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by hinaseno
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カテゴリ:雑記( 292 )



先日、病院の待合室で岡山のタウン情報誌をパラパラとめくっていたら牛窓に汐まちカフェという名前のお店がオープンしていたことを知りました。場所は牛窓の古い町並みが残っているしおまち唐琴通り。ここは牛窓に行けば必ずと言っていいくらい歩く通りなので、オープンしてからも店の前を歩いたはずだけど気づきませんでした。元々あった歯科病院を改装したとのこと。今度牛窓に行ったら、ぜひ立ち寄ってみようと思います。夏が終わるまでには行けるかな。


ところで、しおまち唐琴通りにあるということから来ているのかもしれませんが、汐まちカフェという名前はとてもいいですね。雑誌をパラパラとめくっていて目に飛び込んできたのはやはり「汐まち」という名前が見えたから。

牛窓は古くから風待ち、潮待ちの港として栄えた町ということなので「汐まち」の「まち」には「待ち」というとこばと「町」という言葉がかかっているはず。

そういえば僕が車で牛窓に行くようになった頃には「風街」という名の喫茶店があって必ず立ち寄っていました。店主がはっぴいえんどのファンであったことは間違いのないはず。店内にははっぴいえんどや大瀧さんのレコードが並んでいました。

当時牛窓はリゾートブームの中、日本のエーゲ海として一躍脚光を浴びていた頃。海沿いにはエーゲ海にうかぶ島をまねて真っ白い、おしゃれな建物が次々に作られていました。「風街」のあった建物は今もそのまま残っているけど、やはり真っ白い建物(今の目から見ればちっともおしゃれでないけど)。

牛窓はまさに白い港になっていたんですね。僕は大瀧さんの曲や松田聖子の曲の歌詞(ほとんど松本隆さんが書いたもの)の風景が、ちょっとしょぼかったけど、確かにそこにありました。

でも、ある時期からしばらく牛窓にも行かなくなって、ある日、牛窓にちょっといい感じの絵本屋さんができたということを知って牛窓に行ったんですね。このときにはすっかりリゾート感も失われて、寂れた感じが漂い始めていました。でも、牛窓本来の風景に戻りつつあったというか、古民家を利用した店が出来始めていたのもその頃。その絵本屋さんも古民家を利用していました。

それから、さらに10年くらい経って、川本三郎さんが牛窓に行かれていたこと、そこを住んでみたい町だとエッセイに書いていたことを知って久しぶりに訪ねて、それ以来、何度も行くようになって現在に至っています。


さて、「シロ」に会った日とは別の日のことですが、先月、牛窓に行った時には久しぶりにここのヨットハーバーに行きました。

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ここにやってくると大瀧さんの「白い港」のこのフレーズが流れてきて、


〽︎セイルを下ろした無数の帆柱が怖いほど綺麗だよ

松田聖子の『Silhouette シルエット』のA面3曲目の「Sailing」のこのフレーズが流れてきて、


〽︎ヨットパーカー そして白いデッキシューズ
〽︎ヨットハーバー 赤く染めるサンセット

で、やはり松田聖子の『Silhouette シルエット』のA面2曲目の「白い貝のブローチ」をちょっと口ずさみます。


いろんな時代の、いろいろな人たちとの、いろいろな出来事を思い出しながら。


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by hinaseno | 2017-08-19 11:48 | 雑記 | Comments(0)

久しぶりに想田和弘の『観察する男』(ミシマ社)を読み返しています。それにしてもミシマ社は僕にとってうれしくなるような本をいっぱい出してくれていますね。


想田さんが初めて牛窓にやって来たのは2012年の夏。奥さんの母親が牛窓出身という縁で、たまたま空き家となった牛窓の海岸近くの家を借りてその夏を過ごされたんですね。で、牛窓に興味を持った想田さんは翌年2013年の夏休みも牛窓で過ごすことにします。

想田さんに興味を持ち始めてツイッターなどで想田さんをチェックするようになったのがその少し前のことだったので、想田さんが牛窓にいるというツイートを読んだときにはびっくりでした。でも、まさかそこで映画を撮影するなんて思いもよりませんでした。


牛窓で過ごしていたある日、想田さんは「やっぱり、ここで映画を撮っておいたほうがいいんじゃないかな」と漠然と思うんですね。で、その年の秋に再び牛窓にやって来て撮影を開始します。

