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Talks About Music, Books, Cinema ... and Niagara


by hinaseno
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カテゴリ:雑記( 327 )



誓いの言葉の後は結婚証明書にサイン。用意されていたのは真っ白な本。その1ページ目に2人はサインしました(名前の部分は消しています)。

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実はこの本を用意してくれたのは夏葉社の島田潤一郎さん。夏葉社から出版された『移動図書館ひまわり号』の束見本だそうです。帯と、二人が署名した次のページには島田さんからのお祝いのメッセージが添えられていて。改めていうまでもないけど島田さん、本当にいい方です。そういえばゆずぽんさんは確か夏葉社の本をぜんぶ揃えられたんですね。一冊だけ、『海文堂書店の8月7日と8月17日』が手に入らないと言ってたけど、それもようやく入手したようです。

さて、その白い本の後のページにはおひさまゆうびん舎の常連と、おひさまゆうびん舎とつながりのあるいろいろな方々のお祝いのメッセージが入っています。一応僕も。

そして指輪の交換。実はこの指輪も窪田さんが作ったもの。よく見えなかったけどチョコレート(おひさま的には「チョコレット」ですね)がデザインされていました。ゆずぽんさんがチョコレート好きなのかな。


このあと常連さんを代表して、今年の6月に生まれたばかりの赤ん坊を抱いたなっこちゃんがお祝いのメッセージ。本当は赤ん坊をだれかに預けて用意していた紙を読みたかったみたいだけど、赤ん坊がちょっとぐずったので結局、何も見ないで話すことになったんですが、でも、それが逆になっこちゃんらしさが出ていて、愛とユーモアに溢れた心温まる素敵なメッセージになっていました。いつもながらなっこちゃんの周りを和ませる力には感心します。

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で、次がケーキ入刀。




実は(「実は」って話が多いんですね)このケーキはあの喫茶 大陸のケーキだったんですね。先日姫路で開かれたイベントに参加された世田谷ピンポンズさんが披露した新曲が「喫茶 大陸」。喫茶 大陸はおひさまゆうびん舎からほど近い場所にある昔ながらの純喫茶ですが、ピンポンズさんが歌ったことで一躍脚光をあびることになったんですね。そこのケーキを用意するなんて、みなさんやるなあ。式の前に喫茶 大陸に行っとけばよかったなとちょっと後悔。でも、このケーキ、美味しかった。


そしてここからは常連さん達による出し物。最初は”星くず”さん率いるスターダスト人形劇団(おひさまの常連さんがほとんど参加)による人形劇。

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”星くず”さんがこの日のために脚本と人形を作ったそうですが、人形もよかったし脚本もすばらしかった。”星くず”さんは僕の最近のブログも読んでいて、劇団の名前を最初はスキマ人形劇団にしようと思ったと。ただ、似たような名前の劇団があったのでやめたそうです。スキマは大事だけど名称としてはスターダスト人形劇団のほうがはるかにいいですよね。でも、うれしかったです。

一番笑ったのは「埴原一亟」が出たとき。こういう笑いが通じるのっておひさまならでは。やるなあ。


次は窪田さんと”星くず”さんによる絵本の読み聞かせ。読んだのは『しろいうさぎとくろいうさぎ』(ガース・ウィリアムズ著・イラスト)。窪田さんがしろいうさぎ、”星くず”さんがくろいうさぎの役。これも素敵な話でした。

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で、ここからはいろんなサプライズが始まります。まずはゆずぽんさんのギターの弾き語り。かほりさんの大好きな曲だったようです。ただ、この写真は載せないでと釘をさされました。

それからいろんな人たちからのプレゼント。みなさん、心がこもった素敵なものばかりでした。

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順序はちょっと違っているかもしれないけど、ここで参加者全員で吉野弘さんの「祝婚歌」を読みました。これ、読んだのはかなり久しぶりだったけど、いい言葉がいっぱい。胸が熱くなりました。


そして、最後に超サプライズ。なんと世田谷ピンポンズさんが来てくれたんですね。といってもピンポンズさんが来ることはみんな知ってたみたいだけど。

で、ピンポンズさんを交えて古本クイズのコーナー。窪田さんが岡崎武志さんの『古本入門』という本の中から何問か出題。ピンポンズさんが来ると、やっぱり窪田さんはピンポンズさんが一番。ってことで手を挙げてもないのにピンポンズさん、ピンポンズさんと当て続けていました。

とはいえゆずぽんさんはやはり古本の世界に詳しくてほとんど正解していました。僕は一問もわからなかった。


ここで到着したばかりのピンポンズさんに一息ついてもらうために休憩&食事タイム。”星くず”さんはちゃっかりゆずぽんさん人形をピンポンズさんにつけてもらって記念写真撮ってました。

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で、一息ついて、新郎新婦がお色直しして登場。クリスマスが近いということで新郎は頭にトナカイの角、新婦はサンタの帽子をかぶっていました。かわいいですねえ。ってことでこの日の主役が揃っての記念写真。

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そしていよいよピンポンズさんのライブが始まりました。


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by hinaseno | 2017-12-11 15:02 | 雑記 | Comments(0)

今年の8月の末に久しぶりにおひさまゆうびん舎を訪ねました。夏葉社フェアの最終日の前日だったでしょうか。その日は姫路美術館で杉浦さやかさんのワークショップがあったそうで、杉浦さんのフェアを共同開催していたおひさまゆうびん舎にも杉浦さんのファン(ほとんどが子供連れの家族)がびっくりするくらいたくさん来ていていました。客が切れたら窪田さんと話をしようかと思ったんですが、切れることなく次から次へと。


そんな次々に階段を上ってやってくるお客さんの中に見たことのある人たちが。それがゆずぽんさんとかほりさんでした。考えたら何かのイベント以外の日に二人が一緒にいるところに出会うのははじめて。ただ、このときもお客さんがたくさんいたので少しだけ言葉を交わして、あとは本を読みながら客の切れるのを待っていました。僕も、たぶんゆずぽんさんたちも。でも、いっこうに客が切れる様子のないまま帰る予定の時間が来たので残念ながら窪田さんともほとんどしゃべることのできないままその日は帰りました。


実はまさにこの日、二人は窪田さんに結婚することを告げたんですね。二人はお客がいなくなるのをずっと待っていたようです。そして、そのとき、式は挙げないと言ったので、それじゃあおひさまゆびん舎で式を挙げたらということになって、今回の結婚式が決まったそうです。

