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Talks About Music, Books, Cinema ... and Niagara


by hinaseno
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Springsville in Tokyo #15 - 森崎書店にて(2)


実は東京から戻ってすぐに『森崎書店の日々』を見直しまた。あの道、関口さんと石川さんといっしょに歩いたなとか、うれしくなる風景がいっぱい。そして前に見たときには気づかなかったことがいくつも。

たとえば、主演の菊池亜希子さんが森崎書店の店主である叔父の内藤剛志さんから受け取った手紙に添えられていたこの手書きの地図。

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これ、正確な地図だったんですね。「ここ」と書かれた場所はまさに森崎書店があった場所でした。

いちばん驚いたのは『昔日の客』の本のこと。あの本が映画に映るのは昨日紹介したあのワンカットだけかと思っていたら、そうではなかったんですね。映画の後半、店の中で菊池さんが内藤さんに失恋のことを打ち明けるかなり長いカットがあるんですが、そのときに『昔日の客』がすごく目立つ形で置かれていました。

Springsville in Tokyo #15 - 森崎書店にて(2)_a0285828_20175592.png

菊地さんと内藤さんのちょうど真ん中に置かれていますね。照明がそこにあたって本が輝いているみたいです。

この後、なんと内藤さんが『昔日の客』にドンと手を置きます。おいおい、ですね。でも、後で考えたらこれは演出家の一つのメッセージ。

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で、ついに菊地さんは泣き出して、少しずつ心を開いて失恋の話を語り始めます。

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その話は延々と。

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というわけで時間にして6分40秒くらい『昔日の客』は映画に映り続けていたんですね。映画の大事なシーンで『昔日の客』は2人の言葉を聞き続けていたんです。

このシーンのこと、関口さんはもちろんご存知でした。ドキドキしながらそのシーンを見られたそうです。


そういえばウィキペディアで『森崎書店の日々』を調べたら、「劇中で使用された書籍」という項目に『昔日の客』が載っていなくてちょっとびっくりでした。この映画で最も重要な役割を果たしていた本はまちがいなくこの『昔日の客』なのに。

それは『昔日の客』と縁の深い野呂邦暢の本がいくつか登場するところにも示されています。特にこのシーン。

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映し出されているのは『小さな町にて』に収録された「山王書房店主」というエッセイ。「山王書房店主」というのはもちろん『昔日の客』の著者関口良雄さんのこと。こういうのは知らない人には絶対に気づけないことだけど、この映画の制作に関わった人はいろんな形でメッセージを出しているんですね。

僕はたぶん川本三郎さんや大瀧詠一さんの影響で最近は映画を風景で見るようになったというか、風景こそが主人公と考えて見るようになっているのですが、その意味で言えばこの映画の主人公はまちがいなく関口良雄さんの『昔日の客』なんですね。ということもあって、僕はどうしても関口さんとお会いするならばこの映画の舞台になった場所でと考えたんです。

で、僕が三茶書房版の『昔日の客』を持参したのは、もちろんそこに関口さんのサインをもらいたかったから。でも、なかなか言い出しにくくて、勇気を振りしぼってサインお願いしたら、実は最初は断られてしまったんです。

「僕なんかがサインしたら売るときの値段が下がってしまいますよ」と。

売るわけないですよね。こんな大切な本。僕がもし死んだら、いっしょに棺に入れてもらうように今からでも遺言に書いておきます。

あとがきも含めて直人さんはこの本の著者のひとりですからと説得してようやく書いてもらうことに。


そのサインに関してちょっと素敵なエピソードを。サインをお願いしたら関口さんはいっしょにお茶していたテーブルから別のテーブルに移られたんですね。サインをするのを見られたくないのかと思ったら、なんとサインの練習をされ始めたんです。小さな紙に何度も。

これがそのときの関口さん。

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そして書き上がってにっこりの関口さん(僕の名前もきちんと書いてくれていますが、ちょっとぼかしています)。

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さて、これが今手元にある『昔日の客』に書いてもらった関口さんのサイン。

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達筆な墨書きでこう書かれていました。

「感謝をもって 関口直人」


なんといううれしい言葉。この言葉もわかる人にはわかりますね。

『昔日の客』の表題作である野呂邦暢とのエピソードを描いた「昔日の客」で、野呂邦暢が関口良雄さんに贈った本の見返しに書いていたのが、

「昔日の客より感謝をもって」 野呂邦暢

という言葉。その言葉を使われていたんですね。感謝するのは僕の方なのに。


そういえば昨年の暮れ、朝日新聞で連載中の鷲田清一先生の「折々のことば」で、まさにこの「昔日の客より感謝をもって」という言葉が紹介されていました。うれしいやらびっくりやら。何度も書いていますが鷲田先生、ほんとにすごいです。

このときの鷲田先生のコメント。


諫早から上京し、給油店で働く若き日の作家は、故あって郷里に戻ることになる。通いつめた古本屋にどうしてもほしい一冊があったが金が足りない。おずおずと事情を話すと、値切りを嫌う店主が黙って値を下げてくれた。芥川賞を受賞したお礼にと届けた本の見返しにこう書かれていた。含羞の2人の交わりが実にゆかしい。往年の古書店主・関口良雄の「昔日の客」から。

関口直人さんとのこと、もう少し続きます。


by hinaseno | 2017-05-26 10:00 | 雑記 | Comments(0)