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Talks About Music, Books, Cinema ... and Niagara


by hinaseno
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僕が来ている南の島の名はもちろんナイアガラ諸島。ナイアガラン・アイランド(Niagaran Islands)です。その最大の島がA島。今、ちょうどV島からA島に向かっています。A島も他の島同様珊瑚礁でできているのですが、かなり険しい山がそびえているのが見えます。

A島に向かう船の中で「ゴー!ゴー!ナイアガラ」を聴きました。聴いたのはサマー・ソングを特集した「Summertime, Summertime ‘78」。
「Summertime, Summertime」特集は1977年にもされているのですが、こちらは1978年8月7日に放送されたもの。先日触れた「See You In September」特集の3回前ですね。その時と同様に、やはり全編、波の音がし続けています。ヘッドホンをはずしても波の音、つけても波の音です。

かかった曲を紹介します。実はこの日かけられる曲は例の『KAWADE夢ムック 増補新版大瀧詠一』でわかっていたのですが、いくつか変だなと思うものがあって確かめる意味もあったのですが、やはりいくつか間違われていました。正しいものをこちらに載せておきます。あの本をお持ちの方は訂正しておいて下さい。

1. Summertime, Summertime / Legendary Masked Surfers
2. Summer Means Fun / Bruce & Terry
3. Beach Party / Annette Funicello
4. Gonna Hustle You / Legendary Masked Surfers
5. Ride The Wild Surf / Jan & Dean
6. One Piece Topless Bathing Suit / The Rip Chords
7. All American Girl / The Hondells
8. I Want To Take A Trip To The Islands / The Surfaris
9. Hawaii / The Beach Boys
10. Surfin' U.S.A. / The Hot Doggers
11. I Live For The Sun / The Sunrays
12. Surfer's Stomp / The Mar-Kets

訂正箇所というのは1曲目が少しだけかけられていたのに記載されていないこと、4曲目の曲名、7曲目のアーティスト名が間違っていること。それから、6曲目のリップ・コーズのつづりも違っていました。
誤解されてほしくないのですが、僕は作成した方のミスをいろいろとつきつけるつもりはありません。今みたいにパソコンも様々な資料もほとんどない時代に、ラジオの放送だけで曲名を聴き取るのがいかに大変かは僕自身も経験していることですので。でも、できればこういうリストは正確である方がいいと思いますので、かなり遅れてきたナイアガラ―ですが、ときどきは気づいたことがあれば報告したいと思います。

さて、今回聴いてみて面白かったのは6曲目のリップ・コーズの「One Piece Topless Bathing Suit」。邦題は「トップレス水着のお嬢さん」。タイトルは結構どきどきするのですが、実はこのお嬢さんの年はなんとたったの4歳。知らなかった。でも、ネットで確認したら94歳となっています。こちらもすごいですが、でもネットの歌詞は間違っていますね。どう聴いても”only four years old”と歌っています。聴いてみて下さい。

と思ったのですが、YouTubeに音源はありませんでした。でも、間違いなく4歳です。

おかしいなと思って調べてみたらジャン&ディーンもこの歌を歌っていて、そちらの方の歌詞は94歳になっていることがわかりました。ここにジャン&ディーンの方を貼っておきます。

ちゃんと”only ninety-four years old”と歌っています。このプロモーションビデオにはおばあちゃんも登場してますね。このおばあちゃん、あの「パサディナのおばあちゃん」のジャケットに載っているおばあちゃんのような気がします。94歳にはなっていないと思いますが。

それにしても大瀧さんって、歌詞の細かいところ聴き取ってますね。この曲はリップ・コーズのもジャン&ディーンのも何度も聴いていましたが全然気づきませんでした。歌詞だけとったらちょっとした冗談音楽だったんですね。 どっちのバージョンが先なんだろう?

でも、4歳なら微笑ましいけど、94歳となるといくらなんでも...。
ということをいろいろ考えているうちに、どうやらA島に到着したみたいです。

そういえば大好きなビーチ・ボーイズの曲もかかりました。大瀧さんは「ビーチ・ボーイズ」と言わないで「ウィルソン・ブラザーズ」と言っています。ウィルソン家の兄弟たち。時々この表現をする人がいるのは知っていましたが、まさか大瀧さんが使っていたとは。

「ゴー!ゴー!ナイアガラ」の七不思議の1つ、いや2つは、大好きなはずのビーチ・ボーイズ特集とリッキー・ネルソン特集をしなかったこと。ぜひ、一度訊いてみたいです。

Today's Song: I Want To Take A Trip To The Islands / The Surfaris
バック・コーラスはハニーズ。ブライアン・ウィルソンの最初の奥さんがいたグループですね。
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by hinaseno | 2013-07-31 13:26 | ナイアガラ | Comments(0)

ALONG V-A-C-A-T-I-O-N


ブログの更新ができないかも、といいつつ時間を見つけて書いています。
昨日書いた通り南の島に来ています。

南の島といってもここはいくつかの島々が、真珠の首飾りのように珊瑚礁に沿って連なっています。
島の名前は「V島」「A島」「C島」「T島」「I島」「O島」「N島」。「C島」だけ、ちょっとはずれた場所にあるので、いったん「A島」に戻って「T島」に向かいます。
つまり、V-A-C-A-T-I-O-Nと、7つの島に沿って旅をすることになっています。

今いるのは最初の島、「V島」。
写真を撮ったので送ります。
島の入江と、南国の果実をバックにして撮りました。
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顔がリッキー・ネルソンに似ているように思われるかも知れませんが気のせいです。
南国なのに服を着すぎてしまって暑くて仕方がないのですが、でも汗はかかず、こんなふうに涼しい顔をしています。

旅のお供はもちろん「ゴー!ゴー!ナイアガラ」。でも、まだ何も聴いていません。

「V島」で耳にすることのできた大瀧さんからのメッセージ。

You're in a young world
if you believe what you believe.

