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by hinaseno
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カテゴリ:映画( 89 )



こちらで見つけた加東大介の素敵な写真。
今からほぼ50年前の昭和39(1964)年夏の『週刊文春』のグラビアに載ったものとのこと。ということでその雑誌を入手。表紙を開いた最初のページに載っていました。うれしいことに加東大介のサインも載っています。加東さんのサインを見たのは初めて。
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タイトルは「私はこれになりたかった」。「88」という数字がついているのは、このタイトルでシリーズが続いていたのでしょうか。
タイトルの後にはこんな言葉が。
「それは縁日のお店やさんです」

で、その縁日のお店やさんになったのがグラビアの写真ですね。
そして写真の下には加東大介のこんな言葉。
子供のころ浅草で育った私は、よく縁日にゆきました。色とりどりのお面や風車をたくさん並べて売っている人を見ると「なんとこの人は物持ちなんだろう」と感心したり、自分がこの人になって、おもちゃも買ってもらえない友達にどんどんあげられたら……という空想をしたこともありました。
その夢は今でも持ち続けています。子供が大好きな私は、いちど縁日に店を出して通りすがりの子供さんたちに、おもちゃを配りたいと思っています。

いい話ですね。写真の加東さん、よく似合っています。
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by hinaseno | 2015-07-15 13:45 | 映画 | Comments(0)

先日、ある店の隅の方を歩いていたら、古い映画関係のスナップ写真がたくさん入った段ボール箱を発見。何かないかと思っていろいろ見ていたら、加東大介と淡島千景の仲睦まじいこんな写真が。
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加東大介と淡島千景といえば、すぐに思い浮かぶのは『早春』のこのシーン。
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池部良の家に泊ることになった加東大介が下にいる淡島千景のところにやってきてくどくどと話をするんですね。
さらにこの後、三井弘次も降りてきて、酔っ払った二人がいやがっている淡島千景を気にせず、しゃべり続けます。三井、加東ファンとしては最高のシーンですが、もちろん淡島千景としては最悪。
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といったイメージしか持っていないので、上に貼った写真は何だかイメージが狂ってしまいます。もちろん加東大介と淡島千景はいろんな映画で共演しているはずなので、おそらく夫婦役、あるいは恋人役もあったにはちがいありませんが、この写真の手がかりはありませんでした。
と思って、裏返してみたらありがたいことに、この写真のもとの持主が、写真の詳しい説明を書いていました。

この写真は昭和43(1968)年に放送された『お多江さん』というテレビ番組のワンシーンだったようです。ウィキペディアの加東大介には出演したテレビ番組に『お多江さん』は書かれていませんね。ネット上には『お多江さん』に関する写真も見づらいのが1枚あるだけ。というわけでかなり貴重な写真ではないでしょうか。
せっかくなので写真の裏に書かれていたことをそのまま写しておきます。
ABCTV6ch
〈スタジオドラマ〉
お多江さん〈カラー〉最終回
横町に幸せの風
放送日 10月5日(日)後8:00〜8:56

新婚旅行のホテルで大照れの磯吉と、そわそわ落ちつかないお多江さん
左より
  加東大介(磯吉)
  淡島千景(お多江さん)

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by hinaseno | 2015-07-14 12:28 | 映画 | Comments(0)

浅草の松屋のことが気になって川本三郎さんの『いまむかし東京町歩き』の「松屋浅草店の屋上遊園地」を読んだら、昭和10年公開の成瀬巳喜男の『乙女ごころ三人姉妹』に松屋の屋上に行くシーンが出てくるとのこと。で、YouTubeをチェックしたら映像がアップされていました。ラッキー。
一時間ちょっとの短い映画ですが、松屋が頻繁に映ります。タイアップしてたのかもしれません。もちろん隅田川とそこに架かっている橋もいくつか映ります。
最初に映ったのはこのシーン。やや見づらいのですが、三女の梅園竜子の向こうに見えるのは言問橋。
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このあと、もう少しはっきりと映ります。三女がこのとき男と歩いているのは隅田川東岸の言問橋の南の川岸。
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次に映るのはこの場面。総武線の鉄橋の向こうに対岸の松屋がとらえられています。この頃はまだスカイクルーザーはできていません。
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で、このあと松屋の屋上から下を眺めたシーンが映ります。映ったのはサミュエル・フラーの『東京暗黒街 竹の家』では映らなかった松屋のすぐそばの吾妻橋。
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ちなみに岩波写真文庫の『川 ―隅田川―』には「吾妻橋」と題してこんな写真が載っていました。どこから撮影されたかは書かれていませんが、まちがいなく松屋の屋上から撮ったもののはず。
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ところで『乙女ごころ三人姉妹』が公開された翌年の昭和11年に書かれた荷風の『濹東綺譚』にはこんな場面が出てきます。
吾妻橋のまん中ごろと覚しき欄干に身を倚せ、種田順平は松屋の時計を眺めては来かかる人影に気をつけている。

