Nearest Faraway Place nearestfar.exblog.jp

好きなリンク先を入れてください

Talks About Music, Books, Cinema ... and Niagara


by hinaseno
プロフィールを見る
画像一覧

カテゴリ:音楽( 367 )



古関裕而はタイトルに「福島」とついている曲をいくつか書いています。まずは昭和6年(1931)に発表された「福島行進曲」。作詞は古関裕而と同じ福島出身の野村俊夫。

そのレコードの裏面に収録されたのが「福島夜曲(セレナーデ)」。作詞は福島ではなく、わが岡山出身の、僕にとってはあまりにも身近な存在である竹久夢二。


夢二が詩を書いた「福島夜曲」の話はこのブログで何度か書きましたが改めて。

夢二は早稲田の同窓生である福島出身の助川啓四郎(後に衆議院議員)と親交していた関係で福島に何度も行っていました。昭和4年に福島で夢二展が開催され、それを聞きつけたの当時20歳の古関裕而が会場に出かけます。古関裕而はコロンビアに入社したばかり。

彼が会場で目にしたのが巻紙に描かれた「福島夜曲」と題された詩画。その作品に強く心を打たれた古関裕而はそこに書かれた詩を全てノートに写し、帰宅してすぐに曲作りを始めます。で、出来上がった曲を持って夢二の宿泊先に行き、曲を献上したんですね。


このエピソードを知って「福島夜曲」の話をこのブログに書いたら翌日アゲインの石川さんから超速攻でこの「福島夜曲」の音源を送ってくれたんですね。例のSP講座の古関裕而特集のときのもの。

で、それからしばらくしてある方から『夢二と福島』という本にその絵が載っているというメッセージをいただいて本を手にいれてこの日のブログに貼りました。

ただ、本に掲載された絵は白黒で、しかもとても小さなもの(ブログには拡大して貼りましたがかなり見づらいものになっています)。さらにこの絵が現存しているのか、現存しているのであればどこにあるかなどは書かれていませんでした。

というわけでそれ以降も夢二の画集が目に入れば手にとってパラパラとめくって、この「福島夜曲」の絵を探す日々が続いていました。


そんなある日、って実はつい先日なんですが、思わぬところでこの絵がカラーで収録された画集に出会ったんですね。

それは毎月、夢二関係のお菓子を買いに行っている店。行くと必ずお茶とお菓子を出してもらえるんですが、先日、テーブルに座ったら目の前に1冊の本が飾られていました。見ると夢二の画集。15年ほど前に開かれた展覧会用に作られたものでした。どこかで目にしたかもしれないなと思いながらペラペラとめくっていたらなんと「福島夜曲」の絵が。しかも絵の下の解説には古関裕而のことも。

びっくりして店の人にその本のことを聞いたら、少し前に店のお客さんがお店に置いてくださいと持ってこられとのこと。もちろん売り物ではありませんでした。

タイトルは『漂白する心 竹久夢二 追想展』。市販されているものではなく、しかもちょっと古いものなのでしたが運良く見つけられてゲットしました。

a0285828_12290907.jpg


これがそのページ。

a0285828_12292295.jpg


『夢二と福島』に掲載されたものとはこんなにサイズが違います。

a0285828_12292913.jpg


比べてみて驚いたのは『夢二と福島』の2枚目に掲載されたものは実は上下逆さまになっていたんですね。何の絵が描かれていたかわからなかったはず。小川に架かる橋の絵だったとは。


ところで『漂白する心 竹久夢二 追想展』には「福島夜曲」の絵が収蔵されている場所も書かれていました。

竹久夢二伊香保記念館。

群馬県でしたね。ちょっと行くのは大変そう。でもきっといつか見る機会があるはず。その会場に古関裕而の曲が流れていれば言うことはありません。そのとき”あの”古関裕而の曲だと思う人がはたしてどれだけいるんでしょうか。



[PR]
by hinaseno | 2017-06-23 12:29 | 音楽 | Comments(0)

今、少しずつ読んでいるのが川本三郎さんの新刊『「男はつらいよ」を旅する』。川本さん、北は北海道から南は沖縄まで日本全国、「男はつらいよ」のロケ地を訪ね歩いたんですね。岡山にもやってきて勝山をはじめいろんなロケ地に行っています。ロケ地ではないけどいつも(つい先日も)貴重なものをたくさん送っていただいている清音読書会のNさんがお住いの清音(きよね)も出てきます。そらからもちろんYさんがお住いの兵庫県のたつの市も。


そういえば大瀧さんが成瀬の映画のロケ地を確認するために、突然、家を訪ねたりする場合のやり方として、平川さんから「下から出て行くんですか? でも、相手にとっては”あの”大瀧詠一ですよね」と言われて大瀧さんは困っていましたが、川本さんはいきなり見知らぬ家を訪ねても「寅さんのことで」と口に出した途端、相手の人はほぼすべて嬉しそうな顔になっていろんな話をしてくれたようです。やっぱり寅さんはすごいですね。


さて、その川本さんの『「男はつらいよ」を旅する』を昨夜読んでいたら、かつて福島県を走っていた日本硫黄沼尻鉄道という軽便鉄道の話が出てきました。これは『日本の軽便鉄道』に載っている写真。

a0285828_14370797.jpg


なんともかわいらしいですね。色も愛らしい。川本さんが書いているようにまさに「玩具」のよう。

で、この軽便鉄道についてこんな話が。


「磐梯山の麓を走る高原列車でもあった。岡本太郎が歌ってヒットした〽︎汽車の窓からハンケチ振れば……の「高原列車は行く」(昭和29年)はこの鉄道をモデルにしている」

川本さんは書かれていませんが、この「高原列車は行く」の作曲者が福島出身の古関裕而。作詞者の丘灯至夫も福島の人。どうやら曲先だったようです。

「高原列車は行く」は古関裕而の数ある曲の中で一番好きな曲。大瀧さん作詞作曲の布谷文夫の「深南部牛追唄」にもこの曲の歌詞が一部引用されています。

この日本硫黄沼尻鉄道の軽便鉄道は昭和30年公開の映画『続 警察日記』に出てくるようで、こんなシーンが映るそうです。


「牛が線路に入ってしまうと、どくまで待っている。のんびりしている」

この日のブログで「深南部牛追唄」の歌詞がどんなふうにして作られていったかを書いていますが、たまたま適当に歌詞に取り入れた曲のもとになっている鉄道で”牛追い”をやっていたとは。

映画、見てみたいですね。


ということで「高原列車は行く」を貼っておきます。当時の修学旅行の愛唱歌NO. 1だったそうです。




[PR]
by hinaseno | 2017-06-22 14:39 | 音楽 | Comments(0)

