Nearest Faraway Place nearestfar.exblog.jp

好きなリンク先を入れてください

Talks About Music, Books, Cinema ... and Niagara


by hinaseno
プロフィールを見る
画像一覧

2017年 11月 17日 ( 1 )



a0285828_13520416.jpg


今、聴いているのは太田裕美さんの歌った「かくれんぼ」。塩屋に行く前日に作ったプレイリストの最後に入れていていたものの、結局塩屋では聴かなかった曲です。

「かくれんぼ」は大瀧さんがはっぴいえんど時代に作った曲で、ファーストアルバム(通称「ゆでめん」)のA面2曲目に収録されています。どちらかといえば地味な曲ですが、最近すごく気に入っています。太田裕美さんのカバーもすばらしい。


太田裕美さんが「かくれんぼ」をカバーしていたことは『太田裕美白書』を読んで初めて知りました。1999年に発売されたミニアルバム『Candy』に収録。このアルバムは松本隆さんが作詞家活動30周年を迎えたのでそのお祝いということで急遽作られることになったようで、松本さんが作詞した曲を3曲収録。「かくれんぼ」はそのうちのひとつ。

ちなみにこのアルバムの1曲目に収録されているのは細野晴臣さん作曲の「風をあつめて」。やはりはっぴいえんど時代に作られた曲ですね。こちらは2枚目のアルバム『風街ろまん』のA面3曲目に収録。文句なしにはっぴいえんどの一番の代表曲で、はっぴいえんどは知らなくてもきっと多くの人が聴いたことがあるはず。

「かくれんぼ」と「風をあつめて」にはいずれも「珈琲」という言葉が出てきます。調べたらはっぴいえんどの曲で「珈琲」が出てくるのはこの2曲だけ。ただし「かくれんぼ」で「私」が飲んでいるのは珈琲ではなくお茶ですが。


ところで昨日『風街茶房 松本隆対談集』の2巻目の「2005 - 2015」を一気に読み終えました。興味深い話がいっぱいで、それについて書き出したらきりがないけど、前回少し紹介した松本さんと細野さんと鈴木茂さんの鼎談でもう一つ紹介しておきたい話があったのでそちらを紹介しておきます。僕はこういう話が大好きなので。


細野:しかし、はっぴいえんども、何がどう転んでああなったのか。本当は小坂忠が入ってるはずだったし。
松本:歴史の「IF」ってどうなんだろう。もしも小坂忠がはっぴいえんどにいたならば。
細野:全然違うバンドになってたよ。
松本:すると、大滝さんとは一緒にやってなかったわけだから。それだとはっぴいえんどじゃないもんね。
細野:結局、自分の思うこととは違うことをやらされているんだ、ずっと。
松本:いつもそうだよ。見えない力が加わって、計算通りにはならないものなんだ、人生は。
細野:大滝くんが言ってた。「はっぴいえんどは自分の中では特殊な時期だった」って。彼はもともとポップス好きだから。彼がはっぴいえんどに参加していたのは特殊なことだったんだ。
松本:でも、自分のやりたいことをやるとうまくいかず、自分の意志とは違うことを、誰かにやらされるほうが意外とうまくいく。大滝さんに限らず。
細野:そういうものなんだよね。

この話、ちょっとだけ説明がいりますね。もともと細野さんと松本さんははっぴいえんどの前にエイプリル・フールというバンドに入っていました。ただしそのバンドはブルースやかなりハードなロックをやっていたので、細野さんの好みではありませんでした。細野さんはバッファロー・スプリングフィールドのような曲をやりたかったんですね。というわけでエイプリル・フールはアルバムを1枚出しただけで解散。

で、細野さんはバッファロー・スプリングフィールドのような曲をやる新しいバンドを作ろうとして、まず最初に決めたのがバンドのリードボーカル。それは同じエイプリル・フールにいた小坂忠さんでした。ところがバンド結成という直前に小坂忠さんがロックミュージカル『HAIR』への出演が決まって細野さんが作ろうとしたバンドへの参加を断念するんですね。

そんなときにエイプリル・フール以前に細野さんと勉強会のようなことをやっていた大瀧さんがたまたま細野さんの視界に入ってくることになるんですね。その勉強会で主に聴いたり演奏していたのは現在ソフトロックと呼ばれるジャンルの曲。細野さんは大瀧さんがポップス好きであることは知っていて、バッファロー・スプリングフィールドのような音楽をやる人間でないことはわかっていました。ただ、細野さんはちょこちょことはバッファロー・スプリングフィールドの曲を聴かせていたようです。でも、やはりその音楽は大瀧さんの好みのものではなかったようで、どちらかといえばずっと遠ざけていた。

ところがある日、小坂忠さんがバンドへの参加を断ったまもない時に大瀧さんが細野さんの前に現れてこう言ったんですね。

「バッファローがわかった」

と。

その言葉を聞いた細野さんはすぐに大瀧さんにバンドへの参加を要請、大瀧さんはその場で了承します。はっぴいえんどはここからスタートしました。1969年9月6日のこと。

松本さんが語った歴史の「IF」とはまさに縁のこと。不思議というかなんというか。


話はころっと変わって、『風街茶房 松本隆対談集』の最後には対談とは別に松本さんのエッセイのような話がいくつか掲載されていました。そのうちのひとつ「タイムマシンはいらない」というエッセイにこんな言葉が出てきて、おっと。エッセイが書かれたのは2007年5月7日。


木立の透き間に白い屋根が飛び去るのが見えた。

前回紹介した太田裕美さんの「振り向けばイエスタディ」と「海が泣いている」に出てきたフレーズにそっくりな言葉。2つの曲の詞が書かれたときからは30年くらいの月日が流れているのに同じ表現を使っているんですね。「透き間」という漢字を当てているのも同じ。きっと「透き間」というのは松本さんのキーワードにもなっているんでしょうね。「透き間」がなければ風が通らない。


ふと思いついたことですが、大瀧さんの「縁は尻尾だ」「縁は縁側だ」という言葉になぞらえて言えば「縁は透き間だ」と言えるのかもしれません。いや、まさしくそうですね。縁は透き間。

改めて考えてみると「透き間」というのはただ単純に物理的な空間を表している「隙間」とは違って、心を通して見た風景のような気がします。透明な心でしか見えないような空間。

水のように透明な心ならいいのに。


これは塩屋で見つけた透き間。これについてはまた後日。

a0285828_11570691.jpg


[PR]
by hinaseno | 2017-11-17 11:57 | 雑記 | Comments(0)