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by hinaseno
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カテゴリ:ナイアガラ( 270 )



「ゴー!ゴー!ナイアガラ」のシリア・ポール・ストーリーはまだYouTubeで聞けることがわかりました。これですね。この3:40あたりで関口さんのことが語られます。そして僕がずっと気になっていた曲がかかるのは5:44あたり。たった30秒のCMソングです。



こんな歌詞ですね。


お願い いつもそばにいて
あなたの低い声が好き
わたしの香り伝えたい
お願い いつもそばにいて

曲をかけた後、大瀧さんはこんなことを言っています。


「これは、その関口さんがディレクターしまして、シリアがつい最近、ちょっと前でしたかね、やりましたCMなんですけどね。作曲は僕でもなければ関口くんでもないんです。あしからず」

この曲については以前2年前に書いたこの日のブログでも紹介しています。こんなことを書いていますね。


これがボサノヴァ・タイプのとってもいい曲なんですね。セリフの部分もとても魅力的。たぶん「夢で逢えたら」のセリフの部分を意識されたはず。
ただ、曲を書いたのは関口さんでも大瀧さんでもないとのこと。あの当時こんなシャレた曲をだれが書いたんでしょうか。ジョアン・ジルベルト調のギターを弾いている人も気になります。

というわけで、この曲のことが気になって、その作曲者がだれか関口さんにお尋ねしていたんですね。当初はちょっとわからないという返事をいただいていたんですが、調べてくださっていたんですね。それが樋口康雄。


樋口康雄は大瀧さん同様、関口さんがいらっしゃったCM制作会社ONアソシエイツでいくつもCMソングを作っていたようで、10年前にはこんなCDも出ていました。

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このCD、まだ入手可能だったので、すぐに手に入れました。でも残念ながらシリア・ポールの歌ったものは収録されていませんでした。

ただ、いろいろ聞きましたがすごいですね、この樋口康雄という人。3曲目の「数寄屋橋阪急’74」なんて、ピチカート・ファイヴの曲かと思ってしまいました。しかも驚くのはピチカートがこういう曲を歌って渋谷系のアイコンになる10数年も前に作られた曲。信じられない。1974年にこんなしゃれた曲を作っていたミュージシャンがいたとは。

そのほかにも、ソフトロックと呼んでもいいようなタイプの曲がいっぱい。時代を十数年先取りしている。すごい才能。この人ならばあのシリア・ポールが歌った曲を作っていても十分に納得できます。それにしても、大瀧さんとともに、こんな才能のあるミュージシャンをみつける大森昭雄さんの才能にも改めて感服です。

ちなみに企画監修しているのはソフトロック系のコンピレーションなどを手がけられている濱田高志さん。そしてピチカート・ファイヴの小西康陽さんも寄稿。なるほど。


さて、CDには収録されていなかったけれども、これがきっかけでようやくシリアの歌ったあの曲がどういうものだったかわかってきました。それはまた次回に。


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by hinaseno | 2017-07-02 12:35 | ナイアガラ | Comments(0)

ちょうど40年前の1977年6月に放送された「ゴー!ゴー!ナイアガラ」のシリア・ポール・ストーリーの一番の聞きどころはなんといっても関口さんの話が出てくる場面。ここを聞いて、『昔日の客』(夏葉社)のあとがきを書かれていた関口直人さんとつながったんですね。何度も書いたけど。

せっかくなのでその部分の書き起こしておきます。

モコ・ビーバー・オリーブのメンバーの一人としてシリア・ポールがレコードデビューした第1弾シングル「わすれたいのに」にまつわるいくつかの偶然の話が終わったところから。


大瀧:それで第2弾のヒットがあったでしょ?
シリア:うん、その第2弾のヒットまでにアルバムの中からシングルはカットされてたわけね。
大瀧:ああ、2、3枚ね。
シリア:第2弾でヒットしたっていうのが「海の底でうたう唄」。
大瀧:〽︎ちゃららららんらんちゃららららん、ってのね。
シリア:そうです。


で、この曲がかかります。




作曲者はもちろん関口直人さん。このYouTubeの解説のクレジットは「関口直人」ではなく「関口真人」になっていますね。間違ったまま記載されているウィキペディアからとっているんだろうと思います。ちゃんと訂正してください。