暇を見つけて(見つけなくても)、大瀧さんが出演したラジオ番組をいろいろと聞いていました。改めていうまでもなく聞くたびに新たな発見があります。

一番よく聞いたのは成瀬巳喜男の映画研究のことが語られた「大瀧詠一的2009」(収録はたぶん2009年12月)。内容は多岐にわたっていて聞きどころ満載。大瀧さんの名言、至言も随所に出てきますが、この年の放送で最も衝撃を受けたのはなんといっても古関裕而の(「ひるのいこいのテーマ」曲の)話でした。

この放送で古関裕而という作曲家のことを初めて知り、自分の中で古関裕而という存在が大きくなり始めていたときに起こったのが東日本大震災と福島での原発事故。福島は古関裕而の故郷。

「大瀧詠一的2009」の中での大瀧さんの予言めいた言葉に畏れすら抱いたものでした。これについては以前書きましたね。


「大瀧詠一的2009」を何度か聞いたあと、今度は大瀧さんが成瀬研究を始めた2007年あたりからの新春放談を聞いていたら、2008年1月6日放送(収録はたぶん2007年の12月)の新春放談で、『ナイアガラ・カレンダー』の30周年記念盤について達郎さんといろいろと話していたときに古関裕而の話が出てきてびっくり。「五月雨」の弦アレンジを聞いていたときに古関裕而の「ひるのいこいのテーマ」に通じるものを感じたと。

「大瀧詠一的2009」を収録した2年も前から大瀧さんの中で古関裕而の「ひるのいこいのテーマ」が重要な位置を占めるようになっていたようです。


で、次に聞いたのは1995年の夏に放送された「日本ポップス伝」。その第一回目に古関裕而の曲が4曲続けてかかっています。いずれも超有名なマーチばかり。

1曲目は早稲田大学応援歌「紺碧の空」。この曲がきっかけで古関裕而の元に依頼が殺到。野球を中心とした応援歌をいっぱい作るんですね。で、かかるのが「六甲おろし」という俗称で有名な「阪神タイガースの歌」(もともとは「大阪タイガースの歌」)。次が阪神のライバルチームである「巨人軍の歌」、俗称は「闘魂こめて」。

そして4曲目にかかったのがこれ。




「オリンピック・マーチ」。作られたのはもちろん東京オリンピックの年、1964年。

ちなみにこの次にかかるのが翌65年に作られたクレージー・キャッツの「ホンダラ行進曲」。いかにも大瀧さんらしい流れ。


さて、少し前のこと、古関裕而についてちょっと調べようと思って検索しかけたら、トップに「古関裕而 朝ドラ」なんて項目が出てきて何だろう?と思ったら、2020年の東京オリンピック・パラリンピックを盛り上げるために、古関裕而の出身地の福島市と妻の金子の出身地の豊橋市が朝の連続テレビ小説放映の実現に向けて、「古関裕而・金子夫妻NHK朝の連続テレビ小説実現協議会」を設立して署名活動を開始したとのことが。

福島市のサイトによると「「長崎の鐘」「栄冠は君に輝く」など生涯約5,000曲を作曲した本市名誉市民・古関裕而氏の作曲活動を支えた妻・金子氏の個性豊かな姿、そして1964年東京オリンピックに沸き立つ日本の姿と古関裕而氏による「オリンピック・マーチ」作曲までを描く」ドラマを考えているようです。


いや、びっくりでした。でも、なんとなく実現する可能性は高そう。

でも、朝ドラの主人公(といっても朝ドラの主人公は女性なのでヒロインは妻の金子になるようですが)なんかになると、関連する本やらCDやらがどどっと出るんでしょうね。個人的には東京オリンピックなんて今からでもやめるべきだと心の底から強く思っている人間ですが(先日作られたとんでもない法律のように、オリンピックのためにとか、オリンピックに向けてということの中で行われることはろくなものがないので)、古関裕而がドラマになるというのはちょっと期待する部分もあります。さて、どうなるんでしょう。

ただ、あまり悪いことは考えたくありませんが、日本という国は、あるいは東京は、オリンピックまで大丈夫なんでしょうか。かりにオリンピックができたとしてもその後にかなり悲惨な反動が来ることは十分予想されることだけど。


「大瀧詠一的2009」で、大瀧さんはこんなことを言っていました。


「一回廃墟になったときに古関裕而のあの(「ひるのいこいのテーマ」の)メロディーを流して、みんながどんな反応をするのか俺は見てみたい」

と。

さらにこんなことも。


「そんなときは、これは誰が作ったとか考える余裕がないわけ」

大瀧さんは自分の曲についても「”あの”大瀧詠一が作った」とかではなく、匿名性の中で聴かれるのを理想と考えているところがあって、その意味では古関裕而という人はあまりにも有名な曲がありながら、ほとんど名前は知られていなくて、「”あの”古関裕而が作った」なんて語られることがないので、その意味でも古関裕而の曲こそが音楽としての理想の形と考えていたのかもしれません。

でも、朝ドラの主人公になったりすると、当然、「”あの”古関裕而」という形で語られることが多くなりますね。


[PR]
by hinaseno | 2017-06-21 14:43 | 音楽 | Comments(0)

昨日は原節子さんの誕生日、でしたね。

本当は昨日、「今日は原節子さんの誕生日」と書き始める予定でしたが、書くための時間を十分とることができませんでした。


原節子さんの誕生日といえば、え~っといろいろありましたね。まずは東京のシネマヴェーラ渋谷という映画館(名画座です)でミュージカル映画特集の初日。今日はフレッド・アステア主演の『有頂天時代』が上映されます。野口久和 THE BIG BAND with “BREEZE”のライブで、BREEZEの新曲として歌われた「Pick Yourself Up」をはじめ石川さんの大好きなジュローム・カーンとドロシー・フィールズの曲がいくつも使われている映画。DVD買おうかなと思いつつ、やっぱり映画館で見たいですね。石川さんは行かれるんでしょうか。うらやましいな~。こんな名画座が近くにあればと思いつつ、名画座の経営は大変なんでしょうね。

「名画座」といえば世田谷ピンポンズさんに「名画座」という曲があります。本当に素晴らしい曲で大好きな1曲。そのピンポンズさんのライブをはじめ最近では益田ミリさんの『今日の人生』について語り合う会など、姫路のおひさまゆうびん舎で行われたいくつものイベントでご一緒させていただいてすっかり顔なじみになったKさん(星くずさんと呼んだ方がいいのかな)のご友人のいとこの方がなんとシネマヴェーラ渋谷のオーナーなんだそうです。名前は内藤篤さん。内藤さんは『円山町瀬戸際日誌』という本を出されているとのこと。

