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旧内山下小学校でトークイベントを聞く(その3)


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今回のイベントに参加された三島さん、光嶋さん、松村さんは3人とも東京を離れて暮らすということを選び取られた方々。三島さんは京都、光嶋さんは神戸(内田先生の凱風館の近所ですね)、そして松村さんは岡山(立教大学から昨年4月に岡山大学にいらっしゃったとのこと)。それぞれの身体感覚で東京に対する違和感を感じ、そこを離れる決断をされたんですね。

三島さんの会社があったテナントはビルのかなり高い階にあったそうですが、「東京を見下ろすというのは出版という仕事には合わない」と考えて、京都に移られたんですね。移られたのは京都の古い民家。地面に近い場所から感じ取ったものを形にしているんですね。『ちゃぶ台』というシリーズはまさにそういう感覚を形にしたような本といえるように思います。


そういえば今回のトークイベントではそれぞれの身体感覚をもとにした経験を語られることが多く、それはとても腑に落ちるものでした。トークは熱を帯びていながら決して感情的になることなく、終始冷静に相応しい言葉を選び取られようとされていることに大変好感をもちました。

「『これからの町』を考えよう」というテーマだったものの話は多岐に渡ったので中にはどうやら違和感を覚えられた方もいらっしゃったようですが、僕自身は有意義で楽しい時間を過ごすことができました。


光嶋さんが、時の経過が生み出すもの(場合によっては予想もしない形のもの)の大切さを語る中で、凱風館は完成した当初よりも5年が経過した今の方がはるかにいい建物になっていると言われたのを聞いて、ますますぜひ一度凱風館を訪ねてみたい気持ちに。


岡大の松村さんの活動もこれから注目していこうと思います。松村さんの専門は文化人類学。アフリカのエチオピアでフィールドワークをされてきたようです。松村さんのことはミシマガジンで「セトウチをいく」で意識するようになったのですが、それ以前にもミシマガジンで「<構築>人類学入門」や「月刊 越尾比屋人」を連載されていたことがわかりました。「月刊 越尾比屋人」の方はときどき読んでいました。その最終回に書かれたこの文章も心に残るもので深くうなずくものがありました。

現在連載中の「セトウチをいく」も興味深い話ばかり。好きな町の一つである日生(「ひなせ」と読みます)を取り上げたこの日の文章もとても興味深いものでした。日生にはもう何年も行っていないのですが、あんな美術館があるなんて知りませんでした。ちなみにこのブログの「ニックネーム」はhinaseno。実はニックネームというのがこのような形で表示されるなんて思ってもみなくて、ブログを始める数日前に食べた日生の鰆が頭に浮かんで「hinasenosawara」を考えて長すぎるので「hinaseno」にしたら、それがそのまま名前として登録されたんですね。すぐに変更しようとしたんですが、どうやら無理みたいだったのでそのまま使っています。まあ、今では好きなミュージシャンの一人であるジョー・サラセノ(Joe Saraceno)に似てていいかなと。

関係ない話でした。近いうちに行ってぜひあの美術館を見ようと思っています。

松村さんの一番新しい文章は「不受不施派」に関すること。不受不施派については例の永瀬清子さんの家が不受不施派だったんですね。この日のブログでちょっとだけ触れています。

文化人類学者である松村さんがこれからどのような岡山を発見されていくのかとても楽しみです。


最後に新刊である『ちゃぶ台 Vol.2』のことを。ミシマ社らしさといえば「コーヒーと一冊」シリーズとこの「ちゃぶ台」シリーズではないかと思います。この本の面白さは手にとってみればわかります。装幀がすごいんですね。台割をつくらず、いろんな作家の方が書かれた原稿が集まった順に掲載して本をつくっていく。それぞれがどんな分量の文章を書くかもわからないままに。というわけで目次は最後のページについています。しかもこの本、本がぱかっと完全に開くんですね。何も知らずに例えば書店で手にとったらちょっとびっくりします。本が壊れるんじゃないかと。

さて、今回の『ちゃぶ台 Vol.2』は「革命前々夜号」となっていますが、実際には食と会社を考えるということで、その会社を考える特集の最初に登場しているのが平川克美さん。

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会社特集を組むことで三島さんの頭にまっさきに浮かんだのが平川さんだったんですね。で、三島さんは今年の5月に平川さんのところに話を聞きに行きます。イベントでも三島さんがそのときのことを話されたんですが、会場は爆笑。本当は笑えない話だけど

インタビューはこんなやりとりから始まります。


平川 今日はなんの話なの?
ーー『ちゃぶ台』という雑誌で「会社」特集をしようと思いまして。まっさきにお話を伺いたいと思って来ました。
平川 いやあ、会社ですか。まいったな。ぼくは、会社の経営について語る資格があるのか疑問なんですよ。実はぼくがやっている会社のひとつが、もうじき解散することになりまして。で、来月には会社の借金精算などで、家がなくなり貯金が全部なくなるんです。とほほでしょ。でも、なんか気持ちいいんだよね。


「会社」特集の最初のインタビューにのっている平川さんの最初の言葉というのがこれ。過激ですね。この後も平川さんの口から次々に過激な言葉がでてきます。でも一聴、一読の価値ある言葉ばかり。

話の中で平川さんは何度か「行くところまで行くよ」と語っています。トランプさんの登場で、さらにその言葉は現実味を帯びて来ました。


ーー行くところまで行くとどうなるんですか。
平川 行くところまで行くとさすがムシロバタじゃないけど、革命が起こるわけだよ。


この言葉が今回の「革命前々夜号」という副題につながったようです。

で、平川さんの最後の言葉。


(本来は動物世界では自然な形であるはずの)適者生存の世界を生き延びていくためには、弱い人間はある程度の集団、つまりは共同体をつくっていくのがああ。そして、共同体を存続させるためには、要所要所にぼくが責任を持つという人間が必要になります。『小商いのすすめ』に書いた「本来自分の責任じゃないことを自分の責任としてやる」っていう人間たちが立ち上がってくるしかないと、ぼくは思っているんです。

この最後の言葉は先日のトークイベントの結論ともつながっています。

ぜひ『ちゃぶ台』を手にとってみてください。

光嶋さんの『これからの建築』は今読んでいるところです。

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by hinaseno | 2016-11-23 15:13 | 雑記 | Comments(0)