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40周年盤について、あれこれ考える日々……。
40周年盤といえば、ひとつだけ大瀧さん自身が手がけられた40周年盤がありました。1972年に発売されたファースト・アルバム『大瀧詠一』の40周年が3年前の2012年だったので、大瀧さんはその40周年盤の準備をされていたんですね。でも、残念ながら結局それはボツになり、そのかわりに2012年には『NIAGARA SONG BOOK』の30周年盤が出ることになりました。『NIAGARA SONG BOOK』の30周年盤が出たときの『レコード・コレクターズ』のインタビューで大瀧さんはこんな発言をされていました。
「ファーストの『大瀧詠一』が40周年記念だからってことでマスタリングをし始めたんだよ。そしたらキング・レコードが自分のとこでやるって言い出して。じゃ、出しても意味ないなと思ってやめたのよ」
――新たにリマスタリングしたんですか。
「した。これまで出さなかった音源も含めて」

以前にも書いたようにファーストの『大瀧詠一』はナイアガラ・レーベルのものではなく版権はキング・レコードにあるので、大瀧さんのやりたいようにはできなかったんですね。でも、未発表音源も含めてマスタリングも終えていたという言葉を聞くと何とももったいない気がしてなりません。

さて、先日紹介した大瀧詠一楽団の演奏による吉田美奈子版「夢で逢えたら」がかかった同じ日の放送でファーストの『大瀧詠一』の未発表音源がかかっています。「びんぼう」と「あつさのせい」の別バージョン。それぞれ「びんぼう(遊び編)」と「あつさのせい(もうメロメロ編)」という題がついているもの。

「びんぼう(遊び編)」は1995年に発売されたCDに収録された「びんぼう(ヒマダラケ・バージョン)」と同じく、布谷さんの過激な叫び声がいくつも収められているものの曲自体はアレンジも含めてオリジナルとほぼ同じ。
問題は「あつさのせい(もうメロメロ編)」の方。
メロディはオリジナルと同じですが、アレンジは原曲と全く違っています。オリジナルのロックンロールとは違って、まさに暑さでもうメロメロになってしまった状態の、レゲー調のゆる〜い曲。 でも、いい曲。 
さらにこのバージョンにはオリジナルにはない歌詞までついています。

オリジナルでは2番の終わりはこうですね。
あつさで気がくるったみんな
あつさのせい

でも、「あつさのせい(もうメロメロ編)」はこう。
あつさで気がくるつてしまつた
あつさのせい
あつさのせい
あつさのせい
あつさのせい

この歌歌って暑い暑い夏ぶっとばせ

「くるってしまった」ではなく「くるつてしまつた」と歌っています。そして最後の「この歌歌って暑い暑い夏ぶっとばせ」はオリジナルにはない独自のメロディ。

曲はもう一回、一番からリピートして歌われますが、2番の終わりの最後はこうなっています。
この歌歌って暑い夏乗り切ろう

この「あつさのせい(もうメロメロ編)」、40周年盤が出ていたらきっと収録されていたんでしょうね。もったいない限り。

ところで、佐野元春さんの新しいアルバムには『BLOOD MOON』には「封入特典」として、大瀧さんの「あつさのせい」(もちろんオリジナル・バージョン)のカバーをダウンロードできます。原曲を忠実にカバーしたご機嫌な曲に仕上がっています。
大瀧さんもきっと喜んでいるはず。

というわけで、変な画像がついていますが「あつさのせい」を。もちろんオリジナルです。
演奏メンバーは吉田美奈子版「夢で逢えたら」とほぼ同じ。ただ、浜口茂外也さんはメンバーに入っていないようです。

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by hinaseno | 2015-07-31 11:33 | ナイアガラ | Comments(0)

昨日のブログ、話を書き上げた後、ちょっとネットでチェックしていたときに見つけた浜口茂外也さんのインタビューで語られた言葉にびっくりしてしまって、どうしようかと思いつつ、そのままアップしました。
そのあたりのいきさつについてもう少しだけ。単なる勝手な推論ですが。