Kさんのご友人は世田谷ピンポンズさんの「名画座」が気に入って、「名画座」が収録された『天井の染みを数えている間に』を買われたそうです。ピンポンズさんの歌に出てくる名画座はとり壊されてしまうのですが、シネマヴェーラ渋谷はずっと続いてほしいですね。

それにしても縁というのは不思議なもの。


縁といえば、僕が東京に行った日に、アゲインのイベントにいらっしゃっていたのが作家で翻訳家の松本侑子さん。その松本さんも昨日が誕生日。つまり原節子さんと誕生日が同じなんですね。

その松本さんがアゲインのイベントでも紹介されていた『みすゞと雅輔』(石川さんからいただきました)をちょっとずつ読み進めています。たぶん今日か明日くらいに読了するはず。この本、僕がよく行っている大きな書店の棚に表紙が見えるような形で5冊くらい置かれていました。よく売れているみたいですね。

昨日読んだところでちょっと驚いたのは金子みすゞの弟である上山雅輔が上京して住むようになったのがなんと大田区の矢口。そこって、あの未来門や新田神社のある場所の地名。彼はその矢口から金子みすゞに何度も手紙を出していたんです。住所がどこだったんだろう。手紙は残っているようなので、松本さんはきっと住所をご存知のはず。

ということで改めて武蔵新田周辺の戦前の地図を。

a0285828_11452567.png


僕は池上線の千鳥町駅から慶應大学のグラウンドの野球場の端の方を通って武蔵新田駅に行き、そして石川さんと高橋さんといっしょに新田神社まで歩いたわけです。

で、その新田神社近くの喫茶店で三人で話していたときに石川さんが口にしたのが「古関裕而は誕生日が僕と同じ8月11日で、人に言うとたいてい『へえ~』で終わっちゃうんだけど、これは僕にとってすごいことなんだ」という言葉。

もちろん僕はそれはすごいことだと思っています。あの古関裕而と誕生日が同じなんですから。話のきっかけは、前日、僕がアゲインに行ったときに最初にかかったのが古関裕而の「長崎の鐘」だったんで驚いたという話をしたこと。この日ニコライ堂に行っていたので「ニコライの鐘」だったらもっとよかったんだけど、と。

考えてみたら、石川さんの実家のある慶大グラウンドの野球場ではもちろん早稲田との試合が何度もあったはず。で、早稲田といえば昭和5年に作られたこの応援歌。タイトルは「紺碧の空」。この曲を作ったのも古関裕而。




ちなみに古関裕而は慶応の応援歌も作っていますが、それが作られたのは武蔵新田のグラウンドがなくなった後のこと。でも、古関裕而の作った歌が何度もこの辺りにこだましていたはず。


そういえば「こだま」といえば東日本大震災の後、テレビのCMで流れ続けていたのが金子みすゞのこの「こだまでしょうか」という詩でした。あまりにも何度も流され続けていたので、逆にある時期からはもう聞きたくないって感じになっていましたが、改めて読むといい詩です。


「遊ぼう」っていうと
「遊ぼう」っていう。

「ばか」っていうと
「ばか」っていう。

「もう遊ばない」っていうと
「遊ばない」っていう。

そうして、あとで
さみしくなって、

「ごめんね」っていうと
「ごめんね」っていう。 

こだまでしょうか、
いいえ、誰でも。

その東日本大震災が起こったとき、ある人の心に流れ続けていたのはこの曲でした。NHKのラジオ番組「ひるのいこい」のテーマソング。作ったのは古関裕而。ある人というのは大瀧さんでした。




[PR]
by hinaseno | 2017-06-18 11:47 | 音楽 | Comments(0)

BREEZEがつながる


大瀧詠一→ペリー・コモとつながった「BREEZE」つながりの話の続き。

以前、ペリー・コモが歌ったジャック・ケラー作曲の「Beats There A Heart So True」という曲にまつわるかなり長い話をしたとき、その最終回でこんな願いを書きました。


いずれにしても、これほど数々の名曲を作っている偉大な作曲家でありながら、ドン・カーシュナーが語っていたようにジャック・ケラーほど過小評価されている人はいないですね。同じアルドン系のスタッフライターの作品を集めたコンピレーションが山ほど出ているのに、彼の作品集は1つもない。宮治さん、やってくれないかな。日本独自編集で。ジャック・ケラーが選曲したあの80曲に、そこからもれた素敵な曲を20曲集めたCDをもう1枚プラスして5枚組計100曲で。お金いくらでも出します(上限はあるけど)。
それから野口久和さんにはビッグバンド with BREEZEで「Beats There A Heart So True」を演奏し続けてほしいですね。一度生で聴いてみたいけど、願わくば次に出されるCDに収録してもらえたらと。

この2つめに書いた願いが実現することになったんですね。このゴールデンウィークの最終日に野口久和さん率いるビッグバンドであの「Beats There A Heart So True」が再演されることになったんです。

この曲で歌を歌っているのがBREEZEというコーラスグループ。グループの名付け親はあの和田誠さん。つながってます。


実は5年前に演奏されたときからBREEZEのメンバーがお一人交代されているということだったので再演は難しいとの話を伺っていたんですね。無理らしいと。ところが、どうやら新たなメンバーを入れて歌われるようになったんですね。素晴らしい。

「Beats There A Heart So True」という曲については僕とアゲインの石川さんの二人(だけ)でワーワーと騒いでいて、僕のワーワーは大して影響力はないけど、石川さんは最近では”声を普通にして”しゃべっただけでも何かを動かす影響をもってきているようです。あるいはもともと奇跡を呼ぶ力をもっているのか。

こうなった以上行かないわけにはいきません。楽しみすぎて心が張り裂けそうです。その瞬間、号泣するかもしれません。


さて、最後に、もうひとつBREEZEつながりの話を。先日手に入れた『A LONG VACATION』の話です。

何度か書いていますが『A LONG VACATION』でいちばん好きな曲はA面2曲目の「Velvet Motel」という曲。1曲目の「君は天然色」と3曲目の「カナリア諸島にて」という超強力な曲に挟まれてちょっと目立たない感じになっていますが、「君は天然色」も「カナリア諸島にて」もこの「Velvet Motel」という曲があればこそさらに輝きを増しているんですね。僕としては「君は天然色」のピアノのエンディングから「Velvet Motel」という曲は始まっています。そしてこの曲があってはじめて次の「カナリア諸島にて」が始まる。そう、「Venus In Blue Jeans」の前には「Don’t Ask Me To Be Friends」がなくてはならないように。