翌年、朝日新聞に連載されたとき、木村荘八が描いた挿画がこれ。吾妻橋の真ん中あたりから西をとらえた風景。右に見える建物が松屋ですね。
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ところで、『乙女ごころ三人姉妹』では隅田川を走る水上バスに乗った場面で、橋の下をくぐるシーンが映るのですが、これはどうやら清洲橋のようです
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by hinaseno | 2015-07-13 13:59 | 映画 | Comments(0)

川本三郎さんの本などで何度も紹介されていて一度は見なくてはと思っていたサミュエル・フラー監督の『東京暗黒街 竹の家』をようやく見ました。ロバート・ライアン主演のギャング映画。
ギャング映画なんて全く興味はないんですが、この映画のポイントは昭和30年の東京を舞台にしていること。しかもカラー。とにかく風景をずっと見ていました。
川本さんの本で浅草の松屋が出てくるのは知っていましたが、松屋の場所をきちんと確認したことがなかったので、いきなりこの場面が映ったときにはびっくりでした。
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松屋デパートの屋上からの風景。右の方に見えるのは間違いなく隅田川。というわけで手元にある昭和34年の地図で確認。
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映像は松屋の屋上の南の端から北東方向を捕らえたものであることがわかりました。というわけで手前に見える橋は東武線の鉄橋、そしてその向こうに見えるのは言問橋と推測。で、確認のために岩波写真文庫の『川 ―隅田川―』(昭和25年刊行)を見たら、「浅草松屋の屋上から上流を見る」と題されたこんな写真が載っていました。
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全く同じですね。「手前の橋は松屋内の駅からでている東武線の鉄道、その上の橋は言問橋」と書かれています。

映画ではこのあとこんなシーンも。
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松屋の屋上の遊園地にあったスカイクルーザーから、隅田川の下流を捕らえています。手前に見えるのが駒形橋、その向こうに見えるのが厩橋ですね。
ちなみに松屋のすぐ近くにある吾妻橋は(たぶん)映りませんでした。ちょっと残念。
でも、予期せぬ映画で隅田川の橋を3つもみることができてとてもラッキーでした。

ところで今朝読んだ荷風の『断腸亭日乗』の昭和15年7月12日に松屋が出てきてちょっとびっくり。
今からちょうど75年前の浅草、隅田川河畔の夜の風景。
午後平井君来る。共に土州橋に至り日本橋の花村に食して浅草に往く。オペラ座舞台稽古を看て翌朝の三時に至る。溽暑甚しく家に帰るも眠り難きを知り稽古場に雑談して夜のあくるを待ちたりしなり。然るに稽古は案外早く終り踊子芸人達も皆かへり去りたれば平井谷中の二氏と共に花川戸松屋百貨店の軒下または隅田公園の腰掛に、折々帰来る小雨を傘のかげに避けながら徐に夏の夜の明け行くを待ちたり。吾妻橋〻上の燈火一斉に消るを見し時、遥に電車の響のきこゑ初めて一人二人歩行の人影も見え初めぬ。隅田川の水の濁りて臭気甚しきこと夜明けは殊に堪難きばかりなり。

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by hinaseno | 2015-07-12 12:15 | 映画 | Comments(0)

東京を舞台にした昔の日本映画を見る楽しみの一つは、今はもう失われてしまった懐かしい風景が見られること。
なんて言葉は川本三郎さんの本の中にきっとあったはずですが、本当にそうですね。もちろん、僕が感じる懐かしさは、失われる前の風景を知っている人たちが感じるものとは違っていますが、その懐かしさを求めて風景ばかりを見ています。