大瀧さんは「夢で逢えたら」を録音する前に、もう一つ吉田美奈子さんのために楽曲を提供していました。それがこの「わたし」という曲。いかにも大瀧さんん好みの”お囃子ポップス”です。



この曲、演奏メンバーは「夢で逢えたら」と全く同じ。ただ、浜口茂外也さんの演奏する楽器はフルートではなくパーカッション。ちなみに浜口さんは大瀧さんの『EACH TIME』でもパーカッションを演奏しています。
ということで勝手な推測。

大瀧さんは「夢で逢えたら」をレコーディングするときに、(どれだけはっきりと意識していたかはわかりませんが)レスリー・ゴーアの「ダニー」のあのフレーズをパーカッション系の楽器で演奏することを初めは考えていて、パーカッション担当の浜口さんと話をいろいろしているうちに、浜口さんが「じゃあ、フルート」で、ということであのようなフレーズを演奏してみたら、「あ、それいいんじゃない!」ってことになったのではないかと。いかがでしょうか。
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by hinaseno | 2015-07-29 11:33 | ナイアガラ | Comments(0)

今日、7月28日は大瀧さんの誕生日。といっても、何か特別な話をするわけではありません。前回の話の続きを。

ずっと前にも書いたことですが、1976年の3月2日の「ゴー!ゴー!ナイアガラ」のガール・シンガーズ特集でレスリー・ゴーアの「Danny」をかけたあとに大瀧さんはこんなコメントをされていました。
「これはよく聴くと、僕はこの曲にかなり影響されているなっていうのを今、非常に思いましたけどね」

その日のブログでも指摘した通り、これはひと月あまり前に録音した吉田美奈子さんの「夢で逢えたら」を指しての発言のはず。

レスリー・ゴーアの「Danny」の一番魅力的な部分は、何度も繰返し演奏される「チャチャチャチャ」というフレーズ。これを大瀧さんがどれだけ意識したのかはわかりませんが、「夢で逢えたら」でもこれに似たフレーズが、同じような使い方で何度も繰返し演奏されます。もちろん「夢で逢えたら」の方が、もう少し魅力的なものになっています。このフレーズを演奏しているのがフルート。

ここで「夢で逢えたら」の2つのバージョンそれぞれの楽団の演奏メンバーを確認。
まずは吉田美奈子版「夢で逢えたら」。録音は1976年1月16日。
Music Arrangement:大瀧詠一
Horns and Chorus and Strings Arrangement:山下達郎
Drums:林立夫 
Bass::細野晴臣 
Guitar:鈴木茂 
Keyboards:松任谷正隆
Flute:浜口茂外也
Sax:稲垣セクション
Background Vocals:大貫妙子・伊集加代子・吉田美奈子・山下達郎


で、シリア・ポール版「夢で逢えたら」。録音は1977年6月1日。
Music Arrangement:大瀧詠一
Strings Arrangement:山下達郎
Drums & Percussions:上原裕
Bass::田中章弘 
Guitar:村松邦男
Keyboards:井上鑑
Flute:浜口茂外也
Background Vocals:シンガーズ・スリー(伊集加代子・和田夏代子・鈴木宏子)

注目すべきは演奏者として両方のセッションに参加されているのが、ただひとりだけだということ。それがフルートを演奏されている浜口茂外也さん。
浜口さんのフルートで演奏されるあのフレーズが「夢で逢えたら」の最も魅力的な部分であることを大瀧さんもよくわかっていたんでしょうね。
だからこそ、「夢で逢えたら」を再録音するときにもあの部分を演奏するのは浜口さんのフルートしか考えられなかったんだろうと思います。