で、この「Velvet Motel」の原題が「Summer Breeze」。『NIAGARA SONG BOOK』に収録された「Velvet Motel」のタイトルが「Summer Breeze」となっていて、一体どういうことなんだろうと思っていたら、実は大瀧さんがアン・ルイスのために「Summer Breeze」というタイトルで書いた曲がボツになって、で、ちょっとメロディーを書き足して自分で歌ったのが「Velvet Motel」。このあたりの事情は「君は天然色」と同じ。

今にして思えば『A LONG VACATION』の帯に「BREEZE」という言葉を入れたのは大瀧さんなりのメッセージだったのかもしれません。

a0285828_12512738.jpg

というわけで『NIAGARA SONG BOOK』の「Summer Breeze」を貼っておきます。

この音源の2曲目(このアルバムでもA2ですね)に収録。4:18あたりから「Summer Breeze」が始まります。




[PR]
by hinaseno | 2017-05-05 12:53 | 音楽 | Comments(0)

今朝更新されていたアゲインの石川さんの(1日限定の)ブログを読んで、昨日ほとんど書いていたこの話を昨日のうちにアップしておけばと少し後悔。アップの最終予定時間までに(一応午後の3時くらいにしています)YouTubeにリンクしたり、写真を貼り付けたりする時間をもつことができませんでした。

それはこんな書き出しでした。


「2017年はJKの時代」(by宮治淳一)ということで、この5月からきっとあちこちでジャック・ケラーのことが語られ始めるはずなので、その先陣を切って(先陣を切るのは僕しかいません)久しぶりにジャック・ケラーの話を。

この書き出しで触れていた宮治さんが昨日アゲインにいらっしゃっていたんですね。で、どうやらJKの話もあったようで。「たまたま」好きとしてはちょっと残念でした。

昨日ブログにアップできなかったのはこの自家製のCDに絡めた話でした。

a0285828_11525435.jpg

タイトルは『Jack Keller Album:Side-A』。

ジャック・ケラーの曲を集めて1枚のレコードを作るとして、そのA面の5曲を選ぶとしたらと考えて作ったCD。選ぶ基準としてはもちろんそれぞれの曲が魅力的なものであることはいうまでもありませんが、大事なのはつながり。


これを作ったきっかけは石川さんの一言でした。ひと月ほど前に例の『JACK KELLER BOX』をお送りしたときにお礼の電話をいただいたんですが、そのときに石川さんがこんなことを言われたんですね。


「(エヴァリー・ブラザーズの)『Don’t Ask Me To Be Friends』が終わったら次は(ジミー・クラントンの)『Venus In Blue Jeans』がかかるという曲の流れが好きなんだ」


その言葉を聞いたときには一瞬「えっ?」って感じになったのですが、改めて考えたらおっしゃられる通りだなとひざを3回ほど打ってしまいました。確かに「Don’t Ask Me To Be Friends」というバラードの曲の綺麗なエンディングが終わると前追いするような感じで「Venus In Blue Jeans」のあのイントロが聴こえてくる。


これには理由があって、今から5年ほど前に、石川さんから「ゴー!ゴー!ナイアガラ」のジャック・ケラー特集を録音した音源を送っていただいたときに、特集でかかった曲以外にもジャック・ケラーの曲がいくつも紹介されていて、時間の関係等でかけることができなかったということで大瀧さんも残念がっていたので、紹介した曲を全部入れた『Jack Keller特集Complete』なるCDを作って石川さんにもお送りしていたんですね。そのCDが「Don’t Ask Me To Be Friends」→「Venus In Blue Jeans」という流れになっていて石川さんはそれを”刷り込み”のような状態になるくらいに何度も聴いてくれていたようです。


前にも書きましたが大瀧さんはその日の特集で「Venus In Blue Jeans」の前にエヴァリー・ブラザーズの「How Can I Meet Her?」と「Don't Ask Me To Be Friends」をかけたいと思っていたのに「How Can I Meet Her?」は4週前のキャロル・キング特集のときに間違ってかけてしまい、「Don't Ask Me To Be Friends」はレコード盤が見当たらないので残念がっていたんですね。「かけたかったな~」と。

この本来想定していた「How Can I Meet Her?」→「Don't Ask Me To Be Friends」→「Venus In Blue Jeans」という流れが素晴らしいんですね。さらに付け加えれば「Venus In Blue Jeans」の次にかかったケニー・カレン「Sixteen Years Ago Tonight」へのつながりも大好き。


ところが僕が先月お送りした『JACK KELLER BOX』の『CD-4 GO! GO! NIAGARA 1975 selected by Eiichi Ohtaki』では番組でかかった曲と紹介だけされた曲を分けたので「Don't Ask Me To Be Friends」→「Venus In Blue Jeans」を分断。石川さんは以前僕が作ったものを何度も聴いていただいていたためにこれに違和感を覚えたようでした。LP世代ならばこその感覚でしょうね。


ちなみに僕の好きな曲を集めた『CD-8 Most Favorite Jack Keller’s Songs』でも「How Can I Meet Her?」→「Don't Ask Me To Be Friends」と「Venus In Blue Jeans」→「Sixteen Years Ago Tonight」という2つのつながりは作っていたものの「Don't Ask Me To Be Friends」と「Venus In Blue Jeans」は分断。

改めて「How Can I Meet Her?」、「Don't Ask Me To Be Friends」、「Venus In Blue Jeans」、「Sixteen Years Ago Tonight」の4曲を並べて聴いてみると、まるで大瀧さんの『ロング・ヴァケーション』のA面を聴いているような感じがしたので、じゃあもう1曲入れて『Jack Keller Album:Side-A』を作ろうと。


ただ、次の5曲目をどうするかで悩みました。僕が5年前に作っていた『Jack Keller特集Complete』では次の曲はブレンダ・リーの「It Started All Over Again」。ただしこれはブレンダ・リーの「Your Used To Be」をかける前にこんな曲を作っていましたと紹介しただけの曲。で、放送では「Sixteen Years Ago Tonight」のあとに「Your Used To Be」をかけたんですが、かけたあとで大瀧さんとしてはちょっとあてが外れたような言葉を語られていました。どうやら「Your Used To Be」はあまり聴いていなかったようです。

で、そのあとにかけたのがリトル・エヴァの「Let's Turkey Trot」。これは大瀧さんお気に入りのようで、日本盤のシングルもアメリカ盤(Dimensionですね)のシングルも両方持っていると。日本盤のシングルのジャケットのタイトルが「ガヤガヤ・ノロノロ・ヨチヨチ・ウーウー・ターキー・ダンス」だといって笑っていました。

というわけでケニー・カレンの「Sixteen Years Ago Tonight」にはリトル・エヴァの「Let's Turkey Trot」に決定。この5曲を集めたプレイリストを作ってみたらこれがいいんですね。何度聴いても飽きない。

