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by hinaseno
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「バチェラー・ボーイ」ミーツ「バチェラー・ガール」


クリフ・リチャードの「ネクスト・タイム(The Next Time)」の”A面”は「バチェラー・ボーイ(Bachelor Boy)」。実は聴くのは初めて。クリフとブルース・ウェルチが共作したなかなか軽快な曲。でも、曲としては”B面”のほうがはるかに優れています。



クリフ・リチャードの「バチェラー・ボーイ」の存在を知ったのは、大瀧さんの(稲垣潤一も歌った)「バチェラー・ガール(Bachelor Girl)」がらみの話。
最初「バチェラー・ボーイ」って変なタイトル、と思ってしまったのですが、実は言葉として不自然だったのは「バチェラー・ガール」の方。作詞家の松本隆さんが用意したその言葉に大瀧さんは戸惑います。もちろん大瀧さんはその言葉がクリフの曲のタイトルをもじったものであることはわかったはずですが、その言葉の不自然さに引っかかってしまったんですね。
大瀧さんはよく完全主義者だといわれますが、それは作品作りだけに限ったことではなく、できあがった作品でも何か引っかかることが生じてしまうと、それは出すべきではないと判断することがあって、「バチェラー・ガール」もあやうくお蔵入りしてしまうところでした。

「バチェラー・ガール」は『EACH TIME』のための曲として3曲目に作られた曲でした。ちなみに1曲目は「夏のペーパー・バック」。2曲目は例の渋谷陽一さんの番組でだけかかった曲(オケは完璧に出来たものの、歌を入れるメロディができなかったためにお蔵入り)。そして3曲目が「バチェラー・ガール」。



『EACH TIME』の30周年記念盤など、1曲目が「夏のペーパー・バック」、2曲目が「バチェラー・ガール」となっているのは単純に作った順番なんですね。でも、最初に出たLPでは「バチェラー・ガール」は収録されておらず、この日紹介した僕自身のための”秘密の”『EACH TIME』にも収録していません。

「バチェラー・ガール」に関しては、『レコード・コレクターズ』の2004年4月号に掲載されたインタビューで、大瀧さんはこんなことを語っていました。

(渋谷さんの番組でかけた曲に)続いて6日おいて「バチェラー・ガール」。シングル切るんならこれだなと思った。これ3曲目。でも、これが松本もシングルだから気を入れるってことで、なかなか詞が出来てこなかったんだけど、出来てきたら「バチェラー・ガール」という、クリフ・リチャードの「バチェラー・ボーイ」を比喩的に変えたんだろうけど、そういう言い方を聞いたことがないんだよ。それで外国人に訊いて回ったの。そしたら”バチェラー”は男性につく言葉だ、変だって皆に言われたわけ。譬えだからいいじゃない、という思いもあったけど今までの作品でここまで引っかかったもので出したのはないの。「バチェラー・ガール」はタイトルだからね。どっかにお墨付きがないと出せなかったの。84年3月の時点で出来上がってはいたんだけど、入れなかった。だからますます目玉のないアルバムになってしまった(笑)。2曲目でつまずいて、3曲目でもつまずいているんだよ。

で、「バチェラー・ガール」を収録することなく『EACH TIME』を発売。大瀧さんのインタビューはこう続きます。

『EACH TIME』が出てからも「バチェラー・ガール」を調べてた。それで4月くらいかな、40年代のハリウッド映画を調べていたら『バチェラー・マザー』というのが出てきた。30年代の映画。バチェラーって男性をあらわす言葉にしかつかないって言われてたけれど。これなら、比喩として「バチェラー・ガール」としてつけたって言い返せると。これは大丈夫だと思ったわけよ。それでようやく晴れて自分の中のラインナップに「バチェラー・ガール」が入ってきて。それでそのころ中央高速を「バチェラー・ガール」を聴きながら走っていたら突然、稲垣潤一の声で聞こえてきたのよ。これは稲垣にいいだろうと思って、車から出版社に電話した。親近感持っていたしね、彼には。

もちろん当時、こんな裏話を知るわけはありません。稲垣潤一の曲が出たときには当然、稲垣潤一のために大瀧さんが新曲を書き下ろしたものと思っていました。この前にはラッツ&スターのために「Tシャツに口紅」を、この後には小林旭のために「熱き心に」をかいています。
ちなみに大瀧さんが稲垣潤一に対して「親近感持っていた」というのは、彼が東北出身であること、そして鼻音を使って歌うことが理由だったはず。

『EACH TIME』が発売されてから1年半を過ぎた1985年11月に「バチェラー・ガール」が「フィヨルドの少女」のB面に入ったシングルが発売されます。もちろん発売されてすぐに買いました。
僕がリアルタイムで買った最初で最後の大瀧さんのシングルですね。このときにはようやく大瀧さんの新曲をリアルタイムで聴けるんだと大喜びでした。ただし、B面はセルフカバーなんだなと少し考えました。実際には新曲でもセルフカバーでもなかったのですが、そんなことは知る由もありません。
このあたりのことについて大瀧さんはこんなコメント。

「熱き心に」の直前に「フィヨルドの少女」と「バチェラー・ガール」のシングルを出した。なぜかというとアナログ・シングルがなくなると聞かされまして。FUSSA45スタジオの男が、ファイナルだと言われたときに何かは出さざるを得ない。セルフカヴァーはしないことにしているんですが、「バチェラー・ガール」は稲垣で出てるけど実際にはカヴァーでなく先に録音されたオリジナルだし、B面だし、まあ許してもらえるだろうと。これがファイナル・アナログ・シングルだということで意図的にやったと。

そして翌年の夏に発売された『Complete EACH TIME』から「バチェラー・ガール」が基本的に「夏のペーパー・バック」のあとの2曲目の曲として入り続けることになります。

ということでクリフの「バチェラー・ボーイ」をようやく聴けたので、改めて大瀧さんの「バチェラー・ガール」という曲をめぐる数奇な運命をたどってみました。

ところで、「バチェラー・ガール」という言葉についてですが、ネットで調べてみると「バチェラー・ガール」のシングルを発売した3年後の1988年にオーストラリアで『Bachelor Girl』というテレビ映画が作られていることがわかりました。そして1990年にはカナダのジョージ・フォックスというカントリー歌手が「Bachelor Girl」という曲を歌ったほか、何人かのアーティストが「Bachelor Girl」というタイトルの曲を歌っています。もちろん大瀧さんの曲のカバーでもなく、どれも全部違った歌。さらに、1992年にはオーストラリアの男女のデュオがBachelor Girlという名のグループを結成して何枚かのアルバムを出しています。
これを見ると「バチェラー・ガール」という言葉は大瀧さんの曲が先鞭をつけた形になっていますね。
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by hinaseno | 2016-07-26 11:27 | ナイアガラ | Comments(0)