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by hinaseno
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カテゴリ:音楽( 374 )



15. 「櫻の園」

大村雅朗が亡くなった2年後の1999年12月18日発売されたアルバム『永遠の少女』に収録された曲。編曲は大村雅朗ではなく石川鉄男。

『永遠の少女』は『Citron』以後、松田聖子さんのプロジェクトから離れていた松本隆さんが11年ぶりに作詞を手がけることになった作品。それを引き受けた際、松本さんはプロデューサーの若松さんに一つ条件を出します。松本さんが大村雅朗から生前に預かっていた一つの曲を世に出すということ。それがのちに「櫻の園」と題された作品でした。『作編曲家 大村雅朗の軌跡 1951-1997』の冒頭に収められた松本隆さんのインタビューでも、この「櫻の園」に関する話が長く語られています。初めて聞く話もあって、正直涙なくしては読めません。詳しくは本を読んでください。


僕が聖子さんのアルバムを買ったのはやはり『Citron』まで。『永遠の少女』で松本さんが復帰されることは知っていましたが、すぐには買いませんでした。買ったのは何かで「櫻の園」のエピソードを知ってから。大村雅朗さんが亡くなられていたことを知ったのもそのとき。あまりにも若い死だったので本当に驚いてしまいました。


松本さんのインタビューによると、松田聖子さんにはそれが大村さんが書いた曲だということはずっと知らされていなかったようです。歌入れを始めて2回くらい通して歌ったときに彼女は気づいたんですね。そのメロディが大村雅朗に書かれたものであることを。

彼女は激しく泣き始めて歌うことができなくなります。そこで松本さんが彼女に事情を説明して、彼女の気持ちが落ち着くまで散歩でもするようにと伝えます。そして改めて録音。


この作品にも『ロングバケーション』と同じように透明な哀しみが溢れているんですね。

特に最後のこのフレーズは何度聴いても胸が詰まります。


木の下で振り向くあなたの影
さようならって手を振っていた


僕はつねづね音楽は、その背景にあった出来事で色をつけるべきではなく、あくまで音楽のみで語られるべきだと考えているのですが、でも、いつか紅白でこの曲を歌ってもらえたらと思い続けています。今年はいいタイミングなのかもしれません。


ところで先日紹介した「Sleeping Beauty」のラジオ番組でのライブ録音があまりにも素晴らしかったので、ちょっとその音源について調べました。もしかしたらピアノを弾いているのが大村雅朗さんではないかと思って。

で、調べていたら、歌の前のMCの部分を収録した音源がYouTubeにアップされていました。




ピアノを弾いていたのは大村さんではありませんでした。ちなみにこの音源は松田聖子さんがパーソナリティを務めていた「愛にくちづけ」の最終回の放送の時のもののようです。放送されたのは1985年3月31。

それにしてもこのときの松田聖子さんの歌は本素晴らしいすぎますね。「Sleeping Beauty」も死ぬほど好きになってしまいました。今年の夏はこの1曲です。


というわけで「櫻の園」の「木の下で振り向くあなたの影 さようならって手を振っていた」という言葉でCDが終わるのは少しさびしいものがあったので、改めてこのライブ音源の「Sleeping Beauty」をボーナストラックとして最後に収録したものを作りました。

「Sleeping Beauty」の最後の言葉はこうなっています。こっちのほうがいいですね。


眩しい光の中
あなたが立っているわ
微笑いながら
腕を差しのべてくれる


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by hinaseno | 2017-07-27 12:35 | 音楽 | Comments(0)

11. 「マンハッタンでブレックファスト」

1984年12月8日発売のアルバム『Windy Shadow』に収録された曲。前作『Canary』の「BITTER SWEET LOLLIPOPS」と同じくA面1曲目。著名アーティストに曲を依頼して、出揃った曲をみたらA面1曲目タイプの曲がなかったので大村さんにということになったんでしょうか。

ところでこの『Windy Shadow』は何といってもA面3曲目と5曲目に収録された佐野元春作曲の2曲が目玉ですね。アレンジはいずれも大村雅朗。そのアレンジが聴きものなんですね。いずれも佐野さんの「サムデイ」を強く意識したアレンジになっていますが、「サムデイ」はスペクター・サウンドや大瀧さんのナイアガラ・サウンドの影響を強く受けているので、大村さんのサウンドを聴くと(スペクターサウンド経由の)ナイアガラ・サウンドも意識していることがうかがえます。

ナイアガラ・サウンドといえば『Windy Shadow』のB面に収録されたNOBODY作曲の「MAUI」も、初めて聴いた時思わず、もしかして大瀧さん? と思ったくらいエコーたっぷりのナイアガラサウンドになっています。


12. 「Caribbean Wind」

1985年4月13日公開の映画『カリブ・愛のシンフォニー』の主題歌。1985年5月3日発売のサウンドトラックに収録。『カリブ・愛のシンフォニー』は、松田聖子さんがのちに結婚することとなる神田正輝さんと共演した映画ですね。映画は見ていません。サウンドトラックも買わなかったので、大村雅朗作曲のこんな曲があったことは本のリストを見て知りました。