撮影を開始したのが2013年11月4日。その日のツイッターに「今日から早速撮影を始めました~。」と書き込んでいます。

翌11月5日にはこうツイートしています。


僕の映画は常に「とりあえず撮っておこう」で始まります。

そう、想田さんの観察映画はこういうものを撮ろうという計画がないところから始めるんですね。

その後、こんなツイートが続きます。


2013年11月7日
今日は朝から晩までカメラをまわしっぱなし。さすがに死んだ。
2013年11月11日
牛窓での新作撮影、続行中です。映画の輪郭もおぼろげながらみえてきました。でもそれが何なのか今は言えない。

で、撮影が終了したのが11月20日。合計17日間の撮影。


ところで『観察する男』によると、想田さんは「観察映画の十戒」というものを持っているんですね。非常に興味深いのでここに列挙しておきます。


①被写体や題材に関するリサーチは行わない。
②被写体との撮影内容に関する打ち合わせは、(待ち合わせの時間と場所など以外は)原則行わない。
③台本は書かない。作品のテーマや落としどころも、撮影前やその最中に設定しない。行き当たりばったりでカメラを回し、予定調和を求めない。
④機動性を高め臨機応変に状況に即応するため、カメラは原則僕が一人で回し、録音も自分で行う。
⑤必要ないかも? と思っても、カメラはなるべく長時間、あらゆる場面で回す。
⑥撮影は、「広く浅く」ではなく、「狭く深く」を心がける。「多角的な取材をしている」という幻想を演出するだけのアリバイ的な取材は慎む。
⑦編集作業でも、あらかじめテーマを設定しない。
⑧ナレーション、説明テロップ、音楽を原則として使わない。
⑨観客が十分に映像や音を観察できるよう、カットは長めに編集し、余白を残す。その場に居合わせたかのような臨場感や、時間の流れを大切にする。
⑩制作費は基本的に自社で出す。作品の内容に干渉を受けない助成金を受けるのはアリ。

③の「行き当たりばったり」というのがいいですね。「行き当たりばったり」というのは大瀧さんの好きな言葉でもあります。

『観察する男』にはこんな言葉もありました。


観察映画の場合、「行ったらたまたまそうだった」というだけのこと。状況をファインドアウトしただけですからね。僕がアレンジしたわけでも、探していたわけでもない。そこにあったものをそのまま撮っただけ。

そういう形で2週間あまり牛窓を取り続けたわけですが、それを編集しているときに想田さんはあることを考え始めるんですね。撮影から1年近く経った2014年10月5日にしたツイートにこんなことを書いています。


牛窓で撮影したドキュメンタリー映画を編集している。まだ分かんないけど、もしかしたら撮った素材から1本ではなく2本の映画ができるかも? なんとなくそんな予感。


ということでたくさん撮影した中から「牡蠣工場」の素材だけ集めて作ったのが『牡蠣工場』。つまり『牡蠣工場』には、牛窓に暮らす人々の生活の風景や、牛窓の街並みがほぼすべてカットされたんですね。

『観察する男』でこの話を読んだときにはまだ『牡蠣工場』を観ていなかったけど、『牡蠣工場』以上にもう一つの牛窓の物語を観たくなってしまったんですね。

で、なんと今、どうやら想田さんはそのもうひとつの牛窓の物語の編集を進めているみたいです。いや~、楽しみですね。「シロ」はきっと、そのもう一つの牛窓の物語にも登場しているはず。

ああ、また「シロ」に会いに行きたくなりました。

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by hinaseno | 2017-08-16 14:13 | 雑記 | Comments(0)

想田和弘さんの『牡蠣工場』が日本で上映されてから1年以上が経ちましたね。ストーリーも忘れかけているので、そろそろDVDを発売してもらえないかな。

ところで映画のパンフレットの「STORY」はこんな書き出しになっています。


瀬戸内海にある小さな町・岡山県瀬戸内市牛窓。
一匹の白い飼い猫が、浜でのんびりと寝そべっている。本当の名前は「ミルク」だが、地元の人には「シロ」と呼ばれている。カメラを持った見慣れぬ来訪者に興味津々のシロは、想田らが滞在している家に侵入する機会を虎視眈々と伺っている。

想田さんが『牡蠣工場』を撮影したのは2013年11月。僕が映画や写真で見ていたのは3年半も前の「シロ」なので、海沿いで見つけた白い猫が本当にあの「シロ」なのか確信は持てませんでした。