存亜風景の中で最も心がときめくのは、隅田川(にかかる橋)と荒川放水路、それから路面電車の走る風景。小津や成瀬の映画にはいくつもそれら風景がとらえられています。
昔の東京の地図を眺めながら映画を何度も見返すうちに、最初の頃は全くわからなかった場所が特定できるようになってきました。もちろん川本さんの本をはじめ、いろんな人の書かれているもので何度も読んでいるはずですが、やはり自分で確認してみて、「知った」という状態になれます。

さて、先日見た小津の『風の中の牝鶏』(昭和23年)にも隅田川のかかる橋をとらえた風景が出てきました。こういうのはネットを見ればすぐにわかることですが、そういうのに頼らないで自分の手元にある地図といくつかの写真を頼りに橋を特定する方が愉しいですね。でも、特定した後ですぐに忘れてしまってはもったいないので、自分なりのメモのつもりで映画の場面の写真を貼っておこうと思います。

『風の中の牝鶏』にとらえられた隅田川の橋は二つ。相生橋と勝鬨橋。いずれも隅田川下流の河口付近にある月島にかかる橋。一応、昭和22年の地図を貼っておきます。
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最初に映るのは相生橋。佐野周二が月島に行くために歩いてこの橋を渡ります。
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かなり長い橋だなと思ったら、途中で路面電車が通り過ぎるシーンが映ります。これだけ長いのならば路面電車に乗ればいいのにと思ってしまいます。
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それからこれが勝鬨橋。
佐野周二が座っているのは勝鬨橋から少し南の月島の河岸。勝鬨橋をバックに三井弘次が客となっている宿で娼婦として働いている女性と佐野周二がかなり長い話をします。ところで勝鬨橋は大きな船が通るときには橋が開く開閉橋ですが、残念ながら開くところは映りませんでした。
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勝鬨橋といえば、松本隆さんの『微熱少年』で、主人公の少年が橋が開いたときに車で飛び越えたのがまさにこの勝鬨橋だったとのこと。昔読んだときには勝鬨橋どころか隅田川すら知りませんでした。また、読み返してみます。
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by hinaseno | 2015-07-09 12:05 | 映画 | Comments(0)

三井弘次と加東大介


先日、『キネマ旬報』の1958(昭和33)年5月下旬号に掲載された加東大介のインタビュー記事を紹介しましたが、そのときにあることをふと思いついて、確認したら、やはり!でした。

加東大介は「今日の傍役」のいう連載の4回目。
手元にあった1958(昭和33)年4月下旬号の望月優子が「今日の傍役」の3回目。そして1958(昭和33)年8月下旬号の志村喬が7回目。ということはどうやら「今日の傍役」の第1回目は1958(昭和33)年2月下旬号のはず。
この第1回目の人がなんとなく三井弘次のような気がしたのですが、見事的中。
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ただ、タイトルが「今日の傍役」ではなく「傍役の研究」となっています。きっと「研究」ではいくらなんでも堅苦しいのでタイトル変えたんでしょうね。
この「傍役の研究(→今日の傍役)」という特集をはじめるきっかけになったのは、三井弘次が前年度の1957年に毎日映画コンクール賞とブルーリボン賞の男優助演賞を受賞したことだったようです。三井さんのインタビューは受賞式の直後くらいだったかもしれません。

実はこの二つの賞、加東大介も成瀬巳喜男の『おかあさん』で1952年に受賞しているんですね。加東大介は尊敬する三井弘次よりも先にこの賞を受賞していたわけです。
これについて加東大介は先日紹介したインタビューでこんなことを語っていました。加東さんの人柄がとてもよく出ています。
考えてみると、加東大介という役者は、大変幸運な男だと思います。ほんとうです。そりゃあ、人間実力次第ということも、ほんとうには違いないけれど、やっぱり運、不運ということはありますよ。そう思いませんか。たとえば、私の尊敬する三井弘次さんをごらんなさい。彼、今年になってあちこちから演技賞を取ったりして、なにか一躍脚光を浴びたかたちだけど、なにも彼が急にうまくなったわけじゃない。彼の演技力というものは、以前からそれこそ折紙つきだといっていい。それが昨年度の演技賞を貰ったということは、たまたま昨年ベスト・テン級の作品に出演したからなんだ。「気違い部落」とか「どん底」とかね。作品がよければ、役者もはえます。今までが、恵まれなさすぎたんです。私なんぞより、当然早く賞を貰っていい方です。

