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by hinaseno
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大瀧さんがいつかしてくれたはずのボビー・ヴィー・ストーリー(後編)


キャロル・キングとジェリー・ゴフィンが作ったボビー・ヴィーの「Take Good Care Of My Baby」が大ヒットしたので、アルドンのスタッフライターのだれもがその次のシングルの曲を書きたいと思っていました。もちろんジャック・ケラーも。

彼は自分専属の作詞家がいなかったので、当時、毎週木曜日にはブルックリンにあるキャロル・キングとジェリー・ゴフィン夫婦が住むアパートで、ジェリーと曲作りをしていました。ある日車で彼らの家に向かっていたとき、車の中でペギー・リーの曲が流れてきて、それが彼の心をとらえます。

それが彼女のなんという曲なのかはどこにも書かれていなかったので、いろいろ聴いてみて、1959年のこの「I'm Lookin' Out the Window」という曲かなと。ポイントは何度も繰り返される印象的なリフ。




ケラーは彼らのアパートに到着してすぐにそのリフを何度も何度も繰り返しながらメロディを作り上げていきます。4時間後にそれを完成。かなりの時間がかかったのでしばらく休憩。さて、ジェリー・ゴフィンが詞をつける段階になったときにそこにやってきたのがキャロル・キング。彼女はキッチンで仕事をしたり子供の様子を見たりしながらずっとジャック・ケラーの作る曲を聴いていたんですね。彼女はケラーに「ちょっと休んでて。あなたが弾くのをずっと聴いていて曲を覚えたので、あなたが眠っている間、ジェリーのために私が曲を弾いてあげるわ」と。

ケラーが目が覚めた時に、キャロルがピアノのところに座っていて「ジャック、あなたの曲よ」って言って曲を歌ったと。それが「Run To Him」。

たまらない話ですね。キャロル・キングはアレンジもできるので、おそらくジャック・ケラーが作ったメロディに彼女なりの彩りを添えたはず。ジャック・ケラーにしても寝る前に作ったメロディをどこまできちんと楽譜に書いていたかわからないけど、出来上がった曲はよければそれでよしだったんでしょうね。で、キャロル・キングもケラーが曲を書き上げるまで何時間もあのフレーズを聴き続け、さらにジェリーが詞を書き上げるまでケラーに代わってメロディをピアノで弾き続けたわけですから曲の影響を受けないはずがありません。「Sharing You」とか、ボツにはなったけどなかなか素晴らしい「Tears Wash Her Away」は明らかに「Run To Him」の影響下で作られています。さらに重要なのは6歳上のケラーが書いた曲を弾いているうちに知らず知らずのうちに”大人の感覚”のようなものがキャロル・キングの中に入り込んでいったことではないかと思います。それが「Go Away Little Girl」につながっていく。


「ゴー!ゴー!ナイアガラ」の記念すべき第1回目の放送(特集はキャロル・キング)ではキャロル・キングがボビー・ヴィーに作った曲が4曲もかかります。「How Many Tears」「Take Good Care Of My Baby」「Walkin' With My Angel」そして「Sharing You」。このあとで大瀧さんはこう言います。


4曲目の「Sharing You」ですけど、これはのちの名曲「Go Away Little Girl」、スティーヴ・ローレンスが歌って1位になりましたがこれのベースになっていると思われます。

まだ、資料としては曲しかないときになんと鋭い分析なのかといまさらながら驚かされます。


「Venus In Blue Jeans」に関しても興味深い話があります。

大瀧さんはジャック・ケラー特集のときに「Run To Him」がきっかけでジャック・ケラーの作る曲の曲調が少し変わってそれが「Venus In Blue Jeans」につながったという発言をされていたのですが、実はこの「Venus In Blue Jeans」のデモ(歌っているのはバリー・マン)が録音されたのが、ジミー・クラントンが歌って大ヒットする1年前の1961年8月2日だったんですね。「Run To Him」が作られた日がいつなのかはわかりませんが、シングルがリリースされたのは10月末。ちなみに「Run To Him」のB面に収録されたキャロル・キングとジェリー・ゴフィンが曲を書いた「Walkin’ With My Angel」のデモが録音されたのが1961年8月23日なので、どうやら時系列的に考えれば「Run To Him」よりも「Venus In Blue Jeans」のほうが先に作られた可能性が高そうです。でも、「Venus In Blue Jeans」もボビー・ヴィーの「Take Good Care Of My Baby」が大ヒットしている頃に作られたことは確かなようなので、その影響を大いに受けていることは間違いないはず。もちろん曲を作るときにはできればボビー・ヴィーに歌ってもらえたらと思っていたにちがいありません。

ところで、この「Venus In Blue Jeans」にもキャロル・キングがちょっとかかわっているんですね。曲はデモが作られてから誰に歌われることもなくアルドンのライブラリーに置かれたままになっていたようです。

ある日そこにジミー・クラントンがやってきます。彼は2年間の兵役を終えて戻ってきたばかり。で、自分でニューヨークのアルドンの事務所に行って曲探しをしたようです。そこで見つけたのが「Venus In Blue Jeans」。

その場には曲を書いたジャック・ケラーとハワード・グリーンフィールドがいたようで、是非とも録音したいという話になったときに、ケラーたちがアレンジを頼んだのがキャロル・キングなんですね。彼女はデモにはなかったブラスとハープを使った素晴らしいアレンジを考えつきます。で、クラントンはまだきちんとした契約もせずにそれを録音。

