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Talks About Music, Books, Cinema ... and Niagara


by hinaseno
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ちょっとしたきっかけで朝から聴いているのはコーデッツ。
50年代後半に活躍していた女性コーラスグループ。大好きなグループです。レコードのジャケットもシャレたものが多くて何枚か買いました。一番好きなのは何かに腰かけた4人(コーデッツ?)の足とスカートだけが見える10インチのレコード。『ジャケガイノススメ』で知りました。裸足の女性の足の赤く塗られた指が魅力的です。
そのレコードには収められていませんが、パソコンに入っているコーデッツの曲を聴いていて耳を留めたのは、この「Soft Sands」という曲。



詞もとってもロマンチックです。海をテーマにしたブロークン・ラヴ・ソングはどれも素敵ですね。
Now that you're gone

I'm alone on the shore

You're not walking with me

So the song of the sea

Isn't sweet anymore
But the soft soft sands

Are the same soft sands

Where we once had such fun

In the warm summer sunshine

あなたがいなくなってしまって
海辺にいるのは私ひとりだけ
あなたは私といっしょに歩いてはいない
だから海が奏でる歌は
全然心に響かない
でも、柔らかい、柔らかい砂は
かつて私たちが
暖かい夏の日差しの中で
あんなにも楽しんでいた柔らかい砂と同じ

この曲を聴きながら眺めていたのは、先日亡くなられた安西水丸さん関係の本。安西水丸さんの突然の訃報を知ったのは大貫妙子さんの本が見当たらなくなったときで、ぼんやりと水丸さんのことを考えながら夜を過ごしていました。

水丸さんの本で一番好きなのは、やはり村上春樹との共作の『象工場のハッピーエンド』です。ここに収められている水丸さんの絵がなければ、僕はこの本を、そして村上春樹という作家を今ほど好きになっていただろうかと思うくらいに、死ぬほど好きな本です。

それから、この日のブログでも触れた『町の誘惑』の「牛窓」も読み返しました。ちなみにその日のブログのタイトルは「白い港」。もちろん『ナイアガラ・トライアングルVol.2』に収められている大瀧さんの曲。

水丸さんの絵は、大瀧さんの曲と同じように心地よいブリーズが吹き抜ける「夏」の風景につながっています。

夏の風景の記憶といえば、何年か前の夏、知人とある民家を改造したカフェに行ったとき、その日は客が多くてめずらしく2階の部屋に通されました。北と南の窓を開け放していたので、涼しい風が吹き抜けていました。
座ったテーブルのわきに何冊かの本が置いてあって、その中にあったのが水丸さんのちょっと昔のエッセイ集。それがとっても素敵なエッセイで、夏の涼し気な風の吹き抜ける部屋にぴったりの本。その本、どこかで見つけられたらと思っていましたが、なかなか見つけられず、いつの間にか本のタイトルも忘れてしまいました。

『町の誘惑』の「牛窓」には、牛窓の海にうかぶヨットの絵が描かれています。右のページの稲越功一さんが撮った写真は、『カンゾー先生』の舞台になった通りですね。
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by hinaseno | 2014-03-31 10:43 | 雑記 | Comments(0)

ペーパーバックのページの端を折っておくのは、もちろん栞がないから。でも、日本の本には、便利なんだけど、ときには邪魔くさく感じられることもある、紐状の栞(スピンというんですね)がついています。
邪魔くさく感じられることがあるのは、僕が寝転んだ状態で読むことが多いから。どこか別のページに挟んでおかないと、垂れ下がってきますからね。昔は鬱陶しくて根元から切っていたことも。

それはさておき、栞を挟んだまま、見当たらなくなっていた本の話を。
大貫妙子さんの『私の暮らしかた』です。
いろいろと忙しい日々が続いていて、それからもちろん大瀧さんが亡くなられてから読書に集中できない状態も続いている中で、いつの間にかこの本は手放せない本になっていました。
前にも書いたように、この本を連載していた『考える人』をある時期、ほぼ毎号買っていましたので、かなり読んでいたつもりでいましたが、読んでいない時期のものが半分以上あることがわかりました。読んでいたものでも忘れていたり。

僕が『考える人』をずっと買っていた最後はいつだったろうかと調べてみたら、2010年夏号でした。それ以後はよっぽど読みたい特集がある時に2冊ほど買っただけ。
2010年夏号の特集は「村上春樹ロングインタビュー」。3日間にわたってインタビューしたものが掲載されている、村上さんのインタビューを読めるものとしては最高のものだと思っています(随所に収められたモノクロの写真も素晴らしい)。このブログでも何度か引用しました。このインタビューの聞き手を務められた松家仁之さんがこの号で『考える人』の編集長をやめられたんですね。
2010年夏号までということは、震災以降は読んでいないことになります。

ところで、最近発売される、雑誌などで連載されていたものを集めた本は、そこに震災という大きな出来事が入ってきます。そこで価値観を大きく変化させられていたり、そうでなかったり。
僕が手にとる本を書いている人は基本的にはたいてい後者。そういうことを想定していたわけではないにせよ、効率という名の下で次々に生み出されていたものとははっきりと距離を置いた生活をしていた人たちばかり。大貫さんの『私の暮らしかた』の最初に書かれているエッセイは2005年12月号に掲載されたものですが、それを知らずに手にとった人は、もしかしたらこの本を、あたかも震災以後に書いたものだと感じるかもしれません。
大貫さんは不必要にものを消費する社会と距離を置き、一方で農業(林業も)の大切さを考え、実際に農村に行って農作業をされるという、かなり徹底した生活をずいぶん前から始められていたんですね。
2009年10月に大貫さんの番組に大瀧さんがゲストで呼ばれた時、大瀧さんは大貫さんのことを出会った当初から「無農薬な感じ」だったと言われていました。大貫さん自身も震災以前に何度かの価値観の転換をもたらすような出来事がいくつもあったのかもしれませんが、本来、そういう方だったんでしょうね。