素敵な言葉ですね。

Today's Song: A LONG VACATION / Ricky Nelson
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by hinaseno | 2013-07-30 14:31 | ナイアガラ | Comments(0)

See You In September


「ゴー!ゴー!ナイアガラ」の全放送が手に入ったという興奮の余韻はまだ覚めやらずです。そんなに簡単に覚める訳ないですね。その中につまっている物事(音楽のこと、そして大瀧さんの言葉)を考えると、もう他に何もいらないという気分になります。

さて、昨日は朝、2回分聴いた後、全ての音源をパソコンに取り込む作業をしました。
で、あまりあわてて聴いてはいけないとは思いつつ、夜になってもう1回分聴きました。
特集のタイトルは「See You In September」。

「See You In September」というのはやはり僕が60年代のポップスに興味を持ち出した頃に強く心惹かれた思い出の曲。達郎さんのサウンドストリートという番組の「60’sボーカルグループ特集」の1曲目にかかりました。今、チェックしたら1984年4月5日。その日かかった曲もすばらしいものばかり。ちょっとその日の曲目リストを。

See You In September / Happenings
Turn Around, Look At Me / The Vogues
Magic Town / The Vogues
Susan / The Buckinghams
More Today Than Yesterday / The Spiral Starecase
Strawberry Shortcakes / Jay & The Techniques
Like To Get To Know You / Spanky & Our Gang
Worst That Could Happen / The Brooklyn Bridge
There’s Got To Be A Word / The Innocence
She Lets Her Hair Down(Early in The Morning) / The Tokens

もちろん全て初めて聴いた曲。アーティストも知っていたのはトーケンズくらい。これを録音したテープは何度聴いたかわからないですね。でも、ある日、誤ってそのテープに別のものを録音してしまったんですね。カセットテープ時代はときどきそういうのをやりました。
でも、ここでかかった曲、特に「See You In September」は、あのロマンティックなメロディとともに留まり続けました。CDになって曲に再会するのは何年もあとでしたが。

さて、「ゴー!ゴー!ナイアガラ」というものの存在を知って、その特集のタイトルだけを知ることができるようになったとき、そこに「See You In September」と題されたものが2回あることを知りました。いずれも夏の終わり。8月の最終回。きっと大瀧さんも「See You In September」が大好きなんだろうなと思っていました。

1度目の「See You In September」特集は以前に送っていただいて聴いていたのですが、今回聴いたのは2度目のもの。
波の音をバックに流しながら、夏の終わりに似合うドゥーワップのバラードばかりをかけています。今回は「See You In September」はかかっていません。ドゥーワップは大好きでかなりたくさんのCDを持っているのですが、初めて聴く曲も何曲か。それがまた素晴らしくって。世俗のいやなこと、面倒なことを忘れさせてくれます。

というわけで、これで「ゴー!ゴー!ナイアガラ」をパソコンに収めることができたので、iPhoneに入るだけ容れて、しばらく南の島にロングバケーションに出かけてどっぷりと「ゴー!ゴー!ナイアガラ」の世界に浸ろうと思いますので、しばらくはブログはあまり更新できなくなると思います。
次にお会いするのは9月ということで。
というわけで、死ぬほど好きなハプニングスの「See You In September」を。


というのは冗談です。夢ではあるのですが。
実は今日からちょっと仕事が忙しくなるので9月になるまではブログの更新はとびとびになるだろうと思います。

ところで「See You In September」。
オリジナルはThe Tempos。ちょっとしょぼいですが、あの”チンチキランカンチンキンチャンチャン”リズムが聴かれます。

それからシェリー・フェブレーがカバーしたものもなかなか素敵です。やはりあのリズムが聴けます。これらを聴くと、ハプニングスのアレンジの斬新さが際立ちます。

ところで「See You In September」という言葉。夏になる前にサマーバケーション(もちろんロングバケーション)でどこかに行ってしまう恋人に対して9月になってまた会おうね、ということだと思いますが、この約束ってきっと果されない約束なんでしょうね。ちょっと切ないタイトルです。駅のホームで彼(彼女)にこう告げます。後半は心のつぶやきなのかも知れませんが。

Have a good time but remember
There is danger in the summer moon above
Will I see you in September
Or lose you to a summer love

大瀧さんも大好きなはずのこのハプニングスの「See You In September」、何かの曲の〈20分の1の神話〉になっているような気がします。

というわけで
See You In September!
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by hinaseno | 2013-07-29 08:53 | 雑記 | Comments(0)

今日7月28日は大瀧さんの誕生日。
本当は何かお祝いをすべきなのですが、もちろんお祝いをするすべなどありません。でも、何かお祝いの言葉が書ければと思っていたら、昨日、アゲインの石川さんから大瀧さんに関する素敵なものを大瀧さんの誕生日に合わせて送っていただきました。例によって「ゴー!ゴー!ナイアガラ」の音源。

「ゴー!ゴー!ナイアガラ」というラジオ番組の存在を知ったのが今から30年ほど前。昨年、あるきっかけで石川さんと知り合うことができ、いくつかの音源を送っていただいて初めて聴いた時には感動と感謝のあまり涙があふれそうになりました。実はその頃には「ゴー!ゴー!ナイアガラ」の音源のいくつかはYouTubeで聴けるようになっていましたが、僕はあえて聴きませんでした。いつかそれをきちんとした形で聴ける日がくると信じていたんですね。

それから1年あまり、きちんとした形でその音源をいくつも聴けるようになろうとは。

今朝、聴いたのは1978年1月9日に放送されたエルヴィス・プレスリー特集。エルヴィスの誕生日である1月8日の翌日に放送されたものですね。実は現在昨年発売された大瀧さんを特集した雑誌で、特集でかかった曲はすべてわかるようになったのですが(うれしいような、そうでないような)、この日なんとエルヴィスの曲が65曲もかかっているんです。
時間枠を拡大していたのかと思っていたら、そうではなくて30分になってしまったときの放送。たった30分で65曲をかけています。もちろん1曲が2分以上あるそれぞれの曲をフルにかけるのは無理。で、それぞれ曲のおいしいところだけをとって、曲の紹介もなく65曲をきっちり30分の番組に収める編集をしているんですね。興味深かったのは前の曲の音が多少残っている状態で次の曲が始まるので、2曲が重なって聴こえる瞬間があり、それがまたいいんですね。
最後の曲は「Blue River」。

