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by hinaseno
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「キラキラ光る部分が毎回違うように、乱数になるように仕掛けてあるから」


昨日の最後に触れた「アレ」の話はちょっと置いといて、大瀧さんの「歌」の魅力をもう少し。大瀧さんがいかに歌い方について工夫されてきたかということ。
実際には「工夫」といったレベルではなく、普通の人には考えられないような試行錯誤をされているんですね。そんな試行錯誤をされたのは、たぶん大瀧さんがボーカリストとしては声量のある人、つまり”大きな声”で歌える人ではないことをよく知っていたからだと思います。

大瀧さんの歌の魅力を最も感じとることができるのは、やっぱり松本隆さんが書いた詞を歌うときですね。例えば松本隆さんが詞を書いた「Tシャツに口紅」と阿久悠さんが詞を書いた「熱き心に」とは、同じ大瀧さんが歌っていてもかなり違う。その違いについてはまた明日にでも。

2000年2月21日に松本隆さんと行なった対談で、大瀧さんはご自身の歌い方の工夫というか秘密について語られているのですが、これがすごい。
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話は、松本さんのこんな興味深い問いから始まります。
「どうしてこの(=大瀧さんの)声が(ぼくの詞に)いちばん合うんだろう?」

この質問に対しての大瀧さんのなが〜い説明が始まります。決して”自慢”ではありません。

だって、繊細な声してるもん。同じような声の人って世の中にいるんだけど、歌い方が違うだけなんだ。歌い方って技術じゃないよ。声の出し方なんだよ。よく「歌ってる声と喋ってる声が違う」って言うけど、当たり前でね。違わないとまずいんだよ。声は作るものだから。みんな声は自然に出てると思ってるけど、それは歌じゃない。ただの発声なんだ。でも、声を作るって言うと、必ずみんな「作為」の「作」の方を無理矢理入れて解釈するんだよ。それはある種の技術コンプレックスなんだ。「本能は技術では出せない」とかって言いたがるんだけど、違うんだ。技術が至らないだけ。下手なだけなんだよ。


で、松本の詞っていうのはまばゆいわけだ。それを歌うっていうのは、どこが光ってるかどこが光ってないか、白黒映画の陰影の見せ方みたいなものに気配りしなきゃダメなんだよ。それは水面がきらきら光っているようなものだから。乱数で光る。だから必ずこの1行は光ってる、とかいうものじゃないんだ。それを表現できる歌手は世の中にそうはいないね。だから、おれのはのんべんだらりとした詞がくると歌いづらいんだ。大きく太くくくった詞は張り合いがない。でも松本の場合は1小節の中に白と黒の光がぱらぱらぱらって光るんだ。ここは明るい、ここは暗いって。そして、そういうふうに丹念に歌わないと詞が生きないんだ。生きないというか、さらなる魅力を増さないというか。自慢じゃないけど、おれは最初っからそれがわかってたんだ。


おれは前々から自分のことをヴォーカリストとして歌がうまいと思っていたんだ。だから、松本の詞を歌うようになって――この話はカットだよ(笑)――「はいからはくち」にしても「十二月の雨の日」にしても、一度全部ローマ字にしたんだ。音(おん)で分解する必要があったから。そのローマ字の母音と子音を見ながら、どこを光らせてどこを暗くしてってやって、歌うときは全部当然忘れるんだけど、完全な忘我状態になれる前までリフレインするんだ。並大抵のことじゃないよ。


母音を明るくして子音を暗くするのはあたりまえなんだけど、たまにひっくり返したりね。子音も強くするのと引っ込めるのと考えて。だから、松本・大瀧作品で大瀧が歌ったものは絶対に飽きない。それはなぜかというと、キラキラ光る部分が毎回違うように、乱数になるように仕掛けてあるから。他の人が歌ってもああはならない。

この「どこを光らせてどこを暗くして」につながるのが昨日書いた鼻音。これに関しては2005年8月19日に行なわれた内田樹先生との対談(『KAWADE 夢ムック 増補新版 大瀧詠一』に掲載)でかなり詳しく語られています。長過ぎるので一部分を。

声を出す時には口腔内から出すけれども、鼻からも出す。その割合の問題ですね。いい歌手だんだというのは結局セクシャリティの問題です。鼻音のなかでも鼻母音「ん」。「ん」は発音すると曇る。「m」「n」の鼻音や鼻濁音があって、「m」で言うか「n」で言うかという問題もあるんです。


僕の説は実験しているから、下手な音楽学者よりも数百倍面白いんだよ。「m」と「n」の発音の問題はとても面白くて、セクシャルなのはやっぱり「n」なんだ。


結局は鼻濁音にしても問題は鼻音で、歌い方として曇らせるか前に出すか、濁音にするか、濁音にするか、鼻濁音にすると落とせる、濁音にすると上に出せる。

というようなことを意識しながら歌うのって大変そうですが、上にもあったように「歌うときは全部当然忘れるんだけど、完全な忘我状態になれる前までリフレインするんだ」と。
内田先生との対談でも「夢遊病者のように自由に歌って何度も録るんです。そして歌い終わるとプロデューサーになって、破裂音のパーセンテージや次ぎにくる音の上下について自分で選択する。それが一番楽しい時」と語っています。

ちなみに内田先生の「ご自分の歌詞と松本さんの歌詞だったらどちらが歌いやすいという違いはありますか?」という質問に対しては、
「それは圧倒的に松本の方が歌いやすいですよ」

と。もう一つ、「これは歌が上手い、と思った人は誰ですか?」との問いには、
「関わった人は何人もいないけれども、松田聖子に会った時は面白かったですね」

やはり松田聖子は特別だったようです。「面白かった」というのは、彼女がどれくらい歌いこなせるのかを大瀧さんがこれでもかこれでもかと試してみたからのこと。

というわけで4月なので大瀧さんが松田聖子に書いた「四月のラブレター」を。これもかなり難しい歌です。特にサビの部分。
詞はもちろん松本隆さんです。


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by hinaseno | 2016-04-05 13:02 | ナイアガラ | Comments(0)