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by hinaseno
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2017年 12月 03日 ( 1 )



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今も『太田裕美の軌跡~First Quarter』を聴いています。今朝から聴いていたのはCM音源やライブ音源を収めたDISC 5。今日はブログにどんなことを書こうかと思いながらぼんやりと聴き流していたら、はっと思うようないい曲に耳を留めました。それは「心象風景」という曲。

「心象風景」は名盤『こけてぃっしゅ』に収録されていて、もちろんよく知っていて、好きな曲の一つだったので塩屋に行くときに作ったプレイリストにも入れていました。でも、このCDに収録されたライブ音源(1996年)では太田裕美さんはピアノの弾き語りで歌っているんですね。これが素晴らしい。

「心象風景」は昨日ちょっと触れた「恋愛遊戯」のB面。考えたらこのシングルもすごい。でも、このシングル、太田裕美さんの歴史の中ではセールス的には大失敗だったんですね。ちょっと信じれないけど。

「恋愛遊戯」はボサノヴァ調の曲で、当時はまだこういうしゃれた曲調を受け入れる素地がなかったんですね。発売に関してはかなりの大反対があったようですが、それを押し切って発売。でもやっぱりあまり売れなかった。

「心象風景」はそのシングルのB面。でも、いい曲なんだ、これが。松本隆さんが書いた詞も素晴らしくて、とりわけタイトルの「心象風景」という言葉が好きで、僕はときどきこの言葉を使っていました。

確か「心象風景」という言葉は宮沢賢治が使っている「心象スケッチ」という言葉をもとにして松本さんが考えた言葉。まあ、調べれば松本さんよりも前にその言葉を使っていた人はきっといたような気もするけど。

そういえば「心象風景」の歌詞の中には「境界線」という言葉が出てきます。「境界線」というのも松村圭一郎さんの『うしろめたさの人類学』のキーワードの一つで、この日引用したいくつかの言葉の中にも「境界」や「境界線」という言葉がいくつも出てきます。

そう、「境界線」はスキマが生まれる場所ですね。

A面の「恋愛遊戯」には「透き間」が出てきてB面の「心象風景」には「境界線」が出てくる。このシングルも手に入れたくなりました。


さて、何度も言っているように、松村さんの本の中で「うしろめたさ」とともにとりわけ重要なキーワードが「贈与」でしたが、ちょっと面白かったのは僕が余白珈琲さんに初めて注文したちょうどその頃、余白珈琲さんは「贈るコーヒープロジェクト」を始めたんですね。それまでに温めていたイメージを具体化したようです。

こんな内容。


コーヒー豆を購入された方に予告なしで、「1杯分のコーヒー豆」を贈ることがあります(気が向いたらなので、ランダムです)。
贈られた方は、お返しは要らないので、是非それを誰かに贈ってあげてください。そうしてひと息をついた誰かが、また別の誰かのために何かを果たし、温かみが巡っていけば、と願っています。
テーマは『コーヒー1杯分の温かみが、社会を循環していく』です。
小さな範囲から、ちょっとしたことからでいいと思います。今回のプロジェクトには関係なくても、日常で、何か「贈り物」を受け取ったと感じたなら、誰かにパスしてください。
時に、温かな連鎖に想いを馳せながら飲むコーヒーもいいものです。

実はこの少し前にある方から素敵な贈り物をいただいていて、何かお返しをしたいなと考えていたところだったので、これは素敵だと思って「1杯分のコーヒー豆」を贈ってくださいと頼んだんですね。「予告なし」で「ランダム」となっているのにもかかわらず。でも、余白珈琲さん、そんな僕のわがままな願いを快く引き受けてくれました。

ちなみに余白珈琲さんが松村さんの『うしろめたさの人類学』を読んだのは、もう少し後のことだったようです。松村さんのイベントでの珈琲の贈与がきっかけで縁がつながった余白珈琲さんが、全く別の形で珈琲の贈与という「温かな連鎖」を作ろうとしていることに感動すら覚えました。


ところで今月もこれからいろいろと楽しみなことがいくつか待っているんですが、来年の1月も楽しみなことがいくつもあって、その中の一つがミシマ社から平川克美さんの新刊が出ることです。

テーマはまさに贈与。タイトルはどうやら『二十一世紀の楕円幻想論』。この本はかなり前から取り組んでいたようで、平川さん渾身の1作になりそうです。

平川さんはかなり前から「楕円幻想」という言葉を使われていて、僕はその「楕円」というイメージが気に入って、で、最近の珈琲豆をめぐる縁のことにつなげて「楕縁」という言葉を思いたんですね。考えたときには、おっ、これは!って感じで、すぐにこのブログにも書こうと思ったんですが、ふと、小田嶋隆さんが以前、平川さんとの対談で言っていた「これはって思うような言葉を考え出したときにググってみたら、たいていは誰かがすでに使っている」という言葉を思い出してググってみたら、なんとヒット数が141,000 件!。あの五郎丸さんがブログのタイトルとして使ってたんですね。いやはや。

まあ確かにラグビーボールは楕円ですね。ああ悔しい。

悔しいと思いながら翌日、余白珈琲さんの豆を取り出したら、珈琲豆も楕円でした。ラグビーボールとはちがって不揃いではあるけれど、僕がイメージする楕縁はこちらの形。

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ってことで、平川さんの新刊を読んだりしながら、これから自分なりの「楕縁」のイメージを膨らませていこうと思っています。


と、ここで一旦は書き終えたんですが、ふと、僕が初めて平川さんの著書で「楕円幻想」という言葉を見たのはどれだったかなと思って調べたら、5月に発売された『路地裏の民主主義』でした。この日紹介しているように平川さんの隣町珈琲に行ったときに、まだ発売前のものをいただいてサインしてもらったんですね。


で、今改めて目次を開いたら、ナント!

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「楕円幻想」の横には「木綿のハンカチーフ」!

そして「楕円幻想」の話の中には「有縁」と「無縁」という「縁」の話が出てくる。


いったい世の中はどうなっているんでしょう。

いや、少なくとも僕にとっての世の中は楕縁。ふぞろいではあるけれど、珈琲豆のような温かな膨らみのある楕円の形をしたものが存在しているようです。


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by hinaseno | 2017-12-03 12:46 | 雑記 | Comments(0)