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Talks About Music, Books, Cinema ... and Niagara


by hinaseno
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『あの人、この人 牛窓人物誌』には、普通の情報誌には載っているはずの写真は一切ありません。ところどころに牛窓の風景を描いたモノクロのイラストが載っているだけ。「聞き書き」とのことですが、文章をまとめた筆者自身の思いもそえられています。そこにはおおげさな言葉は一切なく、言葉のトーンはあくまで静か。どの人の章を読んでも、取り上げた人への敬意にあふれたやさしいまなざしが感じられます。

僕が手にとった冊子の最初に載っていたのは「木造船棟梁」。昔、大阪の遺跡から発見された船形埴輪を復元した人でもあるとのこと。そのニュース、確か全国紙で読んだ記憶がありました。それが牛窓の人だったとは。復元できる技術は牛窓にしかなかったとのことです。
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ちなみにこれは牛窓の造船所を写したもの。作業している人は誰もいませんでした。船を作っている造船所が近くに一軒ありましたが、こちらの造船所はもう船を造らなくなってしまったのかもしれません。船に使われるはずのきれいなカーヴをえがいた木材がいくつも横たわっていました。

川本さんも初めて牛窓に来たときに木造船を造る家を訪ねられていました。藤井正吉さんという方。『あの人、この人 牛窓人物誌』に載っていた人とは違っていました。川本さんが牛窓を訪ねられたとき(今から25〜6年前)にも牛窓の船大工は数少なくなっていたようですが、現在はどうやら一軒だけのようです。

その次に読んだのは、その冊子の最後に収められていた牛窓の「最後の町長」。
牛窓町は今からちょうど10年前に近隣の町と合併して瀬戸内市になったのですが、そこに至る様々な紆余曲折が書かれていました。知っていることもあれば、全く知らなかったことも。
一番驚いたのは牛窓に産業廃棄物処分場建設の話が進められていたこと。この最後の町長は「反・産業廃棄物処分場建設」を掲げて町長選に立候補されたそうです。いろんな利権・思惑が絡んでの相当に厳しい選挙戦だったようですが、町民への理解も次第に深まり結果的に大差で当選。当選後、県に処分場の建設を白紙撤回させたそうです。

もしもこのときに処分場建設を支持する側の人が当選していたならば、どうなっていたんだろうかと考えます。処分場建設の対価としてたくさんの金が牛窓に落ちて「牛窓町」という名前は残ったかもしれません。でも、きっと僕が「帰窓」したいと思えるような牛窓の町はなくなっていたにちがいありません。
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by hinaseno | 2014-04-30 10:18 | 雑記 | Comments(0)

牛窓に行ってきました。いや、”行ってきた”というよりも気持ちの中ではいつも”帰ってきた”という感じ。

「帰窓」ですね。

先日、牛窓在住のある方(お生まれは東京)の本をいただき、その本の中でこの「帰窓」という言葉を見つけました。その方が牛窓に帰ることを表す言葉として考えられたとのこと。
素敵な言葉ですね。音的にも「帰巣」と同じ。僕もこれから牛窓を訪れるたびに「訪窓」ではなく「帰窓」という言葉を使いたいと思っています。
その方やその本のことについては、また改めて書きたいと思っています。

さて、僕が「帰窓」して、必ず車を停める場所は例のニコニコ食堂の前。店は閉じてしまっていますが、いつも「ニコニコ」と迎えてもらっています。でも、今回訪れたときに見たら何かおかしい。驚いたことに、昨年の1月に行ったときには「ニコニコ」だったのに、今回行ったら「ニコニコ」の2つめの「ニ」の下の横線が落ちてなくなっていました。
これが昨年1月に訪れたときに撮った写真。
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そしてこれが先日訪れたときに撮った写真。
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まだ、うっすらと下の線の痕が残ってはいるものの、「ニコニコ」ではなくなってしまているのを見てちょっと悲しい気分に。

気持ちを持ち直して「波兎」が飾られた建物を探しに。
前回はその建物の場所を確認せずに行ったのですが、今回はきちんと場所を確認して行きました。櫓屋という建物。例の『カンゾー先生』でも、遊廓シーンで使われたそうです。場所はニコニコ食堂のすぐ近く。

でも、見当たらない。近くにあった絵地図にも櫓屋は描かれているのですが。
どうやら、近年、建物は取り壊されたようで、その建物のあった敷地には新しい家が建てられていました。