なんてことを書き上げた後、ネットをチェックしていたら浜口さんのインタビューがあって浜口さん、「夢で逢えたら」のあのフレーズについてこんなことを語られていました。
オリジナルの(口ずさんで)「夢でもし逢えたら~、タッタラタタッタ」という、この「タッタラ……」のフルートのフレーズはぼくが作ったわけ。レコーディング中にひらめいて、こんなのどう? ってね。大瀧さんが「それいいね」と言うので入っているんだけど。キンモクセイのバージョンには残念ながら入っていないんですねー(笑)。これはこれで大瀧さんも納得してらっしゃるんでしょう。

びっくり。気軽に「下敷きにして」とか言うもんじゃないですね。その場で生まれた「たまたま」もいっぱいあるわけです。

というわけで改めて吉田美奈子さんの「夢で逢えたら」で、浜口さんのフルートを聴いてみて下さい。


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by hinaseno | 2015-07-28 12:09 | ナイアガラ | Comments(0)

まもなく大瀧さんの誕生日。ちまたでは(って、いったい僕はどこに身を置いているのやら)「40周年記念盤」と題されたものがこれから次々に出されることになりそうです。僕個人の正直な気持ちから言えば、もう、いいか、と。未発表音源とかいろいろ出てくるだろうと思いますが、それでも、もう、いいか、と。これから出されるものには決定的に何かが欠けてしまっていることは確かで、手に入れて未発表音源なるものを聴いても、考えてしまうのは失われてしまった計り知れないほど大きな部分のことばかりになりそうなので...、なんてことは黙っていればいいんでしょうね。

それはさておき、今年になってず〜っと「ゴー!ゴー!ナイアガラ」を聴き続けています。で、最近聴いたのは1976年7月26日。今からちょうど39年前に放送されたもの。特集は「大瀧詠一」。毎年、誕生日に一番近い日の放送で自身の特集しているんですね。この特集、いまだに未発表なままの貴重な音源がいくつもかかっているんですね。いくつかの曲はそこだけ切り取ってiTunesに入れています。

この日の放送のエンディングでかかったのは吉田美奈子さんの「夢で逢えたら」の、コーラス入りのカラオケバージョン。大瀧さんはアーティスト名を「大瀧詠一楽団」と紹介しています。大瀧さんはインストゥルメンタルの曲を書けるときには、よくこういうアーティスト名にしています。例えばビーチ・ボーイズの曲でもインストゥルメンタルであればアーティスト名はブライアン・ウィルソン・オーケストラ。

さて、吉田美奈子さんの「夢で逢えたら」のコーラス入りのカラオケバージョンもとても素晴らしくてやはり切り取って保存していたのですが、YouTubeにその音源が貼られていることに今朝気づいてびっくり。コメントを見ると「ゴー!ゴー!ナイアガラ」でかかったものからとったとのこと。でも、実はその日の放送、イントロで大瀧さんの曲紹介の言葉がかぶるんですけど、この音源はその声が消されています。これですね。



ちなみに大瀧詠一楽団の「夢で逢えたら」は1977年5月31日に放送された103回目の「Dream特集」でもかかっているのですが、こちらは完成したばかりのシリア・ポールさんが歌ったバージョン。その音源もコーラス入りでたぶん未発表のはず。
この2つのカラオケバージョン、どちらかといえば吉田美奈子さんのバージョンの方が好みです。
イントロのトン・スト・トン・パンのあとはもろにこれですね。



ところでYouTubeで「夢で逢えたら」をチェックしていたらこんな音源が。



いろんな歌手が歌った「夢で逢えたら」をつなげたもの。吉田美奈子さんとシリア・ポールさん以外聴いたことがなかったので興味深く拝聴。で、1曲とっても素敵なものがありました。
それが石川ひとみさんが歌ったバージョン。ボサノバっぽいアレンジも今の季節にピッタリ。


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by hinaseno | 2015-07-26 14:55 | ナイアガラ | Comments(0)

ちょっと日がたってしまいましたが、ピースの又吉直樹さんが芥川賞を受賞されました。すごいですね。又吉さんの本は読んでいませんが、いろんな意味で親近感を覚える存在の人になっていたので、ずっと気にかけていて、機会があればエッセイなどを読んでいました。