さて、その大貫さんの本、半分くらい読んだときに、どこにいったか見当たらなくなってしまいました。カバーを外したのが失敗でした。本を読むときには基本的にカバーを外すんですね。で、大貫さんの『私の暮らしかた』はカバーを取ると、真っ白。背以外には何にも書かれていないんですね。
で、ちょっとした時間があるときには読もうと、やや大きめのカバンに入れて持ち歩いていたのですが、ある日、見当たらなくなりました。他の本は読む気になれない、でも読みたい本はどこにいったのかわからない。こんな悲しい状況ってなかったですね。どこかに置き忘れたんだろうか、それとも...。
部屋には家の近くを歩かれている大貫さんの姿を捉えた写真を収めたカバーが残されたまま。
置き忘れた可能性のある場所をいろいろ探しても見当たらない。で、数日前、何度も探したはずのカバンの中を探してみると、底の方に、ひょっこりと。まあ、そんなものですね。

昨夜、初めて震災以後に書かれた文章をひとつ読みました。特に大きく生活の形を変えるわけでもなければ、急にいろいろと抗議の言葉をあげるわけでもなく。無駄の多い社会に対してはそれ以前から異を唱え続けられています。

まだ、3分の2を読んだくらいですが、心に残っているのは、大貫さんの家にやってくるようになった猫が引っ掻いて破った網戸をそのままにしている話。その猫もどこかにいなくなってしまってさびしい気持ちになっている大貫さんの文章を読んでいたら、当然、内田百閒の『ノラや』のことを思い出してしまって、そうしたら内田百閒の『ノラや』に触れた話が出てきました。大貫さんが百閒を読んでいるのを知って、ちょっとうれしくなりました。

というわけで、百閒や大貫さんの猫とはちがって大貫さんの本は僕の手元に戻ってきたので、この本を読む日々を一日でも多く持つために、極力ゆっくりと読んでいこうと思っています。
この後大貫さんの家庭で、大貫さんにとっては震災以上の大きな出来事が起こることは知っているのですが…。
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by hinaseno | 2014-03-30 10:05 | 雑記 | Comments(0)

ページの端を折って


昨日一日聴いていたのは「夏のペーパーバック」。現『EACH TIME』の1曲目の曲。LPのときにはA面2曲目でした。何度も書いたようにLPのときのA面1曲目は「魔法の瞳」。その栄えある座を奪った曲ですね。なんて表現をすると、まるで僕が「夏のペーパーバック」をあまり好きではないように思われるかもしれませんが、そんなことはなくて大好きな曲です。でも、やはり個人的には「A2」の方が収まりがいい感じがしています。
その理由はというと、この「夏のペーパーバック」で地声と裏声のひっくり返りが多用が、『A LONG VACATION』のA2である「Velvet Motel」に通じているように感じたからでしょうか。「夏のペーパーバック」は「カナリア諸島にて」の流れにある”さわやかな”曲として作られたようですが、僕はこの曲にどこか”小品”としての魅力を感じているんでしょうね。僕なりの勝手な「A2の理論」です。
ちなみに「Velvet Motel」つながりでいえば、「Velvet Motel」の原題は「Summer Breeze」。「夏のペーパーバック」の歌詞の最初には「渚に吹く風」。

でも、僕の勝手な「A2の理論」を吹っ飛ばして「夏のペーパーバック」は1曲目の曲となり、そのインストルメンタル・バージョンは「アメリカン・ポップス伝」のテーマソングへと。ちょっと複雑な心境でした。

そんなことはさておき、この曲も本当に素敵な曲。松本隆さんの詞も最高です。大瀧さんんの裏声をからめた歌唱も魅力的。「夏のペーパーバック」は『EACH TIME』の中で最初に録音されたので(それゆえに1曲目に置かれてるんですね。『ロンバケ』の「君は天然色」と同じく)、歌い方もまだ『ロンバケ』の感触が残っています。

そういえば、「ペーパーバック」というのが何なのかを知ったのもこの曲でした。それ以前にビートルズの「ペーパーバック・ライター」は聴いていましたが。
で、この曲がきっかけでペーパーバックを、まともにきちんと読まないのに、いくつも買うようになりました。最初に買ったのが何だろうかと考えていたのですが思い出せません。でも、買った場所が神戸の元町にあった丸善だったことは覚えています。たぶん村上春樹が訳した本の原書。レイモンド・カーヴァーだったかな。

ペーパーバックのコーナーに行くと、いつも僕の頭の中には「夏のペーパーバック」が流れていました。そして、夏になると買ったペーパーバックを持って海に行って読むってこともよくやりました。
で、読むのを中断するときには、もちろん「ページの端を折っ」て。

さて、このブログもちょっと、もしかしたらしばらく中断する可能性があります。僕なりには「ページの端を折って」おくくらいの気持ちではあるのですが。
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by hinaseno | 2014-03-26 08:59 | 雑記 | Comments(0)