でも、曲は聴いたことがありました。どこで聴いたんだろう。とてもいい曲ですが大村雅朗のバラードとしては普通。


13. 「雪のファンタジー」

松田聖子さんは神田正輝さんと結婚して妊娠出産としばらく活動休止になるんですが、その1986年に発売された唯一のオリジナルアルバム『SUPREME』で、デビューアルバム以来ずっと松田聖子のアルバムに関わっていた大村雅朗がはじめて参加していないんですね。その代わりにアレンジャーとして活躍していたのが『NAIAGARA SONGBOOK』のアレンジなど、大瀧さんが自分の作った曲のアレンジを任せていた井上鑑さん。

で、翌1987年に発表された大村雅朗作・編曲の曲が「雪のファンタジー」。ただしこれは新曲ではなく、前に紹介した通り1982年12月5日発売のアルバム『金色のリボン』に収録された「星のファンタジー」の詞を変えたもの。1987年公開の松本隆監督の映画『微熱少年』の挿入歌として使われて、1987年4月22日発売の『微熱少年 MOVIE SONGS』に収録。同年11月に発売された松田聖子のベスト・アルバム『Snow Garden』にも収録されました。ウィキペディアを見ると「星のファンタジー」とは別アレンジバージョンとなっていますが、たぶん同じオケのはず。

今回このCDを作って何度も聴き比べてみましたが、松田聖子さんのボーカルスタイルがかなり違っていることに驚いてしまいました。「星のファンタジー」の方は情感たっぷりに歌っている一方で、「雪のファンタジー」はさらりと歌っている感じ。でも、格段に歌が上手くなっていますね。とは言っても、こう言ってはあれですが、この頃がピーク、かな。

どちらが好きかといえば「雪のファンタジー」の方です。


14. 「妖しいニュアンス」

1987年5月16日発売のアルバム『Strawberry Time』の4曲目に収録。このアルバムは買ったけど、すぐに手放してしまったのであまり聴いていません。この曲の前の3曲目に小室哲哉が曲を書いた「Kimono Beat」というのが入っていて(アレンジは大村雅朗)、だんだん音楽の主流が僕の好みではない方向に進んで行っていた頃でした。


さて、僕が作ったCDの曲紹介も残り1曲だけ。ちょっと詳しい人であれば、それが何の曲かわかりますね。


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by hinaseno | 2017-07-26 14:52 | 音楽 | Comments(0)

8. 「BITTER SWEET LOLLIPOPS」

1983年12月10日発売のアルバム『Canary』のA面1曲目に収録。いかにもA面1曲目らしいアップテンポでキャッチーな曲。ただ、この頃から僕の松田聖子熱は少し冷めかけていて、この『Canary』は、というかこの『Canary』あたりから聴く回数ががくっと落ちました。

2曲目に松田聖子が初めて作曲した曲「Canary」が収録されていて、なかなかいい曲でびっくりした覚えがありますが、『作編曲家 大村雅朗の軌跡 1951-1997』の松本隆さんのインタビューによると、松本さんこんなことを語っていました。


表題曲の「Canary」は聖子さんの作曲だけど、あれは大村くんの貢献が大きいんです。

ちょっと内情暴露的な話ですね。編曲をした大村さんが曲に関してもかなり手を入れたんでしょうね。大村さん、聖子さんに限らず、メロディが気に入らないと、作曲家の人に直してって言ってたようです。直した人もいれば絶対に直さない人もいたようですが。


9. 「AQUARIUS」

1984年6月10日発売のアルバム『Tinker Bell』のB面1曲目に収録されたアップテンポの曲。このアルバムは童話やSFから題材をとった詞(作詞は全て松本隆さん)がずらっと並んでいます。「AQUARIUS」の歌詞に出てくる「ワープ」とか「年季もののロボット」とかは「宇宙戦艦ヤマト」からきてるんでしょうか。


10. 「Sleeping Beauty」

同じく『Tinker Bell』のB面ラストに収録された曲。これが本当に素晴らしいバラード。個人的には「真冬の恋人たち」「セイシェルの夕陽」とならぶ大村雅朗の最高の1曲です。このアルバムではこの曲ばかり聴いていました。「Sleeping Beauty」とはもちろん「眠れる森の美女」。でも原作とはほとんど関係なく、詞はまさにあの「真冬の恋人たち」の2人が主人公になっているという感じ。ただし夏のアルバムなので舞台は海辺。時間は真昼どきでしょうか。今読むと照れ臭くなってしまうようなロマンチックな歌詞。こんな詞をかける松本さん(当時45歳)には感心します。

もちろん松本さんにこんな詞を書かせたのはやはり大村さんの曲ですね。曲もアレンジも本当にロマンチック。イントロで1分近くクラシカルなピアノの前奏が印象的です。

今回出た本がかなり売れているみたいなので、今後、大村雅朗作品集のようなものが発売される可能性が高くなってきましたが、個人的には彼が作編曲した曲のカラオケ集を出してもらいたいと思っています。特にバラード。この曲は絶対に入れてほしいです。

