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by hinaseno
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God Be With You Till We Meet Again(最終回)


12月15日。クリスマスの日。外は快晴。風もなさそう。気温も高めで小屋を倒す作業をするには絶好の日。

毎朝パソコンを立ち上げて必ず最初に見る鷲田清一先生の「折々のことば」のその日の言葉はこれでした。


God be with you till we meet again


”God”と”again”という言葉が目に飛び込んで驚く。鷲田先生の解説を見るとこの言葉は「神ともにいまして」という題で知られる讃美歌で、主に日本では教会で葬儀の時によく歌われるとのこと。でも曲は長調。「送別の歌なのに長調なのが不思議だったが、悲しみの淵に沈む人を支えられるのは、信仰と希望と連帯だからだろう」と書いている。


前の晩、つまりクリスマスイブにアゲイン(Againですね)の石川さんから電話をいただいて、高橋和枝さんの原画展が開かれている武蔵新田のティールグリーンが石川さんの実家のすぐ近くだということで、仕事前にそれを見に行くと知らせてくれていたので、なんだか気持ちがわくわくしつつ、一方でも今日の日の作業が事故もなくうまくいくようにと神様に祈りたくなる気持ちもあったので、最初と最後に”God”と”again”という単語が置かれたこの” God be with you till we meet again”という今日の言葉に運命的なものを感じてしまう。

「信仰」と「希望」と「連帯」の言葉。

神様がそばで見守ってくれていることだけは確かなよう。


10時ごろHさんがやってきて前回Hさんが事故をして中断していたスレートの屋根を外す作業から取り掛かる。Hさんが脚立に上がって作業を開始。はじめは下で脚立を支えていたけれどもスレートが割れて落ちる可能性があるので離れてHさんの作業を見守る。脚立に乗った状態で梁に打ち付けている釘を抜く作業はかなり大変そう。

しばらく様子を見ていて下の方の釘は僕が低い脚立に上がってできそうなことがわかったのでやってみる。Hさんがスレートがずり落ちないように上から支えて僕の作業を見守る。最初は手間取るけどそのうち要領がつかめてくる。まずHさんが上の方の釘を抜き、次にHさんがスレートを支えて僕が下の釘を抜く。全部釘を抜いたら僕が下に降りてスレートをゆっくりと下ろす。このリズムが次第に合ってきて作業のスピードが上がる。事故の不安もなくなってくる。でも油断しないようにする。

結局昼前までに屋根のスレートと小屋の側面に打ち付けたトタンを全て外すところまで終わる。ここでお昼休みに。後で訊いてみると母親はやはりずっと神棚の前で神様に祈っていたそうである。


部屋に戻ってパソコンを開いたら高橋和枝さんから今朝のブログを読まれたことと、今からティールグリーンに向かわれるとのメールが入っている。高橋さんがこの日ティールグリーンに行かれるとは思っていなかったのであわてて石川さんに電話。石川さんはすでに到着されている。実家からは歩いて300歩ほどだったと(正確な数字を言われていたけど忘れてしまった。308歩だったっけ?)。高橋さんがティールグリーンに向かわれていることを伝えたら2時くらいまでなら店にいることができると。高橋さんと親しいおひさまゆうびん舎の窪田さんにそのことを高橋さんに伝えてもらうようにお願いする。

ということで石川さんと高橋さんがお会いすることができるのかというわくわくどきどきの気持ちを心に持ちながら作業を再開。目蒲線(東急多摩川線だけど)に乗っている高橋さんを想像するだけで楽しくて仕方がない。でも絶対に気を抜かないようにする。梁を外して柱を全部倒すという大変な作業がある。腐りかけている柱が何本かあるので判断を間違うと全体が崩れ落ちてしまう危険もある。

Hさんは僕に離れているようにと言って一人で作業を始める。ここからはHさんの作業をただ見守るしかない。何度も何度も柱や梁を状態を確認しながら、いくつかの場所にロープをかけ、慎重に梁を取り外していく。梁を全部外し終わるとロープを引っ張って柱を何本かまとめて倒す。見事と言う他ない。

柱を全部倒し、ちょっと休憩を入れようという頃に石川さんから電話。高橋さんに会うことができたとうれしそうな声。たぶん一時間も話す時間がなかったんじゃないかと思うけど、いろんな話をしたようで、自分の事のようにうれしくなる。高橋さんとのツーショットの写真を送ったと言ってくれたのに写真が重くてなかなか受信できない。でも、電話を切ったあとようやく受信できる。うれしそうな二人の顔を見て幸せな気分になってすぐにおひさまゆうびん舎の窪田さんに画像を送る。

改めて考えてみると石川さんと高橋さんが二人並んでいるというのは僕にとっては奇跡のようなこと。クリスマスの日に起きた奇跡。

倒した梁や柱に打ち付けられた釘などを取り外してこの日は作業終了。あの事故の後にはHさんと再びいっしょに作業ができるなんて想像もできなかったので、こうやって作業を終えられたのもやはり奇跡としか思えない。


そういえば作業の途中で、小屋の奥の方に積まれていたものをどけたらその下に煉瓦を敷いてあるのが見つかる。全部で20個ほど。見るとどれも耐火煉瓦。Hさんによると、昔この家を建てる前に住んでいた近くの家に耐火煉瓦の炉があったのでその煉瓦ではないかと。確かに炉があったような気もする。

耐火煉瓦といえば三石。もしかしたらあの小津の『早春』が撮影された頃に作られた耐火煉瓦ではないかと考える。ということで記念にそのうちの一つだけデザインがシャレていたものを部屋の中に置くことにする。

ついでだけど三石の耐火煉瓦といえば毎週日曜日に放送している『鉄腕DASH』であのDASH島に炉を作るために、どうやら三石で耐火煉瓦を作るようである。ちょっと見逃せない。

それから『早春』つながりでいうと、武蔵新田駅の千鳥とは反対側の矢口という場所が『早春』にちらっと出てくる。以前も紹介したけど、三石にやってくる前に池部良・淡島千景夫婦が住んでいた六郷あたりの家の隣に住んでいた杉村春子が淡島千景に自分の亭主の過去の女道楽を語る場面があってその中に矢口が出てくる。


「(小指を出して)これ......、駅向うの川っぷちにカフェーがあるでしょ。あたし、あそこだとばっかり思ってたら、そのとなりの玉突き屋のゲーム取りだったの。それを火の見の傍のアパートに住まはしてたのよ。その時分、うち矢口に住んでいたでしょ」


ということで奇跡のようなクリスマスの1日の話はこれで終わり。次回は武蔵新田あたりのことをもう少し別の角度から。


今日、12月30日は大瀧詠一さんの命日でした。大瀧さんの話はできなかったけど、大瀧さんがいなければ僕は石川さんと知り合うことはありませんでした。


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by hinaseno | 2016-12-30 16:54 | 雑記 | Comments(0)