入れられるだけ入れて、たまたまこの曲が最後になったというわけではなさそうです。『フロム・ナッシュビル・トゥ・メンフィス』というエルヴィスのボックスに収められたブックレットの大瀧さんの解説(この解説を読むために、当時、まだあまりエルヴィスを聴いたことのなかった僕はこれを買いました)を見ると「Blue River」についてこんなことが書かれています。
この曲を最後にナッシュビルのチーフ・エンジニアを務め、エルヴィスの’60sのサウンドを作ってきた張本人のビル・ポーターがスタッフから去っていきます。そろそろ新しい《マルチ録音》の時代が始まりかけていましたが、このボックスで再認識させられた一発録音であるがゆえの音質の素晴らしさと、そして実はエルヴィスには〈これ以外にない〉録音方法を捨てることは大きな問題だったのです。

エルヴィスにとって〈これ以外にない〉録音方法、つまり一発録音で録られた最後の曲が「Blue River」だったんですね。この日の特集でこの曲を最後にしたのはたまたまではなくてきちんと意味があるんですね。もちろん大瀧さんはこの曲が大好きとのこと。そういえば大瀧さんは《マルチ録音》の時代でも、つねに一発録音を頑に行なった人。一発録音でしか生み出せないものがあることを知っているんですね。

で、朝食後、アイロンをあてながら聴いていたのが(日曜日の朝、アイロンをあてながら「ゴー!ゴー!ナイアガラ」を聴くというのはなかなか素敵なものです)、「Blue」と題された特集。昔、「ゴー!ゴー!ナイアガラ」の存在を知って、その特集のタイトルだけが掲載されものを読んだ時には、この「Blue」ってなんだろうと思っていたのですが、昨年出た本で、それがタイトルに「Blue」のついた曲の特集だというのがわかりました。
ここ特集のときは時間は50分。全部で17曲かかっています。つい先日このブログで触れた曲もいくつか。
ロイ・オービソンの「Blue Angel」、ダイアン・リネイの「Navy Blue」、そしてジミー・クラントンの「Venus In blue Jeans」。なんとさっきのエルヴィスの「Blue River」もかかっていました。エルヴィスの曲でタイトルに「Blue」がつくのはいくつもあるのですが、あえてこの曲を選んでいるんですね。これまであまり「Blue River」という曲を意識して聴いたことはなかったのですが、今日1日で大事な曲になりました。

この「Blue」特集で一番のお目当てはThe Echoesの「Baby Blue」。

この曲も昔、新春放談でかかっていっぺんに好きになった曲。最近思うようになったのは、聴いてすぐにときめいた曲というのは、ほとんど大瀧さんの何かの曲につながっているということ。で、最近、昔の新春放談を聴き返していて、この曲のことを思い出していろいろと考えてたところでした(石川さんには「深読み」といわれることになってしまうのですが)。この曲も大瀧さんの何かの曲の〈20分の1の神話〉になっているのではないかと。リズムは例のやつです。でも、「風立ちぬ」ではなさそう。
大瀧さんもこの曲好きみたいで曲のはじめに「B-B-A-B-Y, B-B-L-U-E」って口ずさんでいます。

ところで、大瀧さんの作った曲にもタイトルに「Blue」のつくものは多いですね。何か1曲と思ったのですが、さっきの「Baby Blue」にもうひとつ「Blue」のついた「ブルー・ベイビー・ブルー」という曲を。歌っているのは太田裕美。作詞は松本隆。やはり大瀧・松本作品であるA面の「恋のハーフムーン」もいいですが、僕はB面の「ブルー・ベイビー・ブルー」のほうが気に入っています。The Echoesの「Baby Blue」とつながっているかどうかはわかりません。

最後に、大瀧さんの誕生日ということで誕生日の曲を。せっかくなので「Blue」のついたものを。The Victoriansの「Happy Birthday Blue」という曲。スペクター・サウンドとリバティ・サウンドが合体した素敵な曲です。

この曲はきっと誕生日に気持ちがブルーになるような出来事(だいたい想像できますね)があったのだと思いますが、大瀧さんのことを考えると、僕の心はいつも青空になります。そういえば「Blue」特集の最後は「My Blue Heaven(私の青空)」でした。
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by hinaseno | 2013-07-28 12:45 | ナイアガラ | Comments(0)

ピーター・デ・アンジェリスの「ヴィーナス」サウンドに影響を受けたはずの曲を探している中で見つけたものを2つほど紹介します。いずれも”直接の”影響を受けた人たちが作り出したもの。

ひとつ目はシェルビィ・フリントの「Magic Wand」。日本語に直したら魔法の杖ですね。

アレンジは先日も触れたペリー・ボトキン・ジュニア。ピーター・デ・アンジェリスの「ヴィーナス」サウンドを下敷きにしながらも独自の素晴らしいサウンドを作り出しています。シェルビィ・フリントは、顔も声も可憐で、最高に素敵な女性なのですが、その彼女の雰囲気にぴったりのサウンドですね。シェルビィ・フリントのことはまた改めて書いてみたいと思います。
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でも、彼女の曲で大好きなものを1曲だけ貼っておきます。シェルビィ・フリントといえば「Angel On My Shoulder」という曲が有名なのですが、ここでは「Little Dancing Doll」という曲を紹介しておきます。これはピーター・デ・アンジェリスの「ヴィーナス」サウンドとは全く違うのですが、ペリー・ボトキン・ジュニアのアレンジが本当に素敵です。

この曲、何年か前に達郎さんのサンデーソングブックでかかっていっぺんに好きになってすぐにシングル盤を買いました。現在はCDでも聴けるようになりましたが。

さて、もうひとつ紹介するのは先日初めて聴いた曲。
ピーター・デ・アンジェリスを調べていた時に、つい最近彼とボブ・マルクーチが作ったチャンセラー・レコードの曲を集めた「The Chancellor Records Story」という2枚組全50曲のCDがOne Day Musicというところから出ているのを知りました。
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このOne Day Musicは他にもレコード会社ごとのCDをずらっと出していて、チャンセラー以外にもいくつか買いました。とてもいい企画ですが、購入してみるとあの曲もこの曲も入っていないという不満も出てきます。まあ仕方ないと言えば仕方ないですね。ひとつのレーベルから何千曲と出ている中からせいぜいCD3枚くらいに収めるわけですから。数曲でも聴いたことのない素敵な曲が見つかればラッキーと考えるべきですね。
で、その「The Chancellor Records Story」にあった素敵な曲がこれ。Kerry Adamsの「Telephone Numbers」という曲。フランキー・アヴァロンの路線をねらって、もろピーター・デ・アンジェリスの「ヴィーナス」サウンドになっています。