残念。
気がついたときには遅かったということばかり。

再び気持ちを持ち直して、ニコニコ食堂のそばにある小料理屋へ。川本三郎さんが2度目に牛窓を訪ねられたときに立ち寄って「刺身と瀬戸内名物のままかりを肴に酒を飲んだ」という「いい店」ですね。寿司勝という名前の店。
川本三郎さんはどこに座ったんだろうかと思いながら、カウンターの端の方に座ってお昼の定食を注文。
ふと目を前にやるとカウンターの端の方に小冊子が並んでいました。販売もしているようでしたが、見本のようなものがあったので手にとってみました。

『あの人、この人 牛窓人物誌』と題された本。目次には8人の牛窓に暮らす人の名前とその人の職業、あるいはその人がたずさわっている活動が載っていました。
「はじめに」にはこんな言葉が。
牛窓に住むさまざまな人びと、農業・漁業・造船・商店など実業にたずさわる人びと、絵画・文芸・教育・サークルなど文化にたずさわる人びと。これらの人びとの”生活と意見”を聞き書きによってまとめることで、個人史でもあるが牛窓の町の歩みの一端を語るものにしたい……。こんな思いから、この『あの人、この人 牛窓人物誌』の企画が立てられました。

これだけ読んだだけで、これはまさに僕が読んでみたい本であることを確信しました。
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by hinaseno | 2014-04-29 10:31 | 雑記 | Comments(0)

ビーチ・ボーイズの曲のタイトルに「窓(window)」が付いているのはたった1曲しかありません。1970年の『サンフラワー』に収められた「At My Window」。
アル・ジャーディンとブライアン・ウィルソンの共作。詞はもちろんアル、曲もかなりの部分はアルが書いたんだろうと思います。



すずめが窓辺にやってくるというのどかな歌(後の詞を読むとこのすずめは「he」となっているのでオスだったんですね)。改めて聴いてみると、とってもいい曲ですね。ブライアンが途中で語っているフランス語もいい感じ(何と言っているんだろう?)”優しい”曲の多い『サンフラワー』らしい曲。そこには「車」も「海」も「サーフィン」ありません。考えてみると、デビューから徹底してアウトドアをテーマにした曲を歌い続けてきたので、「窓」なんて関係ないですね。
ブライアンの本来の性質を表していると思われる「IN MY ROOM」には逆に「窓」すらありません。真っ暗な部屋の中にこもって、外を見ることもしない。

それにしても『サンフラワー』は本当にいいアルバムですね。味わい深い曲が集まっています。それを聴いていた時期の嗜好によって好きな曲はいろいろと変わってきています。ここ数年好んで聴いているのは「All I Wanna Do」。LPでいえばB2の曲。いかにもって感じです。それにしてもこのB面の並びは素晴らしいですね。
でも、このアルバムで昔からずっと一番好きな曲としてありつづけているのはA面3曲目の「Add Some Music To Your Day」。ブライアンの書いた曲もいいですが、日常の何でもない風景を描写したマイク・ラブの詞が素晴らしい。何よりもタイトルが最高です。この言葉とメロディとのからみも文句なし。

このタイトルをそのままとって達郎さんは19歳のときに友人たちと自主制作盤を作り、それを銀次さんが聴いて大瀧さんのところに話しが行って...、なんてことはもう何度も書きましたね。達郎さんはアルバムにこの「Add Some Music To Your Day」を入れようとしたそうですが演奏が難しくて途中でヤメにしたとのこと。

その『Add Some Music To Your Day』のレーベルに波兎が描かれていることをこの日のブログで書きました。
ネットで調べたらいろんな波兎があるんですね。でも、僕がずっと気になっていたのは牛窓の波兎。「窓」の話は牛窓へとつながっていきます。
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by hinaseno | 2014-04-28 10:17 | 雑記 | Comments(0)

真っ白で高くそびえる大邸宅が何なの
窓とドアにすぎないじゃない
宮殿が何なのか教えて
よく考えてみたら
天井と床でしょう

窓とドア
天井と床
本当の愛はお店では買うことのできないもの
窓やドアのように
天井や床のように

これはジャッキー・デシャノンが歌った「Windows And Doors」。
曲を書いたのはバート・バカラック。そして詞を書いたのはハル・デイヴィッド。



この歌詞について、ある人がハル・デイヴィッドに「なぜ、『窓とドア』なんですか、『ポットとフライパン(pots and pans)』じゃなくて」と訊ねたそうです。どうやらそのときにははっきりとした答えを返すことができなかったみたいですね。でも、あとになってハル・デイヴィッドはこう考えました。
たぶんそれは私が料理人じゃなくて作詞家だから、だと。