実は僕が白い猫を発見したとき、その猫の近くに年配の女性と幼い男の子(おそらくお孫さん)がいたんですね。女性はその白い猫を飼っている家の人でした。で、女性に訊いたらその白い猫はやはり想田さんの映画に出た「シロ」に間違いありませんでした。ただ、本当の名前は「ミルク」ではなくて別の名前だったような気がするけど忘れてしまいました。


映画でのシロはかなりやんちゃな感じがしましたが、映画から3年半となると人間の年齢では14歳くらいは年を重ねているので、すっかり心優しい大人の猫になっていました。


そんな情景がこれ。

幼い子が猫に近寄って手を差し出します。ちょっとだけヒヤヒヤしながら眺めていたら…

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シロは子供に抵抗するそぶりを一切見せることなく、子供を脅かさないようにゆっくりと堤防の上に逃げちゃったんですね。

うれしいことに、そこは写真を撮るには絶好の場所。牛窓の海と民家と島(前島)をバックにいいポーズを取ってくれました。

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それから、恐る恐る手を伸ばしたら逃げることなくこっちを向いてくれました。めんどくせ〜な〜って顔だけど。

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by hinaseno | 2017-08-15 12:37 | 雑記 | Comments(0)

海岸の堤防に沿った道に出たとき、遠くに真っ白い猫を発見。もしやあれは、と、どきどきしながらゆっくりと近づく。白い猫は僕が近づいても逃げようともせず、眠そうに目を閉じたまま。

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で、ようやく目を開ける。

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間違いない。あの「シロ」。


   *      *     *


昨日のブログの最後に、川本三郎さんにどこかでお会いできないかなと書いて、あえて「牛窓」という言葉を付け足したのは今日のブログの話につなげるためでした。でも、実はこれから書く話は2か月以上も前にあったことで、書こう書こうと思いながらなかなか書けなくてようやく。


さて、牛窓に行ったときは、いつも心のどこかで川本三郎さんのことと、亡くなられた奥さんのことを考えています。奥さんが住んでみたい町だと言ってたんですね。川本さん夫婦が実際に牛窓に住んでいたらどれだけ素敵だっただろう。

その話を知って以来、いつか川本さんがひょっこり牛窓を訪ねて来られて、そのときにばったりとお会いできたらと思い続けています。


で、去年から、もう一人、というか、もう一匹、会いたいと思うものができたんですね。それが白い猫。

昨年、日本で公開された牛窓を舞台にした映画『牡蠣工場』(監督 想田和弘)の、主役と言ってもいい存在が「シロ」と呼ばれる白い猫でした。映画館で『牡蠣工場』を見ていたとき、おそらく牛窓に住んでいらっしゃるはずの年配の男性が、シロがスクリーンに映るたびにうれしそうな笑い声を発せられているのがとても印象的でした。

それ以来、シロに会いたくて、牛窓に行くたびに白い猫を探していました。想田さんの『観察する男』(ミシマ社)や『牡蠣工場』のパンフレットにたくさん映っているシロの写真を持って。

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ちなみにこれは想田さんがツイッターのアイコンに現在使っている写真。想田さんがカメラを向けているのがシロですね。

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実は今日気がついたことですが、僕がシロに出会ったのは、まさに想田さんとシロが写っている場所でした。


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by hinaseno | 2017-08-14 12:12 | 雑記 | Comments(0)

寺尾聡がアゲインに!


一昨日誕生日を迎えられたアゲインの石川さんですが、なんとその日にあの寺尾聡さんがアゲインに来られたんですね。すごい。石川さんが寺尾さんの肩に手をかけている写真にもびっくりでした。


寺尾聡といえばやはり「ルビーの指輪」。この曲が大ヒットしていたとき、僕の周りにいた人たち(男も女も)がみんなレコードを買って、寺尾聡っていいね、最高だねって言ってました。僕は結局レコードは買わなかったけど、歌だけでなく、喋り方、佇まい、何から何までかっこいいなと思っていました。