で、先日、さらっと書いてしまいましたが、又吉さんはあの世田谷ピンポンズさんの曲に詞を書かれているんですね。
今年のはじめに発売されたピンポンズさんのセカンド・シングル「アナタが綴る世界」と、そのカップリングの「自転車を漕いだ秋」の2曲。個人的には「自転車を漕いだ秋」というタイトルに魅かれるものがあります。

世田谷ピンポンズさんの曲が気になりつつ、でも、Amazonなんかで買うのはふさわしくないなと思っていたら、姫路のおひさまゆうびん舎でピンポンズさんのCDを取り扱われるようになったとのこと。先日の小山清展に来て下さったことが縁になったようです。
おひさまゆうびん舎さんに行ったときに買えばいいと気長に構えていたら、又吉さんが芥川賞を受賞されて又吉さん関係のものに動きが出てくる気がするので、なくならないうちにと取り置きをお願いしておきました。関心のある方はぜひ。

次なる願いとしては、ピンポンズさんの次のアルバムに、又吉さんが詞を書かれた「アナタが綴る世界」と「自転車を漕いだ秋」、そして木山捷平が姫路で書いた詩に曲をつけられた「船場川」が収録されること。実現したら最高ですね。

ところで、11月におひさまゆうびん舎さんで世田谷ピンポンズのライブが再び行われることが決まったようです。今度は万難を排して伺う予定です。
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by hinaseno | 2015-07-22 11:35 | 雑記 | Comments(0)

今井正監督の『ここに泉あり』(昭和30年公開)をまた見ました。映画自体も素敵ですが、三井弘次、加東大介ファンとしては最高に楽しめる作品。ほろりとさせられる場面、思わず笑ってしまう場面など、飽きることがありません。さらに地方に作られた交響楽団の苦闘を描いたものなので、いろんなところに音楽がちりばめられています。
で、大好きなフォスターの曲も。
最も感動的な場面の一つであるこのシーンで演奏されたのがフォスターの「金髪のジェニー(Jeanie With the Light Brown Hair)」。僕がフォスターの曲の中でも特に好きな曲です。
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で、今回見直していたらもう一曲フォスターの曲が”歌われて”いました。歌っていたのは、なんと三井弘次。
経済的なことから楽団の存続がきびしくなっていよいよ楽団を解散すると決まった夜、最後の晩ということで楽団員がいっしょに酒を飲み始めます。もちろん一番酔っ払っているのは三井弘次。
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踊ったり、わけのわからないことをわめいたりしていますが、こういう演技は抜群。左にいるのは加東大介。

この後三井弘次は一人だけ酒を飲もうとしない楽団員の方に向かって歌を歌いながら歩いていきます。
このときに歌っていたのがフォスターの「ケンタッキーの我が家(My Old Kentucky Home)」の最初の部分。
The sun shines bright in the old Kentucky home

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なんで唐突にこの歌を、と思いましたが、改めてその前を見返したらちゃんと伏線がありました。
べろべろに酔いながら三井弘次が口にしていたのがこの言葉。
「電気センタッキー・ホームに扇風機」

どうやらチンドン屋をしたときのセリフだったようです。「電気センタッキー・ホーム」というのは電気洗濯機とケンタッキー・ホームをかけた言葉だったんですね。

それにしてもこの『ここに泉あり』の2年前に公開された小津安二郎の『東京物語』でもフォスターが使われていたりと、当時の日本人にフォスターの曲が深く浸透していたことがよくわかります。
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by hinaseno | 2015-07-19 12:25 | 映画 | Comments(0)