この話はハル・デイヴィッドのおそらく唯一の著書『What the World Needs Now and Other Love Songs』(Trident Press 1968)に書かれています。ハル・デイヴィッドが歌詞を書いた曲の詞と、その曲にまつわるハル・デイヴィッドのちょっとした話が収められた本。残念ながら日本語に翻訳されていません。
バカラックの自伝が翻訳され評判をよんでいる今だからこそ、翻訳、出版されてほしいです。バカラックのような華麗な女性遍歴は何ひとつ書かれていないので面白みには欠けているかもしれませんが、曲に関する興味深いエピソードがいくつもあって、いつも手元に置いてときどき眺めています。それぞれの曲が書かれてから、まだそんなに歳月が経っていない時期のものなので、事実関係も信用がおけます。
「Raindrops Keep Fallin' On My Head」の歌詞の”Raindrops Keep Fallin' On My Head”の部分はバカラックがメロディを考えているときにバカラック自身から出てきた言葉だということが『バート・バカラック自伝』に書かれていたので確かめようと思ったら、この本の出版された1968年には、まだ曲が生まれていませんでした。
この本の存在は、小西康陽さんの『ぼくは散歩と雑学が好きだった』で知りました。小西さんはだれかにプレゼントされたんですね。

さて、ここのところずっと気になっているのは「窓」のこと。いろんな「窓」についての話があって、どれから書いてよいやらです。世界にはあまりにもたくさんの、いろんな種類の「窓」がありすぎます。
そういえば、バート・バカラックとハル・デイヴィッドが書いた曲に「The Windows Of The World」という曲があります。たくさんの人に歌われていますね。社会性を含んだ詞も素晴らしい。ハル・デイヴィッド自身も「私が書いた作品の中でも特にお気に入り」とのこと。僕は”Everybody knows”という部分が好きです。メロディと詞が見事に重なりあっています。



このコンビでは他にも「Window Wishing」というタイトルの曲があったりと「窓」はハル・デイヴィッドにとっては重要なモチーフだったようです。

考えてみると村上春樹もそれに気がついていて、だから「バート・バカラックはお好き?」という短篇のタイトルを「窓」に変更したのかもしれません。

話は少し変わって、一昨日は達郎さんや大貫妙子さんのいたシュガー・ベイブの『SONGS』が発売された日でした。
今から39年前の1975年4月25日。レーベルはもちろんナイアガラ。大瀧さんが設立したナイアガラ・レーベルの第1号の作品。
最近は大貫妙子さんの曲をよく聴いているのですが、この『SONGS』に収められた大貫さんの曲の歌詞を読むと、「街」という言葉はあっても、主人公の少女はその「街」には入ることはできなくて、彼女がいるのはおそらくは小さなアパートの「窓」のそば。「蜃気楼の街」や「風の世界」には「窓」という言葉が出てきます。
その「窓」から「街」を眺めて、「街」へ「飛び出す」こと、「かけ出す」ことを考えているけれど、まだドアを開けてそこに出て行く勇気がもてない。そんな詞ばかり。

大貫さんに「どうしてそんな詞を?」と訊いたら、ハル・デイヴィッドと同じように「たぶんそれは私が料理人じゃなくて作詞家だから」と答えてくれるかもしれません。大貫さんは作曲家でもあるんですが。
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by hinaseno | 2014-04-27 11:25 | 雑記 | Comments(0)

「夏の日の恋」や「真夏の昼の夢」に聴かれるヴァイオリン・ピッチカートもいいですが、今、はまっているのは(よくはまります)「パッカ・ポッコ」。
昨日紹介したアル・カイオラの「Laramie」をはじめとして西部劇がらみ(カントリー・ウェスタン)の曲でしばしば耳にする音。もちろん馬の歩む音を表しています。
Al Caiolaの『The Caiola Bonanza』には「Laramie」の他にも「パッカ・ポッコ」が聴かれる曲が入ってました。「Wagons Ho!」という曲。



これもどうやらテレビで放映された西部劇のテーマソングのようです。アル・カイオラのギターはそんなには目立ちませんが、とってもいい曲ですね。このバージョンがテレビで使われたのかどうかはわかりません。

「パッカ・ポッコ」といってすぐに思いつくのは小坂一也の「ワゴン・マスター」。大瀧さんの「スピーチ・バルーン」というラジオ番組の小林旭の特集で知った曲。これがまたいい曲なんです。



