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どこまでもボビー・ダーリンをフォローするコニー・フランシスさんではありました。


アメリカン・ポップス伝パート3 第2夜(6/6)

(はじめに)この日放送されたプログラムは、アメリカン・ポップス史的には前回文字起こしした部分の話がひとつの大きなクライマックスでした。そこで終わっていてもよかったような気もします。

ところが大瀧さんはこの日のプログラムの最後の最後にもうひとつのクライマックスを用意していたんですね。それもとびっきりロマンチックな物語。そこでかかったのが以前から僕の大好きな曲の1つであった「That’s All」という曲でした。

正直言えば、僕は今までボビー・ダーリンをほとんど聴いていなくて、ボビー・ダーリンが歌う「That’s All」を聴いたのもこのときが初めて。で、それははっきり言うと考えられないような曲になっていたんですね。「That’s All」に抱いていたイメージが壊れるような歌。

「That’s All」については改めて書こうと思っていますが、この曲の詞で語られているのはとてもささやかな愛情の告白。例えばこんな歌詞。


 あなたに与えることができるのは春に田舎を散歩することと

 木の葉が落ち始めたときにつなぐ手

 それから冬の夜を暖かくする燃えるような光をもった愛…


僕の知っている男性シンガーも女性シンガーもすべてしっとりと歌っているんですが、ボビー・ダーリンはこの詞からは考えられないような歌い方をします。本来の歌詞の「That’s All」という言葉にこめられたニュアンスさえ全く違って聞こえます。

で、そのあとにかけられるのがコニー・フランシスのバージョン。これも初めて聴いたんですがこれがすばらしいんですね。

ということで、この日のプログラムの最後の部分を。


*   *   *


さて、ボビー・ダーリンに話を移します。ボビー・ダーリン、本名ウォルデン・ロバート・カソット(Walden Robert Cassott)、イタリア系です。イタリア系で男性歌手となりますと当然目標はフランク・シナトラとなるわけですね。幼少時代からシナトラのような大歌手になるというのが周囲の期待でもあったわけです。ですからいくらポップ・ヒットが出てもボビー・ダーリンは満足することはありませんでした。

「ドリーム・ラヴァー」をヒットする前にですね、実はこのスタンダードナンバーを集めたアルバムを企画していたんです。すでにこの曲は「ドリーム・ラヴァー」よりも前に録音されていて、しかも後々ヒットするんですが、半年以上も前に録音されておりました。


BOBBY DARIN / Mack the Knife(Take 7)

(注)ここでかかるTake 7には演奏前の語りが少し入っているのですが、以前紹介したCDに収録された音源はこのYouTubeのものと同じで語りの部分がありません。大瀧さんが番組で使用した音源はいったいどこで手に入れたものなんでしょうか。


このリリースが遅れたのはですね、周囲、特にDJの反対が大きかったといいます。せっかく「ドリーム・ラヴァー」が大ヒットしてティーンの客をこれだけつかんだわけだからみすみすそれを失うことはなかろうというのがDJの意見だったんですね。

ところが半年後、出してみたら人気が落ちるどころかさらに広がってナンバー1を獲得しました。9週ですね、他のチャート紙では10週、連続1位だったんですね。そしてまたこの曲は音楽界最大の栄誉であるところのグラミー賞を獲得しました。ここでボビー・ダーリンはティーンのアイドルから大人の歌手へと、つまりシナトラへの道が開けたわけですね。

「マック・ザ・ナイフ」が入ったアルバム、このアルバム・タイトルは「ザッツ・オール」と言いまして、このアルバムも大ヒットしました。スタンダード・ナンバーを集めたものでした。


BOBBY DARIN / That’s All


シナトラへの道まっしぐらという感じですね。この曲をボビー・ダーリンが録音したすぐ後にコニー・フランシスも同じ曲を録音しています。


CONNIE FRANCIS / That’s All


う~ん、ボビー・ダーリンへのラブレターという感じですね。切々と歌っておりました。まさにボビー・ダーリンへの後追い三味線ですな、これは。本名コンセッタ・ロサ・マリア・フランコネロ(Concetta Rosa Maria Franconero)、イタリア系です。

ボビー・ダーリンはこの後、夢の舞台であるコパカバーナに出演します。そして『ダーリン・アット・コパ(Darin at the Copa)』というアルバムも出ます。

その半年後、「コニー・フランシス・アット・コパ(Connie Francis At the Copa)」というアルバムも出しました。

どこまでもボビー・ダーリンをフォローするコニー・フランシスさんではありました。


CONNIE FRANCIS / Follow the Boys

(注)改めて言うことでもありませんが、この日の特集で大瀧さんが何度も「フォロー」や「追い続ける」という言葉を使っていたのは、最後にかかるこの「フォロー・ザ・ボーイズ」の伏線だったというわけです。


「アメリカン・ポップス伝パート3 第2夜」はニューヨークのその後としましてボビー・ダーリン、コニー・フランシス、ニール・セダカの3人組の物語をお送りいたしました。この3人の共通人物がアルドン出版社のドン・カーシュナーだったことを含めまして、今までのストーリーをアルバムにするとなるとタイトルは「ティーンエイジ・トライアングル(Teenage Triangle)」、つまりこれが「ティーンエイジ・トライアングル」のヴォリューム・ゼロ(Vol.0)だったというわけですね。

その後の3人ですけれどもボビー・ダーリンはこの後映画に進出するというおきまりのコースですね。コニー・フランシスはアルドン出版社のライターのヒットが続きます。セダカは持っていた音楽センスを活かしてポップスの名曲を次々と発表することになるんですが、続きは日を改めて60年代アルドン・ミュージックの時代でお話しすることにいたします。それではまた明晩。


(おわりに)残念ながら多くの人が聴きたくて仕方がなかった「60年代アルドン・ミュージックの時代」は結局放送されることはありませんでした。でも1976年に始まった「ゴー!ゴー!ナイアガラ」はまさにそのアルドン・ミュージックのスタッフ・ライター特集から始まるんですね。

第1回目の放送の最初に番組の紹介の後、いきなり「第1回目はアルドン・スクリーンジェムズのスタッフ・ライターの特集、今週と来週はキャロル・キング作品の特集です」となるんですね。いきなりこれを聴いた人は「アルドン」?「スクリーンジェムズ」? ですよね。

で、第3回目がニール・セダカの特集。そして第5回目のジャック・ケラーの特集の時にコニー・フランシスの曲が3曲もかかります。

このジャック・ケラー特集が素晴らしかった。コニー・フランシスはジャック・ケラーの曲との相性が抜群なんですね。

このジャック・ケラー特集のことはボビー・ヴィーの話のときに触れるつもりです。でも、「ゴー!ゴー!ナイアガラ」から40年後の新たなアルドン・ミュージック・ストーリーを聴いてみたかった。


それから映画に進出したボビー・ダーリンの話は「アメリカン・ポップス伝パート4 第5夜」、つまり結果的には最後となってしまった「アメリカン・ポップス伝」で語られます。出演した映画でサンドラ・ディーに出会うんですね。

というわけなので、「アメリカン・ポップス伝パート4 第5夜」で少し語られたボビー・ダーリンとサンドラ・ディーの物語をその部分だけ文字起こししようと思っています。

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ボビー・ダーリンとコニー・フランシス


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by hinaseno | 2016-11-30 14:09 | ナイアガラ | Comments(0)