その作家のことを知ったきっかけは、その作家が川端康成文学賞を受賞した作品のタイトルでした。

「スタンス・ドット」

スタンス・ドット!
この言葉にものすごく反応してしまって、すぐに図書館に飛んでいき、それが収められている雑誌を借りて読みました。何と素晴らしい小説。作家の名前は堀江敏幸。このブログでも何度か堀江さんのことは書きました。本当に大好きな作家のひとりです。そのきっかけが「スタンス・ドット」でした。

それを収めた短編集がいつ出るかいつ出るかと、ずいぶん長い間待っていましたが、なかなか単行本になって発売されませんでした。
で、2年くらい待たされたある日、その「スタンス・ドット」を収めた短編集が発売されました。
タイトルは『雪沼とその周辺』。
「スタンス・ドット」に出てくるボウリング場のある小さな町を舞台にした連作集。期待に違わぬ最高のスモールタウン小説でした。
さっき確認したら、『雪沼とその周辺』は木山捷平文学賞を受賞してたんですね。わお! でした。谷崎潤一郎賞を受賞しているのは知っていましたが。でも、『雪沼とその周辺』が木山捷平文学賞を受賞したのは平成15年。そのころは木山さんの「き」の字も知りませんでした。

ところで、スタンス・ドットという言葉を聞いてそれが何であるかわかる人はどれくらいいるんでしょうか。スタンス・ドットとはボウリングの最初に立つ位置を示す印。僕は昔からボウリングが大好きで、大学時代も授業でとっていたので、その言葉も、その印の大切さもよく知っていました。
最初に立っていろんなことを確認する大事な場所。投げるときにはスタンス・ドットで立つ位置を決めたら、あとはスパットを見るだけ。
でも、今の人たちはきっとスタンス・ドットもスパットも知らない、そして見ない。見る必要がなければ知る必要もない。みんな見ているのは遠い先のピンだけ。あるいは…。

と、こんなことを書いたのは昨日久しぶりにボウリングに行ったため。
ここ数年、足や肩の故障が続いていてすっかり遠のいていたのですが、子供たち10人くらいを連れて、”おめでとう”と”さようなら”を兼ねて行くことにしました。
行ったのは近所にできたばかりの、よくテレビCMで見る全国チェーンのボウリング場。もちろん行くのは初めて。僕がよく行っていたのは駅近くの昔からあるちょっと古いボウリング場。
考えてみたらそのボウリング場は木山捷平と関係の深いあの「南畝町288」の目と鼻の先! 当時の地番で言えば南畝町275から281にかけてのあたり。いやはや何とも。

で、昨日行った新しいボウリング場はというと、ピンの背後にはミュージックビデオを映し続けてまばゆいばかりなのに、ボールを投げる付近は真っ暗。スタンス・ドットも見づらいし、スパットは全く見えない。こんなのでまともにボウリングができるわけがないですね。
もちろん子供たちは、あるいは周りのレーンの人たちも、スタンス・ドットもスパットも見ないでどんどん投げています。他の人が投げているときには、スマホを見続けている。何とも悲しい。

そして何よりも最悪だったのは、大音量の音楽が流れ続けているためにピンのはじかれる音がほとんど聴きとれないことでした。
結果は...、久しぶりというのがあったにしても最悪。こんなボウリング場、2度と行かないでおこうと思いました。

ところで、『EACH TIME 30th Anniversary Edition』に収められた「Each Times 号外」を読んでいたら、井上鑑さんが大瀧さんについてこんなことを書いていました。
僕がボーリングをしたことがないのを知っているのに、レコーディングが休みの日に連れ出し、後から「負けたんだから」と言って3000円徴収する人。

大瀧さん、野球だけでなく、ボウリングも好きだったんですね。
その好きな理由のひとつには、間違いなくストライクを出した時の、あのピンが気持ちよくはじける音を聴きたいというのがあっただろうと思います。快心のヒットやホームランを打った時の、あの快い打球音のように。
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by hinaseno | 2014-03-25 09:47 | 雑記 | Comments(0)

無限分の1の神話


昨日は久しぶりに神戸へ。『EACH TIME 30th Anniversary Edition』が発売されたら一度、須磨海岸あたりの海を眺めながら大瀧さんの「ペパーミントブルー」を聴き続けてみたいなと。前からそんな日を作ろうと考えていました。

電車に乗って明石を過ぎて海が見え始めた時から「ペパーミントブルー」をリピート状態にして、あとは須磨海岸を過ぎて元町辺りを歩いている時も、帰りの電車に乗っている間もずっと聴き続けました。
昨日だけでも50回くらいは聴いているんでしょうね。この曲を僕は一体何回聴いているんだろう。でも、全く聴き飽きない。僕の中で永遠に輝き続けている曲。

電車の中で海を眺めながら「ペパーミントブルー」を聴いていたとき、唐突に30年近く前の記憶が蘇ってきました。ああ、あの日も同じことをやったな、と。甘酸っぱい記憶。
その日、当時は姫路でも岡山でもなく、もう少し西の方に住んでいたのですが、電車に乗って初めて神戸に向かいました。その前の夏に牛窓で出会った神戸在住の人と再会するために。本当は別の大事な用事があったのですが、それをすっぽかして。
神戸に近くなって須磨海岸が見えはじめたときに、ウォークマンで「ペパーミントブルー」を聴きました。確か5月くらいでしたが天気は快晴、空には真夏のような太陽が輝いていました。
着ていた麻のジャケットもやや濃いめのペパーミントブルー。メリケンパークとかポートアイランドあたりを歩いたかな。風はもちろんペパーミントブルー。食事をするために立ち寄った海の見えるレストランで飲んだソーダ水もペパーミントブルー...。
笑えるくらいに何もかもがペパーミントブルーの日々を過ごしていました。