大瀧:あれが何を隠そう関口さんなんだ。この話はもう出てるんだから、この番組で。
シリア:ああ、そうなの?
大瀧:うん。
シリア:そうなの、関口さんなの。
大瀧:前にCMスペシャルの特集の番組をやったとき、僕のいつもCMに関係しているON(オン)っていうところの代表の大森さんとかとね、いろいろ話をしてて、そこで今アシスタント・ディレクターをやっているのが関口さんなんだよね。全然知らなくてね。ま、それも偶然なわけだよね。大森さんっていうのは前にも言ったんだけど冗談工房のね、三木鶏郎さんの門下である。CMのオーソリティーなわけじゃん、ミキトリ(三木鶏郎)さんていうのは。そこの門下の人と出会えたというのも非常に偶然なわけよね。で、サイダーに会ったのも偶然だし、サイダーの詞を書いている伊藤アキラさんっていう人もミキトリさんの門下なわけよ。ふ~む。これはどういうわけかね。おれはもうCMやるように、もう最初っからやられてたんだろうね。
シリア:うん、そうなのかもしれない。うん。
大瀧:で、そこでアシスタントやっている関口くんってのがいつもいてね。あごでこき使ってたんだけど…。そんなことはない(笑)。
シリア:ふふっ(笑)。
大瀧:まさかその人がねぇ。知ってたけどね、あの歌はさ。第2弾ヒットで。それがねえ、関口さんの作曲だったとはねぇ、夢にも思わなかったね。これもなんかものすごい奇遇だね。
シリア:そう、だから私も後でそれをわかったでしょう。だからあの時だけで終わったんじゃなくて、また、そのつながりがあるっていうのが、ものすっごく不思議なのよねぇ。
大瀧:不思議だねぇ。
シリア:う~ん。

この会話の流れを考えると、大瀧さんがシリア・ポールのアルバムを作っていることを知った関口さんが、CMの仕事かなにかで大瀧さんに会ったときに、実は「海の底でうたう唄」の曲を書いたのは僕なんですと伝えたんでしょうね。それを聞いた瞬間の大瀧さんの驚きを想像するだけでなんだか鳥肌が立ってしまいます。偶然とか縁というものを日頃から大事に思っている人だけに。

そしてこの部分をはじめて聞いて、その関口さんが『昔日の客』の関口さんにつながって、しかもその日にアゲインに関口さんがいらしていたということがあったんですね。

なんという偶然の連鎖。鳥肌が立つどころではありませんでした。


さて、この会話の後、シリア・ポールが歌ったある曲が流されます。それはシリアのアルバムには収録されていない曲ですが、ずっと気になっていたんですね。


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by hinaseno | 2017-07-01 12:31 | ナイアガラ | Comments(0)

東京に行った日の夜、関口直人さんとお別れする間際にこんなやりとりをしたことを思い出しました。


「そういえば、あの曲の作曲者、わかりましたか?」

「ああ、あれはヒグチ・ヤスオです」

「ヒグチ・ヤスオ?」

どこかで聞いたことがあったような気がするけれどもぴんとこない。で、とりあえず携帯のメモに「樋口やすお」と入力。

「ONのCM関係のCD、まだ手に入ると思いますよ」

「帰って調べてみます」


*  *  *


さて、前回の「2017年10月22日の人生」に書いた翌日10月23日に70歳の誕生日を迎えられるというのは、ナイアガラの原節子といってもいいシリア・ポール。大瀧さんがらみでは「夢で逢えたら」のシングルを1枚と、それを収録したアルバム1枚を残しただけなんですが、まちがいなくナイアガラの女神(ミューズ)ともいうべき人。原節子さん同様、大変に美しい人です。

これは大瀧さんとレコードを作っていた当時のシリア・ポール。

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先日、久しぶりに「ゴー!ゴー!ナイアガラ」のシリア・ポール・ストーリーを聞き返しました。シリア・ポールさんをゲストに招いて1977年6月14日と21日の2回に渡って放送されたもの。僕にとっては運命的とも言えるものだったので、何度も聞き返しています。

いきなりおっと思ったのは番組の冒頭で告知されたシリア・ポールのアルバム『夢で逢えたら』の発売日。1977年6月25日。ちょうど聞いたのが今週の日曜日だったのでまさにぴったり40周年の日でした。もし大瀧さんがご存命ならば、40周年記念盤を出していたかもしれないなと思って、2011年に行われたインタビューを読んでいたらちょっとおもしろいことが。出ていればきっと…、もしかしたら冒頭で触れた曲が収録されていたかもしれないと思ったり。これについてはまた後で。


「ゴー!ゴー!ナイアガラ」のシリア・ポール・ストーリーではシリアの芸能生活のスタートから語られます。彼女の芸能界デビューは映画。子役を募集していたのを知って応募したら合格したんですね。『亡命記』という映画。

1955年の松竹の映画で主演は佐田啓二と岸恵子。監督は野村芳太郎。このときシリアは小学校1年生。佐田啓二と岸恵子(『早春』の前年!)が共演していて、しかもシリア(このときの芸名はシリヤ・ポールとなっていたみたいです)が出ていたとなるとぜひ見てみたいけど、残念ながらDVDにはなっていないようです。

