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by hinaseno
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永遠にとけない魔法


今朝の長いブログを書き終えて、一息ついて、明日、新年最初に書くことを少し考えていました。もちろん書くべきことはずっと前から決めていました。
来年の3月21日発売予定の大瀧詠一さんの『EACH TIME 30th Anniversary Edition』についてのこと。
きっと今頃、大瀧さんはやはり来年の3月に放送予定であるはずの「アメリカン・ポップス伝パート5」の準備と並行して、かなりハードな日々を送られている頃だろうなと思っていました。納得できないことはそのままにせず、ぎりぎりまで、できうる限りの準備をし尽される方であることはよく知っていましたので、相当に大変なのではないだろうかと。

前にも書いたように、大瀧さんの『EACH TIME』は、僕が初めて(そして結果的には最初で最後の)リアルタイムで買ったアルバムでした。思い入れは最も強いアルバムと言えるかもしれません。好きな曲はいくつもあります。ひとつひとつの曲にいろんな思い出がくっついています。ただ、後でいろいろわかったことから、これは下手をすればビーチ・ボーイズの『SMiLE』みたいなことになりかねないアルバムだったんではないかと。収拾のつかない未完成の傑作アルバムに。
実際、『EACH TIME』はその後、CDでアルバムが出るつどに、収録曲、曲順を変えていました。完成形というものがあってないようなアルバム。おそらく収録される可能性のある曲のリマスターはすでに済ませられているだろうとは思いながらも、最後に収録曲や曲順を考える作業はしんどいだろうなと。
10年前にブライアン・ウィルソンが自らのバンドで『SMiLE』の制作を始めたとき、その開始直後の映像ではかなり嫌そうなブライアンの姿が映っていました。一度挫折したものに向き合うのは大変な心の力がいります。当時ブライアンは62歳。

大瀧さんはおそらく『EACH TIME』を完成したアルバムだととらえることができないままでいたと思います。で、おそらくその挫折感が次のアルバムを作らせることのなかった最大の要因だったのではないかと勝手に考えていました。
10年ほど前から始められたご自身のアルバムの30th Anniversaryを作る作業(大瀧さん自身はそれを「お墓作り」と表現されていたように思います)もこれで最後。でも、最後の最後のものが相当にやっかいなものだったはず。いったいどんな”お墓”を作ればいいのかと、悩みに悩まれていたはず。

僕がこのブログを始めたときに、ただ一つだけ思っていたことがあります。それは大瀧さんに見てもらえるブログになったらいいなと。
もちろん見てもらえていたかどうかは分からないのですが、2014年になったら『EACH TIME』の勝手な希望を書こうと思っていました。
で、今朝ブログを書き終えて食事をして、『レコード・コレクターズ増刊』に収められた大瀧さんの『EACH TIME』に関するインタビューを久しぶりに読んで、とりあえず、まずは先日亡くなられたドラマーの青山純さん(『EACH TIME』の基音を作った人といえるかもしれません)のことと「魔法の瞳」のことを書こうと、で、その「魔法の瞳」が1曲目に収録されたLPをセットして曲が流れ始めて、パソコンに戻って電源を入れてインターネットに繋いだときに、大瀧さんの急死を知らせる第一報を目にしました。
もちろん最初は自分の目を疑いました。でも、次々に流れてくる報を見て体の震えが止まらなくなり、涙が止めどなく流れてきました。いまだに信じられない。

ここに書いてきたすべてのことは(小津のことはいうまでもなく、荷風や木山捷平のことであっても)、大瀧さんなくしては開くことのなかった扉のむこうにあったことばかり。で、大瀧さんに納得してもらえるように、とまではいかないにしても、大瀧さんににっこりくらいはしてもらえたらということだけを考えて書き続けてきました。

『EACH TIME』はブリティッシュで(「アメリカン・ポップス伝」の後は「ブリティッシュ・ポップス伝」を予定されていたようです)ということで始められたみたいですが、本来明るいもの好きな大瀧さんにしては思いの外暗く、重くなりすぎたようでした。
で、それが大瀧さんの迷いと挫折のもとになっていったのかもしれません。

でも、それらは後で知ったこと。
僕にとっては最も風通しの良かった時期の思い出がいっぱいにつまっているアルバム。
なので、大瀧さんにこのブログを見てもらえることがあれば、できれば最初にLPで出した曲順でアルバムを出してもらえたらなと。後で付け加えられた曲はいろんないきさつがあるにせよボーナストラックにされて。
さらに、『EACH TIME』の音として最初に耳にして心がこれ以上なくときめいた、この渋谷陽一さんの番組の最初にかかった未発表曲も入れて。



それから、できれば『EACH TIME』制作休止中にラッツ&スターのために作った「Tシャツに口紅」の大瀧さんの歌われたものも。
こんな願いを一つ一つしていこうと考えていたのですが、一遍にしてしまいました。天国にいる大瀧さんに怒られそうですね。期待は失望の母である、と。

明るいことが好きな大瀧さんに認められてもらうためには、マイナスの感情を含んだ文章を書いてはいけないと心していたのですが、湿っぽい話になってすみませんでした。
今日ぐらいは許して下さい、大瀧さん。

もっともっと僕の知らないたくさんのことを教えてもらいたかったです。あなたしか開くことのできない扉を、もうだれも開けてくれることはありません。扉の在処さえ示してくれる人もいません。

30年前、初めてリアルタイムで買った『EACH TIME』をターンテーブルに載せて、1曲目のこの曲のヴァースの部分が流れて来たときの心のときめきは今でも忘れません。
日本人でありながらこれだけドリーミーな曲をいくつも作られた人は大瀧さんしかいません。大瀧さんによって音楽に魔法があることを知りました。
永遠にとけない魔法をかけられた僕は本当に幸せでした。


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by hinaseno | 2013-12-31 18:40 | ナイアガラ | Comments(0)