帰りの電車で気がついたことですが、「ペパーミントブルー」の フレーズの最初の言葉には「ア」音の言葉が多用されているなと。大瀧さんの好きな「ア」音。その前の曲である「ガラス壜の中の船」では「イ」音や「ウ」音で始まる言葉が多用されているのとは対照的。
おそらく大瀧さんが松本さんに指示したんだろうなと思いました(CMの曲で伊藤アキラさんに指示されたのと同様に)。翳りのある「イ」音や「ウ」音で始まる言葉を多用した曲の後に明るい「ア」音の言葉を多用した曲をもってくることで、より開放的にな印象を与える。
「ペパーミントブルー」があれほど輝きを放っているのは、その前に「ガラス壜の中の船」があったからこそ。まさに「B2の理論」ですね。

さて、昨日少し触れた「木の葉のスケッチ」のカラオケバージョンのこと。
とにかくこのオケ、聴いていて最高に気持ちがいいんですね。もちろん大好きな”あのコード進行”が何度も使われていることもあるのですが。
大瀧さんはこのコード進行を使っていくつもの曲を作っています。だから、コードだけが奏でられた「木の葉のスケッチ」のカラオケバージョンで、大瀧さんの他の曲がちょこっと歌えたり。

よく知られている話ですが、「木の葉のスケッチ」の間奏の
時を刻む深い淵を
埋め尽くせる言葉はないんだね

の部分のコード進行は、大瀧さんが太田裕美さんに作った「恋のハーフムーン」のサビの
なんとなんとなくハーフムーン少しだけハネムーン
待って待って待ってKiss or No 肌寒い茅ヶ崎

と同じ。つまり「木の葉のスケッチ」のその部分のオケで、「恋のハーフムーン」のサビが歌えちゃうという。

そんなことを楽しんだ後、オケを繰り返し聴いているうちに知らず知らずのうちに本来のメロディとは違う、自分独自のメロディを勝手に作りあげるようになって、それがまた楽しくて仕方がないんですね。

この時期の大瀧さんの曲作りについては、たぶんなのですが、だいたいのメロディラインを作って、あとはそのコード進行をもとにしてオケを仕上げてから最後に改めてメロディラインを組み立てていったのではないかと思います。
確か何かの曲のオケに関する話で、そのオケから何十万、何百万というメロディラインを作ることができると言っていたように思います。その中から、あの、これしかないというメロディを紡ぎだしています。これまで何度か「引用」とか「下敷き」なんて言葉を軽々しく使ってきましたが、いろんな曲を知っているがゆえの困難な作業。

『EACH TIME』の最初の音として、初めて全国の大瀧ファンが耳にした渋谷陽一さんの「FMホットライン」でかかった曲は、オケは完璧なのに結局メロディを仕上げることができなかったんですね。あの曲、『EACH TIME 30th Anniversary Edition』のカラオケバージョンを収めたDiskにぜひボーナストラックに収めてほしかったのですが、叶いませんでした。ボツにするにはあまりにも惜しい素晴らしいもの。
あまりに豊潤なサウンドを作ったために、イメージがわきすぎて一本の線を紡ぎだすことができなかったんですね。
きっと、この「木の葉のスケッチ」のオケで曲を作ったら無限に素敵な曲ができるだろうなと思いました。ただ単にコード進行がどうなっているかだけのことではなく、それをもとにして作り上げた大瀧さんのサウンドの豊潤さに感動すら覚えました。
で、その無限の可能性の中から生み出された極上のメロディラインは、やはりひとつしかないんですね。
「20分の1の神話」ではなく「無限分の1の神話」。
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by hinaseno | 2014-03-24 09:12 | 雑記 | Comments(0)

ここ数日、忙しかったとはいえ車での移動が多かったので、ずっと『EACH TIME 30th Anniversary Edition』を聴いていました。聴いていたのはDisk 2のカラオケバージョンの方。実はDisk 1はまだきちんと聴いていません。

『A LONG VACATION』や『NIAGARA TRIANGLE Vol.2』のカラオケバージョンを車で聴くときにはそれに合わせて歌うことを楽しんでいましたが、『EACH TIME』はそのオケに耳を澄ませていました。聴こえなかった音が聴こえてきたりといろんな発見があります。

1曲目の「夏のペーパーバック」のイントロは1台のチェンバロによって演奏されたバージョンが採用されているんだなとか(これはカラオケバージョンでなくてもわかることですね)、最後の「レイクサイド ストーリー」でビートルズの何かの曲のフレーズがほんの少し使われているような感じがするとか(まだ考え中)いろんな感想がありすぎるのですが、それについて全部書く時間は今のところありません。

最も印象的だったのは3つ。
1つは昨夜書いた「ガラス壜の中の船」のこと。でも、これはある程度予想はしていました。
それから3曲目の「木の葉のスケッチ」に関すること。これについては明日なるべく書こうと思います。
もう1つは”4曲目の”「魔法の瞳」のこと。
今日はこの「魔法の瞳」について。

「魔法の瞳」についてはこのブログで過去に2度書きました。
最初に書いたのは2年前のこの日のブログですね。大瀧さんの一人多重コーラスに書いていたときに少し触れました。
再来年に『EACH TIME』の30周年盤が出るときには1曲目に戻してもらいたいです

