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Talks About Music, Books, Cinema ... and Niagara


by hinaseno
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See You in My Dreams ーーアメリカン・ポップス伝パート4 第3夜(その3)


戦後の冷戦構造からアメリカでは赤狩り運動が本格化しました。まずはハリウッドの脚本家や監督が標的にされまして、いわゆるハリウッド・テンと呼ばれた人々が実刑判決を受けたんですね。それが1950年。まさにウィーヴァーズの曲が1位になった年です。
また、6月には朝鮮戦争が勃発しました。しかしウィーヴァーズの人気がものすごくヒット曲を連発するので、当局にとっては目障りになってきたわけですね。そして追求は映画界から音楽界へと普及してこのウィーヴァーズがやり玉にあげられたんです。
メンバーのリー・ヘイズとピート・シーガーは公聴会に呼ばれます。特にリー・ヘイズは何度も呼ばれて、しかもその模様はテレビで全米中継されました。このあたりはウディ・アレンの『ザ・フロント』とかロバート・デニーロが出た『真実の瞬間』などを観るとわかります。そしてウィーヴァーズはFBIからラジオとテレビの出演の禁止を言い渡されたんです。
FBI長官はジョン・エドガー・フーヴァー。イーストウッドが『J・エドガー』で映画化しましたが、在籍48年、大統領が8人も変わる間、権力の座に居続けたあのフーヴァーです。ピート・シーガーはこの期間常にFBIの監視状態に置かれて、逮捕はされなかったが毎日牢獄にいるみたいな気分だったと発言しています。
チャップリンも52年に国外追放命令を受けました。また、フォークソングのアーカイブを行なったアラン・ロマックスもこの時期お祖父さんの母国である英国に逃れています。
ウィーヴァーズのレコードを販売していたデッカ・レコードは53年、彼らとの契約を破棄するだけでなく、彼らの楽曲をデッカのカタログから全曲削除したんですね。それだけマッカーシーとフーヴァーが巻き起こした赤狩り旋風はものすごいものだったんです。ですからヒットしそうな曲がたくさんあったにもかかわらず、どのレコード会社もカバーするのには二の足を踏んだというわけで、1958年の「トム・ドゥーリー」が1位になるまで、「グッドナイト・アイリーン」から8年間、フォークソングのNo.1がなかったというのはこういう背景がありました。

まあしかし議員の中にもマッカーシーはやりすぎではないかという声が上がるようになって、マッカーシズムに立ち向かうテレビのキャスターも登場してきたんですね。
そのキャスターとはエドワード・マロー(Edward Murrow)。これを映画化したのがジョージ・クルーニーの『グッドナイト&グッドラック』です。これを観ますとマローの奮闘ぶりと、当時のマッカーシズムがどのようなものであったかというのがわかります。
で、徐々に反マッカーシーの流れができてきて、54年12月、上院でマッカーシーに対する譴責決議が多数となり、ついにマッカーシー本人はここで失脚しました。
その1年後の55年12月、ウィーヴァーズははれてカーネギーホールで再結成コンサートを開いたのでした。

Darling Corey (Live at Carnegie Hall) / THE WEAVERS

デビュー当時の曲はデッカ・スタジオで華麗なストリングスとかホーンのアレンジメントが施されていましたが、ライブでは4人の素朴な演奏で、スタジオ録音よりもこのライブ盤がウィーヴァーズの本来の姿だったんですね。

Wimoweh (Live at Carnegie Hall) / THE WEAVERS

拍手の感じからこの曲の浸透具合がわかりますが、いかに当局が禁止してもその間ファンはレコードを聴いていたわけですね。
そしてコンサートの締めの曲はこの「グッドナイト・アイリーン」でした。

Goodnight Irene (Live at Carnegie Hall) / THE WEAVERS

(注:大瀧さんはこの「グッドナイト・アイリーン」を最後の拍手と歓声の部分も含めて4分間フルコーラスで流します。限られた時間の中で数多くの曲をかける「アメリカン・ポップス伝」で1つの曲をフルコーラスで流すのは極めてめずらしいことでした)

う〜ん、感動的なコンサートだったということがわかりますね。まあ曲も最後なのでギターのチューニングも怪しくなってきてましたが、いかに聴衆は彼らの再結成を待ち望んでいたのかというのがこの拍手でわかりますね。
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by hinaseno | 2016-11-03 11:13 | ナイアガラ | Comments(0)