フランキー・アヴァロンもデビューした頃は相当歌が下手だったのですが、このKerry Adamsくんもとても歌がうまいとは言えないですね。顔はそれなりにイケメンだったのでしょうか。でも、チャンセラー・レコードのリストを見るとKerry Adamsの曲はこれ1曲だけ。
さて、この魅力的なアレンジをしているのはだれだろうと調べてみたら、これまた先日触れたジェリー・ラガヴォイ。ジェリー・ラガヴォイはのちのソウル色の強い曲のアレンジが有名なのですが、最初の頃はこんな可愛らしい曲のアレンジをいくつもやってたんですね。
ちなみにジェリー・ラガヴォイがプロデュース、アレンジをしたもので僕が最も好きなのはThe Majorsというグループ。もちろん大瀧さん経由で知りました。これはピーター・デ・アンジェリスのサウンドとは全く異なった独特のサウンドを作り出しています。ジェリー・ラガヴォイも来月のアメリカン・ポップス伝で出てくるといいのですね。
参考までにThe Majorsの曲を1曲貼っておきます。曲のタイトルは「I Wonder Who's Dancing With Her Now」。長いタイトルですね。曲を書いたのは長いタイトルが好きなコンビであるエリー・グリニッチとトニー・パワーズ。

この曲が次回のポップス伝でかかれば、スペクターはもうすぐそこ。
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by hinaseno | 2013-07-27 08:18 | 音楽 | Comments(0)

夏のつぎには秋が来て


ある方から”公開”でお誘いを受けたような。そうですね、「いつか」なんて考えているうちに月日はどんどん流れていきます。でも、ちょっとハードルが高すぎるような気も...。

しばらく「音楽」の話が続いたので久しぶりに「本」の話を。
高峰秀子さんのあるエッセイの話です。
前からずっと探していたエッセイなのですが、ふつうに手に入る文庫の中に収められていることをつい最近知って、あわてて手に入れて読みました。『おいしい人間』(文春文庫)という本に収められています。

エッセイの始めの方にこんな言葉が出てきます。
「この世で、私が会いたい人って、誰だろう?」

このエッセイは高峰秀子さんがこの世で一番会いたいと思っている(思っていた)人の話なんですね。このあと、こう言葉が続きます。
いっしょうけんめいに考えた揚げ句に浮んだ私の「会いたい人」は、なんと、「内田百閒」というガンコオヤジただ一人であった。

そう、これは高峰秀子さんが内田百閒について書いた話。高峰秀子さんが一番会いたい、というか、ただ一人会いたいと思う人が内田百閒だったんですね。このエッセイは昔、旺文社文庫から出ていた平山三郎編『回想の百鬼園先生』にしか収められていないものだと思っていて、それをずっと探し続けていたんですが。

高峰さんが百閒に興味を持ったきっかけは昭和13年、彼女が14歳の時に出演した『頬白先生』という映画だったとのこと。「頬白先生」とは内田百閒のこと。高峰さんは百閒の娘役で出演しているんですね。高峰さんはおそらくこの映画の出演が決まって百閒を読んだんでしょうね。で、百閒の作品に夢中になったそうです。14歳で百閒の作品を夢中で読んでいたなんてすごいですね。
ちなみにその『頬白先生』の映画で「頬白先生」、高峰さんの父親である百閒の役をしていたのが古川ロッパ。”ある方”とも関わりの深い人ですね。

高峰さんはこの映画で琴を弾くシーンがあるのですが、そのシーンのために琴の指導をしたのが百閒とも関わりの深い宮城道雄。このエッセイで高峰さんは宮城道雄のことを「内田先生も書かれているように、私も、あんなに『カンの悪い盲人』に出会ったのは初めてだった」と書いています。それは宮城道雄のあの不幸な事故につながる話ではあるのですが。

そういえば僕が今はなき万歩書店平井店で、初めて買った百閒の本が『いささ村竹』でした。万歩書店平井店は百閒の生家のすぐ近くにあったので百閒の本がずらっと並んでいたのですが、その中で「いささ村竹」という言葉に反応したんですね。例の有名な和歌に出てくる言葉で、あの和歌には昔から心惹かれるものがありました。
その『いささ村竹』という随筆集に収められた表題作でもある「いささ村竹」はこんな言葉で始まります。
わが宿のいささむら竹ふく風の音のかそけきこの夕かも、と云う歌が私は好きで、又宮城道雄検校もこの歌が好きである。

このとき僕は宮城道雄という盲人の検校が内田百閒と親しい人であることを知ったのですが、そうしたら店長の中川さん(古書五車堂の店長ですね)が百閒の「東海道刈谷駅」の話を教えてくれたんでした。宮城道雄の列車転落事故の話ですね。それからしばらく宮城道雄のことを調べたりもしました。

さて、ある日、この世で一番会いたい人が内田百閒であると気づいた高峰さんの話。どうしても一度でいいから百閒に会いたくなります。と言っても何か働きかけをするわけでもなく会いたいという気持ちで何年間を過ごします。この頃の高峰さんの気持ちはこんなふうに書かれています。
私はだんだんと、内田先生に会いたい、と思うようになった。そして、一度お伺いの手紙を出してみようか? と考えはじめた。けれど、テキは世に有名な「禁客寺」の主である。寝不足でヘソの曲がっている日などに、吹けば飛ぶような私などがノコノコ出向いて行って、あの大目玉で睨まれてはたまったものではない。けれど、愛猫「ノラ」の失踪を悲しんで昼も夜もベショベショと泣き暮らし、体重が二貫目もへっちまった、という、人並みはずれた優しいところもあるらしいから、もしかしたら大丈夫かも? と私の心は千々に乱れてウロウロしている間に、早くも一、二年が経ってしまって、百閒先生は七十歳を越えてしまわれた。