って書いています。
曲順は結局”4曲目”でした。

ちょっと興味深かったのは、カラオケバージョンだけを聴いていたらそれほど曲順の変更が気にならなかったことでした。たぶん曲順の変更の違和感は音楽だけでなく詞の物語の連続性が要因のひとつだったと気づきました。
『EACH TIME』は発売されてから本当に何度も聴きましたから、知らず知らずのうちにそれぞれの歌詞の物語をつなげた映像を作っていたようです。だから詞がないぶん、曲順の変更の違和感は意外なほどに減っていました。
なぜ「魔法の瞳」が1曲目でと希望していたかといえば、それが「出会い」の曲だったからなんでしょうね。「出会い」はやはり最初であった方がと。

曲順に関して面白かったのは、最初に発売されたLPでは「ペパーミント・ブルー」「レイクサイド ストーリー」と大きな曲がつながっていた間に「恋のナックルボール」が入り込んでいることについてでしょうか。発売前に曲順がわかったときには違和感ありまくりでした。
でも、カラオケバージョンを聴いてみると、これが不思議。
「ペパーミント・ブルー」と「恋のナックルボール」には大瀧さんの一人多重コーラス(Jack Tonesですね!)が入っていて、よく聴いたらどちらもサーフィン系。
「恋のナックルボール」に、「泳げカナヅチ君」と同じ「ウーワーウーワー」が入っていたとは。

「魔法の瞳」に話を戻します。
さきほどリンクした日のブログには「魔法の瞳」に触れた後こう書いています。
「魔法の瞳」については、またいつか。

で、僕はそれを『EACH TIME 30th Anniversary Edition』の出る今年の最初の日に書くことをずいぶん前から決めていました。でも、その前日にあの訃報を聞くことになったんですね。昨年の12月31日に書いた2度目の文章でそのことに少し触れています。
今朝ブログを書き終えて食事をして、『レコード・コレクターズ増刊』に収められた大瀧さんの『EACH TIME』に関するインタビューを久しぶりに読んで、とりあえず、まずは先日亡くなられたドラマーの青山純さん(『EACH TIME』の基音を作った人といえるかもしれません)のことと「魔法の瞳」のことを書こうと、で、その「魔法の瞳」が1曲目に収録されたLPをセットして曲が流れ始めて、パソコンに戻って電源を入れてインターネットに繋いだときに、大瀧さんの急死を知らせる第一報を目にしました。

そう、僕は大瀧さんの訃報を「魔法の瞳」を聴いていたときに知ったんです。僕にとってはハッピーな思い出がいっぱいに詰まっている曲のことを考えていたときに。

「魔法の瞳」には「恋のナックルボール」ほどではないにしてもSEがふんだんに使われています。その中には以前に作られた大瀧さんの曲にちょこっと使われた言葉をSE化しているものも多くて大瀧さんも遊びに遊んでいます。
”4曲目”のカラオケバージョンが流れ始めたとき、まず最初ヴァースの部分のハープの音にびっくり。最初は「この曲、何?」って思いました。歌入りのものでは大瀧さんの「目が合うたびに」の言葉といっしょに聴こえていたものが、言葉がないだけでこんなに印象が違うとは。ハープということもあってか、とってもクラシカル。確かハープの人も何人か集めて同時に演奏させているんですね。ちなみにこのヴァースの部分はFrankie Valli & The 4 Seasonsの「Dawn」ですね。
で、ヴァースが終わると、もうSEがあふれるほど出てきます。松本さんの詞ができあがる前から入れられていたものなのか、松本さんの詞ができてから入れたものなのか。おそらくはその両方なんでしょうけど、そのSEだけを聴いていても楽しくて仕方がない。いたずら心いっぱいの「魔法」の世界の「妖精」たちが遊びに遊んでいます。
最初に聴いていたときには「魔法の瞳」を大瀧さんの訃報を知ったときに聴いていたことなど忘れていました。

でも、それを思い出させる瞬間があったんですね。
突然予期せぬ大瀧さんの”声”が出てきたんです。もちろんカラオケバージョンを聴いていたので”声”なんか出てくるはずはないと思っていました。

出てきた言葉は「す」。
最初に左のスピーカーから「す」の声が出てきて、次に真ん中あたりで「す」が聴こえ、最後に右のスピーカーから「す」の声が出てきます。つまり、3つの「す」が左から右に流れる形。
今度は右のスピーカーから「き」の声が出てきて、さっきとは逆に3つの「き」が右から左へと流れます。
そして最後に、再び左のスピーカーから「だ」の声が出てきて、最初と同様に3つの「だ」が左から右に流れました。
「す・す・す」「き・き・き」「だ・だ・だ」

大瀧さんからの最後のメッセージが「好きだ」だったんですね。正しくは、ちょっと照れて、どもり気味の「す・す・す」「き・き・き」「だ・だ・だ」。
このとき、いろんなことを思い出してしまって、ちょっと車を運転できない状態になってしまいました。

「魔法の瞳」について今年の新年最初の日に書こうと思っていたことを最後に。
「魔法の瞳」ではこんな歌詞が出てきます。

ス・テキな夜
キ・スをして
だ・きしめながら
よ・ぞら飛びたい

実は僕が人生で初めて曲を作ったときに、この部分の詞をそのまま使いました。
詞の最初の言葉をつなげたら「スキだよ」。
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by hinaseno | 2014-03-23 10:23 | 雑記 | Comments(2)

「だろ?」


『EACH TIME 30th Anniversary Edition』、3月20日に購入しました。本当は、ナイアガラ的な記念日である3月21日に何か書ければと思ったのですが、昨日はとてつもなく忙しい一日となってしまい何も書けないまま一日が終わってしまいました。