そんな三井さんのインタビューもいい話が多いです。何よりも傍役の地位が上がってきたことをいちばん喜んでいます。
さて、三井さんのインタビューでは当然小津の話が出てきます。
これ(=与太者シリーズ)をやっているうちに、小津先生に認められて、「非常線の女」という映画に出ることになりました。やっぱり中学生の不良の役で、与太者の一種です。しかし、何といっても小津先生についたということは、ぼくにとってたいへんなことでした。第二の人生が拓けたといってもいいくらいです。ずいぶんといろんなことを学びましたし、仕事をやりながら考えさせられる。以来、小津作品には何度も出たし、ずいぶん御世話になりましたが、一貫して小津先生の仕事ぶりは変りませんね。サイレントの頃からセリフを云わせられましたし、細かく芝居の型をつける。そうとう厳しい演出だったけど、こっちが納得できないようなことは云わないし、一概に「口やかましい監督さんだ」ときめつけてしまったら何も得られない。厳しさにこだわったら駄目なんでmこっちが無心に勉強しようと思えば、いくらでも学ぶところのある人です。その頃、先生はさかんにこんなことを云っていました。「十あるものを十までやってはいけない。七つまでやって、あとは次のシーンにのこしておけ」。当時はどういう意味なのかよく解らなかったけれど、最近やっと自分なりに理解できるようになった。おそらく、うまくやろうとしてはいけない、力んで芝居をしてはいけない、ということなんでしょう。考えて噛みしめると、非常に含蓄のある教えである。

そういえば、つい先日、小津の『風の中の牝鶏』(昭和23年)を久しぶりに観返したら、配役で三井弘次が「男A」という役で出演していることがわかりました。どこに出ているんだろうと思っていたら、いかがわしい宿の常連客の一人として麻雀をしてました。こういう役ぴったりですね。
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というわけで加東大介に続いて三井弘次に関する貴重なインタビュー記事が手に入りました。この二人、もっともっと語られていてもいいような気がするのに、ちゃんとした「研究」本はひとつもありません。
だれか『三井弘次と加東大介』というタイトルで本を出してくれないでしょうか。もちろん写真満載で。
たとえば『ここに泉あり』の最も感動的なシーンでのこんな写真なんかがあるといいですね。”傍”にいる二人がとてもいい表情をしています。
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by hinaseno | 2015-07-07 14:31 | 映画 | Comments(0)

「加東大介と役者気質」


先日紹介した『キネマ旬報』の1958(昭和33)年5月下旬号に掲載された加東大介のインタビュー記事を全部読んでみたいとの希望がありましたので、4ページ分のスキャン画像を貼っておきます。
ところで『キネマ旬報』は同じ1958年のものを他に2冊持っていて「今日の傍役」では第3回が望月優子、第7回が志村喬でした。志村喬なんて黒澤明の映画でいくつも主演しているのにちょっとびっくりですね。ちなみに武蔵小山が特集された「新・盛り場風土記」は鎌倉と伊勢です。
というわけで、「今日の傍役4 加東大介」を貼っておきます。タイトルは「加東大介と役者気質」。
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by hinaseno | 2015-07-01 09:32 | 映画 | Comments(1)

加東大介のこと


久しぶりに映画の話。
今、最も気になっているのが加東大介という俳優です。先日、ネットでようやく見ることができた成瀬巳喜男の『おかあさん』と『秋立ちぬ』(今は削除されていますね)、さらに今井正の『ここに泉あり』に出ていたことが大きいでしょうね。特に『おかあさん』は加東大介にしてはとても好感の持てる役柄。
加東大介を意識するようになったのはやはり小津の『早春』ですが、同じく小津の『秋刀魚の味』も含めて第一印象はなんとなく疎ましい役柄。でも、何度も何度も見ているうちにその演技の素晴らしさに気がついていって、すっかりその魅力にはまってしまいました。考えてみると『早春』は出演している人がすべて愛すべき存在になっていて、脇役でも最初が高橋貞二、次が三井弘次、そして今は加東大介。