夕方、ちょうど家に着いた頃、窪田さんからそのことを教えてもらいました。もちろん大変な喜びよう。そりゃあうれしいですよね。お店をひとつ持った人間としてこれ以上の喜びはないはず。

そして僕も、おひさまゆうびん舎には2時間足らずしかいれなかったのに、そんな大事な日に二人に会うことができたなんて、なんと幸運なことだろうと思いました。おひさまという場にある魔法が(これまで何度もあったように)そういう不思議な縁を用意してくれるんですね。


そうだ、縁といえば。

式でかほりさんが、二人は雨に縁があると言っていました。初めて会った日も雨。そして入籍した日も雨。

入籍したその日、二人はおひさまゆうびん舎にやってきて入籍の報告をしたそうです。その後、窪田さんから連絡をもらったんですが、実はその日は水曜日。そう、「雨のウェンズデイ」だったんですね。

大瀧さんの『ロング・バケーション』のB面の1曲目に収められたこの素敵なバラードを知ってから”雨の水曜日”を心から愛するようになっていたので、二人が入籍した日が”雨の水曜日”とわかって、なんともいえないハッピーな気持ちになりました。これも素敵な縁。


おひさまゆうびん舎で結婚式を挙げると決まって、窪田さんは空いた時間を使って、というか、たぶん寝る間も惜しんでこの日のためにいろんなものを準備していたようです。先日、塩屋に行った帰りに立ち寄った時もものすごく手間のかかる細かい作業をしていました。それが式のときに二人の後に吊り下げられていた垂れ幕でした。見た人はみんなびっくり。他にも店内にはどれくらい手間をかけたのか想像もつかないようなものがあちこちに飾られていました。

先月来、贈与と、その贈与が人と人とをつなぐ話をずっとしてきたんですが、窪田さんの気持ちの贈与力はもうすごいとしかありません。いつも感心しつつ、そしていつも心配しています。


さて、式が始まって、最初の誓いの言葉の場面で早くも神父役の窪田さんは(予想通り)嗚咽が出始めて、かほりさんも他の常連さんたちももらい泣き。

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実はこのシーンを撮るとき、僕のiPhoneはLive設定になっていて(知らないうちになっているんですね)、ちょうど窪田さんとかほりさんの言葉のやりとりが入っていました(結果オーライ)。

窪田さんの「誓いますか」のあと、「はい、誓います」と言う瞬間のかほりさんの表情の可愛いこと。これ以上ないほど輝いていました。こんな表情を正面から見たら、それは泣いちゃいます。また、今度見せてあげなくちゃ。


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by hinaseno | 2017-12-10 12:49 | 雑記 | Comments(0)

どんなときでも本屋に立ち寄れば(レコード屋もそうだけど)幸せの度数が3目盛りくらい上がります。でも、ひとつだけ目盛りが10くらい上がる特別な本屋があって、それが姫路のおひさまゆうびん舎。近くの商店街にやってきて2目盛り。入口に立って3目盛り。そして階段を上がって5目盛り。で、店主の窪田さんの顔を見て、さらにそこに顔なじみの常連がいれば幸せの度数の目盛りはどんどん上がっていくことになります。


一昨日、そのおひさまゆうびん舎でさらに幸せの度数が上がるようなイベントに参加させてもらいました。おひさまの常連さんの結婚式が開かれたんですね。

式を挙げたのは、若いのに今や日本全国の古本界にその名を轟かせているゆずぽんさんと夢見るように愛らしいかほりさんのお二人。二人とはおひさまで開かれたいくつものイベントで何度も顔を合わせていました。

ゆずぽんさんからは会うたびに木山捷平の本の数を増やしていると聞いていて、戦後のものは全て集めましたと聞いたのはかなり前のこと。僕の持っている本の数をとっくに超えちゃったようです。


そう、ゆずぽんさんといえばこの美しい本のことを紹介しておかないと。かなり限られた部数(100冊くらい?)だったはずですが、ありがたいことにいただくことができました。

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横に広い、余白だらけの白い表紙の真ん中に、小さく縦書きで書かれた「古本屋にて、」の文字。これをおひさまゆうびん舎でいただいたときに、たまたまとなりに高橋和枝さんがいらっしゃったのでお見せしたら「この字、手書きですね」と。確かにそうなんですね。一見普通の明朝体の活字に見えるけど、実は昔の古い本に使われていたような活字を模した手書きの文字なんです。さすが高橋さん。


本の中を見ると、ゆずぽんさんが愛する10の古本屋が、写真とそこを訪れたときのささやかなエピソードを添えて紹介されています。

倉敷の蟲書房から始まって善行堂やトンカ書店など知った店が並び、そして最後のページに載っているのがおひさまゆうびん舎。

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書かれているのは、おそらく2年前の2月から4月(早春ですね)におひさまゆうびん舎で開かれた「没後50年 小山清展」のときのことのよう。この展示会の時、僕はイベントをお祝いするためにちょっとした文章を書いたのですが、窪田さんからそのお礼としていただいたものがありました。それがゆずぽんさんの文章にも登場する耳かきと爪切りでした。


僕はこのイベントの最終日の夕方に行ったんですが、並べられた本の一冊を読んでいた時に突然、窪田さんの悲鳴が起きたんですね。悲鳴の方向に目を向けると見たこともない一人の男性が立っていました。

そう、それが世田谷ピンポンズさん。ピンポンズさんが店にやってきたのはその時が初めて。

このときのピンポンズさんと交わした会話から「船場川」という曲が生まれ、ここでピンポンズさんが読んだ小山清の「春」というエッセイから「早春」という曲が生まれたんですね。

ゆずぽんさんのエッセイにも近づく春のことが書かれていますね。そう、おひさまのイメージはやっぱり春(早春)。いろんなものが始まる季節。本当にいろんなことがここから始まりました。


ところで改めてこの本のタイトル「古本屋にて、」のこと。「古本屋にて」でもなく「古本屋にて。」でもなくて最後に読点が打たれているのがいいですね。ちょっと一区切りということで、ゆずぽんさんの古本屋巡りの物語はこれからもずっと続くわけです。と同時に、ここに載っている古本屋(だけでなく、がんばっている町の小さな本屋さんも含めて)がなくならないで続いてほしいという願いも入っているように思いました。

いずれにしてもこの本はゆずぽんさんにとっての第一歩。きっとこれからさらに大きな歩みをしていくだろうと期待しています。


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by hinaseno | 2017-12-09 13:57 | 雑記 | Comments(0)