加東大介の話が続いたので今日は三井弘次の話。
この日紹介したインタビュー記事で、三井弘次は与太者シリーズの映画に出ていたときに、小津に認められて小津の映画に出るようになったと語っていました。
与太者シリーズは昭和6(1931)年から昭和10(1935)年にかけて10回も続いています。一応作品を並べてみます。
①令嬢と与太者(1931年)
②初恋と与太者(1932年)
③与太者と縁談(1932年)
④戦争と与太者(1932年)
⑤与太者と芸者(1933年)
⑥与太者と海水浴 (1933年)
⑦女学生と与太者(1933年)
⑧与太者と脚線美(1933年)
⑨与太者と花嫁 (1934年)
⑩与太者と小町娘(1935年)

このシリーズの「与太者と海水浴」に、当時9歳だった高峰秀子さんが出演されていました。しかも男の子役。高峰さんは子役の頃、かなりたくさんの映画で男の子役を演じていたんですね。ここで「与太者と海水浴」のいくつかのシーンを見ることができます。学生服を着て男の子の役を演じている高峰さんや与太者の一人である三井弘次の写真を見ることができます。

高峰秀子さんの『わたしの渡世日記』では、この「与太者と海水浴」と三井弘次の話が少し出てきます。ちなみにこのとき三井弘次は23歳。
「与太者と海水浴」は、それまでの女優路線一辺倒の蒲田調には珍しく、若者三人組の喜劇シリーズであり、三人組の一人は、現在もなお独特な芸風で活躍中の三井弘次であった。今から四十余年の昔、「与太者と海水浴」の宣伝スチールを撮るために、私は「写場」へ行って三人の若者と初対面をしたが、なぜか小柄で目つき鋭く、いなせな、というより一癖ありげな若者、三井弘次だけが私の印象に残った。
「今までの松竹の俳優にはなかったタイプの人」だと、子供心にも感じたのだろうか? 以来、四十年余り、私は執念深く三井弘次をみつめ続けたが、彼が歩、一歩と独特の個性を生かして「いぶし銀」のような演技者になってゆくのが、他人ごととは思えないほどうれしかった。彼の演技に接するたびに、私は「先見の明があった」と得意になっている。彼と私は、その後も何本かの映画で共演したが、それとこれとは全く無関係で、私は彼の一ファンであり、彼の演技を見ることが楽しいのである。

正直言えば、小学校3、4年の女の子であれば、いや、女性であれば、嫌悪感を抱かれても仕方がないような人なのに、 三井弘次という役者に目を留め、その後も「執念深く」「みつめ続け」たということに高峰秀子という人の独特の感性を改めて思い知りました。
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by hinaseno | 2015-07-17 12:25 | 映画 | Comments(0)

こちらで見つけた加東大介の素敵な写真。
今からほぼ50年前の昭和39(1964)年夏の『週刊文春』のグラビアに載ったものとのこと。ということでその雑誌を入手。表紙を開いた最初のページに載っていました。うれしいことに加東大介のサインも載っています。加東さんのサインを見たのは初めて。
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タイトルは「私はこれになりたかった」。「88」という数字がついているのは、このタイトルでシリーズが続いていたのでしょうか。
タイトルの後にはこんな言葉が。
「それは縁日のお店やさんです」

で、その縁日のお店やさんになったのがグラビアの写真ですね。
そして写真の下には加東大介のこんな言葉。
子供のころ浅草で育った私は、よく縁日にゆきました。色とりどりのお面や風車をたくさん並べて売っている人を見ると「なんとこの人は物持ちなんだろう」と感心したり、自分がこの人になって、おもちゃも買ってもらえない友達にどんどんあげられたら……という空想をしたこともありました。
その夢は今でも持ち続けています。子供が大好きな私は、いちど縁日に店を出して通りすがりの子供さんたちに、おもちゃを配りたいと思っています。

いい話ですね。写真の加東さん、よく似合っています。
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by hinaseno | 2015-07-15 13:45 | 映画 | Comments(0)

