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by hinaseno
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「見逃してくれよ!」


小泉今日子さんといえば僕にとっては後にも先にも「快盗ルビイ」だけ、でしたが、今年になって彼女の書いたものを読んだり、最近は彼女の過去の曲をデビュー曲から順番に聴いたりしています。

意外なことにデビュー曲から「夜明けのMew」あたりまでは聴き覚えのある曲が並んでいました。よく見ていた音楽番組で聴いていたんでしょうね。「怪盗ルビイ」はあまり音楽番組を見なくなっていたときに作られた曲でしたが、確か「夜のヒット・スタジオ」でいきなり大瀧詠一という名前を見てびっくりした記憶があります。

「快盗ルビイ」以降も知っているのは数曲。正直言えば「快盗ルビイ」以外はどれも今、聴くのにはちょっとしんどいかなと。

ただ、最新アルバム(といっても5年前の2012年に出たアルバムですが)『Koizumi Chansonnier』は素晴らしい。「100%」、「プライヴェート」、さらに小西康陽さんが書いたいかにも小西さんらしい「面白おかしく生きてきたけれど」などいい曲だらけ。とりわけ最高なのがあのトム・ベルの書いた「カントリー・リビング」。実は今年になってこればっかり聴いています。


さて、昔の曲は「快盗ルビイ」以外はちょっと今聴くにはしんどいと書きましたが1曲だけ超気に入っている曲があります。大ヒットしていたみたいだけど、歌番組も見なくなっていた時期の曲なのでよく知りませんでしたが、これが歌詞も曲も小泉さんの歌も、そして歌っているときの小泉さんのパフォーマンスも何から何まで最高。

それがこの「見逃してくれよ!」。




この曲、もともとはCM用に作られた曲。これですね。




実はこの「見逃してくれよ!」に関して、大瀧さんがらみのちょっとした秘話があるんですね。『大瀧詠一SONG BOOK VOL.2』で、大瀧さんはこんなことを書いていました。


小泉さんに関してはデビューの頃の12CH番組『おはようスタジオ』で見て以来、〈聖子の次〉はこの人だと思っていました。なかなか時期が合わずにギリギリ間に合った、という感じだったでしょうか。この後のCMの〈見逃してくれヨ~〉というのが気に入り、早くシングル・カットした方がよい、とアドバイスしたものでした。

なんと「見逃してくれよ!」がシングルになったのは大瀧さんのアドバイスがあったからなんですね。大瀧さんがアドバイスした相手はもちろんディレクターの田村充義さんのはず。ナイアガラーの田村さんが大瀧さんのアドバイスを聞かないはずがありません。

というエピソードを知ったからというわけではなく、とにかく「見逃してくれよ!」は最高です。


ところで、大瀧さんはかなり早い段階で〈聖子の次〉は小泉今日子さんだと考えていたようですね。中森明菜さんではなく。

実は僕にとっての〈聖子の次〉は、これまで一度も書いたことがありませんでしたが、それは岡田有希子さんでした。

この「リトル・プリンセス」という曲をテレビで初めて見たときに衝撃を受けたんですね。1984年の夏。大瀧さんの『EACH TIME』ばかりを聴いていた夏でした。




岡田有希子という歌手もよく知らないままこの曲を聴いたのですが、メロディー、サウンドとも何から何まで大瀧さんが作ったとしか思えない曲作りだったんですね。でも、実際は作詞作曲竹内まりや。竹内まりやさんは同じ1984年に『Variety』というアルバムを出して、シンガーソングライターとしての実力を思い知らされていたときでした。

9月に出た岡田有希子のファーストアルバムは出てすぐに買いました。10曲中4曲が竹内まりやさんの曲。どれも素晴らしい曲でした。

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ただ結局岡田有希子さんのレコードを買ったのはこの1枚だけ。さすがにこういうのを買うのは恥ずかしくなっていた時期でした。でも、テレビでは彼女に注目し続けていました。そんなときにあの悲劇が起きました。


小泉今日子さんの『黄色いマンション 黒い猫』には、その岡田有希子さんの話が出てきます。エッセイのタイトルは「彼女はどうだったんだろう?」。

ただ、このエッセイは最後まで「彼女」という表現しか出てこないので、それが岡田有希子さんのことだと気づくのは、あの悲劇のことが出てきてでしょうか。あるいはそこを読んでも気づかない人も多いのかもしれない。でも、なぜか僕は冒頭の部分を読んだときから、それが岡田有希子さんの話だと感じていました。こんな書き出しです。


 彼女はひどく近眼で、仕事じゃない時はいつも牛乳瓶の底みたいな分厚いメガネを掛けていた。レンズを通して小さくなった目がなんとも可愛かった。 
 私たちはテレビ局の楽屋で顔を合わす。私は先輩アイドルで、彼女は新人アイドルだった。あの頃の私たちはいつも疲れていた。仕事はめまぐるしく忙しいし、大人の世界の中でどうしたらいいのかわからなくて怖いことだらけで気持ちはいつも張り詰めていたし、とにかく寝不足でいつも眠くてダルかった。高校の制服で楽屋に現れる彼女も、青白い顔をして「おはようございます」と、小さな声で言った後は一言もしゃべらず、分厚い眼鏡をはずして鏡に向かい、静かにお化粧を始める。ずっと鏡を見つめて誰かと目を合わせることさえ避けているようだった。

彼女が亡くなったある日、原宿を歩いていた小泉さんに「あっ、キョンキョンじゃん、サインしてよ」と若い男が話しかけてきます。困った小泉さんはもごもご言いながら断ろうとしていたらその男の子が彼女の出来事を茶化すようなことを口にする。


 なんてことを言うんだろう。私はキレた。騒ぎになってもなんでもいい。私はその男の胸ぐらを掴んで、
「なんにもわかってないくせに、人の死を茶化すようなことを言うな。そんなこと冗談みたいに言うな」

で、最後は岡田有希子さんが夢の中に出てくる話で終わります。正直、このエッセイには泣かされてしまいました。そしてこれを読んで小泉今日子という人に対する見方が完全に変わってしまいました。こんな思いを抱きながら、それでも彼女は「見逃してくれよ!」みたいな曲を歌い続けたんだなと。


彼女に何もしてあげることができなかったという後悔も含めて、岡田有希子さんとの記憶は消えることがなかったようで、それが小泉さんにある種の使命感のようなものを作らせたようで、この長い話の最後に予定している「未来」の話へつながっていくことになりますが、それはまた次回以降に。

今日の最後に、岡田有希子さんが亡くなったあとに、竹内まりやさんがセルフカバーしたことで知ったこの「ロンサム・シーズン」を貼っておきます。死ぬほど好きな曲です。




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by hinaseno | 2017-02-01 12:21 | 雑記 | Comments(0)