ジャック・ケラー初心者にはこの5曲を20回くらい聴いてもらえたらその魅力に気づいてもらえるのではないかと思いました。


さて、これをCDに焼いたもののそのジャケットをどうするかでしたが、デザインは決めていました。ジャック・ケラーのまわりに5枚のシングル盤を並べること。エヴァリー・ブラザーズの2曲はアメリカ盤のピクチャー・スリーヴ付きのシングル盤。これはあっさりと手に入りました。

残りの3曲はアメリカ盤ではピクチャー・スリーヴが付いていませんが、日本盤が写真付きなのでそれを載せようと。

「Venus In Blue Jeans」の日本盤は持っていたので、あとはケニー・カレンの「Sixteen Years Ago Tonight」の日本盤(邦題は「夢見る16歳」)とリトル・エヴァの「Let's Turkey Trot」。これがかなりレア。

ただ、このCDを作ろうと思い立った頃、運良くヤフオクにケニー・カレンの「夢見る16歳」が出品されたんですね。しかもかなり安い価格で。そのときには多分こんなレコード、そんなには探している人はいないと思って自分なりの限界価格で入札していたら、なんと想定外に高い価格で落札されてしまったんですね。ショック。

そのあとeBayにリトル・エヴァの「Let's Turkey Trot」の日本盤とケニー・カレンの「夢見る16歳」が出品されていたけど、僕の基準からは高すぎたので、安くならないかと待っていたら、つい先日、それも誰かが購入したようでなくなってしまいました。

ってことで仕方なくこの2枚はネット上で拾った画像を入れて、昨日ようやくジャケットを完成させました。

この5曲、順番に並べておきます。個人的には今「Don’t Ask Me To Be Friends」がジャック・ケラーの書いた曲の中で一番好きです。













[PR]
by hinaseno | 2017-05-03 11:57 | 音楽 | Comments(0)

チャック・ベリーが亡くなって彼の曲をいろいろと聴いていました。主にこの2つですが。

a0285828_14175306.jpg

1つはHIP-O Selectというレーベル(一時期本当にいい編集盤を出していました)から10年前に出た4枚組のボックスと、つい先日ACEから出たチャック・ベリーの曲のカバー作品を集めたもの。特に後者のアルバムを聴いて、僕が最も愛するミュージシャンたちの魂を激しく揺さぶり、大きな影響を与えていたことを改めて痛感しました。彼がいなければロックンロールは、アメリカン・ポップスはどうなっていたんだろう。


そういえばチャック・ベリーが亡くなった翌日、アメリカの前大統領のオバマさんがこんなツイートをしていました。


Chuck Berry rolled over everyone who came before him – and turned up everyone who came after. We'll miss you, Chuck. Be good.


チャック・ベリーという一人のミュージシャンが歴史的にいかに重要だったかを”roll over”とか”turn up”といったウィットに富んだ言葉で表現しています。最後の「Be good」という言葉は、もちろん彼の書いた名曲「Johnny B. Goode」にかけてのこと。チャックへの敬愛の気持ちをこんな短い言葉で表せるのだからオバマさんという人もすごいですね。いや、ほんとに、感心します。


ところで僕とチャック・ベリーとの出会いはやはり「Johnny B. Goode」でした。いまだにいちばん好きな映画である『バック・トゥ・ザ・フューチャー』のこのシーンでマイケル・J・フォックスが歌ったのがチャック・ベリーの「Johnny B. Goode」。いったい何度見ただろう。




途中でチャックのいとこが電話でこの曲を聴かせるということからロックの歴史が始まるという仕掛けがたまらないですね。その仕掛けを知ったのは小林信彦さんの『映画につれてって』に収録された小林信彦さんと大瀧さんとの対談でした。

さて、大瀧さんはもちろん『ゴー!ゴー!ナイアガラ』でチャック・ベリー特集をしていました。基本的にはカバー特集ですが、その日の1曲目にかかったのがこの「Sweet Little Sixteen」。




曲が終わると大瀧さんはこんなコメント。


この曲をかけると次に何がかかるかはだいたい想像がつくと思います。


そしてかかるのがこの曲。




ビーチ・ボーイズの「サーフィンUSA」ですね。大瀧さんのコメント。


これを聴いてもらうとわかると思います。「Sweet Little Sixteen」、チャック・ベリーの曲を下敷きにしてブライアンが「サーフィンUSA」という曲にしましてね。別段これについてなんのイチャモンをつけるというわけではないのですけれども。僕の中学3年のときでした、この「サーフィンUSA」の当時買ったシングル、ここにありますけれども、ブライアン・ウィルソン作曲となっています。で、最近、オムニバスとか、そういうのに入っている「サーフィンUSA」にはチャック・ベリー、ブライアン・ウィルソンの2人の名前が連ねてあります。


ところでサーフィンといえば、あのくまくまちゃんもサーフィンをするんですね。おひさまゆうびん舎で開かれた「おひさまふふふフェスティバル」のときに「ゆらくまちゃん キット」というポストカードが売られていたので、その日に何枚か、それからピンポンズさんのライブの時にもさらに何枚か買っちゃいました。

ランディー・ニューマンの曲に「サイモン・スミスと踊る熊」という曲がありますが、こちらはサーフィンをするくまくまちゃん。サーフィンUSAならぬサーフィンKUMAです。

そういえば今日がおひさまゆうびん舎のくまくまちゃんフェアの最終日。ゆらくまちゃんキット、まだ残っているかな。

a0285828_14222512.jpg


[PR]
by hinaseno | 2017-03-31 14:22 | 音楽 | Comments(0)

昨日3月21日はナイアガラ・デイ。本当はブログを更新したかったけれど、そんな余裕はまったくない1日となりました。空いた時間を使って作業を続けていたのは昨日の完成を目指していたジャック・ケラー・ボックス。

海外に注文していた最後の1枚のレコードが昼までに届くかどうかとやきもきしている中、朝イチで宅配で届いたのが、この日発売された『NIAGARA 45RPM VOX(ナイアガラ 45 ヴォックス)』でした。その感想はまた改めて。昨日はゆっくり見る時間はありませんでした。

で、昼前に海外に注文していたジミー・ロジャースのレコードが配達されました。5回ほど繰り返して聴いたもののイマイチという判断で収録を見送り、とりあえず作っていたものでCDを焼く作業に入りました。

でも、その前に思わぬ予定変更が。

昨日は朝の段階でもしその日にレコードが届いて。その内容がよけば1曲を差し替えればいいという状態までものごとを仕上げる作業をしていたんですが、そんな中驚くようなものを発見したんですね。腰が抜けそうになりました。