ところで、この「Sleeping Beauty」についてずっと思っていることがありました。「真冬の恋人たち」の続編的な詞ということで、実はこの曲にも男性が声をかける部分があるんですね。

「眠ってるの?」と。

このパートは結局聖子さん自身が歌っているんですが、ここを「真冬の恋人たち」と同様に杉真理さんが歌っていればどれだけ素敵だっただろう。


ライブ音源ですが「Sleeping Beauty」を貼っておきます。ピアノの伴奏だけで歌っているけど、素晴らしいです。この頃の聖子さんの歌の上手さは奇跡的というほかありません。




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by hinaseno | 2017-07-24 12:15 | 音楽 | Comments(0)

2. 「ジングル・ベルも聞こえない」

3. 「星のファンタジー」

1982年12月5日発売の2枚組のクリスマスの企画アルバム『金色のリボン』の1枚目の『Blue Christmas』に収録。

前作から1ヶ月後の発売で、しかも2枚組ボックスということで値段が結構高かったかな。かなり痛かった気がします。これがそのボックス。シミだらけです。

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この『金色のリボン』は企画ものとはいえ貴重な音源が多いんですね。「ジングル・ベルも聞こえない」はシャッフル・ビートの素敵な曲。『Blue Christmas』に収録された曲の中では一番好きかな。

「星のファンタジー」はいかにも大村雅朗らしいバラード。のちに同じオケで詞を変えて「雪のファンタジー」と題されて発表されます。


4. 「セイシェルの夕陽」

1983年6月1日に発売されたオリジナル・アルバム「ユートピア」のA面3曲目に収録。大村雅朗が書いた屈指の名曲です。曲も抜群ですが、アレンジも最高なんですね。海辺の夕暮れの風景を感じさせるサウンドは見事というほかありません。大村さんが書いた曲ではないけど『Pineapple』の最後に収録された「SUNSET BEACH」や『Silhouette シルエット』に収録された「ナイーブ 傷つきやすい午後」もやはり海辺の夕暮れの風景を感じさせるサウンド。本当に素晴らしいアレンジです。

大村さんが書いた曲はすべて曲先でアレンジもきっちりと仕上げた状態で松本隆さんに渡したそうですが、松本さんは大村さんが音で表現した風景をただそのままに言葉に置き換えたという感じ。詞も最高です。


『作編曲家 大村雅朗の軌跡 1951-1997』に収録された松田聖子さんのインタビューで、大村さんが編曲した曲の中で一番好きな曲はという問いに、こう答えています。


どの曲も素晴らしく、それぞれの曲に思い出がありますが、私の一番好きな曲は「セイシェルの夕陽」です。メロディが美しく、アレンジが切なく繊細で、歌うたびにセイシェルの夕陽が心に浮かんできて胸がいっぱいになります。

ということで、聖子さんはライブでも「セイシェルの夕陽」をずっと歌い続けているんですね。


5. 「パシフィック」

1983年7月2日に公開された松田聖子主演の映画『プルメリアの伝説』の挿入歌。公開と同時に発売されたサウンドトラックに収録。海辺を舞台にした映画だったので、やはり海をテーマにしたバラード。

この映画の頃の松田聖子さんは本当に可愛くって、映画は2度も見に行きました。で、レコードももちろん購入。でもかなり前に手放してしまいました。「パシフィック」が大村雅朗さんの曲だったというのは『作編曲家 大村雅朗の軌跡 1951-1997』の巻末のリストを見て思い出しました。

ちなみに『プルメリアの伝説』の聖子さんの相手役は中井貴一。『ふぞろいの林檎たち』で知ったばかりでしたが、彼の父親が佐田啓二という俳優で小津安二郎の映画に出ていただなんて当時は知る由もありませんでした。

『プルメリアの伝説』は10年ほど前にBSで放送されたので久しぶりに見ましたが、…、でした。でも確かDVDに落としているので久しぶりに見てみようと思います。「パシフィック」はどのシーンで使われているのか気になるので。


6. 「WITH YOU」

これもリストを見て思い出したもの。1983年11月11日発売のベストアルバム『Seiko・plaza』の付録のシングル盤に収録。

このアルバムは見当たらないのでどうやら手放したようです。「WITH YOU」はかなりお気に入りの曲だったんだけど、すっかり忘れていました。「パシフィック」とともにiTunesでダウンロードして久しぶりに聴いています。

♪他の人の誘い みんな断って一人で待ってるの♪の部分のメロディラインがツボです。大村雅朗はこういうダンサブルでおしゃれな曲を書くのも得意なんですね。

ちょっとネットで調べたら中川翔子さんがブログで絶賛しているとのこと。知る人ぞ知るという、まさに隠れた名曲です。


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by hinaseno | 2017-07-22 12:06 | 音楽 | Comments(0)