で、どうやら昭和50年頃、つまり高峰さんも50歳を過ぎてしまったある日、ついに百閒に一度でいいからお目にかかりたいとの手紙を書いて出します。
すると2週間くらいして小さな律儀な字で「内田榮造」と裏に書かれた封筒が高峰さんのところに届きます。実は高峰さんはこの手紙を大事にしすぎてどこかへいってしまったとのこと。でも、手紙は何度も何度も読んだので、文章は完璧に暗記しているんですね。女優だから当たり前なんでしょうね。その百閒から高峰さんに書かれた手紙というのが笑えます。
「……あなたとは、以前に一度、どこかの雑誌社から対談をたのまれたことがありました。その対談は、なにかの理由でお流れになりました。
そういうこともあったので、私もあなたにお目にかかりたいと思います。しかし、私の机の上にはまだ未整理の手紙が山積みになっており、また、果たしていない約束もあります。これらを整理している内に間もなく春になり、春の次ぎには夏が来て、夏の次ぎには秋が来て、あなたと何月何日にお目にかかる、ということをいまから決めることは出来ません。どうしましょうか。    内田榮造」
  
結局高峰さんはこの手紙を「愛想のいい断りの手紙」と判断して会うことをあきらめます。

高峰さんのこのエッセイのタイトルは「夏のつぎには秋が来て」。百閒から来た手紙からとられているんですね。七五調の素敵な言葉です。

そうですね、いつかいつかとおもっているうちに「夏のつぎには秋が来て」と季節は次々に移り変わります。ちなみにお誘いをいただいた”ある方”は百閒とは違って「禁客寺」とはかけはなれたお店をされています。

ところで、『頬白先生』って、現在DVDにもなっていないみたいですね。一度ぜひ見てみたいと思っているのですが。フィルムは存在するのでしょうか。
ネット上に『頬白先生』の一場面と思われるロッパと高峰秀子さんがあったので、ちょっとお借りして貼らさせていただきます。
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by hinaseno | 2013-07-26 10:54 | 文学 | Comments(1)

リッキー・ネルソンはジェリー・フラーたちと出会って間もなくそれまでのインペリアル・レコードからデッカ・レコードへ移籍します。デッカに移ってからは、ちょっと大人のスタンダードを歌うようになります。というわけなので、デッカ時代のリック・ネルソンはあまり熱心に聴いてきませんでした。いや、ほとんど聴いていなかったというのが正直なところ。ベア・ファミリーから出ているデッカ時代のボックスや、それが出る前に買ったCDを持ってはいたのですが。

実は移籍して間もない時期はまだジェリー・フラーの曲を何曲か録音しているんですね。中でも移籍直後の1963年3月に録音されたこの「For Your Sweet Love」という曲は、例の”チンチキランカンチンキンチャンチャン”リズムを使った素晴らしい曲。邦題は「甘い恋」。ほぼ直訳です。

移籍したと言っても録音場所も演奏メンバーもほぼ同じ。グレン・キャンベルもギターを弾いています。

さて、この「For Your Sweet Love」という曲。あるグループによってすぐにカバーされているんですね。これがとびっきり素敵なんです。歌っているのはカスケーズというグループ。「悲しき雨音」で有名なグループですね。リック・ネルソンの歌ったものと同じ曲ではあるのですが、邦題はなんと「恋の雨音」。歌詞の中に”rain”が出ては来るのですが。

実は僕が「For Your Sweet Love」という曲を聴いたのはリック・ネルソンよりもカスケーズが先。昔から大好きな曲でした。でも、作者のジェリー・フラーのことを今まで考えることはありませんでした。カスケーズのメンバーかその周辺の人だと勝手に考えていました。で、それをリック・ネルソンがカバーしたんだろうと。全然違ってたんですね。今回のリック・ネルソンの話も、その全然違ってたってところから始まっていました。
きっかけはカスケーズの「For Your Sweet Love」でした。
もちろん大好きな曲で以前から何度も聴いていたのですが、ひと月ほど前に久しぶりに聴いた時に、おやっと思ったんですね。なんか「風立ちぬ」に通じるものがあるなと。ちょうどピーター・デ・アンジェルスのサウンドと「風立ちぬ」のつながりを考えていたときでした。
するといくつかの興味深いものが見つかったんですね。
カスケーズの「For Your Sweet Love」のアレンジャーはペリー・ボトキン・ジュニア。あの雨音サウンドを作った人ですね。あるいはオールディーズを愛する人の多くの人が最高のサマー・ソングと考えているロビン・ワードの「ワンダフル・サマー」の曲を作り、その最高にロマンチックなアレンジをしているのもペリー・ボトキン・ジュニア。

そのペリー・ボトキン・ジュニアは、あのフランキー・アヴァロンのこの「Sleeping Beauty」という曲のアレンジをしているのがわかったのですが、これが見事なピーター・デ・アンジェリスの「ヴィーナス」サウンド。

ジェリー・ラガヴォイのときと同様に、おそらくはそばにピーター・デ・アンジェリスがいたんでしょうね。一生懸命に真似ている感じがします。でも不思議とその後の彼のスタイルになる、あの爽やかな雨音サウンドも少し聴き取ることができます。ピーター・デ・アンジェリスのサウンドを学んだ上で、独自のサウンドを生み出していたんですね。

それからもう一つ。大瀧さんは『ロンバケ』を作る前にスラップスティックという声優のグループにいくつかの曲を提供していているのですが、それらはのちに大瀧さん自身の曲に作り直されているんですね。
たとえばこの「海辺のジュリエット」という曲は「恋するカレン」の一部にそのまま使われています。