ただ、この映画、今年の3月に大阪で上映されたようで(第12回大阪アジアン映画祭特集企画<アジアの失職、求職、労働現場>上映作品のひとつ)、こちらに映画を見た人のレポートが載っていました。

シリア・ポールについてはこんなことが。


「募集子役の日印ハーフのシリア・パールさん。どうみても主演二人の子どもに見えず、彼女には悪いのですが違和感を覚えてしまい、何故彼女なのかと思いました。今なら大人顔負けの演技をする子どもタレントがワンサカいますが、当時は少なかったのでしょうか」

「シリア・パール」となっているのはなぜでしょう。これを書いた人はこの少女が”あの”シリア・ポールだとは全くご存知ないんですね。

そのページに貼られていたのがこの写真。


佐田啓二の膝の上に乗って汽車の窓から外を眺めているのが当時、6~7歳のシリアのはず。

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by hinaseno | 2017-06-30 14:30 | ナイアガラ | Comments(0)

縁側ってのは縁


相変わらず暇を見つけて(見つけなくても)、大瀧さんが出演したラジオ番組をいろいろと聞いています。車の中ではずっと「ゴー!ゴー!ナイアガラ」。家ではいろいろ。

昨日から聞いていたのは1997年1月5日放送の新春放談。この新春放談でおっと思ったのは「築地の路地裏」という言葉がたとえ話として出てきたこと。大瀧さんが1996年6月に始めたインターネットのサイト「アミーゴ・ガレージ(Ami-go Gara-ge)」のあり方について達郎さんが「築地の路地裏」というたとえを使ったんですね。こんなやりとり。


山下:いいじゃないですか。築地の路地裏の、なんか一杯飯屋みたいで。
大瀧:(笑)だからそれを目指したわけ。そういうのってさぁ、私の得意のパターンだけど“聖地はスラム化する”というナイアガラ語録があってね。そういう路地裏のようなものを守るってのは、もう今や意図的にやるのは非常に難しい。

大瀧さんはこの「築地の路地裏」のたとえがいたく気に入ったようで、このあとご自身も何度も使っているのですが、このまさに10年後にその「築地の路地裏」を実際にしらみつぶしに歩かれたことを考えると、なんとも面白いですね。大瀧さんにとってはこういう達郎さんの口からぽっと出たような言葉も「縁」のひとつになっていたんだろうと思います。

「縁」といえば、「路地裏」の例えの流れで、「最近”縁側文化”ということを言ってるんだ」と話されたんで、何のことだろうと思って調べたら『インターネット・マニア』という雑誌の1996年11月号のインタビューでそれを語っていました。タイトルは「アミーゴ・ガレージは”縁側文化”を目指す」。『大瀧詠一 Writing & Talking』に収録されていました。


「縁ていうのが好きでね、昔から。縁があるかないかで全部決めてるんですよ、世の中。縁てのはなかなかに面白い言葉で。”アミーゴ・ガレージ”やってて最近気に入ってるのは、“縁側”という言葉。縁の側。そのぉ、中に入らないんですよ、お客さんは。庭を通るときに、縁側に寄ってお茶を出される。旅人ならばまあその縁側へいったん座って、お茶を出されて何時間かの話をして通り過ぎていくと。縁側ってのは縁なんですね」


「縁を作る、契りを結ぶ場なんだろうね。縁があるかないかを、縁側で判断する。そこで家の中に入る人もいれば、縁側に座るだけの人もいる、縁側を見ながらそのまま素通りする人もいれば、庭先のはるか遠くを通って行く人もいる……。これがなかなかに人生かな、と思う。で、まさに、この”アミーゴ・ガレージ”は縁側だな、と思うんだよ」


「来る旅人の心構えで出口も違うと、ね。その”縁側”で縁が結べるかどうかというようなまさに”縁側文化”みたいなところまでインターネットも進んで、使えたらね、これはもう人間の勝利だと思うけど」

その大瀧さんのアミーゴ・ガレージも熱心に更新されていたのは2、3年だったでしょうか。で、ある日、ばっさりと全て消されたんですね。

ちなみに僕がインターネットを始めたのは1998年7月。”アミーゴ・ガレージ”は後追いで見ていましたがあまりにも情報が膨大で全部を消化できない状態でいたら、ある日突然消えていたんです。

泣きました。

縁がなかったんだと言われれば、それまでなんだけど。


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by hinaseno | 2017-06-27 12:15 | ナイアガラ | Comments(0)

東京行きの準備が一段落したときに、ふと、あるきっかけで(内緒)『大瀧詠一Writing & Talking』に収められた「Eiichi Ohtaki: Return of the Giant」と題された渋谷陽一インタビュー(『ロッキング・オン・ジャパン』1987年4月号掲載)を久しぶりに読み返しました。このインタビューは渋谷さんの遠慮のない(遠慮なさすぎ)質問のおかげで、大瀧さんの興味深い発言をいくつも引き出しています。

