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by hinaseno
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Springsville in Tokyo #20 - 東京の空(数寄屋橋付近)


銀座に行こうと思ったのは、東京に行く前日でした。東京行きを決めた当初は11時くらいから開店し始める神田の古書店をいくつかまわろうと考えていたのですが、神田のあたりの地図を見ていたら銀座がそんなに遠くないとわかったので、じゃあ行ってみようと。


銀座といえばなんといっても服部時計店(現在の和光)。で、最寄りの駅から和光への道を地図で確認していた時に、その建物が目に入ったんですね。

泰明小学校。

あの鈴木信太郎の「東京の空」に描かれている泰明小学校がこんなところにあったのかと思いました。ちなみに「東京の空」の正式な題名は「東京の空(数寄屋橋付近)」。数寄屋橋がどのあたりにあるのかは昔調べたことがありましたが、すっかり忘れていました。銀座だったとは。


川本三郎さんの『いまむかし 東京町歩き』の「泰明小学校」の章はやはり鈴木信太郎の「東京の空」の話から始まります。


 昭和に活躍した洋画家、鈴木信太郎に「東京の空(数寄屋橋付近)」という作品がある。昭和6年(1931)に当時、数寄屋橋の脇にあった朝日新聞社の五階あたりから新橋方向を描いた絵で、画面の中央にあるのは、数寄屋橋の架かる外濠川(戦後、埋め立てられる)と、川べりに見える名門、泰明小学校。
 大正12年(1923)の関東大震災で創立時のレンガ造りの校舎が倒壊した。そのあと、いわゆる震災復興小学校のひとつとして昭和4年に竣工した。
 鈴木信太郎はその出来たばかりの新しい建物のモダンな姿に惹かれたのだろう。泰明小学校を画面の中央に置いている。

ということで改めて鈴木信太郎の「東京の空(数寄屋橋付近)」を。泰明小学校がどれかわかるでしょうか。

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川本さんの文章の続きを。


 この建物が、現在も数寄屋橋交差点の近くに健在なのはご存じのとおり。昭和はじめに建てられた建物がいまだ東京の真ん中に残っているのは、昭和7年竣工の服部時計店(現在の和光)がいまも健在なのと同様。激変が続く東京の中ではこのことは奇跡に近い。

そう、やっぱり奇跡です。ということで、泰明小学校へ。

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そばに公園があったので、ベンチに腰掛けてずっと眺めていました。いや、本当に素晴らしい建物。学校の真ん前にワインバーがあって外にもテーブルが置かれてあったので、夜ワインを飲みながら見ても最高ですね。

本当は現在の有楽町マリオンに行って、鈴木信太郎が見たのと同じ風景が見れたら最高なのですが、見えるのかな。


そういえば前回紹介した高橋和枝さんのこの絵。

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色合いもそうですが、どこか鈴木信太郎の「東京の空」にもつながる雰囲気がありますね。

まん丸く描かれた木がまるでアドバルーンみたいです。


ところで川本さんの文章を読み返していてへえ~っと思ったことがひとつ。それは泰明小学校に通っていた有名人のこと。一番有名なのは島崎藤村でそれはよく知っていました。へえ~っと思ったのは信欣三という俳優。もっぱら脇役が多い人のようですが、あの『東京暮色』に出ているんですね。なんと原節子さんの夫役。でも、原さんは別れようとしているんですね。いかにも頼りない感じの男。

『東京暮色』の原節子さんは『麦秋』の輝くような明るさはまったくなくて、ただひたすら暗い役柄を演じています。


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by hinaseno | 2017-06-01 14:11 | 雑記 | Comments(0)