あるいはこの「デッキ・チェア」という曲はほぼそのまま「スピーチ・バルーン」ですね。

そんなスラップスティックに大瀧さんが提供した曲に「星空のプレリュード」という曲があります。

この曲は大瀧さん自身の曲には使われていないのですが、よく聴くと「風立ちぬ」につながるメロディを聴き取ることができます。おもしろいのはそのアレンジ。
アレンジは大瀧さんではなく、完全にお任せだったはずなのですが、もろにカスケーズの「悲しき雨音」と「恋の雨音(For Your Sweet Love)」のアレンジを使っているんですね。

改めてよく聴いてみると「星空のプレリュード」のメロディはどこか「For Your Sweet Love」に似ているところもあるような気がします。アレンジャーの人がそれを感じとってあのアレンジにしたのか、もしかしたら大瀧さんがアレンジャーの人にカスケーズみたいな感じでお願いしますと言ったのかはわかりませんが。

そのあたりのいきさつは別として、あのメロディにカスケーズ・サウンドが結構ぴったりと合っていることは確か。で、その「星空のプレリュード」を原型にして作ったように思われる「風立ちぬ」に、カスケーズの「For Your Sweet Love」のサウンドを少し取り入れたのではないかと。ただ、もとを辿ればカスケーズの「For Your Sweet Love」のサウンドもピーター・デ・アンジェリスの「ヴィーナス」サウンドをもとにして作られたものではあるのですが。

というわけで、「風立ちぬ」の〈20分の1の神話〉(その2)でした。
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by hinaseno | 2013-07-25 09:11 | ナイアガラ | Comments(0)

「トラヴェリン・マン」は思わぬアーティストによって録音されることになるのですが、リッキー・ネルソンはジェリー・フラーの曲に関心を持ったので、ジョー・オズボーンを通してジェリー・フラーに連絡を取ることになります。「御用のある方は連絡を」みたいなことがテープに書かれていたんでしょうね。
で、 ついにジェリー・フラーはリッキー・ネルソンに会うことになります。念願が叶ったわけですね。きっと自作のいろんな曲を聴かせたんでしょう。もちろんいろんなタイプの曲を作れる人だったとは思いますが、リッキー・ネルソンは「トラヴェリン・マン」みたいな曲を歌いたかったんだろうと思います。それが新しいリッキー・ネルソン・サウンドになると思ったんでしょうね。
というわけで、同じような”チンチキランカンチンキンチャンチャン”リズムを使った曲がいくつも生み出されます。そして、どれもリッキー・ネルソンの代表曲といえるものになります。
まずは「A Wonder Like You(きみは世界一)」。全米11位のヒット。

それから「Young World(ヤング・ワールド)」。全米7位のヒット。新しいリッキー・ネルソン・サウンドのひとつの完成形の曲といってもいいですね。

そして「It's Up To You(恋のアイドル)」。全米6位のヒット。一連のジェリー・フラーが作った曲の中では個人的には一番好きな曲です。コーラスがいいですね。

この3曲でコーラスをしているのはジェリー・フラー、デイブ・バージェス、そしてグレン・キャンベルの3人。
ジェリー・フラーが作ったデモテープに入っていた彼らのコーラスをリッキー・ネルソンが気に入って、実際の録音でも彼らを使ったんですね。考えたらそれ以前のリッキー・ネルソンの曲のコーラスのほとんどはジョーダネーヤーズ。エルヴィスのバック・コーラスをしているのを見て、自分のコーラスにしたグループ。でも、それを変えたんですね。全く無名の3人に。リッキー・ネルソンが独自のものを作り出そうとし始めた象徴的なことといえるかもしれません。彼らのコーラスもまた、新しいリッキー・ネルソン・サウンドのポイントになっているんですね。

いずれにしても、これによってグレン・キャンベルは初めて念願のLAの録音スタジオに入ることになります。「ヤング・ワールド」や「It's Up To You」では、早くもギターの腕が認められてギターを弾いています。
で、そのあとまもなくグレン・キャンベルはレッキング・クルーの一人になってフィル・スペクターなど数々の録音に参加したり、あるときにはブライアン・ウィルソンの代りにビーチ・ボーイズに加わってツアーに行ったり、またあるいはリッキー・ネルソン同様にジョン・ウェインの西部劇に出たりとか、語れば切りがない存在になっていきます。それもこれも壁の向こうにジョー・オズボーンが壁の向こうにいたからですね。

ところで、最後に気になる曲を1曲。村上春樹がメキシコを旅していた時に読んでいたリック・ネルソンの伝記の、「トラヴェリン・マン」とともに本のタイトルになっている「Teenage Idol(ティーンエイジ・アイドル)」という曲。全米5位の大ヒット曲。本のタイトルにもなっているようにリッキー・ネルソンを最も代表する曲といえるかも知れません。

この曲は「It's Up To You」の1週間後に録音されていますが、シングルとして発売されたのはこちらが先。曲の雰囲気は「It's Up To You」と全く同じですね。でも、曲はジェリー・フラーではなくJack Lewis(ジャック・ルイス)という人。でも、このジャック・ルイスって謎の人なんですね。どこにもありそうな名前ですが、少なくともこれだけの大ヒットを出した曲を作った人なのに、以後、全くリッキー・ネルソンにもほかのどのアーティストにも曲を書いていません。
それともう一つ、明らかに「It's Up To You」なんかと同じ男性コーラスが聴こえるのですが、僕の持っているリッキー・ネルソンの楽曲のかなり詳しいクレジットが載っているベア・ファミリーのボックスのブックレットにはコーラスは”UNIDENTIFIED”。不明ってこと。
実はこの「ティーンエイジ・アイドル」は当時のリッキー・ネルソンの内面を正直に歌ったような詞なんですね。
僕のことを ティーンエイジ・アイドルと呼ぶ人がいる
僕のことを羨ましいと言っている人がいる
でも、彼らは全然わかっていないんだ
僕がどんなに孤独かってことを

まるでリッキー・ネルソン自身が書いた詞のような気がします。というよりも、この曲はもしかしたらリッキー・ネルソン自身が、ジェリー・フラーやデイブ・バージェスの手を借りながら作った曲ではないかと思えなくもありません。ジェリー(Jerry)の”J”、デイブ(Dave)の”a”、リック(Rick)の”ck”をとってJackにしたとか。
リッキー・ネルソンはその後デッカ・レコードに移籍してからは自分でも曲を書くようになるのですが、インペリアルではそれが許されなくて変名を使ったのではないかと。まあ、これも単なる僕の妄想なのかも知れませんが。
このあたりのことが来月のポップス伝で語られたらうれしいですね。

