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by hinaseno
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ロマックス親子のアーカイブ、そしてウィーヴァーズ ーーアメリカン・ポップス伝パート4 第3夜(その2)


それにしても51年から58年の間に1曲もないというのは不思議ですよね。調べてみますとなんと1950年に1曲あったんですね。で、今回は51年から始めてしまったのでキングストン・トリオが登場するまでありませんでした。その50年の1位の曲はウィーヴァーズの「グッドナイト・アイリーン」。

Goodnight Irene / THE WEAVERS

これが50年の8月から13週も1位を続けたという超弩級の大ヒットでした。同時期にシナトラが5位、ジョー・サタッフォードが9位、レッド・フォーリーとアーネスト・タブが10位にランクされるという、もう一大現象だったんですね。
この曲もフォークソング特有のオリジナルがわからないというものですが、原点とされているのはレッドベリーのバージョンです。

Goodnight Irene / LEADBELLY

この録音はアメリカの国立議会図書館に所蔵されているものです。日本でいいますと国会図書館ですね。そのアメリカの議会図書館ではフォークソングのアーカイブを作っていました。
1934年、その民謡資料室にコンサルタントとして就任したのがジョン・ロマックス(John Lomax)。彼はフィールド・レコーディングという画期的な方法を持ち込んだんですね。それは車に録音機を積んで各地を歩くというもの。
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『キャデラック・マン』という映画がありました。チェス・レコードの創設者を主人公にした映画ですが、その中でマディ・ウォーターズのところへ「君の歌を録音させてくれ」とジョン・ロマックスが登場するシーンがありました。車のトランクを開けると録音機があって。当時は円盤録音なんですね。レコードに直接録音するという方式で、マディ・ウォーターズがスライドギターを弾きながら歌っていました。
ジョン・ロマックスの息子アラン(Alan Lomax)も手伝うようになって、全米をかなり広範囲にわたって歩いて、ときには牢獄の中まで録音機を持ち込んで収集を行いました。
日本でも1960年に町田佳聲(かしょう)さんとNHKが民謡調査というのを行なって、日本全国をまわって民謡を収集して、現在でもNHKのライブラリーとして残されています。
このロマックス親子の努力で充実したフォークソングのアーカイブができたんですね。図書館に行けばだれでもいつでも閲覧できたり聴いたりすることができました。
またレコードや本でも出版されて、外国の人も研究できたという。フォークムーブメントの基本となったのがここのアーカイブでした。たくさんのミュージシャンや作曲家がここのアーカイブにある曲をヒントにしていろいろな曲を作っています。商業ポップスの殿堂ブリルビルディングのライターたちもネタ探しに使っていますね。
では、レッドベリーの録音からのちにカバーされたりヒントにされた曲を聴いてみましょう。

Take This Hammer / LEADBELLY

Cotton Song / LEADBELLY

Match Box Blues / LEADBELLY

これはカール・パーキンスの「Match Box」ですね。「Take This Hammer」は「天使のハンマー」の原点。「Cotton Song」は「Cotton Fields」として有名になりました。

50年に大ブームとなったウィーヴァーズですが、メンバーはリー・ヘイズのピート・シーガーらの4人の編成で、ピート・シーガーが住んでいたグリニッジ・ヴィレッジのアパートで48年に結成されました。しかしリー・ヘイズとピート・シーガーはその前の40年からアルマナック・シンガーズというグループに属していました。メンバーはたくさんのミュージシャンが入れ替わり立ち替わりというグループだったんですけれどもね。その中にはウディ・ガスリーもおりました。

House of the Rising Sun / ALMANAC SINGERS

時代は太平洋戦争の真っ只中で、彼らの主張は反戦、反レイシズム、ユニオン結成と、これがまあ主なものでウディ・ガスリーの映画『わが心のふるさと』を見ますとこの時代の雰囲気がよくわかりますよね。
そのグループの中心人物であったところのリー・ヘイズとピート・シーガーが戦後に結成したのがウィーヴァーズであったわけです。「Goodnight Irene」は200万枚の大ヒットで、続く第2弾シングルは11位でしたがB面はこの曲でした。

(The Wreck of the) John B / THE WEAVERS

このあと第3弾シングルは一ヶ月後に出されてこれが4位、さらに二ヶ月後の第4弾は2位ととにかくものすごい人気だったんですね。
で、第5弾シングルは「Kisses Sweeter than Wine」、でした。

Kisses Sweeter than Wine / THE WEAVERS

これは19位でしたがB面の「聖者の行進」も27位と両面ヒットとなりました。
この曲はレッドベリーが歌っていたものをピート・シーガーが改変したものなんですね。では、レッドベリーのバージョンを聴いてみましょう。「If It Wasn't for Dicky」。

If It Wasn't for Dicky / LEADBELLY

レッドベリーは12弦ギターの名手でもありました。レッドベリーはグリニッジ・ビレッジでアイリッシュの歌手がこの歌を歌ったのを聴いて自分で改変したそうです。
このようにフォークソングというのは自由に自己流解釈ができるというのが最大の面白味で、誰が作ったのかよりもどのように解釈したのか、どのようにアレンジしたのかというのが聴き所なわけですね。
翌52年になってもウィーヴァーズの勢いは止まりませんでした。1位はありませんでしたが、ヒット曲が続きました。

Wimoweh / THE WEAVERS

これは14位でしたけれども、のちに世界的に大ヒットとなりました。続いてはまたまたレッドベリーのレパートリーから「Midnight Special」。

Midnight Special / THE WEAVERS

これは30位でしたが、ここでぱったりとレコード発売が止まります。人気が落ちたからではないんですね。例のマッカーシズムです。
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by hinaseno | 2016-11-02 12:19 | ナイアガラ | Comments(0)