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by hinaseno

「苺の娘」と「田鶴山」


「杉山の中の一本松」では、小学校の教師を辞職したときのことについてこんなことを書いています。

私は予定のごとく、学校を辞職しました。首になったのではありません。私が辞表を出すと、校長も視学も、やっきになって引き止めて呉れました。それで辞表を受理してもらうまでに、一ヵ月以上もかかりましたが、そのわけはその頃その山の中では先生が不足していたからであります。

木山さんが後のエッセイで教師時代の話に触れたときには、たいてい「追い出された」とか「首になったも同然」といったような表現ばかりだったのでちょっとびっくり。でも、もちろん出石の弘道小学校を辞めたときも、あるいは菅生小学校を辞めたときもきちんとした手続きは踏んでいます。ただ、荒川小学校を一年で辞めて菅生小学校に移ったときにはちょっと校長との間でごたごたがあったようですが。

それはさておき、大正14年3月に出石の弘道小学校を退職した木山さんは「予定のごとく」東京に行き、東洋大学に入学します。住んだのは雑司ヶ谷。
でも結局1年もたたないくらいで体を壊して岡山の実家に戻り、昭和2年4月から再び姫路の荒川小学校で教師をすることになります。
木山さんの詩で最も惹かれるのは、この大正14年から昭和2年にかけて書かれたもの。特に希望に胸を膨らませていた大正14年にの作品は大好きなものばかり。

さて、「杉山の中の一本松」では冒頭、1つの詩が引用されています。タイトルは「苺の娘」。

田舎へかへらう
朝あけのやうなせいさんな 水辺の村へかへらう

むすめよ
よく からし菜や白菜を摘んでくれた娘よ
夕ぐれ近く
散歩帰りに そなたの畑の下路で口笛を吹きすますと
青菜のかげからいちごのやうに笑つたね
あんなにも素朴な
すつきりした笑ひをみせておくれよ
いつかそなたが 小川で素足を洗つてゐるときに会つたやうな
あんなせいそなはづらひを寄せておくれよ

ああ いちごのやうに明るい娘の畑へ もう一度かへらう。

読んですぐに思ったのは、これは木山さんの大正14年に書いた未発表作品ではないのかということ。「そなた」とかいくつかの言葉遣いは違いつつも、大正14年に木山さんが書いた詩と空気感がそっくり。木山さんが詩の中で使っているのと同じ表現も見られます。
たとえばこの「田鶴山」という詩。大正14年に書かれた作品です。

あを草の萌えた田鶴山
春が来ると
草の上に輪になつて
広い田圃を見下ろしながら
夏蜜柑の皮をむいて食べた。

学校がへりの疲れた体を
丘の窪みに横たへて
青い大空を見つめたり
啄木の歌を口吟したりした。

ああ、あんなにも素朴な
健康にみちみちたよろこびが
もう一ぺん僕等の上にやつて来ないものか。

「あんなにも素朴な」という言葉はまったく同じですね。あるいは最後の連で「ああ」という感動詞を入れるところも共通しています。

でも、「苺の娘」は木山さんの作品ではありませんでした。
作者の名は村井武生。

村井武生ってだれ? でした。
というわけで、「杉山の中の一本松」を読んで以来、村井武生という詩人を調べ始めたのですが、これがなかなか大変。まずは他の作品を読んでみたい。でも、現在出版されている彼の詩集は一つもないことがわかりました。

ところで田鶴山。調べたら矢掛の小田川沿いにある山。昨年の春に矢掛に行ったときに、そのすぐそばを通っていました。
木山さんの郷里の新山に通じる観音橋から矢掛の町へ行くのに、木山さんが矢掛中学時代に通ったはずの山陽道を通るか小田川沿いの道を通るか考えた末に選んだのが小田川沿いの道でした。でも、それはかなり大回りになることがわかっていました。その大回りの原因となっていたのがまさに田鶴山。田鶴山が小田川を蛇行させていたんですね。
「苺の娘」と「田鶴山」_a0285828_12125212.png

こちらのコースを選んだ理由はその近くに北畑橋という名の流れ橋があって、それを見たかったからでした。
この日のブログの最後に貼ったこの写真がまさにその田鶴山の登り口あたりで撮ったものでした。
「苺の娘」と「田鶴山」_a0285828_1213275.jpg

その日のブログで「もし木山さんが矢掛中学に通った頃からあったのだとすれば、きっと何度かはこの橋を渡ったのではないかと思います」と書いていますが、田鶴山に登ったのであれば、きっとこの北畑橋を渡ったはず。

「田鶴山」という詩に描かれているのは小田川周辺の春の風景。上の写真のような風景を木山さんも見ていたわけですね。
小田川は春が似合います。
by hinaseno | 2016-02-29 12:15 | 木山捷平 | Comments(0)