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by hinaseno
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もうひとつの平山家(3)――土堂小学校、そして失われた写生の授業


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昭和28年6月28日の「撮影日程表」には、宿泊した竹村旅館でロケした後、「午后1時出発 仲氏案内 久保町横丁」という言葉が記されています。ただしこれは蓮實重彦著『監督 小津安二郎』の巻末付録を見てのもの。僕は「仲氏家内 久保町校丁」と読んでいました。なんのこっちゃですが。これはきっと『監督 小津安二郎』に活字化されたものが正しいんでしょうね。でも、「久保町」のあとの字はとても「横」には見えないけど。
ところで尾道は横に細長い町ですが、縦割りの形で町名が決められています。古い地図(ネット上で見ることのできる昭和3年のこの地図)で確認すると西から土堂町、十四日町(とよひまち)、久保町、そして浄土寺のある東の端の尾崎町となっていますね。一番広いのが久保町。現在は久保、西久保町、東久保町と3つに分かれているようです。
今回の尾道の探索の一番の目的は「墓探し」ですが、町のどこかで偶然にこのカットが撮影された場所が確認できればと考えていました。一番可能性が高いのは久保町かなと。
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特に見つけたかったのは上のシーン。香川京子さんが尾道の平山家を出て路地を歩くシーンですね。映画で香川京子さんが登場する場面として尾道で撮られたのはこのシーンだけ。前回、浄土寺近くの平山家があったあたりを探しましたが見つかりませんでした。

さて、6月29日の「撮影日程表」。
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上段にはこんな場所が並んでいます。
「千光寺通り」「志賀先生の遺跡の家」「光明寺」「土堂小学校」。
「遺跡」という言葉は気になりますが、これはほぼ読むことができます。ただ『監督 小津安二郎』の巻末付録を見たら「土堂小学校」が「堂上小学校」となっていました。これは明らかに活字化した人のミスですね。

尾道にある志賀直哉の旧居はかなり坂を登ったところにあるので、僕は「土堂小学校」「光明寺」「志賀先生の遺跡の家」の順に歩くことにしました(そういえば昨日書いた「宝土寺」はあとで考えたら志賀直哉の旧居に行った下りがけに立ち寄ったんでした)。

というわけで尾道駅から最初に向かったのが土堂小学校。その名の通り尾道の西の土堂地区にある小学校。『東京物語』に登場する尾道の小学校は浄土寺の近くの筒湯小学校ですが、最初にロケをしたのはこの土堂小学校だったんですね。
坂を少し上って校門前の階段を昇ったら、わおっ!でした。特に右側に見える校舎の素晴らしいこと。
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土堂小学校のこの東側の校舎が建てられたのは調べたら昭和11年。小津が来たときにももちろん建っていたわけです。建物だけを見たら映画で使われた筒湯小学校よりもずっと見栄えがいいような気がします。ちょっとモダンすぎると判断したんでしょうか。

これはネットで見つけた昭和28年の土堂小学校の全景。校舎の3階あたりからだと、東に向かう汽車の様子をとらえることができそうです。おそらく小津たちもそれを確認したはず。
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ちなみにこれはこの校舎の近くで撮ったもの。一応、線路を見ることができます。
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ウィキペディアで土堂小学校を調べたら、著名な出身者のところに林芙美子、大林宣彦、高橋源一郎の名がありました。大林宣彦が監督をした『転校生』と『ふたり』はこの土堂小学校でロケされたようです。

そういえば、結果的には偶然ではない形でいちばん上に貼った香川京子さんが歩いている場所を確認することができたのですが(このいきさつはまた後日)、その場所が久保町の久保小学校のすぐ近くだったんですね。
家に戻ってこの久保小学校の写真を見たらびっくり。これまた素晴らしい校舎でした。ネットからお借りしました。
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この学校、小津たちも絶対に見たに違いありませんが、やはりあの映画で出そうとした尾道の雰囲気からはこの校舎はモダンすぎたのかもしれませんね。でも、映画で小学校の教師をしている香川京子さんが通りがかったときに立ち上がって会釈をしたのはもしかしたら久保小学校の生徒だったかもしれません(たったそれだけの演技でも小津が素人を使うとは思えないけど)。

ところで、昨日、『東京物語』のシナリオ(監督使用台本)を読んだら、驚いたことが。
『東京物語』のラストシーンでは、教室で算数のわり算の筆算を教えている途中で香川京子さんが教室の窓から原節子さんが乗った東京行きの汽車を見送るということになっているのですが、シナリオでは違っていたんですね。

シーン166――海を見晴らす丘
  校外授業の写生時間である。
  子供たちがあちこちに散つて画を描いてゐる。
  京子がそれを見廻りながら、ふと腕時計を見て、一方へ駈けて行つて見おろす。

このシーンは教室での授業風景に変えられたのですが、もしかしたらこのシーンが尾道のどこかで撮影されていたのかもしれません。これくらいのシーンを撮影する予定がなければ、わざわざ香川京子さんを尾道まで呼んだ意味がないような気がしますね。見たかったな、このシーン。
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by hinaseno | 2016-09-16 14:11 | 映画 | Comments(0)