ようやく今日から休み。「東京」以降、かなりハードな日々が続きました。
限られた時間で聴いていた音楽といえば、朝はずっとフォスター。午後から晩にかけてはSonny Til & The Orioles、そして車の中では発売されたばかりの佐野元春の『No Damage deluxe edition』に収められた1983年のライヴ。
1840年代後半から1860年代のはじめに作られた曲と、そのちょうど100年後の1940年代後半から1950年代にかけて作られた曲(つまり今から60年ほど前に作られた曲)と、さらに今からちょうど30年前に行なわれた伝説的なライブを同時に聴いていたわけです。もちろん合い間合い間に「ゴー!ゴー!ナイアガラ」をはさみながら。

忘れかけていた「東京」の小さな話を。「効率」と時間がどこかに消えている話にもつながるのでしょうか。
最も便利でありながら、知らず知らずのうちにかなり多くの時間を取られてしまっている原因となっているものがiPhoneであることは自分でもよくわかっています。来年からはその関わり方を相当意識して変えていかなくてはと真剣に考えています。頼りすぎて、関わりすぎていてはやばいなと。得るものもあるとは思いますが、もっと大切なものが気づかないうちに相当に失われているように思いました。

そんなことを考えたのは、あのアゲインでのモメカルのライヴの日でした。iPhoneの充電をし忘れたために、ライヴが始まるときには残り10%を切る状態。本当は少しくらい録音したり、動画を撮ろうかと思っていたのに…。
というわけで、ライヴが終わってからiPhoneのGoogle Mapを見ながら歩いてホテルに戻るわけにもいかず、石川さんにうかがって電車で帰ることに。ただ、2つほど乗り換えをしなくてはいけなくてちょっとややこしい。そういうのも全部iPhoneに頼っていたので、かなり不安な状態に。終電の時間も近づきつつあるようでしたし。
ひとつ目の乗り換えの駅で、本当は到着したときに時に向かいに停まっていた電車にすぐに乗ればいいものの、ひとつでも乗り間違えたら大変なので、ちょっと確認をしているうちに電車は行ってしまいました。ここで次の電車までしばらく待つことに。もう一つ乗り換えをしなければならないので、終電の時間に間に合うのかとさらに不安に。皮肉にもその駅の名前は、どこか縁のありそうな名前の「大岡山」。
ようやく電車が来て、今度は自由が丘で下車。宿泊するホテルのある祐天寺に向かう電車がまだあるのが分かって一安心。それが終電だったのかどうかはわかりませんが、さすがに乗客は少なくてゆったりと座ることができました。
ほっと一息ついて、iPhoneで音楽でも聴こうかと思ったら、すでに残り2%。仕方なく音楽を聴くのをやめて、東急東横線沿線の東京の夜の風景をぼんやりと眺めながら、モメカルのライヴのことやその日一日起こったことを思い浮かべていました。

ふと気づくと横から若い男女の会話が聴こえてきました。といっても実際には人1人分ほど離れた僕の隣に座っていた20歳くらいの女の子がほとんど一人でしゃべっていて、同い年くらいの男の子が相づちを打つような感じ。女の子はその日かなりお酒を飲んでいたようで、ちょっとほろ酔い状態。その酔いを覚ますためか、ペットボトルを片手に水か何かを飲みながら話し続けていました。
「私が今まで付き合った男の子は、みんなあまりお酒を飲まない人だったの」
なんて言葉が聴こえてきました。聴いていて、二人がまだ友達以上、恋人未満の関係(古いな、この表現)にあるような気がしました。その年齢ならではのとても風通しのいい会話。二人はもしかしたら初めてその日デートのようなものをしたのかもしれません。そして食事のときに女の子はちょっとお酒を飲んで。

そのとき、女の子の持っていたペットボトルのふたがことっと下に落ちて、ころころと僕の足下の方に転がってきました。彼女はすぐに拾おうとしたのですが動きが鈍く、僕が拾って手渡すと、「どうもありがと...」と言いかけて頭を後の窓枠でコツン。もしヘッドフォンをして音楽を聴いていたら聴こえなかったかもしれない音。
思わず吹き出してしまって「いい音がしたね」と言ってしまいました。
女の子も「あっ、いい音がしました」の頭をさすって照れくさそうにしていました。男の子は「大丈夫?」と少し心配する言葉をかけている。

ちょっとほっこりした気分になった頃に祐天寺に到着。
駅を出たものの、駅からちょっと離れた場所にあるホテルの方向が全く分かりません。残り2%のiPhoneで調べようかと思っていたら、駅前に交番が。しかも12時近いというのに巡査が立っている!
巡査が前に立っている交番なんて、こちらではもう完全に見かけなくなりました。そればかりか、昼であれ夜であれ、交番があっても中に人もいない。
東京ではこれがあたり前? それとも祐天寺駅前の交番が特別?
若い巡査かと思って近づいてみたら意外にも結構年配の人。大柄で恰幅もよく、人当たりもいい。まるでジョン・フォードのいくつもの映画に出演しているヴィクター・マクラグレンのような感じ。ジョン・ウェインではなく。
僕が宿泊するホテルの名前を告げると、にっこりと微笑んで、的確に場所を教えてくれました。ほっこりとした気分が再び蘇ってきました。
電車の中の恋人未満の男女も、祐天寺駅前の巡査も、iPhoneがしっかりと充電されていたら”出会う”ことのなかったんだろうなと思いながらホテルへの歩みを進めました。

ところで話は唐突に変わって昨日の『駅馬車』のこと。
「金髪のジェニー」は映画が始まって間もなく、すぐにわかるように使われていました。でも、全編にわたって使われているわけではなかったですね。最初と最後と、その部分だけ。
ただ、「Gentle Annie」は映画が終わりに近づいても、よくわからない。もともと全く知らない曲でしたので、映画を夢中になって観ているうちに(何度観ても引き込まれます。ああ、この場面は『バック・トゥ・ザ・フューチャー3』にパロディ的に取り入れられているな、とか思いながら)、どこかの場面でさらっと使われたかなと思っていたら、最後の方に意外な形で使われていました。よっぽど注意していないと気づかない人は気づかないだろうなと(『早春』での「サセレシア」のように)。
それは駅馬車に同乗した、身分も立場も全く違う主演の二人の女性が最後の最後に心を通わせる場面で、例のホンキートンクピアノ(いい西部劇にはかかせないもの)に演奏されて、酒場(saloon)から流れてくる形で使われていました。なんとも心憎い使い方をしています。

