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by hinaseno
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神戸のはずれの小さな海街で珈琲を飲む日のこと(その7)ー 人間サイズの町 ー


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唐突ですが、太田裕美さんの「振り向けばイエスタディ / 海が泣いている」のシングルが手に入りました。

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さすがにこのあたりのものを探し求めている人はそんなにはいないようで、楽に、珈琲一杯分くらいの値段で手に入れることができました。

そしてジャケットの裏側。

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一枚の歌詞カードに「透き間」という言葉が並んでいます。これが見たかった。塩屋という縁がなければきっとこのレコードを手に入れようなんて思わなかった。きっとこれから先、ずっとこのシングルを手にするたびに塩屋を思い出すことになるんでしょうね。

ってことでB面の「海が泣いている」をリピートしながらこれを書いています。


塩屋に行こうと思うきっかけとなった森本アリさんの『旧グッゲンハイム邸物語』のこと。話がそこで止まっていましたね。本が出版されたのは今年の3月16日。松村圭一郎さんがツイッターで紹介してこの本のことを知ったのが3月21日。僕はたぶん3月23日に書店で買ったはず。で、4月16日から読み始めて2日間で読み終えていました。こんな一気読みは本当にめずらしいこと。

そもそもは青葉市子さん経由で知った旧グッゲンハイム邸という建物への関心がきっかけだったわけですが、俄然面白くなってきたのは第三章の「塩屋というまち」を読んでからでした。旧グッゲンハイム邸以上に塩屋という町に強く惹かれることになったんですね。

特に目を留めたのが第四章「これからの暮らし」に書かれていたこの言葉でした。


 塩屋の町のことを説明するときに、「人間サイズの町」というキーワードを長年使っています。そもそも「ヒューマン・スケール」(=人間が活動するのにふさわしい空間スケール)という言葉自体はありますが、僕の中での元ネタは、塚本晋也監督の映画『普通サイズの怪人』から来ています(笑)。「ヒューマン・スケール」という言い方よりもしっくりくると思い「人間サイズ」というキーワードを使い続けていますが、特に大きな意味はありません。ただ、やはり塩屋というコンパクトな街を説明するときに、それは非常にイメージしやすい言葉なのではないかと感じます。

これを読んですぐに思い出したのが平川克美さんの『小商いのすすめ』(2012年 ミシマ社、装幀はクラフト・エヴィング商會)の第一章の最初の言葉でした。章のタイトルは「ヒューマン・スケールの復興」。


 本書には、「小商い」という言葉が何度か登場することになります。すでに、「まえがき」で述べたように、それは限定的なマイクロビジネスという意味ではありません。もちろん、そういった意味もまったく含まれていないわけではありませんが、わたしはこの言葉にもっと含みのある、大きな意味を与えたいと思っています。
 それをひとことで言ってしまえば「ヒューマン・スケールの復興」ということです。別に横文字を使う必要もないのですが、ヒューマン・スケールに該当するうまい日本語が思いつかないだけです。「身の丈」とか「身の程」と言ってしまうと、なんだか卑下したようなイメージがあってちょっと違うかなということで、ヒューマン・スケールという言葉を使います。文字通り、人間寸法ということです。まあ、人間寸法っていうのもおかしな言葉ですが。

森本さんの本に描かれていたのはまさにここに平川さんが書いている「ヒューマン・スケールの復興」の物語でした。そしてそんな町が僕にとっては身近な所にあったことに驚きました。すぐにでも行きたいと思いました。


でも、行かなかったんですね。

なぜならこの時期、それ以上に関心を持つ場所のことを考えていたから。日記を見たら『旧グッゲンハイム邸物語』を読み始める4日前の4月12日にこんなことを書いていました。


「東京行きをきめる」

そう、この日にBREEZEのライブを見に東京にいくことを決めたんですね。この日から僕はずっと東京のことを考え続け、戻ってからも2ヶ月くらいは東京のことをこのブログに書き続けました。

ということで「塩屋」のことは僕の中ですっかり遠くになっていました。余白珈琲の彼らがそこで珈琲のイベントを開くということを知るまで。


ところで、これは後で聞いたことですが、余白珈琲の彼/彼女は大阪に住んでいるのですが、彼らが塩屋との縁ができたのも今年のことだったようです。でも、『旧グッゲンハイム邸物語』を読んで興味を持ったわけではなかったんですね。今年の1月の彼の誕生日に2人でどこかへ行こうと考えて、で、いろいろと調べて行ったのが先日イベントをしたカフェ。塩屋はこのときが初めてだったようです。

店の人に今日が誕生日であることを告げたら店の人は彼らにこう言ったそうです。「何も誕生日にこんな町に来なくても」と。

でも彼らはすでに塩屋という小さな海街の魅力にすっかりはまっていたんですね。本を読まなくてもそこが「人間サイズの町」であることを体で感じ取ったんですね。で、その店で珈琲のイベントを開くようになったと。今回がその2回目。


さて、話はスロウな本屋での松村圭一郎さんのイベントの最後に起こったサプライズのことに。いったいそれがどう塩屋につながっていったのか。


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by hinaseno | 2017-11-18 14:01 | 雑記 | Comments(0)