昨日撮ったこの写真を。


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赤いサンタ帽をかぶった女の子とトナカイの角をつけた男の子がぴったりと寄り添っています。この日この場所で結婚式をあげた二人の間にはスキマはありません。スキマがあるとしたら、男の子の頭の上の2本の角の間くらい(それくらいのスキマは必要)。

二人の向こうで歌っているのは世田谷ピンポンズさん。ピンポンズさんはこう歌っていました。


♫珈琲の味は恋の味♫

すぐ目の前のこの光景を見ながら、まるでメルヘンの世界にいるような気分になっていました。いや、幸せでした。涙が出るほどに。


ところで今朝、高橋和枝さんのブログを見たらこんな素敵な絵が貼られていました(勝手にお借りしてすみません)。



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なんとクリスマスツリーのそばでサンタクロースとくまくまちゃんが向き合って(たぶん)珈琲を飲んでいます。いや、この絵にも泣けました。きっとサンタさんとくまくまちゃんもこの日結婚した二人をお祝いしてたんでしょうね。もちろんくまくまちゃんからのプレゼントはサンタさんがしっかりと届けてくれていました。


ところでジャズのクリスマス・アルバムの中では一番好きなのがヴィンス・ガラルディの『スヌーピーのメリークリスマス(A Charlie Brown Christmas)』。中でも一番のお気に入りが1曲目に収められた「O Tannenbaum」という曲。

この曲ですね。




ところでタイトルの「O Tannenbaum」ってどういう意味なんだろうと思いながら調べていなくって、先日ようやく調べました。

もみの木のことだったんですね。


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by hinaseno | 2017-12-08 15:56 | 雑記 | Comments(0)

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塩屋に行くときに探していた本がありました。初めてある土地に行くときにガイドブックのようなものを読むことはまずしないのですが、播磨と呼ばれる地域の土地を訪ねるときには見ていた本。それがこれでした。

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『播磨古歌考』(橋本政次著 昭和45年)。万葉集から古今和歌集以下の勅撰集、勅撰外の歌集など、播磨地方の古歌を網羅的に調べたもので、播磨のいろんな地域の古歌が掲載されています。こんな場所の歌があったんだと驚くことばかり。よくぞここまで調べられたなと感心します。

この本は姫路での木山捷平を調べるために近くの図書館で郷土誌のコーナーに置かれている本をあれこれ眺めていたときに見つけました。以来、何度もこの本を借りては、どこかに行ったときなどにそこの歌を調べるようにしていました。


この本が、おひさまゆうびん舎のとなりのされど…さんにあるとき入ったんですね。でも、もうたぶんこれから先、そんなには播磨のあたりを歩くことはなくなるだろうと思ったので買わずにいたんですが、いよいよされど…さんともお別れというときに、その本を手に取って眺めていたらプレゼントしてくれたんですね。貴重な本なので決して安くはなかったけど。

でも、やはりなかなか見る機会がなかったので、どこにしまいこんだかわからなくなっていたんですね。それが先日、別の本を探していたときにひょこっと見つかったわけです。奥ではなく見やすい場所に置いていたのに、パラフィンがかかっていたために見逃していました。


『播磨古歌考』に収められた「塩屋」に関する和歌は全部で20首あるのですが見て驚きました。ほとんどの歌に「煙」が出てくるんですね。いくつか並べてみます。


ふる雪にあまの塩やも埋もれてたくものけぶりゆく方もなし
白砂のあまの塩やはうづめども煙はゆきにかくれざりけり
煙たつ塩やのすゝけ見せじとて雪のうはぶきけさはしてけり
沖津風塩屋の浦を吹くからにのぼりもやらぬ夕煙かな
常よりもふかくたく藻の煙かな塩屋をこめて霧や立つらむ
すまの蜑の塩屋も雪にうづもれてたくも煙ゆく方もなし
二見がた春のしほやのよはの月煙いとへばかすむ空かな
いかにせむあまの塩やにまがへても恋の煙はたちやまさらむ
あまのたく磯の塩やの夕けぶりおもひきゆとも人に知らすな
いつまでか立つる煙を恨みけむあるゝ塩やの秋の夜の月
霞み行く裏の塩屋の夕煙その色となく春ぞざびしき
塩やだにまれなる浦のよそめには煙の末も寂しかりかり


すごい数ですね。ただ最初の歌の解説に書かれているのですが、ここに選ばれた歌のいくつかに出てくる塩屋は単に塩を焼く小屋である場合もあって、地名の塩屋なのかそうでないのかは判断しづらいんですね。一応選者はとりあえず塩屋(塩や)とあるものをすべて収録したようです。

いずれにしても塩屋という場所は本来は煙と深く結びついていたことがよくわかります。煙のある風景こそまさに塩屋だったわけです。

塩屋で余白珈琲さんといろいろと話をしたときに、いずれは塩屋に店を持ちたいという希望を持っていることを聞きました。ただ、問題は煙。何か商売をするにも煙というものは都市化された社会においてはかなり難しい問題のようです。

「まわりに煙突がいくつもあるような場所ならいいんですけど」と言ったので、ああ、それならば三石がぴったりだねと言ってから、でもあそこはかなり過疎が進んでいるなと考え直して備前焼の里の備前でもいいかもしれないと言って、で、そういえばと、ある話を思い出したんですね。

その「そういえば」の話がタルマーリーさんのことでした。勝山でタルマーリーの渡邊格さんと話をしたときに、実は勝山に来る前に備前に店を持っていたことを教えてもらったんですね。備前といってもはずれのほうの香登(かがと)。香登って地名を聞いても普通は知らない人が多いんですが僕はよく知っていました。なぜならばそこは中学から高校にかけての頃、熊山(!)の中腹にある大好きな寺、大滝山福生寺(!!)に行くために自転車で何度も通っていた場所だったから。

で、さらにそういえばって話をしたんですが、数日後に、その「そういえば」話がなんだかまるで瓢箪から駒みたいな感じでつながるような、あっと驚くイベントがあることを知ったんですね。しかもその日は…、実際にはその前日は(!)、とか、いろんな縁がつながっていくようなことになっていたので、こうなったらあの方(!)もお呼びしてみようとか、今いろいろと考えているところです。

それにしてもすごい縁だなと思っているんですが、もしかしたら余白珈琲さんが着ていた服の胸に描かれていたビートルズが呼び寄せたのかもしれないと思ったりもしています。なんのこっちゃ、ですね。


それはさておき、余白珈琲さんの店は、やはり塩屋という場所が似合っていると思います。あの谷に煙が流れている風景は素敵だと思うので。そして潜水艦のロゴを考えるとやっぱり海が近くにないとね。