『駅馬車』を観終えた後、双葉十三郎がジョン・フォードについて書いた文章を読んでいたら、おっと思うものを発見。ジョン・フォードがフォスターの音楽を使った映画がもう一つあることがわかりました。映画のタイトルは『太陽は光り輝く』。使われているのは「My Old Kentucky Home」。石川さんがモメカルのライヴのときに「これからはこれをクリスマスの曲として聴きます」と言われて紹介された曲。
『太陽は光り輝く』は西部劇ではないのですが、ケンタッキーを舞台にしているんですね。「My Old Kentucky Home」はまさにこの映画の主題歌。演奏しているのはなんとヴィクター・ヤング。
『太陽は光り輝く』はDVDにもなっていなくて僕も観たこともないのですが、YouTubeには映画を全編収めたものがありました。この最初でヴィクター・ヤングの演奏するフォスターの「My Old Kentucky Home」が聴かれます。



『シェーン』の「遥かなる山の呼び声」とそっくりな感じ。と思ったら『太陽は光り輝く』は『シェーン』と同じ1953年公開。つまりヴィクター・ヤングは、ほぼ同じ時期に、おそらくは同じ演奏者を使って「遥かなる山の呼び声」と「My Old Kentucky Home」を録音しているんですね。
映画では最後に黒人の人たちが「My Old Kentucky Home」を歌って終わる形になっています。まさに「My Old Kentucky Home」そのものの映画。と思ったら、『太陽は光り輝く』の原題は”The Sun Shines Bright”。これって「My Old Kentucky Home」の最初のフレーズの歌詞そのまま。ジョン・フォードがいかにこの曲が好きだったかがわかります。僕の直感ははずれていなかったと、うれしくなりました。ちなみにジョン・フォードは自分の作った作品の中でもとりわけこの『太陽は光り輝く』が好きみたいです。ああ、字幕付きのものを観てみたい。

最後にもう一つだけ気づいた興味深いこと。きっとフォスターをこよなく愛されている石川さんにも喜んでいただけるのではないでしょうか。
『太陽は光り輝く』が公開された1953年は、まさに小津の『東京物語』が公開された年。前にも書いたように『東京物語』でもフォスターの「Massa's in de Cold, Cold Ground」が使われています。日米の巨匠が同じ年に作った映画にフォスターの音楽が使われていたなんて、ちょっと奇跡的。単なる偶然とすませていいものかどうか。

というわけで、今年の最後の曲はビング・クロスビーの歌う「My Old Kentucky Home」を。石川さんにいただいたCDに収められていたのは、石川さんがお持ちのSP盤から録音されたものでしたので、同じSP盤からの音源を貼っておきます。演奏はヴィクター・ヤングです。
多くの人が「My Old 〜 Home」に向かっているんでしょうね。僕も「My Old Okayama Home」に戻ります。では、よいお年を。


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by hinaseno | 2013-12-31 10:05 | 雑記 | Comments(0)

たぶん今年最後のうれしい発見。

昨日、小津の『一人息子』の3度目の観賞を終えた後、もちろん最後にかかった「Old Black Joe」の余韻が残っているのですが、僕の好きな映画でフォスターの音楽が使われているのがないだろうかと考えました。いや、間違いなくあるに違いないと。さて、どの映画に、ということを考えながら、夕方、買い物ついでに少し街歩き。
姫路駅前のメインストリートである御幸通り商店街のアーケードがなくなっていてびっくり。何度も歩いているのに、アーケードがないだけで別の商店街を歩いているような気持ちになりました。
必要な買い物を済ませて夕闇迫る街を歩いていたときに、唐突にジョン・フォードのことが頭に浮かびました。ジョン・フォードであれば、きっと何かの映画でフォスターの音楽を使っているに違いないと。もちろんそれは西部劇。でも、それが何かは分かりません。ジョン・フォードにはあまりにも多くの西部劇があるし、僕はまだそれほどにフォスターの曲を知らない。

というわけで、家に戻ってパソコンで検索。
予想通り見つかりました。
『駅馬車』!
わおっ、でした。『駅馬車』は、まさに僕の西部劇の入口でしたから。
この映画で、フォスターの曲はなんと2曲も使われています。「(I Dream of)Jeanie With the Light Brown Hair」(邦題は「金髪のジェニー」、あるいは「金髪のジーニー」。発音としては「ジーニー」が正しいですね)と「Gentle Annie」。

まず、「Jeanie With the Light Brown Hair」。とりあえず、ビング・クロスビーの歌うものも貼っておきます。



「金髪のジェニー」は、『駅馬車』全編で使われているみたいです。有名なメイン・タイトルとは別に、『駅馬車』は何曲ものアメリカのフォークソングを取り入れているようですが、この「金髪のジェニー」を全編に使っているということは、ジョン・フォードが相当気に入った証拠。勇ましい映画なのに、それとは正反対のロマンチックな曲を取り入れているのが興味深いですね
YouTubeのこの画像で確認したら、最初の0:55あたりで触りの部分が少し、それからエンディングのクレジット・タイトルが出る1:35:47にも使われています。



ところで「金髪のジェニー」が一般的に有名になるのは1940年代に入ってからのようですが、『駅馬車』が作られたのは1939年。つまりジョン・フォードは、まだその曲が一般的に知られる前に使ったようですね。この映画がきっかけになって一般の人に知られるようになったのかもしれません。
ちなみに小津の『一人息子』が作られたのは『駅馬車』の3年前の1936(昭和11)年。当時の日本人でいったいどれくらいの人が「Old black Joe」を知っていたんでしょうか。