で、予告通り(?)「ガラス壜の中の船」のカラオケ・バージョンから聴くことに。
詞と、メロディーと、大瀧さんの声を取り払った音にどういう印象を抱くことになるのかと、どきどきわくわく。
やはり、かなり違った印象を持ちました。そして何度も繰り返して聴くうちに、松本隆さんの詞とは違った風景も見えてきて。
目の前に海は広がっています。ただ、「黒雲」は出てこない。夕陽がゆっくりと海に落ちていって夕闇の迫ってくる風景。ふと浮んだのはビーチ・ボーイズの、というかブライアン・ウィルソンの「Caroline No」。そこには別れを予感させる哀しみの成分は含まれているけれども、どこかおだやかで優しい。

改めて歌入りを聴いてみると、前とは違って聴こえてくるから不思議です。そんなことを考えながらCDに封入されている「Each Times 号外」の能地祐子さんの文章を読んでいたら、能地さんと大瀧さんとの興味深いエピソードが書かれていて、ちょっとにっこり。

僕の「ガラス壜の中の船」の印象が変わったこと、今、突然この曲がぴたっと来た気持ちを大瀧さんに伝えることはできないけど、もし何らかの方法で伝えることができたのならば、きっと大瀧さんは能地さんに言ったのと同じ言葉を口にされただろうと思います。
「だろ?」

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by hinaseno | 2014-03-22 21:50 | 雑記 | Comments(0)

ガラス壜の中の”羊”


昔、ガラス壜の中の船を作ろうと思ったことがあります。
壜の口はせいぜい3センチくらい。その口を通して壜の中に大きな船の模型を作るわけですね。完成した船は絶対に外に出ることはできない。ガラス壜の中の船は、たぶん絶対に外に出ることができないゆえに心を深く打つものがありました。
でも、結局、その作業工程の細かさを知るにつけ、不器用な自分には無理だと判断してあきらめたのですが。

10年ほど前、ときどき立ち寄るようになった古道具屋で、ある日、底の1辺が10センチくらいの四角形の昔のガラス壜を見つけました。壜の口は8センチくらいあります。このガラス壜を横に倒して、壜の口から何かを入れて飾ったら面白いだろうなと思って、ひとつだけ買い求めました。
小さい壜の口から細長い道具を使って何かを作るのではなく、8センチもある口から出来合いのものを入れて飾るという、ずるいといえばずるいのですが。ただ、この中に何かを入れて飾ってみると、絶対外に出すことはできないわけではないのに、何か普通に飾って置くよりも違う”物語”が生まれてくるから不思議です。

でも、考えてみたら船は一度も入れていません。
わりと長い間入れていたのは松ぼっくり。
あるとき、建築家の中村好文さんの本を読んでいたら、室内を移した写真の中に、同じようなガラス壜が飾られていて、その中にわりと大きな松ぼっくりが入れられていて、真似てみただけのことですが。

さて、話はかわって『EACH TIME 30th Anniversary Edition』のこと。
早いところでは昨日くらいから店頭に並んでいるみたいですね。もう購入して聴かれた人もいるのかな。こちらでは今日くらいに店頭に並ぶんでしょうか。
僕が、結果的に大瀧さんの最後の仕事となったこのアルバムで最も聴きたいのは「ガラス壜の中の船」のカラオケ・バージョン。
もう少し言えば、「1969年のドラッグレース」「ガラス壜の中の船」「ペパーミント・ブルー」という並びの中に置かれた「ガラス壜の中の船」のカラオケ・バージョン。

ここでも何度か書いたように思いますが『EACH TIME』はCDになって以降、新しい盤が出るたびに曲順が変えられています。でも、最初にLPのときにB面の1曲目から3曲目であった「1969年のドラッグレース」「ガラス壜の中の船」「ペパーミント・ブルー」という曲の並びは1回の例外を除いて(一度「ガラス壜の中の船」が省かれたCDが発売されていたんですね。知りませんでした。信じられない)変えられることなく維持されています。

この並び、いかにも大瀧さんらしいな、という気がしています。一番思いあたるのはアルバム『大瀧詠一』のB面の1曲目から3曲目。「あつさのせい」「朝寝坊」「水彩画の町」という並びですね。まず1曲目はアタックの強い曲。2曲目にやや引いた感じの”小品”、そして3曲目にメロディックでさわやかな曲。
LPの『EACH TIME』では4曲目に”大作”の「レイクサイドストーリー」が続いていて、それも『大瀧詠一』の4曲目の「乱れ髪」につながるものを感じます。今回の『EACH TIME 30th Anniversary Edition』では間に「恋のナックルボール」が挟み込まれているのですが。

「ガラス壜の中の船」はLPレコードではB面の2曲目。CDではA面もB面もなくなっているのですが、それでもやはり「1969年のドラッグレース」からB面が始まるぞ、という雰囲気はだれもが感じとれるだろうと思います。
そしてそのB面の2曲目に収められた「ガラス壜の中の船」。
B面の2曲目に関しては大瀧さんがこんなことを言っています。『KAWADE 夢ムック 大瀧詠一』に載ったアルバム『大瀧詠一』に関するインタビューで「朝寝坊」について語った言葉。改めて引用しておきます。
位置的にもB面2曲目で、『ロンバケ』の「スピーチ・バルーン」的な評価をされているかもしれない。いわゆる「B2の理論」だね。B面2曲目に小味の効いたものを配置できるかどうかで、アルバムの善し悪しが決まるという。