大村雅朗作品集として最初に作ったのは(次があるかどうかはわからない)松本隆作詞、大村雅朗作曲で松田聖子が歌った曲を集めたもの。

作詞が松本隆さんではなくて大村雅朗が作曲して松田聖子が歌ったものや、松本隆作詞で大村雅朗作曲だけど歌ったのが松田聖子ではないものは省きました。やはりこの松本隆、大村雅朗、松田聖子というコンビが僕にとって最も思い入れの深いものなので。


収録したのは全部で15曲。大村雅朗が作曲した曲は1曲の例外を除いてすべて彼自身が編曲しています。

収録した曲を発表された年代順に紹介しておきます。


  1. 1. 「真冬の恋人たち」

1982年11月10日発売のアルバム『Candy』のB面の最後に収録。

何から何まで最高に魅力的な曲なのですが、この曲の魅力をさらに引き上げているのが途中で聞かれる男のパートの声。

「可愛いね 君」「ねぇ ひとりきりなの」の部分ですね。これを歌っているのが『ナイアガラ・トライアングルVol.2』のメンバーである杉真理さん。杉真理さんには本当は曲を提供して欲しかったんだけど、でもこの声は奇跡のように魅力的なものでした。


ところで、『作編曲家 大村雅朗の軌跡 1951-1997』を読んでいたら、その部分についてあっと驚くエピソードが書かれていました。それは大村雅朗がアレンジした曲でキーボードを演奏していた山田秀俊のインタビュー。実は山田さんはキーボードを演奏していただけではなくコーラスもやっていたんですね。しかも一人多重コーラス。『Candy』でも大瀧さん作曲の2曲以外のほとんどの曲で山田さんはコーラスをしています。大村さんのお気に入りの声だったみたいです。

山田さんのコーラスでとりわけ素晴らしいのが細野晴臣作曲の「ブルージュの鐘」。ここでは山田さんはまるでビーチ・ボーイズのような綺麗なファルセットの一人多重コーラスをやっているんですね。ちなみにあの「SWEET MEMORIES」でも山田さんの素晴らしい一人多重コーラスを聴くことができます。


で、その山田さんが「真冬の恋人たち」についてこんなことを語っていました。


 僕なんて「真冬の恋人たち」で♪かわいい~ねきーみ♪って歌ったんだけど、出来上がって聴いてみたら杉真理に差し替えられてんの。だから「これどうしたの?」ってスタッフの人に聞いたら「山田さんの声がオジサンくさくていやらしかったから……」って言われて。

声の差し替えをしたのはどうやら大村さんのようですね。

ちなみに「真冬の恋人たち」のクレジットを見るとChorusのところには杉真理と山田秀俊の名が併記されています。

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「可愛いね 君」「ねぇ ひとりきりなの」の部分は杉さんに差し替えたけれど、それ以外のところで聞かれる男性のコーラスはすべて山田秀俊さんの一人多重コーラス。今聞くとちっともおじさんくさくなくてとても爽やかなファルセットなんですが、でも、やっぱりあそこは杉真理さんのエンジェルヴォイスがあってこそです。


ところで本の冒頭の松本隆さんのインタビューでも、やはりこの「真冬の恋人たち」について触れられていました。松本さんも一番のお気に入りのようです。


彼(大村雅朗)はそんなに器用な人じゃなくて、どっちかっていうと朴訥とした曲を作る感じかな。いちばん印象的なのは「真冬の恋人たち」なんだけど、これは名曲。詞もかなりいいのが書けて、とっても好きですね。


彼の曲に詞をつけていると、物語とか場面とかがパーっと浮かんでくる。風景が浮かんでくるのは僕の詞の特色でもあるんだけど、特にそれが喜んで出てくるっていうのかな。「真冬の恋人たち」は自分でも映画を観ているような感じだね。そういうのは得がたい。あと「セイシェルの夕陽」もいい。


ということでその「セイシェルの夕陽」まで紹介するつもりでいましたが、ちょっと時間がないので今日は結局「真冬の恋人たち」1曲だけの紹介になってしまいました。


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by hinaseno | 2017-07-21 12:36 | 音楽 | Comments(0)

『作編曲家 大村雅朗の軌跡 1951-1997』は発売日の翌日に書店で購入。アマゾンに注文しようかと思ったけど、やはり書店で買いたかったので。本が置かれていて(たった1冊あっただけ)ほっとしました。

購入して最初に読んだのは巻頭に収められた松本隆さんのスペシャル・インタビュー。で、次に読んだのが巻末に収められた松田聖子のインタビュー。やはり大村雅朗といえばこの2人です。

他にも渡辺美里、八神純子、大江千里、大沢誉志幸、小室哲哉、辛島美登里といった大村雅朗が編曲者として関わったアーティストや、大村さんのアレンジした楽曲を演奏したミュージシャンのインタビューがずらっと並んでいます。

個人的におっと思ったのは広谷順子さん。

それはさておきもう一人ぜひインタビューしてほしい人がいたのですが、その人の名前はありませんでした。僕が松田聖子の曲を聴いていた時期に、大村雅朗によって編曲された曲を何度も何度も聴いていたアーティスト。

