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by hinaseno
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「Beats There A Heart So True」#3


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ところで野口久和ザ・ビッグバンド with BREEZEのライブのMCで、石川さんの名前は出されませんでしたが、野口さんにペリー・コモの「Beats There A Heart So True」を教えた人(もちろん石川さんです)は『レコード・コレクターズ』という雑誌の「コレクター紳士録」に登場した方だという話がされていました。

石川さんが「コレクター紳士録」に登場したのは『レコード・コレクターズ』の2009年4月号。

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当然のことながら大瀧さんの話も出てきます。初めて大瀧さんからメールが来た日のこと。そして僕が石川さんのことを知るきっかけになった例の「Polka Dots And Moonbeams」にまつわる話も。


「ジャズのファンってああいうポップスは聞かない、ポップスのファンはジャズを聞かないと。でも、大瀧さんはそういう知識を幅広く持っているので、そこが面白いんですね」

と語られています。その通りですね。

余談ですが「コレクター紳士録」には石川さんがアゲインを始められる前に翻訳会社に勤められていたことにも少し触れられています。この翻訳会社の社長が平川克美さんで同じ会社には内田樹先生がいたということなんて、これを書いた人も読んだ人もだれも知らないはず。


さて、話はペリー・コモのこと。

僕が初めてペリー・コモを意識したきっかけはやはり大瀧さんでした。2007年1月14日に放送された新春放談で大瀧さんがこんなことを言ったんですね。


「ペリー・コモとか上手いよ~。ほんっとに上手い。なんであんなに上手いのかね」

このときにはフランク・シナトラやビング・クロスビーやトニー・ベネットなどのポピュラー歌手の名前があがるのですが、歌の上手さに関してはペリー・コモが格別だと。

それにしてもこのときの大瀧さんの発言は僕にとってはすごく意外なもので、かなり驚いた記憶があります。大瀧さんもこういった音楽を聴かれるんだなとそのときに初めて知りました。僕は当時ジャズ・ボーカルを結構聴くようになってましたが(ただし偏っていました)ペリー・コモに関しては全くのノー・マーク。ということでこの日の放送でかかった「It’s Impossible」の入ったCDなど、ペリー・コモのCDを何枚か買いました。ただ、代表曲をかなり数多く収めたCDにも「Beats There A Heart So True」は収録されていませんでしたが。


このあとに大瀧さんのポピュラーミュージックへの知識を思い知らされたのが2012年3月26日から始まった『アメリカン・ポップス伝』でした。野口さんが大瀧さんの知識に驚かれていたのも、おそらくはこの日の放送を聴かれてのことだろうと思います。

この記念すべき最初の放送のテーマは1956年にナンバーワンになったエルヴィス・プレスリーの「ハートブレイク・ホテル」の登場がいかに衝撃的なものであったかを実証すること。そこで大瀧さんがしたのはエルヴィスの「ハートブレイク・ホテル」が登場するまでにどんな曲が流行っていたかを紹介することでした。ここで数多くのポピュラーミュージックがかかるんですね。一応大瀧さんは1951年からナンバーワンになった曲をかけることにするんですが、ただ単に曲を並べただけじゃんと思う人がいたら大間違い。それぞれの曲の一番の聴かせどころをつなげて時々コメントをはさみながら50分の放送で200曲あまりの曲をかけるわけですが、それぞれの曲の聴かせどころを熟知していなければとてもあんな編集はできません。

で、この記念すべき第一回目の放送の最初の曲が実はペリー・コモなんですね。「If」という曲。時間の関係とかいろんなことを考えて1951年からにされたのだとは思いますが、改めて考えてみると、やはりペリー・コモから始めようと意図したのかもしれません。1951年のナンバーワン・ヒットをかけた後にこんなこんな言葉が出て来ます。


「戦前はビング・クロスビーの一人舞台だったわけですけれども、戦後はペリー・コモが一番人気でしたね」

ペリー・コモの曲はこのあと1952年、1953年、1954年にそれぞれ1曲ずつナンバーワン・ソングがかかります。エルヴィスが登場した1956年にはナンバーワンになった曲はありませんが、翌1957年にはまたナンバーワンソングを出しています。「Beats There A Heart So True」が発売された1958年も、ナンバーワン・ソングは出なかったものの「Catch a Falling Star」は全米2位の大ヒット。B面だったバカラック作曲の「Magic Moments」も全米4位の大ヒット。ジャック・ケラーが「Beats There A Heart So True」を書いたのはそんな状況。でも、このときジャック・ケラーはまだ駆け出しだったんですね。ヒット曲はひとつもない。すごいプレッシャーだったんじゃないでしょうか。

ただこのとき彼には支えになってくれる存在がいました。それが作詞家のノエル・シャーマン。有名なシャーマン兄弟の弟ですね。この時期彼は兄のジョー・シャーマンと仲違いしていたこともあって他の作曲家を探していて、見つけたのがジャック・ケラーだったようです。2人が共作した曲は20曲ほど。僕の手元には14曲ありますが、とにかくいろんなタイプの曲を作っています。ティーンネイジャーのたわいもない曲から「Beats There A Heart So True」のような大人の曲までさまざま。ノエル・シャーマンからいろんなタイプの曲作りを教わっていたんでしょうね。

それにしても曲作りの経験を多く積んでのことであるならば理解できますが、「Beats There A Heart So True」はジャック・ケラーにとっては最初期の、彼がまだ21歳のときの作品。驚きますね。

彼は翌年にアルドン・ミュージックと契約して、ティーンネイジャー(でない人もいるけど)のアイドル向けの曲を量産することになって、こういう大人の路線の曲を作ることはなくなります。


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by hinaseno | 2017-02-13 14:47 | 音楽 | Comments(0)