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2017年 02月 09日 ( 1 )


スロウな本屋へ(2/2)


スロウな本屋さんは、ナビを使わなければわからない、まさに隠れ家のような場所にありました。

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近くの大きな道は車で何度も通っていたけど、一歩入ったところにこんな場所があったとは。なんともいい場所、いい家を見つけたものです。店主の小倉さんからこの家を見つけた話もうかがいましたが、とても興味深い話でした。いいものを見つける眼と、確かな感覚を持った人とつながる力(運)をお持ちのようです。

ちなみに小倉さんの出身地は和気。山陽線の駅でいえば三石のとなりのとなり。和気清麻呂さんの和気です。

さて、古い民家を改装した店内もなんとも素敵でした。その名の通り外の世界とは隔絶されたスロウな時間が流れていて、いつまでもいたくなるような場所。

玄関から建物に入って(靴を脱いで上がります)最初に目に飛び込むのがこのスペース。

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もともと押入れがあった場所を改装してるんですね。絵本中心の児童書がずらっと並んでいて(星野道夫の本はこちらにいくつかありました)、子供達は下のスペースで、ゴロゴロしながら絵本を読めるようになっています。子供が喜ぶような工夫も。行ってのお楽しみです。

アラジンのストーブが置かれている奥の部屋には基本的には大人が読む本が並んでいます。

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とはいっても、僕が行っていたときには母親に連れられた4~5歳くらいの女の子がこっちの部屋にも入ってきていろんな本に手を伸ばしていました。場所も、そして本も区別があってないようなもの。

ジャンルは多岐にわたっていますが、店主の確かな考えが伝わってくるような本が並んでいます。持っている本もあれば、ネット等で目にして気になっていたものの実際に手に取る機会がなかったような本もいっぱい。小さな声で語られる、ささやかだけれど大切なこと特別なことが書かれているはずの本ばかり。全て新刊ですがこれだけの本をよく集められたなと感心しました。大きな書店に行けば置かれているのかもしれませんが、いろんなコーナーに足を運ばなければならないし、たくさんの本の中から気づくのは大変そう。

平川克美さんの『言葉が鍛えられる場所』は平積みにされていました。Facebookやサイトの紹介ページで取り上げたら反響があったようで、かなりの数が売れたそうです。ちなみに平川さんのことは『小商いのすすめ』を読んで好きになられたとのこと。店にはほかにも『「消費」をやめる』や『何かのためではない、特別なこと』がありました。そういえば僕がサウダージ・ブックスから出版された原民喜の『幼年画』を読んだきっかけは平川さんの『何かのためではない、特別なこと』に収録された書評でした。

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ところで、店主の小倉さんも昨年の秋に旧内山下小学校で開かれた建築家の光嶋裕介さんと岡山大学文学部准教授の松村圭一郎さんとミシマ社代表の三島邦弘さんによるトークイベントに行かれていたそうで、どうやらその日にミシマ社さんとの縁ができたようで、昨日は岡大で三島さんと松村さんとトークイベントを行われたようです。行きたかったけど時間の都合が合わず行けませんでした。どんな話がされたんでしょうか。またお店の方に伺って聴いてみようと思います。


ところでスロウな本屋さんで買った本を一つだけ紹介。児童書の部屋で買ったこの『赤い蝋燭と人魚』(小川未明 文 酒井駒子 絵)。

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実はこの『赤い蝋燭と人魚』には苦い思い出があって、それを書くと話が長くなるけど一応書いておきます。

話は中学3年生の夏休み明けのこと。その日は死ぬほど嫌いだった読書感想文の発表会。読書感想文って本当に読書嫌いにしますね。しかもその発表会のようなものがあったから最悪でした。読書感想文の発表会のたぶん最後くらいに、一人の女の子が読んだ本が紹介されました。彼女はとてもおとなしい子。今思えば、ちょっと知恵遅れの子だったかもしれない。勉強もまったくできなくて、授業中にその子があたると授業が進まなくなってしまう。

その子が紹介したのが『赤い蝋燭と人魚』の絵本でした。

先生がその本を出したときに「絵本じゃん。ずるい」とクラスのだれかが言いました。するとあちこちから「ずるい、ずるい」の声。僕が「ずるい」という声を発した中のひとりにいたかどうかは覚えていないけど(最初に「絵本じゃん。ずるい」と言ったのが僕かもしれない)、心の中で中学3年生にもなって絵本の感想文を書くなんてとちょっとばかにした気持ちになっていました。

彼女は真っ赤になってずっとうつむいていたけど、そのうちに泣き出してしまいました。たぶん先生は絵本でも素晴らしい本があるんですとか言っていたはずだけど、その声はクラスの多くの人間には届くことはありませんでした。

覚えているのはこれだけ。でも、この日のことがなんとも苦い思い出としてずっと残っているんですね。何かあるたびに思い出してしまう。きっとクラスの人はみんな忘れてるだろうけど。当事者だった彼女はどうなんだろう。


それから何年かたったある日、たぶんどこかの図書館で『赤い蝋燭と人魚』を目にして、あの日の苦い思い出がよみがえって、ちょっと手にとって読んだらなんだか気持ちの悪い話ですぐに本を戻してしまいました。


一昨年に高橋和枝さんが絵を描かれた『月夜とめがね』の話が素晴らしくて作者の小川未明のことが気になって、本の最後のページの作者の紹介のところを見たら最初に書かれていたのがまさに『赤い蝋燭と人魚』。これは機会があればきちんと読まなければと思いました。

で、また『赤い蝋燭と人魚』のことをちょっと忘れていたのですが、先日読んだ『小泉今日子 書評集』に取り上げられていたのが酒井駒子さんが絵を描かれた『赤い蝋燭と人魚』でした。これは絶対に読まなくてはと思っていたときにスロウな本屋さんで出会ったんですね。

あの日以来初めて手にとってきちんと読みましたが、すごい話でした。こんな深い悲しみをたたえた物語だったとは。あの当時、中学3年だった彼女はこの悲しみを受け止めることはできたんだろうかと思いました。いや、できたからこそ感想文に書くことができたんでしょうね。それは当時の僕はとても受け止めることのできない質の悲しみでした。

ところで、こんなことを書きながら僕はその彼女の顔を今思い出すことができない。アルバムを見てもわからない。彼女は一体誰だったんだろう。これは実際に起こった話だったんだろうか。何か記憶を封印しているような気がする。やはりあのとき最初に「絵本じゃん。ずるい」と言ったのは僕だったのかもしれない。


というわけで、次回は予告していた話に戻ります。


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by hinaseno | 2017-02-09 13:27 | 文学 | Comments(0)