ところで、そのボックスに掲載されているこの写真。
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左からリッキー・ネルソン、真中がジェリー・フラー、右がグレン・キャンベル。リッキー・ネルソンの顔はどれも本当に寂しそうなのですが、この写真の彼の顔は本当に幸せそう。彼らと意気投合していたことがよくわかります。
リッキー・ネルソンはこの時期、こっそりとジェリー・フラー、デイブ・バージェス、グレン・キャンベルらとThe Trophiesというグループを作っていくつかの曲を録音しています。リッキーはあくまでバック・コーラス。でもどの曲もとても楽しい感じが伝わってきます。

このジェリー・フラーが作った曲も最高にいいです。アル・カイオラそっくりのギターが聴かれますが、これはデイブ・バージェスかグレン・キャンベルのどちらかなんでしょうね。

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by hinaseno | 2013-07-24 09:51 | 音楽 | Comments(0)

ミュージシャンになりたくてロサンゼルスにやってきたジェリー・フラーが「トラヴェリン・マン」の曲を作ったのは車の中。奥さんが仕事から戻ってくるのを待っていたんですね。この頃に生まれた素敵な曲はいくつも車の中で生まれています。ジェリーはダッシュボードをたたきながら、曲を作り上げていったとのこと。ということは、あの曲のリズム、つまり”チンチキランカンチンキンチャンチャン”は、後にレコーディングのときにアレンジャーが考えたものではなく、始めから、あのリズムをもとにして曲が作られていたんですね。詞もどうやら同時にできていったようです。

曲が出来上がるとすぐにデモテープを作ります。ギターを弾いてたのはジェリー・フラーと知り合ったばかりの、まだ当時は無名だったグレン・キャンベル。で、ジェリーは別のギターの裏のボードであのリズムを刻んで録音したとのこと。

歌ったのもジェリー・フラー。ジェリーはソングライターにもなりたかったし、できればシンガーにもなりたいと思っていました。歌うときにイメージしたのはサム・クック。彼はサム・クックに歌ってもらいたいと思って、サム・クックをイメージして「トラヴェリン・マン」を作ったとのこと。そういえばメロディがどことなくサム・クックの「ワンダフル・ワールド((What A) Wonderful World)」に似ているところがあるような気がします。

1959年にレコーディングされた「ワンダフル・ワールド」は1960年に大ヒットしています。ジェリー・フラーが「トラヴェリン・マン」を作ったのはたぶん1960年の終わり頃か1961年初頭。”チンチキランカンチンキンチャンチャン”にリズムに「ワンダフル・ワールド」を重ね合わせているうちに曲ができたのかも知れません。

というわけで、彼は自分が作ったデモテープをサム・クックのマネージャーの事務所に持っていきます。興味深いことに「トラヴェリン・マン」のデモテープはもう1本作られていて、それはミュージシャンでもあり、ジェリー・フラーが所属していたチャレンジレコードの出版者でもあり、ジェリー・フラーの友人でもあったデイブ・バージェスにも渡されていて、デイブ・バージェスはそのデモテープをなんとあのリバティ・レコードのスナッフ・ギャレットのところに持っていきます。デイブ・バージェスはスナッフ・ギャレットがバディ・ノックスの曲を探していたことを知ってたんですね。でも、スナッフ・ギャレットはその曲を気に入らず却下。どう考えてもスナッフ・ギャレット好みの曲ではありません。スナッフ・ギャレットが好きなのはこんな感じの曲でしたから。

では、ジェリー・フラー自ら持ち込んだテープを聴いたサム・クックのマネージャーはというと、「トラヴェリン・マン」を一回聴いてみてちっとも気に入らず、デモテープをそばにあったゴミ箱に捨ててしまいます。
ところが、そのビルのサム・クックのマネージャーの事務所のとなりの部屋にたまたまいたのがジョー・オズボーン。達郎さんが最も好きなベーシストですね。当時彼はリッキー・ネルソンのバンド・メンバーで、リッキー・ネルソンの新しい曲を探していました。すると、壁の薄いとなりの部屋から、まさにリッキー・ネルソンにうってつけの曲が聴こえてきたんですね。これだ、っと思ってジョー・オズボーンはサム・クックのマネージャーの事務所に行き、さっきの曲をもう一回聴かしてほしいと頼みます。するとサム・クックのマネージャーは「ほしいのならやるよ」と、ゴミ箱からテープを拾い上げてジョー・オズボーンに手渡します。
ジョー・オズボーンの予想した通り、リッキー・ネルソンは「トラヴェリン・マン」をとても気に入り、すぐにレコーディングします。すべてはジェリー・フラーが全く知らない中で進んでいました。


ところで、ちょっと話はそれるのですが、再び昨日触れた村上春樹の『ダンス・ダンス・ダンス』の話に。
『ダンス・ダンス・ダンス』に「トラヴェリン・マン」が出てくることは知っていましたが、昨夜、久しぶりにそのあとを少しだけ読み進めていたら、ちょっとびっくりなことが書かれてありました。
昨日、引用した部分の後、主人公の「僕」とユキはレンタカーを借りて雪の中を走ることになるのですが、その車の中でかけたテープの話。はじめはユキの持っていた新しい曲ばかりを収めたテープをかけていたのですが、そのあとで「僕」の持っているテープをかけることになります。
「それ聴きたい」と彼女は言った。
「気に入るかどうかわからないよ。みんな古いものだから」と僕は言った。
「いいわよ、何でも。この十日くらいずっと同じテープばかり聴いていたんだもの」
 それで僕はそのテープをセットした。まずサム・クックが「ワンダフル・ワールド」を歌った。「僕は歴史のことなんてよく知らないけれど......」、いい歌だ。サム・クック、僕が中学三年生の時に撃たれて死んだ。バディー・ホリー「オー・ボーイ」。バディー・ホリーも死んだ。飛行機事故だ。ボビー・ダーリン「ビヨンド・ザ・シー」。ボビー・ダーリンも死んだ。エルヴィス「ハウンドドッグ」。エルヴィスも死んだ。麻薬漬け。みんな死んだ。