そのアーティストの名は佐野元春。佐野さんのことについてはまた後日ということにします。


『作編曲家 大村雅朗の軌跡 1951-1997』でうれしかったのは巻末に収録された大村雅朗の編曲一覧。松田聖子以外にもよく知っているものもあれば、へえ~、あの曲も大村雅朗がアレンジをしたんだと驚かされたものも多数。吉川晃司が出てきたときにサウンドは佐野さんのパクリだなと思ったけど、その編曲者がまさに佐野さんの初期の曲の編曲をしていた大村雅朗その人だったとは。


リストを見ながらふと思ったのは大村雅朗が編曲者として関わった曲にこれだけの多くのヒット曲がありながら、大村雅朗の作品集がひとつも出ていないんだなということ。まあ日本ではアレンジャーというのは、かなり低く見られているのでアレンジャーの作品集を出すことはめったにないんでしょうけど。でも、大村雅朗のアレンジがあってこそヒットしたと思える曲も少なくないので、なんとも歯がゆい気持ちに。

ってことで、じゃあ、僕が作ってみようかと思ったものの、あまり好みではない作詞家や作曲家の書いた曲を、あまり好みではない歌手が歌ったものを聴くのは正直しんどいので、結局作ったのはこれでした。ジャケットは本の表紙をそのまま使わせていただきました。今、こればっかり聴いています。

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by hinaseno | 2017-07-20 15:01 | 音楽 | Comments(0)

雨が恋しいなんて書いたら久しぶりに雨。梅雨はまだ明けていなかったようです。

なんて書き出しで始めていたのは昨日アップする予定だったもの。でも、昨日はブログのメンテナンスとのことでログインできない状態が延々と続いて、結局アップできませんでした。ということで、今日は昨日アップしようと思っていたものに書き足すことにしたのでかなり長くなります。


ちなみに今日は青空が広がっています。

青空を見る最高のシチュエーションといえば、どこか南の島の海辺の木陰に吊るしたハンモックの上。そこに寝そべって、文庫本(たとえば池澤夏樹の『南の島のティオ』、あるいは『夏の朝の成層圏』)なんかをうとうとしつつ読みながら、日が沈むまで空と海を眺めることができたら最高。音楽はやっぱり歌のない『NIAGARA SONGBOOK』。

南の島といえばカナリア諸島…、いや、セイシェル諸島の方がいいかな。


ところで最近、久しぶりに松田聖子の曲をいろいろと聴いています。

彼女のアルバムで、アルバム全体を通して針を落とす回数が最も多かったのは何かというと、おそらく『Candy』(2番目はたぶん『Pineapple』。『風立ちぬ』はレコード盤に穴が開くくらい聴いたけど、それは大瀧さんがプロデュースしたA面だけ)。

『Candy』が発売されたのは1982年10月21日。もちろん発売日(あるいは発売日の前日)に買いました。

ここにLPの歌詞カードがあります。

こちらがA面。

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で、こちらがB面。

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アルバム全体を通して何度も聴いたのは、大瀧さんの曲がA面とB面にそれぞれ1曲ずつ入っていたからでしょうね。もしこの2曲が片面だけに収録されていたら、そっちだけを重点的に聴くことになったはず。

ただし、改めていうまでもなく、ある時期の松田聖子のアルバムには大瀧さん以外にもたくさんの優れたソングライターが競うように素晴らしい曲を書いていました。『Candy』にも細野晴臣さんが2曲、南佳孝さんが2曲、そしてチューリップの財津和夫さんが3曲提供していました。作詞は全て松本隆さん。当時はあたりまえのように思っていましたが、今から考えると贅沢の極致。

ってことで『Candy』はA面の1曲目から、それぞれの曲の演奏を含めてほぼ完璧に脳内再生することができます。

そういえばこのアルバムは全部で10曲。先ほど並べたアーティストは当時ソロやグループで大活躍していた人たちですが、もう1曲、B面のラストに収録された曲を書いた人はそんな名のある人ではありませんでした。


その人の名は大村雅朗(まさあき)。

『Candy』のラストに彼が提供した曲がこの「真冬の恋人たち」。




この曲がとにかく最高なんですね。死ぬほど好き。『Candy』で一番好きな曲はと問われれば迷うことなくこの曲をあげます。

そして実は大村雅朗はその「真冬の恋人たち」もそうですが、この『Candy』のほとんどの曲のアレンジをしているんですね。正確に言えば、大瀧さんが提供した2曲以外のすべて。大瀧さんの2曲は多羅尾伴内というペンネームを使って大瀧さん自身がアレンジをしていました。

大村雅朗は松田聖子のデビュー曲の「青い珊瑚礁」から彼女の曲のほとんどのアレンジをしていました。僕が松田聖子に惹かれるきっかけとなった「チェリーブラッサム」ですが、そのアレンジもやはり大村雅朗。