さて、「金髪のジェニー」は石川さんからいただいた何種類かのフォスター関連のCDにいくつか収められていましたが、「Gentle Annie」はどれにも入っていませんでした。
フォスターの中ではマイナーな曲のようですね。一応、これを貼っておきます。合唱曲として歌われているのが多いみたいです。



これもとても美しい曲。どうやらアイリッシュの民謡をもとにして曲が作られているようです。アイルランド人の血を引くジョン・フォードが反応するはず。
さて、「金髪のジェニー」と「Gentle Annie」が、果してどんな場面で使われているんでしょうか。今夜観てみます。観るのは5年ぶりくらいでしょうか。
インディアンを殺す場面がたくさんあるので、近年、道義的にもますます遠ざけられてしまっている『駅馬車』ですが、本当にいい映画なんですよね。モノクロで撮影されているアメリカの大自然の風景がいかに美しいことか。

僕にとって小津が日本映画で別格中の別格であるのと同様に。アメリカ映画でジョン・フォードは別格中の別格です。
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by hinaseno | 2013-12-30 16:59 | 音楽 | Comments(0)

「効率」という名のもとに時代はどんどん進んできて、何もかもが便利になって、そのぶん、時間が作られているはずなのに、その時間は一体どこに行ってしまっているんだろうと思う日々。いろんなことをこなす自分の能力が衰えつつあるとはいえ、知らないうちに時間がどこかに消えています。
個人的には、10数年前から、日常生活のちょっとしたことで「効率」という”うすのろ”とは対抗するようにしてきているのですが、むなしい抵抗なんでしょうか。

今年見た映画も、「効率」とは程遠かった時代の映画ばかり。最も観た回数の多かったのは、やはり小津の『生まれてはみたけれど』。10回くらいは観たでしょうか。それから『早春』も4〜5回は観ました。今は『一人息子』を続けさまに、3回観ているところ。『東京暮色』も3度観ました。
『東京暮色』といえば、『早春』でも”ノンちゃん”役(『東京暮色』では「登(のぼる)」だから「ノンちゃん」と呼ばれてもいいのですが、『早春』の役名は「大造」。なんで「ノンちゃん」と呼ばれてるんだろう?)の高橋貞二のことがいつのまにか気に入ってしまって、特に”暗い”映画である『東京暮色』で、山田五十鈴夫婦が経営している麻雀屋で、長々と有馬稲子のうわさを語るシーンのしゃべり方(深刻な話をあえてあの口調で語らせたのは、もちろん小津の指示なんでしょうね)を、つい使っていることがあります。結構うけます。
その高橋貞二さん、小津の『早春』、『東京物語』と出て、その次の『彼岸花』にも出ているのに、そのあとの小津の映画には出演していないのはなぜだろうと思ったら、『彼岸花』の翌59年に、交通事故で亡くなられていたんですね。市電に激突したとのこと。33歳。若すぎますね。次の『お早よう』でも、きっと役柄が与えられていたはず。
その『お早よう』の主演の佐田啓二(中井貴一のお父さんですね)も、その5年後に、やはり交通事故で亡くなっています。37歳。
小津映画を支えた2人の若い俳優が、まさに高度経済成長期のまっただ中に、その経済成長の象徴ともいえる自動車で亡くなっていたとは。

それはさておき、先日のアゲインでの居島一平さんの一人芸にならって、僕は『東京暮色』の高橋貞二のあの場面でのセリフを覚えようかと思う日々。「効率」という”うすのろ”と闘うために。
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by hinaseno | 2013-12-29 08:53 | 雑記 | Comments(0)

同じように忙しくても、夏は6時過ぎくらいに目が覚めて、ブログを書くことができていたのですが、冬はダメですね。目が覚めても布団から出られません。で、もうひと寝入りしてしまいます。

さて、今年のクリスマスは、オリオールズ、レイヴンズという最初期のドゥーワップ・グループのクリスマス・ソングを何度も聴いていたのですが、この時期の黒人のコーラス・グループにはゴスペルの流れをくんでいるせいか、祈りの成分が多く感じられ、とても敬虔な気持ちにさせられます。
そんなドゥーワップとは別に聴き続けていたのが、ナット・シルクレットとヴィクター・サロン・グループによって演奏されたフォスターの楽曲集。
こちらで聴くことができます。



ナット・シルクレットとヴィクター・サロン・グループの演奏するフォスターは、アゲインに行ったときに石川さんからいただいた『小津安二郎が愛した音楽』に収められていたのですが、これがもうたまらないくらいよかったんです。
この音源の18:37から出てくる「Old Black Joe」が、まさに小津の『一人息子』に使われているもののようです(「Old Black Joe」から最後の「Old Folks at Home (Swanee River)」までの流れはCDと全く同じ)。
アゲインでのモメカルのライブで、小津とフォスターの関係を紹介されたときに、本来は夏の歌である「Old Kentucky Home」(23:20)をケンタッキーつながりで、これからはクリスマスソングとして聴こうと思いますとおっしゃられていて、僕もそれに倣うことにしました。いや、このナット・シルクレットとヴィクター・サロン・グループの演奏するフォスターの曲は、モメカルのライブの思い出とも重なって、これから先ずっとクリスマス・シーズンになったら聴きたくなってくる曲になるんだろうと思います。
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by hinaseno | 2013-12-27 08:37 | 音楽 | Comments(0)

残り30分のクリスマス


クリスマス・ソングには素敵なものがいくつもあるように、クリスマス・ストーリーにも素敵なものがいくつもあります。村上春樹の訳したカポーティの作品や、ポール・オースターの「オーギー・レンのクリスマス・ストーリー」とか。クリスマスにしかない魔法にちりばめられたささやかな物語。

今年読んだ素敵なクリスマス・ストーリーは、高橋源一郎さんがツイッター上に書かれていた「れんちゃん」の話。そして、とびきり素敵だったのがこの話でした。この日から4回にわたって物語が続きます。書かれたのは、僕のブログで何度か触れてきたデザイナーの高瀬康一さん。実話なんですね。夢みたいな話。