都市化が進んだ、平川さんの楕円思想の中の言葉を使えば無縁化が進んだ塩屋にもきっと煙を許してくれるような有縁の場所、スキマのような場所があるはず…、と、今、これを入力していたら「無縁」は最初は「無煙」に変換されてびっくり。

そうか、「縁」は「煙」にもつながっているんだ。とすれば「有縁(うえん)」は「有煙」でもありますね。煙草のお好きな平川さんにとっても、これは!のはず。


余白珈琲さんと別れた後、僕は塩屋の街を2時間ほど歩きました。もちろん例の旧グッゲンハイム邸や他の異人館にも行きましたが、やはり塩屋の魅力を感じたのは駅前近くの路地でした。

そんな中でもとりわけ惹かれたのがこの路地でした。

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この路地に入った瞬間にこれはって感じで写真を何枚も撮りました。

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で、足を止めたのがこの場所。

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前を歩いた親子連れが店の前に立ち止まったら店の中から女性が出てきて話しかけている。どうやら親子連れはスタンプラリーをしていたようで、その説明をしてあげていたのかもしれないけど、店の雰囲気も含めてなんともいい感じだったんですね。松村さんの言葉を使えば、まさにここはスキマだと思いました。

実は写真の右端の方に写っていますが、この店の横には本棚があって古い本が並んでいるんですね。売っているのか、どうぞご自由にお読みくださいということなのかよくわからなかったけど、でも、ずっとそこにいたいような場所でした。

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で、この店の前には坂を登るもう一本細い路地がありました。「とうふ田仲」と書かれた看板?が見えます。

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もうちょっと下がって見たら…。

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実はこの写真はちゃんと見ていなくて今日これを貼るときに気がついたんですが、なんと「とうふ田仲」と書かれていたのは煙突ですね。たぶん。


この「田仲とうふ店」のこと、もしかしたら、と思って森本アリさんの『旧グッゲンハイム邸物語』を見たらやはり載っていました。この店の田仲さん(僕の撮った写真に写っている人でしょうか?)は”町のレジェンド”の一人として森本さんはとても尊敬していて、なにかあれば田仲さんに頼んでいたようです。ちょっと引用。


「田仲とうふ店」の裏手には、ありとあらゆるものが蓄積されているのですが、自転車や家電が故障した、大工道具が足りない……そんなとき、とりあえず田仲さんに聞けば、修理してくれたり道具を貸してくれたりします。そして、店の前を通り過ぎるすべての子どもたちに「いってらっしゃい」「おかえり」と声をかけ、店の前には小さなジャングルのような自然とともにベンチや本棚があり、それがしっかり機能しているのです。彼らは自分たちが住む町のために、無償でさまざまなことを、自ら率先して楽しんで行っています。

自分の「スキマ」発見力を証明したみたいでなんだかうれしくなりました。

どうやらこの「田仲とうふ店」さんに相談すればいろんなことが解決しそうです。きっと煙のことも。塩屋には本来、煙のある風景があちこちに見られたことを知っているはずだから。


ということで余白珈琲さんの店が塩屋にできることを心から願っています。珈琲豆を焼くために立ち上る煙を見て、心和む気持ちになる人が必ずいるはず。


有煙は有縁。

煙がなければ珈琲豆的楕縁の世界をつくることはできません。


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by hinaseno | 2017-12-06 12:51 | 雑記 | Comments(0)

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毎週一回、家からはそんなには遠くはないけど、風景的にはかなり田舎のパン屋さんに行っています。このパン屋さんを見つけたのは3年前の冬だったかな。たまたまいつもとは違う曜日の夕方にランニングをしていて、すっかり日が暮れてしまったときに、田んぼや畑の広がる風景の中にぽつんと、まるで童話に出てくるような明かりのついた一軒の家を見つけたんですね。なんだろうと近づいて見たら古い民家をそのまま使っているパン屋さんでした。

ちょうどその年の夏に勝山にあったタルマーリーという田舎のパン屋さんに行って、手作りのパンをおいしさというものを知ったばかりだったので、例によって「これも縁」と思ってそこでパンを買うようになりました。

このパン屋さんに行く楽しみは、もちろん焼きたての手作りパンが食べられるということもありますが、もう一つは周辺の風景。これはつい先日撮った写真。

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もうすっかり晩秋の風景。遠くの方では煙が上がっています。

ついでにこちらの写真も。やはり煙のある風景です。

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これは2年前の秋に、同じあたりから撮ったものです。ランニングの途中で撮りました。


昔から煙のある風景が好きで、特に晩秋から冬にかけて、田舎の山あいの町に行ったときにあちこちから煙が立ち上っているのを見るとなんともいえない穏やかな気持ちになります。太古から続く風景ですね。

そんなときに思い出すのは万葉集に収録された舒明天皇の「国見の歌」。


大和には 群山あれど とりよろふ 天の香具山 登り立ち 国見をすれば国原は 煙立ち立つ 海原は 鷗立ち立つ うまし国ぞ 蜻蛉島 大和の国は

大和にある天の香具山から国を見渡したら、あちこちの家のかまどから煙が立ち上っているのを見て、ああ大和はなんと美しい国だろうと思ったという内容の歌ですね。こういうのを感じ取れる天皇が為政者としていた時代があったわけです。


ところが今の時代、煙はかなり嫌われる存在となっています。洗濯物を干しているときなんかに、近所でだれかが何かを燃やしていたら匂いがついていやですからね。

そういえばずっと昔に書いた大好きだっただるまストーブの話。実家の工場に置いていたものを人にあげちゃったんですが、人にあげた一番の理由は以前は田んぼだった周辺の場所が住宅地になって、家がいっぱい建てられたことでした。一日中燃やし続けていて、工場の上の煙突からは煙を出し続けていたので、きっと苦情のようなものが耳に入ってきていたんでしょうね。

ただ、僕が最後にだるまストーブを燃やして、本(佐藤泰志の『海炭市叙景』でした)を読んでいたときには煙のことは全く忘れていました。後で何か苦情来たかな。


さて、長かったこのシリーズの話もとりあえずは今日と明日くらいで終わりそうです。あいかわらず行き当たりばったりで本題から外れること(珈琲豆的楕縁の内側には入っていたけど)も何度もありましたが、書いているうちに思わぬ発見があったりと、僕個人としてはとても楽しむことができました。で、その最後の話はまさに「煙」の話。