1954年に作られた日本のオリジナルのウェスタン・ソング。おそらくは和製のカントリー・ソングのヒットの第一号だろうと。

曲を書いたのは服部レイモンドという人。「日本の歌謡界では傍流」だそうです。ただ、服部レイモンドさんは「ワゴン・マスター」の前年の1954年に「Gomen-Nasai(ゴメンナサイ)」という曲を書いていて、なんとビルボードに入ったそうです。リチャード・バワーズ盤が15位、エディ・ハワード盤が17位、ハリー・ベラフォンテ盤が19位という大ヒット(調べたら江利チエミも歌っているようです。江利チエミさんのがオリジナル?)。
聴いてみたらこれがなかなかいい曲。
YouTubeにリチャード・バワーズ盤があったので貼っておきます。最初に「さくら、さくら」がちょこっと出てきます。



この曲、大瀧さんによると、いろんな理由で放送禁止になってしまい、結局、服部レイモンドという人は「埋もれてしまった作曲家のひとりになってしまった」と。ネット上でチェックしても、やはり「埋もれた」状態は続いているみたいですね。だれか掘り起こしてくれないかな。僕の力では限界が見えていますので。

ところで昨日も触れた「パッカ・ポッコ」という音。もちろん何か木魚のようなものを叩いているんでしょうね。それも「パッカ」という音のするものと「ポッコ」という音のするものの2種類。小坂一也さんの歌った「ワゴン・マスター」ではまさに木魚が使われているのかもしれませんが。

いずれにしても、これからちょっとずつ「パッカ・ポッコ」ソングを探していこうと思います。もしご存知の方がありましたら教えて下さい。それから服部レイモンドさんのことも。
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by hinaseno | 2014-04-26 10:53 | 音楽 | Comments(0)

朝から聴いているのはアル・カイオラの「Laramie」。テレビで放送された「ララミー牧場」のテーマソング。入手したCD『The Caiola Bonanza』に収録されていて、初めて聴いたのですがこれがたまらなくいいんですね。日本ではシングル盤も出ていたみたいです。レコード屋さんで何度か見かけた記憶があります。



イントロのヴィブラフォン、それからアル・カイオラのギターも素晴らしいのですが、その後に出てくる馬がゆっくりと歩くときの蹄の音を表す「パッカ・ポッコ」がたまりません。この音はどの楽器を使ってどうやって出しているんでしょうか。
個人的にはまだ「夏の日の恋」ブームが続いていますが、今はアル・カイオラの「Laramie」をヘヴィー・ローテーション中(エンディングがバカラックの何かの曲とそっくりな気が...)。

「夏の日の恋」といえば…
いやはやなんとも、驚きの話が。

昨夜、村上春樹の『女のいない男たち』を読み終えました。6つ収められた短篇を1日1篇ずつ。昨夜読んだのは最後に収められた表題作「女のいない男たち」。唯一の書き下ろしです。
なんとこれにパーシー・フェイスの「夏の日の恋」が出てきたんですね。しかもこれまでの作品のように、どこかでちらっと流れていたという形ではなく、もう少し意味のある形で。びっくりでした。

作品の後半にこんな言葉が出てきます。
僕がエムについて今でもいちばんよく覚えているのは、彼女が「エレベーター音楽」を愛していたことだ。

ドキッとして、もしかしたらと思ったら、次の行に「パーシー・フェイス」の名前が見えていました。
これだけかなと思ったらそうではなく、その後でパーシー・フェイスの「夏の日の恋」が出てきて、その曲にまつわる具体的な話が出てきます。ちょっとここには書けない話ですが。

そして作品の最後はこんな言葉で締めくくられています。
 エムが今、天国――あるいはそれに類する場所――にいて、『夏の日の恋』を聴いているといいと思う。その仕切りのない、広々とした音楽に優しく包まれているといいのだけれど。ジェファーソン・エアプレインなんかが流れていないといい(神様はたぶんそこまで残酷ではなかろう。僕はそう期待する)。そして『夏の日の恋』のヴァイオリン・ピッチカートを聴きながら、彼女がときどき僕のことを思い出してくれればなと思う。しかしそこまで多くは求めない。たとえ僕抜きであっても、エムがそこで永劫不朽のエレベーター音楽と共に、幸福に心安らかに暮らしていることを祈る。
 女のいない男たちの一人として、僕はそれを心から祈る。祈る以外に、僕にできることは何もないみたいだ。今のところ。たぶん。