あとで思ったことですが、僕の音楽ヒストリー的にはこの「ルビーの指輪」はかなり重要な曲でした。

曲が発売されたのは1981年2月。3月30日付のオリコンチャートで1位を獲得。同時期に「ザ・ベストテン」でも12週連続1位と1981年の春は「ルビーの指輪」を聴かない日はないような状態が続いていました。で、同じ頃、「ザ・ベストテン」の上位に登場した松田聖子の「夏の扉」が気に入って彼女のファンになって5月に出たアルバム『Silhouette』ですっかり彼女の魅力にはまってしまったんですね。アルバムに収録された曲でいちばん気に入ったのが「白い貝のブローチ」。作詞は松本隆さん。で、「ルビーの指輪」の作詞も松本隆さんだと知るんですね。

ちなみにその松本隆さんが1曲を除いて全ての曲の作詞を手がけていた大瀧さんの『ロング・バケイション』もこの1981年3月の発売。『ロンバケ』と出会うのはもう少し先ですが、1981年の春は僕の中で大瀧さんとの出会いに向けての素地がいろんな形で作られていた時期でした。


ところで寺尾聡といえば僕にとっては後にも先にも「ルビーの指輪」だけだったんですが、数年前に思わぬ形で再会したんですね。それが寅さんでした。

Yさんを通じて縁ができて大好きになった町、龍野を舞台にした1976年の映画『男はつらいよ 寅次郎夕焼け小焼け』に寺尾聡が出てたんですね。あの寺尾聡が龍野のよく知った場所を! とかなり興奮しました。渥美清だけではあんまり興奮しません。


これは龍野の町外れ(揖西町佐江とのこと)を寅さんが歩いていた時にタクシーに乗った寺尾聡と宇野重吉が出会うシーン。

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そしてこれは揖保川に架かる龍野橋の東詰で、町のシンボルである鶏籠山を大アクビをしながら眺めているシーン。

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ところで『男はつらいよ』をまともにみたのはこれが初めて。以来ちょこちょこと録画しては見るようになりました。どこかのチャンネルで必ず再放送やってるんですね。

先日出た川本三郎さんの『「男はつらいよ」を旅する』でも、『寅次郎夕焼け小焼け』は一つの章を設けて龍野の町をかなり詳しく紹介しています。これを書く時にも川本さんは龍野の町を訪ねられているんですがもう3度目とのこと。

いつか龍野の町でバッタリと川本さんに会えないかな。いや、龍野じゃなくても牛窓でもいいけど。


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by hinaseno | 2017-08-13 15:01 | 雑記 | Comments(0)

今日8月11日は


今日8月11日は山の日ということで祝日。でも、なんだかピンとこないですね。『ナイアガラ・カレンダー’78』のジャケットのカレンダーももちろん赤字にはなっていません。

ただし、山の日といえば、僕にとってはアゲインの石川さんの誕生日、ということになっています。この場を借りて、石川さん、誕生日のお祝い申し上げます。


で、石川さんの誕生日といえば、古関裕而の誕生日と同じ。

山の日にぴったりな古関裕而の曲といえばやはりこの「高原列車は行く」ですね。




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by hinaseno | 2017-08-11 12:48 | 雑記 | Comments(0)

相変わらずパソコンの前でゆっくりとする時間が取れない状況が続いています。正直、ちょっとバテ気味。書きたいこともたまっています。

前回、岡崎武志さんの新刊『人生散歩術』のことを紹介しましたが大事なことを書き忘れていました。


その前に、岡崎さんのブログは先日紹介した温度計のこともそうですが、いろいろと影響を受けています。今日のブログに書かれていた『ひょっこ』のこともそう。

主演は『あまちゃん』で小泉今日子さんの少女時代の役を演じた有村架純さん。この日のブログでちょこっと触れていましたが、そのドラマが始まっていたのを知ったのは岡崎さんのブログでした。で、ときどきは見たりしてるけど途中からだったのでストーリーがさっぱりわからない。また、再放送された時にまとめて録画して見るつもりです。

まとめて見ているといえばその小泉今日子さん主演の『最後から二番目の恋』(脚本は『ひよっこ』と同じ岡田惠和)が先日再放送されたので録画して今見ているところ。昨年再放送されて正月に見たんですが、そのときは特に最初の方は早送りしながら見たりと、実はきちんと見ていなかったんですね。で、見たらすぐに消去。見ているうちにだんだん面白くなってきて、もう一度改めてきちんと見てみたいと思っていました。