なんとサム・クックの「ワンダフル・ワールド」が出てきます。
もう少し後のページにはこんな言葉も出てきます。バスの中で「僕」が13歳の頃を思い出す場面。
13歳の時の僕はそれほど幸せな少年ではなかった。僕は一人でいることを好み、一人でいるときの自分を信じることができたけれど、当然ながら大抵の場合一人にはなれなかった。(中略)でも、物事の新鮮な姿を見ることはできた。それは素敵なことだった。匂いがきちんと匂い、涙は本当に温かく。女の子は夢のように美しく、ロックンロールは永遠にロックンロールだった。映画館の暗闇は優しく親密であり、夏の夜はどこまでも深く、悩ましかった。それらの苛立ちの日々を僕は音楽や映画や本とともに過した。サム・クックやリッキー・ネルソンの歌の歌詞を覚えて過ごした。僕は自分ひとりの世界を構築し、その中で生きていた。それが僕の13歳だった。

『ダンス・ダンス・ダンス』が書かれたのは1987年冬から1988年春にかけて。リッキー・ネルソンが飛行機事故で亡くなった2年後。ただし物語は1983年。物語の中ではリッキー・ネルソンは生きています。リッキー・ネルソンが亡くなったことを知っていながら、まだ彼が生きていた頃の時代を書いているんですね。

なんとなく『ダンス・ダンス・ダンス』は、リッキー・ネルソンに捧げられた作品だったような気がしてきました。『ダンス・ダンス・ダンス』の本歌はもしかしたら「トラヴェリン・マン」だったのかもしれません。そしてもしかしたら村上さんはこのときすでに「トラヴェリン・マン」の本歌がサム・クックの「ワンダフル・ワールド」だと気づいて、それも作品の中に入れた。
まあ、考え過ぎでしょうけど。

ちなみに『ダンス・ダンス・ダンス』というタイトルはビーチ・ボーイズではなくデルズのこの曲からとっているそうです。
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by hinaseno | 2013-07-23 09:34 | 音楽 | Comments(0)

「ねえ、君、名前はなんていうの?」と僕は女の子に聞いてみた。
 彼女はじっと僕の顔を見た。そして小さく首を振った。やれやれという風に。それから何かを探すようにゆっくりと回りを見回した。どこを向いても雪しか見えなかった。「雪」と彼女は言った。
「雪?」
「名前」と彼女は言った。「それ。ユキ」
 それから彼女はウォークマンをポケットからひっぱりだして、個人的な音楽の中にひたった。空港に着くまで僕の方をちらりとも見なかった。
 ひどい、と僕は思った。あとになってわかったことだけれど、ユキというのは彼女の本当の名前だった。でも、その時は、それはどう考えても即席のでっちあげの名前に思えた。それで僕はちょっと傷つきもした。彼女はときどきポケットからチューインガムを出して一人で噛んでいた。僕には一枚も勧めてはくれなかった。僕はべつにチューインガムなんてほしくはなかったけれど、儀礼的に勧めてくれたっていいんじゃないかという気はした。そういう何やかやで、僕はなんだか自分がひどくみすぼらしく年とってしまったような気がした。仕方がないので僕はシートに深く身を沈め、目を閉じた。そして昔のことを思い出した。僕が彼女の年頃であった当時のことを。そういえば僕もその頃はロック・レコードを集めていた。45回転のシングル盤を。レイ・チャールズの「旅立てジャック」やら、リッキー・ネルソンの「トラヴェリン・マン」やら、ブレンダ・リーの「オール・アローン・アム・アイ」、そういうのを百枚くらい。歌詞を暗記するくらい毎日繰り返して聴いた。僕は頭の中で試しに「トラヴェリン・マン」の歌詞を思い出して歌ってみた。信じられない話だけれど、まだ歌詞を全部覚えていた。どうしようもない下らない歌詞だったが、歌ってみるとちゃんとすらすら出てきた。若い頃の記憶力というのは大したものだ。無意味な事柄を実によく覚えている。

And the China doll
down in old Hongkong
waits for my return

これは村上春樹の『ダンス・ダンス・ダンス』の一節。リッキー・ネルソンの「トラヴェリン・マン」の話が出てきます。主人公の「僕」は昔リッキー・ネルソンの「トラヴェリン・マン」のシングル盤のレコードを持っていて、20年くらいたった今でもちゃんと歌えるという話。細かく言うと「And the China doll」のところが少し間違っていて正しくは「And my China doll」。ちょっとだけ覚え間違いをしているんですね。女の子の名前が「ユキ(雪)」というのが、荷風的におもしろいです。

村上春樹は間違いなくリッキー・ネルソンの「トラヴェリン・マン」のシングル盤のレコードを持っていたんでしょうね。
ちなみにこのシングル盤のB面は「ハロー・メリー・ルウ」。両面ヒットしてるんですね。本当に素晴らしい組み合わせ。

この「ハロー・メリー・ルウ」も村上春樹の別の小説に出てきます。『1973年のピンボール』ですね。
 十二歳のときに直子はこの土地にやってきた。1961年、西暦でいうとそういうことになる。リッキー・ネルソンが「ハロー・メリー・ルウ」を唄った年だ。

ちなみに僕はリッキー・ネルソンのシングルレコードはいくつか持っているのですが、「トラヴェリン・マン」はいいのが見つからず、結局いまだに持っていません。今、チェックしたら何種類か出ている日本盤のシングルはどれも「トラブリン・マン」と記載されていたんですね。
手に入れたいのはやはりこのジャケットのレコードです。
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さて、「トラヴェリン・マン」。
歌詞は本当にくだらない。でも曲は人の心をうきうきさせる何かを持っています。当時全く無名だったジェリー・フラーの作ったこの曲が、いかにしてリッキー・ネルソンに歌われることになるのか。そこにはまるであとから作られたような話があります。
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by hinaseno | 2013-07-22 09:59 | 音楽 | Comments(0)