもブライアン・ハイランドは最多の5曲かかりました。そのうち4曲はABC-Paramount時代の曲。そしてもう1曲かかったのがボサノバ調のこの「Love Will Find A Way」という曲でした。これが素晴らしくよかったんですね。



でも、この曲、待てども待てどもCD化されませんでした。やや地味なB面の曲だったということもありますが、Philips時代の音源であったためになかなか収録されなかったんでしょうね。というわけで今回ようやく、たぶん初CD化。

さて、ブライアン・ハイランドはPhilipsに移った当初はABC-Paramount時代からの流れでアデル=ゲルドが作曲、プロデュースした曲をリリースしていましたが、なかなかヒット曲が出ない状態が続いたために別のプロデューサーに変更することになります。それが当時、ゲイリー・ルイス&プレイボーイズでヒット曲を連発していたスナッフ・ギャレットでした。
最初に出したシングルがこの「3000 Miles」。リバティ(Liberty)ではないけどリバティ・サウンドです。アレンジはレオン・ラッセル。彼こそリバティ・サウンドの音を実際に作った人です。



これがブライアン・ハイランドとしては3年ぶりのチャート入り。チャート・インはたった1週、最高位99位でしたが、でも、さすがスナッフ・ギャレットです。
そして、次のシングルが...
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by hinaseno | 2015-12-21 14:10 | 音楽 | Comments(0)

南の国の美しい詩人


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今、この美しい女性に関する本を読んでいます。本を開いたら中表紙の次のページにこの写真がありました。美しいなんてものではないですね。
本の最初の方を読んでいたら、たまたま彼女の暮らす南の県に映画のロケで訪れていたある著名な映画監督(このブログでも少し触れたことがあります)が彼女に出会って女優になるよう誘ったというエピソードも書かれていました。美しい女優を何人も見てきていたはずの映画監督ですらはっと息をのむような美しい女性だったんですね。ちなみにネットで彼女の写真を調べたら、写りの悪いちょっとゆがんだような小さな写真がたった一枚存在するだけでした。

彼女は詩人。
先日清音読書会のNさんからいただいた、木山捷平につながりのある一人の人物について調べられた資料を見ていたとき、なぜかふと彼女の名前に目が留まりました。もちろん知らない名前。で、彼女についてネットで少し調べたらいくつか興味深そうなことがわかってきて、おそらく彼女に関して書かれた唯一の本を手に入れたというわけです。なかなか見つけるのは難しそうな本でしたが、いいタイミングで手に入れることができました。

彼女と木山捷平は同じ時期に詩の活動をしていました。二人の詩が同じ詩誌に掲載されていたこともあるので、木山さんは彼女の詩を読んでいただろうし、彼女も木山さんの詩を読んでいたはず。
木山さんが彼女と出会ったことがあるかといえば、たぶんないだろうと思います。でも、彼女のことは聞いていたにちがいありません。きっとすごく美しい女性であることも。美人好きの木山さんとしては一度、是非とも彼女に会ってみたいと思ったでしょうね。でも、たぶん会うことはなかったはず。

彼女について興味深いことの一つは、彼女は南の地方に住んでいたのに、岡山との強いつながりを持っていたこと。そのあたりについて書かれた部分をまだ読んでいないので何とも言えませんが、どんな話が出て来るのかちょっとわくわくするものがあります。
また何かわかったら報告します。
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by hinaseno | 2015-12-19 12:44 | 文学 | Comments(0)

タイトルに「Small Town」がついた曲はいくつもあります。ただ、どちらかといえば悲し気な曲ばかり。スモールタウンで暮らすと気が滅入ることが多いので少しでも早くこの町を出て行きたいというような若者の気持ちを歌った曲ですね。
「New York's A Lonely Town」や「The Girl From Greenwich Village」など最高に爽やかなポップソングを書いた僕の大好きなアンダース&ポンシアのコンビが「Small Town Bring Down」という曲を作っているのですが、彼らもスモールタウンをテーマにするとこんなに陰鬱な曲になってしまいます。



スモールタウンは気を滅入らせる
スモールタウンは僕を落ち込ませる
この町には語るべきものは何もない
人々は9時に歩道にどっと繰り出して
生活の重みの下でゆっくりと弱っていく
僕は歩みを早めて
他の場所を見つけよう
僕の人生は退屈なものになってしまうのはがまんできない

天気も変わることがあるように
もっといい人生があるはずだ
靴を脱ぎ捨てて
飛んでみよう

ああママ、あなたは金のようにいい人だ
でも僕は年老いてしまうにはあまりにも若すぎる
都会の輝きを感じたい
知らないことを学びたい
手作りのパイ以上のもので自分自身を満たしたい
傷ついたり後悔したりするようなことがあるのもわかっている
でも僕が愛しているものを手に入れたいんだ
死んでしまう前に

音楽に限らずスモールタウンを舞台にした映画や小説も若者が主人公になるとどうしてもこういう雰囲気になってしまいます。
そんななかで「Little Small Town Girl」はちょっとめずらしいタイプの曲でした。
都会で暮らす夢を持った少女に町にとどまってほしいという思いを込めた歌。都会に行かなくても君の探している夢は君の隣りにいる男の子の腕の中にあるんだよと。
きっとこれを歌っているのは小さな町の暮らしの中でささやかな希望を見出すことのできた若者なんでしょうね。世田谷ピンポンズさんの「わが町」の歌詞でいえば「身の丈に合った幸せ」を見つけることのできた若者。

「Little Small Town Girl」、いろんな人の歌うものを聴き比べてみましたが、やはりThe Blendersの歌うものが一番いいですね。レイヴンズのメンバーでもあったリード・ボーカルのオリー・ジョーンズの声が素晴らしいです。



聴き取った歌詞とその訳も貼っておきます。

Little Small Town Girl
With the big town dreams
Why don't you stay where you are

Little Small Town Girl
With the big town schemes
You needn't reach for a star

Each little dream that you’re looking for
You’ll find in the arms of the boy next door

Little Small Town Girl
All your big town dreams
Will come true
In your own hometown

小さな町の小さな女の子
大きな町で暮らす夢を持っているみたいだけど
君が今いる町にずっといてくれないかな

小さな町の小さな女の子
大きな町でやろうと思っている計画を持っているみたいだけど
君は星を手に入れようとする必要なんてないよ

君が探している小さな夢の一つ一つは
君の隣りにいる男の子の腕の中に見つかるはず

小さな町の小さな女の子
君が大きな町で実現しようと思っている夢のすべては
君自身の生れ育った町の中で
かなえられるはずだから

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by hinaseno | 2015-12-17 11:55 | 音楽 | Comments(0)