中でもオッと思える話があったので東京行きの前に急遽書くことにしました。戻ってからはきっと書けないだろうと思ったので。


先月末に、おひさまゆうびん舎で行われた益田ミリさんの『今日の人生』を語り合うイベントのために作ったCDで、「今日」の曲と「人生」の曲を7曲ずつ入れたのですが、それについてこんなことを書きました。


「今日(today)」の中には「今日」という言葉のついた日本人の曲を2曲いれましたが、「人生(life)」のほうは「人生」という言葉のついた日本人の曲は1曲も入れていません。ちょっと”重い”曲が多いなという判断。ただしバートン・クレーンが日本語で歌った「人生はかない」は入れました。

日本語で「人生」と歌われるものには”重い”曲が多いと。もう少し言えば、「人生」という言葉が曲の中で歌われるときの言葉の響きにちょっと、いや、かなり抵抗があるんですね。でも、不思議なことに外国人であるバートン・クレーンさんが片言の日本語で歌った「人生」という言葉には全然抵抗がない。

で、選曲をしているときに、大瀧さんの曲の中に「人生」と歌っているものがあるんだろうかと考えたんですね。でも、全然浮かばなかったので、きっと1曲もないんだろうと思っていたら、なんとあったんですね。まさに『ロング・バケイション』の中に。B面2曲目に収録された「スピーチ・バルーン」という曲。


動き出した甲板(デッキ)は
君の人生運び去る


と。詞はもちろん松本隆さん。

この「スピーチ・バルーン」の「人生」について大瀧さんがこんなことを語っていました。大瀧さんも相当抵抗があったみたいです。


「スピーチ・バルーン」じゃ、「人生」まで出てくるんだよ。俺もう嫌でさあ。「君の人生」だよ。カンベンしてよって思ったけどね。自分の中のプロデューサー的部分としては、そんなの歌えばいいじゃない、って思ってんだけど、歌手として嫌なの。だから1人でブツブツ言ってんの。でも後で聞くとねえ、ちょっと他の人が歌う「人生」や「お前」とは違うっていう風に自分では思うんだよね。嫌な言葉ほど表現のしかたが上手いんじゃないかと思うんだよ。

ということで改めて「スピーチ・バルーン」のその部分を聴いてみたら、確かに日本語の歌にありがちな”重さ”とか”湿り気”が全くないですね。気がつかないはず。「じんせい」の「せい」にあたりの息の抜き方はさすが、という感じです。


でも、改めて考えてみると、松本さんって大瀧さんが「人生」なんて言葉を嫌いだってことはきっと知っていたはず。そこをあえて入れているんでしょうね。大滝はどう歌うかって。


ところで益田ミリさんの「今日の人生」のタイトルがときどきこんなふうに「人生」という字が白抜きの言葉にされているの気づいてました? ほかにも「の」が白抜きになっていたり「今日」が白抜きになっていたりと、いろんなパターンがあります。

この白抜きの人生にはどんな意味があるんだろう。

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by hinaseno | 2017-05-07 08:00 | ナイアガラ | Comments(0)

昨日は久しぶり(たぶん10年ぶりくらい)に中古レコード市に行ってきました。昔はよく行ってたんですが。

お目当てはといえば、もちろん昨日紹介したケニー・カレンの「夢見る16歳」とリトル・エヴァの「「ガヤガヤ・ノロノロ・ヨチヨチ・ウーウー・ターキー・ダンス」なんですが、まあそれはちょっと難しいだろうと。で、一番最初に探したのは先日NHK-BSで特集された太田裕美さんの『心が風邪をひいた日』のLP。このLPは持っていたんですがCDを買って手放してしまいました。番組では何度もLPをかける場面が映し出されて無性に欲しくなってしまったんですね。


さて、いざ会場に行って、数ある箱の中から太田裕美さんを見つけ出すのは大変。彼女のジャンルは「歌謡曲」なのか「ニューミュージック」なのか「アイドル」なのか、店によってバラバラ。彼女はまさにその中間にいたアーティストだったので。結局、太田裕美さんのレコードは何枚か見かけたものの『心が風邪をひいた日』は見つかりませんでした。

それにしてもレコード市ではどこに何があるのかわからないので、手当たり次第に箱をあさることになるのですが、これが疲れます。古書市であれば、本の背を眺める作業をすればいいけど、レコードは1枚1枚箱から抜き出して確認しないといけない。奥の方だとちょっと無理な格好をして、ぎっしり詰まっている箱だとレコードを取り出すのにかなりの力がいる。以前はいろんなジャンルの箱をくまなく見て3時間くらいは眺めていたものですが、10箱くらい見たらエネルギーがなくなってしまいました。情けない…。

