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by hinaseno
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Springsville in Tokyo #19 - ニコライ堂の横の並木道を歩いていたのは…


聖橋からニコライ堂の辺りに戻ってきたときに思い出したのが松本竣介のこの「並木道」という絵でした。松本竣介の作品の中で最も好きなものの一つ。絵が描かれたのは1943(昭和18)年頃。

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僕がそのとき歩いていたのは本郷通りと呼ばれる通りのニコライ堂とは反対側の歩道。ちょうどこの写真を撮っていたときのことでした。

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そういえば松本竣介に確かこの辺りで男の人が歩いている絵があったなと。家に戻って確認したらやはりそうでした。

この絵のことを知ったのは例の洲之内徹の『気まぐれ美術館』。これは『芸術新潮』に連載されたときのもの(1975年11月号)。

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下にある写真は松本竣介が絵を描いた同じ場所から洲之内さんが撮った写真。ちょっと拡大します。竣介が絵を描いてから30年の歳月が流れています。

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で、これは洲之内さんが描かれた地図。

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洲之内さんが写真を撮った場所、つまり竣介が絵を描いた場所は、この地図の矢印で示されたところ。僕がまさに上の写真を撮っていた辺りでした。


「並木道」のことを思い出した時に、とりあえず聖橋方向の写真を撮ろうかと思ったのですが、御茶ノ水駅から降りてきたものすごい数の人の波が向かってきていて、とてもそちらにカメラを向ける勇気はありませんでした。ニコライ堂を撮るのすら恥ずかしかったくらい。

ところで手元にある『松本竣介展 生誕100年』という図録を見ていたら、この「並木道」のスケッチが2枚収められています。

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最初に描いたのは左。洲之内さんの撮った写真とそんなに変わらない風景ですね。で、坂を実際よりは少し急にして描いたのが右の絵。それを下絵にして「並木道」を描いたことがわかります。

一応ストリートビューで撮った写真を貼っておきます。

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ところで、洲之内さんの地図にも描かれていますが、右に見える石垣にそってビルの前を通って右側に下る道は幽霊坂と呼ばれています。幽霊坂というのはあちこちにあるけどこんなところにもあったんですね。昭和56年発行の『今昔 東京の坂』を読むと「人通りはまったくない」と書かれています。今はどうなんでしょう。


ニコライ堂の横を男が歩いているといえば松本竣介には「ニコライ堂の横の道」という絵があります。こちらは1941(昭和16)年頃の作品。

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前から気になっていたのは、この絵に描かれている2つの建物。どうみてもあのニコライ堂とは違うんですね。色々調べていたらネット上にこんな写真がありました。聖橋を渡ったところから撮ったニコライ堂と聖橋。撮影された年代は確認できませんでしたが、おそらく昭和初期の写真のはず。

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この写真を見たら今見ることのできる建物の右の少し離れたところに、まさに松本竣介が描いた建物が2つ見えます。

とすると「ニコライ堂の横の道」というのは紅梅坂と呼ばれている道ですね。前に紹介したこの写真に写っているのが紅梅坂。

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おそらくこの写真を撮った場所のあたりで当時右に立っていた2つの塔を描いたんでしょうね。ちなみに『今昔 東京の坂』によると、この紅梅坂は本郷通りができる前は幽霊坂とつながっていたとのこと。ここはほとんど人通りがありませんでした。


小津の『麦秋』で映し出されたニコライ堂があのように見える場所に紀子(原節子)の兄の省二と謙吉が何度も立ち寄っていた喫茶店があったとするならば、それは「ニコライ堂の横の道」に描かれた建物の塔の先あたりということになります。

省二が謙吉に徐州戦のあった1938年に麦の穂の入った手紙を送っているのですが、おそらくそれが最後の手紙だったはず。つまり省二はそれから間もなく亡くなっている。

ここで一つの妄想を。

松本竣介が「並木道」(1943年頃)と「ニコライ堂の横の道」(1941年頃)に描かれていた男は、ニコライ堂の見える風景が好きな省二ではなかったかと。それが幽霊なのかどうかはわからないけど、松本竣介にはその姿が見えていた。


さて、話はころっと変わって、この絵を。

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描かれたのは高橋和枝さん。昨年の秋に開かれた『日々 綴る。』という2人展にこの絵を展示していたそうで、そのときに高橋さんのブログにこの絵が貼られていたんですが、一目見て気に入ってしまって今ではこんなふうに携帯の待ち受け画面の壁紙にしています。

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この絵、どこか松本竣介の「並木道」につながるものがありますね。でも、高橋さんの絵には竣介の絵にはない幸福感があります。ちなみに高橋さんはこの絵のイメージの元にあったのは子供の頃に見たという長谷川りん二郎という画家の描いた「荻窪風景」という絵だったそうです。


ところで、この高橋さんの絵の前に、かなり長い間携帯の壁紙にしていたのはこの絵。

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鈴木信太郎の「東京の空」ですね。あのアドバルーンのある風景です。

学士会館に戻ってチェックアウトしてから向かったのは、この絵に描かれた場所でした。高橋さんは僕が鈴木信太郎の絵の場所に行ったなんてもちろん知らないわけですが、今回の旅の最後の最後に、おっと思うことがありました。


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by hinaseno | 2017-05-31 14:31 | 雑記 | Comments(0)