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by hinaseno
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陽春四月が来ると、…


4月になりましたね。ただ、陽春というにはまだ肌寒い日が続いています。

いろんなことがあった3月も、今振り返るとあっという間に過ぎ去ったように思います。でも、きっとこの3月にあったいくつもの出来事の記憶はずっと僕の心を温め続けてくれるだろうと思います。


ところで3月で、一つ大事なことを忘れていました。

姫路のおひさまゆうびん舎で3月16日に行われたおひさまふふふフェスティバルの翌日は高橋和枝さんの誕生日だったことは前にも書きましたが、3月25日に行われた世田谷ピンポンズさんのライブの翌日の3月26日も、僕にとっては大事な人の誕生日でした。

われらが木山捷平。

木山さんの誕生日のことをすっかり忘れてしまっていましたが、でも前日のライブでピンポンズさんが「船場川」と「鳴るは風鈴」を歌ってくれたので、僕に変わってピンポンズさんがお祝いをしてくれた感じです。


木山捷平の第一詩集『野』の最後に収められた「跋」と題されたあとがきで木山さんはこんなことを書いています。姫路、播磨のこともちょっと出てきます。「跋」が書かれたのは昭和4年1月。このとき木山さんはまだ姫路に住んでいました。


 私は明治三十七年三月二十六日、岡山県小田郡新山村に生れた。この日は、当時の報道によれば、広瀬中佐が旅順港外でズドンと煙にまった日であったという。すなわち、私の父は捷平と名づけてくれた。
 私が幼い時分、私たちの村は中国一の桃の村と称された。陽春四月が来ると、村は桃の花で埋まった。岩目山、坊山、長尾山、天神山と、村の田圃をめぐった山とは名ばかりの丘は、ことごとく桃の花で包まれた。丘から丘へ、腰にひょうたんをぶら提げた花見客がつづいた、青い目をした異人がやって来た。私たちは珍しそうに、洟をたらしたまま藁草履をひっかけて、のっぽの異人の尻についてまわった。
(中略)
 私に学歴、そんなものがあるとするならばそれだけだ。姫路及び東都の学舎に暫くいたこともあるが、語るべきもない。それに反して、転変流転波瀾重畳ーーそう言った風な日々が続いていた。姫路、但馬、東京、播磨、と野良犬のように移り歩いて、一所不在の苦しい日々を送って来た。ある時は明日のパンに窮して都の路次をさまよったり、ある時は絶望のどん底に落ちこんだ上病にとりつかれ、ある時は村に帰って土を耕し猫車を押した。
 私は十七の年に初めて詩を書いたが、ここに拾い集めたものは、最近四五年間のものである。詩作十年、そっと内証のようにふりかえって、兎に角にも処女詩集とする。
 私の修業はこれからだ。
(中略)
 私の詩は小さく弱い。私はそのことをよく知っている。それは何よりも、私の体質がおのずからそうさせてしまった。
 しかし、私だって大きくなりたいと思う。強くなりたいと思う。正しく燃える野心も持ちたいと思う。時に際しては青竹を尖らせて立ちたいと思う。

新山の村には今、桃が咲いているんでしょうか。


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by hinaseno | 2017-04-01 15:05 | 木山捷平 | Comments(0)