先日、アゲインでのモメカルのライブのあとにお会いすることができたのが、その高瀬さんでした。石川さんが連絡してくれていて、わざわざ湘南から会いに来てくれました。僕の方がずっと高瀬さんのファンだったので、この上なく光栄なことでした。
高瀬さんが石川さんのアゲインでときどきイベントをされていることを知って、石川さんに高瀬さんのことを話したら、石川さんが間を取り持ってくれて、高瀬さんとも小さな交流が生まれてました。ただ、残念ながらその日はあまり時間がなくてゆっくりと話をすることができなかったのですが。
もし、もう一日休みが取れたならば、高瀬さんの住んでいる湘南や鎌倉(もちろん僕はサザン世代ですから)に絶対に行ったのに。

でも、あの日には聴けなかった素敵な物語を聴かせてせてくれてありがとうございました。
高瀬さんが書かれたクリスマス・ストーリーでお会いされた方は、ドゥー・ワップのファンとのこと。何か曲を聴かせられたんでしょうか。

というわけで、今日はちょっと暖かくて、雪が降る気配なんてちっともありませんが、オリオールズと同じくらい魅力的な声を持っているシンガーのいるレイヴンズのこのクリスマス・ソングを。



クリスマスの一日もあと30分を切りました。こんな時間に更新したことをだれか気づいてくれるでしょうか。
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by hinaseno | 2013-12-25 23:39 | 雑記 | Comments(0)

Doo Wop Christmas


今夜はクリスマス・イブ。というわけで、クリスマス・ソングの話を。
クリスマス・ソングのことを考えるのは、いつになっても楽しいこと。
ただ、今年はめずらしくクリスマス・アルバムを1枚も買っていません。さすがにここ数年は買うものがなくなりました。
でも、今年のクリスマスはずっと聴かないでがまんしていたものがあります。
大瀧さんの「ゴー!ゴー!ナイアガラ」のクリスマス特集。75年と76年と77年の3回分。一昨日は75年、昨日は76年のを聴きました。
75年、つまり大瀧さんがラジオでした最初のクリスマス特集は「ブライアン・ウィルソン対フィル・スペクター」。ビーチ・ボーイズとスペクターのクリスマス・アルバムを交互にかけながら、大瀧さんのクリスマスにからむ思い出話をたっぷり。
やはり、クリスマス・アルバムといえばこの2枚。これだけは毎年かかさずに聴かずにはいられない、永遠のクリスマス・アルバム。奇跡の2枚ですね。

さて、その次に毎年聴きたくなるのはドゥー・ワップのクリスマス・ソング。CDが3、4枚、レコードが1枚ほど。
最初に買ったのが、Pヴァインという日本のレーベルから出たこのCD(1988年)。
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その後、ライノから出たものに比べて音はいまいちでしたが、ちょうどドゥー・ワップに興味を持ち始めた頃に出たものだったので、クリスマスとは関係のない時期にもよく聴きました。選曲もよくて、特に1曲目から5曲目が素晴らしい。
一応書き上げると、1曲目と2曲目がThe Ravens(レイヴンズ)の「White Christmas」と「Silent Night」、3曲目と4曲目がThe Orioles(オリオールズ)の「Lonely Christmas」と「What Are You Doing new Year’s Eve?(これは正しくは大晦日の曲ですね)」、そして5曲目が達郎さんもカバーしているThe Moonglows(ムーングロウズ)の「Just A Lonely Christmas」。これにThe Drifters(ドリフターズ)の「White Christmas」が続けば最高なのですが、残念ながらそれは収められていません。

ところで、話は少し変わって、ドゥー・ワップといえば、何と言ってもライノから出た『The Doo Wop Box』(1993年)。衝撃でしたね。
この1曲目を聴いたときの、音のよさにどれだけ驚いたことか。
ちなみにその曲はオリオールズの「It’s Too Soon To Know」。そして2曲目がレイヴンズの「Count Every Star」。やはりオリオールズとレイヴンズ。1940年代後半に活動を始めたこの2つは最初期のドゥーワップ・グループ。今、僕はこのうちのオリオールズにはまっています。

『The Doo Wop Box』にはライノらしい遊びがいくつもあって、中のブックレットには「ドゥー・ワップ・クイズ」というものもあります。ドゥー・ワップというのは、バックでdooとかwopとかの掛け声をかけることからその名がついているのですが、そのいろんな種類の掛け声がずらっと並べられて問題になっているんですね。全部で33問。
例えばこんな感じ。

3問目。boom boom boom, bang bang bang
4問目。bop bop sh-wada
9問目。doe doe-doe doe do
13問目。doo-bop sh-bop
16問目。dooby dooby doo
18問目。doo wop, doo wop-doo-wop

『The Doo Wop Box』が出た頃には有名なドゥー・ワップの曲はだいたい知っていて、ここに収められているのは有名な曲ばかりなのですが、わかるわけないですね。でも、3つくらいはわかったような気がします。

さて、今日の話はその9問目、「doe doe-doe doe do」について。日本語に直したら「ドゥ、ドゥ・ドゥ、ドゥ、ドゥー」。

実は今年、たった1枚だけ、クリスマスの曲が収められたアルバムをペット・サウンズで買いました。ソニー・ティル&ジ・オリオールズ(Sonny Til & The Orioles)の2枚組のCD。

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この中にとびっきり素敵なクリスマスソングが4曲。
もちろんPヴァインのCDに収められている2曲、「Lonely Christmas」と「What Are You Doing new Year’s Eve?」が入っているのですが、それぞれジュビリー・レーベルで録音されたもの(録音は1948年と1949年)と、その後、再結成してチャーリー・パーカー・レーベルから再録音されたもの(録音は1962年)と両方入っています。
これまできちんと確認していなかったのですが、Pヴァインの盤には、「Lonely Christmas」は1962年の再録バージョン、「What Are You Doing new Year’s Eve?」は1949年録音のオリジナル・バージョンが収録されています。ちなみにその数年後にライノから出た同じタイトルの『Doo Wop Christmas』に収められているのは2曲ともジュビリー期に録音されたオリジナル・バージョン。ちなみに1948年に録音されたときの「Lonely Christmas」の正式なタイトルは「(It's Gonna Be A) Lonely Christmas」。