塩屋のイベントで余白珈琲さんに会って話をしていたときに、ちょっとした話の流れで「煙」の話になったんですね。目の前で実演してもらいながら、どうやったら美味しい珈琲を淹れることができるかの話をしていたんですが、そこからいつものように「そういえば」って感じで話が逸れて。

でも、そのときにたまたま逸れていった話が、数日後に思わぬ偶然が結びつくことになったんですね。こういう予想外のことが何度も何度も起こるのが、この珈琲豆的楕縁の世界の不思議です。


ところで話はまた逸れますが「セレンディピティ」という言葉があることを、つい先日知りました。

ウィキペディアにはこう説明しています。

「素敵な偶然に出会ったり、予想外のものを発見すること。また、何かを探しているときに、探しているものとは別の価値があるものを偶然見つけること。平たく言うと、ふとした偶然をきっかけに、幸運をつかみ取ることである」


偶然というものに関するものとしては「シンクロニシティ」という言葉が知られていて僕もよく使っていましたが、「セレンディピティ」なんて言葉があったとは知りませんでした。僕の場合の縁はまさにこの「セレンディピティ」でした。


この「セレンディピティ」という言葉を知ったのはこちらのページ。かの有名な「ほぼ日」ですね。最近、ほぼ日の学校長を務められるようになった河野通和さんの「ほぼ日の学校長だより」の1番新しく更新された話「出合ったときが新刊」の話の中に書かれていました。河野さんは「セレンディピティ」を「ふとした偶然から思いもかけない幸運にめぐりあうこと」としていますね。

その河野さんの話も、近いうちに書くことになりそうです。これがまたすごい縁なんだ。


さて、塩屋で余白珈琲さんと話した煙の話ですが、長くなってしまったので、また、次回に。


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by hinaseno | 2017-12-05 11:42 | 雑記 | Comments(0)

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今も『太田裕美の軌跡~First Quarter』を聴いています。今朝から聴いていたのはCM音源やライブ音源を収めたDISC 5。今日はブログにどんなことを書こうかと思いながらぼんやりと聴き流していたら、はっと思うようないい曲に耳を留めました。それは「心象風景」という曲。

「心象風景」は名盤『こけてぃっしゅ』に収録されていて、もちろんよく知っていて、好きな曲の一つだったので塩屋に行くときに作ったプレイリストにも入れていました。でも、このCDに収録されたライブ音源(1996年)では太田裕美さんはピアノの弾き語りで歌っているんですね。これが素晴らしい。

「心象風景」は昨日ちょっと触れた「恋愛遊戯」のB面。考えたらこのシングルもすごい。でも、このシングル、太田裕美さんの歴史の中ではセールス的には大失敗だったんですね。ちょっと信じれないけど。

「恋愛遊戯」はボサノヴァ調の曲で、当時はまだこういうしゃれた曲調を受け入れる素地がなかったんですね。発売に関してはかなりの大反対があったようですが、それを押し切って発売。でもやっぱりあまり売れなかった。

「心象風景」はそのシングルのB面。でも、いい曲なんだ、これが。松本隆さんが書いた詞も素晴らしくて、とりわけタイトルの「心象風景」という言葉が好きで、僕はときどきこの言葉を使っていました。

確か「心象風景」という言葉は宮沢賢治が使っている「心象スケッチ」という言葉をもとにして松本さんが考えた言葉。まあ、調べれば松本さんよりも前にその言葉を使っていた人はきっといたような気もするけど。

そういえば「心象風景」の歌詞の中には「境界線」という言葉が出てきます。「境界線」というのも松村圭一郎さんの『うしろめたさの人類学』のキーワードの一つで、この日引用したいくつかの言葉の中にも「境界」や「境界線」という言葉がいくつも出てきます。

そう、「境界線」はスキマが生まれる場所ですね。

A面の「恋愛遊戯」には「透き間」が出てきてB面の「心象風景」には「境界線」が出てくる。このシングルも手に入れたくなりました。


さて、何度も言っているように、松村さんの本の中で「うしろめたさ」とともにとりわけ重要なキーワードが「贈与」でしたが、ちょっと面白かったのは僕が余白珈琲さんに初めて注文したちょうどその頃、余白珈琲さんは「贈るコーヒープロジェクト」を始めたんですね。それまでに温めていたイメージを具体化したようです。

こんな内容。


コーヒー豆を購入された方に予告なしで、「1杯分のコーヒー豆」を贈ることがあります(気が向いたらなので、ランダムです)。
贈られた方は、お返しは要らないので、是非それを誰かに贈ってあげてください。そうしてひと息をついた誰かが、また別の誰かのために何かを果たし、温かみが巡っていけば、と願っています。
テーマは『コーヒー1杯分の温かみが、社会を循環していく』です。
小さな範囲から、ちょっとしたことからでいいと思います。今回のプロジェクトには関係なくても、日常で、何か「贈り物」を受け取ったと感じたなら、誰かにパスしてください。
時に、温かな連鎖に想いを馳せながら飲むコーヒーもいいものです。

実はこの少し前にある方から素敵な贈り物をいただいていて、何かお返しをしたいなと考えていたところだったので、これは素敵だと思って「1杯分のコーヒー豆」を贈ってくださいと頼んだんですね。「予告なし」で「ランダム」となっているのにもかかわらず。でも、余白珈琲さん、そんな僕のわがままな願いを快く引き受けてくれました。

ちなみに余白珈琲さんが松村さんの『うしろめたさの人類学』を読んだのは、もう少し後のことだったようです。松村さんのイベントでの珈琲の贈与がきっかけで縁がつながった余白珈琲さんが、全く別の形で珈琲の贈与という「温かな連鎖」を作ろうとしていることに感動すら覚えました。


ところで今月もこれからいろいろと楽しみなことがいくつか待っているんですが、来年の1月も楽しみなことがいくつもあって、その中の一つがミシマ社から平川克美さんの新刊が出ることです。

テーマはまさに贈与。タイトルはどうやら『二十一世紀の楕円幻想論』。この本はかなり前から取り組んでいたようで、平川さん渾身の1作になりそうです。

平川さんはかなり前から「楕円幻想」という言葉を使われていて、僕はその「楕円」というイメージが気に入って、で、最近の珈琲豆をめぐる縁のことにつなげて「楕縁」という言葉を思いたんですね。考えたときには、おっ、これは!って感じで、すぐにこのブログにも書こうと思ったんですが、ふと、小田嶋隆さんが以前、平川さんとの対談で言っていた「これはって思うような言葉を考え出したときにググってみたら、たいていは誰かがすでに使っている」という言葉を思い出してググってみたら、なんとヒット数が141,000 件!。あの五郎丸さんがブログのタイトルとして使ってたんですね。いやはや。