考えてみると、今僕が聴いているアル・カイオラの「ララミー牧場」も、あるいはバカラックの曲も「エレベーター音楽」として聴き流されることの多い音楽。確か『バート・バカラック自伝』にも自分の作った曲が「エレベーター音楽」と見なされていることへの不満の気持ちが書かれていたような気もします。
僕にとってはそれらの音楽はまさに「仕切りのない、広々とした音楽」。ただし、ただただ「優しく包まれている」だけではないのですが。

村上春樹の『女のいない男たち』の表題作である書き下ろしの「女のいない男たち」は、おそらく大瀧さんが亡くなったあとに最初に書かれた村上春樹の作品だと思います。村上さんが大瀧さんの音楽にどれだけ触れていて、大滝さんの死をどのように受けとめられていたかは知る由もありません。ジャズとともにアメリカン・ポップスをこよなく愛してきた村上さんのこと、もしかしたら大瀧さんの「アメリカン・ポップス伝」を興味深く聴いていたかもしれません。
その「アメリカン・ポップス伝」を聴い続けてきて、僕なりに最も重要な曲と考えたパーシー・フェイスの「夏の日の恋」を、『女のいない男たち』の表題作の中の重要な曲として入れられている。これを単なる偶然というべきかどうか...、なんてことを思わせることが多いからこそ、村上さんに惹き続けられてしまっているのですが。

ちなみに『女のいない男たち』で最もよかったのは5作目の「木野」。まえがきを読むと、短篇集に収められた作品としては最初に書かれたようです。ただしこの「木野」だけは「推敲に思いのほか時間がかかった」とのこと。「何度も何度も細かく書き直した」そうです。
僕の印象では、この「木野」は、400字詰めの原稿用紙80枚には収まりきらない、相当大きな物語になる要素を含んでいるように思いました。おそらくは『ねじまき鳥クロニクル』のような作品になっていくのではないでしょうか。
ところで「木野」には「岡山」という言葉がちらっと出てきます。主人公である木野が「岡山に本社のある中堅企業」に勤めていたという設定。なかなかいい会社として描かれています。別に悪く書かれていても文句を言う議員さんがいるとは思いませんが。

そういえば北海道のあの町は架空の「上十二滝町」に変わっていましたね。「十二滝町」は『ダンス・ダンス・ダンス』に出てくる町。
「滝」という言葉が出てくるだけで反応してしまいます。
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by hinaseno | 2014-04-25 10:00 | 文学 | Comments(0)

川本三郎さんが牛窓を再訪されたときの話を収めた『文藝春秋SPECIAL もう一度日本を旅する』(2010年季刊夏号)をぱらぱらとめくっていたら、川本さんのエッセイによく登場される、やはり鉄道好きの原武史さんのエッセイが載っているのに気づきました。タイトルは「山陽本線で歴史を感じる」。初めに原さんは山陽本線の魅力についてこう語っています。
眺めのいい線なら他にもたくさんあります。(中略)これらの線と山陽本線が決定的に違うのは、自然と人間の営みが関わり、歴史の厚みが感じられることなのです。

で、いろんな場所のことを書かれた最後に「山陽本線の車窓風景十選」というのが載っていて、なんとその第2位が「上郡ー三石」。
ちなみに1位は「須磨ー垂水」。電車で神戸に行くときには、このあたりを通るときが一番ワクワクします。それから3位は「新倉敷ー金光」。ここまで兵庫・岡山間が占めています。ついでと言っては何ですが、小津安二郎の『東京物語』の舞台のひとつになっている「東尾道ー尾道」は第5位。

さて、堂々の2位に選ばれた「上郡ー三石」についてこんなことが書かれています。
 神戸から門司まで、山陽本線はかなり長い距離を走るわけですが、車窓に現れる小さな変化に気をつけていると、「違う文化圏に入った」と感じることがあります。たいていの場合、駅間距離が長いところが境界にあたっています。上郡ー三石間がいい例で、12.8キロに及ぶこの区間は船坂峠で兵庫県と岡山県に分かれます。それは、そのまま昔の「播磨国」と「備前国」の分岐点でもあります。だらだらと続いた上り坂がやっと終わり、船坂トンネルを越えると、突然、煙突が点在しているのが目に入ってくる。この煙突は、耐火煉瓦工場なのです。三石の駅舎も橙色の瓦屋根が目に鮮やかで、風情がある。このトンネルを越えるとき、私はいつもゾクゾクしてしまいます。この感覚は、未知の文化圏に対する期待感でもあるのでしょう。

『東京物語』の撮影のために、小津が山陽本線に乗って尾道に向かっていたときにも、この船坂トンネルを越えて、突然、煙突が立ち並んでいる風景(小津が訪れたときには「点在」ではなく「林立」ですね)に驚いたに違いありません。