というわけで、ペット・サウンズで買ったアルバムには、今まで聴いたことになかったチャーリー・パーカー・レーベルの再録された「What Are You Doing new Year’s Eve?」が収められていたのですが、これを聴いていたら、例の聴き覚えのある「ドゥ、ドゥ・ドゥ、ドゥ、ドゥー」が、いたるところで。調べてみたら、なるほど、でした。

とりあえず、それぞれの音源を貼っておきます。これがジュビリー期に録音されたもの。個人的にはこっちの方が好きです。



そして、こちらが10数年後に再録音された「What Are You Doing new Year’s Eve?」。はっきりと、あの「ドゥ、ドゥ・ドゥ、ドゥ、ドゥー」が聴こえます。



さて、「ドゥー・ワップ・クイズ」、9問目の答え。『アメリカン・グラフィティ』のエンディングでも、その曲はかかります。The Spaniels(スパニエルズ)の「Goodnite, Sweetheart, Goodnite」(1954年)。(この曲の後のクレジットタイトルでビーチ・ボーイズの「オール・サマー・ロング」がかかります。「クレジットタイトルは最後まで」ですね)。



「Goodnite, Sweetheart, Goodnite」がかかるのは、この映像の1:20あたり。いきなり「ドゥ、ドゥ・ドゥ、ドゥ、ドゥー」が聴こえます。たったこれだけの声で、一瞬のうちに心を鷲掴みにされてしまいます。
この「ドゥ、ドゥ・ドゥ、ドゥ、ドゥー」という部分を歌っているのが、ベース・シンガーのGerald Gregory(ジェラルド・グレゴリー)。数あるドゥー・ワップ・グループのベース・シンガーでは、最高の一人でしょうね。本当に素晴らしい声。
ソニー・ティル&オリオールズの「What Are You Doing new Year’s Eve?」で、あの特徴的な「ドゥ、ドゥ・ドゥ、ドゥ、ドゥー」が聴こえてきたとき、最初はパクっているのかと思ったのですが、違いました。まさに ジェラルド・グレゴリーその人。リード・シンガーのソニー・ティル(この人も最高に素晴らしい声の持ち主)が、1962年にオリオールズを再結成するときに直接声をかけたみたいですね。で、ジェラルドは別のシンガーに声をかけます。それが、あのThe Castelles(キャステルズ)のテナー・シンガーであるBilly Taylor(ビリー・テイラー)。すごいメンバーで再結成されてるんですね。
ただ、最高に素晴らしい声の持ち主が集まったからといって、魅力的な曲が生まれるかというとそれはまた別の話。何人かの音程が外れたり、リズムがキープできないような人がいるからこそ、逆に曲が輝いたりします。それがドゥー・ワップというものの魔法。例えばこの曲なんて、後半になると息切れしてしちゃっている人も出てきます。



ハンドクラップも完全に合っていないところもあったり。一発録音だからこそなのですが、ちょっと力の劣った人も一人くらいはどのグループにもいたんですね。でも、結果的にそれで愛すべき曲になるという。

ところで、 ビリー・テイラーのいたキャステルズにも、2曲のとびっきり素敵なクリスマス・ソングがあります。
1曲目は「It's Christmas Time」。



そして、もう1曲。「At Christmas Time」。ちなみにこのB面の「One Little Teardrop」は、昔、達郎さんの番組でかかって知ったのですが、死ぬほど好きな曲です。これもクリスマス・シーズンにぴったりの曲ですね。



というわけで、ものすごく長い話になりました。明日からハードな日々が続きますので、ブログのペースは落ちるだろうと思います。

では、メリー・クリスマス。
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by hinaseno | 2013-12-24 11:01 | 音楽 | Comments(0)

モメカルのライブの後篇のゲストは平川克美さん。
「隣町探偵団」の団長によって、ウェブ上でしか拝見できなかった探偵報告を目の前で。
平川さんが題材にされた小津の映画は昭和7年公開の『生れてはみたけれど』。探偵の舞台は平川さんが生まれ育った蒲田周辺。ちなみに『生れてはみたけれど』はサイレントなので音楽はありません。
この写真は石川さんが平川さんを紹介されているところ。目の前に尊敬するお二人のツーショットが。これもやはり夢のような瞬間。こんな日が来ようとは。
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石川さんにとって平川さんは元上司でもあるのですが、愛にあふれたツッコミが連発されます。聞いていた僕もどきどきするような鋭い質問をぶつけられていました。でも、そういうご関係なんですね。うらやましくて仕方なかったです。

こちらは『生れてはみたけれど』の映像を流しながらの説明をされている写真。うれしくて泣けそうでした。
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ただし、今回は平川さんはあくまでゲストで与えられた時間は15分ほど(ちょっとオーバーしていましたが)。とても説明しきれるものではありませんでした。でも、こういう場にいられただけで感無量。
石川さんがぶつけられた質問で最も心に残っているのは「映っているのが目蒲線であるか池上線であるかは、近くに住んでいる僕らにとっては興味深いことだけど、関係のない一般の人にとってはどうでもいいことなんじゃないの」との言葉。
僕は(たぶん)一般の人間からは外れているので、目蒲線か池上線かはとっても大きいこと。理由はうまく説明できないのですが。でも、今は路線も変わっている目蒲線がどれだけ映っているかは、小津の映画ファンでなくても気になることのはず(それが限られた数の人とはいえ)。
ちなみに、翌日僕は池上線と、元目蒲線の両方の路線の電車に乗りました。