まあ確かにラグビーボールは楕円ですね。ああ悔しい。

悔しいと思いながら翌日、余白珈琲さんの豆を取り出したら、珈琲豆も楕円でした。ラグビーボールとはちがって不揃いではあるけれど、僕がイメージする楕縁はこちらの形。

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ってことで、平川さんの新刊を読んだりしながら、これから自分なりの「楕縁」のイメージを膨らませていこうと思っています。


と、ここで一旦は書き終えたんですが、ふと、僕が初めて平川さんの著書で「楕円幻想」という言葉を見たのはどれだったかなと思って調べたら、5月に発売された『路地裏の民主主義』でした。この日紹介しているように平川さんの隣町珈琲に行ったときに、まだ発売前のものをいただいてサインしてもらったんですね。


で、今改めて目次を開いたら、ナント!

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「楕円幻想」の横には「木綿のハンカチーフ」!

そして「楕円幻想」の話の中には「有縁」と「無縁」という「縁」の話が出てくる。


いったい世の中はどうなっているんでしょう。

いや、少なくとも僕にとっての世の中は楕縁。ふぞろいではあるけれど、珈琲豆のような温かな膨らみのある楕円の形をしたものが存在しているようです。


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by hinaseno | 2017-12-03 12:46 | 雑記 | Comments(0)

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太田裕美さんの『太田裕美の軌跡~First Quarter』、いや素晴らしすぎます。もう間もなく終わりを告げようとしているCDの時代を考えると、この2000年前後に発売されたものが最も愛情込められて作られていたような気がします。もうこれ以上のものは絶対に作れないでしょうね。太田裕美さんがらみのいろんなことがあった今年中にこれを手に入れることができて本当に良かったと思います。今年のベストアルバムはこれって言いたくなります。

収録されたCDは全部で6枚。DISC 1~DISC 3にこの年までに発売されたシングルのA面B面が全曲収録。僕が持っているのは大瀧さん作曲の「恋のハーフムーン/ブルー・ベイビー・ブルー」の1枚だけ。CDではDISC 3の最初にこの「恋のハーフムーン/ブルー・ベイビー・ブルー」が収録。あえて意図的に?と思いましたが、どうやら収録時間の関係上の”たまたま”。

大瀧さんのインタビューによると、このシングルはアフター・ロング・バケーションの1曲目ということでかなり濃いめのプロデュースをしてしまったと。特にA面の「恋のハーフムーン」についてはやりすぎてしまったと反省していました。少しあっさりめのB面の「ブルー・ベイビー・ブルー」の方が評価が高くなってしまったと。確かに僕もB面の「ブルー・ベイビー・ブルー」の方が好き。

太田裕美さんのシングルで唯一リアルタイムで発売直後に買った「赤いハイヒール/茶いろの鞄」はどこにいっちゃったんだろう。B面の「茶いろの鞄」の方が好きだったなと思って久しぶりに聴いたら「路面電車」って言葉から始まってにっこり。

ああそういえばもう1枚、「振り向けばイエスタディ/海が泣いている」を最近手に入れたんですね。とりわけB面の「海が泣いている」は僕にとっては塩屋の日々の、つまり今書き続けているこのブログのテーマソングになっています。


ところでブックレットを読み始めて、その最初の方にはっとするようなことが書かれていました。それは太田裕美さんの誕生日。

1月20日。

余白珈琲の彼はこのことに気づいてたでしょうか。


この日のブログで余白珈琲の彼らと塩屋の町との縁ができた日のことを書きました。改めてその部分を。


今年の1月の彼の誕生日に2人でどこかへ行こうと考えて、で、いろいろと調べて行ったのが先日イベントをしたカフェ。塩屋はこのときが初めてだったようです。
店の人に今日が誕生日であることを告げたら店の人は彼らにこう言ったそうです。「何も誕生日にこんな町に来なくても」と。
でも彼らはすでに塩屋という小さな海街の魅力にすっかりはまっていたんですね。本を読まなくてもそこが「人間サイズの町」であることを体で感じ取ったんですね。で、その店で珈琲のイベントを開くようになったと。今回がその2回目。

実は彼の誕生日というのがまさに太田裕美さんと同じ1月20日なんですね。いや、おもしろい。偶然にしてもできすぎ。

余白珈琲の定期便は5日おきに焼かれることになっている豆を注文することができるようになっていて、僕はあえて彼の誕生日の日になっている20日に焼かれる豆を注文することにしました。

さて、来年の誕生日の日、彼はどんな豆を焼くんでしょうか。今からとても楽しみ。


そういえば初めて豆が送られてきた日、僕は彼(大石さん)にこんな感想を送りました。


僕が好んで聴いている音楽にもぴったり合っていますね。きっと大石さんが同じような音楽を聴きながら焼いているからかもしれません。

誕生日の日も、彼はもいつもと同じ機械を使っていつもと同じように焼くはずですが、もしかしたらその日、彼は太田裕美さんの曲を聴きながら、あるいは口ずさみながら豆を焼くかもしれません。それによっていつもとは少しだけ違ったリズムが生まれ、いつもとは少しだけ違ったスキマが生まれ、そこにいつもとは少しだけ違った風が吹いて、その結果いつもとは少しだけ違った豆になったりするのかもしれません。僕にとって余白珈琲の焼いた豆の楽しみはそんなところにもあります。


さて、こんなことを書きながら『太田裕美の軌跡~First Quarter』に収録された曲を聴いていたら、「振り向けばイエスタディ/海が泣いている」とは別の曲で「スキマ」という言葉が耳に飛び込んできました。それは大好きな「恋愛遊戯」。気がつきませんでした。こんな歌詞。


走るあなたと止まる私の
透き間へと風が吹きます

やはり松本さん「透き間」という字を使っています。透き間がないと風は吹きません…、って前も書きましたね。


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by hinaseno | 2017-12-02 12:08 | 雑記 | Comments(0)

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最初に、今朝、うれしいものが同時に届きました。

ひとつはこれ。

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1999年に発売された『太田裕美の軌跡~First Quarter』というボックス。これが出ているのを知ったのはずいぶん前なんですが、なかなか手が出せないような値段ばかりで。それが先日いいタイミングでひょこっと安いものを見つけて。競合もなし。オークションってときどき、まさにスキマのような瞬間があるんですね。最近はそのスキマ探しのコツを覚えました。基本的には待てば海路の日和ありです。コンディションも最高でした。ブックレットもしわひとつない。

