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桜が咲いた 弥生の空に


『ナイアガラ・カレンダー』は 1977年暮れに発売されました。オリジナル盤のジャケットは翌78年のカレンダー。
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このカレンダー、来年使えるんですね。来年までにはなんとしてもLPを手に入れたい。

『ナイアガラ・カレンダー』は1月から12月まで毎月1曲ずつ曲がついているわけですが、よく考えるとちょっと?がつく部分も多いんですね。1月は「お正月」、2月は「バレンタインデー」はOKですが、3月は「お花見」。お花見ってふつう4月のはず。
でも、4月は「プロ野球の開幕」。野球好きの大瀧さんなので4月の座は野球に譲り渡した、とずっと思っていました。でも、そうでなかったんですね。大瀧さんにとってお花見は絶対に3月でした。
ちなみに5月はわりと爽やかな青空が多いはずなのに「五月雨(さみだれ)」。で、梅雨の季節で鬱陶しい雨が降り続くはずの6月は「青空」。
今更のように気がついたのは、大瀧さんの歌の多くは「旧暦」を使っていたこと。でも、ジャケットに使われているカレンダーは新暦。日本古来のものと西洋から入ってきたものが、ややこしく入り混じっている日本文化を皮肉ってもいたんでしょうね。
ということで「お花見メレンゲ」はもちろん旧暦3月の歌。ちなみに旧暦3月の別名は「弥生」。大瀧さんのお母さんの名前でした。
個人的な話ですが、僕は旧暦の月の名がついた女性に惹かれる傾向があります。

さて、阿部雪子さんがはじめて荷風の偏奇館を訪れた昭和18年のバレンタインデイの翌日の2月15日、例によってその日の『断腸亭日乗』を読んでいたら、昭和9年2月15日にこんなことが書かれてありました。

此世銀座通楽器屋にて盛に桜音頭と称する俗歌を奏す。去年中流行せし東京音頭に似たるものなり。

この「さくら音頭」のことや、荷風が似ていると書いている「東京音頭」のこと、さらにその元歌である「丸ノ内音頭」のことはこの日のブログで書いていますね。YouTubeで見つけたこの音源も貼っています。



ちなみに「丸ノ内音頭」が昭和7年、「東京音頭」が昭和8年、そして「さくら音頭」が昭和9年。バートン・クレーンがいろんな作品を発表した時期と重なっています。

ところで久しぶりにこの「さくら音頭」を聴いてみたらびっくりでした。「東京音頭」に似ているということで、これまではメロディにばかり気をとられて聴いていましたが、その歌詞がなんと!! 「さくら音頭」の冒頭の歌詞。

咲いた咲いたよ 弥生の空にヤットサノサ
さくらパッと咲いた
咲いた咲いた咲いたパッと咲いた

これって「お花見メレンゲ」の歌詞、そのままじゃん、でした。前日に「Blue Valentine's Day」の流れで久しぶりに聴いたので気がついたんですね。
気になって「さくら音頭」と「お花見メレンゲ」の歌詞を比べてみたら、他にもかなりかぶっています。
これが「お花見メレンゲ」の歌詞。作詞はもちろん大瀧さん。

花見メレンゲ お花見メレンゲ
花見メレンゲ お花見メレンゲ

桜が咲いた 弥生の空に
みんな揃って 見に行こう
朝も早よから 腰弁下げて
ニンマリ笑って 見に行こう

桜咲いたッタ パッと咲いた
桜咲いたッタ パッと咲いた
桜咲いたッタ パッと咲いた
桜咲いたッタ パッと咲いた
桜咲いたッタ パッと咲いた
桜咲いたッタ パッと咲いた
桜咲いたッタ パッと咲いた
咲いた 咲いた

上野の山ぢゃ 西郷どんも
浮かれて カッポレ 踊り出す
風サッと吹きゃ 散る散るミチル
百圓らいたぁ 良く売れる

桜咲いた後 パッと散った
桜咲いた後 パッと散った
桜咲いた後 パッと散った
桜咲いた後 パッと散った
桜咲いた後 パッと散った
桜咲いた後 パッと散った
桜咲いた後 パッと散った
散った 散った

花見メレンゲ お花見メレンゲ
花見メレンゲ お花見メレンゲ

木のまわりにゃ お花見客の
夢の後かよ ごみの山

桜散っちゃった パット散った
桜散っちゃった パット散った
桜散っちゃった パット散った
桜散っちゃった パット散った
桜散っちゃった パット散った
桜散っちゃった パット散った
桜散っちゃった パット散った
散った!

