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もしも「半径3メートル」のなかにその本がなかったならば(その5)


自宅に戻った僕は高橋和枝さんについて少し調べ、高橋さんが絵本関係の本をいくつも出されていることを知りました。表紙だけしか確認しなかったのですが、どちらかといえば動物のかわいらしい絵が並んでいて(その中にくまくまちゃんももちろんいたんですね)、『さよならのあとで』に描かたような絵はちょっと特別なものだったのかもしれないと感じました。

パソコンでそれらの絵を眺めながらはっと思いついたのは、もしかしたらおひさまゆうびん舎の窪田さんは高橋和枝さんのことを知っているかもしれないということでした。
高橋さんのことがきっかけになるかもしれないと。

窪田さんが『さよならのあとで』に描かれた高橋さんの絵のことを僕と同じくらいに好きになってくれて、夏葉社のことや、島田さんのことを好きになってくれたら、おひさまゆうびん舎に夏葉社の本を置いてもらえるかもしれないという気持ちが僕の中で大きく膨らんできました。

数日後、すごく勝手なことがわかっていながら、ひとり出版社である夏葉社の特別な営業マンとなって(といっても島田さんが初めて高橋さんに会われたときようなスーツを着ることもなく、いつもの普段着で)おひさまゆうびん舎に向かいました。

話を切り出すときの言葉は決めていました。
「高橋和枝さんという人を知っていますか?」

おひさまゆうびん舎へはたいてい自転車で行っていたので、自転車をこぎながら「高橋和枝」という名前を忘れないように頭の中で何度も「高橋和枝」という言葉を繰り返していました。いつもはイヤホンを付けて音楽を聴きながら行くけれど、その日だけは音楽も聴かず、ただひたすら「高橋和枝、高橋和枝」と。

窪田さんはもちろん高橋和枝さんのことを知っていました。で、僕はカバンの中から『さよならのあとで』を取り出します。
夏葉社という出版社のこと、島田さんのこと、『さよならのあとで』という本のこと、そしてその本に添えられた高橋さんの絵を僕がとても気に入っていることを伝えました。大げさ過ぎず、とにかく正直な言葉で。
窪田さんは『さよならのあとで』に描かれていた高橋さんの絵が、それまで窪田さんが持っている高橋さんの絵のイメージとは違っていると言われました。でも、とても素敵な絵だと。
そして実は夏葉社の本を姫路で売っている店がないのでおひさまゆびん舎で取り扱ってもらえませんかと伝えました。すぐに返事はしていただかなくていいので、よかったら考えてみてくださいと。その日は夏葉社の本を預けて家に帰りました。

窪田さんからやってみますとの返事をいただいたのはたぶん翌日のことだったと思います。いろんなリスクがあることを知らないわけではなかったので、その決断の早さに驚きました。
すぐに僕は夏葉社の島田さんに連絡して、おひさまゆうびん舎という店のことを紹介して(窪田さんや小山清展をされたことなど)、おひさまゆうびん舎で夏葉社の本を取り扱えるようにしていただけますかとお願いしました。

数日後(2012年2月21日)、島田さんからこんな返事が返ってきました(これまでずっと窪田さんにも内緒にしていたけど、一応その日のメールをここに貼っておきます。勝手に貼ってすみません、島田さん)。

メール、ありがとうございます。
島田です。
現在4月に出す新刊の準備でバタバタしております……。

おひさまゆうびん舎さま、恥ずかしながら、存じ上げませんでした。
小山清好きというだけで、もう、という感じです。
小山清展の様子もすばらしく、こちらから、ぜひ置いてほしいと
お願いしたくなるお店です。
そういうお店は、日本全国見回しても、なかなかないのです。
お知らせいただいた上に、ご紹介までいただき、心から感謝申し上げます。
来週月曜日にでも、さっそく、お電話申し上げたく存じます。
また、関西に営業に行った折は、足をのばして、姫路を訪ねようと思います。

このメールをいただいてすぐに窪田さんに、島田さんから了解をいただいたこと、たぶん数日後に島田さんから電話があることを伝えました。

そして3月の初めにおひさまゆうびん舎に夏葉社の本が並びます。
並んだその翌日くらいに窪田さんから夏葉社の本購入第1号の連絡が来ました。
その方が購入されたのは関口良雄著『昔日の客』。「これは本当に素晴らしい本だ」と絶賛されていたと。それがたつののYさんでした。

 *        *        *        *

ここまでの話を、あたかも僕が自分の手柄話のように書いていると思われたとしたら、それはもう残念というしかありません。
ときどき窪田さんや店の常連の方から、僕のおかげで、と言われることもあるのですが、それは違うんですということを伝えたいために、あえてこんな話を書いてきました。

僕は島田さんの「半径3メートル」のなかにあった『ノーラ、12歳の秋』から始まった奇跡のような物語の中にほんのちょっとだけかかわっただけだったんだと。何度も書いてきたように「たまたま」そういう役割を与えられるようになったというだけのこと。

全国には僕のような人間が何人もいたにちがいありません。
まちがいなく。絶対に。
それは島田さんだけが知っているはずです。
それくらい島田さんという人はすごいものを持っているんですね。いくつもの「たまたま」を引き寄せる力を。

それからやはり窪田さんという人も本当にすごい人だなと。
あの日僕は、窪田さんが『さよならのあとで』に描かれた高橋さんの絵のことを僕と同じくらいに好きになってくれて、夏葉社のことや、島田さんのことも好きになってくれたらと願いながらおひさまゆうびん舎に向かったのですが、窪田さんは(ご存知のように)僕の100倍、1000倍くらいに高橋さんや島田さんや夏葉社のことを好きになってくれたんですね。
僕も何かをすごく好きになることができる人間だとは思っていますが、窪田さんには負けてしまいます。勝ち負けの問題ではないけれど。

5周年のイベントのときにプレゼントされた『泰子の時間』に描かれている高橋さんのマンガの一部を載せておきます。窪田さんという人がよく出ていて笑えます。
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ところで島田さんの家の「半径3メートル」のなかにあった『ノーラ、12歳の秋』から始まる物語にはいくつも奇跡のような話があって、これからもいろんなことが起こっていきそうな気がしますが、実は先日、またひとつそういうのがありました。
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by hinaseno | 2016-04-27 12:03 | 雑記 | Comments(0)