このボックスにはこれにしか収められていない貴重な未発表音源がいくつも収録されているんですが(あの「振り向けばイエスタディ/海が泣いている」のシングルに当初A面として収録される予定だった「雪待夜」という曲も)、何よりも見たかったのはブックレット。大瀧さんと松本さんのインタビューが掲載されているんですね。大瀧さんのインタビューってちょこっとかなと思ったらなんと1ページにわたって掲載。いや~うれしい。これを書いた後でゆっくり読みます。

それにしても今年はいろんな意味で太田裕美イヤーになりました。


もう一つ届いたのはこれ。

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毎朝ブログを読んでいる林哲夫さんの『喫茶店の時代 あのとき こんな店があった』(編集工房ノア 2002年)。これも前から欲しかったものでした。


喫茶店といえば…。

再開されていることがわかった余白珈琲さんのInstagram(あるいはリンクされていたホームページ)にはいくつかのイベント情報のことが書かれていました。余白珈琲さんと縁のあった店で珈琲を淹れるイベントを定期的にやっていたんですね。

ちょうど僕が見たときには直近のイベントのことが紹介されていました。その場所が驚きだったんですね。

まず目に飛び込んできたのが神戸の元町のM&M。そして次が塩屋。僕の縁の端のようなところにある店や場所に彼も縁をつないでいることに、ちょっと運命的なものすら感じました。あんまり運命的なんて堅くるしい言葉は、スキマが感じられなくて好きではないけれど。


塩屋の縁のことはすでに書きましたが、僕がとりわけびっくりしたのはM&Mというジャズ喫茶のことでした。ここに僕がどれだけ通っていたか。ツイッターを始めた一番はじめの頃のツイートもM&Mでしました。確かその前に立ち寄った海文堂書店での出来事のことをツイートしました。


初めてM&Mに行ったのは30年ほど前のこと。その日ある喫茶店を探していたんですね。それはこの日ブログに書いた中に登場するビルボードという名の喫茶店。そう、大瀧さんや達郎さんと親しい助川さんが大瀧さんのアドバイスを聞いて行ったというフォーシーズンズ・フリークの経営する店。

今から考えるとあらかじめもう少し調べる方法はあったはずですが(でもまだインターネットなんかはない時代)、このときは神戸の三宮から元町のあたりまで、あっちこち歩いて探しました。電話帳なんかも調べたりして。でも、どうやらすでになくなってしまっているようでした。


で、夕方、かなり疲れて元町あたりを歩いていたときに、ぱっと目に入ったのがM&MとJAZZという文字の書かれた看板でした。手作り感のあるいい看板。ちょうどジャズに興味を持ち始めていた時期で、一度はジャズ喫茶みたいなところに入ってみたいと思っていたので、これはって思ってはいることにしました。

幅が狭くて少し急な木の階段を上って扉を押して中に入ったら、これぞまさにという感じの店。いっぺんで気に入りました。正面の壁にはずらりと並んだジャズのレコード。壁のいたるところにもレコードのジャケットが何枚も貼られていました。貴重なものは額に入れられていたり。

何よりも驚いたのは窓際に置かれていた巨大なスピーカー。たぶん行ったのは日曜日だったので人はいっぱいいて、スピーカー近くの一つだけ空いていたテーブルに座りました。その日、昼食をとっていなかったのでケーキと珈琲を注文しました。どちらもとても美味しかった。


店には2人の女性が働いていました。僕は勝手にきっとその2人の名前の最初のイニシャルがMだったんだろうなと考えました。ちょっと歳の差があったので姉妹だったのかな。あるいは歳の離れた友人だったのかもしれないけど。若い方の女性はとても綺麗な人でした。

僕はテーブルのそばの窓から、秋か冬の暮れゆく街並みをぼんやりと眺めながら、珈琲を飲み、大音量で流れてくるジャズを聴きました。今まで経験したことがないような甘美な時間でした。


それから何度か神戸に行くようになり、少しずつ行く店が増えていきましたが、神戸に行ったときにはいつも必ず夕方にはM&Mを訪ねるようになりました。店の混み具合によるけど、たいていはスピーカー近くの窓際の席に座り、毎回、ケーキと珈琲を注文して。

いろんな店が生まれ、なくなり、震災があったりしたけど、一番多かったのは元町で下りてハックルベリーと海文堂書店に立ち寄った後でM&Mに行くというルート。わざわざ神戸まで行ったのにこの3つの店だけ立ち寄って帰ることもしばしば。でも、それだけで十分満足。ハックルベリーで買った中古レコードとか海文堂で買った本を眺めながら、M&Mで珈琲を飲みジャズを聴くというのは至福の時でした。


M&Mは最初は女性が2人いたんですが(ときどきはどちらか一人だけということもありました)、ある時期からカウンターには年配の方の女性一人だけになり、若い方の女性は見なくなりました。

で、確か海文堂が閉店する前日に行った時、見たこともない若い夫婦がカウンターに立っていました。内装は何も変わっていないけど、ちょっと空気が変わっていました。僕がその店に求めていたものとは違うアットホームすぎる雰囲気。なんだか居場所がなくなってしまったような感じになってしまいました。

いろんなことが海文堂書店の閉店とともに終わってしまって、もう元町にはそんなに来ることはないだろうと思いました。


昨年の暮れ、元町のバーで松本隆さんの曲をかけるというイベントがあって、どうしても行きたくなって久しぶりに元町を歩きました。元町に行くのは3年ぶりくらいだったでしょうか。もちろんイベントの前にハックルベリーをはじめ、元町の高架下の中古レコード屋さんや古本屋にも行きました。いろいろと評判を聞いていた1003という本屋にも行きました。

そして夕方、ちょっとだけ考えましたが、久しぶりにM&Mに立ち寄ることにしました。

階段を上がる時の木の軋む音も、扉を開ける時の感触も、開けた時になる音も昔のまま。店内にはクリスマスツリーが飾られていたほかは以前のままで、スピーカーも、置かれている場所も以前のまま。ただ、カウンターには見たことのない若い男性が立っていました。

奥のテーブルに若いカップルが1組座っていたので、僕はその反対側のいつものテーブルに座り、いつものようにケーキと珈琲を注文しました。雰囲気は以前に戻っているようで、居場所は回復していました。