そもそも僕がジャック・ケラー・ボックスを作ろうと思ったきっかけは、例のドン・カーシュナーの本に収録された「Beats There A Heart So True」の話に出てきた、ジャック・ケラー自身が作って極めて親しい知人にだけ配ったという『Music for All Occasions』というCDボックスの存在を知ったことでした。それが手にはいれば言うことなしなんですが、その可能性は極めてゼロに近いので、それでは自分で、ということにしたのですが、なんと驚いたことに、それを持っている人、それも日本人がいることがわかったんですね。『Music for All Occasions』の存在を知ってから、ネットでかなり調べたけれども、海外のサイトでも全く情報を得られなかったのに、まさか日本のサイトで発見しようとは。しかもそれはよく知っているサイト。

そのサイトは「どい」さんという方が運営されている「letter from home」。このサイト、達郎さんのサンデー・ソングブックでかかった曲を毎週紹介をされていて、昔から何度も拝見していました。で、ジャック・ケラー特集が行われた時の記事も何度か見ていましたが、その特集が行われた時のコメント欄に『Music for All Occasions』をお持ちだという人がコメントを寄せていたんですね。コードネームはA Passenger。まちがいなく日本人のはず。その人はジャック・ケラー自身がそのボックスのライナーノーツに書いたコメントを番組でかかった曲ごとに紹介されていました。この日この日この日のコメント欄です。いや、驚きました。この方の書かれたコメントを読む限り、大変誠実な人であるような印象。どうやって入手されたんでしょうか。ジャック・ケラーの知人だったのか、あるいは何か特別なルートをお持ちなのか。

それにしてもジャック・ケラーのコメントはどれも興味深いものばかり。例えば前回紹介した「How Can I Meet Her?」についてはこんなコメント


This was one of those songs that was written and demoed especially for an artist (with Carole King singing the male lyrics), and they actually did it.

つまり、これはエヴァリー・ブラザーズのために作った曲で、キャロル・キングといっしょに歌ったデモを作ったようで、エヴァリーはそのデモの通りに歌ったと。


それから「Venus In Blue Jeans」についてはこんなコメント。


This song started out as a parody of Paul Anka's lyrics (moon & June, love & above, etc.). Carole King wrote the arrangement. I remember going over to her house the night before the session to show her the song. I can't believe that no one has used this song in a commercial.


この曲のアレンジを考えたのもキャロル・キングなんですね。


へえ~と思ったのはボビー・ヴィーの歌った「Please Don't Ask About Barbara」のコメント。


My usual co-writer, Howard Greenfield, asked me to write a melody to a lyric that a friend of his wrote. It became the follow-up "Run To Him.”

他にも興味深い話ばかり。ということで、急遽、僕がボックス用に作っていたブックレットにこの方のコメントを含めたジャック・ケラーの曲解説を載せることにしました。おかげでページ数は大幅に増加。

さらに完成寸前に、ボックスセットからは外した曲をぼんやりと聴いていたら1曲とてもいい曲があって、最終段階でそれを差し替え(そのためにブックレットに載せた曲名を変更しなければならなかったので、印刷のし直し)。まるで大瀧さんがやっていたようなことをやりました。

でも、どうにか昨日の予定時間にぎりぎり完成。ある方に出荷しました。さすがに疲れました。


それはさておき「letter from home」というサイトのコメント欄に書き込みをされた方、いつか何らかの形で僕のブログに気がついてもらえないものかと考えています。

a0285828_14463833.jpg


[PR]
by hinaseno | 2017-03-22 14:56 | 音楽 | Comments(3)

ジャック・ケラー・ボックスもこの連休で完成、としたかったのですが、海外に注文しているシングル盤がまだ1枚届かない状態が続いています。明日のナイアガラ・デイでの完成を考えていたので、明日の午前中まで待ってみるつもり。来なければそれを外して作ることにします。でも、歌っているのがあのジミー・ロジャース(カントリーの人ではなく「Secretly」を歌っているシンガーの方)なので気になります。

で、作業が中断したために、ふと、当初7枚の予定にしていたボックスに急遽8枚目を入れることを考えました。「Most Favorite Jack Keller’ Songs」と題して僕が最も好きなジャック・ケラーの曲を集めたもの。全部で30曲。

これが結構大変。10曲くらいは文句なしに決まったのですが、あとの20曲を昨日1日がかりで考えていました。


さて、その文句なしに入る1曲であるエヴァリー・ブラザーズが歌った「How Can I Meet Her?」について今朝、驚くべきことを発見。なんとこの曲、前回紹介した「(I Play The) Part of a Fool」が収録されたバリー・マンの作品集を出しているNot Now Musicというレーベルから同じシリーズで出ているキャロル・キング作品集に収録されていることがわかりました。これですね。

a0285828_12301259.png

それに限らずiTunes Storeをチェックしたら「How Can I Meet Her?」はいくつものキャロル・キング作品集に収録されて売られています。

ひどい。

これはB面の曲ですが、A面の「That’s Old Fashioned」は全米7位の大ヒット。「How Can I Meet Her?」も最高位75位にランクされた曲。いろいろとチェックしたけど、どれもレーベルにはきちんとGoffin - Kellerと記載されています。こんな感じで。

a0285828_13423225.png

まあ、たぶんこの曲の作詞者がジェリー・ゴフィンということで、もしかしたらキャロル・キングとジェリー・ゴフィンの(二人の共作という意味ではない)作品集にこの曲が入れられて、で、そのあと適当に音源を集めてCDを安く作るレーベルがキャロル・キングの作品として入れたんでしょうね。

ちょっと調べたらすぐにわかるはずなのに。


それはさておき「How Can I Meet Her?」にはおもしろいエピソードがあります。こちらは間違いに気がついたらすぐに謝って訂正する方の話。

以前にも紹介しましたが、「ゴー!ゴー!ナイアガラ」のジャック・ケラー特集のときに大瀧さんはこんな話をしていました。ボビー・ヴィーの「Run To Him」と「Please Don't Ask About Barbara」をかけた後のこと。


ここでひとつ謝らなくちゃいけないんですけど、ここで次はエヴァリー・ブラザーズの「How Can I Meet Her?」がかかる予定だったんですけども、これをですね、キャロル・キングの特集のときに間違えてかけてしまいましたのでございますよ。え~、♫ハウ・キャナイ・ミーハ~♫ですけどね、なんでかけちゃったのか、実に私のミスでして申し訳ありません。「That’s Old Fashioned」のB面だったんですけどね。エヴァリーはそういえば両面ヒットが多いですけどね。♫ハウ・キャナイ・ミーハ~♫とここでくる予定だったんですけど、そして「Don't Ask Me To Be Friends」も続く予定だったんですね。この「Don't Ask Me To Be Friends」も僕は好きなんですけどね、現在、ちょいとお皿(レコード盤のこと)がなくてかけられません。いやぁ~、かけたいなぁ。