そんなある日、いつものようにちょっとした偶然が起こります。
先日初めて見た『森崎書店の日々』という映画にちらっと映った本がこのブログでも紹介した旺文社文庫版の梶井基次郎『檸檬・ある心の風景』。主人公の菊池亜希子が読んでいた本です。その本のことが気になって古本屋に行って旺文社文庫が並んでいる棚を眺めていたら、まさにその梶井基次郎『檸檬・ある心の風景』の隣にこれがありました。
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加東大介が戦地での体験を記した『南の島に雪が降る』という本。こんな本を書いていたなんて全く知りませんでした。「人生とは、何かを計画しているときに起きてしまう別の出来事のこと」(by 星野道夫)ですね。後で調べたらこの『南の島に雪が降る』は今年になってちくま文庫、さらには光文社の知恵の森文庫から復刊されているのがわかりました。

これを読んで加東大介という俳優についてもう少し調べてみたくなったのですが、残念ながら加東大介が書いた本はどうやらこれだけ。加東大介について書かれた本もなさそうです。
でも、川本三郎さんの本を読んでいたら『キネマ旬報』の1958(昭和33)年5月下旬号に加東大介のインタビュー記事が載っていることがわかり、再び同じ古書店に行ったら、幸運なことにそれがありました。こういうのっていい形でつながっていくから不思議です(この『キネマ旬報』にはもう一つ面白いつながりがあったのですが、それはまた明日にでも)。
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加東大介の特集は「今日の傍役」というシリーズの4回目。
1958(昭和33)年といえば小津の『早春』に出て2年後のことなので『早春』や小津の話が語られていることを期待しましたが、残念ながらありませんでした(なぜだろう?)。
でも成瀬巳喜男に関する話はたっぷりとありました。一番よかったのはこの話でしょうか。終戦後、映画の役者になって東京に行ったものの、時代劇の役しかもらえない状態が続きます。こんなのでやっていけるんだろうかと思っていたときに成瀬から声がかかります。
そんなことをしているうちに、成瀬巳喜男さんから『おかあさん』のクリーニング屋の役に口がかかりました。以前、成瀬さんは前進座と『我等の仲間』というのを撮る予定だったことがあったのです。ところがそれがルンペンの話で、内務省から「そんなものは危険だ、いかん」という鶴の一声があり、クランクの初日にしてストップしてしまった。その時、私のことを覚えていてくれたのです。会社はウンとは言わなかったらしいのですが、成瀬さんが「同じ下町の人間なのだから、彼ならでる」とくどいてくれたという。電話でその話を聞いたときには、思わず電話口で泣きましたね。涙がボロボロ出やがった。牛ちゃんが『先代萩』の舞台を見て泣いたときのように、まったくの男泣きというやつ。よく判る?どうもありがとう。
これが大変好評だった。それと『決闘鍵屋の辻』とで、賞をいただきました。さあ、それからは現代劇の話がドンドン来る。まったく不思議なもんです。

このあと三井弘次の話もちょっと出てきます。「私の尊敬する三井弘次さん」という言葉で始まっているように、加東大介が三井弘次を俳優としていかに尊敬していたかがよくわかります。加東大介と三井弘次は『早春』でもいいコンビを組んでいますが、その前年の『ここに泉あり』でも抜群のコンビネーションが見られます。酒に酔っ払ったこのあたりのシーンはほとんど『早春』と同じ。
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さて、もう少し成瀬の話。
私は監督運というのがまたよかった。成瀬さんには、前にお話ししたようなわけで、以後の作品にはかならず出させていただいている。こんどの『鰯雲』にしても、主演の淡島さんと並んで決まったのは、チョイ役の私なんです。役者冥利につきるというやつですよ。

この成瀬の『鰯雲』は川本三郎さんも『成瀬巳喜男 映画の面影』で絶賛されていて、今、いちばん見てみた成瀬の映画です。だれかアップしてくれないでしょうか。でも、その前に5/7までしか見れなかった『おかあさん』を全部見てみたい。
これは『おかあさん』の一場面。手前は香川京子さん。めちゃくちゃかわいいですね。
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by hinaseno | 2015-06-28 14:59 | 映画 | Comments(1)

先日、日本映画専門チャンネルで放送された『森崎書店の日々』という映画を見ました。 古書店で働くようになった女の子の物語。 この映画のことは、いろんなところでちらちらと目にしていたので気になってはいましたがようやく。川本三郎さんの『そして、人生はつづく』でも触れられていますね。