運ばれてきた珈琲を飲み、大音量で流れるジャズを聴きながら、店の変化のことをいろいろと想像していました。でも、そこで思ったのは、今度また元町を訪ねることがあったら、やっぱりこの店を訪ねるだろうなということでした。いろんなものがなくなってしまった元町に残っている数少ない居場所だったので。


という歴史があったので、余白珈琲さんがM&Mでイベントをされているというのはとにかく驚きました。

ただ、残念ながらその日は都合が悪くて行けないことがわかったので、翌週の塩屋でのイベントに行くことにしました。でも、いつか機会があればぜひM&Mのイベントにも行ってみようと思っています。


ところで、これは昨年12月に僕が行った松本隆さんの曲をかけまくるというイベントをやった元町のバーの店内の写真。目の前には太田裕美さんの「木綿のハンカチーフ」のレコードが置かれていますね(となりは大瀧さん作曲の2枚)。

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by hinaseno | 2017-12-01 15:19 | 雑記 | Comments(0)

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僕の知らない間に再開されていた余白珈琲さんのInstagramには、投稿された写真の後に、ちょっと長いコメントが添えられていました。コメントというよりもエッセイといった内容。どの文章にも、まるでほどよく焼かれてほどよく挽かれた珈琲豆のスキマを湯がゆっくりと通り抜けていくような言葉が心地いいリズムで綴られていました。ところどころには僕にとって大切なキーワードが散りばめられていて(池澤夏樹の『スティル・ライフ』の冒頭の言葉など)。もちろん投稿された写真の1枚1枚が素晴らしいことはいうまでもありません。何よりも最初に投稿されていた写真に写っていたのが大瀧さんの『EACH TIME』のレコード(CDではなく)...、僕は迷うことなく彼に珈琲豆を注文しました。僕のことがわかるかなと思いながら。


注文した豆が届くまでに、少しずつInstagramに投稿された写真のコメントを読み進めました。すると、あっと驚くようなことが。


今、ブログに書き続けている話のきっかけとなったのはミシマ社ですね。ミシマ社が作ってくれた縁によっていろんなものがつながっていきました。実質的には10月14日にスロウな本屋さんで行われた松村圭一郎さんの『うしろめたさの人類学』に関するトークイベントから珈琲をめぐる素敵な物語が始まったわけですが、その1週間前の10月8日に余白珈琲さんが投稿した写真のコメントの中にびっくりすることが書かれていて、で、調べたらナント!でした。

せっかくなのでその日彼が書いたことをそのまま貼っておきます。


夏の思い出を、ひとつ。
京都にある「ミシマ社の本屋さん」に行った時のこと。


ミシマ社さんは、簡単に言ってしまえば、「とても面白い」出版社です。
なんだか生き生きとしている。
そんなミシマ社さん、本ももちろん好きなのですが、僕がすごく楽しみにしているのが「ださべん」です。

「食べられたらそれでいい」をモットーに、インスタ映えなんて気にせず、とにかく弁当を「作る」ことを目的としたミシマ社弁当部。
途中参加の「オカダ」さんが、今は主人公みたいなものです。
ただただ、ださいお弁当の写真が投稿されているだけのようですが、そのちょっと気の抜けた感じにほっこりし、美味しそうーとなります。


さて、ある日、ミシマ社の本屋さんに初めて行った時のこと。
靴を脱いで、ちゃぶ台の置かれた畳の部屋にワクワクしながらあがると、店番の人(ミシマ社で働く人が店番をしています)がいました。
ありふれた挨拶と世間話の後、「実はださべんのファンです」と切り出してみました。


すると店番の人は、「そんな人いるの!」と少し驚いた後、当たり前のことのように誰かに電話をかけ始めました。
なんと、その相手は東京オフィスにいるださべんの主人公「オカダ」だったのです。
こちらからすると、そこで普通に電話をかけてくれる店番の人の方が、「そんな人いるの!」です。
ドギマギしながら会話をする様子は、ミシマ社のウェブマガジン「みんなのミシマガジン」の7日の記事に掲載されています。


仕事や生活において、責任感や使命感が果たす役割も大きいのかもしれませんが、何よりも「面白がる」が基本だなあと、改めて感じた日でした。
よく分からないけれど、ほっこりできる「ださべん」、よかったらフォローしてみてくださいね。


ちなみに、焙煎所を塩屋へ移したら、「ださべん持って来てくれた人にはコーヒープレゼント!」という物々交換をやり続けようと思っています。


「みんなのミシマガジン」に関してはこのブログでも何度も紹介していますが、正直「ださべん」はちゃんと読んでいませんでした。すぐに10月7日に更新された「みんなのださべん」を見ました。するとそこにはこんなタイトルが。


「ださべんファン、現る」


なんと余白珈琲さんのことが書かれていたんですね。まさか余白珈琲さんがミシマ社とこんな形でつながっていたとは思いもよりませんでした。ミシマ社のオカダさんも驚いたようですが、僕も驚きました。いやホントに。


ちなみに、後で、というか昨夜のことですが余白珈琲さんからミシマ社の本屋さんに行ってきたときのことを聞いたらもっと面白いことを教えてもらいました。

彼が行ったときにミシマ社の畳の部屋に置かれているちゃぶ台の上で学生が何かの作業をしていたとのこと。作業をしていたのは岡山から来た岡山大学の学生でした。彼らはまもなくミシマ社から発売されることになる1冊の本の手書きPOPを作っていたんですね。いうまでもなくそれは松村圭一郎さんの『うしろめたさの人類学』のPOPでした。POPを作っていたのは岡大で松村先生の授業を受けている学生だったんですね。

でも余白珈琲さんは、そのときにはミシマ社って面白いことをやるんだなって思っただけで、このときにはその後に始まる縁には気付くはずもありません。

でも改めて考えてみると、縁というのは、ただ積極的に行動すれば生まれるというものではなくて、実はなんとなく行ったところで、なんとなく目にした光景や、なんとなく交わした会話の中に縁の尻尾のようなものがあったりするんですね。で、問題はそれに気づけるかどうかのようです。

いや、それにしても面白すぎますね。


さて、豆を注文してから数日後、いよいよ余白珈琲から焼きたての珈琲豆が送られてきました。封筒の中には注文した豆と潜水艦のロゴの入った素敵な豆かんといっしょに、温かい”贈与”が添えられていました。

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(ちなみに、この写真にはその”贈与”は写っていません。送られてきてすぐにある方にそれを送ったので)


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by hinaseno | 2017-11-29 13:26 | 雑記 | Comments(0)