そういえばつい先日、『快盗ルビイ』も再放送されたので超久しぶりに見ました。このころのキョンキョンの可愛いこと。

その小泉さん、以前紹介した『黄色いマンション 黒い猫』が先日エッセイ賞をとりましたね。素晴らしいです。


さて、『人生散歩術』で紹介しそびれたこと。

実はこの本に、なんと大瀧さんの話が出てくるんですね。

大瀧さんの話が出てくるのは高田渡の章。大瀧さんが登場する話には「大瀧詠一を驚かせたもの」というタイトルがつけられています。以前このブログでも紹介したこの対談の話です。




『人生散歩術』は一昨日読了しました。ウェブで連載されていたときにはちゃんと読んでいなかった田村隆一の章も面白く読みました。

岡崎さんによれば、田村隆一といえばまず「酒」と「女」のようですが、興味深かったのは「銭湯を知らない子供たち」というタイトルから始まる「銭湯」に関する話。田村隆一は銭湯を偏愛していたそうです。

「銭湯」といえばミシマ社から『「消費」をやめる:銭湯経済のすすめ』という本も出されている平川克美さん。隣町珈琲に立ち寄った時に、平川さんが作業をされていた椅子のそばにはタオルと下着が置いてあって、作業が済んだら近くの銭湯に行くとのことでした。

その平川さんが「路の記憶」という連載をしている『望星』の6月号で岡崎さんの『人生散歩術』の田村隆一のことを紹介しているんですね。もちろん銭湯のこと。岡崎さん、気づかれたでしょうか。最後はこんな言葉で終わっています。


右肩下がりの時代に、ひょっとしたら、銭湯は、新しい可能性を持った場になるのかもしれない。そう思うと、またうれしくなる。

ところで『人生散歩術』で、岡崎さんはこんなことを書いていました。


もう少し暖かくなったら、田村隆一『ぼくの憂き世風呂』を片手に東京散歩を再開し、銭湯へも入ろうと思う。東京では大田区、江戸川区には五十軒近く銭湯が残っている。とくに大田区は、普通の銭湯料金で、真っ黒い湯の温泉を使った銭湯がいくつかあっておすすめ。

もしかしたら平川さんの家からも遠くない大田区のどこかの銭湯で平川さんと岡崎さんがばったりと出会うことになるかもしれませんね。


でも、確か最近、平川さんが何度か通っていた銭湯がなくなっていたって書かれていたような。はたして「新しい可能性を持った場」として生き延びていくんでしょうか。


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by hinaseno | 2017-08-09 13:48 | 雑記 | Comments(0)

青空の話だったので、次は雨空の話。

基本的には青空好き。でも、雨空も嫌いではありません。梅雨の後半の激しい雨はとても外に出られるものではないですが、梅雨入りした頃の雨というのはいいものですね。その頃には僕の好きな紫陽花も咲いていて。

紫陽花と雨と、そして傘をさしている人の組み合わせというのはなんともいいものです。

というわけで今年、梅雨入りが発表された日に読んだのが高橋和枝さんの『あめのひのくまちゃん』でした。物語も素敵だし、いい絵ばかり。

表紙の、傘をさして空を見上げているくまちゃん(くまくまちゃんではありません)の姿は何度見ても胸が締め付けられるような気持ちになってしまいます。そして、目の前には大きな紫陽花。

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これを読んだ日には、わが家の庭にも色づきかけた紫陽花が咲いていたのでそれを小さな瓶に入れて机に飾りました。

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そういえば『あめのひのくまちゃん』の家族はどうやらおかあさんぐまとこぐまの二匹暮らしみたいですが、実は今年になってときどき海外にいるくまの家族(ベア・ファミリー)からエアメールが届くようになりました。つい先日も。

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情報は全て音楽。専門はロックンロールとカントリー。ロックンロールとカントリーが好きなくまというのもいいですね。このくまの家族が届けてくれる音楽はとても信頼度が高いので、もう何十年もお世話になりっぱなし。

さて次は何を買おうか。


ところでここ数日雨が降っていないけど、もう梅雨は明けたのかな。ちょっと雨が恋しくなっています。


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by hinaseno | 2017-07-16 12:11 | 雑記 | Comments(0)

ずっと東京の話を書いていたために紹介できなかったことがいくつかありました。そのうちのひとつ。益田ミリさんの『今日の人生』の話です。


朝日新聞に連載されている鷲田清一先生の「折々のことば」のことはこのブログでも何度も書いていますが、今月のはじめの6月7日の「折々のことば」はなんと益田ミリさんの『今日の人生』からのことばだったんですね。