後でいろいろと調べてわかったことですが、1981年くらいから84年にかけて、僕は大瀧さんのナイアガラサウンドとともに大村雅朗サウンドを浴びるほどに聴いていたんですね。でも、当時は正直そんなには評価していませんでした。彼のことを意識するようになったのは彼が今からちょうど20年前に46歳という若さで亡くなったということを知ってから。


ただ、「真冬の恋人たち」で彼のことを意識するようになったけれど、松田聖子の新しいレコードが出るたびに期待していたのはやはり大瀧さんが新しい曲を書いてくれないかということでした。でも、結局『Candy』が最後だったけど。

大村雅朗は「真冬の恋人たち」以降、編曲だけでなく作曲も手がけるようになっていました。どうやら作詞家の松本隆さんの要望でもあったようです。『Candy』の次のクリスマスの企画盤『金色のリボン』に2曲、「ジングルベルも聞こえない」「星のファンタジー」。いずれもなかなかの佳曲。ちなみに『金色のリボン』は2枚組のLPでしたが、1枚目の『Blue Christmas』と題されたLPは全曲大村雅朗のアレンジ。つまりこのLPは大村雅朗サウンドによるクリスマスアルバムになっているんですね。


さて、翌年の夏に出た待望のオリジナルアルバム『ユートピア』(1983年6月1日発売)。この中に大村雅朗の最高に素晴らしいバラードの曲が収録されていたんですね。「真冬の恋人たち」に勝るとも劣らない名曲。それが「セイシェルの夕陽」でした。




セイシェルのことはこれで知って、確か写真集も買いました。「セイシェルの夕陽」は今では『ユートピア』の中で一番好きな曲。

ちなみにこれはネットで拾ったセイシェルの夕陽の写真。白い船が岬を回っています。

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で、その年の8月、大村雅朗が作曲した曲がはじめて松田聖子のシングルに採用されます。ただし最初はB面。A面は細野晴臣作曲の「ガラスの林檎」。でも、B面に収録された大村雅朗の曲がテレビのCMに使われて評判を呼んで、のちに両A面の曲として発売されるんですね。

そのB面の曲というのが「SWEET MEMORIES」。この曲が使われたCMというのがこれです。このペンギンがかわいいんですね。




結果的にはこれが大村雅朗の最も有名な曲となったんですが、当時僕はこの曲よりも「真冬の恋人たち」や「セイシェルの夕陽」のほうがはるかに好きだったので「SWEET MEMORIES」が(というか「SWEET MEMORIES」だけが)大村雅朗の代表曲として語られることにはかなり違和感を覚えていたものでした。もちろんすばらしい曲だけど。

ちなみに僕は「SWEET MEMORIES」はこの「Mr. Lonely」を下敷きにしているだろうと思っています。例のジェットストリームのテーマソングですね。




名曲を下敷きにすると名曲ができる、と大瀧さんが語っていましたがまさにその通り。ただし才能がなければ名曲を下敷きにしても名曲にはなりません。ところでさっき調べたら「Mr. Lonely」を下敷きにしているという指摘がネット上にたくさんありました。まあ、途中で同じメロディが出てきたりとかなりわかりやすいけど。


その大村雅朗さんの20年目の命日から数日後の7月7日に『作編曲家 大村雅朗の軌跡 1951-1997』という本が発売されたんですね。発行日は彼の命日6月29日になっています。この本が出るという情報を得てからどれほどこの日を待ちわびたことか。

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by hinaseno | 2017-07-19 13:05 | 音楽 | Comments(0)

古関裕而はタイトルに「福島」とついている曲をいくつか書いています。まずは昭和6年(1931)に発表された「福島行進曲」。作詞は古関裕而と同じ福島出身の野村俊夫。

そのレコードの裏面に収録されたのが「福島夜曲(セレナーデ)」。作詞は福島ではなく、わが岡山出身の、僕にとってはあまりにも身近な存在である竹久夢二。


夢二が詩を書いた「福島夜曲」の話はこのブログで何度か書きましたが改めて。

夢二は早稲田の同窓生である福島出身の助川啓四郎(後に衆議院議員)と親交していた関係で福島に何度も行っていました。昭和4年に福島で夢二展が開催され、それを聞きつけたの当時20歳の古関裕而が会場に出かけます。古関裕而はコロンビアに入社したばかり。

彼が会場で目にしたのが巻紙に描かれた「福島夜曲」と題された詩画。その作品に強く心を打たれた古関裕而はそこに書かれた詩を全てノートに写し、帰宅してすぐに曲作りを始めます。で、出来上がった曲を持って夢二の宿泊先に行き、曲を献上したんですね。


このエピソードを知って「福島夜曲」の話をこのブログに書いたら翌日アゲインの石川さんから超速攻でこの「福島夜曲」の音源を送ってくれたんですね。例のSP講座の古関裕而特集のときのもの。