これもすごい話です。


最後にもう一つ、「Go Away Little Girl」とともに大瀧さんがキャロル・キングが作った曲の中でとりわけ好きな「It Might As Well Rain Until September」という曲の話を。これですね。




かつて大瀧さんはこんなことを書かれています。


(『ロング・ヴァケーション』の)中で一番最初に作った「カナリア諸島にて」で使用した、ジャズのスタンダードでよく耳にするところの、ポップスの黄金のコード進行に私がはじめて出会ったのはキャロル・キングの「ゴー・アウェイ・リトル・ガール」(63年、歌=スティーヴ・ローレンス)でした、このコード進行から生まれた(使われている)スタンダード曲は世界中に星の数ほどありますが、日本でヒットした曲といえば、橋幸夫の「雨の中の二人」(66年)ぐらいしかありませんでした。「カナリア…」発表当時、それへの類似を書かれたこともありましたが、ポップス黄金律の中でも頻度の高いものを〈橋幸夫〉でしか体験したことのない非常に貧しいポップス体験の人でも〈ポップス〉を語れる状況になったのだな、と思ったものでした(蛇足ですが「カナリア…」には「ゴー・アウェイ...」からの〈直接〉の影響はありません)。
このコード進行はキャロル・キングお得意の路線でしたが、「ゴー・アウェイ...」以前に彼女の名義で発表した「It Might As Well Rain Until September」で既に使っていたものです。このパターンは60年代初期のヒット・ソングでは石を投げると必ずぶつかるくらいのかなりの頻度で使われたものですが、現在では日本ポップスの黄金律の一つとなったようです。

この「It Might As Well Rain Until September」も実はボビー・ヴィーのために作った曲。曲調がもろにボビー・ヴィー=スナッフ・ギャレットのリバティ・サウンドしてます。で、スナッフ・ギャレットはボビー・ヴィーで録音。ちなみにボビー・ヴィーが「It Might As Well Rain Until September」を録音したのは1962年6月20日。で、「Go Away Little Girl」を録音したのは1962年3月28日。スティーヴ・ローレンスが歌ってヒットするのは翌63年ですが、時系列でいえば「Go Away Little Girl」のほうが先に作られていたようです。

それはさておきスナッフ・ギャレットは「It Might As Well Rain Until September」を録音したものの、まだ「Sharing You」がヒットチャートを上昇中だったので慌ててリリースする必要はないと判断。でも、タイトルに9月とついていて内容的には夏の歌である曲を時期遅れで発売するのはどうかと考えたドン・カーシュナーがキャロル・キング本人が歌ったデモにストリングスを入れて7月の末にリリースするんですね。すると最高位22位のヒット。まあボビー・ヴィーが同じ時期にリリースして入ればもっと大ヒットしていたかもしれませんが、キャロル・キングにとっては自分自身が歌った久しぶりのシングルで、彼女自身も自分の歌に自信を持つきっかけになったはず。これがあったからこそ、のちに彼女はシンガーソングライターへの道を歩めたわけですね。

ところでボビー・ヴィーで録音したものはシングルではなく翌年発売されたLP『The Night Has A Thousand Eyes』に収録。これですね。キャロル・キングでヒットした後なので、キャロル・キングの曲をカバーしたした形になってしまいましたが実はキャロル・キングのはもともとはデモでこちらがオリジナル。でも、キャロル・キングの方がいいですね。




というわけで「Go Away Little Girl」と「Venus In Blue Jeans」にからめたボビー・ヴィー・ストーリーは一応これで終わります。

出版社のドン・カーシュナーとリバティ・レコードのスナッフ・ギャレットの思惑が様々に交錯しながら、キャロル・キングとジャック・ケラーという作曲家が影響を与え合って、それぞれを高め合っているのがなんとも興味深いですね。それもこれもボビー・ヴィーという魅力的なシンガーがいたからこそ。

というわけでボビー・ヴィーとジャック・ケラーとキャロル・キングとジェリー・ゴフィンとドン・カーシュナーが一緒に写っている写真があればよかったんですが、これはボビー・ヴィーではなくエヴァリー・ブラザーズが写っている写真。これはこれですごいです。まじめそうなジャック・ケラーが下に寝転んでふざけたポーズをとっています。

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それからこれはジャック・ケラーが30年ほど前にテレビ番組に出て生で歌っている映像。「Run To Him」と「Venus In Blue Jeans」を続けて歌っています。昨日見つけてびっくり。彼はシンガーではないのでそんなに歌はうまくありません。




それにしても、達郎さんも言っていましたが、もしも彼にキャロル・キングにとってのジェリー・ゴフィンや、ニール・セダカにとってのハワード・グリーンフィールドや、バリー・マンにとってのシンシア・ワイルや、あるいはバート・バカラックにとってのハル・デイヴィッドのようなきちんとしたチームを組める作詞家がいたならば、もっと素晴らしい曲をいくつも生み出すことができていただろうなと思ってしまします。

最後はジャック・ケラーの話になってしまいました。僕はとにかくジャック・ケラーが大好きです。


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by hinaseno | 2017-01-03 12:22 | ナイアガラ | Comments(0)