ってことで、LPの箱から離れてシングル盤を置いているコーナーに。

結構収穫がありました。買ったのはこの3枚。

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スティーヴ・ローレンスの「Go Away Little Girl」とイーディ・ゴーメの「恋はボサ・ノバ」という最高のカップリング、ジョニー・ソマーズの「内気なジョニー/避暑地の出来事」、そしてクリフ・リチャードの「ラッキー・リップス」。いずれもずっと欲しかったものでした。3枚並べて見たら赤で統一されていましたね。


この日一番の収穫はこれでした。

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大滝さんの『A LONG VACATION』。ですが、一瞬、えっ、ですよね。『A LONG VACATION』のLPを、同じデザインでただイラストを「さらばシベリア鉄道」のシングルに使われたものに変えた絵のついた袋に入れたもの。目立つところに立てかけられていたんですが、よく残っていたなと思いました。家に帰って調べたら『All About Niagara』に載っていました。

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「季節によりヴィニール・カバーをつけて発売されたものもある」ということで、冬用のカバーと夏用のカバーの2種類があったようです。僕が手に入れたのは冬用のカバー。

大滝さんの『A LONG VACATION』のLPもCDを買ってまもなく友人にあげたのであとになってずっと後悔していました。で、いつかは手に入れようと思っていたのでラッキーでした。袋付きでもそんなに値段は高くなくて、しかもレコードはジャケットも盤も新品同様。傷もシミも全くありません。もちろん帯付き。もしかしたら袋に入れたままどこかの店にしまわれていたものかもしれません。


さて、もう1枚買ったのがペリー・コモの『So Smooth』というLP。

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ジャック・ケラー作曲の「Beats There A Heart So True」という曲に興味を持ってから、ペリー・コモに関心を持っていろいろ調べていたときに知ったもの。ジャケットもいいんですね。発売は1955年なので「Beats There A Heart So True」が歌われる3年前。

アルバムの中で一番好きなのはこの「Breezin' Along With the Breeze」という曲。「Breeze」という言葉を重ねたタイトルもしゃれてます。




そういえば僕がはじめて「Breeze」という言葉を覚えたのは『A LONG VACATION』の帯に書かれていたこの言葉でした。

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「BREEZEが心の中を通り抜ける」

そう、まさにまさにそれまで一度も経験したことのない爽やかなBREEZEが僕の心の中を通り抜けたんですね。このレコードに針を落とせば、今も、そしてこれから先の未来も永遠にそのBREEZEを感じることができます。

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ということで最後は「Breeze」つながりというオチになりましたが、「Breeze」に関してもうひとつ書いておかなければならないことがあります。新たなBREEZEが僕の心を駆け抜ける日がまもなくやってくるということを。それはまた次回に。


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by hinaseno | 2017-05-04 13:16 | ナイアガラ | Comments(0)

このブログを読まれている人で、コアなビーチ・ボーイズ・ファンがどれだけいるかわからないけど、この『The Big Beat 1963』という未発表作品集のことを知っている人がどれだけいるでしょうか。

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リリースされたのは4年前の2013年。リリース元はCapital Recordsなのですべて公式な音源。ただしCDの形ではなくてiTunesでの配信。しかも北米のみ。日本じゃ買えないんですね。泣きました。

発売されたのを知ってからずっと日本で帰るのを待っていたんですが、一向にそうならない。いろいろとネットで調べたら日本でも買う方法があるとわかったものの、かなり面倒くさい手続きを踏まなくてはならいようだったので二の足を踏んでいましたが、先日ようやくゲット。もちろん不正な形ではありません。


収録されている曲は全てブライアン・ウィルソンがらみの曲ばかり。ボブ・ノーバーグが関わった曲もいくつも含まれています。Bob & Sheri名義の曲も2曲。「The Big Beat」と「Ride Away」という曲。いずれも初めて聴きました。


このアルバムでいちばんのお目当てはこの「Summer Moon」という曲でした。この音源の状態はかなり悪いです。




歌っているのはボブ・ノーバーグとVickie Kocherという女性。Vickie Kocherという人はVictoria Haleという名前で女優もしているようで映像には彼女が出演したドラマのシーンも取り入れられていますね。Victoria Haleさんは昔から大変美しい人だったようで、ブライアンたちと出会った頃にもミス・ロサンゼルスとかいろんなミスに選ばれていたようです。

ちなみにこのビデオをアップしているのはVictoria Haleさん本人。時々読んでいる佐野邦彦さんの運営されているWebVandaにもこの音源のことが紹介されていました。