と書きつつ、僕が電車に乗ってこの区間を通ったのはそんなにないですし、まず初めに岡山側から兵庫に向かったので、驚きを感じることはありませんでした。
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by hinaseno | 2014-04-24 10:31 | 文学 | Comments(0)

夏はまだまだ先というのに、どっぷりとはまってしまった「Theme From "A Summer Place"」。パーシー・フェイス以外のいろんなバージョンを集めて聴いています。
まだいろいろと探している段階ですが。
僕が持っているもので気がついたのは、まずなんといってもジョニー・ソマーズの歌ったもの。一番よく聴いたものだと思います。といっても、これまではわりと聴き流していました。
それからレターメン。これは歌ものとしては大ヒットしたようですね。
次に大好きなギタリストであるジョージ・ヴァン・エプスの演奏しているものもありました。この人のギターの音色には独特の響きがあって、この「Theme From "A Summer Place"」を収めた『My Guitar』と、バカラックの「This Guy's In Love With You」を収めた『Soliloquy』は近年の最大の愛聴盤になっています。小西康陽さんの『これからの人生。2009年版』でジョージ・ヴァン・エプスの「This Guy's In Love With You」を聴いて衝撃を受けたのですが、演奏している人を探すのに苦労しました。

CDで見つかったのはこれだけ。あとはレコードでもうひとつ。
スキーター・デイヴィスの『Singin’ In The Summer Sun』に収められていました。夏の曲ばかりを集めた素敵なアルバム。内容も最高ですが、イラストのジャケットがすばらしいんですね。
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大きく描かれた女性(スキーター・デイヴィスのような、そうでないような)も素敵ですが、彼女の肩越しに見える夏の海辺の風景もいいんですね。ビーチ・パラソルの下の家族、あるいは2組のカップルの様子もかなり細かく描かれています。ストライプのシャツと白いコットンパンツをはいた男性はギターを弾いていますね。
海の中で遊んでいる人たちも見えます。
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その他はネットやiTunes Storeを頼りに見つけていきました。
ビリー・ヴォーン楽団、ヴァンチャーズ、チェット・アトキンス、トルネイドーズ、サント&ジョニー、コーデッツ、クリフ・リチャード、ジュリー・ロンドン、そしてなんとアル・カイオラも。



アル・カイオラが演奏すると”Summer Place”は「夏の海」よりも「荒野」になってしまうから不思議。

ところで、昨年、アル・カイオラの曲を45曲も集めた2枚組のCDが発売されていたことをつい最近知りました。この「Theme From "A Summer Place"」も入っていますし、何よりもおそらくは初CD化である、あの最高にすばらしい「落日のシャイアン」が収録されています。それだけでも”買い”です。

さて、いろいろ聴いていてどれがいいかな考えてみました。パーシー・フェイスとジョニー・ソマーズは耳タコ的に聴いていたのでこの2つは省いて。
やはりジョージ・ヴァン・エプスが最高にすばらしいですね。それからジュリー・ロンドンのジャジーなバージョンもかっこいいい。クリフ・リチャードもいいです。

でも、一番のお気に入りはスキーター・デイヴィス。
パーシー・フェイスのバージョンを代表に、普通は”There are no gloomy skies, When seen through the eyes, Of those who are blessed with love”の部分でピチカートが聴こえてくるのに、このスキーター・デイヴィスのは全編ピチカート。
で、歌入りのバージョンで僕が好きなのはその後に続く”And the sweet secret of A summer place”のところ。歌詞はあとで付けられたものですが、本当はそこに歌詞を付けなくてもいい部分に言葉が添えられているんですね。こういう部分がとても好きなのですが、聴かせどころであるこの部分をスキーター・デイヴィスは”語り”にしています。この部分を繰り返して歌っている人もいるのに。でも、それがちょっと違った魅力になっています。

というわけで、3人の歌ったものを貼っておきます。
まずはジョニー・ソマーズ。



それからジュリー・ロンドン。



そしてスキーター・デイヴィス。



おまけにジャン&ディーンの「Like A Summer Rain」を貼っておきます。この曲、「Theme From "A Summer Place"」のメロディをとってたんですね。全然気づきませんでした。



実はある人が演奏した「Theme From "A Summer Place"」を探しています。録音されたのはおそらくパーシー・フェイス楽団と同じ頃。シングルのみで発売? このバージョンはiTunesにもYouTubeにもありません。でも、アメリカン・ポップス伝的にすごく気になっています。大瀧さんはきっとそれを聴いていただろうと。
また、それが手に入ったときにその話をします。
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by hinaseno | 2014-04-23 10:02 | 音楽 | Comments(0)