と、こんなふうに大瀧さんは話しているんですが、実は「How Can I Meet Her?」はキャロル・キングの特集のときにかかっていないんですね。エヴァリー・ブラザーズでかかったのは「Crying In The Rain」だけ。何度聴き返しても「How Can I Meet Her?」はちらっともかかっていないし、『KAWADE 夢ムック 増補新版 大瀧詠一』に掲載されている「ゴー!ゴー!ナイアガラ」の曲目リストにも「How Can I Meet Her?」は載っていません。「なんでかけちゃったのか、実に私のミスでして申し訳ありません」と言っていますが、なんでかけちゃったと勘違いしたんだろうかとずっと謎でした。でも、どうやらその謎がわかりました。やはりどうやら大瀧さんはキャロル・キングの特集の第一回目のときに間違えて「How Can I Meet Her?」をかけていたようです。

僕が今聴ける音源ではエヴァリー・ブラザーズの「Crying In The Rain」がかかった後に、キャロル・キング自身が歌う「Crying In The Rain」が収められています。『KAWADE 夢ムック 増補新版 大瀧詠一』に掲載されている「ゴー!ゴー!ナイアガラ」の曲目リストでもそうなっています。でも、よく聴いてみるとこのキャロル・キング自身が歌う「Crying In The Rain」はちょっと不自然なんですね。どうやらこれはミスに気がついた大瀧さんが後で曲を差し替えたようです。

実は今、僕をはじめ一部の人が聞くことができる「ゴー!ゴー!ナイアガラ」の音源は、大瀧さんが番組を始めてしばらく経ってから、テープ・サービスとして過去の放送を聴きたい人に配ったり、あるいは事務所でダビングさせたもののようです。で、そこで配られたのは実際に放送されたテープではなく、曲を入れ替えたものだったんでしょうね。

まあ、考えてみれば、そのキャロル・キング特集というのは、「ゴー!ゴー!ナイアガラ」の第一回目の放送でもあるので、真夜中の3時に、どんな番組かわかりもしない放送を最初から録音する人なんていません。


では、どうしてこれに気がついたかというと、キャロル・キング自身が歌う「Crying In The Rain」をかけたあとの大瀧さんの言葉でした。普通だったら「キャロル・キングの”Crying In The Rain”でした」というはずなのに、それがなく、ちょっと不自然な間があってこんな言葉が語られます。実際の放送では「How Can I Meet Her?」がかけられて、「エヴァリー・ブラザーズの”Crying In The Rain”、そして”How Can I Meet Her?”でした」という言葉の後に語られたはずの言葉です。


え~、エヴァリー・ブラザーズといいますと、いわゆるポップ・カントリーのはしりと言われますが、ケイデンスから「Bye Bye Love」でデビューしたのが57年です。ケイデンスというとジョニー・ティロットソンもそうで、ジョニー・ティロットソンの初期の頃もいわゆるポップ・カントリーのはしりという感じがしますが、ケイデンスというレーベルがポップ・カントリーというイメージがあるんですけど。ケイデンスからワーナー・ブラザーズに移ったのがちょうど1960年で、5枚連続両面ヒットと移籍しても全然人気は変わりませんでした。「Crying In The Rain」が6枚目で「How Can I Meet Her?」が7枚目で、7枚目の「That’s Old Fashioned」がA面でした。

ここで「How Can I Meet Her?」のことをちらっと言ってたんですね。なんで気がつかなかったんだろう。もちろん曲をかけたがゆえの言葉。

というわけで、廉価版のキャロル・キング作品集にジャック・ケラーが作曲したエヴァリー・ブラザーズの「How Can I Meet Her?」が収録されていることに気がついたことで、思わぬ発見ができました。


ところで、これも今日気がついたのですが、今年の1月にこれまたよくわからないレーベルから『The Gerry Goffin & Carole King Songbook: Will You Love Me Tomorrow』というタイトルのこんなCDが出ていて、これにも「How Can I Meet Her?」が収録されているのがわかりました。

a0285828_12311395.png

以前ACEから出たこの作品集の写真とまったく同じレイアウト。

a0285828_12314628.png

写真をカラーに加工していますが、ひどいものですね。くれぐれもお間違いのないように。

ってことで、最後になりましたが「How Can I Meet Her?」を。ジャック・ケラーが書いた曲の中ではいちばんかっこいい曲だと思っています。




[PR]
by hinaseno | 2017-03-20 12:34 | 音楽 | Comments(0)

Berry(ベリー)のことを書こうと思っていたら、チャック・ベリーが亡くなりました。つい先日、イギリスのACEから彼の作品集が出たばかり。もし、ジャック・ケラーの作品集が出されるとしたら、やっぱりACEのようなちゃんとしたところから出してもらいたいと思い続けています。


さて、ジャック・ケラー自身が作った作品リストを見ると「(I Play The) Part of a Fool」という曲はロッキー・ハート(Rocky Hart)、ロビン・ルーク(Robin Luke)、サル・ミネオ(Sal Mineo)、メロー・キングズ(Mello-Kings)の4人のアーティストに歌われています。このうち知っているのは最後のメロー・キングスだけ。「Tonite, Tonite」だけですが。

最初に「(I Play The) Part of a Fool」を録音したのはおそらくロビン・ルーク。これがロビン・ルークのレコード。ネットの記載を見ると発売は1961年5月。

a0285828_12421917.png

レーベルにははっきりと(Keller - Hunter)と記載されていますね。Kellerはもちろんジャック・ケラー。Hunterはハンク・ハンター。ところでこのときの曲のタイトルは「Part of a Fool」となっています。これがその曲。




ところで、同じ年か翌年に出たのがロッキー・ハート(Rocky Hart)のこのレコード。

a0285828_12435267.png

曲名は「I Play The Part Of A Fool」となっていて、なんとレーベルには(Hank Hunter, Barry Mann)の名前がクレジットされています。曲は全く同じなのに。




で、前回紹介したNot Now Musicから出た『The Songs of Mann & Weil - 60 Original Classics』というCDでは、いずれもタイトルを「I Play The Part Of A Fool」にしてバリー・マン作曲の曲として収録しています。

さらに確認するとアーティスト名はRocky Hart & The Passionsなんて名前になっていますが、そんな記載のあるレコードはどこにも見当たりません。いい加減。廉価版のCDというのはそういうのはおかまいなしなんですね。