で、こちらが「さくら音頭」。確認できたのは3番までの歌詞ですが、レコードでは4番も歌われていました。ちなみに「日本ポップス伝」でかかったのは1番だけ。

咲いた咲いたよ 弥生の空にヤットサノサ
さくらパッと咲いた
咲いた咲いた咲いたパッと咲いた
大和心の エー
大和ごころの八重一重
シャン シャン シャンときて
シャンとおどれ サテ
      シャンとおどれ

花は桜木 九千余萬ヤットサノサ
散らばパッと散って
散って散って散ってパッと散って
ならばなりたや エー
ならばなりたや国の為
シャン シャン シャンときて
シャンとおどれ サテ
      シャンとおどれ
花が咲いた咲いたヤッコラサノサ
おどりゃ野暮でも浮れ出す

さくら咲く里 柳の渡舟ヤットサノサ
風がサッと吹いて
吹いて吹いて吹いてサッと吹いて
月もほんのり エー
月もほんのり薄化粧
シャン シャン シャンときて
シャンとおどれ サテ
      シャンとおどれ

1番もそうですが、2番の「パッと散って」や3番の「風がサッと吹いて」なんてほぼそのまま。さらには 「浮か出す」とか「おどれ」とかの言葉もかぶっています。

おお!これはっ! と思ってかなり興奮したのですが、そのあとで「花見メレンゲ」に関するインタビューや新春放談での話を聞いたら、ちゃんと「さくら音頭」から歌詞をとっていることを語られていました。ほかのいろんな曲(「朝も早よから 腰弁下げて」は布谷文夫さんの「深南部牛追唄」ですね)やら落語やら芭蕉の俳句も取り入れているみたいですが、でも中心にあるのはあきらかに「さくら音頭」。

でも、大瀧さん、この「さくら音頭」をいつ知ったんでしょうか。「ナイアガラ音頭」を作るときに、日本のいろんな音頭を研究される中で知ったのか、あるいはこのレコードが家にあったのか。1976年3月29日放送の「ゴー!ゴー!ナイアガラ」の「日本のオールディーズ特集」で大瀧さんはこんなことを言っていました。

僕は小さいときに、おふくろが電蓄(蓄音機)を持っていてそれをかけてたことがありまして、いまだに覚えてんですねど。その頃からお皿(レコードのこと)を回すのが好きでね。

『レコード・コレクターズ』2008年4月号に掲載された『ナイアガラ・カレンダー』のインタビューでも、「花見メレンゲ」に関する話の中で、大瀧さんのお母さんが日本舞踊を踊る練習の手伝いをするために、藤本三重吉の「梅は咲いたか」と「梅にも春」を蓄音機で回していたと語られています。

そしてこの話の冒頭、こんなことを言っています。

3月はやっぱりお花見だし、弥生は母親の名前なんだよね。それを個人的には無視しては語れない。

「さくら音頭」の「咲いた咲いたよ 弥生の空にヤットサノサ さくらパッと咲いた」のあたりの歌詞をとった理由はこんなところにあったんですね。

ところで3月といえば3月21日がナイアガラ・デーとなって、大瀧ファンにとってはいつからかバレンタインデー以上に待ち遠しい日になっているわけですが、そもそものきっかけは『A LONG VACATION』が1981年3月21日に発売されたこと。で、これ以降発売されたほとんどのアルバムが3月21日に発売されるようになって、いつしか3月21日は大瀧さんファンが待ち望む日となったわけです。
でも実際には『A LONG VACATION』の当初の発売予定日は大瀧さんの誕生日である7月28日。『EACH TIME』も7月21日が最初の発売予定日でした。それぞれいろんな事情があって結局変更されて決まったのが3月21日でした。
もしかしたらこの日って、大瀧さんのお母さんの誕生日なのかもしれませんね。

ところで「お花見メレンゲ」の最後の「パット散った」は「ぱっ、トチった」ということになって最後はみんなトチって終わるというオチがついています。
3月にアゲインでモメカルがライブをするということですが、モメカルは上手にトチれるでしょうか。

それにしても『ナイアガラ・カレンダー』のジャケットの3月の大瀧さんのこの写真!
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by hinaseno | 2016-02-24 11:50 | ナイアガラ | Comments(0)