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by hinaseno
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もうひとつの平山家(8)――「米アゲ町」へ


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福善寺でこの日の大きな目的を果たしたので、その後どうしようかと考えて、前回見つけていたけど入らなかった映画資料館に行きました。場所は福善寺からほぼ真南に下った海沿いの通り。尾道市役所の向かいですね。そういえば笠智衆演じる平山周吉は以前は市の教育課長だったという設定なので、この市役所に勤めていたことになります。

映画資料館には尾道でロケされた数々の映画に関するものが展示されています。メインはやはり入ってすぐのところに大きくスペースを取って展示されている『東京物語』。尾道でロケされた映画については川本三郎さんの『日本映画を行く』に『東京物語』以外にもいくつか紹介されていて知っていましたが、知らない映画もたくさん。驚きました。
ちなみに川本さんの本で紹介されているものを列挙すると、
南田洋子主演『素足の娘』(57年)
京マチ子『女の声』(57年)
佐田啓二、岡田茉莉子主演『集金旅行』(57年)
池部良、山本富士子主演『暗夜行路』(59年)
石原裕次郎、浅丘ルリ子主演『憎いあンちくしょう』(62年)
吉永小百合主演『うず潮』(64年)

この中で見たことがあるのは今もYouTubeで見れる『集金旅行』だけ。これは大好きな映画。原作は井伏鱒二。主演も佐田啓二、岡田茉莉子。悪いわけがありません。そういえば『東京物語』で、小津が当初、平山家の三男として予定していたのは佐田啓二。でも、どうしても都合が合わなかったんですね。小津は俳優を決めて脚本を書くので、もしあの三男が大坂志郎ではなく佐田啓二であれば、もう少し(いや、かなり)違った映画になっていたのかもしれません。佐田啓二であればあの墓地を前にどんな表情をしたんでしょうか。

見たことのない映画の中で一番気になるのは最初にあげられている『素足の娘』。実は先日、とある古本屋でこの原作の本を見つけたばかりでした。作者は佐多稲子。
この本は前々から読んでみようと思いながら、出会うことのないまま忘れてしまっていたらひょこっと。映画資料館にも『素足の娘』の展示を見てあっと思ったんですね。
佐多稲子の『素足の娘』のことを知ったのは、姫路に木山捷平という作家がいたことを教えてもらったときに紹介された橘川真一著『播磨文学紀行』でした。この本の中に佐多稲子の『素足の娘』がありました。佐多稲子は子供の頃、相生に住んでいて、彼女の自伝的な作品である『素足の娘』に、その相生を舞台にした場面が出てくるんですね。でも、この作品に尾道は出てくるんでしょうか。もしかしたら相生の場面を尾道で撮ったのかもしれません。とろあえず小説を読んでみますが、映画もぜひ見てみたい。
ちなみに『播磨文学紀行』には志賀直哉の『暗夜行路』も紹介されています。主人公の謙作は尾道を去って東京に戻る途中で姫路に立ち寄るんですね。これも最初読んだときは結構びっくりでした。志賀直哉は姫路に来たことがあって、それで本の数行ですが『暗夜行路』に姫路を入れたんですね。
池部良主演の『暗夜行路』には姫路に立ち寄るシーンがあるんでしょうか。これも一度ぜひ見てみたい。

ところで尾道でのロケの最終日である昭和28年6月30日、小津たちは福善寺を出た後、丹花の町を通って米アゲ町という場所に行っています。
と、今ではこうすらっと説明できますが、厚田さんの日程表では福善寺の「善」という字も読みづらいばかりか、その後の「丹花米アゲ町」と書かれた部分も実際にはどこで言葉が切れるのかわからない。「花」と「米」の間には読点ではなくハイフンのようなものも見えるし、かたかなで書かれた「ケ」に濁点が付いているのかどうかも微妙。最後の字も本当に「町」なのかどうかもあやしい。最初にこれを見たときには福善寺で丹花の米をアゲものにでもして食べたのかなと思ったくらい(なんのこっちゃですが)。でも、この日の撮影日程表の右下には赤字で「ロケハ」と書いているので、ここに記載されているのがこの日ロケハンをした場所であることは疑いのないこと。

尾道から戻ってから気がついた蓮實重彦著『監督 小津安二郎』のこの日の日記を見たら実際には付いていない読点を振って(この読点を振ったり振らなかったりすることに関してはかなりいい加減)「福善寺、丹花、米アゲ町」との記載。言葉の分け方としてはこうだろうと考えて僕も「米アゲ町」についていろいろと調べました。でも、「米アゲ町」は今は存在していないようですし、昔の地図をいくつか見ても「米アゲ町」は見当たらない。「アゲ」にあたる漢字をいくつか推測してネットで検索しても何もヒットしませんでした。ということで「米アゲ町」という町と読むのは間違いなのかと考えていました。
ところが、『監督 小津安二郎』を読んで8月にロケに来ていることがわかって、その日程表を見たら8月18日のところに「米揚町」の文字。これにはびっくり。やはり米揚(こめあげ)町は存在したんですね。で、改めてネットでいろいろ調べていたら、このページに貼られている昭和26年(『東京物語』のロケの2年前)の尾道の地図に「米揚町」という文字を発見。かなり見づらいですが。
場所はまさに市役所の前。つまり映画資料館のある場所あたり。
もちろん映画資料館に行ったときには、そこが撮影日程表に書かれている「米揚町」だとは知る由もありませんでした。

さて、映画資料館に入った正面に貼られたパネルには『東京物語』のロケ地が映画の撮影シーンの写真とともに紹介されていたんですが、驚いたことに映画資料館のすぐそばであるシーンが撮影されていることがわかったんですね。どこか歩いているときにその場所に出会えればと考えていたんですが、まさかこんな形でその場所がわかるとはでした。
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by hinaseno | 2016-09-22 11:32 | 映画 | Comments(0)