で、この音源が公式な形で『The Big Beat 1963』に収録されたんですね。ただし音はYouTubeでアップされたのと全く同じもの。マスターはないみたいですね。

さて、このBob & Vickieによる「Summer Moon」、聴いてびっくりなのはオケがビーチ・ボーイズの「The Surfer Moon」と全く同じなんですね。でも録音されたのはこちらが先。

ブライアンたちと知り合ったVickieは、ある日ブライアンとボブ・ノーバーグの住んでいたアパートに行きます。当時Vickieは18歳。そこでブライアンとボブ・ノーバーグはいくつか曲を演奏します。そのときVickieがいちばん気に入ったのがBob & Sheriのために作った「The Surfer Moon」。Vickieがそれを録音したいと言った時、ブライアンとボブ・ノーバーグは顔を見合わせてにっこりだったようです。ブライアンは男女のデュオをプロデュースすることにずっと関心を持ち続けていて、しかも「The Surfer Moon」はまさにそのために作っていた曲だったので渡りに船だったみたいですね。すぐに録音することに決めます。ただ、そこでVickieからひとつ提案が。私はサーファーじゃないからタイトルをサーファーからサマーに変えて欲しいと。

ということでタイトルだけでなく、歌詞の一部も変えて「Summer Moon」が録音されます。録音されたのは1963年5月9日。場所はハリウッドのユナイテッド・レコーダーズ。ミュージシャンはギターがボブ・ノーバーグ、ピアノがブライアンの他は例のレッキング・クルー。ドラムはハル・ブレイン、ギターはグレン・キャンベル、ベースはレイ・ポールマン。悪かろうはずがありません。

でも、結局Vickieとボブ・ノーバーグが歌ったものはボツになります。ボブ・ノーバーグはいうまでもなくVickieの歌もあまり魅力的とは言えないので(ブライアンのお父さんのマレーもVickieに「初めて恋をした女の子のように歌うんだよ」とかいろいろと歌唱指導したようですが)、仕方がないでしょうね。声の魅力はBob & SheriSheriの方がはるかにありますね。

ちなみにブライアンはVickie & Bobのために別の曲も用意していたようで、それがのちに『Good Vibrations Box』に収録された「Little Surfer Girl」だったとのこと。へえ~、ですね。

個人的にはVickieよりもSheriに歌われていたらよかったなと。


The Surfer Moon」は結局、ブライアンのダブル・ボーカルという形でアルバム『Surfer Girl』に収録されます。曲を好きだったということもあるとは思いますが、その頃、ビーチ・ボーイズは立て続けにアルバムを発表しなければならなかったので、数合わせに収録した可能性が高そうです。

さて、大瀧さんは果たしてBob & Sheriの「The Surfer Moon」を聴いていただろうかということですが、僕はおそらく聴いていたに違いないと思っています。それを聴いて曲の魅力を発見したんじゃないかと。

でも、多羅尾伴内楽團でカバーする時にはやはりビーチ・ボーイズのオケを参考にしたんですね。


これは『Becoming The Beach Boys 1961-1963』に載っていた若き日のVickie。個人的にはSheriがどんな顔をしていたのか気になります。

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by hinaseno | 2017-04-25 13:07 | ナイアガラ | Comments(0)

Bob & Sheriの「The Surfer Moon」は現在では(たぶん)公式な形でいくつかのCDに収録されているようです。僕が手に入れたのは『Surf Party: The First Wave』という10枚組のCDボックス。廉価盤なので解説は一切なし。ただ、オリジナルマスターから録音されたものかどうかはわかりませんが、音は『Still I Dream of You: Rare Works of Brian Wilson』よりもはるかにいいです。iTunesからもダウンロードできます。

ネット上で聴ける音源で一番いいのは、こちらのサイトに貼られていたオリジナルシングルからの音源。これにはびっくりでした。このサイトを運営しているももちゃんという人、とてつもなく貴重なレコードをいくつも紹介していますが、一体どういう方なんでしょう。

YouTubeにはいくつか音源が貼られていますが、一番いいのはやはりオリジナル・シングルから録音していると思われるこの音源でしょうか。




ちょっとびっくりしたのはこちらの音源。




あまり音も良くなくて、途中、サビの一番いいところで針飛びもしています。でも、コメントを見たらこんな言葉が書かれていたんですね。びっくりでした。


「sheri is my grandma. Isn't that cool?」


Sheriは私のおばあさんよ。いかすでしょ?」と。

どうやらこの音源をアップしたのはSheriことCheryl Pomeroyの孫娘さんのようです。下のコメントを見ると「これはオリジナルのレコードよ。傷があったりして音もクリアはないけどね」とか、さらには「おばあちゃんはこんなことも言っていたわ。ブライアンはこの曲をプロデュースしたけど、彼女とそのパートナーのボブも曲の一部を書いていたと。でも、レコードにはクレジットしてくれなかったと」。