で、これを書きながら改めてネット上にアップされているロッキー・ハートのシングル盤の画像のいいもののレーベルを拡大してよくみたらなんとBarry Mann(バリー・マン)ではなくてBerry Mann(ベリー・マン)となっています。

a0285828_12450725.png

これをみてもこのシングルがいい加減な形で作られていることがわかります。

ちなみにサル・ミネオとメロー・キングズの歌ったものはシングル盤としては出ていなくて、CDのボーナストラックとして収録されているみたいですね。サル・ミネオのCDの方は確認できなかったんですが、メロー・キングスのほうの作曲者のクレジットは驚いたことにLevister。これ、メロー・キングスの曲をいくつも書いているマネージャーのDick Levisterのことのようです。曲としてはこのバージョンがいちばんいいですね。




ちなみにこの曲のタイトルは「I Played The Part Of A Fool」! なんと動詞が過去形になっています。


ところで、この曲について調べていたら、なんとアゲインの石川さんのサイトにぶつかりました。石川さんがアゲインを始める前にやられていた青空音楽会の第3回目の記事。これですね。イベントが行われたのは2002年10月5日。

このときのテーマは「バリー・マンVSキャロル・キング」。

そこでかかった曲のリストが掲載されているのですが、「(I Play The) Part of a Fool」に触れられているのはこの部分。


Section 6: Mystery Train
I Play the Part of a Fool/ Rocky Hart (Barry Mann-Hank Hunter, GLO 216, 1961)
N.B. The song title cannot be found on BMI song list of Barry Mann.
Part of a Fool/ Robin Luke (Jack Keller-Hank Hunter, Dot 45-16229, 1961)
N.B. The song title cannot be found on BMI song list of Barry Mann.
I Played the Part of a Fool/ the Mellokings (-, Relic 7008, 1991)
N.B. Printed only “Unreleased” on the back cover of the reissue CD album.
Part of a Fool/ Sal Mineo (-, Taragon TARCD-1092, 2002)
N.B. Printed “Unknown” at the item of composers on the liner notes of the reissue CD album.


この「Mystery Train」というタイトルで紹介されている曲はどうやらバリー・マンの作曲リストには載っていない曲を集めたようで、「(I Play The) Part of a Fool」もロッキー・ハートのシングルにはバリー・マン(実際にはベリー・マンですが)と記載されているけれども、リストには見当たらないとの但し書きが付けられています。

バリー・マンの作品リストがどういうものなのかわかりませんが、それに載っていないのは当然。なぜならばこの曲は間違いなくジャック・ケラーが書いたものだから。


ところで、以前、ジャック・ケラーの「Beats There A Heart So True」という曲にまつわる話をしたときに紹介したRich Podolsky 著『Don Kirshner: The Man with the Golden Ear』には章のタイトルとしてジャック・ケラーの曲が3曲使われていると以前書きました。ボビー・ヴィーの「Run To Him」、ペリー・コモの「Beats There A Heart So True」、そしてもう1曲が「The Part of a Fool」。実は章のタイトルとして使われた全部で28曲の中で、知らなかったのはこの曲だけ。

自分のパソコンにある曲をチェックしたら『Barry Mann Masterpiece Vol. 1』に収録されたロビン・ルークの歌った曲があったので、バリー・マンの曲かとそのままスルーしていました。

で、ジャック・ケラー自身が作った自作の曲目リストを細かくチェックしていた時に「The Part of a Fool」があって、あっと気がついたんですね。その章に書かれていることをかいつまんで紹介します。ジャック・ケラーの証言をはさみながらの話。


1961年頃、ジャック・ケラーは「One Way Ticket (To The Blues)」などの曲を共作したハンク・ハンターと「The Part of a Fool」という曲を作ります。ジャック・ケラーにとっては自信作だったようできっと大ヒットするだろうと考えていました。そのデモを歌っていたのがバリー・マン。バリー・マンは「Venus In Blue Jeans」をはじめとしてジャック・ケラーのデモをいくつも歌っていて、中にはそのままシングルにしてもいいような素晴らしいものがいくつもあります。

「The Part of a Fool」のデモを聞いた”黄金の耳を持つ男”ドン・カーシュナーはジャック・ケラーを連れて、いちばん高く買ってくれそうな人のところに曲の売り込みに向かいます。

会いに行ったのはアトランティック・レコードのジェリー・ウェクスラーとアーメット・アーティガン。ウェクスラーとアーティガンはドン・カーシュナーのことを友人というよりも競争相手と考えていたので、もともとあんまりいい関係ではなかったようです。でも、曲を聴くや、ウェクスラーとアーティガンはその曲にはヒットする可能性があることを認めます。ただ、そこで生じたのがお金の問題。どうやらカーシュナーはそれがヒットするはずだと考えてかなり高い値段をふっかけたみたいです。ウェクスラーとアーティガンは拒否。するとカーシュナーはじゃあ売らないとそのデモテープを持って立ち上がって帰ろうとすると、ウェクスラーとアーティガンがそのデモを奪い取ろうとして、なんとジャック・ケラーの前で3人がデモテープの奪い合いを始めたとのこと。結局カーシュナーがデモテープを奪い返して、結局ドット・レコードに所属していたロビン・ルークというシンガーによってレコーディングされます。でもチャートには入ることはありませんでした。


実は「The Part of a Fool」についての話はここまで。この話は基本的にはジャック・ケラーの証言をもとにして書かれていますが、ジャック・ケラーが嘘を言うはずもなく、このインタビューが行われていた時には「The Part of a Fool」がバリー・マンの曲としてCDに収録されているなんて知る由もありません。きっとこの本の著者も。


ここで僕なりに推測すると、「The Part of a Fool」は一応正式な形としてはドット・レコードが買い取ってロビン・ルークに歌わせたんだろうと思います。ところが何らかの形でこのデモが散逸して、それが出回ったのではないかと。ロビン・ルークの歌ったもののカバーだったらこんな混乱はおきなかったはず。ロッキー・ハートのシングルのクレジットがバリー・マン(ベリー・マンだけど)となっているのは、歌っているシンガーがバリー・マンと知っている人がいたんでしょうね。

もしバリー・マンの歌ったデモがきちんと保管されていたら、「Venus In Blue Jeans」などジャック・ケラーが書いた曲のデモがいくつか収録された『Inside the Brill Building - Complete Recordings 1959-1964』に収められたはずだから。

ということで長くなりましたが最後にジャック・ケラー(右)とバリー・マン(左)の写真を。二人はもちろん仲良しです。

a0285828_12480878.png


[PR]
by hinaseno | 2017-03-19 12:48 | 音楽 | Comments(0)