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by hinaseno
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2017年 03月 11日 ( 1 )


私の青空


今日は3.11。3月は記憶すべき大事な日がたくさんありますね。3月15日はアゲインの開店記念日。そして3月21日はナイアガラ・デイ。

震災の起きた年のナイアガラ・デイ前日の2011年3月20日、武蔵小山のアゲインでは予定通りナイアガラ・デイを祝うイベントが行われました。自粛ムードが広がって、大瀧さんがらみのイベントもいくつかは中止される中での開催。

そのイベントがあった日はまだ、アゲインの石川さんとメールや電話のやりとりをできるようになる前のことでしたが、心はアゲインにとんでいました。その日のアゲインのイベントのゲストは平川克美さん。その頃平川さんは父親の介護の日々を送られていて数日前に父親の胃ろうの手術をされたばかり。その平川さんが父親の介護のことを記した『俺に似たひと』に、その日のアゲインでのイベントの話が出てきます。


 ……かれらが福島第一原子力発電所に入って大活躍した日の翌日、友人の石川茂樹が武蔵小山でやっているライブカフェ「アゲイン」で、ちょっとしたイベントがあった。
 石川は、俺が内田樹らと興した翻訳会社のほぼ創立メンバーで、最後までこの会社の専務として働いてくれた竹馬の友である。俺が会社を辞めると、しばらくして彼も会社を去り、武蔵小山駅前でライブカフェを開いた。この日は四周年記念日であり、大瀧詠一さんの「ロング・バケーション」三十周年記念アルバム発売日ということで、俺にも何かやってくれないかとの打診があった。会場には、大瀧詠一さんのファン(大瀧さんが1974年につくったレーベル、「ナイアガラ」にちなんで、ナイアガラーと呼ばれている)が全国から集まってきていた。全国からといっても二十名ほどなのだが、そのなかには福島原発から二十キロ圏内の相馬にご実家のある方が駆けつけてくれていて、現地の状況をスライドで見せてくれた。彼も熱烈なナイアガラーのひとりだった。
 俺は場違いな人間であったが、石川くんの求めに応じて、移行期的混乱のこと、進行中の原子力発電所の事故に関して、自分が日頃感じていることなどを話した。意外にも、ナイアガラーの諸君は熱心に俺の話を聴いてくれた。 
 俺の話が終わると、大瀧詠一さんゆかりの曲が、会場に流された。そのなかに大瀧さんが歌う「私の青空」があった。
 その歌は、俺にとっては特別な歌だった。
 もともとは、アメリカでつくられ、1920年代に大ヒットして以来スタンダードナンバーとなった「マイ・ブルー・ヘブン」という曲である。日本語にしたのは堀内敬三で、二村定一、天野喜久代の歌唱によりコロムビアから発売された。
 1920年代の発売であったが、以後時代を越えて多くの日本人歌手がこの歌をカヴァーしてきた。エノケンこと榎本健一が中心となって合唱する映像や、「上海バンスキング」での吉田日出子の歌声も印象的なものであった。特に、俺と同じ年の破天荒な酔っ払いである高田渡のライブ演奏を映画で見たときは、心が震えた。
 日本で歌い継がれた理由はその曲調にもあったが、なによりも堀内敬三の詞が、当時の日本人の生活にぴったりと合致したからだろう。小市民的な幸福を歌った歌詞だが、昭和初期の日本を生きてきたものなら誰もがこの歌が指し示す「家庭の幸福」に、痺れるような懐かしさを覚えるだろう。
 その理由は、今はもうそれが失われて久しいというところにあるのかもしれない。「日暮れて辿るは、我が家の細道」というところを聞くと、俺も父親と歩いた銭湯帰りの光景を思い浮かべてしまう。不思議なことに、この歌は状況が悪ければ悪いほど身に染みるのである。デスペレートな空気のなかで、なお湿度と温度を吹き込んでくれる。
 この日の大瀧さんの歌声は、この歌が最初に歌われたクルーナー唱法を思い起こさせてくれた。そして、感傷を排除して歌えば歌うほど、身に染みるということも。俺は手元の携帯電話からツイートした。

3月20日(日)15:32
 大瀧さんの私の青空がかかっている。滲みる。

 その晩、自宅へ戻ってパソコンを開くと、くだんのナイアガラーくんから俺の話が的確で、意義のある会話ができたとの返信があった。そして「よかったですね。私の青空」と書き添えてられていた。
(中略)
「アゲイン」でのイベントが終了して、俺はその足で病院へ向かった。
 届かないことを承知で、「どうだい、顔色いいじゃないか」と声をかける。しばらく様子を見てから、おむつと尿とりパットを補給し、汚れ物を持って病院を後にした。
 家に戻る車中で、購入した大瀧詠一さんの「A LONG VACATION(ロンバケ)30th Edition」のCDを聴きながら、これからのことを漠然と考えていた。とはいえ、これからのことが何を意味しているのかよく分からなかった。それは、今のこの生活がいつまで続くのか、あるいはどこかで終止符が打たれるのかということしかないはずだった。それでも、俺はそのようには考えなかった。
 これからは来るのだろうか。それは、どんなこれからなんだろうかーー。
 ただそれだけを漠然と考えていたのである。


というわけで、僕は3.11がやってくると大瀧さんの「私の青空」を聴きたくなります。大瀧さんはあえて「私の天竺」というタイトルにして歌っています。




今日は青空が広がった一日。で、僕もいろいろと「これから」のことを考えていました。漠然としか考えることのできない「これから」のことを。


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by hinaseno | 2017-03-11 18:19 | 雑記 | Comments(0)