コメントは7年ほど前のもの。そのときにはおばあさんのSheriも元気だったみたいですね。今も元気でいるんでしょうか。


さて、いい音で聴いたBob & Sheriの「The Surfer Moon」。とにかく素晴らしいの一語でした。

僕が読んだ限りこの曲に関しての感想を書いているすべての人がオケも歌もビーチ・ボーイズの方が格段にいいと言っていますが、僕は決してそうは思わない。むしろ本来この曲はこんなふうに男女のデュエット(基本的には女性のリードボーカル)で、ドゥーワップスタイルのシンプルなサウンドで歌われるべき曲だったんだなと思いました。

ブライアンのプロデュースは正しかったと。

Sheriもいい声しています。決してうまいとは言えないけど、でもこの曲にぴったりの歌い方をしています。

なんとなく先日亡くなったロージーがリードシンガーとして歌ったこの「Angel Baby」にもつながる雰囲気を持っています。




ところで、曲の初めに変な音が聞こえてきますね。一体なんの楽器だろうかと思っていたら、実はこれはコオロギの鳴き声。家の窓の外に出て録音したようです。Sheriの娘さんも書いていますね。


The Surfer Moon」に関しては面白い発見がいくつもあったんですが、その一つがこれ。




これはビーチ・ボーイズ関係の驚異の音源集『Unsurpassed Masters』の『 Vol. 1』に「The Surfer Moon (Inst. Take 1)」「The Surfer Moon (Inst. Take 2)」「The Surfer Moon (Inst. Take 3)」というタイトルで収録されているのをまとめたもの。このオケはまさにBob & Sheriのバージョンの「The Surfer Moon」のオケですね。Take 2から例のコオロギを鳴き声も入っています。今頃こんなことに気づくとは、でした。

それにしてもこのオケは華麗なストリングスの入ったビーチ・ボーイズのものとは比べ物にならないほどシンプルですが、例の循環コードを使ったまさにドゥーワップ調の曲であることを考えると、本来はこんな演奏がふさわしい曲なんですね。


さて、「The Surfer Moon」の話は4回くらいで終わる予定でしたが、この曲に関してもう一つびっくりする音源が存在することがわかったので次回その話を。


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by hinaseno | 2017-04-23 15:21 | ナイアガラ | Comments(0)

Bob & Sheriの「The Surfer Moon」? 何、それ。 

と思ったんですが、調べたら僕のパソコンのiTunesの中に入っていました。M&M(知る人ぞ知る、ですね)という日本のレーベルから1993年に出た『Still I Dream of You: Rare Works of Brian Wilson』というCDに収録されたもの。オリジナル・マスターからではなく制作者の手持ちのレコードから録音したいわゆる板起こしなので音はめちゃくちゃ悪いです。

ただしブックレットは素晴らしくてビーチ・ボーイズ研究の第一人者である佐野邦彦さんによる解説も充実。Bob & Sheriの「The Surfer Moon」についても詳しい説明があります。それから一応、割と最近出版された初期のビーチ・ボーイズに関する研究書『Becoming The Beach Boys 1961-1963』も読んで、Bob & Sheriが「The Surfer Moon」を歌ったいきさつを確認しました。

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Bob & SheriのBobとはBob Norberg(ボブ・ノーバーグ)のこと。ボブ・ノーバーグは僕の最愛の曲の一つである「Your Summer Dream」の共作者ですね。SheriはボブのガールフレンドのCheryl Pomeroy(シェリル・ポメロイ)。ブライアンはビーチ・ボーイズとしての活動を始めた頃に、すでにBob & Sheriとして活動していた彼らと親しくなったようです。ブライアンは2人の関係をすごくうらやましがっていたとのこと。ブライアンはそんな彼らのために曲を作り始めます。それが「The Surfer Moon」。

その「The Surfer Moon」を作っていた頃、ボブはブライアンに家を出て一緒に暮らすように提案します。ブライアンが父親との関係に悩ませられていたのを知っていたんですね。ブライアンは喜んで了解。2人はいろいろと共作を開始。「The Surfer Moon」も完成してブライアンのプロデュースで録音。1962年10月に発売されます。

これがそのレコードのレーベルの画像。ネットから拝借しました。

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「Produced by Brian Wilson」と記された最初のレコードだそうです。きっとうれしかったでしょうね。ちなみにSAFARIというのはブライアンの父親マレーがつくったレーベルのようで、その下に記されている住所はマレーの事務所の住所とのこと。父親から距離を置こうとしていたブライアンですが頼るときには頼っていたんですね。