で、それからしばらくしてある方から『夢二と福島』という本にその絵が載っているというメッセージをいただいて本を手にいれてこの日のブログに貼りました。

ただ、本に掲載された絵は白黒で、しかもとても小さなもの(ブログには拡大して貼りましたがかなり見づらいものになっています)。さらにこの絵が現存しているのか、現存しているのであればどこにあるかなどは書かれていませんでした。

というわけでそれ以降も夢二の画集が目に入れば手にとってパラパラとめくって、この「福島夜曲」の絵を探す日々が続いていました。


そんなある日、って実はつい先日なんですが、思わぬところでこの絵がカラーで収録された画集に出会ったんですね。

それは毎月、夢二関係のお菓子を買いに行っている店。行くと必ずお茶とお菓子を出してもらえるんですが、先日、テーブルに座ったら目の前に1冊の本が飾られていました。見ると夢二の画集。15年ほど前に開かれた展覧会用に作られたものでした。どこかで目にしたかもしれないなと思いながらペラペラとめくっていたらなんと「福島夜曲」の絵が。しかも絵の下の解説には古関裕而のことも。

びっくりして店の人にその本のことを聞いたら、少し前に店のお客さんがお店に置いてくださいと持ってこられとのこと。もちろん売り物ではありませんでした。

タイトルは『漂白する心 竹久夢二 追想展』。市販されているものではなく、しかもちょっと古いものなのでしたが運良く見つけられてゲットしました。

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これがそのページ。

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『夢二と福島』に掲載されたものとはこんなにサイズが違います。

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比べてみて驚いたのは『夢二と福島』の2枚目に掲載されたものは実は上下逆さまになっていたんですね。何の絵が描かれていたかわからなかったはず。小川に架かる橋の絵だったとは。


ところで『漂白する心 竹久夢二 追想展』には「福島夜曲」の絵が収蔵されている場所も書かれていました。

竹久夢二伊香保記念館。

群馬県でしたね。ちょっと行くのは大変そう。でもきっといつか見る機会があるはず。その会場に古関裕而の曲が流れていれば言うことはありません。そのとき”あの”古関裕而の曲だと思う人がはたしてどれだけいるんでしょうか。



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by hinaseno | 2017-06-23 12:29 | 音楽 | Comments(0)

今、少しずつ読んでいるのが川本三郎さんの新刊『「男はつらいよ」を旅する』。川本さん、北は北海道から南は沖縄まで日本全国、「男はつらいよ」のロケ地を訪ね歩いたんですね。岡山にもやってきて勝山をはじめいろんなロケ地に行っています。ロケ地ではないけどいつも(つい先日も)貴重なものをたくさん送っていただいている清音読書会のNさんがお住いの清音(きよね)も出てきます。そらからもちろんYさんがお住いの兵庫県のたつの市も。


そういえば大瀧さんが成瀬の映画のロケ地を確認するために、突然、家を訪ねたりする場合のやり方として、平川さんから「下から出て行くんですか? でも、相手にとっては”あの”大瀧詠一ですよね」と言われて大瀧さんは困っていましたが、川本さんはいきなり見知らぬ家を訪ねても「寅さんのことで」と口に出した途端、相手の人はほぼすべて嬉しそうな顔になっていろんな話をしてくれたようです。やっぱり寅さんはすごいですね。


さて、その川本さんの『「男はつらいよ」を旅する』を昨夜読んでいたら、かつて福島県を走っていた日本硫黄沼尻鉄道という軽便鉄道の話が出てきました。これは『日本の軽便鉄道』に載っている写真。

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なんともかわいらしいですね。色も愛らしい。川本さんが書いているようにまさに「玩具」のよう。

で、この軽便鉄道についてこんな話が。


「磐梯山の麓を走る高原列車でもあった。岡本太郎が歌ってヒットした〽︎汽車の窓からハンケチ振れば……の「高原列車は行く」(昭和29年)はこの鉄道をモデルにしている」

川本さんは書かれていませんが、この「高原列車は行く」の作曲者が福島出身の古関裕而。作詞者の丘灯至夫も福島の人。どうやら曲先だったようです。

「高原列車は行く」は古関裕而の数ある曲の中で一番好きな曲。大瀧さん作詞作曲の布谷文夫の「深南部牛追唄」にもこの曲の歌詞が一部引用されています。

この日本硫黄沼尻鉄道の軽便鉄道は昭和30年公開の映画『続 警察日記』に出てくるようで、こんなシーンが映るそうです。


「牛が線路に入ってしまうと、どくまで待っている。のんびりしている」

この日のブログで「深南部牛追唄」の歌詞がどんなふうにして作られていったかを書いていますが、たまたま適当に歌詞に取り入れた曲のもとになっている鉄道で”牛追い”をやっていたとは。

映画、見てみたいですね。


ということで「高原列車は行く」を貼っておきます。当時の修学旅行の愛唱歌NO. 1だったそうです。




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by hinaseno | 2017-06-22 14:39 | 音楽 | Comments(0)

