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by hinaseno
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もうひとつの平山家(最終回)――もうひとつの平山家へ(後編)


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昨日の最後、実際には映画に一度も登場させないにもかかわらず、福善寺近くの平山家の場所を特定していると書きましたが、あのあたりの風景を思い浮かべていたときに、はっと『東京物語』のあるシーンを思い浮かべました。確認したらやはり写っていました。
そのシーンのカットは浄土寺付近で探していたけど見つからなかったもの。まさか福善寺のあたりで撮られていたとは思いませんでした。映画資料館のパネルにはそのカットの撮影された場所が示されていたっけ?

とりあえず、厚田さんの手帳の左のページに記された図の説明をします。線路の左側に描かれているのが福善寺。墓地を示す墓の絵が描かれています(ちなみに手帳のこのページの写真が掲載された『デジタル小津安二郎――キャメラマン厚田雄春の視』では、この写真の下のコメントも含めて説明は一切ありません)。
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これがこのあたりの現在の地図。
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厚田さんは線路と国道が上下に走るように描いていますが、北を上にした場合の実際の地形はこうなっています。

まず、厚田さんの図に示された平山家の場所の特定から。厚田さんの手帳の平山家の左には階段が描かれています。実はこのあたりの両側はかなりの崖。もともとは山の尾根だったところを切り通して鉄道と国道を作ったんですね。厚田さんが何本もの斜線で描いているのは崖のこと。江戸時代なんかの古い地図を見たら、おそらくはそのせり出した尾根の先の部分全体を丹花と呼んでいたはず。

さて、福善寺とは反対側の国道の沿いの崖には現在この付近に2箇所階段があります。
改めて厚田さんが描いた図を見ると境内に入る門の手前に石段のようなものが描かれています。平山家のそばの石段はその真正面。
厚田さんが描いた門は福善寺の南西側の山門ではなく南東にある小さな門。赤い点線の丸で描いている場所にある門です。実は僕が線路脇の細い坂道(かなりの急坂)を登って入ったのがこの門でした。石段から左に折れて門があるのも厚田さんが描いている通りですね。その門の線路と国道を挟んで反対側にあるのが先日紹介した丹花小路。昔はおそらくここにまっすぐ道が通じていたはず。
厚田さんが平山家のそばに描いていた階段はまさにこの丹花小路に入る場所にある階段でした。とすれば平山家は階段から崖を少し登った左手の赤の四角で囲んだあたりということになります。
撮影日程表に「丹花」と書いているのは、平山家の場所として想定した辺りを探るためだったんでしょうね。

で、『東京物語』でこの付近が映っていたというのはこのシーン。
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右端の崖上に見えるのは地図の紫の四角で示したあたりにあった家だと思います。
ストリートビューを使って丹花小路の入口付近から東の方向をとらえたのがこの写真。右手の崖のあたりに見える階段はそのままです。
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ちなみにこの場所から福善寺側を見るとこうなります。
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『東京物語』のカットはこの写真の左の端の坂の付近から線路のそばに入って撮影したはず。地図で確認すると緑で丸をしたあたりから矢印の方向に向かって撮られたと考えられます。僕は同じ道を通っていたのですが気がつきませんでした。

そういえば厚田さんの手帳の右のページには「福善寺下の線路付近の土蔵」という言葉が書かれています。で、左のページの絵を見ると線路脇に赤く塗られた建物があります。もしかしたらこの建物が「土蔵」で、そこから撮った風景なのかもしれません。

実は僕はここから数十メートルしか離れていない場所で線路の上を歩いたのですが(青い矢印の場所)、そこでも映画のあのシーンとほぼ同じような風景を見ることができていたはずで、ちらっと見ていたとは思いますが気がつきませんでした。情けない。
ちなみにこれがその線路上からストリートビューを使って見た風景。
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ところで、上のシーンがいつ『東京物語』に登場するかというと、まさに映画のラストシーン。原節子演じる紀子の乗った東京行きの列車が走り去っていくシーンとして映ります。
映画の流れからいうと、筒湯小学校に設定されている小学校に勤めている京子(香川京子)が授業の途中で教室の窓から外を見ます。
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で、上りの列車が向こうからやってきます。実際には浄土寺付近で撮られています。
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そしてそのあとにこのシーンが続きます。崖沿いの丹花あたりの風景が見えるのはほんの一瞬。
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列車が走り去っているということを表しているカットですが、実際の位置としてはこちらの方が尾道駅に近いんですね。
ただ改めて考えてみると、このラストシーンの紀子が乗った列車を見送るシーンが撮影された2つの場所というのはとても意味深いように思いました。
一つは浄土寺近くに設定された平山家のそばで撮影されていて、もう一つは「とみ」と「しょうじ」が眠ることになる福善寺近くに設定された平山家のそばで撮影されている。つまり、上は京子という、これからいろんな形で大人の世界を知っていくことになる若い「生者」が見送る形で、そして下は「死者」が見送る形になっていたんですね。

さて、僕は尾道に行った日(考えたら紀子を演じた原節子さんの一周忌に近い日でした)の夕方、「死者」たちが紀子を見送った場所に近い、地図の青い矢印の場所を通って、国道を渡って路地を入ったところにある場所へと向かいました。地図の右端の青い星印で示した場所でした。福善寺近くの丹花小路にあった平山家からは100mも離れていない場所。路地を抜けていけば1分くらいで行ける場所かもしれません。そこは昔、泌尿器科の病院のあった場所。『東京物語』のロケをしたときにも病院はそこにありました。おそらく戦前からあったんだろうと思います。もしかしたら平山家の人たちもその病院に何度かお世話になっていたかもしれません。

今、そこは昔の病院をそのまま残した形でいい雰囲気の古本屋になっています。このシリーズの一番上に貼った写真はその古本屋を撮ったものでした。古本屋の名は弐拾dB。
その日、そこで世田谷ピンポンズさんのライブが行われたんですね。「もうひとつの平山家」とライブが開かれた場所が目と鼻の先だったというのも何かの縁としか言えません。
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by hinaseno | 2016-09-29 11:24 | 映画 | Comments(0)