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Talks About Music, Books, Cinema ... and Niagara


by hinaseno
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2017年 11月 03日 ( 1 )


Little Dancing Bird


昨日はドジャースがワールドシリーズを制覇することを想定して文章を書いていたんですが、結局負けてしまったので、書く気力をなくしてしまいました。時間もなくなったんだけど。

でもうれしいニュースがいくつかありました。ひとつは超ド級のニュース。今は毎日、贈り物のことを考えているのですが、その僕(だけではないけど)にとんでもない贈り物が届けられることになったんですね。

これです。

発売日は来年の3月21日。もちろんナイアガラ・デイです。


今年、このブログでシリア・ポールの「夢で逢えたら」の40周年記念盤が発売されることを願う文章を何度も書いてきましたが、まさかそれがこんな形で実現するとは思いませんでした。未発表音源の中にある「CM音源」というのはまちがいなくこの日書いた資生堂「香り’77」のはず。それから僕が5月にたまたまその前を通ったあの音響ハウスでマスタリングされた「ONKYO HAUS Master」を11曲も収録。願いが全てかなった感じで気持ちが悪いです。もしかしたら企画関係者の方、このブログ読んでくれているのかな。この日書いたようにアゲインでの石川さんの「マスターの自由自在」で関口さんが語られたことから、シリア・ポールに関する何らかの動きがありそうな”うれしい予感”はしていたのですが、やはりそうでした。ああ、楽しみすぎる。


うれしい話といえばもうひとつ、昨日、作詞家の松本隆さんが紫綬褒章を受賞されました。テレビ(「報道ステーション」)を見ていたら、ほんの数十秒のインタビュー・シーンでしたがなんと松本さん、大瀧さんのことを語っていました。字幕にももちろん「大滝詠一」の文字。

ああ、神戸で会いたかったな。いつか会えるかな、神戸で。


神戸といえば、宮治さんの『MY LITTLE HOMETOWN 茅ヶ崎音楽物語』の次に読んだのは(こちらは”小さな本”なので一気に読み終えました)ミシマ社創業十周年記念企画として出版された吉田篤弘さんの『京都で考えた』という本ですが、この中で最後の方で神戸のことがほんの少しだけ出てきました。


ここで、話はいきなり神戸に飛ぶーー。

と。

おっとなりますね。吉田篤弘さんといえば作家としても、そして何よりクラフト・エヴィング商會という肩書きでされている装幀家として大好きな人。きっかけは『おかしな本棚』。この本を読んでいたら神戸の海文堂書店のことが出てきてとにかくびっくりしました。吉田さんは神戸が好きで海文堂にも何度も立ち寄っていたんですね。その本を読んだ後、すぐに海文堂に行って吉田篤弘さんやクラフト・エヴィング商會の本をまとめ買いしました。

さて、『京都で考えた』に出てきた神戸の話はこう続きます。


 海側の「旧居留地」と呼ばれるエリアを歩いているとき、「すぐそこの遠い場所」というフレーズを思いついた。

「すぐそこの遠い場所」というのはクラフト・エヴィング商會名義で書かれた本のタイトル。その本もたぶん海文堂で買ったはず。

考えてみたら「すぐそこの遠い場所」といえばこのブログのタイトルである「Nearest Faraway Place」そのままですね。今頃になって気づきました。僕はビーチ・ボーイズの曲のタイトルからとったんですが縁とは不思議なものです。


不思議な縁とか偶然といえばポール・オースター。そのポール・オースターが編集した『ナショナル・ストーリー・プロジェクト』に収録された「数学的媚薬」の余波はいまだに続いているようで、昨日も前々回に書いたものへのアクセスがいっぱいありました。さっきググってみたら、まだ前々回に書いたものがトップになっていますね。

読まれた人はこれを縁だと思ってぜひ宮治さんの本や『くまくまちゃん』も買ってみてください。いずれも「数学的媚薬」に負けないくらい素敵な話がいっぱいです。


そういえば『ナショナル・ストーリー・プロジェクト』がらみの話をひとつ思い出しました。

『ナショナル・ストーリー・プロジェクト』というのは本当に優れた企画で、集まってきたものが本当に素晴らしい話ばかりだったので、それに触発されて僕の敬愛する内田樹先生と高橋源一郎さんが日本版『ナショナル・ストーリー・プロジェクト』を何年か前に企画したんですね。調べたら2010年3月8日の内田先生のブログに書かれていました。