うれしいやら、びっくりやら。

鷲田先生が選び取った言葉は、マンガではないページに書かれたこの言葉でした。

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生きている時間のほうが長い
どんなに短い人生だったとしても
生きていた時間のほうが長い

この本に載っているマンガには吹き出すくらいに笑わされたり、くすっと笑わされたり、そうそうと頷かされたり、ちょっと考えさせられたり、あるいはほろっとさせられたりと、いろんな感情を呼び起こさせられたのですが、でも、ところどころに挿入されたエッセイには別の空気が流れていました。そこに通底音としてあったのは「死」というもの。

本のタイトルの「人生」はミリさんも含めて様々な人(ときには動物)の生を描いているわけですが、村上春樹の言葉ではないけど「死」は一部として存在していることをそのエッセイによってサブリミナル的に意識させられるんですね。ミシマガジンのサイト上に載っていたマンガだけを読んでいたときとは全く違った印象を受けたのはそのせいでした。


さて、鷲田先生のコメント。


電車の中でじっと伏せている盲導犬を見て、自分はこれほど誰かの役に立ったことがあるかとふり返る。行列の中にいても、人はなぜかいつも自分の前を横切ると首を捻る。隣席から漏れ聞こえる会話に心を寒くする。そんな人生のかけらを一つずつ、体温を測るかのように描くイラストレーターのコミックエッセー「今日の人生」から。

「人生のかけらを一つずつ、体温を測るかのように描く」という表現が素晴らしいですね。そろそろまた読み直してみようと思います。きっと新たな発見があるはず。


ところで、益田ミリさんの『今日の人生』といえば最後のページに掲載されたこの吹き出し部分が空白のマンガ。

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最後の「2017年10月22日の人生」だけ書いていなかったのですが、昨日、ある人の生年月日を調べていたら、オッと思ったんで、僕ではなくその人の2017年10月22日の人生を書くことにしました。

その人のことについてはまた次回。

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by hinaseno | 2017-06-28 15:04 | 雑記 | Comments(0)

池上線の千鳥町駅からちょっとだけ寄り道して歩くこと10数分、ようやく広い道路の向こう側に”元”目蒲線の踏切が見えてくる。道路を渡ったところから始まる商店街の入り口には「発展門」と書かれたアーケイド。

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この立っている場所は武蔵新田のあたりをストリートヴューで何度もヴァーチャルウォークするきっかけとなった『銀座二十四帖』のこのシーンのロケ地。おそらく。

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踏切に近づいて2人を探す。武蔵新田駅には姿が見えないなと思ったら、踏切を渡ったところにあるドラッグストアの前ですっかり打ち解けた感じで話し込んでいる石川さんと高橋さんの姿を発見。武蔵新田の町の風景にもとけ込んでいる。東京の郊外のちょうどいい感じの小さな町。

駅のロッカーに大きな鞄を置いて2人と一緒に町歩きを始める。僕が町を案内する予定になっていたはずだけど、石川さんはどんどんと歩みを進める。前日のライブでの高揚が続いていることは明らか。「ふれ愛」門には通り過ぎてから気づく。

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そしてあっという間に目的の「未来門」に。『銀座二十四帖』のこのシーンの場所ですね。

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写真と見比べながら、ここがまさにその場所であることを確信する。

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今回の東京旅行の話を書き始めて、この「未来門」のことを書く日にはどんな未来が待ち受けているのかと思っていたけど…、内気なジョニーもめちゃくちゃ怒っています。ホント、冗談じゃない。

ところで未来門の手前には石川さんが子供の頃にお姉さんと一緒に何度か来られたという金魚屋が今もそのままありました。ということで、その金魚屋の前で石川さんと高橋さんのツーショット。

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僕と高橋さんは未来門をバックにした場所でツーショット。内気なジョニーなので写真は貼りません。

ここで『銀座二十四帖』のこのシーンのことを思い出したので、高橋さんにあの2階の窓からのぞいてくださいと冗談を言ってみる。

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高橋さんも映画のシーンを知っていたので「やりましょうか」とにっこり。

このあと3人で新田神社に向かったけど、一つ確かめたいものがあったのでその場所を確認する。

それは映画のこのシーンを見ていたときに気がついたこと。

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一瞬、自転車に乗った人のようなものが右から現れて左に消えるんですね。ちょっと拡大。赤丸が自転車に乗った人。