パーシー・フェイスの「夏の日の恋」を何度も繰り返して聴いているときに(これほど意識して何度も聴いたのは初めて)ふと、ある曲が頭に浮かんできました。
大瀧さんの「真夏の昼の夢」。『ナイアガラ・カレンダー』に収められた8月の曲。

つながったのはあの印象的なイントロのストリングス。「タン・タン・タン・タン・タン」というピチカートの音ですね。
曲全体の空気感、曲から見えてくる風景も似ている気がします。メロディのどこかが似ているというわけではなく。

そういえばと思って、『ナイアガラ・カレンダー』30周年盤が発売された2008年の新春放談を聴き返してみました。
大瀧さん、何度も「イントロがいい」と繰り返しています。
もちろんこの曲のストリングス・アレンジをしているのは達郎さん。達郎さん自身も気に入っているようです。で、大瀧さんが達郎さんにこう訊ねます。
「これは何だったんですか。パーシー・フェイスですか?」

パーシー・フェイスの「夏の日の恋」のようなストリングス・アレンジは大瀧さんの指示ではなく、達郎さん独自のアイデアだったんですね。
この問いに達郎さんはこう答えます。
「いや、あの頃ピチカートが好きだっただけのことです」

この答えに大瀧さんは(そして僕自身も)「なんだい、そりゃ」と。
大瀧さんが書いたメロディを聴いて(歌詞はまだできていなかったはず)、そのときのインスピレーションであのイントロを作ったとのこと。意識したのではなく、結果的に似ているものがあったというのが興味深いですね。いずれも「夏」の曲ですし。

このあと「真夏の昼の夢」に関して、もう少し大瀧さんからの説明があります。これもまた興味深い内容なので引用しておきます。
あれによく似たメロディがあるのよ。その曲はよく言われるんだけど、僕はそのとき(曲を作ったとき)聴いてなくて。それから何年か経ったら、おお、似てるなと思って。それから最近、とある放送局のかかる曲のメロディが全く同じなんだよ。たぶん、おおもとに、どっかに、クラッシックにあるんだと思うんだよ。
で、それじゃないんだよ、おれが元ネタにしたのはまた別にあるんだけれども...意図的なものね、意図的なもの、あの、タイトル言ってもメロディとったわけじゃないから言うけど「In The Cool Of The Day」っていうタイトルの曲がナット・キング・コールにあるのよ。で、「In The Cool Of The Day」っていうのが僕の曲のアイデアなの、モチーフ。メロディじゃなくて。で、「In The Cool Of The Day」って「タン・タン・タン・タン・タン」っていうのが出て来るんだよ、言いもしないのに。さすがに君は当ててるなと思って。


ナット・キング・コールの「In The Cool Of The Day」という曲は、大瀧さんのこの話を聴くまでは知らなくて、いくつか持っているナット・キング・コールのアルバムには入っていないマイナーな曲だと思っていたのですが、今、調べたら有名な「Those Lazy, Hazy, Crazy Days Of Summer」のシングルのB面でした。発売は1963年。大瀧さんの最も多くの思い出がつまっている1963年の夏に、他のアメリカン・ポップスといっしょにこれを聴いていたんでしょうね。

ナット・キング・コールの「In The Cool Of The Day」のアレンジをしたラルフ・カーマイケルも夏の曲ということでパーシー・フェイス的なものを取り入れたのかもしれません。「ピチカートが好きだっただけ」と答えた達郎さんの頭の中にも、大瀧さんのメロディからインスパイアする形で間接的に、無意識にパーシー・フェイスの「夏の日の恋」が流れていたのかもしれません。
ひとつの曲の中に意図したものと、意図とは別の、偶然(たまたま)とか、無意識の領域で生み出されたものが重なり、つながっている。
昨日リンクした大瀧さんの言葉を使えば、パーシー・フェイスの「夏の日の恋」はまさに「火山灰」のように降り注いでいた気がします。

ところで、大瀧さんの話の中に出てくる、よく言われるという「あれによく似たメロディ」、あるいは最近聴いたという「とある放送局のかかる曲のメロディ」って何なんでしょうか。

最後にナット・キング・コールの「In The Cool Of The Day」を貼っておきます。この歌詞の「day」は「昼」の意味ですね。


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by hinaseno | 2014-04-22 10:26 | 音楽 | Comments(0)