菊池亜希子さん演じる主人公の女性が働くようになったのは神田の神保町にある古書店。神田の神保町の古書街のことは知らないはずはありませんが、実はそこが千代田区であること、そして御茶ノ水から近いことは、木山捷平の「御茶の水」を読みながら、いろいろと周辺の地図を見ていて初めて知りました。
それから「神保町」を「じんぼうちょう」と読むことも映画を見て初めて知りました。これまでずっと「しんぽちょう」と読んでいて、つい先日も「神保町」とブログに書いたときには「しんぽちょう」と入力していました。
そういえば木山さんが初めて野長瀬正夫に出会った場所も神田の今川小路でした。ガード下にある飲屋街なんですね。ネットで写真を見たら結構ディープな感じ。

ところで、映画ではいくつも、おっと思わせるようなシーンが出てきました。
まずは、菊池さんが初めて古書店で働くようになった日の夜のシーン。彼女が住み込みで働くようになった古書店のある場所のすぐ近くに立っている電柱にはかなり目立つように三省堂書店の文字。三省堂書店が協賛していたのかもしれないけど。
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それから川本三郎さんがびっくりしたと書かれていたのはこのシーン。菊池さんが手に取って読んでいた本のページをアップでとらえた場面。
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彼女が読んでいたのは、旺文社文庫版の梶井基次郎『檸檬・ある心の風景』。この中に収録された「ある心の風景」の赤線でひかれた「視ること、それはもうなにかなのだ。...」という部分をタイトルにした柏倉康夫『評伝梶井基次郎 視ること、それはもうなにかなのだ』を読んだばかりのときに映画を見られたようです。まあ、びっくりしますね。

僕がびっくりしたのは何といってもこのシーンでした。
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積み上げられた本の一番上にあるのは、三茶書房の『昔日の客』(関口良雄著)。こういうのは原作に書かれているんでしょうか。
何度も書いていますが、この映画と同じ年に夏葉社から復刻された『昔日の客』は運命の一冊でした。

で、この『昔日の客』つながりで、野呂邦暢の本がいくつか出てきます。いずれも録画していたものをストップモーションしてわかったこと。
まずは、菊池さんが初めて値付けをした本。映画を見てたら、この本が何なのか結構気になります。ようやくわかったのが棚に入れるこのシーン。
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本のタイトルは『愛についてのデッサン』。筆者は野呂邦暢。

さらに、一人の客がその本を手に取って、本を買うかどうか悩むシーンがあります。そのときに店番をしている菊池さんが読んでいた本のページがアップで写ります。
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文章のタイトルは「山王書房店主」。山王書房の店主はいうまでもなく『昔日の客』の筆者である関口良雄さん。そしてその『昔日の客』にも触れた「山王書房店主」という随筆を書いたのは野呂邦暢。どうやらそれが収められた『小さな町にて』を彼女は読んでいたようです。こういうのって、かなりマニアック。
ちなみに野呂邦暢の『小さな町にて』は、「小さな町」好きである僕のような人間にとってはぜひ手に入れたいものなのですが、ものすごく高価なので...。

最近、『小さな町にて』というタイトルで野呂邦暢の随筆コレクションが出ています。編者は岡崎武志さん。
岡崎武志さんといえば、映画の最後のエンドロールで出演者のところに岡崎武志さんの名前が出て来てびっくり。どうやら喫茶店のシーンで主演の内藤剛志さんとカウンターで珈琲を一緒に飲んでいるのが岡崎武志さんのようです。

そういえば八木沢里志さんの原作は第3回のちよだ文学賞の大賞を受賞されたとのこと。
ちよだ文学賞といえば、前回2014年の大賞の受賞者は阿部安治(やすはる)さん。
阿部安治さんは、実はこのブログでもなんども書いてきた内田樹先生と平川克美さんと石川茂樹さんの古くからの共通の友人。確かアゲインの石川さんとは大学の同級生だったはず。
阿部さんは今、平川さんの隣町珈琲で「路地裏の文学史」という講義をされています。
いろんなつながりがあって面白いですね。
阿部安治さんの受賞作である「俎橋からずっと」も神田を舞台にした小説とのこと。いつか読んでみたいとは思いつつ、まだ手に入っていません。

というわけで、関口良雄さんの息子さんである関口直人さんがアゲインにやってきて、その関口さんから電話をいただいた僕にとっては忘れられない日の、石川さんと関口直人さんのツーショットの写真を久しぶりに貼っておきます。石川さんに送っていただいたこの写真は『昔日の客』の中に大切にはさんでいます。
お二人ともお元気でしょうか。
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by hinaseno | 2015-05-13 12:04 | 映画 | Comments(0)

