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by hinaseno
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「言葉がうまく通じないその分だけ、思いは通じる」


今、毎朝最も楽しみにしているのが朝日新聞に連載中の鷲田清一先生の「折々のことば」。
とはいっても新聞は取っていないので、読んでいるのはネットのサイト。朝起きて、珈琲をいれて、パソコンの前に座ったらまず最初にここを開いています(正確にいえば、朝起きて寝床の中でiPhoneを使って最初に見るのはアゲインの石川茂樹さんの「今日はこの曲」です。今日の話には数年前に僕も参加させていただいたあの遊びのことに触れられていました)。

鷲田先生は僕が最も尊敬し、信頼する方のお一人だったので、その鷲田先生が、大岡信の「折々のうた」の後を継いで「折々のことば」を始められたときには大げさでなく狂喜乱舞でした。いったい鷲田先生がだれの、どんなことばを取り上げるのか心わくわくの日が始まったんですね。

で、期待通り、というよりも、思いもよらない、でも僕にとってはうれしくて仕方がないような人たちのことばが次々に登場しました。
最近では川本三郎さん。3日前と今日は、先程の石川茂樹さんの同級生でもある平川克美さんと内田樹先生がそれぞれ2度目の登場。それ以外にもあの人この人。まるで、どこかで鷲田先生が僕の言葉を見ていてくれているのではないかと思えるくらいに。

なかでも腰が抜けるほどびっくりだったのが、「折々のことば」が始まって間もない18回目に取り上げられたこのことば。
「夢でもし逢えたら 素敵なことね」

いうまでもなく大瀧さんの言葉、正確には大瀧さんが作詞作曲した「夢で逢えたら」という曲の中の言葉。この曲はもちろん昨日紹介した「ベスト・ソングズ25」(12位)に入れています。実は10位に何を入れるかということで「快盗ルビイ」と「魔法の瞳」と「夢で逢えたら」はずいぶん悩んでしまって、「夢で逢えたら」も一度は10位に入れていました。

さて、鷲田先生のコメント。

 うんと遠く離れていても、瞼を閉じればすぐに逢える。それを楽しみに眠れたら、眠ることも素敵になる……。私が死んだら、もし葬式でもしてくれるなら、この曲を流してほしい。そう息子たちには頼んである。もちろん、差別を受けながらしびれるようなブルースを紡ぎだした黒人に憧れ、顔を黒塗りした愛すべき“まがいもの”たち、ラッツ&スターの歌で。

「私が死んだら、もし葬式でもしてくれるなら、この曲を流してほしい。そう息子たちには頼んである」と書かれていますね。それだけで鷲田先生のこの曲への思い入れがわかります。
で、最後に添えられているのはこの言葉。「ラッツ&スターの歌で」。

鷲田先生がこの言葉を取り上げられたときには、今年出た『DEBUT AGAIN』に収録された大瀧さん自身が歌うストリングス&チェンバロ・バージョンはもちろん聴いていなかったし、『Best Always』に収録されて、大瀧さんの葬儀のときに流されて参列者のだれもが驚愕したという大瀧さん自身の歌うバージョンも聴かれていなかったと思うので、もし今ならば鷲田先生はきっと「『DEBUT AGAIN』に収録された大瀧詠一自身の歌で」と書き添えられるはず。

さて、この「夢で逢えたら」のことばだけでもびっくりだったんですが、今年の初めの301回目に、なんと2度目の大瀧さんのことばが登場したんですね。今度は大瀧さんを取材した記者に大瀧さんが語ったということば。
きみはすぐ「なるほど」って言うね。

鷲田先生のコメント。

 知りあいの記者がこの音楽家を取材中、よく理解できないことがいろいろあって、発言が途絶えないようつい相づちを打っていたらこう言われたという。何度も同じ質問を受けるプロは、ふつう宣伝もあって期待されているとおりに答えはするが、他方で、知らない自分に気づかせてくれるような反応を密かに求めている。通じていないということがときにプロを奮い立たせる。

このコメントを読んだだけで、鷲田先生が大瀧さんという人をよく理解されていることがわかります。特に最後の「通じていないということがときにプロを奮い立たせる」という部分にこそ、大瀧さんという人の人柄というか真髄を表しているので。

このような大瀧さんが、亡くなられる前年までの6年間、対談を続けられたのが内田樹先生と平川克美さんと石川茂樹さんでした。
特に大瀧さんが「密かに求めてい」たはずの「知らない自分に気づかせてくれるような反応」を出してくれることで喜ばれていたのは、三人の中でただひとりナイアガラーでもなく、当初は、大瀧詠一ってだれ? このおっさんは何なんだって態度で対談に臨まれた平川克美さんだったと思っています。間違いなく。
大瀧さんと平川さんのお二人が、言葉が通じないやりとりを何度もしながら(大瀧さんの頭に「・・・」が浮ぶ瞬間が何度も)、お互いに信頼する気持ちを高めていくという姿が見られたのがラジオデイズの「大瀧詠一的」のいちばんの聴きどころだったのかもしれません。

その平川さんの新刊 が今月初めに出ました。
タイトルは『言葉が鍛えられる場所』。
これが本当に素晴らしい本で、先日の鷲田先生の「折々のことば」に取り上げられていたのもこの本からのことばでした。

この最後の章の最後の節のタイトルは「言葉が必要なのは、言葉が通じない場所」。
こんな言葉が出てきます。

言葉がうまく通じないその分だけ、思いは通じるということもあるのです。
言葉が通じない分だけ、相手のヴォイスは聴き取れていたということかもしれません。

平川克美さんの『言葉が鍛えられる場所』についてはまた改めて紹介します。今年の上半期に読んだ本の中でベスト1は間違いなくこの本でした。

ところで、鷲田先生は現在、京都市立芸術大学の理事長・学長をされていて、若い人たちの芸術的な営みに目を向けられているので、いつか鷲田先生の目に、同じ京都で活動する世田谷ピンポンズさんのこの新しいアルバムのジャケットに目がとまって手に取ってもらえないかと思っています(輪佳さん、すばらしいジャケットを描かれました!)。
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さらに希望をいえば、その一曲目に収録された「早春」の、

「春になったら暮らしも少しずつ上向いていくだろう カランコロン下駄を鳴らして 希望見失わずにやって行きたい」

なんて言葉が「折々のことば」に取り上げられたら最高ですね。
ピンポンズさんが「言葉がうまく通じない」中で「言葉が鍛えられた場所」に生きてきたことはいうまでもありません。
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by hinaseno | 2016-06-28 13:11 | 雑記 | Comments(0)