暇を見つけて(見つけなくても)、大瀧さんが出演したラジオ番組をいろいろと聞いていました。改めていうまでもなく聞くたびに新たな発見があります。

一番よく聞いたのは成瀬巳喜男の映画研究のことが語られた「大瀧詠一的2009」(収録はたぶん2009年12月)。内容は多岐にわたっていて聞きどころ満載。大瀧さんの名言、至言も随所に出てきますが、この年の放送で最も衝撃を受けたのはなんといっても古関裕而の(「ひるのいこいのテーマ」曲の)話でした。

この放送で古関裕而という作曲家のことを初めて知り、自分の中で古関裕而という存在が大きくなり始めていたときに起こったのが東日本大震災と福島での原発事故。福島は古関裕而の故郷。

「大瀧詠一的2009」の中での大瀧さんの予言めいた言葉に畏れすら抱いたものでした。これについては以前書きましたね。


「大瀧詠一的2009」を何度か聞いたあと、今度は大瀧さんが成瀬研究を始めた2007年あたりからの新春放談を聞いていたら、2008年1月6日放送(収録はたぶん2007年の12月)の新春放談で、『ナイアガラ・カレンダー』の30周年記念盤について達郎さんといろいろと話していたときに古関裕而の話が出てきてびっくり。「五月雨」の弦アレンジを聞いていたときに古関裕而の「ひるのいこいのテーマ」に通じるものを感じたと。

「大瀧詠一的2009」を収録した2年も前から大瀧さんの中で古関裕而の「ひるのいこいのテーマ」が重要な位置を占めるようになっていたようです。


で、次に聞いたのは1995年の夏に放送された「日本ポップス伝」。その第一回目に古関裕而の曲が4曲続けてかかっています。いずれも超有名なマーチばかり。

1曲目は早稲田大学応援歌「紺碧の空」。この曲がきっかけで古関裕而の元に依頼が殺到。野球を中心とした応援歌をいっぱい作るんですね。で、かかるのが「六甲おろし」という俗称で有名な「阪神タイガースの歌」(もともとは「大阪タイガースの歌」)。次が阪神のライバルチームである「巨人軍の歌」、俗称は「闘魂こめて」。

そして4曲目にかかったのがこれ。




「オリンピック・マーチ」。作られたのはもちろん東京オリンピックの年、1964年。

ちなみにこの次にかかるのが翌65年に作られたクレージー・キャッツの「ホンダラ行進曲」。いかにも大瀧さんらしい流れ。


さて、少し前のこと、古関裕而についてちょっと調べようと思って検索しかけたら、トップに「古関裕而 朝ドラ」なんて項目が出てきて何だろう?と思ったら、2020年の東京オリンピック・パラリンピックを盛り上げるために、古関裕而の出身地の福島市と妻の金子の出身地の豊橋市が朝の連続テレビ小説放映の実現に向けて、「古関裕而・金子夫妻NHK朝の連続テレビ小説実現協議会」を設立して署名活動を開始したとのことが。

福島市のサイトによると「「長崎の鐘」「栄冠は君に輝く」など生涯約5,000曲を作曲した本市名誉市民・古関裕而氏の作曲活動を支えた妻・金子氏の個性豊かな姿、そして1964年東京オリンピックに沸き立つ日本の姿と古関裕而氏による「オリンピック・マーチ」作曲までを描く」ドラマを考えているようです。


いや、びっくりでした。でも、なんとなく実現する可能性は高そう。

でも、朝ドラの主人公(といっても朝ドラの主人公は女性なのでヒロインは妻の金子になるようですが)なんかになると、関連する本やらCDやらがどどっと出るんでしょうね。個人的には東京オリンピックなんて今からでもやめるべきだと心の底から強く思っている人間ですが(先日作られたとんでもない法律のように、オリンピックのためにとか、オリンピックに向けてということの中で行われることはろくなものがないので)、古関裕而がドラマになるというのはちょっと期待する部分もあります。さて、どうなるんでしょう。

ただ、あまり悪いことは考えたくありませんが、日本という国は、あるいは東京は、オリンピックまで大丈夫なんでしょうか。かりにオリンピックができたとしてもその後にかなり悲惨な反動が来ることは十分予想されることだけど。


「大瀧詠一的2009」で、大瀧さんはこんなことを言っていました。


「一回廃墟になったときに古関裕而のあの(「ひるのいこいのテーマ」の)メロディーを流して、みんながどんな反応をするのか俺は見てみたい」

と。

さらにこんなことも。


「そんなときは、これは誰が作ったとか考える余裕がないわけ」

大瀧さんは自分の曲についても「”あの”大瀧詠一が作った」とかではなく、匿名性の中で聴かれるのを理想と考えているところがあって、その意味では古関裕而という人はあまりにも有名な曲がありながら、ほとんど名前は知られていなくて、「”あの”古関裕而が作った」なんて語られることがないので、その意味でも古関裕而の曲こそが音楽としての理想の形と考えていたのかもしれません。

でも、朝ドラの主人公になったりすると、当然、「”あの”古関裕而」という形で語られることが多くなりますね。


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by hinaseno | 2017-06-21 14:43 | 音楽 | Comments(0)