ところでこのBob & Sheriの「The Surfer Moon」のレコードですが、これが超レア・アイテム。『Still I Dream of You: Rare Works of Brian Wilson』の佐野さんの解説によるとこのオリジナル・シングルは世界でたった6枚しかないとか。ネットでチェックしたら日本円で30万から40万を超える値がついていました。でも、佐野さんも含めて日本人の何人かは持っているみたいですね。

一つ気になるのは大瀧さんがそれを持っていたかということ。持っていたら「ゴー!ゴー!ナイアガラ」でかけていたはず、と思いながらレア盤を誇る人ではないのでどうだったんでしょうか。でも、1978年に『多羅尾伴内楽團 Vol.2』を出すときにはオリジナルがBob & Sheriだと知っていたというのがすごいですね。ビーチ・ボーイズ・フリークである達郎さんから聞いたのかもしれないけど。


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by hinaseno | 2017-04-22 13:20 | ナイアガラ | Comments(0)

ビーチ・ボーイズの「サーファー・ムーン」はとびっきり素敵なバラードでもちろん昔から大好きですが、でも、以前紹介した「私的ベスト30」には入れていない。同タイプのバラードの中では、どちらかといえば平凡な感じの曲に捉えていたので。他のバラードが素晴らしすぎるからなんですが。

とりわけ「サーファー・ムーン」の収録されたアルバム『サーファー・ガール』には「ユア・サマー・ドリーム」という屈指の名曲があって、それと比べてしまって僕の中ではどうしても影が薄くなっていました。「ユア・サマー・ドリーム」は1曲だけをリピートしたことは何度もあるけど、たぶん「サーファー・ムーン」はアルバムの流れの中で聴き流していただけ。1曲だけをリピートして聴くようなことはありませんでした。

さらにいえば『多羅尾伴内楽團 Vol.2』も正直あんまり熱心に聴いてきたとはいえなかったので、今回のシングル盤に針を下ろしたときにはいろんな意味で超新鮮に響いたんですね。しかもオリジナルには入っているはずの波の音が入っていない!

ただ、よく調べたら『NIAGARA BLACK VOX』に収録された『多羅尾伴内楽團 Vol.2』は波の音が入っていないことがわかりました。いかに聴いていなかったかがわかります。

で、改めて聴き比べて見たら何か違う。『NIAGARA BLACK VOX』に収められたものはステレオ、今回のシングルはモノ・ヴァージョンでした。

YouTubeに『NIAGARA BLACK VOX』の波音のないステレオ・ヴァージョンがあったので貼っておきます。




ところで、この多羅尾伴内楽團の「サーファー・ムーン」のシングルに最初に針を下ろして、そのイントロが流れてきたときに、僕の口をついてきた歌詞は、

♫There's a moon in the sky somewhere I know♫

ではなく、

♫3度鳴らしたクラクションが彼のお迎えの合図♫

でした。

竹内まりやの「真冬のデイト」という曲。

『NIAGARA 45RPM VOX』に収められたシングルを順番にA面B面と次々に聴いていたので、曲名をきちんと確認しなかったせいもあったんですが、似てるんですね。雰囲気が。

改めて多羅尾伴内楽團の「サーファー・ムーン」と「真冬のデイト」のイントロを聴き比べてみたら楽器の使い方から音の響きまでそっくり。このAmazonのサイトの『Denim』のディスク2に収められたものでイントロが視聴できるので聴いてみてください。

ちなみに「真冬のデイト」のアレンジをしているのはご主人でもある山下達郎。達郎さんは多羅尾伴内楽團には参加していませんでしたが、でももちろんレコードも持っていたはずですし、何度も聴いていたはず。

達郎さんもビーチ・ボーイズが大好きなので、このリズムの曲ならばビーチ・ボーイズっぽくと考えてやったんでしょうけど、結果的に一番似ていたのが大瀧さんのアレンジした「サーファー・ガール」だったというのが、なんともいいですね。


さて、『NIAGARA 45RPM VOX』の楽しみの一つは、シングル盤のジャケットの裏側を大きく見れること(小さいのは『All About Niagara』で見ていました)。本来はそこに歌詞が載っていたりするんですが、このレコードはインストなので歌詞はありません。その代わりに『多羅尾伴内楽團 Vol.2』のアルバムに収められた曲を全曲紹介しています。作曲者と、それを歌ったり演奏したオリジナル・アーティストの名前。

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「サーファー・ムーン」の作曲者はもちろんブライアン・ウィルソン。作詞もブライアンだったんですね。で、オリジナル・アーティストの名前を見たらこう書かれていました。

Bob & Sheri

ボブ&シェリ!?

ビーチ・ボーイズではなく。


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by hinaseno | 2017-04-20 14:12 | ナイアガラ | Comments(0)