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by hinaseno
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もうひとつの平山家(10)――京子が歩いた路地へ


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ということで、後で予定していることの時間を気にしながら、香川京子さんが歩いた場所を探しに行きました。改めてそのシーンを。
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ところで家に戻ってから見つけた蓮實重彦著『監督 小津安二郎』の付録の厚田さんの昭和28年撮影記録の8月17日のところにはこんな記述が。
西国寺通り路地香川の歩き

ここの「西国寺」はおそらく「西郷寺」の間違いのはず。西国寺はロケされたはずの場所からはかなり離れているし、西国寺に行く道からも外れています。
ちなみに同じ日にはこんな記述もあります。
善光寺の墓地

善光寺? 尾道にそんなお寺はありません。もちろんこれは「福善寺」の間違い。厚田さんか、それを書き写した人か(蓮見さん?)、あるいは活字化した人の誰かが間違えたんでしょうね。

映画資料館ではあのシーンをロケした場所が久保小学校と西郷寺の近くであることが確認できたのですぐにわかるだろうと思って、とにかく行ってみることにしました。
でも、その前に6時から予定していたことが行われる場所を確認しておく必要があると思って、行く途中で(行く途中にある場所だったんですね)にその場所を見に行きました。
そこは奥まった路地の中の、かなり見つけにくい所だとは知っていましたが、確かにそうでした。地図を見ながら行ったものの、結果的にはいちばん分かりにくい路地から入ったためにちょっと不安になりかけていたのですが、そのときに聴き慣れた歌が聴こえてきました。

いい歳をしてオレンジジュースを飲みながら
藤子不二雄の漫画本を読んでいる
ふふふふ ふふふふ

ああ、ここだ。ちょうどリハーサル中。
あまりにもその路地の昭和の風景に似つかわしい歌だったので、そこにいて彼の歌声をずっと聴いていようかと思いましたが、ぐっと我慢して、今日の最後の目的の場所に向かいました。

ってことで、そこから歩いて10分ちょっとで久保小学校のあたりに到着。でも、そのあたりをいろいろ歩き回ったけど映画のあのシーンの場所は見当たらない。街並みはかなり新しくなっていて、どうやら当時とはかなり変わっていることがわかりました。家も、道も。
仕方なく近くの食料品店に立ち寄ってレジに立っていた30代くらいの女性に訊いてみました。写真を見せたけど残念ながら『東京物語』のことも知らない。どうやら結婚してこの町に来たようで、そのご主人と思われる40代後半くらいの男性を呼んでくる。ご主人はこの辺りに昔から住んでいるとのこと。ただ、写真をしばらく眺めても首をかしげたまま。
困ったなと思ったら、もしかしたらあそこかもしれないということで、そこへ行く道を教えてもらう。西郷寺の山門へ向かう道の途中に一本の路地が横切っている。そこではないかと。結果的にはそれが当たっていたんですね。もしもその人がいなければ、でした。

路地の角には塀も含めて雰囲気のいい家が一軒建っていました。その家があの映画にちらっと写っている壁の家のような気もする。でも、道は映画に映っている路地とは違ってかなり広くなっている。
そうしたらたまたまその家に住んでいる年配の女性が帰ってくました。訊いてみたら確かにその家の前の路地で『東京物語』が撮影されたと。そのあたりにあった家はほぼ全て取り払われて道を倍くらいに広げらたので街並みはすっかり変わったと。
ということで、その家の横で撮影したものがこれ。
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間違いはない、とは思うけど確信が持てませんでした。何も知らずにここを通ったら絶対に気付くことはできなかったでしょうね。

ところで映画資料館に展示されていた『キネマ旬報』のページに掲載されていた驚きの写真というのがこれでした。
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路地を歩く香川京子さんを正面からとらえたもの。もちろんこんな写真を見たのは初めて。本を手に入れて確かめたら、展示されていたものを見たときにはわからなかったことがいろいろとわかりました。もちろん行ったからわかること。
ポイントは後方に写っている2階建ての家。よく見たら4人くらいの女性が見学しています。この家がまさに僕がいろいろと話を伺った女性の家だったんですね。もしかしたらその女性もそこに写っているのかもしれません。

一応確認のためにグーグルマップのストリートビューの画像を。
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間違いない。2階建ての家はそのままですね。これでようやく確証が得られました。

それにしても、小津は尾道の数ある路地の中でなぜこの場所を選んだんでしょうか。さらに言えばなぜ福善寺の墓地を選んだんでしょうか。
それを解明するためには昭和28年6月30日の足取りを追わなければなりません。
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by hinaseno | 2016-09-24 12:42 | 映画 | Comments(0)