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by hinaseno
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もうひとつの平山家(13)――もうひとつの平山家へ(前編)


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小津安二郎の『東京物語』の尾道のシーンを見ると、いろんな形で尾道の平山家が寺のすぐそばにあることが示されています。
例えばこの家の中の様子をとらえたカット。家はもちろんセットですが、庭の向こうにはお寺の塀と何体もの石仏を見えます。
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そして、その庭で作業をしている場面として映し出されたのがこのシーン。
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向こうに見えるのは浄土寺の塀と多宝塔。これによって僕に限らず尾道のことをそれなりに知っている人であれば尾道の平山家はこの地図で示した辺りの場所と普通に考えてしまいます。
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とみが亡くなった日の朝、朝日が昇るのを見に行った笠智衆を原節子が探しに行ったあのあまりにも有名なこのシーンが撮られたのも浄土寺。
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平山家が浄土寺のそばにあったというのはおそらく常識になっているはず。厚田さんの手帳のどこかのページには間違いなく浄土寺のそばの平山家を図示した絵が描かれているに違いありません。
でも、その別のページには福善寺のそばに平山家が描かれていたんですね。これには本当に驚きました。
浄土寺周辺にあの葬儀をした寺の墓地が見当たらなかったので、僕はああ、葬儀は家のそばの浄土寺ではなく、別の寺でしたんだなと考えました。物語としてはそれでもなんの問題もないように思います。例えばあの墓が福善寺にあるものだとわかった人であれば、浄土寺のそばの家から福善寺までは1kmも離れていないので、そこで葬儀が行われ、そこに墓が作られたとしても特に変だとは思わないはず。

ところが平山家はその福善寺のそばにも設定されていたんですね。小津の頭の中にははっきりとした尾道の平山家のイメージがあって、あくまで平山家は寺のすぐそばにあり、その寺で葬儀も行われ、おそらくそこの墓地に平山家の人たちが代々眠っているわけです。そのためには場合によってはそばの寺が浄土寺であろうが福善寺であろうが映画的には構わない。

ふと、これは平川克美さん率いる隣町探偵団によって解明が進められた小津の『生れてはみたけれど』の吉井家とその前を入る鉄道の関係と同じだなと思いました。
小津が頭の中でバーチャルに作り上げた風景に合わせるために、家の前に走っている鉄道は場合によって池上線が写っていたり目蒲線が写っていたりしているんですね。当然それによって吉井家も池上線沿線と目蒲線沿線の2箇所に設定されることになる。
尾道の平山家と、浄土寺あるいは福善寺の関係と全く同じ。

では、その福善寺のそばの平山家は実際にはどこに設定されていたのか。それはだいたいの場所ではないんですね。きちんと場所を特定している。実際には映画に一度も登場しないにもかかわらず。
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by hinaseno | 2016-09-28 13:32 | 映画 | Comments(0)