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確認したらそこには確かに道の痕跡がありました。どちらも行き止まりになっていて今では路地の隙間の小さな庭のようにしか見えないけど、間違いなく道だったはず。ブラタモリみたいですね。


このあと、この長い話の最初に書いたように新田神社でスキップの話をして、近くで立ち寄った喫茶店で古関裕而(一瞬だけ原節子)の話なんかをしているうちにあっという間に帰る時間がやってきました。

駅に戻りかけたときに石川さんが「ちょっと立ち寄りたい店があるんだ」と行ったのがこの「ボンビアン(BON BIEN)」というケーキ屋さん。

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ここのシュークリームがとっても美味しいとのことで、僕と高橋さんのお土産としてシュークリームを買ってくれました。これは確かにすごくおいしかった。ちなみに「BON BIEN」というのはちょっと変わったフランス語。英語で言えば「GOOD WELL」。日本語に直したら「おいしい おいしく」ですね。


駅が近づいてきたときに大事なことを思い出しました。危うく忘れそうになっていました。

それはこの日もし晴れたら高橋さんが作ったてるてる坊主をもらいますという約束。高橋さん、忘れずにちゃんと持ってきてくれていました。

で、そのときいっしょにお菓子入りの袋ももらったんですね。その袋には可愛らしい絵。「鈴木信太郎が好きだとブログに書かれていたんで」と。

鈴木信太郎、そう、あの大好きな「東京の空」を描いた人。その絵に描かれた風景を見るためにこの日、泰明小学校に行っていたんですが、高橋さんはそんなことを知るはずもありません。

いろんな「たまたま」のつながりがきっかけとなって今回の東京旅行ということになったんですが、最後の最後に素敵なつながりを用意してくれていました。

ということで、これが高橋さんからいただいたてるてる坊主とお菓子の入った袋。自慢です。

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てるてる坊主には「8」という数字。もちろん5月8日ということですね。鈴木信太郎の袋はマッターホーンというお菓子屋さんのもの。この店に縁のあった鈴木信太郎がこの店の包装紙のためにデザインしたんですね。あとで調べたらこの絵は僕の持っている画集にも載っていないものでした。

ところで高橋さんからもらったこのお菓子を帰りの新幹線で食べていたときに大事なことを思い出しました。なんと高橋さんに渡すために用意していたものを渡しそびれていたんですね。もらうもののことだけ思い出して渡すもののことを忘れるなんて、なんとも情けないというか恥ずかしいというか。


さて、東京での最後の場面の話はすでに書きました。これは武蔵新田駅から石川さんの乗った電車が出たあと、踏切が上がって人々が踏切を渡っているところを反対側のホームから撮ったもの。

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実はこれは東京で撮った中で一番好きな写真。

遠くの方に石川さんが乗っている電車が小さく写っています。武蔵新田の日常の変わらない風景ですね。こんな写真を撮るのがはばかられる時代がやってこようとは。


ということで長く続いた話も今日で終わり。余談のような話はもう少し続きます。


最後に余談ですがこのシリーズの最初のタイトルは「Nitta Strut part Ⅱ」、そして最後のタイトルが「Nitta Strut part Ⅰ」。

これはもちろん大瀧さんの「福生ストラット」という曲にかけています。「福生ストラット」は大瀧さんが1975年に出したアルバム『ナイアガラ・ムーン』に収録されていますが、その正式なタイトルは「福生ストラット (パートII)」。じゃあ、パートⅠというのがそれ以前に作られていたかというとそうではないんですね。あくまで最初に作られたのが「パートII」。

で、予想される通り「パートⅠ」はどこにあるんだとか、ないのなら作れとかといったはがきが「ゴー!ゴー!ナイアガラ」の番組の方に来たようです。で、仕方なく作ったのが「パートⅠ」。『ナイアガラ・ムーン』の翌年に出した『ナイアガラ・トライアングル Vol.1』に収録されています。「パートII」のあとで「パートⅠ」を作ったというのがなんとも笑えます。

そういえば最近、すごく人気のある星野源さんがこの「福生ストラット (パートII)」が好きみたいで(星野さんは大瀧さんの大ファン)、ここで「福生ストラット (パートII)」について語っています。いい話です(曲の部分はカットされてます)。





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by hinaseno | 2017-06-16 13:26 | 雑記 | Comments(0)