あいかわらず1959年のことを考えています。ただ、その年の曲を聴いているだけですが。

今、どっぷりとはまっているのが「Theme From "A Summer Place"」。邦題は「夏の日の恋」、あるいは映画と同じ「避暑地の出来事」となっていることもあります。
映画の中で流れたのはHugo Winterhalter楽団によって演奏されたもののようですが(映画はまだ観ていません)、なんといっても一番有名なのはもちろんパーシー・フェイス楽団が演奏するバージョン。



1960年の最大のヒット曲ですね。聴いたことがない人はいないほどの名曲です。聴こうと思わなくてもいろんなところでかかっているはず。
ちなみに村上春樹の小説でもいくつかパーシー・フェイスの演奏する「夏の日の恋」は使われています。『ダンス・ダンス・ダンス』ではホテルのスピーカーから、そして『ねじまき鳥クロニクル』では駅前のクリーニング店のラジオ・カセットから流れてきます。

実は1959年の曲を集めていたときに、この曲を入れるかどうか悩みました。映画が上映されたのが1959年、パーシー・フェイスが録音し、シングル盤を発売したのも1959年ですが、ヒットしたのは1960年になってから。
1960年の2月末に全米チャートの1位になり、それから9週間、つまりほぼ2か月の間1位を独占し続けます。もちろん1位ではなくても1960年の夏にはこの曲が聴かれ続けていたんでしょうね。

というわけで、パーシー・フェイスの「夏の日の恋」は1960年の曲として広く知られているようなので、1959年の曲に入れるべきかどうか悩んだのですが、あえて入れることにしました。そして、先日書いた通り、1959年を代表する曲の「次点」としました。実はディオン&ザ・ベルモンツの「A Teenager In Love」をぱっと決めた後で結構悩みました。聴けば聴くほどいい曲なんですね。前から好きではあったのですが。

改めて考えるとアメリカン・ポップス史的に見てもこの曲の存在はものすごく大きいような気がしました。もちろんそれに気づかせてくれたのは大瀧さんの「アメリカン・ポップス伝」でした。

パーシー・フェイスの「夏の日の恋」がかかったのは「アメリカン・ポップス伝パート4」の最終日の終わりに近いあたり。
映画音楽とアメリカン・ポップスのつながりが語られるところですね。そこから最後の(最後の最後の)ジョニー・ソマーズの「One Boy」につながっていくところがたまらなく興奮しました。一応かけられた曲を紹介しておきます。

Theme from “A Summer Place”(避暑地の出来事)/ Percy Faith
Tall Paul / Annette
『77 Sunset Strip(サンセット77)』のテーマソング
Kookie, Kookie (Lend Me Your Comb) / Edward Byrnes
Sixteen Reasons / Bill & Doree Post
Sixteen Reasons / Connie Stevens
One Boy / Joanie Sommers

アメリカン・ポップスの歴史を考えるときに、そこには切れ目とまでは言えないにしてもいくつかの「ライン」を引くことができます。いうまでもなくエルヴィスが登場する1955年/56年、それからビートルズが登場する63年/64年。

この2つの「ライン」に関しては大瀧さんがここにとても興味深い文章を書かれています。3年ほど前に書かれたものですね。
特にこの言葉に引き付けられます。
私の役目は《63と64》の間がどう“繋がっているか”を明らかにすることではないかと、そう思っております。(時代の“変わり目”の混沌とした状況が好きなのです)

「時代の“変わり目”の混沌とした状況が好きなのです」という言葉が印象的です。大瀧さんを理解するのに重要な言葉ですね。
で、これを書かれた翌年から(実際にはすでにこれを書かれていたときから準備を始められていたと思いますが)「アメリカン・ポップス伝」を始められます。まずそのパート1でされたのが55年と56年のライン。
そして次に向かっていたのが最大のテーマである「《63と64》の間がどう“繋がっているか”を明らかにすること」だったんですね。それが「私の役目」だと。
でもそこに向かう前に、55年/56年や63年/64年の「ライン」ほどの大きなものではないにしても、やはり無視することのできないもうひとつの「ライン」に気づかれたんでしょうね。それが59年と60年のライン。実際にはここにものすごい時間と労力をかけられることになりました。

で、パート4でようやくそれを終えたのですが、「《59と60》の間がどう“繋がっているか”」を考えるときに、まさにパーシー・フェイスの演奏する「夏の日の恋」が最も重要な曲だったと思えてきたんですね。まさに59年の末から60年にかけてヒットした曲でしたから。
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by hinaseno | 2014-04-21 10:24 | 音楽 | Comments(0)