先日、ある店の隅の方を歩いていたら、古い映画関係のスナップ写真がたくさん入った段ボール箱を発見。何かないかと思っていろいろ見ていたら、加東大介と淡島千景の仲睦まじいこんな写真が。
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加東大介と淡島千景といえば、すぐに思い浮かぶのは『早春』のこのシーン。
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池部良の家に泊ることになった加東大介が下にいる淡島千景のところにやってきてくどくどと話をするんですね。
さらにこの後、三井弘次も降りてきて、酔っ払った二人がいやがっている淡島千景を気にせず、しゃべり続けます。三井、加東ファンとしては最高のシーンですが、もちろん淡島千景としては最悪。
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といったイメージしか持っていないので、上に貼った写真は何だかイメージが狂ってしまいます。もちろん加東大介と淡島千景はいろんな映画で共演しているはずなので、おそらく夫婦役、あるいは恋人役もあったにはちがいありませんが、この写真の手がかりはありませんでした。
と思って、裏返してみたらありがたいことに、この写真のもとの持主が、写真の詳しい説明を書いていました。

この写真は昭和43(1968)年に放送された『お多江さん』というテレビ番組のワンシーンだったようです。ウィキペディアの加東大介には出演したテレビ番組に『お多江さん』は書かれていませんね。ネット上には『お多江さん』に関する写真も見づらいのが1枚あるだけ。というわけでかなり貴重な写真ではないでしょうか。
せっかくなので写真の裏に書かれていたことをそのまま写しておきます。
ABCTV6ch
〈スタジオドラマ〉
お多江さん〈カラー〉最終回
横町に幸せの風
放送日 10月5日(日)後8:00〜8:56

新婚旅行のホテルで大照れの磯吉と、そわそわ落ちつかないお多江さん
左より
  加東大介(磯吉)
  淡島千景(お多江さん)

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by hinaseno | 2015-07-14 12:28 | 映画 | Comments(0)

浅草の松屋のことが気になって川本三郎さんの『いまむかし東京町歩き』の「松屋浅草店の屋上遊園地」を読んだら、昭和10年公開の成瀬巳喜男の『乙女ごころ三人姉妹』に松屋の屋上に行くシーンが出てくるとのこと。で、YouTubeをチェックしたら映像がアップされていました。ラッキー。
一時間ちょっとの短い映画ですが、松屋が頻繁に映ります。タイアップしてたのかもしれません。もちろん隅田川とそこに架かっている橋もいくつか映ります。
最初に映ったのはこのシーン。やや見づらいのですが、三女の梅園竜子の向こうに見えるのは言問橋。
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このあと、もう少しはっきりと映ります。三女がこのとき男と歩いているのは隅田川東岸の言問橋の南の川岸。
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次に映るのはこの場面。総武線の鉄橋の向こうに対岸の松屋がとらえられています。この頃はまだスカイクルーザーはできていません。
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で、このあと松屋の屋上から下を眺めたシーンが映ります。映ったのはサミュエル・フラーの『東京暗黒街 竹の家』では映らなかった松屋のすぐそばの吾妻橋。
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ちなみに岩波写真文庫の『川 ―隅田川―』には「吾妻橋」と題してこんな写真が載っていました。どこから撮影されたかは書かれていませんが、まちがいなく松屋の屋上から撮ったもののはず。
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ところで『乙女ごころ三人姉妹』が公開された翌年の昭和11年に書かれた荷風の『濹東綺譚』にはこんな場面が出てきます。
吾妻橋のまん中ごろと覚しき欄干に身を倚せ、種田順平は松屋の時計を眺めては来かかる人影に気をつけている。

翌年、朝日新聞に連載されたとき、木村荘八が描いた挿画がこれ。吾妻橋の真ん中あたりから西をとらえた風景。右に見える建物が松屋ですね。
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ところで、『乙女ごころ三人姉妹』では隅田川を走る水上バスに乗った場面で、橋の下をくぐるシーンが映るのですが、これはどうやら清洲橋のようです
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by hinaseno | 2015-07-13 13:59 | 映画 | Comments(0)