これも前から何度も言っていることですが、僕が『EACH TIME』の中で、というよりも大瀧さんのすべての曲の中で最も好きなのは「ペパーミントブルー」なのですが、最近ふと思ったのは、その前に「ガラス壜の中の船」があるからこそ、僕は「ペパーミントブルー」に、より強く惹かれたのではないかと。「ガラス壜の中の船」のあの余韻の残るエンディングから青山純さんの軽快なドラムが始まる瞬間の流れがあるからこそ、「ペパーミントブルー」がより輝いて見えたのではないかと。で、それは大瀧さんもはっきりと意図されているんですね。

「ガラス壜の中の船」という曲に関していえば、松本隆さんの書いた詞も、大瀧さんの歌唱もかなり”重い”ものがあって、何となく暗いイメージの曲になっています。フレーズの最初の言葉の音があまり響きの良くない「イ」の段で始まるのが多いことも、どこか行き詰まるような印象を与えているのかもしれません(松本さんは絶対に意識されたはず)。
「ガラス壜の中の船」は本来は「B2」を意識して、『A LONG VACATION』の「スピーチバルーン」のように「小味の効いた」曲にしようとされたのではないかと思います。どこかカントリーっぽい雰囲気もあるような。曲調も「スピーチバルーン」に似ていますね。でも、結果的に松本さんの、男の未練が強く入り込んだ詞ができあがって、大瀧さんもかなり情念を込めた歌唱をしたために、”小品”というには、やや大柄な曲になっています。
ただ、僕はこの「ガラス壜の中の船」の歌詞は個人的には大好きです。『EACH TIME』の中で物語と一体化した風景が最も強く浮かび上がるものになっています。松本さんの経験からきているのかなと思ってみたり。

それはさておき、その松本さんの詞と、大瀧さんの歌唱を取り除いたときに、全く違う風景が見えてくるのではないかという期待があります。大瀧さんが当初思い描いた、ノスタルジックでインティメイトな”小さな”風景が。

というわけで、時間があれば、今日のうちに買って聴いてみたいと思っています。

話は元に戻って、僕の机の前に飾られたガラス壜のこと。
しばらく前から入れていたのは”羊”。
こんな感じですね。
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”羊”といえば村上春樹につながるものがありますが、ガラス壜の中の”羊”は、かなり深遠な物語が感じられます。
壜の中の羊みたい
そうさ君もぼくも…

でも、そろそろ羊くん、外に出してあげないといけないですね。
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by hinaseno | 2014-03-20 09:17 | 雑記 | Comments(0)

最初にご報告。
諸々の事情により、ほぼ毎日更新していたブログですが、明日より断続的な更新になります。しばらくの間停止する可能性も。別に入院とかそういうのではありません。
また、そのあたりの事情は後日話すことになるかもしれません。

さて、昨日触れた1989年1月12日放送の新春放談のことをもう少しだけ。
達郎さんの思い出話の中で、クリス・ノエルという女性のDJのラジオ番組のことが語られていました。「Hi, Love」って可憐な声で始まるという。そのクリス・ノエルさんがスパンキー&アワ・ギャングの「Like To Get To Know You」が好きで番組で何度もかけたとのこと。

YouTubeで探してみたら、彼女のラジオ番組、ひとつだけありました。なんと最初に「Hi, Love」って言っています。ちょっと感動。この音源です。1967年に放送されたものですね。達郎さんがまさに高校生のとき。



クリス・ノエルさんの声、とっても魅力的です。番組もいい雰囲気。かかる曲も好みのものばかり。趣味が僕と合います。
途中で昔、達郎さんが新春放談で唄った「プッシン・トゥ・ハ〜」と歌われる曲がかかってますね。これ、誰の何という曲? ちょっと調べたけどわかりませんでした。
終わり頃には先日触れたロジャー・ミラーさんの「Walkin' In The Sunshine」もかかってます。

画像がなぜベトナム戦争なんだろうと思ったら、どうやらベトナム戦争のための米軍の駐屯基地のあった地域で放送されていたみたいですね。で、日本でも聴けたようです。
ある人たちにとっては彼女の”声”はベトナム戦争に直結しているようですね。でも、番組は最高。今、こんな番組が聴けたらなと。というか、この番組、もっと他にも聴いてみたい。今後、音源がアップされるのを待ちましょう。

話はかわって昨日、『レコード・コレクターズ』4月号を少し読みました。大瀧さんの追悼特集が組まれています。まだ全部読んだわけではありませんが、紙幅のためとはいえ、それぞれの人が書き足りない、言い足りない感じが出ています。

最初に読んだのは佐藤利明さんの文章。佐藤さんは大瀧さんが成瀬研究をするきっかけを与えた人で、大瀧さんといっしょに何度も築地を歩かれてるんですね。成瀬研究を始めるいきさつから川本三郎さんとの対談に至る過程まで興味深い話が多いです。

最後の方で、先日触れた『鴛鴦歌合戦』の監督であるマキノ正博(雅弘)に関する話も出てきます。これが面白い。ちょっと引用しておきます。
 大瀧さんと話をしていて、映画や文学、音楽について”野球”に見立てることがよくあった。あるとき、マキノ雅弘監督と黒澤明監督の位置づけについて、やりとりをしていると、突然《マキノって、長嶋(茂雄)なんですね》と来る。長嶋は《ストライク・ゾーンは?》と聞かれたら《自分の打てる球》と答えた。
 どんな題材でも面白く演出するマキノは長嶋と同じ。一方の王貞治は《とにかく初球は打たない。ジックリと待ちます。イライラするくらい》。寡作で芸術家肌の黒澤はそれゆえに王であり、《長嶋は理論にしづらいのですが、王さんは理論にしやすい》と。マキノのよさは日本でしか通用しないが、クロサワは世界で評価される。そして、《日本の長嶋、世界の王、日本のマキノ、世界のクロサワ》という結果に至った。