『秋立ちぬ』


つながるときにはつながるもの、
なんてつい先日書いたような気もしますが、そんな話から。
昨日、YouTubeに成瀬巳喜男の『おかあさん』がアップされているのに気がついて、狂喜乱舞してその7つに分割されたものの1つめを見ていて、で、それが終了して、次の映像が再生され始めて、当然『あかあさん』の2つめの映像だと思ったら、別の映画が始まって、何だろうと思ったらこの画面が出てきて腰を抜かしてしまいました。
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成瀬巳喜男の『秋立ちぬ』
この映画のことを知って以来、僕にとっては運命の一作といえる存在になっていながらも、見る機会を持てないでいた作品。このブログでも『秋立ちぬ』のことは何度も語ってきました。それがようやく。アップされたのは先月のようです。
YouTubeで『秋立ちぬ』のチェックは頻繁にしていて、つい先日もしたばかり。どうやら英語でAki Tachinuと表記されていたのでひっかからなかった、あるいは気づかなかったようです。

それにしても心の準備もない中で、ソファーに寝ころんで『おかあさん』の世界に入り込んでいたので、本当にびっくり。『おかあさん』が見れた喜びもぶっとんでしまいました。
YouTubeはいつからか一つの画像が終ったら勝手に次の画像が始まって、しかもそれがなんのつながりもないものだったりして、結構鬱陶しく思っていましたが、まさかこんな出会い方をするとは思ってもみませんでした。
『秋立ちぬ』や『おかあさん』以外にも、見たかった成瀬の作品が先月くらいにいくつもアップされているようで、ゴールデン・ウィークはこれらの映画を見続ける日々が続きそうです。とりわけ見たかったのは『愉しき哉人生』と『限りなき舗道』。
ただ、『秋立ちぬ』を見た後に『おかあさん』を見たら6/7と7/7の画像がアップされていないのに気づいてがっくり。そこには香川京子さんの素敵な花嫁姿が映っているはずなのに。

それにしても『秋立ちぬ』はタイトルからして運命的なものを感じずにはいられないですね。僕が大瀧詠一という名前と初めて出会った「風立ちぬ」と「秋」が合わさっているわけですから。
大瀧さんも『秋立ちぬ』にいくつもの運命的なものを感じてその研究をし、それを研究したがゆえに、大瀧さんと川本三郎さんが出会うという、僕にとっては奇跡のようなことが起こったわけですから。
『秋立ちぬ』のことは、また改めて書くことにします。

「また改めて」といえば昨日、野長瀬正夫という人のことに少し触れて「また改めて」と書きましたが、『秋立ちぬ』を見ていたら監督助手のところに「野長瀬三魔地」という名前があってちょっとびっくり。
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野長瀬という名字はかなりめずらしいはずなので、もしかしたら何か関係があるのかと思いましたが、どうやらつながりはなさそう。野長瀬正夫は奈良出身の詩人。で、野長瀬三魔地は京都出身。黒澤明監督のいくつかの映画のチーフ助監督や、あの『ウルトラマン』シリーズの監督をしてる人なんですね。そんな人が『秋立ちぬ』の監督助手をしていたとは。
野長瀬氏というのは日本の氏族の一つとしてウィキペディアにも載っているので、きっと血のつながりはあるんでしょうね。

というわけで「秋」そして「野長瀬」という名前もつながったことなので、野長瀬正夫の話をしておこうと思います。ずっと続けている木山さんの北海道旅行の話をしていたのに、相変わらず行き当たりばったりです。
村上春樹が『サラダ好きのライオン』(もともとは雑誌『an・an』)で紹介した「秋」という詩に登場する「友達」が野長瀬正夫であるという話。
ここにはもう少し「秋」につながる話が含まれています。

そういえば『秋立ちぬ』は、秋の始まりを示すタイトルとは違い、2度と取り戻すことの出来ない少年の夏の終わりを描いた何とも切ない物語。夏の終わりのボーイズライフを描いた映画は大好きです。少年にとって夏の終わりと秋の始まりは全く違うんですね。
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by hinaseno | 2015-04-26 11:52 | 映画 | Comments(0)