平川さんが調べられたことは、来年の夏頃までには本になって出版されるそうです。その元となる書かれたものの冊子(厚みが2センチ以上もあったような)を見させていただきましたが、今から本になるのが楽しみで仕方ありません。本のタイトルは『隣町までの遥かな旅』とのことです。すぐ近くにある遠く離れた場所、ということですね。

さて、東京の2日目。
めったに来れないし、またいつ来れるか分からない東京。行きたい場所はいくつもありました。そんな中、朝早く起きて向かったのは、やはり雑司ヶ谷。ただ、この話はまた長くなりそうですので、正月明けにでも改めて書きたいと思います。
で、 雑司ヶ谷で5〜6kmほど坂を上ったり下りたりして、 次に向かったのは蒲田。岡山の三石とは別の、もう一つの『早春』の舞台を見ておきたかったんですね。蒲田に行く前に『早春』の舞台の一つである五反田も、電車の乗り換えのときに少しだけ眺めました。五反田駅近くに設定されている浦辺粂子のおでん屋は、いったいどのあたりなんだろかと考えながら。
そういえば、自宅に戻ってから『早春』を再度見直して気づいたことなのですが、雑司ヶ谷を歩く時に山手線の目白駅で降りたのですが、目白も『早春』の舞台の一つでした。夫である池部良との関係が悪くなって家を出た淡島千景がしばらくの間泊まっていた友人の家があったのが目白。映画にもちらっとだけ目白あたりの風景が出てきます。

蒲田に着いたのは昼頃。本当は蒲田の辺りに泊まって、あちこち歩き回りたかったのですが、時間が限られていたので、とりあえず蒲田から六郷土手までは歩いてみることにしました。結構重いカバンをさげたまま3kmほどの道のり。

これは東急池上線の蒲田駅から外に出ていきなり見えた風景。
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『早春』のこの場面と重なりました。
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それから少し歩くと、平川さんの「隣町探偵団」にも出てくる黒澤工場跡に作られた富士通の建物が見えてきました。あまりに巨大な建物でびっくり。やはり『生まれてはみたけれど』の舞台のひとつになっている操車場まで行こうかと思いましたがやめて、ひたすら東海道本線沿いを西へ。
『早春』の池部良と淡島千景が暮らす蒲田の家は、川本三郎さんの『銀幕の東京』(バイブルです)によると仲六郷と呼ばれる地区。前から雑色の駅のある辺りがあやしいのではないかと思って、この風景を探しましたが、見当たらない。
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一時近くになったので雑色の駅近くの小料理屋で食事。店の人にこの写真を見せてみましたが、だれもわかりませんでした。〇〇さんに訊いてみたらと、近くの店の主人を紹介してもらう。古くからこの辺りで商売をされている人とのこと。写真を見てもらったら、もう少し六郷土手の方ではと言われました。六郷土手の△△というお店の人に訊けば、たぶんわかると思いますよと言われる。でも、残念ながらその店は閉まっていました。

六郷土手の駅から多摩川の土手に登りました。
池部良と岸恵子が話をするこのシーンがとられた場所がこのあたりのはずだと思いながら(この場シーンの下の方に見える、柵のようなものは何だろう)。
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その撮影風景をとらえたのがこの写真。すごい数の人ですね。
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で、これが僕が行った場所。
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たぶんこのあたりで撮影されたのではないかと思います。「月桂冠」の煙突がどこにあったか、訊けたらよかったのですが、残念ながらこの場所でそういうのを知っていそうな人に出会うことはできませんでした。
そういえば長嶋や王が練習した巨人の多摩川グラウンドもこの近くにあったんですよね。
というわけで、ほんの数時間の"遠く離れた"隣町探偵でした。
あとは平川さんが『生れてはみたけれど』を終えた後に調査されるのを心待ちにします。
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by hinaseno | 2013-12-23 08:46 | 雑記 | Comments(0)

モメカルのライブの後篇は、何度も目にした小津の映画の、耳によく馴染んだ曲が続きます。ほとんどの曲をかいたのは斎藤高順。
1曲目は、斎藤高順が最初に手がけた「東京物語」。ただ、ライブでは斎藤高順の作った「東京物語」のメインテーマを、ある有名な作曲家の曲ではさみこむ形で演奏されます。それが、先日からちょこちょこ触れていたフォスター。
実は小津はフォスターの曲をいくつかの映画で使っていたんですね。それを最初に石川さんからうかがったときはびっくりでした。でも、どの映画のどんな場面で、フォスターのどの曲が使われるのかは知らないままだったのですが、一つはまさに『東京物語』の尾道の最後の場面で子供たちに歌われる「Massa’s In The Cold Ground(最も一般的な邦題は『主は冷たい土の中』)」と、『一人息子』で使われる「Old Black Joe」。これらがモメカルによって演奏される前に石川さんによって映像とともに説明されます。『一人息子』はまだ一度も見たことがないのですが、ストーリー的にも『東京物語』に重なるところもある映画なようなので、ぜひ見てみたいと思いました。でも、「Old Black Joe」がこんなに素敵な曲だなんて思ってもみませんでした。

というわけで、今回のライブで、アゲインの独自性が最もよく出ていたのは、この3曲のメドレーであったように思います。この3曲が何の違和感もなくつながっていました(違和感で言えば、後半の途中で演奏された唯一、黛敏郎が作曲した「お早よう」の曲の方が、小津らしくないと思ってしまいました)。
それにしても、あらかじめYouTubeでも何度も見ていたモメカルによる「東京物語」は、完成度の高さでいえば、やはりダントツでした。この日の映像ではないのですが、モメカルによる「東京物語」を貼っておきます。



「東京物語」で最も好きなのは、この映像の1:25秒あたり。ぐ〜っと盛り上がった後に、一転して静かなメロディになるところ。このメロディがたまらないほど美しいんですね。この部分、メインで演奏されているのは有馬さん。見事という他ありません。