でも、募集を締め切った頃に内田先生がブログに書いていたように思いますが、正直、あまり面白い話は集まらなかったんですね。募集された作品はのちに『嘘みたいな本当の話』と題された本になって、僕もぱらぱらと立ち読みしましたが、ポール・オースターが編集した『ナショナル・ストーリー・プロジェクト』とは作品の質が違いすぎました。


実は僕もそれに応募しようと思って書きかけた話があったんですね。でも、その話、知り合いにしてみたら「ふ~ん」で終わってしまったので、結局応募しませんでした。

こんな話。2010年時点での話として書きます。もちろん事実。タイトルは「Little Dancing Bird」。


  *  *  *


今から10年あまり前の1998年の秋のこと。それまで10年近く仕事(小さな学習塾)をやっていたテナントビルの大家さんから、1年後に建物を取り壊すことになったので来年の夏くらいまでには出て行ってほしいと言われました。びっくりはしましたが、ちょうどその少し前にプライベートでかなりきつい出来事があったので、これを機会にこの地を去ろうかと思いました。でも冷静になって考えると、ずっと見てきた何人もの子供たちを見捨てるような形にするわけにもいかない。とはいえ、すぐ近くに手頃な場所が見つかりそうにもありませんでした。

年が変わって1月も終わり、いろいろな判断をするにはぎりぎりの時期になってきたある日、いつも通っていた道が工事のために通れなくなっていたので、仕方なく今まで通ったことのない小さな道に入りました。そして、その道からやや広い道に出ようとしてブレーキを踏んで一時停止したとき、一羽の小鳥が飛んできて車のボンネットの窓のすぐ近くのあたりに止まりました。一時停止しているとはいえ、車のボンネットに鳥が止まるというのは初めての経験でした。

すぐに飛び去るだろうと見ていたら、その小鳥は目の前で踊っているとしか思えないような動きを始めました。まるで何かを伝えようとするかのように。僕はブレーキを踏んだまましばらく(といってもおそらく10秒くらいのことだったかもしれないぇど)それを眺めていました。

ようやく小鳥は飛び去って車を発進させようとしたら、その小鳥はすぐ近くの建物の屋根のあたりに止まって、やはりこちらに合図を送るような動きを始めました。ふとその建物の壁を見ると、そこにはテナント募集の看板が。

こんな近くにテナントを募集しているところがあったとは思いもよりませんでした。管理会社に連絡して中を見せてもらったら理想的なサイズの建物。家賃も理想的。すぐに契約しました。

それから約10年、僕はその場所で仕事を続けています。


  *  *  *


「ふ~ん」

と、どこからかそんな声が聞こえてきそう。

「ふ~ん」ついでの話を今付け加えるならば、その建物の面していた道はかなり広い道なのにそれまで通ったことがなかったのには理由がありました。その道はずっと行き止まりの状態になっていたんですね。

あとでわかったことですが行き止まりになっていた場所には川が流れていました。僕がその建物を見つけたのは、その川に橋が作られて道が開通して間もない時期だったようです。

その川の名前は、船場川。


ところで内田先生がブログで作品を募集したときのものを確認したら最後にこんなことが書かれていました。


連盟(「甲南麻雀連盟」のこと)参与の平川くんはすでに「オレもう書いちゃったよ」と言ってくれております。

平川さんの話、本に載っているのかな。今度本屋に行って確認してみなくては。

ちなみに「Little Dancing Bird」というのはシェルビー・フリントのこの「Little Dancing Doll」という曲にかけています。曲を書いたのはバリー・デヴォーゾン。そういえば僕が宮治さんが書かれたものでとりわけ好きなのは「バリー・デヴォーゾンと語った午後」でした。




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by hinaseno | 2017-11-03 11:57 | 雑記 | Comments(0)