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もうひとつの平山家(4)――『暗夜行路』の舞台に


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土堂小学校を出て、千光寺山の中腹にある志賀直哉の旧居に向かいました。光明寺はその途中にありました。
僕は尾道に光明寺というお寺があることを知らなかったので、なぜ、小津は光明寺に立ち寄ったのだろうかと結構考えていたのですが、尾道に行く前日に志賀直哉の『暗夜行路』の尾道の場面を読んでいてわかりました。主人公の謙作が尾道に来たときに千光寺に向かう途中で光明寺に立ち寄っているところが出ててきたんですね。あっ、これだったんだなと。その部分を引用します。

 翌日十時頃、彼は千光寺という山の上の寺へ行くつもりで宿を出た。その寺は市の中心にあって、一ト眼に全市が見渡せるというので、其処から大体の住むべき位置を決めようと彼は思った。
 いい加減な処から左へ鉄道線路を越すと、前に高い石段があってその上の山門に獅子吼と勢よく書いた大きな行燈が下がっていた。光明寺という寺で、彼は寺内を出抜けて山へかかったが、うねり、くねった分りにくい小路がいくつもあって、そのどれを選んでいいか見当がつかず、或る分れ道に立って休んでいた。

小津は志賀直哉を敬愛していて、とりわけ『暗夜行路』は若い頃から何度も読んでいて、そこに志賀直哉が暮らした尾道が登場したからこそ『東京物語』の舞台として尾道を選んだわけですから、当然、『暗夜行路』に出てきた場所を訪ねたんですね。東京では永井荷風の『断腸亭日乗』の舞台を歩いたように。

光明寺は土堂小学校からはそんなには遠くないのですが、『暗夜行路』に書かれている通り「うねり、くねった分りにくい小路がいくつもあって、そのどれを選んでいいか見当がつかず」スマホのナビに頼りっぱなしでした。おかげでこの日の後半は電池切れが心配であまりスマホが使えなくなってしまいました。撮りたい写真もいっぱいあったのだけど。
というわけで、かなり迷いながら辿り着いた光明寺。小津は文学散歩をしつつも、当然ロケ地として使えないかを考えてここにやってきたはずです。
これが山門。『暗夜行路』に出てくる「獅子吼と勢よく書いた大きな行燈」はありませんでした。
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そしてこれが本堂と境内。
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僕が行ったときも数人の観光客がいましたが、境内の外れにあったお堂の近くにかわいらしい猫がいて、ほとんどの人がその猫にカメラを向けていました。63年前の夏に、小津たちがここにやってきていたことをいったいどれだけの人が知っているんでしょうか。

僕の今回の目的は墓探しなので(考えたら小津たちもまさに墓探しをしていたわけです)光明寺付近の墓をいくつか見て歩きましたが、それらしい墓地はありませんでした。でも、猫の写真を撮っている人たちを尻目に一応墓地の写真を何枚も撮りました。
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光明寺は正直、あまり見るべきものがない寺だったので、『暗夜行路』の謙作が行ったのと同様に、本堂の横から抜けて山に登り始めました。
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ここらあたりから志賀直哉の旧居に向かう道はさらにすごかったですね。ナビもあまり役に立ちませんでした。坂もかなり急で、汗びっしょりになってしまいました。
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これが志賀直哉旧居前の道。このあたりに住んでいるはずのお年寄りも休み休み坂を登っていました。
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これが志賀直哉の旧居。『暗夜行路』に出てくるままの三軒長屋でした。
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ここからの眺め。
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これが志賀直哉が暮らしていた部屋。瓢箪をつるしていますね。
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長屋の入口近くの部屋にはこんな大きな瓢箪も飾られていました。
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『暗夜行路』では、謙作が尾道の町を歩いたときに「瓢箪を下げた家の多い事も彼には物珍しかった」という言葉が出てきます。小津はこの言葉を見逃さなかったので、『東京物語』の尾道の平山家には瓢箪をつるしていたわけです。
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川本三郎さんの『日本映画を歩く』で、川本さんが尾道を歩いたときに、志賀直哉の『清兵衛と瓢箪』が、尾道を舞台にしているのではないかと気づいたことが書かれているのですが、どうやらそれは以前から周知のことだったようで、志賀直哉の旧居内の売店には『暗夜行路』と『清兵衛と瓢箪』の文庫本が売られていました。でも、あらかじめ調べておいて町を歩くよりも、町を歩いていてここはあれではないかと気づくという方がやはりいいですね。

そういえば志賀直哉の旧居を出た後、食事をとるために立ち寄った店に『尾道を映画で歩く』という本が置かれていたのでぱらぱらと見ていたら、立ち寄ったばかりの土堂小学校は『清兵衛と瓢箪』の舞台にもなっていると書かれているのを発見したので、家に帰って読み返してみましたが、それらしいことは何も書かれていませんでした。確かな根拠といえるようなものは何もない気がしますが。
でも、もしかしたら小津は志賀直哉本人から土堂小学校のことを聞いていたのかもしれません。

ところで志賀直哉の旧居近辺の坂道にはあちこちに猫がいました。猫の名前のついた店もいくつか。小さな路地に猫は似合います。
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by hinaseno | 2016-09-17 12:36 | 映画 | Comments(0)