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by hinaseno
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Springsville in Tokyo #29 - 森崎書店、ではなく「森岡書店」の日々(3)


改めて僕が新富橋に向かう途中の路地で撮ったこの写真を。

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たまたま目にとめて撮った写真からこんなにうれしくなるような話が次々と出てくるなんて思ってもみませんでした。高橋さんに大感謝です。でも「たまたま」とか「偶然」とかというものは気がつくこと(気づかせてくれること)がなければ永遠に知らないで終わってしまうこともある(というかその方が断然多い)ということも思い知らされました。

ところで僕は、森岡書店の日々と題していろいろと話を書きながら、森岡書店の場所をきちんと確認していなかったのですが、実はまさに左の半円形のレリーフの下にあったんですね。僕は勝手にビルのもう少し左のどこかだと思っていました。高橋さんからのメールを読み返したらきちんとそう書かれていたのに。

これは開店している森岡書店とお隣の岩瀬博美商店の写真。

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それから高橋さんの『月夜とめがね』の原画展をされていたときの写真がどこかにないかと思って探したら見つかりました。

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手前の左側の女性が高橋さんですね。で、奥に店主の森岡督行さんが座られています。すごくいい雰囲気。次に高橋さんがここで展示会をされるときがあればぜひ来てみたいです。

そういえば昨日紹介した戦前のこの絵葉書。

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三吉橋から新富橋の方向を写したものですが、よく考えたら赤の矢印で示したビルは現在森岡書店が入っている鈴木ビルですね。間違いないはず。

それから昨日ネットでこんな写真も発見しました。

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上の絵葉書とほぼ同じ場所(おそらく京橋区役所)から撮っていますね。撮影されたのは上の絵葉書の数年後でしょうか。絵葉書では着色されているためにぼんやりしている部分も多いけど、こちらはくっきり。新富橋もはっきりと見えます。もちろん鈴木ビルも。


ところで、上の絵葉書の三吉橋を左に渡ったところに見える、赤い屋根に「グランド~」と書いている建物のある場所に現在建っているのが音響ハウスですね。大瀧さんは1973年頃からここに来てCMのための曲作りをしていたわけです。大瀧さんにCMソングを作るよう依頼したのはできたばかりのCM制作会社ON・アソシエイツの大森昭男さん(由紀さおりさんと結婚されていた方です)。そして、その会社のアシスタント・ディレクターとして働いていたのが関口直人さん。ということなので関口さんもきっとこの音響ハウスにも何度も来られていたはず。


大瀧さんが『秋立ちぬ』に出会った2007年に音響ハウスでマスタリングしていた『ナイアガラCMスペシャル30周年記念盤』に入れられているオリジナル発売当時の解説のカード(書いたのはもちろん大瀧さん)を見ると、「サイダー ’77」のところには「Bells 関口」との文字。これ絶対に関口直人さんですね。鈴の演奏までやっていたとは

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それから大瀧さんの書かれた解説にも関口さんの名がちらほら(昨日気がきつました)。まずは13曲目に収められた「ジーガム」のところにこんな言葉。


これは《9.21》直後に、ヒット・スタジオを二日間借り切って録音したものです。(担当の関口さんは寝袋で寝ました)

それから67曲目の「サイダー74 ONデモ)」は超貴重な音源なんですが、そこにはこんなことが書かれています。


今回、ON・アソシエイツさんの倉庫から発見されたデモ・テープ。この存在は全く忘れておりました。場所は青山のONの事務所。ピアノは”寝袋・関口さん”、エンディングに牧村憲一さんの声が聞こえます。

「サイダー74」は大瀧さんが作ったCMソングの中でとりわけ好きな曲。そのデモ・テープで関口さんがピアノを弾いていたとは。牧村さんというのは当時ON・アソシエイツにいた人。このデモ、改めて聞くととてもいい雰囲気。大瀧さんはたいていスタジオであれこれと試行錯誤しながら曲作りをしたそうなので、曲の感じがつかめたところでじゃあ一回やってみようかということでまわりにいた人を集めて録音したんでしょうね。


ということで昨日は久しぶりに「ゴー!ゴー!ナイアガラ」の「Niagara CM Special特集」(1977年3月22日放送)を聞いていました。ゲストは大森さんと牧村さんと、歌詞を手がけていた伊藤アキラさん。関口さんの話が出てくるところは何度聞いても面白いです。でもいい話なんで、その部分を。


大森:僕、大瀧さんと一緒に仕事をやらせてもらって、だいたい今までのコマーシャルの音楽の録り方っていうのは2時間なら2時間スタジオで、4時間なら4時間、その中にコンパクト化して収めてしまわなければならないと。まあ今現在でも、それは必要なことなんですけれど、そういうペースのものでやらなければならないこともあるんですけれど、大瀧さんとやった仕事っていうのはね、やっぱりスタジオの中に入って実際に音を出してみて、そこからまた生まれてくるものがあって、こうしたらいいんじゃないかああしたらいいんじゃないかという追求がありますよね、その場での。大瀧さんの場合はライターでもあるし、それから自分でミキサーとか最近では11くらい顔があるようですけれどトータルに全部おやりになるからね、そういうところから生まれてくるものというのはやっぱり大事にしなきゃならないなと思いましたね。
だいたい決められた時間でやってしまうっていうのは、僕らが作ってる立場ではあとで反省することがあるんですよ。あそこはああすればよかった、こうすればよかったなと。大瀧さんでもそれだけやってても、まだああすればよかったなってことはあると思うのね。それをコマーシャルであっても、たとえば大瀧さんの場合はコマーシャルソングなんで委嘱されて作ってはいるんだけれども、やっぱりその中に自分の音楽をやりたいと、そういう私観を持っていたからね、それが独断と偏見でもいいんですよ。
牧村:(はじめに大瀧さんのやっていた具体的なエピソードを紹介して)そういう意味ではね、きっとCM業界の中では今他の人でもそういうことやっている人がいるかもしれないけども、模索して素人が参加してたから逆にわざと労力を使う、無駄をね、無駄だとわかってもあえて通って来た道ってあったような気がするのね。それはあの時期に大瀧選手を取り巻く人間としてでなくちゃできなかったことだと思って僕は懐かしく、しかも面白かったと思いますね。
大瀧:(苦笑しながら)周りの人は大変だったんじゃないかと思うけどね。
大森:大変でしたねえ~。
大瀧:(笑いながら)そうでしたでしょ。
大森:う~ん。やっぱり、あれだもんね。何時間…、のべ何時間かなあ、ぶっ続けで入っていたことがあってね。
牧村:だって大瀧氏がホテル行って5、6時間眠る間もまだ続いていたんでしょう?
大森:だから、僕も会社、ONというのを始めたばかりで、そこにアシスタントディレクターというね、関口という若者が…
全員大爆笑
大森:…若者がいるわけなんだけれども、で、彼、この仕事、入ってもらったはいいけどね、こんなに地獄攻めしてね、逃げ出しはしないかと心配したけれども。しかし頼まれていることで、スポンサーのためにやっているんだけど、そこから生まれてくる空気の中でさ、やっぱり自分自身が楽しかったしね、そういうことあったと思うのね。


ということで最後は関口直人さんの話になりました。次回はその関口さんにお会いした時にもいろいろと話を伺っていた山高登展の話にようやく戻れそうです。

関口さんにサインをいただいた『昔日の客』を装幀されたのも山高登さんです。


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by hinaseno | 2017-06-11 14:39 | 雑記 | Comments(0)