いかにも大瀧さんらしい分析。なるほど、なるほど、ですね。
ところでそのマキノの『鴛鴦歌合戦』ですが、先日書いた通り歌の部分だけを取り出したもの(一部、音楽的な会話も入れていますが)をCDに落としてここ一週間ほど聴き続けています。音楽だけを取り出したら30分足らずのものですが、何度聴いても聴き飽きないし、とにかく楽しくて仕方がありません。
で、音楽だけをずっと聴いた後で、昨夜久しぶりに映画の方を観返したら、またいろんな発見があったり。当分、『鴛鴦歌合戦』ブームは続きそうです。

今、一番のお気に入りの曲は、殿様の家来達が順番に歌う「拙者は松田〜」。ずっと音だけ聴いて、昨日映像を観直したら爆笑。だれかその部分の映像作ってくれないかな。
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by hinaseno | 2014-03-16 10:21 | ナイアガラ | Comments(4)

スパンキー&アワ・ギャングの「Like To Get To Know You」を初めて聴いたのは1989年1月12日に放送された新春放談。このとき達郎さんはちょうど番組を持っていない時で、萩原健太さんがDJをしている番組で鼎談をしています。
話題は最近出たCDのことに。最初に触れられたのが『ロジャー・ニコルズ&スモール・サークル・オブ・フレンズ』! 世界初CD化ということで、日本で発売されたんですね。1988年だったでしょうか。
僕も何かでその存在を知って、でも、そのときにはすでに品切れ状態になっていて残念な思いをしていたら、ある日、確か岡山市内の商店街を歩いていたら、中古CDを並べているコーナーがあって、そこで見つけたんですね。初めて聴いた時の感動といったら。
ちなみにそのCDの解説は小西康陽さんでした。

『ロジャー・ニコルズ&スモール・サークル・オブ・フレンズ』に関してこんな会話がなされています。
達郎:大瀧さんちにそれ(『ロジャー・ニコルズ&スモール・サークル・オブ・フレンズ』)があってね。
大瀧:日本の人で、当時...、67年か8年のレコードですよね...。
山下・萩原:そうですね。
山下:僕、大瀧さんちで見たのは73年の話ですからね。
大瀧:67、8年くらいのレコード。
山下:そうでしょう。
大瀧:だから日本は当時100人いなかったんじゃないかな、当時ね。
山下:100人なんかじゃない、2けたでしょう。
大瀧:ね、20人! いやほんとに。
萩原:だって、だれも聴いてなかったし、ね。
大瀧:当時ね。そういうものがCDでぽっとね、普通のお店の前に。

で、この会話の後に達郎さんが「これですよ、私の一番ショックは」ということで、スパンキー&アワ・ギャングの『Greatest Hits』を紹介するんですね。やはりこのCDが出たのも1988年ですね。
達郎さんが、このレコードを手に入れるためにどれほど苦労したかの話も含めて、思い入れたっぷりに『Greatest Hits』にまつわるいろんな話をします。で、そのあとに「高校時代の思い出の」と言って「Like To Get To Know You」がかかります。これが最高に素晴らしくて『Greatest Hits』のCDも探しました(Amazonもなければ、まだネットもしていない時代の話)。見つけたのは神戸の三宮近くにあったレコード店(店の名前、忘れちゃったな)。そこにはRHINOのレコードやCDも置かれていて本当にたくさん買いましたが、いつの間にか店はなくなってしまいました。

達郎さんはいろんなバージョン違いの話をしていますね。でも、当時はなんのこっちゃでした。で、その後、僕は『Greatest Hits』のあとにいろいろ出るようになったスパンキー&アワ・ギャングのCDを買っては古いのを手放しを繰り返し、現在は2005年にHip-O Selectというレーベルから出たスパンキー$アワ・ギャングのシングルも含めて全曲を収めた『The Complete MERCURY Recordings』というCDを持っていて、昨日達郎さんの話を聴きながら、それぞれのバージョンの聴き比べをしました。
ちなみにこの曲のドラムスはハル・ブレインだったんですね。ハル・ブレインさん、いろんなところに登場します。

さて達郎さんは、このレコードのレーベルの話をしていました。曲目がうずまき状に並べられていて、しかも物語のようになっているという。今、ネット上でチェックしたらこんな感じでした。
こちらがSide 1。
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そしてこちらがSide 2。
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ところで、達郎さんによる思い入れたっぷりの話が終わった後で大瀧さんがぽろっとこう言います。
「当時山下くんがスパンキー&アワ・ギャングを縮めて”スパ・ギャン”と言っていたのが印象的でした」

でも、もちろん、大瀧さんもスパンキー&アワ・ギャングを大好きなんですね。

スパンキー&アワ・ギャングの曲は春とか休日に似合います。「Sunday」と題された曲がいくつかあるからなんでしょうね。
というわけで、1977年8月15日放送の「ゴー!ゴー!ナイアガラ」の「さわやかサウンド特集」でもかかったスパンキー&アワ・ギャングの「Sunday Will Never Be The Same」を。例の波の音をバックにした日の放送ですね。
この日にかかった曲もすごいな。大好きな曲ばかりです。それぞれの曲が『ロンバケ』につながっているような気がします。


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by hinaseno | 2014-03-15 09:39 | ナイアガラ | Comments(0)