さて、この後、僕にとってはクライマックスである曲が演奏されます。もちろん「早春」です。その前に、再び石川さんによって、例の「サセレシア」の説明がされます。この日のブログで書いた「サ・セ・パリ」と「バレンシア」も紹介されます。興味深かったのは、モメカルのメンバーも「サ・セ・パリ」と「バレンシア」を聴くのは初めてみたいだったようで、そこで流れて来た音楽が、これから自分たちの演奏する「サセレシア」とそっくりであることに気づいて、思わず顔を見合わせてにっこり。

というわけで、「サセレシア」、そして「早春」のメインテーマの演奏に。
このあたりになると、僕も感極まってしまって、あまりよく覚えてはいません。でも、見事な演奏だったことは確かで、ああ、本当に来てよかったと思いました。

最後に演奏されたのは「秋刀魚の味」。
これも大好きな曲なのですが、演奏も完璧でした。



ライブが終了した後、石川さんからモーメント・ストリング・カルテットのメンバーに引き合わせてもらって、少しだけ話をして、彼女たちに囲まれて記念写真も撮りました。いい思い出をいくつももらいました。
ただ一つ、「早春」のメインテーマは、ヴィヴァルディの「四季」の「冬」の第2楽章に似てると思いませんかって訊こうと思っていたのですが、例によって、そんなことはふっとんでしまいました。
僕がお土産に持っていった大手饅頭をおいしそうに食べてくれて、僕が「演奏、最高でした」と言ったら「大手饅頭、最高でした」との言葉。とってもいい子たちです。

ところで、ライブのあと石川さんから、僕を困らせるようなとんでもない発表が。
なんと年明けの1月9日に、モメカルがまたまたアゲインでライブ。しかもそれは「大瀧詠一特集」。
ものすごく行きたいけど、様々な事情で無理ですね...。悔しくて涙があふれます。
行けないのに勝手な希望をすれば、たぶん演奏されるはずの「夢で逢えたら」の前に、最近、自分的に最もはまっている「Foolish Little Girl」を演奏してもらったら、大瀧さんも喜ばれるのではないかと。



このヘレン・ミラーの作った「Foolish Little Girl」は大瀧さんの大好きな曲。5本の指に入るそうです。
実は僕はこの曲をそれ程好きというわけではなかったのですが、最近、多少コードが分かったので、ギターでポロポロとやっていやら、すごく魅力的な曲であることに気づかされました。ぜひモメカルによって演奏されるのを聴いてみたいです。

というわけで、長く続けたこの話もとりあえずは今日で終わり。
でも、僕の「東京物語」はもう少し続きます。「隣町探偵」の話もありますし、モメカルのライブのあとにやはり初めてお会いすることのできた人の話もありますし。
ただ、時間があまりなくて、どうなることやらです。一つの話が長過ぎるのですが。
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by hinaseno | 2013-12-22 08:36 | 雑記 | Comments(2)

モーメント・ストリング・カルテットによって演奏された曲の1曲目は「アゲイン(Again)」。小津の映画とは関係のない曲です。
あらかじめ、セット・リストが配られていたのですが、僕はそれを見ないでいましたので、最初にこの曲が演奏され始めたとき、聴き覚えのあるメロディだなとは思いつつも、しばらくはそれが何であるかわかりませんでした(かなりゆったりした演奏でしたので)。
「アゲイン」を最初に演奏するのは、モメカルがアゲインでライブを行う時の恒例になっているんですね。曲を作ったのはライオネル・ニューマン。僕のブログでも何度か登場しているランディ・ニューマンの叔父さんです。
石川さんが店の名前を「アゲイン」と決めるには、いろんな理由があったようですが(最終的に決められたのは、内田先生だったと理解しています)、そのきっかけのひとつが、この曲を石川さんが大好きだったこともあるようです。
僕ももちろん「アゲイン」ができる前から、この曲が大好きでした。ちなみに僕がこの曲を知ったのは、というよりもこの曲を好きになったのは、リッキー・ネルソンが歌ったこのテレビ・バージョンでした。彼の家族が出演していた『オージーとハリエット』という番組の中で歌われたもの。



と言っても、番組を見たわけでもなく、このバージョンは、2001年にBear Familyから出たリッキー・ネルソンのボックスに収められていて知りました。かなり最近のこと。その後、いろんな人の歌うものも聴いてみて、やっぱりこのリッキー・ネルソンがギターをつまびきながら歌っているのが一番好きです。

さて、ライブの前編で演奏された曲のほとんどは、小津の初期の作品で、僕が見ていない映画も多く、どれも初めて聴くようなものばかり。何度か見ている『晩春』や『麦秋』、『お茶漬の味』ですら、そんな曲が使われていたっけ、という感じ。ちなみに前編でかかった曲の作曲者は伊藤宣二と斎藤一郎。
石川さんも言われていたように、小津の曲といえば、やはり『東京物語』以降に作曲を手がけられた斎藤高順の作品のイメージが強く、僕が聴いていたのもそればかり。
というわけで、ライブの後篇にそれらはいよいよ演奏されることになります。

ちなみに前篇で最高だったのは、ゲストの居島一平さんの一人芸。その題材がなんと『早春』。居島さんは小津の映画の中で『早春』が最も好きとのことで、映画のいくつかの場面を再現されたのですが、これがもう笑えるのなんのって。特に五反田でおでん屋をやっている浦辺粂子と淡島千景の会話なんてツボにはまってしまって笑いが止まらなくなりました。できれば「腰巻」の会話もやってもらいたかったです。
とにかく見事な『早春』のカバーでした。いつか全部見たいですね。

ところで、昨夜突然気づいたことなのですが、「アゲイン(Again)」を逆に並べると「Niaga」ですよね。「ナイアガ」。別に言い換えれば「ナイアガラ(Niagara)」を逆に並べ替えたら「ar-again」。「あ〜、アゲイン」。「アゲイン」と「ナイアガラ」はシンメトリックな関係になっていたんですね。今の今まで気づきませんでした。
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by hinaseno | 2013-12-21 14:26 | 雑記 | Comments(0)