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Talks About Music, Books, Cinema ... and Niagara


by hinaseno

「カナリア諸島にて」が生まれたとき(2)


はじめに、ちょっと前置きが長くなりますが、「カナリア諸島にて」が生まれたときの話についてふれられているもうひとつ別のインタビュー記事を探すの大変でした。

その記事を見つけていたのは10日ほど前のこと。木崎さんのインタビューを見つけたのと同じ日に発見しました。ということなので、てっきり木崎さんのインタビューが載った『大瀧詠一 Writing & Talking』に収録されていると思い込んでいたんですね。ところが何度探しても見つからない。なんせ900ページにも及ぶ本なので一通り見るだけでもとんでもない時間がかかります。それを2日間かけて、空いた時間を利用して5回通りくらい見ました。でも、どこにも見当たらない。さすがにへとへとになりました。

ちょっとあきらめかけたときに、ふと冷静になって記憶を呼び起こしたら、確か赤線を引いたはずだと、それから確かインタビュアーは北中正和さんだったということを思い出しました。

改めて本をめくってみたら北中さんの記事が一つあったもののインタビューではない。そしてどこにも赤線を引いていない。なんだか神隠しにあった気さえしてきました。

もしかしたら別の本だったんだろうかと考えて、あたりを見渡してみたら『レコード・コレクターズ』の2011年4月号が目に入りました。特集は『大滝詠一/ロング・バケイション』。

ありました、そこに。北中さんのインタビュー。『大瀧詠一 Writing & Talking』には載っていないものです。

それにしても『大瀧詠一 Writing & Talking』は貴重な記事が満載だけど、唯一難点といえば、目次をもう少し詳しいものにして欲しかった。あの記事はどこにあったっけと思っても目次には載っていないので探すのが大変すぎます。


さて、『レコード・コレクターズ』の2011年4月号に載っている北中さんのインタビューですが、実はこれは『ミュージック・マガジン』の1981年4月号の記事を再掲載したもの。『ロング・バケイション』が発表された直後の記事ですね。ということなので大瀧さんの記憶も正確で生々しく、言葉の一つ一つに実感がこもっています。もちろん後付けの話もありません(かなり後付けの話が多い方なので)。


こんなやりとりがあります。


北中:活動再開のきっかけになったのは、何だったのですか。
大瀧:79年の夏に、本を読んでたら、自然に1曲できた(「カナリア諸島にて」)のね。そういうことって、ほんとうに何年振りかのことでね。『ナイアガラ・ムーン』以降、タイトルを作ってから、曲を作るやり方が続いていたのね。ずーっと。
北中:新しいアルバムは、親しみやすい曲が多いですね。
大瀧:ぼくにとって第1期ナイアガラは、メロディ拒否の時期だったのね、意固地に。その前にソロ・アルバムや、はっぴいえんどの時期があった。それに対して濡れたところを拒否しようみたいな気持ちがあって、歌謡曲対アンチ歌謡曲みたいな感じで、いかに乾くか、ということに専念していたんじゃないかな。当時は、みんな乾燥剤をどれだけ入れるかの勝負だったでしょう。もう、カラカラにひからびで『レッツ・オンド・アゲン』(78年)まで行ったんだけど、さすがにひからびすぎて、体の方が耐えられなかったのか、ふっと浮かんできたのが「カナリア諸島にて」のメロディだった。それがすごいうれしくて、みんなに言って歩いたのね。やれるんじゃないかと。ただし、第1期と同じ轍を踏むことはできない。この3年間アーティストとして、何をしていたかの答えが、今回のLPということなんだと思う。
北中:もう少し説明してくれませんか。
大瀧:ウェットとドライ、対立概念としてとらえていたのをやめて、ひとつのものと見ようとするようになったわけです。

このインタビューで僕が特に反応したのは「79年の夏に、本を読んでたら、自然に1曲できた」という部分。「カナリア諸島にて」は79年の夏に、ある本を読んでいたときに、メロディが「ふっと浮かん」だんですね。気になったのはこのとき大瀧さんが読んでいた本。インタビューのこの部分を読んだときに僕は思わず「北中さん、本が何だったか訊いてよ」って突っ込んだんですね。それで北中さんの名前を覚えていたというわけ。


前回も書きましたが「カナリア諸島にて」が生まれたのはおそらく1979年の7月。木崎さんのインタビューで「8月からレコーディングに関しての打ち合わせを始めた」と発言していることを考えると、できたのは7月の下旬。もしかしたら大瀧さんの誕生日である7月28日だったかもしれません。

1979年の夏といえば、まさにその頃に発売された本を瞬時に思い浮かべることができます。大瀧さんと学年が同じで、大瀧さんと同じく早稲田大学に行った作家のデビュー作。

これですね。

「カナリア諸島にて」が生まれたとき(2)_a0285828_11595891.jpg


本の発行日は1979年7月25日。表紙の上の方には「HAPPY BIRTHDAY AND WHITE CHRISTMAS」という文字が記されています。


by hinaseno | 2017-09-14 12:00 | ナイアガラ | Comments(0)