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by hinaseno
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Springsville in Tokyo #28 - 森崎書店、ではなく「森岡書店」の日々(2)


自分がたまたま通った路地の角に大瀧さんが通いつめていた音響ハウスがあったことがわかって、改めてそのあたりのことをいろいろと調べました。

まず確認したのは2007年に大瀧さんが『ナイアガラCMスペシャル30周年記念盤』のマスタリングのために音響ハウスまで通っていた道。どうやら下の地図の水色の矢印だったようです。

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駐車場に車を駐めて、そこから歩いて京橋公園の横を通り、で、右に曲がって音響ハウスに向かいます。もちろん森岡書店のある鈴木ビル(そのときにはまだ森岡書店はないけど)と僕が写真に撮った岩瀬博美商店の前を通って。10年の歳月をはさんで僕はそこで大瀧さんとすれ違っていたんですね。なんだか神様が導いてくれたような気にすらなります。


ところでこのあたりは成瀬巳喜男の『秋立ちぬ』と『銀座化粧』の重要な舞台。それぞれの2人の少年が映画の冒頭で自分の家に向かうんですね。2人とも僕と同じように銀座4丁目からスタートして新富橋を通って。

ただし2人のルートはすこし違います。『秋立ちぬ』の秀男が母親と通ったのは濃いピンクの点線の矢印。途中で京橋公園に入って、その向こうに見える京橋小学校を眺めます。自分が行くことになる学校ですね。これがそのシーン。

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大瀧さんは2007年にたまたま知人に教えてもらった『秋立ちぬ』を見ていたら、映画の冒頭でいきなり自分がつい先日まで音響ハウスに通うためにたままたそばを通っていた公園が映って驚いたんですね。大瀧さんの研究はこのいくつもの「たまたま」から始まりました。

ところでこの京橋公園、僕も帰りには横を通ったんですが、それがまさにあの公園だったとは思わなくて結局写真も撮ることなく横を通り過ぎました。いや、通り過ぎた時にちょっと立ち止まって振り返り、ここの公園はもしかしたらと一瞬考えたんですが。

さて、興味深いのは『銀座化粧』のこのシーン。

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昭和通りを渡った坊やが家に帰る途中で通った路地。坊やが走り抜けたのは上の地図の紺色の点線で示した場所。鈴木ビルや岩瀬博美商店がある路地の一つ西の路地ですね。この路地、僕も入りかけたんですが、両側にマンションのようなビルが立ち並んでいて、しかも道が突き当たりのように見えたので入るのをやめたんですね。ストリートビューで見たらこんな感じ。ちょっと入ろうとは思わないですね。でも、ここがそんな重要な路地だったとは。


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大瀧さんがここを特定したのは上の画像の左端に映っている石組みと黒塀。ここに万安楼という大きな料亭があったことをつきとめたんですね。それが紺色の丸で示した場所。現在は銀座タワーという巨大なマンションが建っています。

ちなみにその万安楼は『秋立ちぬ』にも登場します。秀男が新富橋の上で会って親しくなる順子の父親(複雑な家庭です)がここに泊まるんですね。

これは順子が父親の泊まっている部屋に入っていくときのもの。このあと万安楼の広い庭も映ります。

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ところで東京から戻って思い出したんですが(そういうのがいっぱい)、僕は東京に行ったらスマホに入れている「東京時層地図」のアプリ(大瀧さんが調べていた時にはまだこのアプリはありませんでした)を見て楽しむつもりでいたのに、すっかり忘れていました。自宅で見たらあたりまえだけど圏外になっちゃうんですね。

とりあえず「東京時層地図」の画像を貼っておきます。これが現在の地図。「森岡書店」って大きく表示されるんですね。

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で、これは昭和戦前期(昭和3 - 11年)の地図。

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木挽町一丁目という地名に心がときめきます。

そしてこれは昭和20 -25年の航空写真。

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銀座ビルのところに万安楼の大きな屋敷と広い庭があるのが確認できます。新富橋の下にちゃんと川が流れていますね。

でもすばらしいのは音響ハウスのすぐそばの三吉橋。この辺りのメインの橋はなんといってもこの三吉橋。でも、成瀬は2つの映画のシンボルとなる橋をその三吉橋ではなく新富橋をしたんですね。大瀧さんの研究はその理由の解明にまで及んでいます。そこが単なるロケ地巡りとはちがうところ。

ところでこれはネットで見つけた三吉橋の戦前の絵葉書。三吉橋は名所だったようで、この三又の橋をいろんな方向から撮った絵葉書が何種類もあったんですが、これは新富橋の方向をとらえたもの。なんて素晴らしい風景だったんだろうと思います。

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これはもう少し広い範囲をとらえた航空写真。

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このあたりが水の町であったことがよくわかります。まるで水の上に町が浮かんでいるみたい。まだ川が流れていた時に(川の流れはいったいどうなっていたんでしょうね)昔の人みたいにこの辺りの橋めぐりをしたらどれだけ楽しいだろう。

そういえば「大瀧詠一的2009」で語られていましたが、三島由紀夫にまさにその三吉橋からスタートする橋めぐりの物語である『橋づくし』というのがあるんですね。読んでみようかと思いつつ、三島はなんか抵抗あるんだな。

大瀧さんも独自の橋めぐりのルートを考えていたみたいですが、いったいどんなルートだったんだろう。


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by hinaseno | 2017-06-10 14:21 | 雑記 | Comments(0)